スポンサーリンク

2019年02月20日

ガラタサライの試合を見てきた(1)

先週14日、イスタンブールのトルコ・テレコム・スタジアムでUEFA ヨーロッパリーグのガラタサライVSベンフィカの試合を見てきました。

トルコには今までかなりの回数訪れており、ギリシャ、シリア、ヨルダン、イランといった周辺国への旅行のついでに寄るということもあり、年に2回旅したこともあるくらいです(3回のときもあったか?)。最近やや頻度が減っていましたが、何となく行きたいという気持ちは消えることはなく、ガラタサライに移籍した長友が現地でえらい人気だということを知り、ガラタサライの試合を見るということを目的にイスタンブールへ出かけることにしました。

ガラタサライは人気チームでチケットの完売もありうるので、どうやってチケットを確保するかが問題となるわけですが、トルコのサッカーチケットはPASSOLIG カードなるカードがないと買えないシステムになっています。座席のブロック・番号などのチケット情報とカードの番号と結びつける必要があるのです。

このカードはネットで申し込むことができ外国人の場合はパスポートナンバーを入力し、さらに顔写真をアップロードします(登録の途中で入力した電話番号にSMSでパスコードが送信され、それを入力するという過程もあり本人確認はけっこう厳重です)。

チケットを購入する際、このカードのナンバーで登録するので、チケットの買い占め・転売は不可能。かつ入場の際はこの顔写真情報入りのカードを読み取りチェックするので(カードにも顔写真が)、本人以外の入場は不可能、かつテロ抑止の役に立っていると思います(ちなみにカードにはクレジットやプリペイドカード機能が付帯、外国在住者にはクレジット機能付帯のものは発行されないみたい)。

ということで、ネットでこのカードの申し込みをしました。自宅に送付してもらうことも可能っぽい感じだったので、12月末に申し込んだのですが、登録の最後の画面の方まで進むと、トルコでの受け取りのみ可能ということがわかり(トルコのクラブチームの本拠地のスタジアムで)、ガラタサライの本拠地トルコ・テレコム・スタジアムを指定しました。

しかし、トルコ渡航が2月中旬なので、また1ヶ月半近くあります。ちゃんと保管していてくれるのか若干不安ですがしかたがありません(その辺は当たり前にしっかりしていました)。

さて、PASSOLIG カードは作成できました。カードの現物はなくても作成は済んでいるので、そのカード情報でチケットが購入できます(トルコサッカーのチケット販売サイトPASSOで購入できる)(詳細はネット上にけっこう情報があります)。

で、人気チームですし、ヨーロッパリーグという大一番のチケットなので、チケットの発売が開始されたらすぐに購入しようと思っていましたが、トルコの場合、チケットの販売開始は試合の3~4日前というのが基本で、ヨーロッパリーグといえどもそれは同じでした(もっと早いと思ってました)。ということで、日本出発前にはチケットの確保ができず現地で購入することに。ちなみにPSSOLIG カードがなくても、チケット販売窓口でカードを発行してもらい(1試合のみ有効のカードもあるらしい)、チケットを購入することが可能なのでPASSOLIG カードの作成はあまり意味のないことになってしまいました(低額ですが年会費
=更新なし、がかかりますし)。


2月12日夕方、イスタンブール到着。

2月13日、試合前日、スタジアムに行き首尾よくPASSOLIG カードを受け取りチケットを購入。チケットは席種が10のカテゴリーに分けられており、すでに8、9、10は売り切れ。ちなみに一番高いカテゴリー1は1000トルコリラ(日本円で23000円ほど)、自分は下段のコーナー席のカテゴリー7を選択(400リラ=9200円くらい)。えらい高額です。普段のリーグ戦の倍の料金設定という感じです。

ちなみに、リーグ戦のチケットの料金設定はチームによってまったく異なり、地方のチームはスーパーリーグ(トップリーグ)のクラブであっても日本円で3桁円というところが結構あるようです。チケット価格からみてもものすごい格差リーグであることがわかります。

ちなみに、PASSO(チケット販売サイト)に登録していると、Webの画面で席を指定して購入できるので(空いているすべての席から選ぶことができます-ちなみに全席指定です))、それを見てみると、1000リラの席も空席がわずかという状況で、一番、空席が多かったのが僕の選択したコーナー席でした。


1550671708-201902galatasaray001.jpg
ガラタサライの本拠地トルコ・テレコム・スタジアムは地下鉄SEYRANTEPEという地下鉄駅からすぐで(一応直結ということになってますが、駅の改札からスタジアム入り口までは400m~500mくらいはある)、改札を抜けて長い通路を歩いていくと、写真のような鉄の回転扉があります。試合後、サポが地下鉄駅にどっと流れ込むのを防ぐのに有効であることが後でわかりました。(チケットを購入した日に撮影)


1550668135-201902galatasaray0021.jpg
チケット売り場の前からスタジアム方面を望んだところ。SPOR KOMPLEKSIとあるようにサッカースタジアム以外にさまざまなスポーツ施設があるようです。


13日は一日中雨が降り続け観光意欲がわきません。

チケット購入後は、旧市街に出てグランドバザールをぶらぶらした後、客のほとんどが地元民という食堂でハムスィ(かたくちいわし)のフライを食べ、新市街のホテルにもどってダラダラすごしました。


