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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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JR踏切事故・あれから

2010年02月13日

今日、深川へ行って来ましたが、例の事故で損傷の激しかった2両はシートを被せてました。
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雪が解けてから運ぶのですかね。 シートをかけたということは、解体ではなく修理して復帰させるのですかね。 写真奥から手前方向にダンプが走行して、踏切に進入したようです。
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近くには無料の高規格道路(深川留萌自動車道)もあります。会社の指示では立体交差の道路を通ることになっていたそうですけど、この道路かも。
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現場の道路は、12号線から石狩川にかかる橋を渡って、そのまままっすぐの道なので、こちらが近いので、ついこっちを通ったのでしょう。 先々週、上手く写真を撮れなかったので、先週撮った写真があります。 下り列車から。
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上り列車から。
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先頭部分がつぶれても運転士が致命傷を負わないよう、運転台が高い位置にあるからよかったですけど、低い位置なら、まず助からないでしょうね。 このところ踏切事故が多発しているせいか、一昨日、富良野線神楽岡駅横の踏切で、パトカーが一時停止しない車を見つけて捕らえてました。



JR復旧を待って電車に乗りました

2010年01月31日

土曜に札幌に行き、日曜に旭川に戻りました。
金曜日の踏切事故のため、行けるかどうかわからなかったのですが、土曜の11:40頃に復旧したようで、旭川発は11:30札幌行きから動き出したようです。
12:00発は運休だったので、2番列車になる12:30発のに乗りました。
17分遅れで旭川を出て、岩見沢付近の雪のため、さらに少し遅れましたが、ほぼ予定通りに札幌にたどり着けました。
仕事が忙しければ13:30のに乗るつもりだったので、余裕で展示会見学ができました。
土曜の12:30発の列車はいつもは空席ばかりでがらがらなんですが、12:00発のが運休した影響や、復旧を待って乗った人もいたためか、少し混んでいたけど、岩見沢までは全員着席できる程度で済みました。

12:20に旭川駅に行ったら、ちょうど復旧を待って旭川に着いた列車がだんごになって入線してきたところで、まず、9:01発網走行きオホーツク1号。
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3時間23分遅れで発車しました。 次に4分後に、9:12発稚内行きスーパー宗谷1号が入線。
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3時間16分遅れで発車。 この車両、稚内で折り返してから名寄で人をはねたのですが、自殺だとか。 さらに7分後に9:34発網走行き流氷特急オホーツクの風が入線。
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3時間1分遅れで発車しました。 その5分後に私が乗った折り返しの旭川止まりのスーパーカムイが入線し(写真なし)、その6分後に11:19発網走行きオホーツク3号が入線。
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1時間28分遅れで発車。 そんなわけで、20分くらいの間に網走行きが3本もまとまって来たのです。どの列車もまずまずの乗車率でした。 流氷特急のお客の多くは、流氷ノロッコ号に乗る予定だったのではないかと思いますが、3時間も遅れたので乗れなかったでしょう。お気の毒に。 事故現場には、2両も置いてありました。
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写真は2両目ですが、牽引できないということは損傷がひどいのでしょうね。 徐行しないで100kmくらいのスピードだったので、先頭車は撮れませんでした。 あとになって、連写モードがあったことを思い出したので、日曜にもう一度通ったときに撮ろうとしたんですが、1枚撮ったらフリーズしてしまって(バッテリーが少なかった?)この1枚だけです。
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札幌14:00発の旭川行きに乗ったのですが、いつもより少し空いていて、旭川が近づいた頃には3割くらいの乗車率しかありませんでした。
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土曜に旭川から札幌に行って、日曜に帰る人は、バスか自家用車にした人が多く、私のように電車にした人は少なかったのかも知れませんね。



Jリーグ史上最高のゲーム

2009年12月19日

ここでJリーグ史上最高のゲームが3つノミネートされていますが、ソダンがハットしたゲームが1番目に入ってます。
たしかに凄い試合だったし、不思議ではありません。
ちなみに、ソダンの2点目と3点目は、相手キーパーは林だったというのも、今になって思うと笑ってしまいます。
でも、私が客観的(コンササポということを抜きにして)に考えると、長居の悲劇が最高の試合かも。
(ロスタイムの今野のゴールのせいでしたね)


