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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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九州出張記・その4

2014年04月24日

日南市の油津駅から日南線の志布志行の列車に乗りましたが、隣の大堂津駅は戦時中、艦載機の銃撃を受け、駅舎やレールには弾痕が残っているそうですが、列車内からはわかりませんでした。
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時間があればゆっくり見学したいですね。 茶畑があります。
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これは初めて見る植物ですが、葉がナスの葉に似ているから、同じナス科のタバコかな。
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非常に整然と植えられていますが、JTは植え方まで厳しい基準を農家に求めているし、やはりタバコでしょうか。 杉が沢山植えられています。飫肥杉は特産だそうです。
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串間駅です。馬のイラストが描かれていますが、都井岬は野生馬(半野生化した馬)で有名な場所です。
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串間駅で十人単位で乗車するかと思ったら、2人しか乗りませんでした。
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1時間半ほどの運行でしたが、乗客は多くても4人が最高でした。観光客で賑わうと思ったのですが、観光らしい人は1人しかみかけませんでした。 延べ人数でも以下のように私を含めて7名しかいませんでした。寂しいものです。 地元の中学生 2人 地元のお年寄り 3人 観光客風 1人 怪しい鉄オタク風 1人 県境を超えると鹿児島県志布志市です。志布志港が見えてきました。
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戦時中、ここと宮崎市付近は米軍の上陸を想定していました。砂浜で上陸しやすいようです。 その防衛のため、私の父は戦時中、鹿児島にいたのです。終戦がもう少し遅かったら、父はどうなっていたかですね。 志布志駅です。
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無人駅とは驚きました。しかも線路は1本だけ(マニア的には棒線と言います)ですから、2編成入れることができません。 かつては日南線の他に都城へ行く志布志線と鹿屋を通って国分へ行く大隅線の3線が交わる要衝で、機関区もあったというのに、さびれたものです。 駅舎内にツバメの巣がありました。これは食用にはならないのだろうなぁ。
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駅近くに鉄道記念公園があります。
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門鉄型デフの実物を見るのは初めてだと思います。梅小路にはないはず。 キハ52がありました。
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キハ52はエンジンを2台搭載した勾配線区向けの気動車で、大糸線や岩泉線、只見線、会津線、豊肥線などで使用されましたが、大都会から遠い場所での運用が多く、都会に住む鉄道マニアには人気があり、大糸線で使っていたキハ52の1両がいすみ鉄道へ移籍になり、話題になりました。 JRはもう使っていません。 志布志から鹿児島市までは車で送迎していただいたのですが、途中、鹿屋を通ります。 鹿屋体育大学です。
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かつてコンサにいた徐暁飛はこの大学出身でしたよね。 鹿屋体育大学プロデュースのレストランがありました。ここに寄りたいところですが、時間がありませんでした。次回の楽しみにします。
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鹿屋は特攻の基地で有名ですが、資料館があります。鹿屋に来てここに寄らないわけにはいかないと思っていました。
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特攻隊員の遺影です。
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でも、この資料館、私が想像していたのと違っていて、いささかがっかりしました。詳しくは次回に書きます。



九州出張記・その3

2014年04月23日

鹿児島の恋人ですが、個包装には「koibito」としか書いていないので、もしかしたら他のご当地白恋もどきと中身は同じかと思いました。たしかに岩手の恋人や千葉の恋人と同じでした。

さて、昨日は飫肥という地名を出しましたが、有名な難読地名で、読める人は北海道にはあまりいないと思います。「おび」です。
飫肥藩は宮崎(日向国)南部の中心で、城下町でしたが、1950年に港町の油津町などと合併して日南市(日向の南の意味)になり、昭和の大合併のさきがけとしてモデルになって全国から視察団が来たという歴史があります。

その飫肥には小村壽太郎の記念館と生家があります。宮崎出身者で歴史上もっとも有名な人ではないですかね。
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早朝、油津港近くを散歩したら、石橋がありました。
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映画の撮影もされたのですね。笠智衆が最後に出演した映画のようですが、日南市が舞台だったんですね。
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油津港です。以前、母が客船でここに寄港し、小村記念館などを見学したことがあります。
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商人の館。大正時代に2階を増築してますが、いつ建てられたのかはわかってないみたいです。
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1932年建築の金物店。
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油津駅です。カツオがシンボルになってます。
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ちなみに、お城を模した飫肥駅も見るはずだったのですが、忘れてしまいました。 カツオに力を入れているようですね。九州でカツオと言えば、枕崎が有名だけど、枕崎は鰹節の生産で有名なのか。
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ところで、広島カープのポスターがありますが、駅のそばのこのスタジアムでカープが合宿するようです。
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日南線の列車で志布志に向かいます。この日は鹿児島市で14時キックオフの講演会というハードスケジュールです。
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次回は志布志と鹿屋の様子を紹介したいと思います。