1550668518-201902istanbul-grandbazar01.jpg
グランドバザール


1550748998-201902istanbul-hamsi01.jpg
ハムスィに衣をつけてあげたもの。実はハムスィは今回のイスタンブール訪問の目的の一つでした。ハムシィの旬は冬で、これに軽く塩を振り、レモン汁をかけて、パン(トルコのパンはおいしいと評判)と一緒に食べるととてもおいしいのです。自分的にトルコB級グルメのトップという感じです(イスタンブールといえばサバ・サンドが有名ですが=焼きサバをはさんだサンドイッチ)。付け合わせとして、玉ねぎの輪切りが添えられていますが、ときどき、これを薬味替わりにかじりながら食べます。(ドネルケバブや焼きサバのサンドイッチには玉ねぎのみじん切りが入れられますが、この玉ねぎは自分で適当にかじって薬味にしてねということだと思う)。なお、値段は12トルコリラ(270~280円くらい)。



1550668859-201902istanbul-cat001.jpg
トルコにやってきた目的の一つが猫。とにかく街のあちこちで猫を見かけます。自分が旅先で盛んに猫写真を撮るようになったきっかけもトルコです。しかし、この日は雨のため猫はあまり現れず。写真はレストラン(ここで夕食をとったと思う)の軒下で見かけた猫。



14日。いよいよ試合の日です。雨はやんでいましたが、いつ降り出してもおかしくはない空模様です。しかし、天気も問題ですが、寒さも大問題でした。予報によるとこの日の夜は5度くらいしかないらしく、一応、そこそこの防寒対策はしてきましたが、ナイトゲーム、気温5度はちょっと行くのを躊躇する状況です。雨の心配はなくなってはいませんが、購入した席は完全に屋根におおわれており、濡れる心配はしなくてもよさそうです。

それからキックオフの遅さも問題でした。なんと20時55分でした。

これはおそらくテレビ放送の時間の関係と思われます。この2日前に行われたフェネルバッチェ(イスタンブール)とゼニト(サンクトペテルブルク)の試合は、相手の国ロシア・サンクトペテルブルクとの時差はなく、キックオフが20時でしたから。。

さて、スタジアムを出るのは23時くらいになると思いますし、5万くらいの観客が一斉に帰途につきますから帰りの足が心配です。地下鉄の最終は24時前らしいですが、23時半くらいには駅にたどりつけるでしょう。

昼間はイスタンブールをぶらつきました。


1550669654-201902istanbul01.jpg
スレイマニエ・モスク。イスタンブールに行くといつも何となく足が向いてしまう場所です。


1550669778-201902istanbul02.jpg
スレイマニエ・モスクで出会った猫。階段にちょこんと座っていたのですが、カメラを向けたとたん歩き出しました。嫌がられたようですが、こっちが離れると近寄ってきます。


1550669919-201902istanbul04.jpg
スレイマニエ・モスクの敷地から金角湾をはさんで新市街側を望む。目立っている塔はガラタ塔。


1550670051-201902istanbul021.jpg
スレイマニエ・モスクの内部。


1550670115-201902istanbul05.jpg
アヤ・ソフィア。現在の建物は6世紀前半に東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世の命によって建設されたもの。 15世紀半ば、オスマントルコのメフメト2世がコンスタンティノープルを陥落させた後、キリスト教の聖堂であるアヤ・ソフィアをイスラム教のモスクに転用。壁面のモザイク画は漆喰で塗りつぶされました。19世紀以降、漆喰の下にあるモザイク画の調査が行われ、トルコ共和国が成立した後、アヤ・ソフィアは博物館とされたとのことです。こんな歴史があるので、写真のようなキリスト教とイスラム教が混在する不思議な雰囲気を感じることができます。


1550670958-201902istanbul06.jpg
アヤ・ソフィアの近くで見かけた車のボンネット上で暖をとる猫。寒いのです。


1550671040-201902istanbul07.jpg
グランドバザールは主に観光客が行く市場ですが、こちらは地元民が集まる商店街。平日なのですがすごい人出です。


1550671133-201902istanbul08.jpg
ガラタ橋からスレイマニエ・モスク方向を望む。手前の派手目の船はイスタンブール名物サバサンドを販売している船です。この日は寒すぎで外で食べる気が起きず、サバサンドは食べませんでした。


夕方いったんホテルに戻ります。昼が重かったので、そとでパンを買ってきてそれを食べて出かける時間を待ちます。あまり早くスタジアムについてしまうと、寒さをこらえるのがたいへんそうなので。

ホテルは新市街のタクシム広場の近く、イスタンブール一の繁華街ともいえるイスティクラル通りの近くにとっていたのですが、ときどき通りの方からサポの一団による大音量のチャントやコールが聞こえてきます。

19時10分すぎ、もうちょっと遅く出かけるつもりだったのですが、外から漂ってくる雰囲気に押されてスタジアムへ向かうことにしました。

<続く>


posted by オフ |21:33 | | コメント(0) |

2018年07月02日

イタリアで感じた、いつの間にか安い国になっていた日本

1530532349-2017italia006s.jpg
この冬というには時間がたちすぎてしまいましたが、イタリア北西部のリグーリア海岸にあるチンクエ・テッレというところに行ってきました(その後、ルッカ、ペルージャを回りました)。チンクエ・テッレとは5つの土地という意味でその名の通り5つの村が並んでいて、その景観で有名。

上の写真はヴェルナッツァという村ですが、カメラの設定をいじって撮ったものでかなり色が強調されています(SNS映え全盛の現在、この手の色を加工した画像がネット上にはあふれているのでしょうか?)

