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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2010年11月09日
土曜の夕方、佐倉で娘と合流し、成田空港へ行きました。 でも、成田から飛行機に乗るわけではありません。 私が泊まるホテルは長女が住んでいる佐倉から近い成田のホテルにしたからです。 ついでに成田空港でショッピングしました。一村一品のお店で、アフリカのコーヒーやアジアの民芸品が多いです。 他の店では、キティちゃんグッズが外国人に人気でした。 次女へのお土産は、キティちゃんのご当地(千葉県)シャーペンにしました。 成田空港からホテルの送迎バスでホテルへ行き、ホテルのレストランで食事し(ご馳走は後日紹介します)、娘がアパートへ帰るので、一緒に成田第2ターミナルへ行きました。飛行機で帰るわけではありません (笑 それなにの、1日で第1も第2も訪問しました。 この時間帯は便が少なくて閑散としてます。空港第2ビル駅へ行って、東京方面へ行く電車を待っていたら、反対方向の成田空港行き電車が来たのですが、通過とのこと。第2ビル駅を通過する便があるの? と思ったら、ホームのこちら側が京成本線のホームで、手前(後ろ側)がスカイアクセス線のホームで、手前(後方)に停まりました。 写真はそれとは違いますが、このように柵があって、前後をわけています。日曜は成田からスカイアクセス線に乗り、東日本橋で新宿線に乗り換えて、学会会場の神保町へ行きました。 本当はスカイライナーに乗る予定が、朝早くホテルを出たので、アクセス特急(地下鉄浅草線へ乗り入れる車両で、特急料金不要の便)に乗りました。 第1ターミナルの「成田空港駅」は、スカイアクセス線のアクセス特急と、スカイライナーと、京成本線の3つが分離されています。(中間改札があったりします)スカイアクセス線の開業に合わせて、ホームを1面1線増やして、2面3線になってました。 JR時刻表8月号では1面2線のままでした。商売敵だからわざと古いままというわけではないでしょうけど (笑京成本線は佐倉・酒々井間で事故があったようです。 酒々井は難読で有名だけど、読めますか? (鉄道マニアには難しくないけど) 6:59発西馬込行きに乗りました。 京急の新1000系は、ドレミファ号のはずなのに、音色が聞こえないと思ったら、空転対策の結果、メロディーを奏でないようになったようです。 日曜の早朝だけにがらがらで、印旛日本医大まで先頭車は貸し切りでした。左の標準軌は京成、右の狭軌はJRです。どちらも3線軌条にして複線にしたらいいような気もしますが、並行する区間が短いから、あまり意味がないかな。 秋田新幹線と奥羽線の並行する大曲・秋田間も同じようなものですから。 従って、ときどき行き違いできる信号所があります。印旛沼です。成田に空港つくるくらいなら、ここを埋め立てて空港にしたらよかった? 時速160km出せる区間です。でも、アクセス特急は160km出しません。 スピードメーターが見づらかったですが、120kmは出していたけど、130は出てないかな。でも、この車両が120kmで走るのも、なかなか気持ちよかったです。 北総線以西のは明日にでも紹介します。 いや、明日の晩に講演があるから明後日になるかも知れません。
2010年11月08日
千葉へ行ったので千葉戦を見れなかったという変なことになったわけですが、土曜の昼の旭川→羽田JALに乗りました。 MD90です。3Aの席でリアエンジンですから、エンジン音があまり聞こえなくて、ちょっと物足りなかったです。 羽田での着陸では逆噴射の音が聞こえませんでした。滑走路端まで行く必要があったから、本当に逆噴射しなかったとか? JALですから、逆噴射装置が故障したまま飛んだということはないですよね? 飛行中に作動させるよりは良いけど (笑 岩手県までは視界が良かったです。久慈付近だと思います。(右端が久慈湾だと思います) 元祖、我田引鉄の大船渡線の大ループも肉眼では見えたけど、写真では霞がかかってダメでした。 羽田着陸では初めての体験がありました。 滑走路が4本になったので、A滑走路とC滑走路とで、2機の飛行機が並んで着陸することがあるのです。 ちょうど私の窓から隣に同時に着陸する飛行機が見えました。 列車なら、併走することはよくありますが、航空機では初めてでした。 