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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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祝・北海道新幹線開業 経営問題は

2016年04月01日

先日の新聞報道では、北海道新幹線は当面、毎年48億円の赤字とのこと。

1日当たり1,315万円の赤字ですが、定員約730名の列車が13往復なので、満員なら約19,000人が乗車できます。
新函館北斗・新青森間の客単価が仮に7,000円とすると、10ポイント、乗車率が高くなれば収支がトントンになります。

ちなみに、開業から3日間の乗車率は43%で、昨年の北陸新幹線の48%よりも5ポイント下回っています。

想定した乗車率が何%かわかりませんが、想定の48億円の赤字で済むかどうか、ですよね。

ちなみに、上越新幹線が開業したとき、私は新潟に住んでいましたが、そのときも赤字と言われ、先行きが懸念されていました。(今は黒字になっているはず)

上越新幹線が開業したときは1日21往復あり、編成車両数も多く(12両)でしたから、キャパシティーは北海道新幹線のちょうど2倍ありました。
それでも当時は赤字だったのです。

早く札幌まで延伸し、増発してたくさんのお客に乗ってもらって経営状態を良くしないといけませんね。

ただ、北海道新幹線(整備新幹線すべてですが)は良い条件があるのです。

上越新幹線開業までは、建設費は鉄道会社が返済しないとならなかったのですが、その方式だと、その後、新幹線を新たに建設するのは困難なので、整備新幹線は国と地方が税金で建設し、実態に見合った線路使用料を鉄道会社に払ってもらう方式にしたのです。

で、線路使用料が安く、JR北海道は新幹線の線路使用料金は年間、1億1千400万円だけでいいのです。
新青森・新函館北斗間の建設に6000億円近くかかったことを考えると、本来なら年間200億円くらい払わないといけないところ、たったの1億ちょっとで良いのです。
ただ同然です。

ちなみに、北陸新幹線(高崎・金沢間)は420億円、九州新幹線は102億円も払うのですよ。

なぜこんなに違うかですが、新幹線を走らせた場合の収支と新幹線がなくて在来線を走らせた場合の収支の差を、使用料金としているからです。

ということは、もしも新幹線を走らせた方が、かえって収支が悪いと想定される場合は、使用料金を払うのではなく、逆に熨斗を付けていただくということになりますね。

ということで、JRは、新幹線ができたからと言って、経営が良くなるわけでもないし、悪くなるわけでもなく、同じなのです。

もちろん、想定よりもお客が少なければ経営は悪くなるし、お客が多ければ経営が良くなるわけで、すべては努力次第ですね。

JR北海道は30年間で34億2千万の施設使用料金を払います。
また、北海道新幹線開業によって収益がアップするJR東日本も受益負担金を払うので、こちらが30年間で660億円になり、合計約694億円となります。

北海道新幹線(新函館北斗まで)の建設費は6000億円弱なので、差し引き約5000億円が税金で新幹線(新青森・新函館北斗間)を作ったことになります。

そのうち2/3は国費、1/3は地方負担ですから、北海道は約900億円ほどの負担で(青森県の負担もあるので)、道民一人あたり2万円弱です。
国税分を入れると道民一人当たり、ほぼ2万円になります。

一人当たりで計算すると、たいしたことないようにも感じますが、5000億円もの巨費をプレゼントしたことになります。

札幌延伸には、あと1兆5千億円くらいの工事費がかかるので、施設使用料がいくらになるかかわかりませんが、たぶん、あと1兆円以上は税金(返ってこない税金)が必要でしょう。

こんな大金を投入する必要があるかどうか、いろいろ議論はあると思いますが、それに関してはまたの機会に書きたいと思います。


祝・北海道新幹線開業 捕らぬ狸の皮算用

2016年03月30日

新聞などで報道されているので、すでにご存じの人が多いと思いますが、26日の新幹線開業日に、山川駅(鹿児島県)から帯広駅まで2809.3㎞を日をまたがずに1日で乗った鉄道マニアがいて話題になりました。

2809.3㎞が最長だとのことですが、もしかしたら、札幌あたりから乗って、大宮から北陸新幹線に乗り換えて、金沢から米原までしらさぎか、あるいは京都までサンダーバードに乗って、また新幹線で鹿児島へ向かうことができたら、こちらが最長では?と思って調べてみました。

札幌から金沢・米原経由の鹿児島は1日でOKで、前後におまけもつけれるので、手稲・南鹿児島までOKでした。
やった! これは乗るしかない。
距離は2809.3㎞以上あるのは当然だと思って、4月29日にドームで徳島戦を見て、翌日手稲5:45に乗って南鹿児島23:58に着き、鹿児島の友人・知人に花束を依頼し、帰りはこの際、5月2日は仕事を休みにして5月3日は金沢で試合をみて、その晩のフェリーで北海道に帰るぞ!と、いろいろ計画を立てたのですが、実際に何キロメートルあるのか計算してがっかり。