実際は次の写真のような色あいです。

1530532780-2017italia005s.jpg


さて、表題の件です。

チンクエ・テッレの南側の入口というようなところに位置するラ・スペツィア駅にあるバール(コーヒーなどの飲み物やサンドイッチなどの軽食などを売っている売店でそこで食べることもできるような店)で、サンドイッチを買いました。

直径15センチくらいの表面がカリカリの鏡餅型のパンを2つにスライスして、そこにトマトとチーズをはさんだだけのもので、値段は4.2ユーロ。現在のレートだと日本円で530~540円くらいでしょうか。

おそらく日本で同じものを540円で売ったら絶対売れないでしょう。おそらく350円か400円が限度では(それでも売れないか?)。

というくらい、今、日本の物価は先進国の中では安いです(とくに食事)。

昼時、700円くらいでけっこうな内容の定食をとることができますし、ワンコインランチなんていうのも珍しくはないです。ヨーロッパで同じレベルの食事をしようと思うと、安くて1200~1300円。2000円もしくはそれ以上であることもざらです。

毎年冬になると、オーストラリアから大挙してニセコ地方にスキー客がやってきますが、(オーストラリアの物価は知らないのですが)彼らにとって日本は物価の安い国で、飛行機代をかけてやってきても、それほど大きな負担ではないのでしょう。(自国で休暇を過ごすより安いのか?)

さて、日本の物価が先進国のなかでこんなに安いの原因は、労働者、特に非正規労働者の低賃金にあるのでしょう。

日本って本当に経済大国なのか? 先進国を旅するたびにこうした感覚が強くなります。

今、たいへん多くの外国人観光客が来日しているが、彼らにとって日本の旅先としての魅力の一つが、「安さ」であることは間違いないでしょう。


posted by オフ |20:51 | | コメント(0) |

2018年05月27日

神戸、のち京都の青もみじ

5月20日・21日は関西遠征。


1527430493-201805tokyo-osaka01.jpg
東京から大阪へ飛ぶ時、楽しみにしている上空からの古墳の眺め。

伊丹空港到着後、時間に余裕があったのと、ちょっと興味があったのとで、空港から阪急蛍池駅まで歩いてみました。所要時間は15分ほどでした。

梅田近辺のホテルにチェックインした後(今回は翌日の観光の時間を確保してあります)、神戸へ移動。


1527430965-201805kobe01.jpg
試合は0-4で敗戦。ウエリントンにやられたという感じですが、ぶっちぎりで昇格した湘南と対戦して、よいところなく敗れた2014年シーズンのアウェイでの試合をふと思い出しました。(あのときウエリントンにやられたのかどうかの記憶は定かではないのですが)



翌日は、京都の青もみじ観光。紅葉が綺麗なところは、新緑のもみじも美しいのですが、紅葉の時期とは違い、観光客でごった返していないところがけっこうあります。


1527431641-201805kyoto01.jpg
まず、向かったのは阪急の上桂駅から近い地蔵院(竹の寺)。観光客はほとんどいません。


1527431692-201805kyoto02.jpg
地蔵院からほど近いところにある浄住寺。境内の散策は自由です。写真に写っている木々はほとんどが楓で、秋の紅葉は素晴らしいのではと思われます(混雑するらしいですが)。


地蔵院、浄住寺ともにちょっとした穴場でしたが、この近くにある鈴虫寺(華厳寺)はプチラッシュでした。


このあとは、ちょっと早目の昼食をとってから、松尾大社を経由して、猫がいる(猫を飼っている)神社として有名な梅宮大社へ(徒歩)。


1527432022-201805kyoto03.jpg
梅宮大社の猫1。


1527432063-201805kyoto04.jpg
梅宮大社の猫2。

この日はこれ以外に3匹の猫を見かけました。


この後は真如堂へ移動(バス)。ここも紅葉の名所です(紅葉シーズンはそこそこ混雑しますが、超有名どころほどではありません)。



1527432244-201805kyoto05.jpg
真如堂。人混みを避けてボーッするには良いところです。

1527432272-201805kyoto06.jpg
真如堂。


このあとは、発作的にあぶり餅が食べたくなり今宮神社へ。

神社に向かう前に、参道に入るところの北大路通に面したところにある、コーヒー豆を焙煎している店で北大路ブレンドなるこの店オリジナルのブレンド豆を購入。実は京都はコーヒー文化の根強い街で、さがせばこの手の店がけっこうありそうです(カフェというか喫茶店は多いです)。

さてあぶり餅です。神社の東門の門前に向かい合わせて2軒の店があり、今まで、門に向かって右側の店ばかりに行っていましたが、今回は左側の店に。当たり前と言えば当たり前ですが、微妙に味が違うみたいです、たぶん。写真はありません、あしからず。

ということで、ここで時間切れ、空港に向かいました。


posted by オフ |23:12 | | コメント(0) |

2018年01月21日

ユーラシア大陸陸路横断落穂拾いの旅

タイトルにある通り、以前ユーラシア大陸陸路横断の旅をしました。

とは言っても、1回に旅できる日数に限りがあるので、今回はこの区間、今回はこの区間という感じで旅しているうちに、結果としユーラシア大陸の陸路横断を達成したということなのですが。

また、最初から陸路横断をめざしていたわけではなく、旅を重ねるうちに、こことこことここと、そしてここをつなげれば、という感じになって、旅の目的は陸路横断達成になったのですが。

さて、2010年、イタリアのミラノからポルトガルのロカ岬まで移動して、陸路横断を達成したのですが、例によって限られた旅行期間で移動したので、その道すがらにある魅力的な場所を飛ばして移動せざるを得ませんでした。

それで、最近は、そのとき寄ることが出来なかった場所へ行くというのが旅の一つのテーマとなってます。(本当はパキスタンとかイランとかで飛ばしてしまった場所へ行きたいのですが、現在は治安状況に問題があり、困難という感じです)

