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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。

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「1.棚田見落とし」と「2.インソールによる怪我予防効果」

2017年05月30日

さて、変なタイトルですが、まったく無関係の二つの内容を一つのエントリーにまとめてしまいます。
1.棚田見落とし
昨日書いた棚田の話ですが、肝心な話を書いていませんでした。
実はろくに調べずに行ったものですから、本命の棚田は見られずに帰ってきました。もっと山の方へ歩いていかねばならなかったのですが。失敗でした。しかし、今年の九州遠征はもうないので、来年以降に持ち越しです。


2.インソールによる怪我予防効果

カスタムメイドのインソールってご存知でしょうか?
スポーツ選手、愛好家の間ではけっこう知られているようで、僕は仕事場でご一緒していた自称「トレーニングおたく」の方の話で知りました。

人の体には微妙な湾曲やねじれがあり、O脚・X脚・偏平足などが原因となり関節に負荷が加わり、スポーツ障害発生の大きな原因の1つなっているそう。

個々人に合ったインソールを使用すると、関節への負荷のかかり方を医学上理想の状態に近づけ、起こってしまった障害の状態を改善したり、これから起こりうる傷害の予防にもなるとのこと。

簡単にいうと、足のバランスを整えて変な負担がかからないようにするということのようです。

それで、実は僕も何年か前、カスタムメイドのインソールを作りました。
一つはウォーキングシューズ用、一つはジョギングシューズ用。プロ仕様ではないので、ちょっと矯正するという感じ。

3Ⅾの画像を撮影したり、走ったときの体重のかかり方を調べたりして作成したのですが、僕の足はアーチが低めで(要するに偏平足ということ)、アーチの補強が中心でした。

ジョギングシューズ用の方がウォーキングシューズ用の方よりも矯正が弱めになっており(より負荷のかかるジョギングシューズの矯正を強くすると逆に負担がかかりすぎるからということでした)。

ウォーキングシューズの方のインソールの効果はすぐに実感することができ、疲れにくくなりました。一方、ジョギングシューズ用のインソールの方は、作ったあとフルマラソンとか長距離(20キロとか30キロ)を走っていないので、効果のほどははっきりとは自覚できていません。

僕がインソールを作った会社は、一時、某J1チームがチームとして、そこのインソールを利用していたようで、その会社のホームページで紹介されていました(現在はホームページ上にはチームとしての利用は記載されていませんが、多くのJリーガー利用しているようです)。

ところで、コンサドーレにもカスタムメイドのインソールを使っている選手がいるんでしょうかねえ。


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21:07

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それほど歩かないJ1観戦紀行(鳥栖)

2017年05月29日

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5年ぶりの鳥栖。

5年前もすでに無くなっていたでしょうか? スタジアムDJの「聞くぜ、問うぜ、尋ねるぜ、勝つのはどっちだ」というあれ。このあと確かアウェイチーム名と「サガン鳥栖」と言って、スタジアムの観客が「サガン鳥栖」とレスポンスするんでしたっけ?

鳥栖といえばあれで、けっこう好きだったのですが。

試合はご存知の通り、見せ場を作ることができず0-1の敗戦。

セットプレーからの失点のシーン、一瞬エアポケットにはまったような。。。

後半にもセットプレーで、右サイドバックの小林が猛然とディフェンスの裏へ走り出すシーンがありました。さすがにこれはしのぎましたが、この攻撃、鳥栖は狙っていたんでしょうね。注文にはまってしまったという感じです。


さて、例によって翌日は観光。

そこだけのために九州まで行くのはちょっと。。。という感じだが、コンサドーレとセットならばという場所が九州にはけっこうあります。

で、まず向かったのが日田。


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日田駅に到着すると、向かい側のホームにはピッカピカの車両が。
「seven star」とかあります。そうかこれが有名な「ななつ星」かということで一枚。あまりにピカピカで、向かいのホームの車両が写り込んでいます。


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日田まで行ったのは、古い街並みを見るのが目的。まだ9時くらいだったので、交通量は少なかったものの、けっこう車も通る通りに面しており、趣という点では今一つでしょうか?