九州出張記・その1

2014年04月21日

昨日は観光しないで朝のうちに鹿児島を発ち、ドームへ向かいました。
それでコンサが勝てなくてはがっかりもいいとこですが、勝ててよかったです。
九州観光を諦めた甲斐がありました。

順位は7位から6位に上がりましたが、勝ち点だけの順位なら、6位タイから3位タイに一気に上がったわけで、そう考えると嬉しいですね。

今回の宮崎・鹿児島出張ですが、18日に旭川を発ち、羽田経由で宮崎へ向かいました。
JALに乗りたいところでしたが、時間が合わず羽田まではADOでした。
当初は千歳発福岡行のJALを予約していたんですが、千歳までのJRが運休になるリスクを考えてやめました。
観光などなら良いのですが、講師として行くので、できるだけ確実な方法にしたかったのです。
当然、振替輸送しないスカイマークやLCCは論外です。
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737の座席は3人掛けなので狭苦しくて好きではありません。 ただ、私の隣の隣が空席だったので、離陸後に隣の人がそちらに移動しないか期待したのにそのままでしたけれど、体をそちらに傾けてくれたので、さほど狭苦しくなかったです。 隣の人のひじが越境してくることがよくあり、あずましくないことが多いですからね。 あずましくないだけならまだ我慢できますが、香水や整髪料、タバコなどの刺激臭で具合悪くなることもあるので、本当はクラスJにしたかったのですが、ただ、非常口座席なので、前は広かったです。前が狭い場合、前の人の整髪料で具合悪くなることがよくあるので、必ず非常口座席か、前が壁の席を選ぶようにしています。 JALはかなり前からあるけど、ADOもこれが装備されました。
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ただし、巡航飛行中だけなのが残念です。 仙台の手前まではいつも通りのルート。
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ところが急に右に旋回し、蔵王に向かいました。
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思いがけない蔵王遊覧サービスに驚きました。 昔、富士山遊覧のサービスして墜落したイギリスの飛行機を思い出しましたが、何事もなくいつもの飛行ルートに戻りました。 間違って何かのスイッチが押ささってコースを外れたのではないですよね。 以前、スイッチを押し間違って背面飛行したのがありましたが、あれは全日空でしたか。 羽田に着いたらボーディングブリッジではなく、バスということでがっかりしました。 重い荷物をもって満員のバスに乗るのは疲れます。 普通なら預けるほどの荷物だったのですが、乗継があるので、上手く荷物が宮崎まで届くか、ちょっぴり心配だったので機内持ち込みにしたのです。当夜の学習会で配布する資料を確実に持って行きたかったのです。 いっそのこと、一番最後に飛行機を降りたら、バスのステップのところで、比較的すし詰めにならずに済むと考え、最後にバスに乗ったら、立っている人が多いのに席が空いていました。
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非常口座席で座面が跳ね上がっていたせいで、皆さん、座れないと思い込んでしまって空いていたみたいでした。ラッキーでした。 羽田での乗継は16年ぶりで、チケットレスになってからは初めてでしたが、乗継用の入口があって、その前にマイレージカードをかざす機械がありました。
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カードをかざしてエレベーターで2階に上がって出発ロビーに入りました。 羽田から宮崎までは全日空でした。JALだと第2ターミナルから第1ターミナルへの移動が大変だし、その分、余裕時間を確保しないとならないし、ソラシドエアは嫌いな737だし、というのもありますが、787に乗ってみたかったということもあります。
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787のうたい文句になっているのは、窓が大きく、窓側の人でなくても景色が見やすいとのこと。 たしかに従来よりも上に長いですから、空はよく見えます。
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空が良く見えても意味ないのでは? いや、オーロラ見物には良いか。せっかくだから北極飛んで下さい。 それと、樹脂板のブラインドではなく、電子シェードになっています。
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スイッチはこれ。
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座席幅は737と同じで狭いです。国際線は横8列ですが、国内線は横9列ですから。約48㎝です。 で、隣に体格の良い男性が座って超窮屈でしたが、他に空いている座席が結構あったので、離陸後すぐに移動しました。 このルートでしたが、ずっと雲の上だったので、富士山も伊勢湾も室戸岬も足摺岬も豊後水道も見れませんでした。
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宮崎空港へ着陸するさい、一度ゴーアラウンドし、2度目の進入で着陸できました。 進入角度にミスがあったのかと一瞬思ったのですが、機内アナウンスでは、風の影響だとか。たしかに揺れました。ゴーアラウンドは初めての体験でした。 おかげで宮崎市内遊覧できました。 宮崎らしい風景です。
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右がフェニックス(カナリーヤシ)、左がワシントニアパーム。枝が落ちて危険だけど、宮崎らしい風景は残したいということで伐採しないそうです。 実はつかないそうです。 朝、家を出るときは雪で氷点下でしたが、宮崎は26度。30度近い差です。 冬から春を通り越して一気に夏でした。 次回は宮崎グルメを紹介します。クラシックさんお勧めのカツオも登場します。