そうした旅として、2015年にはポルトガル国境に近いスペインのメリダ、カセレス、サフラなどを訪れました。

<メリダ>
ここは紀元前25年にローマ帝国の属州ルシタニアの州都として建設された都市で、ローマ時代の遺跡が数多く残ってます。

1516539019-merida03.jpg
紀元前25年に造られた橋(全体が創建当初のものというわけではありませんが)。全長は792mもあります。現在は歩行者専用の橋として使われています。


1516539057-merida04.jpg
水道橋。



<カセレス>
レコンキスタの時代の名残をとどめる中世の街で、「エストレマドゥーラの宝石」と呼ばれています。こじんまりとした街で、街歩きが楽しいです。

1516539088-caceres20.jpg
マヨール広場


1516539145-caceres18.jpg


<サフラ>
サフラは、カルタゴ人、ローマ人、アラビア人等がスペインを南北に移動する際の幹線ルートだった「銀の道」の道の中継点として栄えたとか。とても小さな街です。白壁が続く街並みはアンダルシアが近いことを感じさせます。

1516539197-zafra07.jpg
花で飾られた家が多い。


1516539250-zafra10.jpg





2017年はそうした落穂拾いの旅の続きとしてポルトガルへ行きました。
一番の落穂拾いは、スペイン国境から12kmのところにあるポルトガルのエルヴァスという町。17世紀に築かれた塁壁に囲まれた古い街並みが残っています。


<エルヴァス>

1516540190-201706portugal025_.jpg


1516540225-201706portugal021_.jpg


<マルヴァオン>
落穂拾いというテーマではエルヴァスだったのですが、この旅一番の目的地となったのはマルヴァオンです。

マルヴァオンはサン・マメーデ山脈にある860m余りの岩山の上に築かれた城壁の中に形成された街で、山のてっぺんの部分にちょこんと載ったような形なので、「鷲の巣」と呼ばれています。が、中に入ってしまうと「鷲の巣」感はありません。


1516540414-201706portugal030_.jpg


1516540523-201706portugal032_.jpg


1516540570-201706portugal036_.jpg



エルヴァスは要塞都市、マルヴァオンも城壁を持ち、長くなるのでここには載せませんが、この後訪れたポルタレグレも城壁に囲まれていますし、このあたりは城塞だらけです。スペインとの国境が近いという立地によるものなのでしょうか(このあたりの詳しい歴史は知らないのであしからず)。


posted by オフ |21:30 | | コメント(0) |

2017年10月03日

猫の街(?)になっていた尾道

飛行機の出発が遅いので、まだ相当時間がある。
ということで、福山城を出た後、尾道へ向かいました。
尾道は一度ゆっくり歩いたことがあるので、どこを見るとはなしに、短い時間散歩でもしようということで。

1507031449-201710onomichi01.jpg
尾道駅の裏手あたりから、寺巡りの散策ルートがあるので、道しるべにしたがって歩いていくと、とあるお寺に花が。コンデジではなく、一眼を持って来きて寺を写し込んだ、色々な風景を撮りたかったなあと思い歩いていくと猫登場。


1507031937-201710onomichi02.jpg
旅先で、とくにトルコなどイスラム圏(イスラム圏ではムハンマドが猫好きだったとかで、猫がとても可愛がられており街のそこかしこで見られる)で何となく撮っているうちに猫を撮るのが好きになってしまいました。ということで、お寺より猫ということに。(この写真はまだ「お寺」の雰囲気をいかそうと撮ってます)。

1507032174-201710onomichi03.jpg
とても体格のよいお方。「観光客、ウゼー」と言っているかのよう。


1507032250-201710onomichi04.jpg
次々に現れます。


1507032277-201710onomichi05.jpg
爪を研ぐ猫と、その音を聞きつけてのぞきに来た黒猫。


1507032338-201710onomichi06.jpg
駆けていく猫。


1507032370-201710onomichi07.jpg
何を見ているのか。


1507032398-201710onomichi08.jpg
静かにたたずむ猫。


1507032433-201710onomichi09.jpg
気配を感じて見上げてみると、そこにも。


1時間くらい歩いただけですが、かなりの数の猫が見られました。

以前、尾道を訪れたときは、こんなにいなかったような(それとも、そのころは猫に興味がなかったため気が付かなかったのか?)。


posted by オフ |20:49 | | コメント(0) |

2016年10月25日

トリニダーとかハーシー線とか(キューバ)

先日のキューバの記事の続きです。

ハバナに2泊した後、トリニダーという街に移動。

リニダーは近くにサトウキビのプランテーションが開かれ、サトウキビ貿易の中心地として繁栄した街で(プランテーションの経営は奴隷労働力によっていました)、18~19世紀にサトウキビ農園主らによって建てられた美しい建物が並び人気の観光地となっています。

トリニダーへはハバナからのツアーで訪れるのが便利ということでしたが、自力で行きたいのでバスで行くことにしました。所要時間は6時間。本数はそれほど多くはありません。まだまだ経済が未発展の状態で、人々の移動も少ないのだと思います。ただ、キューバを訪れる外国人観光客が増えているらしく、現地に行ってからのバスチケット購入にはリスクがあるので避けたいと思ってVIASUL(ヴィアスール)というバス会社のサイトにアクセスすると、オンラインでチケットが購入できるということがわかったので、事前に購入しておきました。

10時45分のバスで出発し、17時すぎにトリニダーに到着。

バスを降りると、とたんに宿の客引きに囲まれましたが、僕は宿探しに時間をかけず、すぐに街歩きに出るため事前に予約しておいたので、「宿は予約してある」と言って宿へ向かいました。

客引きは基本民泊の客引きだと思いますが、現状トリニダーで宿に困るということはないようで、予約していなくてもそれほど問題はなかったかもしれません。が、予約したにもかかわらずちょっと問題が発生。