羽田ではバスでした。荷物が多かったり、子ども連れでバスが満員だとつらいですが、空いていたし、クラスJだったから、まっさきにバスに乗れたから楽でした。 只で沢山の乗り物に乗れるし、空港内見学もできるからバスが好き、とは言いませんけど (笑 羽田から成田の隣町の佐倉までの移動ですが、前回は電車でしたが、今回は津田沼までリムジンバスに乗りました。 荒川を渡るとき、スカイツリーが良く見えました。確かに高いです。津田沼市内、違った(津田沼市はない)習志野市内で、キャディラックが捨ててあるのかと思ったら、ナンバーが付いてました。なんか不思議な感じ。津田沼から京成で佐倉へ向かったのですが、京成津田沼駅は京成本線や千葉線、新京成もあるので沢山の列車が来ます。京成本線の成田方面は右カーブですが、この急カーブの他、さらに沢山のカーブがあるので、スカイアクセス線ができるまで、スカイライナーは減速が多くて時間がかかっていました。 成田空港駅に停車中のスカイライナー。日曜の朝、これに乗るはずだったのですが、日曜の会議のスタッフが足りなくなり、私がプロジェクター操作係りを命じられ、準備のために早く行くことになり、早朝はアクセス特急しかないため、スカイライナーには乗れませんでした。 12月も佐倉・成田へ行く予定ができたので、きっと来月は乗れると思います。 アクセス特急などは明日以降披露します。
2010年10月17日
発寒の農試公園へ行きました。 ポプラ並木は良いですね。岩見沢に配属され、室蘭本線で走っていたナメクジです。主に石炭列車を牽引し、古里の栗沢を頻繁に走ってました。 オオドサが言っていた、とんでも無い記述ですが、これです。1256トンもあったら線路が沈んでしまいますよ (笑 一桁間違っているのです。炭水車を除いた機関車本体だけなら77.7トンです。 軸重は、日本では狭軌だし、地盤の悪いところが多いので、概ね14~15トンが限度なんです。(丈夫な線路では16トンの機関車を走らせましたが) 詳しい軸重制限とかを知らなくても、いくらなんでも重過ぎだと気づいてほしかったですね。 ちなみに、世界最大のSLは、アメリカのビッグボーイで、炭水車も含めると540トンもあります。 ナメクジと言われるこのD-51初期型は、煙突の後ろに給水温め器と砂箱、蒸気溜まりをまとめてドームに納めた形状から言われています。私はD-51の戦時型以降やC-58は煙突の前に給水温め器が鎮座しているので美しくないと感じて好きではありませんが、ナメクジは美しいから好きです。
2010年10月14日
栗沢(本町)を訪れたあと、旧万字線沿線に行ってみました。 朝日駅跡です。ホームが一部残っています。かつて、石炭の積み出し装置が並んでいたのをよく憶えています。 以前、小樽築港機関区で使われていたB-20が展示されています。10年前まで岩見沢の東山公園で展示されていました。計器は蒸気圧計だけです。ブレーキの圧力計は必要なのでは? と思う人がいるかも知れませんが、この機関車はコンプレッサーがありません。 機関車のブレーキは、蒸気圧でかけます。 構内入れ換え用機関車なので、どうせ貨車のブレーキ管と繋がないからこれでいいのです。 でも、2軸しかないので、入れ換えする貨車が多いとブレーキ効きづらくて大変ですよね。 美流渡へ行きました。美流渡でも、奥に入った東町、通称上美流渡ですが、こんな文化村になってました。ここのパンが美味しくて、旭川のお向かいの人は、わざわざここまで買いに来るそうです。この日はもう完売。予約するのが無難だそうです。 美流渡は炭坑で賑わい、栗沢では本町地区よりも美流渡の方が人口も多かったので、歓楽街も凄くて、岩見沢の人が呑みに繰り出したほどだったそうです。 上美流渡も賑わっていたので、この建物はかつては料亭だか遊郭だかだったそうです。
2010年10月12日
古里の栗沢へ行きました。 駅前通りです。活気がなくなり寂しいです。栗沢で一番の中心街ですが、ここも寂しいものです。正面の小さな建物がJR室蘭線・栗沢駅。昔はもっと大きな駅舎でした。今は無人駅。昔は3番線まであり、3番線は貨物専用に使っていて、よく貨物列車が待機してましたが、現在は行き違いもできない棒線になってしまいました。旧跨線橋は東西連絡通路として活用しているようです。 かつては石炭列車が頻繁に走り、そのたびに我が家が揺れたものです。 昔はホームが長く、1番線は客車7両分くらいあったし、2・3番線はもっとありました。私が小中学生の頃、室蘭・帯広間に夏休み期間だけ寝台列車が走っていて、ここを通っていたと言ったら信じてくれるだろうか。 駅の横です。左の林は線路沿いの防雪林。ここに保線支所があり、国鉄職員の住宅もあって賑わっていたのがウソみたい。商店街と生家の写真は明日披露します。