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19世紀前半に咸宜園(かんぎえん)という塾を開き(主に中国の古典教育が行われたとのこと)、3000人を超える門弟が集まったという広瀬淡窓を生み出した広瀬家の旧宅が公開されていますが、この写真は、資料館として公開されている旧宅とば別の建物(南家隠宅)。


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咸宜園跡。淡窓の門人は3000人を超えるようです。そんなに多くの人がどうしてというのが興味深かったので、管理の方にその辺のことを聞いてみました。いっぺんに3000人が学んだわけではなく、多い時は200人を超える塾生がいて、淡窓が咸宜園で指導した塾生の総数が3000人を超えるということです。一番多いのは豊後(大分県)からの塾生だそうですが、遠く東北地方からの塾生もいたとのことです。口コミなのでしょうが、かなりの評判の塾だったことがうかがわれます。

武士の塾生はごくわずかで(武士は藩学など学びの機会も多いですし)、僧侶や町人が多いそうです。塾に隣接したところに寮があって、多くの塾生はそこに寄宿しており、学費・生活費は自己負担だったそうです。自らの居所から遠く離れた場所で、この時代、そうまでして学ぼうという意欲を持った人が多くいたことは驚きです。



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日田駅の近くで見かけた「プノンペンラーメン」
どんなものか? と興味をそそられましたが、試すことはせず。


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日田からは日田彦山線に乗って筑前岩屋へ。


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筑前岩屋まで行った目的はこれ。ちょっとわかりにくいかも、ですが、棚田が見られるのです。もう少し、綺麗かと期待して行きましたが、傾斜がそれほどでもないので、「ワーっ」という感じではありません。

近くの日田彦山線の橋(駅前の観光表示には「めがね橋」とありました)が見えるところまで行ってみました。


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筑前岩屋駅の時刻表で日田方面へ向かう列車があることを見ていたので、それを撮影してみました。しかし電線が邪魔です。よいポイントを探すガッツがありませんでした(鉄分はそこまで濃くはないので)。

列車を見送ったあと、さらにその辺を歩いていると、機材を撤去しているベテランの撮り鉄氏が2名ほど。どうやらここは鉄道写真のポイントらしいです。


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農道沿いに咲いていた花。


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駅のあたりには水が湧いていて、その自動販売機みたいものがあり、ほとんど途切れることがないほど、水を汲みに来る人たちがいました。


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駅の自販機。注目はカズではなく、水が売られていないこと。湧水を売っていますし、飲めるようになっているところ(飲んでも衛生上大丈夫なものだと思う)があるので、水を買う人がいないのだと思います。


以上で、この日の観光は終了し福岡空港へ向かいました。



コンサドーレの集客策で漠然と思うこと

2017年05月10日

東京・札幌往復生活を送っているのですが、片方のプロバイダーからだと全然アクセスできないでいます。ということで、何か書きたいことがあってもなかなか投稿できないまま、そのうち投稿の時機を逸してしまうという状況が続いています(以上、言い訳)。

ところで、6節のFC東京戦からだったと思いますが、マッチデイプログラムに変化がありました。何かというと、試合スケジュール・結果一覧(チケット発売日も載っている)が載せられるようになったのです。

2年前、サッカーはほとんど見ない友人を誘ってドームに行ったときのことです。その友人がマッチで―プログラムを見て「今後の試合予定や、ついでにチケット発売日ものっているといいと思うけど」ともいうようなことをふともらしました。

初めてスタジアムに来た人がいきなり熱心なファン・サポになることは少ない、スポーツ観戦にかけられる予算もあるだろう、色々と予定もあるだろう。

マッチデープログラムで次節の予定を伝えても(次節の予定すら載せられていないこともあったように記憶していますが)、2戦続けて来場してくれる可能性は低いでしょう。まして、最近は2週連続ホームというスケジュールが多く、2戦連続ということは2週連続ということになってしまいます。たまたま来場してくれたお客さんが興味を持ってくれても、なかなか2週連続の来場とはならないのでは?