予約した宿はすぐに見つかのですが、なんとダブルブッキングで部屋がないというではありませんか。宿の運営をしている奥さんは「自分のところにはネットがなく、ネットが使える場所で予約のチェックをしなければならないのだけれど、チェックするのを忘れていてダブルブッキングになってしまった。もうすでに部屋に先客がいるので、自分の妹の所を紹介するよ」とのこと。

ということで、その妹さんの家に移動。「申し訳ない」ということで、宿泊料は少しだが安くしてくれました。

以下はトリニダーの写真です。陳腐な言い方ですが、スペイン植民地時代で時間が止まっている感じです。道路に敷かれている石は、サトウキビを欧州に運んだ帰り、空になった船のおもりとして積み込んだものだとか。


1477398441-2016trinidad034.JPG

1477398513-2016trinidad032.JPG

1477398560-2016trinidad023.JPG

1477398589-2016trinidad026.JPG

1477398620-2016trinidad004-2.jpg

1477398673-2016trinidad021.JPG
野球をする少年たち(トリニダーにて)。ご存知の通りキューバは野球の国。ハバナの博物館の売店では、僕が日本人だとわかると「イチロー」とか「タナカ」とか日本人大リーガーの名前をあげて話してきました。中東とかでは、日本人のサッカー選手の名前をあげて話しかけてくるのですが、さすがキューバです。ただ、キューバでもサッカーは人気スポーツらしく、ハバナの街ではちょっとしたスペースで子供たちがサッカーに興じていました。


トリニダーに2泊した後、ハバナに戻りましたが、さすがにクラシックカー見物と旧市街散策だけでは飽きてしまいます。ということで、20世紀の初頭にアメリカのチョコレートブランドのハーシー社がハバナ郊外に持っていた製糖工場をハバナなどを結ぶために敷設した鉄道にちょっとだけ乗ってきました。

1477398785-2016habana045.jpg
ハバナ(カサブランカ駅)とマタンサスを結ぶ路線の間にあるハーシー駅(ここからハバナに戻りました)。

1477398819-2016habana043.jpg
古いです。

1477398857-2016habana046.jpg

1477398886-2016habana047.jpg


posted by オフ |21:24 | | コメント(0) |

2016年10月10日

クラシックカーとチェ・ゲバラ

1476103625-2016habana010.jpg

だいぶ時間がたってしまいましたが、今年の1月末から2月にかけて、キューバに行ってきましたた。

アメリカとの外交関係が回復し、今後、大きく変化すると思われるので「その前に」ということです。

キューバといえば、クラシックカーが現役で走っていることで有名です。観光用のピカピカに塗装されたものも目に付きましたが(エンジンなども取り替えられている感じ)、庶民の乗り合いタクシーとして利用されており、どちらかというとこちらが主力。経済が発展していくと、乗り合いタクシーは最新の車に替えられていくでしょう。

今現在、キューバの魅力の大きな部分は「人」の良さだと思いますが、今後経済が発展していくと格差が拡大して、人々の心がすさんでしまわないか、若干心配ではあります。

それから、サッカーファンにとってキューバといえば、チェ・ゲバラでしょうか?
スタジアムにゲバラの肖像のダンマクが見られることが多いですから(コンサもあったような?)ただ、自分もそうなのですが、なんでゲバラなんでしょうか? なぞです。

ヨーロッパか南米かわかりませんが、サッカー強国のリーグでサポーターがゲバラの肖像のダンマクがかかげられていて、それをJのサポも真似てという感じでしょうか?

ゲバラについては、フィデロ・カストロとともにキューバ革命を指導したことで有名ですが、サッカーが盛んなアルゼンチン生まれということ、そして彼もサッカーに親しんだようです。

しかし、そのこととサッカーチームのサポが彼の肖像をかかげることはすぐには結びつきません。

彼からフィデル・カストロへの最後の手紙に次のような一節があったということです。「勝利に向かって、常に」 

ゲバラのカリスマ性、カッコよさに加えて、この言葉が、勝利をめざすサポの心をとらえ、スタジアムでその肖像がかかげられるようになったような気がしますが。。。


1476104990-2016habana028.jpg
クラシックカーねらいで旧市街のあちこちをかなり歩き回りましたが、こんな感じでクラシックカー(ほとんどが乗り合いタクシー)がガンガン走っているシーンは容易に撮影できました。

1476105024-2016habana016.jpg

1476105061-2016habana040.jpg
ゲバラの第一邸宅だった建物内に展示されている写真。

1476105161-2016habana041.jpg
同じくゲバラの第一邸宅だった建物内に展示されている写真。

1476105242-2016habana054.jpg
革命広場に面した内務省のビルの壁にもゲバラの肖像が(もう一つの肖像はカミーロという人物のもので、「いいだろフィデル(カストロのこと)」という文字が書かれている)


posted by オフ |21:45 | | コメント(2) |

2016年08月04日

ベイルートの日本食レストランの女主人から聞いた日本代表選手のこと

バールベック

上の写真は、2001年3月、ヨルダン・シリア・レバノンをめぐったときに撮ったバールベック(レバノン)のバッカス神殿(3世紀初めに建造)ですが、この時の旅の写真を眺めていたら、ふと思い出したことがあるので書き留めておきます。

シリアのダマスカスから乗り合いタクシーでベイルート(レバノン)に移動した夜、レストラン東京という日本料理屋に入った。どんな味の日本料理を出すのか興味があった。

それで味だが、味噌汁がきちんとだしをとった本格的な味でびっくりしたことを覚えている。店の主人(けっこうご高齢の御婦人だった)は、味噌だとか鰹節だとかを日本から送ってもらっているが、けっこう大変だというようなこと話していたような。。。
  