2010年10月10日
今日も旭川駅に行って来ました。 近文7:24発のに乗って旭川駅7:30に着きました。写真は帰りの8:10発岩見沢行きの車内からです。線路を切り替えた場所(札幌方向へ1kmちょっと)は、まだ地盤が安定してないのか、徐行してても結構揺れました。 あっぺとっぺさんが、ホーム(線路)が多い(4面7線)のではないかとのこと。 確かに発着本数だけから考えるとそうかも知れません。 ただ、旭川を発着する列車のほとんどは旭川が始終発なので、線数が少ないと到着して折り返しの場合、(直ぐに発車する、まれなケースは別として)、一旦待避所へ回送しないといけなくなってしまいます。 また、旭川駅は貨物列車の通過もありますが、機回し線がないので(以前は2線ありました)、最低でも6線は必要なのではないかと思います。 また、富良野線・宗谷線・石北線はすべて同じ方向(札幌と反対方向)なので、たとえば、同じホームに名寄行きと上川行きの2つの列車を置いておくことがやりにくいです。(できなくはないけど、あとから発車する車両を先に入線させないといけませんが、それに合わせてそういうダイヤにするのも非現実的) そういう旭川駅の事情を考えると、高架化するのはコストが膨大でどう考えても無謀です。 税金返せと言いたくなりますよ。 (計画した前市長は先日亡くなりましたが。前市長は高架駅の完成を見たかったでしょうね。) 式典(出発式)は10:00みたいです。喫煙所(手前の灰皿)がありました。ホームの端、1カ所ですが。 1・2番線と5・6番線のホームには大きな柱がありますが、スーパーカムイが使用する3・4番線は柱がなくて広いです。屋根は札幌駅と同じく、線路の上も覆われていて、ところどころに採光窓があります。 札幌駅とは違って、屋根の上は駐車場ではありませんが、将来的にはわかりませんね。 昨日まで改札があったところ。ここから新改札口までの連絡通路です。旧1番線~5番線のホームを横断して、新駅舎の下へ入ります。飲食店は2店(たったの2店!!)です。どちらも全席禁煙で安心しました。 カフェで朝食にしました。260円のサンドイッチと180円のコーヒーですが、セットで300円でした。ところで、自宅を出てすぐ、一瞬、電車が来たかと思いました (笑
2010年10月09日
明日から旭川駅は高架になります。 旭川駅の裏側は川なので、必要性はほとんどありません。 南北に道路の橋をかけるのが困難という大義名分がありますが、そんなの工夫すれば可能です。 バスターミナルがないという理由もありますが、高架にしなくてもスペースは確保できます。 土建屋を儲けさせたいのが最大の理由という気がしてなりません。 そんなことに多くのお金をかけるくらいなら、慢性的に不足している駐車場問題を解決した方がいいです。 丸井が撤退するなど、駅周辺の買い物客減の大きな要因なんですから。 で、今日の午後、近文駅から旭川駅まで往復しました。 近文駅から乗る人が、いつもより多いです。(陰にも数名いました)私と同じく、最後の駅を見るためなんでしょうか。 旭川駅から1kmほど札幌寄りの場所から線路(架線も)を切り替えます。今夜21時過ぎから明日未明までで工事します。 外壁はまだ完成してません。グランドオープンはまだ1年も先です。 富良野線ホームへの長い地下道。神楽で仕事していたときはときどき歩きましたが、もう歩くことはありません。 乗り換え時間が短いときは走らされました。 今年の正月はオオドサと走りました。 富良野線ホーム。かまぼこ型の建物は大雪アリーナです。来年には近くに橋が出来るので、徒歩でも行けるようになります。 富良野線の高架です。動物園号がここを走るのも最後です。やっぱり記念写真撮る人いますね。(おまえもだろうって) もう除草はしてません (笑ところで新駅舎の入り口はどこなんだろう。(うかつにも確認忘れました)まだしばらくは旧駅舎の入り口から入るのだろうけど。
2010年10月04日