ジャンボ機退役

2014年03月31日

本日のフライトでもって、国内線からジャンボが消えました。(貨物便を除く)

ジャンボが登場したとき、私は小学生でしたが、2階建て飛行機には驚いたものです。
私が初めて飛行機に乗ったのは1978年の大学受験のときでしたが、JALのジャンボでした。
それから33年間で26回、ジャンボに乗りました。
最後に乗ったのは3年前でした。

飛行機で一番良い体験したのは、北極上空でオーロラを見たことですが、そのときもジャンボでした。ブリティッシュエアウェイズ大阪(伊丹)発成田・アンカレッジ経由ヒースロー行でした。

飛行機で一番辛い思いをしたのもジャンボで、1985年のバーレーンでした。
ドバイが悪天候で降りられなく、代わりにバーレーンに一時寄港したのですが、灼熱の砂漠の中にある空港で、エアコンの能力が足りず、機内は灼熱地獄だったのです。1時間以上駐機場で駐機していたんですが、ターミナルビルへ行くこともできず、灼熱の機内に缶詰でした。
もう中東はこりごりです。カタールのワールドカップには絶対行きません。

ちなみに、私は今まで174回飛行機に乗ってますが、そのうちジャンボは26回なので第3位です。
記録付け出したのは15年くらい前で、その前の分は記憶に頼っているため多少の間違いはあるかも知れませんが、以下のようになります。

A300 49回
737  31回
747  26回
767  20回
727  13回
DC9(MD80/90) 8回
777   5回
A320  5回
DC10  4回
DC8   3回
YS11  4回
SAAB340 3回
BN2   2回
L1011 1回

以前、旭川・羽田線はA300が主力機だったので、これが1番になっていますが、これはもう日本では飛んでいません。

エアライン別だと以下になります。

TDA/エアシステム  53回
ANA    48回
JAL    43回
ADO    11回
SKY     6回
ブリティッシュエアウェイズ 3回
シンガポール航空 3回
HAC     3回
南西航空 2回
中央航空 2回

私が一番良く乗る路線は旭川・羽田なので、TDA/エアシステムがいまだにトップですが、もうすぐANAかJALがトップに躍り出ます。

飛行機に乗って、一番ぞっとしたのは1980年8月、那覇発石垣行南西航空737で、石垣空港に着陸したときです。
滑走路でもの凄い急ブレーキをかけ、どうしたのかと思ったら、滑走路端まで来ていて、あわやオーバーランでした。
案の定、その3週間後にオーバーラン事故が起こり、飛行機は丸焼けになりました


甦れJR北海道

2013年11月05日

先日紹介したHTBの「ゆがんだレール」を放送したのと同じ10月26日にUHBが「甦れJR北海道」という番組を放送しました。(ようやく昨日、録画を見ました)
どちらも同じような内容ですが、HTBの30分に対してUHBのは60分ですから、内容は濃かったし、HTBでは触れられなかった点や提言があったので紹介したいと思います。

関西大学社会安全学部の安倍教授の話では、10年くらい前からJR北海道では不具合が頻発するようになっていて、こうなることを懸念していたそうです。

また、JR北海道は完全に民営化したわけでなく、全株式を国が保有しているのだから、政府はJR北海道を責めてばかりいるのではいけない。国には管理責任がある。国の責任だとされるのをかわすためにJR北海道の責任にしているだろうとのこと。

