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2008年01月29日

蹴球は外国人に教わるものなのか

日本代表の蹴球限定のお話として。

古くはクラマーさん、オフトさん、トルシェさん、ジーコさん、オシムさん。

これらの神々から授かるものだろうか。と言うことと。
もし授かるものだったとしたら、神々が去った後はどうなるのだろうか。

クラマーさんと釜本さん後とこれらの神々と黄金世代の後と同じこととなりはしないか。と言うことと。

日本代表の蹴球が日本の蹴球を代表するものではないかもしれないと言うこと。4年に一度の非日常だけで日本の蹴球全てだといって欲しくないという想いもでてきたりして。

日本代表の蹴球はその時の監督が作るものでもなく。こうしたいと思って生み出すものでもないと思う。

アジア予選を通じて出来上がるものだと思うのです。
まあそのためには、アジアに蹴球王国がないこととアジア枠が緩やかなことが問題かなあ。

本戰にでれるかでれないかというギリギリの闘いが
欧州と比べて明らかに緩すぎる。

アジア予選と本戰で別のチームを作ったほうが良いだろうと思えるし。

テレビ朝日がいう真のギリギリの闘いのなかで研ぎ澄まされ、そぎおとされた中から生まれ出でるものに期待したいなあ。

欧州のなかで例えればギリシャはどうか。毎回予選通過できるとは到底考えられない。
回りには強豪がひしめいている。なんて環境ならなんて中途半端な妄想話でした。

posted by mimicaki |02:30 | コメント(0) | トラックバック(0)

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