オオドサのブログでコンコルドの話題が出たので、1982年のパリのブルジュ空港に展示してあるコンコルドの写真を披露します。ル・ブルジュ航空宇宙博物館です。 内部の写真が見つからなくて、これしかありません。(座席に座って写真撮ったはずですが) ウェブを見ると、いつのまにか2機に増えてます。 これを見た1週間後に、ヒースローから飛び立つコンコルドの爆音に驚きました。 こんなとんでもない飛行機は飛ばさない方がいいと思いましたよ。 トラファルガーの海戦の戦利品です。現在はガラスケースに入ってますが、当時は裸でした。 ところで先日、フーディーズTVでスペイン名物カタツムリ料理が紹介されていました。 カタツムリはスペイン語でカラコレスといいますので、以前、オオドサとバルセロナのレストラン・カラコレスで食事したのを思い出しました。 ホームページがありました。 また行きたいなぁ。 前に行ったときはオオドサが隣のテーブルのスイス人に話しかけてましたね。 カラコレスの絵はがきがありました。
2010年09月25日
先日、オオドサも紹介していた交通資料館です。 自衛隊前で下車します。地上駅は明るくて気持ちいいですね。駅前は、本当に自衛隊の基地です。真駒内との間では、こんな緑の中を走るので、とても地下鉄という感じではありませんね。ゴムタイヤ車両開発の試験車両第3号です。第4号で、客室こそありませんが、走り装置は開業時の車両とほぼ同じです。看板の下に見える円筒形のものはモーターです。通常は台車内に車軸と平行に組み込むのですが、案内軌条があるので、組み込むスペースが足りず、車体に架装して傘歯車を介して直角に位置しています。 車軸と平行に組み込むのと比べると、歯車の伝導性も悪いです。 でも、最近は装置の小型化が進んだので今では平行に台車内に組み込んでいます。 タイヤはミシュランではありませんでした。ブリヂストンでした。レース用のタイヤと同じく溝のないタイヤです。 雨などで濡れることがないから溝は不要ですから。 市電の連接車の車内です。懐かしいです。ローレル賞をもらった美しいA830型は保存してないのが残念です。 名鉄で走っていたんですが。 (4枚目と7枚目の写真) ただ、前頭部だけは残っているようですが、ギロチンされた姿は忍びないので見たくないですね。 どうしてこんなに美しい車両を残さなかったのでしょう。 (名鉄の赤いのは美しいとは思いませんが) 教育大行きの表示を見たら、若い人なら「市電はあいの里まで行っていたの?」と思うかも知れませんね。三越前にあったダイヤモンドクロッシング。十字交差している路面電車は、今は土佐電鉄にしかありません。高知市の、日本三大がっかりで有名な、はりまや橋のところです。
2010年09月10日
今夜の FOOT! は、平畠さんが登場します。 平ちゃんがMCで、福西さんがゲストのようですが、いつものように倉敷さんがMCで平ちゃんがゲストだと面白いと思うのですが。(面白すぎ?) スカパーのJ1J2ライブを契約していれば、308chで今夜0:00から見れます。 J2ライブでは見れないと思いますが、よくばりパックを契約していれば明日6時から300chで見れます。 一昨日、札幌駅で、これがあるのに気づきました。入線予定時刻もあるのは便利ですね。(私は事前に調べておくけど、ダイヤが乱れたときとか助かるかな) 2番線に函館から到着したJR北海道初代振り子気動車281系が停まってました。7番線には釧路行きの改良型振り子気動車283系がいました。そして私が乗る、稚内行きの、なんちゃって振り子気動車261系。「なんちゃって」というのは、振り子装置ではなく、空気バネの調整で車体を傾斜させてカーブを通過する方式です。 キハ201と同じ構造で安普請だから(カーブではなくても)揺れて乗り心地はあまりよくない形式です。 でもこのJR北海道が開発したシステムは最新型の東海道山陽新幹線N700にも導入されて、スピードアップに貢献しています。 現在使用中の789系電車も、簡単に後付できるような台車構造になっています。 士別で下車したところです。上りのスーパー宗谷を待っています。 定刻では同時刻に到着・出発なんですが、上りが遅れているのでなかなか発車できません。 5分待ったけど来ないから、私は駅をあとにしました。 単線の宿命ですが、ただ、士別の先は風連まで14.2kmも行き違い設備がないので(昔は手前の多寄にも行き違い設備があったようですが、今は棒線です)、15分くらいまでの遅れなら「次の行き違いで」ということができません。 