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2019年10月31日

深井家長屋門に寄ってから埼スタへ(ルヴァンカップ決勝)

ルヴァンカップ決勝(10月26日)のことは、自己の記録としてやはり残しておきたいということで、ちょっと時間がたってしまいましたが書き留めておくことにしました。

埼玉スタジアムへは埼玉高速鉄道を利用して出かけるという平凡なルートをとるつもりだったのですが、ちょっと旅要素を加えられないかと考えました(今年は今一つ遠征のついでの観光ができていなかったこともあって)。

ということで、大宮駅からのバスでアクセスを検討。見沼代用水が残る風景でも見てから埼スタへ向かおうとグーグルマップをぼんやり眺めていると「深井家長屋門」という名所が目に入って来ました。

調べてみると、深井家は名主(なぬし)を務めていた家で、深井家長屋門は1844年に建立された門で、さいたま市の有形文化財に指定されているとのこと。

「深井家長屋門」を見学してから埼スタへ行き、試合では深井が活躍して(得点を決めて)勝利というストーリーを思い描きながら自宅を出ました。

大宮駅東口から国際興業バスの浦和学院行きに乗車するとけっこう両チームのサポーターが乗車していました。浦和学院から埼スタへは迷わなければそんなに距離はなく(浦和美園からよりも若干近い?)、そこそこ知られた埼スタへのアクセス方法のようです。

僕は寄り道前提ですから、深井家長屋門に近そうな「代山」というバス停で下車して、めざす長屋門のありそうな方向に向けて歩き出しました。

めざす深井家長屋門には容易にたどりつき写真を撮影(個人のお宅なので外から眺めるだけです)。

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深井家長屋門を見学した後、すぐ近くを流れる見沼代用水東縁へ。


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見沼代用水は、江戸時代の1728年(享保13年)に幕府の役人であった井沢弥惣兵衛為永が新田開発のために、武蔵国に普請した灌漑農業用水のことである。名前の通り、灌漑用溜池であった見沼溜井の代替用水路であった。流路は、現在の埼玉県行田市付近の利根川より取水され、東縁代用水路は東京都足立区、西縁代用水路は埼玉県さいたま市南区に至る。(Wikipedia)

見沼代用水の脇にはずーっと桜並木が続いており、花の季節に行ってみたいと思います。


見沼代用水沿いをしばらく歩いた後、決戦の地、埼スタへ向かいました。



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両チームの選手整列。

サポのヴォルテージも上がっており、とてもよい雰囲気です。
そして、コンサのゴール裏はいつもとは違い、広範囲で揺れています。
普段飛び跳ねない人も、この日は相当飛んでいたようですね。

試合の結果がご存知の通りですが、1-2から後半のアディショナルタイム、たぶんラストプレーだった福森のコーナーキックに深井が合わせて同点!

フロンターレの精神的ダメージ大きいだろ、これ。

もしかして延長はコンサ優位に進んで、試合前に思い描いた通りに進んでしまうのか? これ。そして、延長の福森のFK。できすぎです。

しかし、甘くはなかったですね。

もしかして、PK戦、石川のところで、顔見知りの関東後援会の方からいただいた紙テープから輪ゴムをはずして投げ込む準備をしたのが悪かったか?

悔しい敗戦となりましたが、この敗戦は選手には必ず次(来年)のモチベーションになることでしょう。



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posted by オフ |21:28 | 旅とコンサ |