今日はいい天気だにゃー。
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もう2ヶ月近く、娘と猫3匹の暮らしが続いてますが、家内が置いていったメモ。
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「ねこちゃんも食洗機に入れて洗う」に見えてしまいます (笑 先週の土曜日、旭川駅に除雪車(DE15)が待機してました。
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日本一短い鉄道・芝山鉄道

2009年11月02日

日本で最も路線が短い鉄道と言えば、長らく、和歌山県にある紀州鉄道(2.7km)でしたが、7年前に3セクで東成田(以前の京成成田空港駅)から芝山千代田までの2.2kmで開業した芝山鉄道です。

旧・成田空港駅からですから、成田A滑走路の横にあるのは容易に想像できますよね。
終点の芝山千代田も、この写真でわかるとおり、まだ滑走路横なんです。
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滑走路よりも短い鉄道なんて信じられますか? (関空のウイングシャトルのようなものは除きます) ただ、延伸計画もあり、延伸したら紀州鉄道が日本一に返り咲きますね。 駅の改札を出たら、B滑走路に着陸する飛行機が見えました。
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地味な駅で、スイカが使えないのを知らずに下車したので、現金で芝山鉄道分190円払い、ユーカリが丘から東成田までの分は証明書を持って空港第2ビル駅で精算しました。
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航空科学博物館その3

2009年10月30日

てっぺんにある拡声器ような形のものはなんですかね? (やっぱりスピーカー? いや、空気取り入れ口か?)
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こんなかわったヘリも展示してました。
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ジャンボのコックピットの模型がありましたが、シミュレーター機能はなさそうだし、なんだろうかと思いました。
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計器の配置を覚えるための装置なんですね。
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なんでこんなに腐食しているのかと思ったら、戦争中に計画した超大型爆撃機に搭載するはずだったのを埋めて隠しておいて、26年前に羽田から出土したとか。
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写真では小さく見えるけど、1.5トンもあります。 展望室はこんな感じ。右の一段高いところがDJブースで、双眼鏡で確認して資料と照らし合わせてから解説していました。
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わかりにくい写真ですが、博物館から成田空港行きのバスに乗ったのですが、空港に入る際のセキュリティーチェックが、いまだにしっかりやっていて驚きました。
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トランクを開けさせ、厳重なチェック。 バス車内にも係員が乗り込んで来るのです。 航空券は持ってなくてもいいのですが、身分証明書を提示しなくてはいけません。 バスに小学6年の男子が一人で乗っていて、問題になってしまい、しばらくバスを停めたまま、他の係員と協議に入りましたが、しばらくして、通ってよかろうということで一件落着。 で、私は空港第2ビルの京成電鉄の改札前で娘と待ち合わせにしたのですが、やはり改札のところにも関所がありました。 娘は運転免許証を持っていません。 娘が電車を降りて関所にさしかかったとき、私がお奉行様に事情(娘は免許証持ってないけど、父の私と近くのホテルで食事するためにここに来た)と説明しました。 でも、彼女は住民基本カードを持っていて、あっさり許可されました。 空港からホテルの無料シャトルバスでホテルへ行ってディナーを食べ、またシャトルバスで空港第2ビルへ戻ったところ。
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21時くらいだと、さすがに閑散としてました。 成田空港で驚いたのは、生鮮野菜を売る店が沢山あったのです。 もともと農地だったわけですから、周辺には(周辺どころか未買収用地も)農地が沢山あるのですが、でも、ほとんど国際線の空港で、なんで生野菜を売っているのか、ちょっと不思議でした。(空港に住んでいる人がいる?) 新千歳空港も、生きたカニや魚などが沢山あって、まるで水族館のようで、ちょっと珍しいでしょうし、海外の人は、かなり驚くそうですけどね。



