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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2006年02月28日
前々回のエントリーで「王家の谷」への道しるべの写真をアップしましたので、とりあえず王家の谷まで行かなくては、一連のエントリーを終われませんね。

王家の谷です。エジプトの新王国時代の王たちは、それまでのピラミッド形式の墓の
造営をやめ、谷あいの岩壁に穴を掘って、そこを墓所としました。それら王たちの墓
が営まれたのが、この王家の谷です。各墳墓とも内部の壁画やヒエログリフ(象形文
字)がなかなか美しいのですが、残念ながら写真撮影は禁止でした。壁画やヒエログ
リフの何か不思議な雰囲気をお伝えできないのが残念です。

これは有名なツタンカーメンの墓の入り口。この墓は珍しく盗掘にあっておらず、そ
の豪華な副葬品はあまりにも有名です。
カイロ考古学博物館が所蔵しているツタンカーメンの黄金の
マスク。
カイロ考古学博物館。ご覧の通り、きわめて貴重な古代エジ
プトの遺物が無造作に並べられています。どうやら現在、博
物館内は写真撮影禁止になってしまったようです。
2006年02月21日
テンプレートを変えましたが、エントリーの内容とあいまってますますコンサ色が薄れてしまいました(笑)。
が、一応続きものを意図して画像のスキャンをしてあるので、エジプトはルクソールの画像をアップすることにします。
ルクソールはかつてテーベといい、紀元前16世紀から紀元前11世紀くらいまで続いた新王国の首都として栄えた所です。

カルナック神殿:国家の最高神であるアモン・ラーに捧げるためのアモン神殿を中心と
する神殿。

134本もの柱が16列に並ぶカルナック神殿の大列柱室。

ルクソール神殿:これも巨大です。しかし、これでもカルナック神殿に付属する神殿で
にすぎません。写真の中央左に石の塔のようなもの=オベリスク(アモン・ラー信仰の
シンボル)が見えます。もともと二本あったのですが、右側の一本が1836年、フランス
に寄贈され、現在はパリのコンコルド広場に立っています。

こちらはルクソールのナイル西岸。道しるべに注目。左に行くと有名な王家の谷です。
今日はここまでということにしておきますが、ルクソールの写真はもう少しストックがあるので、またアップする予定です。
コンサネタが追記というのも何ですが、我々ロイテミーニ12ではアウェイ班(というのがあるのです)専用のフラッグを作りました。旗に「アウェイ班」と明記されています(笑)
2006年02月13日
昨日サポーターズ集会の様子を書きましたが、メモが自分でも読めないほどの汚さで(苦笑)、解読してまとめるのに時間が随分かかりました。
実はホームページももっており(コンサとはまったく関係ないページです。このブログもコンサ色は極めて薄いんですが-笑)、サポーターズ集会の詳細をまとめている時間をそちらの更新に使いたいので、要点のようなものを、我々のOSCがよりどころとしているホームページ(コンサドーレ・ワンツー・コム)の掲示板に書き込んでいくことにしました(既に書き込んでいます)。
さて、今日はエジプトの写真の続きです。

ツタンカーメン墓などのある王家の谷、カルナック神殿、ルクソール神殿などで有名
なルクソールの街です。

カメラを持って街中を歩いていると、「撮ってくれ」と言われて撮ったものです。

こちらも「撮ってくれ」と頼まれて撮ったものですが、このあと表題のバクシーシを要
求されることに。
バクシーシはチップと考えてもいいですが、いわゆるチップとは少し違います。もともとはイスラムの教えにある「喜捨」からきているもので、これは金持ちが貧しい人へお金や物を与えるべきであるという考えからきています。しかし、この考え方がちょっと形を変えて、持たぬ者が富める者に積極的に要求するようになったものが、エジプトを旅している旅行者が面食らうバクシーシです。
写真の彼らにしたら、写真のモデルになったわけですから、バクシーシを要求するのは当然の権利と考えているのでしょう。
このバクシーシ的ものを別の思わぬところでも体験しました。それはエジプト航空のオフィスでのことです。向こうが間違った料金でチケットを発券したことがわかったので、返金を要求したのですが、クレジットカードで買ったため手続きが面倒なせいもあったのか、窓口氏が突然、「お前はこの○×ポンドをエジプト航空にくれる気はないか?」と言い出したのです。「日本人はお金があるから貧しいエジプトにそれくらいのお金をくれてもいいではないか」というのです。まさしくイスラムのバクシーシの論理です。それで、僕はどうしたのかといいますと、しっかり返金の手続きをしてもらいました(笑)。ただし、1日では済まずに、足掛け2日かかりました。15年前のことです。今はどんな感じになっているのか、ちょっと気になるところです。
2006年02月09日
砂漠が続きますが、今日は砂漠の中にある極めてメジャーな遺跡、エジプトはカイロ郊外のギザにあるピラミッドです。

まずは砂漠、砂漠した写真から。ピラミッド遠景です。

おなじみスフインクスとピラミッド。

非常に評判の悪いラクダ引き。誠実・明朗会計という言葉は彼らの辞書にはないのだ
ろうか、と思うほどです。すべてのラクダ引きがそうかはわかりませんが、最初約束
した金額が守られないことはしばしば。「○×エジプトポンドだと言っただろう?」
「いいや俺が言った○×ポンドというのは、ここまでの料金で、ここから先に行くなら
更に××ポンドだ」という具合です。僕も一度乗ったのですが、やはり途中で料金が変
わり、頭にきたのでラクダから飛び降りてお金は踏み倒しました(笑)
ちなみに、この写真はその時の写真ではなく、しつこく「乗れ乗れ」と声をかけきた
ラクダ引きです。
2006年02月06日
なぜか砂漠にあこがれます。でも、そこで生活している人にとっては厳しい自然条件です。雪のない地域に住んでいる人が雪にあこがれる。しかし、雪国の人は雪に苦しめられている、というのと同じ関係でしょうか? 人間は勝手なもので、自分の普段置かれているのと違う環境にあこがれるようです。
なんだかわけのわからないことを書いてしまいましたが、取り敢えず砂漠系の画像を続けることにします。