さて、記憶はかなり薄れているのだけれど、その方の話で覚えていることがもう一つある。

この店は、前年、AFCアジアカップがレバノンで行われたときに、日本チームに食事の世話をした店で、選手たちも試合の合間に食事に来たそうで、女主人はすっかり選手たちを気に入ったと話していた。選手たちの様子についても具体的に話してくれ、そのなかで今でも覚えているのが中村俊輔の話だ。「試合が近づくと緊張して食欲が落ちる」というのだ。まだ、22歳の若者がおいしい日本食を食べさせてくれるレストランの御主人に甘えて語った言葉かもしれないが、そのころの中村俊輔はまだメンタルが弱かったのかもしれない。(トルシエは中村を2002年ワールドカップのメンバーに選出しなかったが、もしかしてトルシエは中村のメンタル面を評価していなかった?)


posted by オフ |22:27 | | コメント(0) |

2014年10月29日

早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報3

さて、いよいよW杯観戦の地、ナタルへ向かう。

6月18日、 8時少し前にチェックアウトして、タクシーで空港へ向かった。(実はブラジル入国地点をレシフェに決めたときは、レシフェ-ナタルの移動はバスで、と考えていた。しかし、バスのチケットは現地購入しか方法がなく、便数も限られており、チケット購入失敗というリスクを恐れて、結局飛行機での移動を選択。わずか45分の飛行時間にもかかわらず、日本円で5万以上とワールドカップ価格だった。)



1414580614-201406tam.jpg


ワールドカップ仕様になっていたタム航空の座席のヘッドカバー。


9時45分発、ナタル行きの便は定刻で出発。レシフェでの日本チームの試合からすでに3日がすぎており、かなりの日本人が第2戦が行われる地であるナタルに移動した後ではと思っていたが、けっこう多くの日本人が乗ってきた。

10時半、定刻通りナタル到着。到着口には、日本領事館員らがいて、ナタルでの注意事項や緊急連絡先などについて記したパンフレット、観光地図などを配布していた。

 空港からナタル市内への足はタクシーしかなく、料金前払い制のタクシーで移動(75レアル)。


1414580734-0618-1s.jpg


正面の建物がナタルで宿泊したホテル。設備は古びており、安いビジネスホテルという感じだが、宿泊料金はワールドカップ価格で、何と1泊日本円で18000円くらい。スタジアムまで徒歩で行けるという絶好のロケーションなので、料金の高さはいたし方ないか。


1414580864-0620-1s.jpg


ホテルのレストランからスタジアム方向を望む(試合の翌朝撮影)。


レシフェのホテルでも少し感じたことだが、ナタルのホテルでブラジル人の親切さ、フレンドリーさを強く感じた。ちょっとしたことでも笑顔で丁寧に対応してくれるのだが、肩肘張ったサービスではなく、仲のよい友人に接するような雰囲気なのだ。ホテルのスタッフばかりではない。タクシーの運ちゃんも基本的にフレンドリーだし、ショッピングセンターの警備員も、商店の店員も。治安の心配さえなければ最高なのだが。

さて、この日はこの旅行中の数少ない2連泊の1日目ということで洗濯デイとし、洗濯後は部屋でワールドカップの試合観戦。



1414580997-201406hotelmaine-lunch.jpg


ナタルのホテルのレストランでの食事(ちょっと食べてから写真を撮ったので手前の部分が減っています)。このホテルのレストランは近くの工事現場の人たちなども食べに来る庶民的なもので、ビュッフェ方式・ジュース付で料金は10レアル=約500円。料理は日替わり(昼と夜とでも内容が変わる)でけっこういけた。それからさすがにコーヒーの国だけあってポットに入ったコーヒーと小さな紙コップが用意されており、客は食後にその甘~いコーヒーを一杯すすって出て行った。旅に出てから野菜や食物繊維が不足していたので、毎回、煮豆や野菜の入った料理を多めにとった。 


6月19日。

いよいよ、日本戦の観戦日である。しかし、あいにく朝から強めの雨。試合前にちょっと観光でも、と思っていたが、この天気では海岸に行っても全然綺麗ではない。それより、もっと大きな問題は観戦中の雨対策だ。ナタルは雨が少ないことで有名な場所で、観戦中の雨対策はすっかり忘れていた。荷物をなるべく軽くということに集中していたので、ビニールのカッパをバックパックに入れておくなどということは、まったく思いつかなかった。ということで、ホテルのスタッフに相談して(英語は通じないので、googleの翻訳のページを使って、ポルトガル語と英語でコミュニケーション)、ゴミ袋をもらった。ただ。ホテルのスタッフによると、ナタルでは午後から晴れることが多いとのこと。

 昼前、晴れ間が出てきた。ここまでブラジル観光はゼロである。これはどこかに出かけるしかない。ということで、ヘイス・マーゴス要塞へ行くことにした。この要塞は、1598年にポルトガル人によって築かれ、ナタル発展の基礎になったということである。なお、ナタル空港で領事館員からもらったパンフレットには、要塞のあたりではスリや引ったくりに注意とある。危なくない所はないのか? という感じである。

 要塞までタクシーで向かったが、その少し手前にある、ワールドカップのファンフェスタ会場の前までしか行けなかった。ファンフェスタ会場についても、上記のパンフレットには「ファンフェスタは出入り自由なのでスリ・引ったくりに注意」とある。とにかくしつこいくらいの注意喚起である。まあ、ワールドカップのため、普段、あまり海外旅行をしない層が旅していることが想定されるので、ここまで徹底しなければならないということなのだろうが。