航空科学博物館その2

2009年10月29日

博物館の屋外に、YS-11の試作機1号が展示されていました。
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アクリル板越しにコックピットも見れます。
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内部はこんな感じで、ちょっと残念。
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博物館内部の展示ですが、BOACやパンナムは懐かしいですね。
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鳩山一郎がモスクワ訪問から帰ってきた写真だそうですが、どれが鳩山さん?
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ジョーディマジオとモンローの新婚旅行で羽田に降りたところ。
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1954年のようです。 これは1966年ですよね。
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このあとフィリピンではイメルダ夫人の逆鱗に触れて、無一文で逃げ帰ったのでしたよね (笑 鄧小平が1978年に日本に来たときです。
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ホーカーシドレートライデントですね。 なぜ、米国機でもソ連機でもなく、こんなマイナーな機体を中国が何機も持っていたのか不思議に思う方はWikiでホーカーシドレートライデントをご覧下さい。 ちなみに、1982年にヒースロー空港に行ったら、まだまだトライデントが沢山使われていて驚きました。



航空科学博物館

2009年10月28日

土曜のランチのあと、娘と一旦別れて、成田の航空科学博物館へ行きました。
(娘を誘ったんですが、パスされちゃいました)

京成と芝山鉄道、バスを乗り継いで行ったんですが、芝山鉄道については後日紹介します。

バスで博物館前に着いたら、こんなそばを飛行機が着陸していきます。
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ここは成田A滑走路の南端の直ぐ横にあるのです。 「文句あるなら見るな」と言われたら嫌なのでコメントしないでおきます。 (でも、右翼は大嫌い私の考えとはかけ離れているので・・)
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建物に入って直ぐには、日本で最初に飛んだ飛行機の実物大レプリカがありました。
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ほとんどウルトラライトプレーンと同じ構造ですね。 来年でちょうど100周年です。 建物内の展示物で、面白いものが沢山ありましたので、また明日以降紹介したいと思います。 今日はあと、建物5Fの展望室からの風景を紹介します。 ここからこんなによく成田A滑走路が見えるのです。 しかもDJ付きです。 以下、DJを再現しておきます。 ノースウェスト・大韓航空ソウル行き・ノースウェストの順に離陸待ちです。 ノースウェストはどちらかがミネアポリス行きで、どちらかがデトロイト行き。
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ミネアポリスもデトロイトもハブ空港なので、ほとんどの人は到着後、別の飛行機に乗り換えます。 デトロイトはまだしも、ミネアポリスに行くなんて人は、まずいませんから。 (かもめ注 : ミネアポリス近郊にメイヨークリニックという世界的に有名な病院があるので、日本から医者がよく行くのだけど) 着陸するのはJAL、上海からの便です。
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当然といえば当然なんですが、成田で最も多くみられる航空会社はJALです。 中華航空タイペイ行きの後ろはチャイナエア上海行き。 着陸するのはユナイテッド803便、ワシントンから便です。
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中華航空とチャイナエアは名前が似ているので混同されがちですが、全然違う会社です。 アエロメヒコ、ティファナ経由メキシコシティー行き。
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アエロメヒコは週に2回しか飛んでこないし、B滑走路を使うことが多いので、こちらで見られることは少ないです。 展望室内には、親切なことに、こんなのまであります。
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ワシントン行きがこんなに沢山、
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と思ったら、すべて11:09に変更になっているのだから、コードシェアですね。 もちろん、到着便もあります。
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皆さんに問題、と思ったのですが、写真ではわかりずらいのでDJ通り書きます。
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このジャンボ機、普通の機体と違っています。 後ろ半分に窓がないのがわかりますか? 後方を貨物室にしているコンビ型ジャンボ機です。 というわけで、飛行機好きなら何時間でも飽きずにずっと展望台にいれますね。 ちゃんとソファーがあるし、自販機で飲み物もあります。 1フロア下の4Fには食堂もあります。
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千葉の鉄道