2761.8㎞で、47.5㎞不足でした。
典型的な捕らぬ狸の皮算用でした。

北陸経由だと、かなり距離稼げると思ったけど、そういえば、東海道と中山道と、意外とそう違わないように、東海道はそう直線的でもないですからね。

めげずに別ルートを探しました。

留萌5:50に出て、こちらは北陸経由ではなく、普通に北海道・東北・山陽・九州新幹線を利用して南鹿児島23:58着ですが、惜しくも17.7㎞不足でした。

東京駅で17分、乗り継ぎに時間があるから、数キロくらいは山手線に乗って稼ぐことはできるだろうけど、17.7キロは不可能ですね。

旭川に6:45までに着く列車があればよかったのだけど、富良野線も石北線も宗谷線も函館線も、全くないのです。

あと、旭川5:18に出て、札幌・南千歳・追分・苫小牧を回って距離を稼ぐ方法も考えましたが、15.9㎞不足でした。

そりゃあ新聞に載った人はそれだけのマニアですから、きちんとそれが最長であるのを検証していますよね。

でも、それを超える方法も見つけました。

旭川5:18に出て、札幌8:39の北斗に乗るまでの間、小樽か岩見沢へ行って帰るのです。
でも、同じところを往復して稼ぐやり方では参考記録としかならないでしょうし、アンフェアだと批判されそうだから、やめておきます。

幻の金沢遠征になってしまいました。

ちなみに、札幌・小樽間の往復でなく、大宮・高崎間の往復にして稼げば、重複分を差し引いて片道だけのカウントにしても2809.3㎞は楽に超えます。
どうせなら、いっそのこと札幌発(着)ではなく、新函館北斗発(着)なら、大宮から北陸新幹線で金沢まで往復し、さらに上越新幹線で越後湯沢までいけますので、片道だけのカウントでも楽に3000㎞超えますが、ちょっと面白みにかけますね。
基本、一筆書きですからね。(札幌・白石間などは許されますが)

次のダイヤ改正で、2809.3㎞を超えることができたらチャレンジしたいですね。当然、改正日に乗らないといけませんね。

旅費は片道6万くらいはかかりそうですね。外国人ならジャパンレールパスで安く乗れる(乗り放題)のですが。


祝・北海道新幹線開業

2016年03月29日

今まで何度も青函トンネルを利用しましたが、そのうちわけを調べてみました。(記録をとってあるのです)

1988年4月 はまなす普通車(札幌→青森)青函トンネル開通1か月後

1988年4月 日本海B寝台(富山→函館)

1989年2月 北斗星B個室(札幌→上野)

1989年2月 北斗星ロイヤル(上野→札幌)初めて食堂車でディナー

1991年8月 北斗星ロイヤル(札幌→大宮)

1993年10月 北斗星ロイヤル(上野→札幌)

1994年4月 北斗星ロイヤル(上野→札幌)

1994年9月 トワイライト ロイヤル(札幌→直江津)

1995年11月 北斗星B個室(郡山→札幌)

1995年11月 北斗星ロイヤル(札幌→郡山)

1996年2月 北斗星ロイヤル(上野→札幌)

1996年3月 トワイライト スイート(札幌→金沢)

1997年8月 日本海B寝台(魚津→函館)

2000年7月 はまなすカーペットカー(青森→札幌)

2006年1月 北斗星B寝台(大宮→南千歳) 羽越線事故のため、日本海から変更

合計15回も青函トンネルを利用しました。

1996年まで利用が多かったのは、娘が小学校入学前で、運賃かからなかったので飛行機よりも安く済んだからです。
しかも当時はまだ航空自由化前で、事前購入割引がなく、往復割引の1割引くらいしかありませんでしたから。
もちろん、バーゲン運賃もバースデー割引もありませんでした。
ちなみに、バーゲン運賃が登場し、1万円で飛行機に乗れるなんて、衝撃的でしたね。

それにしても、青函トンネルを利用した15回は全て夜行列車で、昼間の列車がありませんでした。

ドラえもん海底列車でドラえもん海底ワールドに娘を連れていけば良かったと後悔してます。

当時は浜頓別に住んでいて、日曜に海底ワールドへ行くと帰宅が晩遅くになるし、土曜に行くには金曜に札幌に泊まらないといけないなど、なかなか大変ということもありました。