とりあえず、ファンフェスタの会場の横を通りぬけ、要塞へ向かった。土産物屋が並んでいるところを通り抜けると、細い道の両側はちょっとした林で見通しが悪く、人通りもなくなった。警官もいない。まずいではないか(笑)。なるほど、引ったくりに出くわしてもおかしくはない状況だ。ただ、見通しの悪い道はすぐに終わり、要塞に向かう歩道に出た。ここは要塞にいる観光客からも良く見える場所で、物取りとかは出にくい環境である。


1414581149-0619-1s.jpg


売店の店先にて。


1414581209-0619-2s.jpg


要塞に向かう歩道からナタル市街方面を望む。


1414581264-0619-3s.jpg


要塞からの帰り道。遠くに見えるのが要塞。はっきり言って観光地としてはたいしたことはない。


さて、ファンフェスタの会場だが、外からも雰囲気がわかり、寄っていくほどのものでもないだろうと判断してホテルへ戻った(実は入場するにはペットボトルの飲料を放棄しなければならなかったので、それを惜しんだのもあるのだが-何か完全に節約旅行者の思考経路だ)。

ホテルまで乗ったタクシーの運転手は若い男性だった。「イングリッシュ?」というので、イエスと言ってうなずくと、スマホに何か入力し始めた。運転しながらやるので危ないことこの上ない。何をやっているのかと思っていると、入力完了後、少し間を置いて、画面を僕の方に向けてきた。どうやら、翻訳のページにアクセスしてポルトガル語を英語に訳したようだ。画面には英語で「ファンフェスタにはまだ人がいたか?」とある。う~む「実はファンフェスタ会場には入っていないのだよ」といいたいところだが、会話形式が英語表示の質問にイエスかノーで答えるという感じなので、ちょっと困った。ということで、さきほど自分の前にファンフェスタ会場に入っていく客を見かけており、沢山いるかどうかは別にして、いることはいるだろうから、自信のなさげに「イエス」と答えておく。彼は僕の情報をもとに、また、ファンフェスタ会場に戻り客を拾うつもりなのだろうから、責任は重大である。

スマホでの質問は、日本の初戦後、マスコミに報道されて話題になったらしい、日本人サポーターのゴミ拾いに移った。「日本人はいつも試合後にスタジアムのゴミを拾うのか?」 これもちょっと答えに窮した。日本人サポーターが自分たちの陣取った場所を綺麗にしてスタジアムを去ったことはネットで確認してはいたが、それは日本人の行為というより、Jリーグのサポーターの習慣というか文化のようなものだからだ。日本人皆が公共心にあふれていて、常にそういう行動をとるわけではないので、はっきりとイエスとは言えなかった。Jリーグの試合でも、一見さんなどのなかには、紙コップやパンフレットの類、コンビニのレジ袋などにいれた紙くずをけっこう座席のところに置きっぱなしにして帰る人が多い。それを常連さん(サポーターといってよいと思う)が、拾って(場合によっては持参のゴミ袋に入れ)、スタンドの出口のゴミ入れに入れたり、ゴミを集めている場所に持っていったりするのは普通に行われ入る行為である(と思う-自分は札幌サポの行動しかしらないので)。ワールドカップにおける日本人サポーターのゴミ拾いという行為も普段の習慣通りの行動といえると思う。ということで、その行動をした彼らにとってはいつもの行為だと思うので、少し間を置いてから、「イエス」と答えておいた。

しかし、日本での報道はどういうものだったのだろうか? 聞くところによると、「日本のサポーターの行為が外国で称賛されている」止まりだったようだが、それでいい気分に浸っているだけという感じだったのならばとても残念だ。Jリーグを支えるサポの普段の行動にまで踏み込んで、一般の人たちにJリーグの良い点というものを認識してもらうきっけけの一つにしてもらいたかったと思うのだが(そういう方向の報道があったのならばすみません)。 

運転手の質問は、さらに日本の経済に及んだが、そうこうしているうちにホテルに到着した。


15時を過ぎる頃から、スタジアムへ向かう人が現れ始めた。ホテルの目の前の道がスタジアムに続く道なので、よく見えるのである。

キックオフ2時間前の17時くらいにスタジアムに入ろうと考えていたが、外のざわめきに促されるように、16時15分ころホテルを出発。16時半にはスタジアムの入り口に着いた。チケットには、転売防止のため、購入者の名前が印字されており、入場の際、パスポートなどのIDチェックがあるとされていたが、結局はノーチェック、手荷物のエックス線検査のみで入場。


1414582011-0619-4s.jpg


スタジアムへの道すがら撮った写真。街中は驚くほどワールドカップ・ムードというものがなく、出場国の国旗が街中のあちこちに飾られていた日韓共催のワールドカップ時とは随分違う雰囲気。この歩道橋の国旗はブラジルとナタルでグループリーグの試合をする国のものか?