2009年10月27日

成田のホテルに泊まり、娘がいるのは臼井(佐倉市)なのに、なんで食事しに2回もユーカリが丘(佐倉市)へ行ったのか、それは、とても大きな団地があり、飲食店が沢山あるのです。
ユーカリが丘駅前にはユーカリの木があります。
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土曜のランチのあと、ユーカリが丘発着のループ路線の「山万ユーカリ線」に乗りました。
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この路線は、普通の鉄道事業者でもないし、3セクでもありません。 宅地開発した不動産屋が建設して運営している、日本で唯一の鉄道なんです。
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無人運転ではありません。
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ラッシュ時を除くと1時間に3本しかなく、1周14分なので、運転手1名だけでOKなので、無人運転のシステムを導入するよりも有人運転の方が安上がりなんでしょう。 中央にガイドウェイがあって、左右にゴムタイヤがあるので、札幌の地下鉄と同様の車両ですけれど、最高時速は50km/hしかないし、駅間距離も短いし(全ての住宅が駅まで徒歩10分以内というのが謳い文句だから)路面電車のようなものですね。 日曜は成田から上野まで京成モーニングエクスプレス(スカイライナーと同型) に乗りました。
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写真は到着した京成上野駅。 1駅前の日暮里で半数は降り、さらにその手前の青砥で3割くらい降りてますから、上野で降りた人は少なかったです。 スカイライナーよりも特急料金が安くて400円しかしませんが、そのかわり指定席ではありません。 自由席ではありますが、定員制で、しかも車両(号車)指定制です。 成田(成田空港にあらず)から乗ったのですが、1,2,4号車が指定されていて、途中の佐倉や八千代台だと、3号車が指定されていました。 (ということは、成田空港と空港第2ビルからの乗車では、5,6,7,8号車が指定されるのでしょう)
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シートピッチは1040mmと広いです。 (スーパーカムイだと980mm、スーパー北斗では960mm、北斗は940mm) でも、樹脂は変色し、ペンキははげてみすぼらしいです。
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来年開通する成田新高速鉄道には新しいスカイライナーが投入されるので、もうこの車両は改装しないでボロいままあと1年(来年7月まで)使うのでしょう。 佐倉では、印旛沼が見えます。
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田沼意次が開発に着手したのが有名ですよね。 干拓でかなり面積が小さくなっていますが、これでも千葉県最大の湖沼です。



鉄道の日

2009年10月12日

今日は小樽に行って来ました。

小樽駅を出発するSLニセコ号。
撮影に良いポジションがなく、こんな写真しかありませんが、撮影が目的ではないからいいんです。
(負け惜しみではありません)
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後ろにディーゼル機関車があるのは、いささか興ざめです。
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小樽市総合博物館 (旧、手宮鉄道記念館)へ行きました。 「しずか」が屋内で大事に保存されています。
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奥は80系特急ディーゼルカー。なつかしいですね。
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手前のSLは、C-55の50号機。 本当は30号機を保存するはずだったのに、手違いで国鉄苗穂工場で解体されてしまい、急遽、代わりにこの50号機が展示されることになったのです。 30号機は元流線型だった貴重な車体なので、それを間違って解体したなんて、あまりに残念。 どちらも退役時は旭川機関区所属で、当時中学生だった私も旭川や塩狩峠まで撮影に行きました。 それにしても、屋外で雨ざらしはかわいそう。 10日はJR苗穂工場・札幌運転所を見学しました。
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またこれを走らせてほしいですね。 ここまで鉄輪走行。
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車体を下げて前のタイヤを接地させます。
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案内用金属車輪を引き上げます。
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あとは普通にハンドル切って道路走行モードです。
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室蘭遠征記・鉄道編パート2