結局、一度も海底駅見学ができなかったのは、とても残念です。
一昨年、海底駅見学のキップを申し込んだけど、抽選に外れてしまいました。


明日開通

2016年03月25日

明日は水害で7年間不通だった名松線が復旧・開通します。
学生時代、乗りましたよ。
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あっ、明日開通というのは、これのことだと思わなかったとか? そうか、やっぱり北海道新幹線にも触れておきましょう。 でも、名松線なんかに乗ったのは自慢だし、何度も廃止の危機を乗り越えて復旧するのは嬉しくて、北海道新幹線どころではないのだけど・・・ 北海道新幹線と言ってもまだ北海道の端までだし、博多まで開通したときは九州新幹線とは言わず、山陽新幹線と言ったのを考えると、どうも釈然としない気持ちもないわけではありません。 その他、いろいろなことを考えると、些か冷めた気持ちもありますが、祝賀ムードに水を差さないよう、なるべくネガティブな書き込みは避けるつもりでいます。 さて、私が初めて青函連絡船に乗ったのは高校の修学旅行で1976年でした。 その後、新潟にいた学生時代の6年間に20回くらい乗ったと思います。 青函トンネルの工事は1963年には試掘が始まり、さらに先進導坑や作業坑の工事もまもなく始まり、私が小学6年の1971年には本坑の工事が開始され、5年後に完成とのことで、小学校の担任から「ちょうど高校2年の修学旅行は青函トンネルで行けるよ」と言われて、大いに期待したものです。 でも、実際の開通は17年後の1988年3月でした。 開通の翌月には早くも急行はまなすで通りましたが、トンネル内は灼熱地獄だったのを良く覚えています。 開通まもなくで、まだ車内の温度調整が上手にできていなかったのでしょう。 1982年12月(大学5年)に友人と連絡船羊蹄丸に乗ったとき。
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九州出張記・その6

2016年03月11日

吉松駅では乗り換え時間を利用して(あえて1本あとの列車にして)、駅前に保存してあるSLを見学。
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除煙版は九州独特の形状で、「門鉄型デフ」と言います。 門鉄とは旧門司鉄道管理局のことですが、正式には小倉工場式切取り除煙板の名称で、視界が良くなるメリットがあります。 かつてはここに広大なヤードがあったはず。鳥栖のヤード跡はスタジアムになったけど、ここじゃあ空き地のままでも仕方ないですね。
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肥薩線の終点、隼人駅に着きました。ここもかつては広大なヤードがあったはず。
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隼人駅は鹿児島本線と肥薩線が交わる駅だし、かつては隣の国分駅から先には大隅線もありましたから。 国分で所要を済ませ、その晩は霧島神宮の近くの知人宅に泊めていただきました。 霧島神宮です。
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ここから鹿児島空港まで車で30分くらいですが、途中、日本初の新婚旅行と言われている、坂本龍馬夫妻が150年前、ハネムーンで訪れたのが霧島で、夫妻が入浴した温泉も見ましたが、雨が降っていたので写真は撮りませんでした。 鹿児島空港から神戸空港経由で千歳まで飛びました。どちらもスカイマークのボーイング737。
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2機とも隣の席は空席だったし、前の人はリクライニングしなかったので狭く感じなくてよかったです。 もっと早く出張が決まっていたら、JALの福岡発の便にしたのですが。JALならクラスJがあるので心配しないで済みますけどね。 ただ、神戸空港は検査場が混んで10分くらい並んだし、出発時刻に間に合わない客のため、出発が遅れ、予定していたのより30分遅いスーパーカムイになってしまいました。 でも、スーパーカムイ内でコンサが勝ったのを知って嬉しかったですね。 明石海峡大橋。
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ノエスタですが、今年はここで試合がありませんね。来年はここに遠征したいので、ヴィッセルには残留していただきたいですね。
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淡路島の上空を通過させていただきました。 騒音をまき散らしてご迷惑おかけしています。
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明日からは今回の旅のグルメと猫を紹介します。