これは私が強く思っていたことです。良く言ってくれました。

また、低金利になって運用益が少ない点について「赤字補てんするための予算は毎年500億円は確保できる仕組みにしないとならない」と、言ってくれました。
この点に関しては関係各方面(北海道知事なども含め)が強く政府に要求すべきと思います。遠慮していてはいけません。安全を確保するためには絶対に必要なことです。
枕木交換の費用だけではだめです。保線や車両保守の増員をするための十分な予算が必要です。

あと、JALを再生したときに社長等経営陣を外部(京セラの稲盛氏等)から呼んだように、外部から経営者を呼ぶ必要があると言っていました。

ところで、自民党の石破さんが、国にも責任があると言いました。
少しホッとしました。石破さんもたまには正しいこと言うものですね。


和寒町公民館敷地で静態保存しているD-51
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D-51はナメクジの方が好きです。



海外の鉄道事情と比較すると

2013年10月30日

イギリスでは1993年に国鉄を分割民営化しました。
(日本は1987年)
線路や設備、車両などの保有会社へ19の運行会社が使用料を払うフランチャイズ方式で、19社の中には航空会社(レコード会社)のバージン社もあります。
民営化後、たちまち事故が頻発し、大変なことになりました。
立て直すために様々な手を打ちましたが、維持するのに多額の税金を投入していて、その額は年々増大し、現在では年間45億ポンドです。
日本円で約7000億円という巨額で、運賃収入の3倍にもなる額です。
国鉄時代よりも多くの税金を投入しているのでは、何のために民営化したのかわからないという大失敗ではありますが、鉄道の維持に多額の公費が必要だという証拠だと思います。
日本では、三島会社の営業赤字合計で、年間約400億円です。
イギリスの1/10以下です。

今回、JR北海道で大問題となったものの、日本はこれほど少ない赤字で良くやっていると、妙に感心します。(そのかわり、昨日書いたようにすし詰め通勤や立ち見特急だったり、劣悪なサービスですけど)
これだけ日本では国の負担が極端に少なくて済んでいるのです。
基本的に大成功しているのです。
ただ、あまりに財布のひもを締め過ぎてJR北海道ではいろいろ問題が生じてしまったのです。
少し財布のひもを緩めるだけで良いのです。イギリスみたいに巨額の税金を投入しなくても、あと少しの経費で安全で快適な鉄道を維持できるはずです。

ドイツでは1994年に国鉄を分割民営化しました。
当然のことですが、あちらでも地方交通は絶対に赤字になると最初からわかっていました。
そこで、どのように分割するかを連邦政府と各州が議論しました。
赤字路線がどんどん切り捨てられたりしないか、自治体の財政負担が大きいのではないかなどを心配し、当初連邦政府が出したいつくかの案は、各州が難色をしめしました。
ようやく各州が納得した案は、長距離特急と地方交通を分離し、地方交通は各州に多額の補助金を出し、州政府が自由に(廃止も含め)運行させるというもの。
しかも、補助金は毎年88億ユーロという巨額。(日本円で約1兆2千億円)
イギリスよりも国土が広いので、面積あたりは同じくらいの額ではないかと思います。
こんなに巨額を出しても、事故や故障が増え、乗客の不満も増えたそうです。
ちなみに、巨費を投じるため、鉱油税を増税したそうです。

日本でも、ほんの少し揮発油税を上げて鉄道に投資(助成)したらいいのではないでしょうか?
揮発油税を2%上げても、ガソリン価格は1リッターあたり1円上がるだけです。
それによって年間400億円捻出できます。
JR北海道に300億円、JR四国に100億円助成できます。
4%上げれば、ふるさと銀河線のような路線を廃止しないで済みます。
どんな形にせよ、税金をもっと投入しないと鉄道は荒廃してしまいます。
毎年何千億円も投入しなくていいのです。数百億円程度の追加で良いのです。わずかな税金でぐっと良くなるのです。鉄道を見捨てないでほしいです。


参考
イギリス鉄道におけるフランチャイズ制度の現状と課題

ドイツの地域における公共交通事業の今後のあり方

ドイツの地域公共交通政策における自治体の役割と助成制度に関する研究


和寒駅に到着するキハ40。
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エアコンがなく夏は暑いし、冬は暖房効きすぎで暑いです。 ボックス席に4人座ると窮屈で辛いです。 金曜の晩などは比布旭川間は超満員でトイレに行くのも難儀します。 エンジンが非力で時間がかかります。 自家用車の方が早くて安くて快適。 どうしてこんなに日本の鉄道は貧弱なの? とても先進国の乗り物ではありません。奴隷船難民船並み?