2009年09月25日

室蘭ではマッチデープレゼントが当たりました。
吸盤が付いているので、車に着けるといいかも。
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いままで100回近くスタジアムへ行ったけど、初めて当たりました。 横のふさふさに、うちの猫がじゃれていたけど。 函館で高速船を見かけました。
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本当はこれに乗りたくて予約もしていたのですが、他の予定もあってキャンセルしました。 これは係留してまして、もう1隻を使って期間限定で復活運行してますが、本当は1時間45分で函館・青森を結んでいたのに、2時間45分の省エネ低速運行です。 値段も3割くらい安くしてますが。 函館に行った最大の理由は、トラピストを見学することでした。
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かつて祖父が茂辺地村(後に上磯町、現在北斗市)の村医をしていたので、よくトラピストに往診に行っていたんです。 もう祖父のことを覚えている人はいませんが、一度見学に行きたかったのです。 ここは月曜しか見学ができないし、月曜までの3連休でも、(以前は)月曜のうちに浜頓別まで帰るのは不可能だったので、見学することができませんでした。 見学でいろいろ面白いことがわかりました。 いずれ詳しく紹介したいと思います。 兄もブログに載せてますが、帰りはキハ183 1500番台の北斗。
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本当は最終便のスーパー北斗を予約してましたが、1本前の北斗が空いていたので、最前列の眺めの良い席(下り列車は自由席)をゲットできました。 はこだてビール(地ビール)を諦めてまで、この列車に変更したのには訳があります。 暗くなってきて、ガラスに室内風景が反射して見づらいですが、こんな感じで、座席に座ったまま前方風景を見れます。 (デッキから撮ったのではありません。座席から撮ったのです)
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札幌に戻った翌日も、同じ型の列車に乗りました。
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特急とかちです。 来月には石勝線の特急はすべて振り子型に置き換わるのですが、この車両はもう廃車にするのか、ペンキが剥げてひどいことになってます。
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楽勝でパノラマ席をゲットできました。 発車35分前から並んだのですが、10分前でも大丈夫でした。
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もっとも、札幌→帯広は、最後尾なので、いまいちでしたが。 日中なので、前日の函館線のと違ってスピードメーターもよく見えました。
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こんなに空いてました。
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占冠付近では、高速道路の建設が進んでました。
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新得の広内信号所付近です。以前、強風で特急が転覆した風の名所なので、防風柵が設置されてます。
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新得市街地や十勝平野が一望できるのですが、写真ではぼんやりしちゃってます。
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当初はトマムで折り返そうかと思ったのですが、前向きに走る方が気持ちいし、終点の帯広まで行き、30分後に折り返す、同じ車両の同じ席で札幌まで戻りました。 狩勝信号所では貨物列車が待避してました。
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こんな風に見えるなんて、とっても気持ちいいです。 最高の座席です。 東占冠信号所では、スーパーおおぞらとすれ違い。
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素晴らしい。 今度室蘭や函館で試合があるときはスーパー北斗ではなく、北斗に乗ります。 あと何年、この車両を使うかな。 なお、特急サロベツも同型を使ってます。 ただし、シートピッチは930mmで、振り子型の960mmよりも狭いです。 (サロベツの指定席は逆に広くしてますが) 930mmは、初期の韓国新幹線と同じ狭さです。(韓国新幹線は不評であとで広げましたが) 退役した781系は960mm、スーパーカムイは980mmなんですけどね。



室蘭遠征記・鉄道編

2009年09月24日

室蘭の試合前日に旭川から札幌に移動しました。
19日は午前中、仕事があり、12:13富良野線神楽岡駅からJRに乗り(写真は旭川駅富良野線ホーム)
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旭川から札幌まではスーパーカムイに乗りました。 20日は札幌8:34発スーパー北斗6号で東室蘭まで。 (東室蘭から室蘭までは普通列車に乗り換えです) 兄のブログに同じ写真がありますが、先頭部分の貫通ドアに窓があり
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運転席は中2階にある構造で、運転席使用中でも、貫通ドアまで行けるので、このように真っ正面が見えます。
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日本一直線が長い区間でして、写真は苫小牧の少し先です。 列車前方が見えるのは、とても楽しいです。 単線が複線に切り替わる部分を見るのも面白いです。 私や兄の他にも、展望デッキに来る鉄道マニアや子どもがいるので、そういう人がいたらすぐに譲り、空いたらまた行くという状況でした。 そこに行きやすいように、「1号車で」と言って指定券を発券してもらいました。 またカニの写真を披露します (笑
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最初にカニが1人2杯出まして、この旅館では前菜なんでしょう。 頑張って1杯平らげた頃に、刺身や天ぷら、かに飯などが出てきました。 当分カニ(特に毛ガニ)は食べたくありません。 まるで、二日酔いのときに酒を飲みたくないような感じかな。 カニ責めにあった旅館を後にして、再度スーパー北斗の1号車で函館に向かいました。 函館に着いたら、最初に摩周丸を見学しました。
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青森で展示している八甲田丸を見学したことありますが、それぞれ特徴があるので、両方見ると面白いです。 今回は当時の通信士さんから貴重な面白い話を聞かせてもらい、とてもよかったです。 次にハイカラ号に乗りました。
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ワンマン運行してなく、車掌さんも乗ってます。
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大正時代の制服ならもっとよかったんでしょうけど。
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線路幅は東京都電や京王、都営地下鉄新宿線などと同じ、いわゆる馬車軌間の1372mm(4フィート)です。
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帯広出張・鉄道編その2 & ドラえもんの誕生日