1414582080-0619-5s.jpg


スタジアムへの道すがら撮った写真。サッカーボールをかぶったような格好のサポーターが見えるが、この程度は序の口。仮想大会か? という感じだった。


続く。


posted by オフ |19:57 | | コメント(0) |

2014年10月22日

早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報2

前回の投稿で、いっきにスペインのアンダルシアまで行ってしまったが、経路はそんなに単純ではなかった。

最初の目的地はサントリーニだが、もちろん日本からの直行便はない。そこで、成田-フランクフルト-ウイーン(泊)-サントリーニという経路をとった。サントリーニからスペインへは、サントリーニ-ウイーン-マドリッド(泊)と飛び、さらにアンダルシアのセヴィージャに飛んだ。

ヒマワリ畑を観光する拠点としたのはカルモナという街。この日はスペイン代表の開幕戦だったが、スペインの惨敗のせいか街の盛り上がりはもう一つ。


1413973553-0613-10s.jpg


カルモナ旧市街の中心。

カルモナ-コルドバ-セヴィージャとバスで移動し、車窓から広大なヒマワリ畑を眺めたが、カルモナの気温が38度くらい、セヴィージャは何と40度超え。6月というのに、アンダルシアは酷暑である(湿気がないので日陰は比較的すごしやすいが)。

セヴィージャからマドリッドへは、AVEという高速鉄道で移動。マドリッド1泊後はいよいよブラジルへ向けての移動。


1413973984-0615-2s.jpg


AVEの一等車の車内。スペイン国鉄は早期に予約すると安い料金で乗ることができ、日本で買うと若干の手数料を取られるものの、かなり安くチケットが買える(今回は9000円くらいで買えたか?)。2等の料金と大差がなかったので1等を選択。


1413974178-0615-3s.jpg


マドリッドの中心部ソルのあたり。日よけの布が張られていた。


1413974243-0615-7s.jpg


マヨール広場を囲む建物の柱の陰でフラメンコの歌を唄う青年。駆け足のこの旅で感じられた数少ない”スペイン” 



さて、ブラジルへの移動である。マドリッドからブラジルへは、サンパウロ行きの直行便があるのだが、この旅ではマイアミ乗り継ぎという、かなりの遠回りルートとした。その理由は、ブラジルの国内線の高さだった。

2013年12月、ワールドカップでの日本チームの試合日程が決まると、すぐにホテル・航空券の手配に入ったのだが、自分が観戦しようと思ったナタルへは、サンパウロから日本円で5万以上したのだ。普段はもっと安い航空券があるようなのだが、ワールドカップの影響か、すでに安い航空券は売り切れていた。ということで、アメリカン航空にマイアミ-レシフェ便があったので、それに乗るため、まずマイアミまで飛ぶことにしたのである。(2014年4月からブラジルの航空会社であるタム航空がワンワールドに加盟したが、世界一周航空券を手配した段階で加盟していたならば、迷わず、マドリッド-サンパウロ-ナタルというルートを選択していただろう)。

ほぼ定刻の16時半にマドリッドを出発したイベリア航空便は、20時、ほぼ定刻でマイアミに到着。23時15分発のレシフェ行きアメリカン航空便に乗り継いだ。

翌朝の8時20分、定刻通りレシフェ到着。入国審査はスムーズ済み、税関はノーチェックで通過。白タクの客引きが言い寄ってくることもなく、とりあえず100ユーロを両替して、定額の空港タクシーでボア・ビアジェン地区にある予約しておいたホテルへ向かった。


1413974644-201406recife-hotel.jpg


午前中の早い時間帯だったが、部屋に入ることができた。通された部屋は居間と寝室が分かれた部屋だった。この部屋で日本円で7000円弱。軒並みワールドカップ価格のブラジルにあって、少々くたびれた感じのホテルではあるが、こんな値段で、こんな部屋に泊れるとはビックリだ。直前にキャンセルが出たからなのかもしれない。 


1413974737-0617-1s.jpg


部屋からの眺め。レシフェはビーチリゾートとして有名らしい。が、なぜかビーチには人がいない。ワールドカップの試合の狭間で客がいないのか? それともこの日は夕方からブラジルの試合があったからか? しかし、ブラジルの試合は夕方で、この写真を撮ったは午前中なので、そうではないと思うが。



さて、マドリッドから合計で18時間余りのフライトで疲れきっていたが、まずはワールドカップの観戦チケットを受け取りに行かねばならない。レシフェにおける発券所は、ショッピング・レシフェというショッピングセンターに設けられていた。チケット発行の際の混雑を見越して、FIFAのサイトで優先的にチケットを受け取ることのできる時間帯を指定できるようになっていて、僕は12時~13時の時間帯を指定していた。しかし、おそらく、もうチケット発券の混雑はないだろうと思い、10時半ころ、タクシーでショッピング・レシフェに向かった。

ショッピング・レシフェにあるチケット発券所に着いてみると、予想通りまったく混雑はしておらず、というか、誰も並んでおらず、あっさり発券終了。

ホテルからショッピング・レシフェがかなり離れており、また、ショッピング・レシフェでのタクシーの待機時間(実際には運転手がチケット発券所まで案内してくれた)もあったため、往復で3000円強もかかってしまった。チケットは日本に郵送してもらうことも可能で、こちらは40ドル(約4000円)だったので、若干安くあがったのだが。

ホテルに戻り、昼食をとった後、この後、どうするか考えた。レシフェ近郊の有名な観光地といえばオリンダという街で、そこまでタクシーを飛ばして観光してくるか。しかし、16時からブラジルの試合があり、午後には街は人通りがなくなるだろう。そういう状況では治安の悪さに拍車がかかる恐れがある。もちろん僕の大好きな路地裏探訪などは無理であろう。さらに、昼食後、猛烈な睡魔が襲ってきた。ということで、オリンダ観光という選択肢はあっさりと捨て去り、部屋でブラジル-メキシコ戦を見ることにした(結局は眠くてほとんど見られなかったが)。

ちなみに、レシフェ旧市街で日本人サポーターが強盗にあったというニュースを目にした。日曜日は極端に人通りが少なくなり強盗などが多発するので、日本戦があった翌日の日曜日に観光に出かけていて、強盗にあったのではないのか?


1413975581-0617-2s.jpg


無事手に入れることができたチケット。


続く(と思う)


posted by オフ |19:16 | | コメント(0) |