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2014年01月02日

アットコック・ヒューガッコ

こんな名前の新たな外国人選手を獲得する、とかいう類の話ぢゃないのでオットセイ(アシカにあらず)。←正月からこれだもの。

10月半ばの連休に、最後まで未調査で残っていた根室地方や網走地方のアメダス地点を探索してきました。

あちらの方面で残っているアメダス地点は21ヶ所あり、往復する距離が長いから1泊2日の旅を2回繰り返しても効率が悪いし、そう頻繁に行ける地域ではないから色々な文物をゆっくり見聞したいしで、2泊3日かけて一筆書きのように回ることにしました。
調査漏れを生じないように、しかも時間的ロスの少ない行程を考えるのも大変だけど。

寄り道が多いとなると、1日に見て回れるアメダス地点は6~8ヶ所でしょう。
この調査旅行さえ順調に終われば、道内(本土)のアメダス地点をほとんど踏査したことになり、離島の6ヶ所を加えても未調査地点は10ヶ所程度に減る目論見です。

金曜日の夜に自宅を出発し、十勝の浦幌まで駒を進めて眠りました。

アメダス探訪「茶内原野」の巻(2013/10/12)

野外生活の基本として明るくなったら行動開始、とは言っても秋分を過ぎて夜明けが遅くなったから、浜中町の茶内に着いたのは6時半です。

JRの駅とは反対側に曲がって内陸へ向かって進み、原野というくらいの地名だから、どんな寂しい場所に立ってるのかと思ってたら、確かに僻地でした。
人気(ひとけ)の無い所に学校は立たない
ここは浜中町の「茶内第三小学校」です。

「茶三」というデザインの校章が付いた学校の玄関
イチャン・ナイ(サケの産卵場のある川)

校庭の向こうに教員住宅らしい家が見え、庭先にアメダスもありました。
草が生えてきた校庭

柵も何も無いけれど、校長先生の官舎の前で悪い事をする子供はいないだろうし。
見るからに教員住宅

校舎よりも高く聳える雨量計(笑)
雨量のみ・・霧が多いんだろうな

道路の脇に、古い校門が残っていました。
どんな校舎だったのかな
実はこの学校、平成21年に閉校しています。(開校は大正13年)

学校へ曲がる角に地区の案内板が立っていました。1軒ずつ、世帯主の氏名が書かれています。
なぜにルパン三世?
なんでルパン三世が案内するの?と思ったら、作者のモンキー・パンチ氏は浜中町の出身だそうで、JRなどではルパン三世のラッピング車両も走らせてるらしいです。→ラッキーな例
踏切で信号待ちしてた時に通った列車は普通の車両でしたが、街中でタクシーのラッピング車両とすれ違いました。

 
次なる目的地へ向かう途中、霧多布湿原を見下ろす高台にある「霧多布湿原センターに寄りました。
逆光でなければ湿原の良い写真が撮れたはず
霧多布湿原ナショナルトラストの会員になってるから入館無料なんだけど、朝7時半から開いてる施設など有るはずもなく。

茫洋たる湿原を眺めながら周囲を散策してると、あら。
死して角を残す
鹿とイルカですか?


アメダス探訪「榊町」の巻(2013/10/12)

湿原を横切る「MGロード」という道路を通って海岸に出ると、予想通り「榊町小学校」(の向かい)にありました。
面白い構造
134年の歴史を誇りますが、この年の3月に閉校しました。(ここもかっ!)

アメダス地点の内陸側には、教員住宅やグラウンド、バックネットが残っています。
公民館の敷地らしい

こちらは旧体育館と校舎(背後)
四角い箱

似たような電柱も立ってますが、特に立地上の問題はありません。
電柱との争い

校舎の前に、百年記念碑と閉校の碑が立っていました。
道内でも古い方だ

右端に見える小さな碑には、「競進小学校之跡」と刻まれています。(経緯競って進むのか
元々この学校は1879(明治12)年に開校し、最初は「競進小学校」という名前だったけど、明治39年に榊町尋常小学校と改称したそうです。

これで釧路地方のアメダスは全て踏破しました。続いて根室地方へ向かいます。


アメダス探訪「厚床」の巻(2013/10/12)

予想通り、厚床中学校(の教員住宅の横)にありました。
ここも教員住宅・・閉校ではなさそう

周囲に高い物体はありません。
あずましいけどサッカーボールが飛んでくるか

積雪深計は超音波式です。
ほとんど雪は降らない
この辺に積もる雪の量は知れてますけど。(平年の最深値は46cm)

珍しく、測量用の標石と電子基準点とが同居していました。
石と電子

校舎は平屋で、校門の横に立ってる相当な樹齢の丸太の方が看板として貫禄があります。
風雪百年に耐えた樹

 
その隣に「厚床家畜市場跡」という標柱が立っていて納得しました。
家畜市場の跡に中学校

最初は校舎の隣にあるこの敷地に入ってしまい、何だろう?と思ったのです。
巨大な馬頭観音
黒い石碑に綴られた由来によると、「クロッケル號之碑」、「馬頭観世音菩薩像」、「畜産功労者之碑」とのこと。
「クロッケル號」とは明治17年にアメリカから輸入した種雄馬で、品種改良の基礎となったそうです。
馬頭観音像はあちこちにありますが、これだけ大きくて文字通り馬の頭上に三面観音が載っているのは初めて見ました。元々は昭和5年に競馬場に建立されたもので、偶然か必然かその年は午年です。
畜産功労者(7+21名)の氏名は省略します。

さて本日のメインテーマ(笑)、このバス停は何と読むのでしょう・・「アットコック・ヒューガッコ」としか読めません・・もしかしてロシア語?でもないし。
目を疑う間違い
中学生ならばローマ字を読めるはずで、直されずにそのまま残っているということは、古い物を大切にして先人を敬う精神の現れなのでしょう。


posted by 雁来 萌 |21:45 | 気象細事記 | コメント(3) |

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この記事に対するコメント一覧
Re:アットコック・ヒューガッコ

雁来 萌さんおめでとうございます(^o^)/
 
>・・古い物を大切にして先人を敬う精神の現れなのでしょう。
 
どんな正月のお笑いTV番組より大笑いしました(^O^)
 
間違いを誰もが気が付いているのに、それを指摘すると「誰かが傷つく」との田舎独特
の配慮があるのでしょうか?
  
ボクは栗沢出身ですがある時地元に帰るとJAの看板に「栗沢のいちごは栗沢一だ」
とあったので後輩のJAの職員指摘すると「最初は洞爺湖の温泉みたいに宇宙一に
するつもりが、だんだん弱気になって世界一が日本一になり、その時に証明も実績も
無いから誇大広告では?との意見があって栗沢一だと誰にも迷惑が掛からないから」
との経緯だったそうです。でも指摘したのはボクが初めてのようでした(^^;)
 
気象や古い施設には興味があります。今年も奥深いレポを楽しみにしています(^o^)v

posted by 大阪帰りの道産子| 2014-01-02 22:39

悪登刻苦日向湖

なんか、あまりにも見事に堂々と間違えてると指摘し難いですよね。
私なら、マジックで「大は小を兼ねる」とかイタズラ書きしますけど。(←よいこはマネしない)

posted by 萌| 2014-01-02 23:21

アメダス厚床は移設

せっかく面白い立地だったアメダス厚床が移設されて、西厚床地区へ移りました。
上空からの写真やストリートビューでは小さな小屋が見えますが、何の施設なのか不明です。

posted by | 2016-02-14 21:41

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