2009年09月03日

103年後の今日がドラえもんの誕生日だそうです。


帯広のホテルにチェックインしたら、窓から駅やホームが見えて、やった~
と思ったけど、めったに列車が来ません (笑
直ぐに懇親会で、その晩は全く列車を見れず、翌朝、列車の音で目が覚めたと思ったら、始発の札幌行き特急が発車したところでした。
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帯広を出て、然別湖へ向かいました。
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然別湖からナキウサギの生息地へ行こうと思ったのですが、熊よけ鈴を鳴らす登山客が多かったし、皆、本格的な格好をしているので私の格好では浮いてしまいそうなことや、あまり時間がなかったことなどもあって、諦めました。 20年前はナキウサギを見れたんですよ。 平日に行かないとダメかも。 糠平湖のほとりで、旧士幌線・糠平駅跡にできた上士幌町鉄道資料館
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なんの動輪か? 私の身長(169cm)よりも15cmくらい短いので、C-55ではないし(みずかきもないし)、スポーク動輪だから、C-58ではありません。 C-11(直径1520mm)でしょうか。 1600mmの8620の可能性もあるけど。 いずれにしても、きちんと説明書きしてほしいですね。 100円払って見る資料館内部は、士幌線の資料が沢山ありましたが、実写展示が車掌車だけなのは物足りません。
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線路が残っていたのか、敷設し直したのか・・
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(この枕木間隔なら、敷設しなおしたのでしょう) 足こぎトロッコが運行してました。(お客が自力で走行します)
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糠平市街から4kmほど北上した場所で、士幌線跡地にも、足こぎトロッコが あります。
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こちらは木製レールで240mmゲージです。 最初はもっと幅広だったのを、だんだん狭めたそうです。 私だったら、1フィートゲージか10インチゲージにするのだけどなぁ。
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ちゃんとターンテーブルがあって、ここで方向転換できるのです。 (手で持って回すこともできるんだけど。
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凄いのは、真冬でも営業しているのです。



帯広出張・鉄道員とSLホテル

2009年09月01日

さっきのスポーツニュースで、「コンサドーレ、この人が帰ってくる」で、うちの娘「ダヴィが来るの?」
(10億円は必要だろうが・・)
もちろん、岡本君ですが、士別で怪我したところを見たけど、最初はアイシングしていたけど、バスに乗るときは普通に歩いていたので大丈夫そうに見えたけど、かなり大けがだったのですね。


さて、帯広へはJRで行きたかったけど、昼に出る便がなくて自家用車で行ったので、途中で観光できました。

鉄道員は見たことないけど、幾寅駅を見学しました。

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幾寅駅なのに幾寅駅の看板がありません。
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さすがにホームは幾寅駅の表示でした。
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使用してない(ロケで使った)腕木式信号機がありました。
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ここは見学できませんでした。
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車両の中に資料展示がありました。
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幾寅から狩勝峠を越えたところにSLと20系寝台車が置いてあります。 根室線の旧ルートにあった新内駅のホームをそのまま使っているのです。 ルートが切り替わった43年前から13年間、実験線として、貨物列車の競合脱線の研究が行われたりした場所でした。 詳しくはこちら。 私が大学1年のとき(31年前)にSLホテルとしてオープンして、私もその2~3年後に泊まりました。
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それにしても、寝台特急を9600が牽引するわけないので、すごい違和感。 (入れ替え作業だと思えばいい?) その後、いつのまにかホテル営業は休止し、15年前に行ったときは放置されていましたが、現在は資料展示がされています。
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この1両目(ナハネ20)は昔は食堂として利用していたと記憶してます。 (どんな食事だったか覚えてませんが、ちゃんと夕・朝食が出たんだろうなぁ)
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2両目と3両目(ナロネ20)がベッド利用されていたんです。 快適でしたよ。
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ここから6kmは、旧線跡がフットパスになっていて、旧トンネルが見学できます。 反対側の新得駅までの10kmもフットパスとして整備されているそうなので、いずれ歩いてみたいです。
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ここからちょっと下ったところ(レストランのヨークシャーファームのそば)に、いまだにグリュック王国の看板がありました。