で、先々の試合の予定を知りたいと思ったときは、わざわざオフィシャルサイトにアクセスしなければならない。いまどきほとんどの人はインターネットをやりますし、スマホをもっている人も多いので、容易にオフィシャルサイトにアクセスできるのですが、オフィシャルサイトにアクセスしても、今後の試合日程のページを開くにはもうワンクリックしてもらわなければなりません。そこまでのことを客に期待するより、マッチで―プログラムを開いたときに「あっ、この日のこの試合見に来たいかも」と思ってもらうことが重要と考えたので、当時HFCに、このことをメールで伝えました。2年近く前のことなので、自分のメールと今回のマッチデープログラムの内容改定は無関係かと思いますが、少しずつでもリピーターを増やす装置になってくれることを願っています。

う~む、長くなってきました。が、まだ続きます(笑


さて、次節の(「も」と書くべきか)前売り券の販売枚数が思ったほど伸びません。

ある意味日本におけるサッカー人気を示していると思います。スタジアムに行きたい、行ってみたい、行く気持ちはある、という人の数が飛躍的に増えなければ、毎試合多くの動員を確保することが難しいのは自明のことだと思います。

いつコンサドーレの試合が行われているかすら知らないでいる人たちに興味を持ってもらうため、社長は色々と頑張ってくれてはいるようです。

で、テレビ放送、新聞記事、色々な広告などで興味を持ってくれた人たちに、チケットを買ってもらわなければならいわけですが、チケット販売という段階でけっこう苦戦しているのはどうしてでしょうか?

ここでは、何回もコンサドーレの試合を見たことがあり、サッカー観戦やスタジアムのことをわりとよく知っているだろう層のことは除外して考えたいと思います(やはり観戦回数をある程度決めていて、そのなかで観戦する試合を選んでいるのだと思いますが)。

さて、ある人がテレビで試合をみて、そのうち行ってみようかなと思ったとしましょう。

そこで、思い出されるのは、スポーツ全般に興味はあるが、野球を含めてなかなか現地観戦に踏み切れないでいる友人(上で書いた友人とは別の人)の言葉です。

「何かあそこにいったら、周囲の客と一緒に一生懸命応援しなければいけないような印象があって、それが嫌」

確かに! テレビで多く映されるのは立って応援する観客・跳ねている観客ですし、引きの映像でもレプリカを着用率がけっこう高いですから、スタジアムになじみの薄い人にとってはスタジアム観戦の敷居が高いと感じられるのかもしれません。本当はそんなことはないのですがね。

そして、今年の席種の名称変更です。
かつてのSB自由席がスペースを広げて「赤黒サポーターゾーン・バック」、かつてのSA自由席が(だいぶスペースも減って)「サポーターゾーン・コーナー」と「サポーター」のための席という名称になりました。コンサドーレに関心はあるけれど、応援する気持ちはあるけれど、まったりと見たいなあと思っている人で、スタジアムの具体的な状況に不案内な人にとっては選択肢に入れにくい席の名称かもしれません(考えすぎでしょうか?)。

そう思われないため、オフィシャルページの席の説明に工夫が必要ではと思ってますが、現状の説明を見ると、そういう観客はオープンスペースシートに誘導したいのかな?という感じも受けます。しかし、「ちょっと行ってみるか」という人にとっては、やや高いと思いますし、指定とはいっても「〇列△番」でという形では、一部の方法でしか購入できないので、実際スタジアムに行って「こんなとこ?」と思われてしまうと、試合なりスタジアムの雰囲気なり何かプラスアルファがなければリピートの可能性は低くなってしまうでしょうし。

難しいです。


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18:32

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IAIスタジアム日本平の夕景・桜(ルヴァンカップ)

2017年04月23日

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先日行った日本平で見られた、かなり変わった雰囲気の空。
旅情をかきたてられます。



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桜も満開でした。



ところで、
I will fight for the right to live in freedom.
な気持ちでいっぱいです(なんのこっちゃ)。



マリノスサポにとって河合は特別な存在なのだということを再認識した夜

2017年03月05日

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ニッパツ三ツ沢球技場で横浜Fマリノス戦を観てきました。
僕個人の今シーズンが開幕しました。

2月半ばすぎにひいた風邪が長引くなか、チケット購入を迷っているうちに選択肢がなくなってしまい、SS席で観戦しましたが、ビジター寄りの席だったため、コンササポ率がかなり高かった模様。

