コンサドーレ札幌サポーターズブログ

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2020年10月06日

カッパは何故撤退したのか

◆「フェニックス」が2017-18年シーズンにスキー日本代表チームに提供したユニホーム
 スポーツウエアのフェニックス(東京、ワン・ヤレイ社長)は、今年12月31日をもって事業を終了すると取引先に通知した。



元々はスキーウェアで有名になった
北海道とフェニックスは相性が良かったのだ




◆スキーウエア「フェニックス(PHENIX)」や伊アスレチックウエア「カッパ(KAPPA)」などを販売する創業68年の老舗企業。2008年に中国のスポーツ用品メーカーである中国動向集団の傘下に入ったが、業績低迷に歯止めがかからず、今年の新型コロナウイルスによって引導を渡された格好だ。事業終了後のブランドや店舗の扱いについて同社は「コメントできない」としている。


9月の時点で撤退は決まっていた
コンササポの多くが知っていたと思っていたが




 ◆日本のスキー用品業界の草分け的な存在だった田島一男氏が1952年に創業した同社は、80年代にはスキーウエア、アウトドアウエア、ゴルフウエア、ストリートウエアなどに業容を拡大。80〜90年代のスキーブームのけん引役となり、ピーク時の96年には売上高が320億円に達した。

私をスキーに連れてって
このあたりの世代なら、うなずけるだろう
ユーミンなんかを聴きながら、原田知世になったり三上博史になったり
スキー天国へ〜〜♫




しかしスキーブームの終息によって業績が低迷し、2004年8月にはオリックスグループをスポンサーとした産業再生機構による支援が決定。だが、その後も収益が回復することはなく、08年4月にはオリックスグループが株式の約9割を中国動向集団に1円で売却した。老舗スポーツウエア企業が実質無償で中国企業の手に渡ったことが当時は大きなニュースになった。


やる気マックスオリックスでも再建できなかった
あとは推して知るべし




 同社は新潟県新発田市の自社工場「テクニカルセンター」を拠点にした製品開発力に定評があった。「フェニックス」ではスキーの日本代表、「カッパ」ではサッカー・J1の北海道コンサドーレ札幌のユニホームを手がけていた。


背番号のナンバープリントは、北陸で行なっていた
1回のレプリカユニフォームの生産数量には限界があり、開幕戦までにという納期はギリギリだった
初期の頃はファンクラブでほとんど完売していて、店頭は常にサイズ切れを起こした
増産して店頭に並ぶと成績低迷で、今度は売れず在庫がダブついたりして調整が難しい商品である
しかしながら、レプリカユニは今でもコンサの最大の人気商品である
カッパのデザインの為せる技であったのは言うまでもない



2006年
札幌ドームキックオフでカッパがサプライヤーになった時の感動やトキメキは
いまでも覚えている

アディダサの酷さをカバーしてくれた
アディダスも2000年〜2001年くらいまではまともな赤黒縦縞だった
2004年、2005年の縦縞消滅やタイヤ痕跡ユニで、完全にアディダスは
コンササポの信用を失った(笑)

カッパ(フェニックス)はコンササポの救世主だったのだ
ユニの価格が高いとかなんとか不評だったけど、その分、素材やデザインに
こだわっていた
雪の結晶、アイヌ文様、北海道新幹線、北海道150年市町村漢字縦縞デザイン
カッパでなければ絶対に成し得なかった
なぜか、とってもお金がかかるんですよ
だって、千葉とヴェルディとコンサドーレだけでしょ?Jでの採用は
生地のロットだけで大変だったと思いますよ

プロ野球と違って母数が全然違う、少ないわけ
だから採算が取れるのは第一条件

巷で噂されるバドミントンだとか、カーリングだとか
競技を飛び越えてレバンガと同じにするとか
とにかく発注ロットを大きくしないと原価は下がらない
品質にこだわるのか
売価引き下げにこだわるのか
その辺りにも注目してみたい

プーマの復活か
チャナティップ繋がりでミズノか
はたまた新顔の
実は期待している
オフィシャルパートナー繋がりのアパレルか
楽しみではあります

posted by odo5312 |19:18 | スポンサー様/パートナー様 | コメント(1) | トラックバック(0)

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この記事に対するコメント一覧
Re:カッパは何故撤退したのか

そんなもの費用対効果の問題でしょ利益が宣伝費以下なら止めるだけ単なる経済活動の一環

posted by 馬鹿は社会の迷惑| 2020-10-06 19:47

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