お盆・第二日目

2009年08月17日

14日は、兄のブログにあるとおり、追分に保存しているSLを見に行きました。
毎月第2・4金曜日が公開日なので、お盆とかでなければなかなか見れません。
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圧力計(ブレーキ用圧搾空気)の上にあるレバーがレギュレーター(加減弁)で、シリンダーに送られる蒸気量を調整します。 圧力計の下にある2本の真鍮のレバーがブレーキ弁。 たぶん上が機関車本体のブレーキ。(単弁=単独弁) 下が牽引車両のブレーキ。(自弁=自動弁) この赤黒モーターカーでSLを押して車庫から出します。
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エアホースも繋ぐので、弱いながら汽笛も鳴らせます。 SLの汽笛には、こんなに種類があったのですね。
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昔、重連のとき、しばしば、2台の機関車が交互に「ポーポポ」「ポーポポ」と鳴らすのをよく聞き、なんの合図かと思っていたのですが、惰行運転に入る合図(加減弁を戻して惰性で走る)だったと知ることができて嬉しかったです。 松山からSLを見に来ている人もいましたが、愛媛FCのことを聞いたら、観客動員にご尽力されているとのことでした。 追分に着く前に、しーちゃんさんのブログで知った、長沼の道の駅の農産物売場に行きました。
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Zea mays   イネ科
左から、ゴールドラッシュ・ゆめのコーン・ピュアホワイト 一番右は、記憶が不確かだけど、恵味だったように思います。 どれも美味しく、甲乙付けがたいです。 ランチは長沼の道の駅からちょっと南で、千歳市に入ってすぐのところにある、アイスクリームで有名な「花茶」に行きました。
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じゃがいもの冷製スープ。250円 兄はザルソバ。600円
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私は野菜のかき揚げソバ。740円
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インゲンやタマネギの天ぷらがとても美味しかったです。 アイスクリームで有名ですが、実は手打ちソバがとっても美味しいのです。 旭川から千歳に行く途中でもあるので、ときどき寄ります。 1年ぶりくらいだったけど、以前より、さらにソバが美味しくなった気がしました。 店は禁煙だし、最近、客席が広く(大幅な定員増に)なりました。 こんな場所にこんなすてきな店があって、とってもありがたいです。



東京を喰らう

2009年05月23日

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東京名物ということで、東京ばな奈の新商品、しっとりクーヘンです。 明日の緑を「しっとり」させます。
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美瑛川の河川敷をサイクリングしていたら、民家の庭にSLの動輪がありました。 最初、C-55かと思ったけど、直径が1750mmあるだろうか疑問になりました。 勝手に敷地に入るわけにいかないし、写真だけ撮っておきました。 もしかして、1520mmのC-11かな?なんて思ったけど、レール幅(内径1067mm)と比較すれば判断付きやすいことに気づきました。 やはり、Cー55だろうと思うのですが、うっかり忘れていたけど、C-55なら、スポークの根元(車軸近く)に強度を増すための、俗に言う水かきが付いていますが、斜めで確認しにくいけど、あるようですね。 同じ直径でスポーク動輪は、C-51、C-53、C-54があるけど、53と54は北海道に配属されなかったし、しかも53は3シリンダーで位相差が120度だから絶対に違うし(写真は90度の位相で間違いないですね)、51の可能性や、直径1600mmの8620やC-50という線も、なきにしもあらずですが、やはり水かきありということで、55でしょう。 53(コンサ)でないのは残念だけど仕方ない。