結果はご存知の通り0-3での敗戦。

選手も語っているようですが、後半の入りがユルかったですね。


さて、試合に敗れてしまったので、この日の個人的な最大の関心はマリノスサポと河合の交流に移りました。

2012年、日産スタジアムではマリノスサポの河合コールに応えて、河合がマリノスのサポ席に挨拶をしたのですが、この日はどうなるのかなと思いながら、スタジアムに残りました。

試合後、選手インタビュー、マリノス選手の場内一周、選手表彰とかがあり、かなり長い時間が経過。さすがにこの日の河合の再登場はないかと思っていたところ、マリノスサポから河合コール、続いて河合の応援チャントが。そして、これが5分以上は続いたでしょうか?

そして、チャントまだ続けるの? と思った頃、河合がピッチに出てきました。

5年前はゴール裏までは行かなかったような記憶があるのですが(記憶違いかも)、今回はゴール裏まで行って挨拶し、メインスタンド前でもゆっくりと手を振りながら、コンサの控室の方に戻っていきました。

マリノスサポにとって河合は特別な存在なのだということを再認識させられた一コマでした。



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18:32

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歩くJ2観戦旅(徳島戦からの飛鳥)

2016年12月20日

2016年シーズン、四国・九州遠征の最後となる徳島戦ですが、問題はどの席で見るかです。
今年のこれまでのアウェイ観戦の席と勝敗は以下の通り。

vsヴェルディ ビジター自由  ✖
vs岐阜    メインスタンド 〇
vs清水    ビジター自由  〇
vs讃岐    ビジター自由  〇
vs松本    ビジター自由  ✖
vs群馬    メインスタンド 〇
vsセレッソ  ビジター自由  △
vs山口    メインスタンド 〇
vs横浜    バックスタンド ✖
vs京都    ビジター自由  △
vs長崎    ビジター自由  △
vs北九州   メインスタンド △
vs愛媛    メインスタンド △
vs熊本    ビジター自由  ✖

メインスタンドで観戦すると勝率が高いですし負けなしです。
自分の行動がチームの戦績に影響することなどあり得ないということはわかってはいるのですが、敢えて悪い結果が多かった席を選ぶのはためらわれました。

しかし、試合後、笑顔でゴール裏に挨拶に来る選手たちを見たくてビジター自由席を買ってしまいました。結果は先制したものの1-2で敗戦。(ちなみに、その後の千葉戦ではコーナー自由席を選択しましたが、位置的にはメインスタンドの端でした-結果は劇的な勝利)


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重苦しいムードの漂う試合後のゴール裏。


さて、終わったことをくよくよと考えてもいけない。切り替えて旅です(今回も旅の日程を押し込みました)。

徳島戦のときは、高速鳴門から高速バスで本州へ渡るというのがいつものパターンになっており、今回もいつものパターンを踏襲して大阪まで移動。

翌日向かったのは奈良県飛鳥地方。明日香村の稲渕というところにある棚田見物が目的。収穫の前に行きたかったですが、コンサの試合が「主」で旅が「従」なので仕方がありません。

で、なぜ棚田かというと、少し前から田んぼのある風景に凝っているいるのです。(北九州戦の後にも、国東半島の田染荘というところの田んぼを見てきたことは以前のエントリーで書いた通りです)


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2010年3月に訪れた中国雲南省の元陽というところにある広大な棚田。圧倒されるスケールです。

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2013年8月に訪れたインドネシアバリ島の棚田。


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今年の8月に再訪した元陽。稲が実った時期にも見てみたということでの再訪でした。


さて、明日香村です。
大阪から近鉄で飛鳥駅まで移動し、そこから石舞台古墳までバスで移動。石舞台にはわき目もふらず、稲渕地区に向けて歩き出します。


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稲渕の棚田。小規模ですが美しい棚田です。季節を替えて訪れたいと思う場所でした。


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ここでは毎年かかしコンクールが行われているようで、今年のテーマは「棚田 de オリンピック 」 ということで、リオオリンピックにまつわるかかしが並んでいます。


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一番奥の方にオリンピックとは無関係なジャンボかかしが立っていますが、これは真田幸村。


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好天の下、こういう道を歩くのは楽しいです(実はこの先の道は下らずに引き返したのですが)