これはチュニジアのドゥーズの砂漠の入口です。サハラの端っこともいうべき砂漠で
す。本当はここからツアーで砂漠の中に入って行きたかったのですが、時間がなく断
念しました。

ツアー用(だと思う)のラクダたち。
2006年02月04日
昨日の記事でパルミラ遺跡はシリア砂漠のど真ん中に位置していると書きましたが、写真を見てもおわかりの通り、うっすらと草が生えており、僕の訪問する少し前に雨がふったようです。しかし、たまに降る雨で人々が生活に必要な水を確保できるわけもなく、オアシスであるからこそ人々は生活できるのですが。
さて、普通皆さんが想像する砂漠というのは、砂が沢山あるところだと思います(以下の2枚みたいな感じ)。

これはモロッコのメルズーガにあるシェビ砂丘という大きな
砂丘で、サハラの端っこのさらに端っこという感じでしょう
か。けっこう有名な観光地で、近接する街からのツアーで
簡単に行けてしまいます。

これは中国の新疆ウイグル自治区のピチャンというところにある砂丘です。手前に緑
が見られますが、オアシスに隣接した砂丘なのです。
次の写真も砂漠ですが、上の2箇所とはまったく雰囲気が異なります。
これはエジプトの西方砂漠にある通称「白砂漠」というところです。カイロからバスで
7~8時間くらい(だったと思う)のところにある、バハレイヤというオアシスの街から
1泊ツアーで行きました。まったく不思議な景色です。世界にはまだ見ぬ絶景や不思
議な景色が沢山あるはずで、これだからなかなか旅をやめられないんです。
2006年02月03日
僕は今東京に住んでいますが、冬のよく晴れた日の朝の空気のにおいは、中東の春先の早朝の空気のにおいに似ているなと感じることがあります。そして、最近心なしかそんな日が増えているような気がします。中東は砂漠気候に属する地域が圧倒的に多いのですが、東京の朝の空気に中東を感じるということは、東京の冬も乾燥化が進んでいるということでしょうか?
さて、前回のエントリーでシリアのパルミラ遺跡の夕焼けの写真を公開しましたが、今日は、明るい時間帯のパルミラ遺跡の写真をアップします。
パルミラはシリア砂漠のど真ん中に位置していますが、豊富な地下水が湧き出るオアシスで、紀元前1世紀から、地中海とメソポタミアを結ぶ交易路の中継地として栄え、ローマ帝国と結んでいました。しかし、3世紀後半、女王ゼノビアがローマに戦いを挑み、結局は破れて壊滅に追い込まれてしまいます。パルミラ遺跡には、ローマ帝国の街に特有の列柱道路の遺構や、いくつかの神殿、劇場などの建造物が残されています。


人物は管理人本人です。基本的に一人旅なので自分の写真はあまりないのですが、
この時はたまたま知り合った旅行者に撮ってもらいました。
2006年01月31日
さて、久々の更新ですが、今日も旅の写真です。
今日の写真は、僕の最も好きな遺跡の一つ、シリアはパルミラ遺跡の夕焼けです。

こんな夕焼けが見られるとは、本当に幸運でした。
これからは、しばらく中東の写真で攻めてみようかなと思っています。
2006年01月16日
久々の連休になったので、部屋の大整理に着手しました。
しかし、今現在引越し直後のような状況になっています。
さて、世間は、キックオフイベント、新ユニ等々でもりあがってますが、例によってスルーします(笑) 3月4日から全開で行きたいと思ってます(ここにアウェイ遠征ネタを書くかどうかは今のところ?ですが)。
ということで、今日もコンサと直接関係のないネタです。
一番最初のエントリーで、レプリカを着てホノルルを走っている写真を公開しましたが、その時の他の写真です。
スタート直前(実はデジカメを持って走りました)。
17~18キロあたり? 他のランナーの邪魔になるので、歩道から撮影。
コスプレランナーが多いのもホノルルの特徴?
完走者がもらえるフィニッシャーズTシャツ。左に置いてあるのは、もちろん
ファンクラブのグッズ。これにデジカメやらゼリーやらをいれて走りましたが、
パタパタ揺れて走りにくいことこの上ありませんでした(苦笑)。
2006年01月09日
昨日に続き今日も仕事でした。これで年が明けてから7日目の仕事ですが、人さまが働いている時に休めることも多いので(そのおかげで旅にも出れるわけです)、あまり気になりません。試合の日に急遽仕事が入るとへこみますが。
さて、今日は昨日に続きダージリンです。
カンチェンジュンガです。カンチェンジュンガを見るのにもっとも条件のよいのは、冬場
の早朝だということですが、僕が訪問したのは3月初めで、やはりすっきり晴れ渡って
くれませんでした。3泊もして、毎朝、夜明け前に起きて、ビューポイント行ったんで
すけれど。。。いずれまた行きたいです。
トイ・トレイン。今はこのディーゼル機関車が牽引する列車が主力。
このレール幅に注目!
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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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