JR北海道の財政

2013年10月29日

JR北海道が解決すべき問題は多いですが、やはり(何度も言ってしつこいですが)保線や車両メンテナンスを十分できるだけの体制を整えないとならなく、そのコストのためには経営基盤の強化は必須です。

2010年の賃借対照表を見ると、本業は766億円の収入に対して経費が1050億円で、差引285億円の赤字です。(四捨五入の関係で合計合いません)

JRタワーなどの副業は25億円の黒字で、合計の事業損益は260億円の赤字です。

安定基金等の運用益が256億円あり、経常損益は4億円の赤字。

特別利益と特別損失を加え、最終損益は18億円の赤字です。

JR北海道は、以前は年間500億円ほどの営業赤字を出していましたが、現在はその半分程度に減っています。
職員数は民営化当初は1万4千人いましたが、現在は7000人ほどです。これほど人員を削減したので、営業赤字は半減させることができましたが、半分の人間で保線や車両メンテナンスが十分できるのでしょうか?
列車本数は減っていないので(特急は倍増しました)乗務員は減っていないはずですから、保線や車両メンテナンスの職員は半分どころではないはずです。保線スタッフ数は1/4になったと現場職員がTV取材で言っていました。

年間500億円程度の営業赤字を出してた頃は運用益も多く、1993年だと444億円もあり、456億円の営業赤字と差引すると、12億円の経常赤字で済んでいました。
現在の低金利では、職員を大幅に減らすことを余儀なくされているわけですが、安全運行に支障が出るほど減らしてしまったということでしょう。
低金利時代でも運用益が極端に少なくならないように(3%以上になるよう)政府が便宜を図ったり、300億円の補助金と、同額の無利子融資をしたりしましたが(毎年ではなく1回限り)、その程度では全然お金が足りないのです。

以前の国鉄のような放漫経営は困りますが、安全を十分確保するための最小限の予算を組めるよう、もっと補助金を出すとか、安定基金を増やすなどで財政基盤を整える必要があります。
腐った枕木も、ろくに交換できないというはあんまりです。

ただでさえ、通勤列車はすし詰めで座れないし、特急だってスーパーカムイで滝川などから乗ると札幌まで座れない人が出るのはしょっちゅうです。
(嵐のコンサートでもあれば、旭川からすでに座れません)
豊かな先進国であるはずの日本の鉄道がこれで良いのでしょうか?
もう少し税金を投入し、安全で便利で快適な交通機関にすべきではありませんか?

次回は民営化したドイツやイギリスの鉄道と、財政面での比較をしたいと思います。


秘境駅第一位の室蘭本線小幌駅
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この型の特急列車(特急北斗と特急サロベツ)は例のエンジントラブルで現在運行休止しています。



ゆがんだレール

2013年10月28日

OB戦の選手の発表が始まりましたね。
キーパーは曽田さんにお願いしたいです。

さて、以前も書きましたが、JR北海道の問題は、単純な問題ではありません。
最大の問題は経営難のため、合理化を過度に進めたことではないかと思いますが、それ以外に企業風土の問題、労使間の対立、職員の意識の低さ・使命感の欠如等、様々な要因があるようです。

土曜早朝に「ゆがんだレール~JR北海道軌道修正のカギ」という番組を、HTBが放送しました。
JRのことを良く知っているつもりの私でも、知らないことや想像以上だったことがいくつかあり、驚きました。
一番驚いたのは労組間の対立がひどいことです。(労使間ではなく労組間です)
国鉄時代、国労と動労が仲が悪かったのは周知の事実ですが、その後、JRの労組は分裂や統合を繰り返し、現在は4つあるそうです。
道新のを見ても複雑ですが、北労組のでは、実はもっと複雑なんですね。
所属労組が違うと挨拶もしないし、一緒に飲みに行くこともないし、結婚式にも呼ばないそうです。
運悪く(?)違う労組の人と仲良くなってしまい、結婚式に呼ぼうとしたら他の人から「なんであいつを呼ぶんだ」「スパイされるぞ」などと非難され、大変なことになるとか。
そんな状況なので、違う労組の人とは職場で連携はとれないし、仕事を教えることもしないとか。
こちらを見ると、「業務伝達も難しい」とあります。
それでは安全運行できるはずありません。 本当にがっかりです。
私は鉄道マニアだし、JR北海道の肩を持ちたいですけど、その私ですら、あの番組を見たらJR北海道に乗る気が失せてしまいます。