こういう遅れが、特に優先順位の低い普通列車に雪だるま式に膨らんで、どんどんダイヤが乱れるという、あまりにお粗末な線区なんです。 浜頓別にいたころ、ときどき旭川・音威子府間をJRに乗ったのですが、なんどかそういう目に遭いました。 だから浜頓方面の人は普通は鐵マニアでなければ鉄道を利用しません。 一昨日乗ったスーパー宗谷だって、帰りは2両増結して6両だからよかったけど、行きは4両で自由席も指定席も満席で、立ち見が出る状態でした。 だから「混んでいるから自家用車」という人もいるのです。 もっと魅力ある鉄道にしてもらいたいものです。 利用者が少ないからコストをかけられない事情はわかりますが、不便で乗る人が少ない → コスト削減でさらに不便 → さらに利用者が減る を繰り返しているようです。 わざとそうさせて、早く廃止したいのではと勘ぐってしまいます。
2010年07月27日
ドームのことは思い出したくなく、なかなか書く気になれないので、今日は土曜にJR富良野線に乗ったことを書きます。 千葉にいる長女と家内の妹が旭川に来ました。 金曜に彼女らが旭山動物園を堪能したそうですが、土曜は富良野・美瑛観光。 で、私は午前中仕事だったので、あとから一人で富良野・美瑛ノロッコ号でラベンダー畑駅まで行って合流しました。 下車したときに列車の写真撮りました。富良野方向は先頭が客車ですが、運転台があって、後部にある機関車をこの運転台から遠隔操作で運転します。 欧米ではよくある「プッシュ・プル」方式です。 日本では極めて少なく、嵯峨野観光鉄道や大井川鐵道井川線(アブトライン)くらいしかありません。 こんな写真しかありませんが、後部・美瑛方向に機関車が付いてます。繁忙期は1両増結してますが、増結車両はバーベキューカーでした。とはいっても、焼台はセットしてません。 指定席の車両のドアから乗車したんですが、指定席からは中国語とハングルしか聞こえてこなかったのですが、自由席に行ったら日本語が聞こえてホッとしました (笑 車内放送は日本語・中国語・ハングルで、英語はありませんでした。 以前、スペインの列車に乗ったとき、車内放送がスペイン語・ポルトガル語・フランス語、ドイツ語と続き、最後に英語があったときはホッとしたのを思い出しました。 こんな車内風景です。貨物車を客車に改造したため、変な柱もあります。 車窓からは美瑛らしい風景。富良野線は美馬牛と上富良野の間に急勾配があります。写真ではわかりにくいですが、ここは谷になっていて、下りで勢いをつけておいて、その先の上り勾配を一気に攻めないといけない箇所です。 (現在は難所ではありませんが、SL時代は難所でした) ところが、かつて天皇を乗せたお召し列車がここを走ったのですが、SLの機関士は、天皇が乗った車両が揺れては一大事と思って、ゆっくり坂を下りたら、その先の上りであがれなくなって立ち往生してしまったそうです。 あとでその機関士は責任とって退職したらしいです。 (発狂したという噂もありますが)
2010年06月01日
今日、開院しました。おかげさまで上々のスタートとなりました。 もう半月もたちますが、新潟から苫小牧までのフェリーの様子です。 新潟港を23:30出港。翌朝の食事は、洋食にするか和食にするか悩みました。結局洋食でした。(向こう側はパンとコーヒーのセット、350円)普段、このフェリーに乗るのは、5月の連休かお盆なので、いつも混雑してますが、そうでない時期だとこんなに空いています。混んでいる時期なら朝・夕はバイキングですが、今回は違いました。朝食の頃は、秋田寄港後、男鹿半島沖です。朝ご飯が多かったので、ランチは軽くこれにしました。高速道のサービスエリアに良くあるやつで、食べたことなかったです。 たこ焼きとチャーハンです。ニチレイだし、チャーハンは美味しかったです。 ただ、たこ焼きは普通とテイストが違っていました。 でも、冷えた本格たこ焼きより、チンしたてで熱々のこれの方が美味しいかも。 夕方になって苫小牧東港が見えてきました。ちょうど室蘭での試合があったときです。 コンサ速報は携帯の登録がうまくいかず、このあたりになったようやくPHSで受信に成功したんですが、引き分けの知らせ。 予定通りに携帯速報見てたらぬか喜びしたんだから、これでよかったのかも。 接岸です。17:20に着き、旭川には20:40頃に着きました。 富山を出てから30時間以上かかりました。(寄り道しなければ26時間くらいですけど)