九州出張記・その5

2016年03月10日

今回、一番楽しみにしていたのは肥薩線に乗ることです。
8年前にも計画していたのですが、指定席が取れなくて断念した経緯があります。

人吉からいさぶろう号という観光列車に乗りました。
車両外観写真が消えて紹介できませんが、キハ40系を改造した列車です。

自由席はこの7席だけ。
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指定席には手前カウンターなど、フリースペースが豊富なので、満員でしたが窮屈ではありませんでした。
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肥薩線は2か所のスイッチバックと1か所のループがあるので人気なのです。 最初のスイッチバック。大畑(おこば)駅です。マニアがこんなにいるとは驚き。
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大畑にはループ線もあり、ちょうど1周した地点で、スイッチバックが見える場所で列車は止まってくれます。
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矢岳駅でも数分間、停車してくれるので、SL館を見学できます。
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車窓風景日本一の地点でも停車してくれます。韓国岳などの霧島連山です。
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真幸駅には第2のスイッチバックがあります。
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肥薩線は文字通り、熊本と鹿児島を結ぶ路線ですが、宮崎県が角のように伸びていて、ここは宮崎県になります。ちょうど、古河市が茨城県だけど、東北線沿線にあるようなものですね。ちなみに、東北新幹線は茨城県を通っていることになりますが、茨城県には新幹線の駅がありませんね。 真幸駅でも数分間、停車してくれ、買い物できます。
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梅干し買いました。無添加です。 そこいらのスーパーで売っているのは添加物だらけ(アミノ酸とかステビアとか)で甘ったるくて気持ち悪い味ですが、これは本物の梅干しです。本物の梅干しが安く買えるのはありがたいです。
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宮崎の焼き鳥ですね。串にささってなくて黒いのが特徴ですね。
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この写真を飾ってありましたが、この人を見ると、宮崎に来た気分になりますね。
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終戦直後、このトンネルで事故があり、53名が犠牲になりましたが、私の父はそのころ、鹿児島に駐留していました。 父があと少し早く北海道へ帰還命令が出たら、この事故に巻き込まれたかも知れないと思うと、ぞっとします。
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吉松到着。肥薩線は水俣経由の鹿児島線の開通や、大分経由で宮崎までの日豊線が開通するよりも早く開通したので大動脈だったのですが(だから当初は肥薩線の名称ではなく鹿児島本線の名称)、吉松が鹿児島と宮崎への分岐点だったため、交通の要衝として大きな駅だったのです。
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岩見沢のような国鉄の町だったのですが、駅前にはコンビニすらない寂れた町になっています。



九州出張記・その3

2016年03月08日

今回の出張は鹿児島の霧島です。鹿児島空港の近くで、宮崎との県境にも近い場所ですが、八代から肥薩線に乗ると、肥薩線終点の隼人が霧島市なんです。
だから、鹿児島空港発着よりも、片道だけでも福岡空港か熊本空港利用にして、肥薩線に乗ることを選択したのです。
肥薩線は鉄道マニア憧れの路線ですから。

で、まずは博多駅から熊本駅まで新幹線に乗りますが、博多南線の500系を見ることができました。500系は新幹線としては新大阪・博多間だけでしか運用していません。
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私が乗ったのはN700。
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普通車だけど4列でゆったりしています。
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新大阪発鹿児島中央行ですが、博多で大半の乗客が入れ替わり、さらに熊本でも半分くらい入れ替わりました。 八代から肥薩線です。キハ31でした。
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球磨川(くまがわ)に沿って人吉をめざします。 鉄橋は肥薩おれんじ鉄道(旧鹿児島本線)で、右方向は水俣で、海沿いに走りますが、肥薩線はどんどん山の中に入って行きます。
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球磨川第1橋梁。
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明治時代に作ったトンネルなので、レンガでできています。イギリス人技師の設計なので、形が、きかんしゃトーマスに出てくるトンネルに似ていますね。
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白石駅があります。
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球磨川第2橋梁。
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人吉に着きました。
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八代から人吉までは球磨川沿いに走るので「川線」と言われています。 翌日に乗った、人吉から鹿児島の隼人までは峠越えなので「山線」と言われています。 人吉駅裏に、古墳時代(1400年くらい前)の墓があります。
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九州出張記・その2

2016年03月07日

昨日は鹿児島からの長旅でしたが、気持ちよく、疲れも感じず帰ることができてよかったです。

さて、先週の金曜日、羽田からスカイマークで福岡へ向かいました。
本当はJALの新千歳・福岡便に乗りたかったけど、急に決まった出張で、すでに先得販売期間が終わっていて、できるだけ安い飛行機を選んだためで、今回4回飛行機に乗りましたが、3回はスカイマークでした。