2年前のトンネル内列車全焼事故は、ボルトが緩んで部品が脱落したのが原因ですが、そもそもボルトが緩んだ原因は、車輪の偏摩耗をいつまでも放置し、台車の振動が大きかったのが最大の要因だそうです。
車輪はしばらく走行すると必ず偏摩耗するので、定期的に車輪を研削して平らにします。
これが行われなかったのはなぜでしょうか?
現場が必要と判断したけど、経費削減のため、ストップかけられたのでしょうか?
でも、研削は旋盤で削るだけです。JR北海道苗穂工場でできます。コストはそうかかるはずないです。
合理化のため、保守の人数が少なくて手が回らなかったのでしょうか?
それとも、偏摩耗を見逃したのでしょうか?
あるいは、走行何キロ毎に研削するという基準がなくて現場の人間の勘なのでしょうか?
そのうえ、人員削減のため、中堅社員が極端に少なく、技術の伝承が不十分だったのかも知れません。
あるいは、労組が違っているために技術伝承が不十分だったのか?
または、労組が違うため連携が悪くて仕事が滞ったのか?

何が原因だったのかはっきりさせ、今後はこういうことのないようしていただかないと安心して列車に乗れません。

労使間の対立もありますが、それはある程度は仕方ないでしょうけど、労組間の異常な対立は絶対にやめてもらいたいです。


1973年1月 塩狩峠
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鉄道chにミシェルさんと山本さん

2013年10月11日

以前BS12で放送した番組のようですが、スカパー546chの鉄道チャンネルで、宮澤ミシェルさんが小湊鉄道を、山本昌邦さんが富士山を背景に身延線の列車を撮影する番組をやっています。
再放送は明日21:30からミシェルさん、15日24時から山本さんで、明日のは無料放送です。

ミシェルさんは少年時代、サッカーの練習中、いつも小湊鉄道を見ていたそうです。

山本さんはヒデをスカウトするために身延線で山梨に行ったときの富士山が印象に強く残っているとか。


コンケン

2013年10月09日

私は地理が大好きですけど、コンケンは知らなかったです。
地図で見ると、タイ北東部で、バンコクから鉄道で450㎞なので、札幌・根室間と同じくらいの距離ですね。
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30年前の地図なので、ミャンマーはビルマになっています。 バンコクからコンケンまでの列車は1日4往復で8~9時間かかるのは、30年前も現在も同じです。(Table7065)
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よく鉄道番組(旅番組)などで紹介されるのはチェンマイに行く路線とマレーシアに行く路線で、コンケンに行く北東線は知名度は低いものの、本数は多いですね。 観光路線ではないし、外国人も少ないはずで、食堂車もついていないですね。 (物売りは多いでしょうけど) もっとも、チェンマイ行きの食堂車の衛生レベルは、旅番組を見る限り劣悪なので、タイの列車に乗るのは躊躇します。 あちらの人は生まれた時から不衛生なものを摂取しているから耐性が付いているのでなんともないのでしょうけど、日本人にはリスクがあります。 (コンケンにはコンサの選手が愛用する大戸屋があるので安心です) それに、新千歳・バンコク間の最安は39,000円で、新千歳・コンケン間の最安は44,000円と、バンコクからコンケンに乗り継いでも往復で5000円アップするだけだから、普通は飛行機でしょうね。 それにしても、千歳からコンケンまで44,000円で行けるとは安いものですね。(サーチャージ等は除く) 行きたくなってしまいましたが、千歳からバンコクまで7時間もエコノミー席に座っているのは辛いかな。



JR北海道

2013年09月25日

厚別の試合のあと、自宅に戻ってTVニュースを見ました。
トップニュースで「J・・・」と言ったので、てっきり「J2コンサドーレ札幌所属で初の東南アジア人Jリーガーのレコンビン選手がJ初ゴールを決めました」と言うのかと思いました。
全国ニュースのトップになるなんて凄いと思ったら、「JR北海道・・・」でした。


こちら(イギリス国鉄民営化後の事故多発に関する記事)を読んでほしいです。

日本では(日本でも)、国が鉄道経営に失敗しました。
わずかな手切れ金(経営安定基金)を出しただけで匙を投げ、問題が生じたら全部JRのせいにしていいのだろうか。

イギリスでは民営化してすぐに事故が多発しましたが、日本ではしばらく起きませんでした。
でも、ここにきてツケが回ってきたのだと思います。

北海道で鉄道経営しても黒字になるわけありません。(海峡線・千歳線・石勝線が黒字なのはよくやっていると思います)
毎年、何百億円も営業赤字が出ていますが、低金利が続いているから、6,822億円の安定基金では足りません。