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展望所への道。さすが大観光地だけあって整備されています。


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展望所からの眺め。


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石舞台近くの棚田。


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一応、石舞台古墳も。


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せっかくここまで来たので、久しぶりで飛鳥大仏(後世にかなり修復されてはいますが現存日本最古の仏像)と再会。この仏像は写真撮影可です。


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岡寺。日本最大、最古の塑像観音像が安置されていますが、写真撮影は禁止なので境内の写真を一枚。


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通天閣に寄り道しつつ関西空港へ。


「歩くJ2観戦旅」としては、それほどの歩行距離ではなかったかもしれません。



#SAVE ALEPPO(アレッポを救え)

2016年12月18日

シリアの内戦における激戦地アレッポでは、アサド政権軍とそれを支援するロシア軍によって虐殺とよぶべき状況も起こっているという。

そんなアレッポで戦火に倒れた人々を追悼するとともに、いまだ惨状に置かれているアレッポの人々の救済を願い、また、そういう状況を広く知ってもらおうという目的で、今晩、渋谷ハチ公前広場で集会が行われたのだが、それに参加してきた。(キャンドルをともし、プラカードをかかげスタンディングするだけの集会)

シリアへは4度訪れた。アレッポにも4度訪れた。通りすがりの旅人にすぎず、深い交流をもったわけではない。しかし、自分がかかわった人々が大変な状況におかれ、さらに命を落としているかもしれない。悲しい。参加するしかないと思った。

以下は平和だったころのアレッポ。



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スーク(市場)での一コマ。中東の典型的なスーク。

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旧市街での一コマ。

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アレッポ城。

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大モスク。

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キリスト教地区。

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映画館。

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街のあちこちにあるジューススタンド。客の要求に応じて色々とアレンジしてくれる。アラビア語ができない僕は、もちろん複雑な注文ができないので、オレンジジュースとかバナナミルクばかり飲んでいた。



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23:38

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歩くJ2観戦旅(愛媛)

2016年12月06日

今年は、来年、四国遠征がなくなり九州遠征が鳥栖のみになることが見えてきた段階で、来年の遠征費が減少することを前提に(前提が崩れなくとホントによかった)、四国・九州皆勤を目指しまた。

愛媛、徳島へも出かけたのですが、時間的・精神的な余裕がなく書くことが出来ずに12月に入ってしまいました。が、自己の記録として書き留めておくことにします。


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空港から松山城へ。

いったん松山駅近くのホテルにチェックインして一休み。

その後、駅前からシャトルバスでスタジアムへ。

3度目の松山遠征ですが、やはりスタジアムへのアクセスは悪く、駅から50分を要しました。


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入場時にもらった缶バッジは「曳地」でした(やはり縁があるのでしょうか? まさか缶バッジ全部が曳地だったわけではないでしょうし⇒コメントで全部曳地だったという情報をいただきました)


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試合開始前。


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ハーフタイム。オレンジ色の大きなものは牛鬼。
毎年、7月、宇和島で牛鬼祭りというお祭りが行われます。祭りで登場する牛鬼は、5~6メートルの牛をかたどった竹組みの胴体に丸木で作られた長い首と鬼面の頭、剣をかたどった尻尾がついており、全身はシュロの毛または赤色の布で覆われているようです。が、スタジアムで披露された牛鬼は形は同じですが、色は愛媛FCカラーのオレンジ色。実際の牛鬼は長い首を振りながら練り歩き、家ごとに首を突っ込んでは悪魔払いするようですが、スタジアムの牛鬼はスタンドに首を突っ込んでいました。

愛媛FC応援のための出し物ですので、(勝利を願う)悪魔払いはホームのゴール裏とバックスタンドの一部だけで終わりました(単に時間がなかっただけ?)。

しかし、こういう郷土色豊かなゆる~い出し物は嫌いではありません。


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試合は2-2の引き分け。中原のミドルシュートが決まったときは「勝った」と思ったのですが。。。


例によって翌日に観光のために日程を確保しました。

まず松山からJRで卯之町というところに向かいました。ここには江戸時代からの街並みが残っています。


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卯之町の街並み。


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この街並みを抜けると、四国八十八カ所の札所への道標が。
片道2キロ弱でしょうか?(もう少し近かったか? ただ、けっこうな上り下りのある道でした)。何人かのお遍路さんとすれ違い、「こんにちは」と挨拶をしながら進みます。