ただ、スカイマークは遅れや欠航が多いリスクもあります。鹿児島行にしないで、福岡から陸路、鹿児島へ向かうことにしてよかったです。
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基本、スカイマークは欠航の際でも他社便に振り替え輸送はしないはずですが、そうとは限らないようで、振り替え対応も選択肢にありましたが、やはり欠航になった鹿児島行にしないでよかったです。 私は普段乗らないルートでした。(たいてい伊豆半島の方を飛ぶので) 立川飛行場(中央やや右)や横田飛行場(中央やや左)を見るのは初めてでした。写真ではわかりにくいですが、肉眼ではよく見えました。
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伊那谷なのかな。だとすると飯田市か。
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機内アナウンスがなくて確認できませんが、御嶽山だと思います。
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その他、各務ヶ原飛行場や岐阜市内などもよく見え、景色を楽しめました。 心配だったのは、狭いボーイング737で、隣に体格の大きな人が座らないかでしたが、小柄な女性で、窮屈でなくてよかったです。 金印(漢委奴国王印)が発見された志賀島が見えたら、まもなく福岡着陸。
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福岡空港から地下鉄に乗りましたが、JR九州筑肥線の車両が乗り入れているから、水戸岡デザインの車両が来ます。簡易テーブルが備えられています。
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地下鉄としての終点の姪浜駅まで行きました。その先はJR筑肥線になり、唐津などへ列車は走ります。
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姪浜駅手前から地上に出て、地上駅になります。 筑肥線は1983年に姪浜・博多間が廃止になり、少し北側に開通した地下鉄に乗り入れるようになりました。 それでJRの車両が地下鉄福岡空港駅まで乗り入れている次第です。 姪浜駅のすぐ東に、筑肥線の廃線跡が見えます。マンションの手前の細い道がやや右にカーブしている所に線路がありました。
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時間があればブラカモメするのですが時間がなくて車窓から眺めるだけにしました。いつか時間のあるときにレンタサイクルで廃線跡巡りをしたいです。 七隈線にも乗り、福岡市営地下鉄は全線完乗しました。(箱崎線は2年前に乗りました)
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2005年に開通した鉄輪式リニアモーターカーです。ちょっとスリムですね。 運転台は路面電車のように、開放式です。
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開放式にはあるメリットがあります。 車掌が乗車しないのであれば、後方運転台は乗務員が乗らないので客席(座席+立ち席)として有効活用できるのです。
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札幌の地下鉄も、今後製造する車両は開放運転台にするのだろうか。 七隈線は、天神南までしか開通していませんが、4年後に博多まで延伸します。
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地下鉄は天神・福岡空港間が混雑していますが、これで少し緩和するでしょう。できたら空港まで延伸してほしいですが、今のところその計画はないようです。 姪浜を出発する地下鉄は、貝塚行と空港行と2路線あるから天神・空港間の本数が少なく、混雑するのです。天神・空港間の区間運転をするなど、混雑緩和を図ってほしいものです。 時間がなくて、ちらっと見ただけですが、博多駅ビル屋上に鉄道神社があります。
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それにしても、いつものことですが、博多に行くと愕然とします。 地下鉄博多駅はJR博多駅の真下にあって、乗換がとても便利なのです。 札幌での乗り換えの不便さを思い出して、いつも博多駅で愕然とするのです。



スーパーカムイ車内でネットチェック中

2016年03月06日

私は無事、北海道に帰ってきました。

札幌でスーパーカムイに乗り換え、私が着席した直後に窓側がいっぱいになったのですが、その後きた小さな女の子と母親が1座席に座ったので、私が席を代わってあげて、親子が2人掛けで座れるようにしてあげました。

代わってからさっそくパソコンを出して繋いでみたら1-0、さらにどんどん入りました。

良いことをしたご褒美のようで嬉しいです。


ちなみに、もうひとつ良いことをしました。
おばさん3人が大声で談笑していたので、私が注意(お願い)しました。
私はまだしも、すぐ近くの人はとても迷惑だったはずです。
他の乗客は、よくぞ言ってくれたと思っているはずです。


九州出張記その1

2016年03月04日

鹿児島をめざして和寒からJRに乗車。
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旭川空港からエアドゥで羽田に向かいました。例によって非常口座席。
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かなり空いてました。普段、私が乗るのは土休日か金曜の晩なので混んでいるのですが、木曜だし、観光シーズンでもないからこんなものか。
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羽田では第2ターミナルに着きましたが、ホテルは第1ターミナルなので、徒歩で移動しました。(無料連絡バスもありますが、あえて地下連絡通路で)
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京急の改札横に連絡通路があります。
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空港探検した気分になりました。 ホテルは羽田第1にある、ファーストキャビンという、カプセルホテルのようなところですが、カプセルよりは広くて高級です。(カプセルに泊まったことないけど) 晩遅くに羽田に着き、翌早朝の飛行機に乗るには最適です。 羽田東急ホテルは高いし、東横インは列車かバスでの移動が必要ですから。 ただ、2つ隣のブースの人のいびきがうるさかったですね。それでもすぐに寝れましたが。