たしかに職員の意識が足りないなど、呆れる部分も多々ありますが、財務基盤の改善も必須だと思います。

そもそも、首都圏と同じ会社にすべきだったのかも。
今からJR東日本と合併というのは、あちらがお断りでしょうけど。(エアシステムを吸収合併したJALは破たんしたし)

というわけで、鉄道の安全を守るためには指導監査だけでなく、財政援助が必要だと思います。

客離れが起こると悪循環になりますから、少しでも運賃収入が増えるよう、なるべくJRに乗るようにしたいと思います。



1974年1月の塩狩峠。当時、中学2年でした。
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臨時快速稚内行

2013年08月05日

あの主審、2年前の厚別鳥栖戦で、間違って鳥栖にPKをプレゼントした人。
3年前にはこんな前科も。
昨年もこんなことが。
だから今年3月の博多では心配しました。カード4枚(奈良が退場)出たものの、なんとか勝つことができました。

負けたのをジャッジのせいにしたくないし、思い出したら腹が立つから昨日については書かないことにします。


さて、昨日は旭川から和寒までJRを利用しました。

まずはイオンで買物をし、旭川駅までのバス券をいただきます。
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以前は無料送迎バスが運行されていたのですが、買物しないのにちゃっかりバスに乗る人が大勢いて、並行して走るバスの売り上げが減ってバス会社から苦情が出たため、無料バスを廃止し、そのかわり、一部路線をイオンまで運行し、2000円以上買い物した客に有効期限1か月のバス券を2枚提供するようになりました。 バスはがらがらで、多くて4人。終点の1条8丁目(JR駅もよりバス停)で降りるときは私一人でした。
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旭川14:18発の普通列車はあまり混雑しないので、普段ならそれにしたはずですけど、例のエンジントラブルで、特急サロベツが運休なので、14:05発臨時快速があり、それに乗ってみました。
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エアコンのないキハ40、2両編成です。
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旭川駅にはこんな張り紙がありました。
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臨時快速に4両、車両を使用する影響で、こちらを減車することになったのかも知れません。 学園都市線の電化で気動車が余ったはずですけど、もう余裕ないのかな。 たしかに学園都市線で使っていた車両の一部は苫小牧・室蘭間で使うようになったのですけどね。 それとも、キハ40も、エンジントラブル防止のため、整備に時間をかけるようにするのか。 旭川を出て、新旭川と永山の中間にある旭川運転所までは複線電化。
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もっとも、お客を乗せてこの区間を電車が走ることはありません。 電車回送のためだけに電化したんです。 窓がきたなくてこんな写真ですけど、旭川運転所に留置している動物園号。新しいデザインになりました。
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比布駅です。普通列車(快速)がここを通過することは通常ありませんが、臨時快速は時速90㎞ほどで通過します。
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蘭留を通過すると高速道路と40号の跨線橋をくぐり、塩狩峠を登ります。
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和寒駅に着くところ。写真は前日に下見したときのです。混雑がひどいなら別の列車にしようと思ったので下見しましたが、それほどの混雑ではありませんでした。
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普通列車だと、旭川・和寒間は最速でも42分かかるのですが、臨時快速は永山での信号停車以外、ノンストップなので36分でした。 14:18発なら各駅停車なので57分かかります。 和寒では私の他に高校生が一人降りました。臨時快速がなければ特急サロベツに乗ったのではなく、14:18発の普通列車に乗ったのかも知れませんね。私もそうだけど (笑



越川橋梁

2013年07月23日

先輩の家の網戸がぼろぼろで使用不能状態で、張り替えないのかと聞いたら、大家さんが「自分で直して」とのことで張り替えずに我慢していたとか。
涼しい羅臼とはいえ、気温の高い日は窓を閉め切っていると寝苦しいのです。

そこで、網戸を外して押さえゴムを抜き、網を外してみせ、「網をホームセンターで買ってきて、この逆の順序でやるだけだから簡単ですよね?」
ところが、それもできないとのこと。
先輩の家には部下も一人、居候しているのですが、男2人いて、誰もできないとは・・
私の父も超不器用だったけど、盲腸の手術とかやっていたんだから、仕事とDIYは別なのか。
半分呆れながらも、やってあげるしかないと思い、中標津のホーマックで網を買って羅臼に戻って張り替えることにし、予定よりも早く出発しました。
(当初の予定では、車2台で出て、途中の標津に1台置いておけば羅臼まで戻らずに最短ルートで和寒まで帰れるはずだったんです)