2010年05月27日
先々週行った富山の話の続きです。 富山市内で路面電車に乗ったあと、滑川市へ行ったのですが、普通はJRを使うところ、わざわざ時間とお金かけて富山地方鉄道で行きました。宇奈月行き普通列車は、右と同型の「かぼちゃ電車」かと思ったら左の特急型でした。普通の人は新しい車両ということで嬉しいのですが、私は嬉しくありませんでした。 ホームにはカターレののぼりが沢山ありました。ワンマン運用なのに、運転席のすぐ後ろにドアがありません。混雑してたら運賃収受がちゃんとできるのかと思ったのですが、運転士は駅ではホームに出て、ドア外で運賃収受してました。 こんなの初めて見ました。とても貴重な体験できてよかったです。 整理券も、車両にあるのではなく、ホームにあるのです。特急型なので、こんなにシートピッチの広い席もあります。JR北陸線を走るボンネット特急が見えました。乗った地鉄車内にカターレのポスターがありました。川崎選手はないようで残念。 滑川では新幹線工事が進んでいます。富山から帰るとき、新潟まで8号線を走りました。 (ETCの付いてない車だったので高速利用しませんでした) 糸魚川ではJR北陸線が交流区間から直流区間に変わる表示が見えました。高速に乗らないと、交直セクションの発見もあるのですね。 ここでは6年前に踏切進入した自動車のために、このデッドセクション内でトワイライトエクスプレが停止して動けなくなった事件もありました。
2010年05月22日
富山の路面電車の続きです。 ライトレールに乗って驚いたのは、軌道内に進入する自動車が多く、やたら警笛鳴らしながら電車が恐る恐る走るのです。 こんな車がいたので、ここで赤信号に引っかかり、乗り継ぎの環状線は、予測した1本あと(10分後)の電車でした。(想定はしてましたので、特に問題はないし、文句を言っているわけではありません。感情線になったわけではありません。でも、定刻通りなら売薬資料館を、もっとゆっくり見れました。)ライトレールは誕生して新しいから富山の人は慣れてないのだろうかと思ったら、以前からある路面電車の路線でも同じでした。 堂々と軌道内で右折待ちしてたり、電車のすぐ前でUターンしたり、唖然とすることがたびたびありました。 富山の人のマナーが悪いのか、それとも、最近は札幌などでも同じなのだろうか、などと、ちょっと気になってしまいました。 次に、最近開業した環状線に乗りました。水色の路線です。丸の内から荒町まで軌道を敷設して、あとは従来からある路線を利用して環状運転を実現したのです。ただし単線で反時計回りのみ。 車両はライトレールのと同じ車体でした。 でも、こんなにがらがらです。大丈夫かな。10分に1本しかなく、空いているところは神戸地下鉄海岸線(ホムスタに行くときに利用する線)と同じですね。 たぶん、4車線あった道路の2車線をつぶしてレールを敷設したんでしょうけど、単線なので道路幅が余ったのか、かなり歩道が広いですね。南富山方面に行く路線では3連接車両が走っていました。
2010年05月18日
さい先良く、快速エアポートはかぶりつきをゲット。富山へは全日空から移行したADO。窮屈な737ですが、非常口座席で、しかも隣が空席だったので楽でした。富山空港には、普通と反対のものがあります。今は羽田にもありますが、以前は全国でここだけでした。さて何でしょう? (オオドサは知っているからコメント待ってね)富山ライトレールです。以前はJR富山港線だったのですが、富山駅近くの1Kmほどを路線切り替えして、道路併用軌道になってますが、最初の一部は道路中央ではなく、端にあります。自動車の車線に合わせて敷設したので、ぴったり道路中央でないのが面白いです。ここから先は専用軌道で、最高時速60Kmで走ります。左は以前のホーム。右はライトレール車両に合わせて低いホーム。左奥にもホームがあります。棒線(駅でも単線)なんだから、ホームは1つあれば普通は足りるのですが、運転席のすぐ後ろには左側しかドアがないので、両側(上下線用)ホームとなっているのです。
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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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