札幌市電

2015年12月18日

明後日、札幌市電のループ運転が始まりますが、道新に札幌市電の歴史の紹介がありました。

そこで、それについて地図(写真)をお見せしたいと思います。

まず、中央区役所前電停のそば(北洋銀行のすぐ横)に、鉄製の架線の柱があります。
かなり昔に建てられたのですが、当時、電柱と言えば木製でしたが、ここから電車の車庫に行く線路があって、架線も3方向に張られていて強度が必要なので鉄製の電柱になったとか。
当時はコンクリ電柱なかったんですね。
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電車の車庫は南側(写真右手前側)だったので、当時は北側(写真左奥側)にステーを張っていたのだろうと思います。 中央区役所前電停近くの電車の車庫ですが、以前、現在の中央区役所の場所に市電の車庫があったのです。 1935年の地図です。右の方に郵便局のマークがありますが、その横に、縦に路線がありますが、これが車庫へ行く連絡線です。
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ちなみに、私の母は昔、医大の近くに住んでいて(今もそうだけど)、もよりの電停は西15丁目でしたが、朝早くに乗りたいときは車庫まで歩いて行くと、始発の早い電車に乗れたそうです。 始発だけは車庫から乗車できたそうです。 もう一つあります。 その少し左になりますが、西15丁目電停のあたりにクランクがありますよね。 「そんなクランクあったっけ?」と思うかもしれませんが、現在は斜めになっています。(2つ下の地図を参照してください) 1952年の地図。
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1998年の地図。
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二条小学校の東の部分(中村記念病院の西)は道路が狭く、戦後、大型車両の導入にあたって西側に斜めの道を作って切り替えたのです。 それで道新に「15丁目電停のすぐ手前(東)の細い道に注目してください。以前はここを電車が走っていました。」と書かれているのです。 それと、これは道新には紹介されていませんが、西20丁目通りの道幅が広いのは、かつて(私が中学2年のときまで)ここを市電が走っていたからです。
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電車は南1条を西に走り、西20丁目で右折して北上し、北5条まで行くのですが、円山に行く路線は大通で左折しました。 だから、その名残りで南1条と西20丁目の交差点、および、大通(地下鉄東西線の通り)と西20丁目の交差点は角が取れて丸くなっているのです。 大通20丁目のホンマ矯正歯科の建物は正面が斜めにカットされた形になっています。 それにしても、ローレル賞を受賞し、海外からも高く評価されたA830連接車は保存することなく全車解体処分になったのは、なんとももったいないことです。 こんなに(当時)斬新で美しい車両は札幌の宝だったのに、この価値をわかる人が札幌市関係者にいなかったのですね。残念でなりません。 写真追加しました。
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磐田遠征記・セグウェイに乗りました

2015年10月30日

長いシリーズになった磐田遠征記も、今回が最終回です。

名鉄でセントレアまで行きました。360円で指定席(特別車両)に乗れます。
普通の車両はロングシートですが、特別車はクロスシート。
JRの特急普通車指定席と同等だと思えば良いですが、安くて気軽に利用できますね。
豊橋方面からだと神宮前で乗り換えですが、事前に駅で乗り換ミューチケットを買えば2列車に乗っても360円で済みます。
JRも見習ってほしいです。たとえば旭川から室蘭に行く際、直通列車がなく札幌で乗り換えになるので、まるまる2回分の特急料金がかかって割高になります。Sキップを使えばそうでもありませんが、Sキップのない区間(あるいは片道利用でSキップ使えない場合)だと凄く割高になります。
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         copyright wikipedia名鉄2000系 来年、岐阜で試合があるかどうかわかりませんが(いや、グランパス戦かな)、岐阜へは360円追加してこれに乗れば楽ちんですね。 さて、セントレアに着きました。 セグウェイツアーは1時間ですが、乗り方の練習で30分以上かかります。簡単でした。 セントレア1階で練習し、いよいよ外に出ます。
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飛行機の見える丘に行く途中は桜並木です。インストラクターは、花見に来ると良いですよとのこと。誰も花見に来ないので、貸し切りで見れますとのこと。
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インストラクターのセグウェイだけなぜか冬タイヤ装備。
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飛行機の見える丘に着きました。ドリームリフターです。ボーイング787の胴体などは日本で製造しているので、それをシアトルへ運搬します。
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もっと大きい輸送機も来ていました。アントノフ124です。
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何を運ぶのかと思ったら、787の製造が盛んになって、ドリームリフターだけでは運びきれなくて、ヴォルガ・ドニエプル航空のアントノフでも運ぶとか。ちなみに、広島の路面電車などもアントノフで運んだそうです。 ボーイング787の試験飛行機がセントレアに寄贈されたので、ここに駐機しています。 活用方法はまだ決まってないそうです。
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珍しい飛行機が何機も見れるなんて、マニアにしてみれば羨ましい事でしょう。 セグウェイは北海道でも何か所かで乗れるようです。 セントレアから千歳行に乗り、楽しかった旅は終わりました。
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磐田遠征記・豊橋鉄道