押さえゴムも劣化していたので交換しましたが、それでも1枚あたり500円程度でできました。
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帰路は羅臼から標津を通って斜里に抜けるルートですが、近道をしたら、5㎞ほど、林道のようなとんでもない道でしたが、おかげで標津町金山スキー場を見ることができました。
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てっきり、「数年前に廃業したスキー場?」と感じてしまいましたが、現役のようです。 営業期間も短いようですが、数少ない根室地方のスキー場です。 きっと根室地方随一のスキー場でしょう。中標津にはスキー場がありませんから。(簡易リフトのスキー練習場ならあるようですが) 標津から斜里へ抜ける根北峠沿いに戦時中、鉄道を建設していたのですが、完成しませんでした。
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国道の拡幅時に2つの橋脚を撤去してしまったのはもったいない。
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当時は文化財だという認識がなかったのでしょうか。先見の明がなかったんですね。
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西春別鉄道記念公園とムネオロード

2013年07月22日

別海町の東端の走古丹から西端に近い西春別地区まで国道243号をひたすら走ります。
広い別海町ですし、通行量が少ないと思っていたら、軍用車両が沢山走っていました。交差点には誘導の自衛隊員もいました。
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てっきり農道国道かと思っていたら、軍用国道でした。 矢臼別演習場も近いですからね。 243号と、釧路・中標津を結ぶ国道272号の交差点は、事前に地図を見ると立体交差なのに気づきました。 こんな田舎で立体交差とは、きっとここがムネオロードなんだろうと思い、一旦243号を降りて272号に入り、ちょっと行ってからUターンして写真撮りました。「まるで高速道路」と良く言われましたが、本当にそうです。
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たしかに4車線あります。(わかりにくいかも知れませんが、右に対向車線があり、そちらも2車線あります) 釧路から中標津方向を写真にとりましたが、先に見える高架橋が軍用道路(別海町を東西に走る243号)です。 もちろん、えんえんと4車線が続くわけではありません。この立体交差の前後だけですが、それでも無駄な税金使ったのではという批判がでてもおかしくないですよね。 軍用車両が多いとはいえ、立体交差にしないと渋滞するほど混雑はしないでしょう。 別海町には旧標津線の西春別駅があった、西春別という集落があります。 かなり大きな集落で、本町地区に次ぐ規模かもしれません。 その駅跡に鉄道記念公園があります。
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資料館は資料が充実しています。
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ここは雪害の多い土地のようです。3月3日の暴風雪では隣の中標津町で5人が亡くなりました。
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そういえば、大井川鐡道で動態保存されているC-11はここを走っていた227号機ですけど、これかな?
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サハリンの鉄道事情を紹介しているコーナーがありました。
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展示している機関車はサハリンで走っていたそうです。
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日本国内仕様と違って運転台が寒くないように密閉構造になっています。(斜め後ろからの写真を撮らないとわかりにくいのですが、次に行ったときに撮ります) 夏暑くないのかな。
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それにしても、雨ざらしで傷んでいるのが残念です。 ところで、別海は正式には「べつかい」と読み、実際は「べつかい」「べっかい」どちらの読みもOKというのは知っていましたが、某国営放送などでは「べつかい」と読んでいるのに違和感がありました。 で、地元ではどうなのか気になっていたので別海のコンビニで聞いてみたら、普段はみなさん 「べっかい」と言います、とのことでした。やっぱり。



卯原内交通公園

2013年07月16日

和寒から羅臼に行くのに、自家用車にするかJRにするか、ずいぶんと悩みました。
公共交通機関を使うのは、あまりにも不便なんです。
斜里からレンタカーか、あるいは斜里まで迎に来てもらうかしないと困難なので、結局、自家用車にしました。
どうにかしてJRで行けないかと思って、ずいぶん時刻表を見て検討したんですけど。

車だと丸瀬布までは高速道路があるので楽ですが、そこからはどこを通るか悩みます。
往路は遠軽・浜佐呂間・網走・斜里・ウトロを通ることにしました。

能取湖のほとりに卯原内交通公園があります。
オープンして間もないころに行ったことがあるので、約24年ぶりです。
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湧網線跡はサイクリングロードになっています。
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資料室は展示物が少なく、しかも閉鎖していました。
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どこかと違って、機関車が1000トンもあるというような間違いはありませんでした。
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能取湖畔にあります。
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