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大阪の道産子(通称オオドサ)と称してましたが、2009年7月2日から札幌市民となりましたので大阪帰りの道産子(オオドサはそのままです)となりました。   1955年11月26日岩見沢生まれ。大学が大阪だったせいもあり人生の半分以上をアジアの香り濃い大阪で過ごしましたが、気持ちはいつも道産子のままでした。   トレードマークの背後ドーレ君は最近座席で一緒に応援していて首に付けてはいませんが大事な試合には復活します☆ 帰道して5年目のお盆に末期の大腸癌で大腸が破けて生死の境を漂いましたがなんとか生還して再びコンサを応援出来る喜びに感謝しています。 その後再発しましたが、何時の日にかコンサがJ1優勝する事を夢見て自宅で闘病頑張っています(^o^)v   尚、捨てハンの方のコメントに対しては、原則として告知無しに削除させて頂きます。   【好き】中山元気 aiko 麦とホップ黒 民間航空機 【苦手】ネガティブな人 タバコ 大阪のゴキブリ(デカイし飛ぶ!)

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冷し中華横浜発祥説☆

2014年06月08日

冷し中華(道内では冷しラーメン、大阪では冷麺)は昭和初期に東京神田の揚子江菜館で
出されたのが最初だとされるのが定説です。しかし僕は毎日放送のあまからアベニューの
スタッフ時代に「あまから総合研究所」と言うコーナーで冷し中華横浜発祥説を放送しました。
なつかし
所長は写真右から
二番目の大月勇
アナウンサーでした。

道内でも番販で土曜
夕方に放送していた
ので憶えている方も
いらっしゃるかも。


番組では好景気の大正時代に横浜中華街ではランチの混雑時の前に中華麺を茹でておいて
ランチ終了後に残った中華麺に冷えた酸味の効いたタレとランチで余った食材を刻んで載せた
スタッフのまかないだったのです。暑い厨房でサッパリした冷し中華が好まれた様です。
上海ルーツ説もありましたが、当時は中華料理には前菜以外で冷えた料理を出しません。
では横浜を喰らうで久しぶりに冷し中華を造りました☆えーっと玉子を焼いて・・
ややふわっで


キュウリの嫌いな福地ヒロさんは行き付けの中華料理店では何も言わなくてもキュウリ抜きの
冷し中華が出るそうです。その代わりにワカメが入るそうです。でも酢に合うワカメがベター?
きゅうりは必須なのか?


・・そして定番のハムです。横浜では焼き豚の切れ端だった様ですが・・Kさんから頂いた
ハムハムハム・・アッ!ハムが入っていない(^^;)なんでやねん!
ハムなし


「なると」と選手交代になりましたが冷し中華で横浜を喰らいます。次節は勝たないと
選手交代では無く監督交代論が出るのを防がなくてはなりませんから。
徳島(なると)も頑張れ




post by 大阪帰りの道産子

15:38

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