2015年10月29日

豊橋鉄道は豊橋市から渥美半島半ばまでの渥美線と、豊橋市内の路面電車がありますが、今回、全線完乗しました。

渥美線です。普通の鉄道車両サイズの車両3両編成です。
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渥美線はかつては名鉄でしたが、財政上の問題から子会社の豊橋鉄道に譲渡された路線です。 渥美半島の先端近くまで延伸計画もあったけど、逆に2駅分廃止になるなど、存続するだけで精一杯のようです。 市内線です。10年前に岐阜の路面電車が廃止になったので、東海地方唯一の路面電車です。
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日本通運号なので、日通のトラック運転手が運転して、ペリカン便をこれで運んでいるのか(←違います) 豊橋空襲では市街地の70%が消失したそうで、そのせいか道が広いですね。
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終点にある車両基地。
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途中で2方向に分岐するので、トロリーコンタクターでポイントの切り替えをやっています。
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トロリーコンタクターは札幌では車庫に出入りする関係で中央図書館前にあります。 函館も分岐があるので十字街にあります。 以前、名鉄の岐阜市内線で走っていた車齢60年の古い車両ですが、
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ドアの開閉装置がむき出しでびっくり。
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磐田遠征記・ヤマハ博物館他

2015年10月24日

ヤマハスタジアムの100メートルくらい先にある、ヤマハコミュニケーションプラザという博物館へ行きました。
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ヤマハが製作したトヨタ2000GT。娘はもちろん、娘の友人の男子大学生2人とも、これがボンドカーに使われたことを知りませんでした。 007はともかく、この車自体、あまり興味ないようでした。
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007は2度死ぬでは浜美枝が運転し、ショーンコネリーが助手席に乗ったシーンを覚えています。 ショーンコネリーは現在85歳ですが、ご存命ですね。浜美枝は71歳。 男子大学生はこちらがお好きなようでした。 エンジンはヤマハが作ったのですね。
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どちらか1台もらえるとしたら、私は迷わず2000GTの方をもらいますけどね。 実際、2000GTをオークションに出すと1億円以上の値が付くくらい人気ありますね。 色違いですけど、娘の愛車と同じのがありました。
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なんで楽器メーカーがモーターサイクルの分野に進出したのかがわかりました。 大正時代にプロペラ製造を始めたのです。 当時のプロペラは木製ですから、楽器作りのノウハウはプロペラ製造にも適していたということでしょう。
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プロペラ製造は単に良質木材の取り扱いに長けていれば良いというものではなく、可変ピッチプロペラの製造のため、精密機械製造技術が培われて、モーターサイクルへ参入が可能になったのです。 ここを見学してよかったです。是非皆さんもヤマハスタジアムに行く機会があれば、ここにも行ってみてください。 見学したあとは、いよいよスタジアム入り。 アウェイ入り口は、なぜかわざわざ遠回りして坂を上がってから階段を降りるような、不親切なアプローチ。 いじわるしているのでは? と思うほどですが、もう少し手前に入場ゲートを設置するとなると、待機列が歩道を埋め尽くしてしまうからかも知れません。敷地に余裕がないですからね。 でも、もう少し便利にできないものかなと思います。 そんな狭い敷地ですから、選手バスが着く場所にはサポーターが大勢いて、バスを降りる選手を間近で見ることができました。 試合後、マックスバリューはタクシーは呼ばないと来ないので、来るまで少し時間かかったし、渋滞がひどく、しかもスタジアム周辺だけでなく、磐田駅近くまで混雑し、往路の3倍くらいの30分ほどかかりました。 往路は1300円くらいでしたが、復路は2200円くらいもかかりました。 迎車料金と、マックスバリューからで遠くなったのを差し引いても、渋滞のため、時間料金が500~600円追加になったことになります。 規模は小さいけど、磐田駅から200メートルくらい南にもマックスバリューがあるので、そっちに行った方が渋滞に巻き込まれなくてよかったかも。 私は時間の余裕があったので問題なかったですが、新幹線や飛行機の時間が迫っていたらと思うとぞっとしました。 厚別はアクセスが悪いと思っていましたし、ドームだっていまいちと感じていたものの、 ヤマスタから比べるとずっとずっと良いと痛感しました。 もっとも、あと4年ほどで磐田と袋井の間にJRの新駅ができるので、かなりアクセスは改善すると思います。 ただ、羽田やセントレアは遠いし、静岡空港は便数が少ないし、なかなか不便ですよね。 静岡空港なんか作らずに、浜松の自衛隊の飛行場を民間に開放すれば近くて良かったのに。 (住宅密集地で難しいそうですが) 静岡空港16:15発の千歳行の全日空便があるけど、これが浜松発なら、試合後ダッシュでレンタカーで行けば、なんとか間に合って、札幌には18:55、旭川には20:25に着けるのですけどね。 浜名湖です。
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浜名湖は海に通じていて、江戸時代は両岸間が広く、橋がなくて6㎞の船旅でした。 東海道中膝栗毛では、船の中で蛇が出た話がありましたね。 北さんが持っていた脇差は、実は竹光だったのがばれて恥をかいたという話ですね。 豊橋駅ビル内のホテルアソシアに泊まりました。(写真は翌朝のです)シングル7200円(実際はじゃらんポイントが付いて6100円) 安くて快適でした。
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磐田遠征記・東海道中膝栗毛

