2010年10月02日
北方神獣と現代木彫の潮流
ゲージツの秋ですよ。食欲じゃなくって。 札幌芸術の森美術館では、開館20周年記念展として「北方神獣」展が開催されています。→参考 この展覧会は以前から期待していたんですが、期待した以上の内容でした。 展覧会のパンフレットをスキャン 福田豊四郎《樹氷》 主に北方の動物達を描いた作品を集めた展覧会であり、北方(北海道)というかアイヌの感覚だと動物は全て神様の扱いですから、「神獣」と呼ぶに相応しい存在になっています。 厳しい自然環境の中で生きる動物達の姿や生き様は、凛として美しく、気高く聳える雪山のような神々しささえ感じます。 「北方」と呼ぶこと自体、それは「南方」の人達から見た表現であって、自分としては「北方」に住んでいるという意識はあまり無いんですけど。
期待以上の内容だったのは間違い無いけれど、気になる点がありました。 日本画の作品が主なので、作家は京都あたりの出身者が多いのも道理ですが、エゾシカを間近で見たことが無いせいか、色々とおかしな表現がありました。
- 鹿の後ろ足の形というか、立ち姿が不自然である。(←骨折した?)
- 鹿の蹄が、奇蹄目の蹄の形をしている。(←それは馬だろ?)
要するに、馬は身近にいて描き慣れているけど鹿には馴染みが薄い、からなのでしょうか。 観察眼が鋭い(と思われる)日本画家といえども、稀にしかお目にかかったことが無ければ正確には描けないのでしょうけど、奈良あたりで鹿が歩いているのは見てるはずなのに。
- 鹿角の枝分かれの形や向きが変です。(←病気なの?)
「動物(飛び出し)注意」の道路標識にも鹿の図柄を描いてあったりしますが、あれはどう見ても角の向きが逆ですよね。→例えばこんな 後ろに向いて枝分かれしてる角なんかじゃ、角突き合わせて争う時の役には立ちませんよ。あら、そう?
- 鹿を描いた背景になってる林は初夏の新緑なのに、鹿には立派な枯角が生えている。
鹿の角は、春に袋角が生え始めて、夏場に少しずつ枝分かれしながら伸びて、秋には立派な枯角になって、冬~春に落ちる・・だから、新緑の季節には立派な枯角は無いんですけどね。 自分の目で見たことが無い「象」はもちろん、空想上の「獏」や「麒麟」まで実在するかのように描き上げてしまう(というか描かされる)こともあるのだから、神格と同等な動物を想像だけで描ける才能は備わっているはずです。 工芸館で開催されていた「日本のクラフト in Sapporo 2010」も面白かったです。 買いたくなった作品がたくさんあったけど、最近は財産を増やすことに抵抗を感じるようになったので、思い留まりました。 9月11日と12日には、子供向けのイベント「ふれあい動物園」が催されていました。 囲いに入れたカメやウサギやハムスターに触ったり、ヤギが歩いてたり、 鷹匠が(正確には鷹が)芸を見せたりしていました。 皮手袋を「はいて」鷹を止まらせる体験もできたようです。 おまけに美術館まで小中学生を入場無料にしたもんだから、展示室内をドヤドヤと歩き回って・・参ったね。 なお、動物柄の服やアクセサリーを身に付けていると、「獣割」(アニマルワリ)として入場料が約2割引きになり、リピーター割引きの「再割」(サイワリ)では約7割引きになります。 豹柄のドレスなんて、どうかしら?
近代美術館では、「創造と回帰 現代木彫の潮流」展が開催されています。→参考 ガイドブックの表紙をスキャン 舟越桂《点の中の距離》 このガイドブックは無料なのに簡単な図録に匹敵するボリュームがあって、これには500円くらいなら払っても構わないと思えるほどです。 私は子供の頃から木を削るのが好きで、大人になってからは金属を削るのも好きになってきましたが、やっぱり木材の方が金属よりも比重が大きいです。(←物理的に不合理) 色んな表現方法や製作手法があるもんだなぁ・・と思うのはもちろん、それらの手法が「試しにやってみた」という程度の中途半端な段階じゃなくて、「新しい手法を極めた」ように熟達してて完成度が高いんです。 常設展の「これくしょん・ぎゃらりい」では、「北海道の美術 北の自然と人々」が展示されており、この展示を見るのは確か2回目ですが、総論的に一通り勉強するのに適しているかと思います。 なお、札幌芸術の森美術館のB展示室では「舟越保武×舟越桂」(父子)のコレクション展(無料)が催されており、こっちにもいたのか・・という感じ。 作品としては、こっちの方が馴染み深いんじゃないでしょうか。
posted by 雁来 萌 |21:25 | 雑念 | コメント(0) |
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