2015年10月23日

磐田へ向かう朝、熱海のホテルにあった新聞に大きく載ってました。静岡新聞は1面トップだったようですが、全国紙なのでさすがに1面ではありませんけど、かなり大きく取り上げられていました。
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そういえば、エスパはチャンピオンシップでジュビロに負けてJ1優勝を逃したこともありましたよね。 西澤がチャンピオンシップの1戦目も2戦目も、ミスから失点してしまって戦犯にされてしまいましたね。 そのせいか、2008年の日本平でのコンサ戦の選手紹介のとき、平岡はブーイングでなく拍手だったのに、西澤はエスパサポから大ブーイング。 清水市は1967年、日本で最初に小学生サッカーリーグを作るなど、サッカー先進地だったけど、他の県でもサッカーが盛んになって静岡県の優位性が下がったなどと書かかれています。
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Jリーグができたとき、親会社を持たない唯一の市民クラブでしたから(現在は筆頭株主は鈴与なので、純然たる市民クラブはコンサのみでしょうか)私は親しみを持ってました。自分と同じ名前だからではありません。 熱海6:20発の列車で西に向かうのですが、途中、吉原駅で一旦下車。吉原といっても、コータ氏とは関係ないし、その駅名だから下車したわけではありません。 岳南鉄道に乗り換えです。乗り換え時間はたったの2分。岳南鉄道の接続時刻表を見ても、この乗換は想定されてなくて載っていませんが間に合いました。 私は慌てて走って乗り換えましたが、他に2名、乗換の地元の人がいて、普通に歩いていたので慌てなくてもよかったようです。
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なんでここ(静岡のマイナーな土地)に私鉄があるかというと、製紙工場群があるのです。
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50歳以上の人ならご記憶にあると思いますが、昔、田子の浦がヘドロの海で社会問題になりましたが、その原因が、これらの製紙工場の廃液なのでした。 岳南鉄道は、すべての駅から富士山が見えるというのがうたい文句です。 いや、すべての駅から製紙工場が見えるですかね。
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空いています。原料(パルプや古紙)・製品の輸送はトラック輸送になり、貨物収入がなくなったので、廃止にならないか心配ですが、副業(ゴルフ場)収入が鉄道収入の1.5倍あるとか。 そういえば銚子電鉄はぬれせんべいの収入が旅客収入よりも多いし。
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藤枝駅です。
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吉村昭の小説「遠い幻影」に書かれているのですが、1943年に出征兵士を乗せた列車が藤枝駅を出発する際、周囲は見送りの家族等であふれ、線路上にも人が大勢いて、そこに特急富士がさしかかり、大勢の人をはねて多数の犠牲者が出ました。 そのことを以前、藤枝の人に話したら、ご存じないとのこと。 鎮魂碑もなく、事故は忘れられ、現在では藤枝ではほとんど知られていないそうですが、その藤枝の人は興味を持ってくれ、ふじえだ女性史研究会が事故を知る人に聞き取り調査を行いました。亡くなられた人は15歳1名・17歳2名・19歳1名・20歳1名・25歳1名の計6名で、若い人ばかりとのこと。 はねた特急は停車せずに走り去ったとのこと。(急には止まれないし、結果は同じかも知れないけど、ブレーキかけようともしなかったのか?) 出征兵士を乗せた列車も予定通りまもなく発車し、目の前で肉親がはねられた兵士は安否確認もできないまま旅立ったという、なんとも悲しい話。 六合駅との間は、在来線最速記録を出した区間です。
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藤枝は旧東海道の宿場町で、東海道中膝栗毛にも出てきますね。 弥二さん北さんは、ぶつかって水たまりに転ばせられた謝罪にご馳走になったものの、支払いをするはずの人がトイレに行くといったまま戻らず、高い勘定、しかも3人分(950文だから、現在の2万5千円くらいか)を払う羽目になった物語の舞台ですね。 その少し先(掛川の手前)では、弥二さん北さんが盲人をからかおうとして逆につらい目にあったり、、茶屋で盲人の酒を盗み飲みしたのがばれて、2合で64文(現在の約1800円くらい)を払うことになった話がありました。 そんなことを思い出したりしながら東海道線の楽しい旅でした。 また、途中でインドネシア人のグループが乗ってきたので、イルファンを知っているかとか話しかけようかと思ったものの、スマホを持ってないので顔写真を出すこともできないし、インドネシアの提携クラブの名前を思い出せないし、声はかけませんでした。 スマホがあればと痛感しましたが、普段は仕事場と住宅が一緒になっていて、常時パソコンが目の前にあるからスマホを必要としませんので。 ついに磐田駅に着きました。
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タクシーの運転手さんはレプリカ着ていました。楽しいですね。車の色までサックスブルーですよ。
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