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明石寺(めいせきじ)。


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卯之町に戻ってきました。写真は造り酒屋。店内の見学をさせてくれます。


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造り酒屋の店内の帳場の上には明り取りがあって、日が差し込んでいます。電気のない時代に作られたものということです。しかし、そのうちそれとなく、酒のセールスが始まりました(汗)。この先も歩くし、そもそもアルコールは弱いし。。。

お礼を言って店を出ました。


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町外れにある、宇和米博物館(この日は休館)。木造の旧宇和町小学校校舎を移築したもので、その名の通り米・農耕に関する資料を展示しているようですが、ここの109mの長い廊下を使った雑巾がけレース(Z-1グランプリ)が数多くの人が参加する名物イベントとなっているらしいです。

卯之町からは内子へ向かうつもりでしたが、列車までまだだいぶ時間があります。駅前にバス停があったので、時刻表を見てみると、大洲を通って松山方面へ向かうバスがあったので、それに乗って大洲まで行くことに(列車の車窓に綺麗なお城が見えたので、それを見るため)。


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大洲の街並み(もっと有名な街並みがあるようですが、何も調べて行かなかったので見落としました)。


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これも大洲。


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大洲城。天守閣は2000年代に入って再建されたものですが、近世初期に建設された天守閣をかなり忠実に再現した木造の建物。(時間がないので遠くから眺めるだけ)


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伊予大洲駅のホームから。


最後は、明治から大正にかけて蝋の製造で栄えた内子へ。

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下芳我家住宅(蕎麦屋をやってます)で遅い昼食。


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内子の街並み。


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内子の街並み。


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上芳我家住宅。


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内子座。


以上で、愛媛遠征・観光終了。



自分にとって「ウン」のよかった2016年シーズンでした

2016年11月22日

今年の1月だったか2月だったか。
ある日曜日、外出して帰宅する直前、カラスの糞がガッツリ頭を直撃。

帰宅直前だったので、速攻でシャワーを浴びられたし、洗濯もできたのは不幸中の幸いだった。そう自分に言い聞かせ、さらに、「これは何か良いことがある予兆では」とポジティブに考えてみました。

しかし、よいことはなかなか起こりませんでした。

そうこうするうちにコンサが首位を快走。

そうかこれがよいことか、と思うことに。

が、このことを口に出すと良い結果が得られないのではと思い、心の中にしまっておくことに(まったくアホですが、これ以外にもいろいろとゲン担ぎとかをやった結果、行動が窮屈-笑)

そして何とか良いこと=コンサのJ1昇格が実現しました。

くだらない話ですが、自己の記録として書き留めておくことにしましました。


ところで、最終節は、何としても勝ちたいチームと絶対負けられないチームの戦いらしい試合になりました。

立ち上がりから金沢(何としても勝ちたいチーム)は積極的でしたし、コンサ(絶対負けられないチーム)の選手の動きはどこかぎこちなくチームの重心は完全に後ろに。

そんな前半を終え、後半もその傾向は続き、他会場の動向をうけて、金沢は引き分けたいチーム変わり、コンサはあいかわらず絶対負けられない=引き分けOKということで、まず金沢が、ついでコンサがディフェンスラインでのパス回し。

条件がそろわなければめったに見られない、とてもレアな場面を見られて、ある意味幸運と感じながら、試合終了のホイッスルを聞きました。

カラスの糞を浴びるところから始まり、数多くの勝利、いくつものしびれる勝利(フクアリの内村の得点後はしばらく足の震えが止まりませんでした)を目の前で目撃、レアな場面の目撃、そしてJ2優勝・J1昇格決定の目撃と、自分にとっては「うんのついた」2016年シーズンでした。


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19:40

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歩くJ2観戦旅(熊本)

2016年11月01日

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上の写真は5月中旬に熊本に行った際に撮ったものです。
屋根瓦が落ちたりして、ブルーシートでしのいでいる家が多いことがわかります。

今回の熊本行きの飛行機からもブルーシートの状況を見ましたが、少し減少したかな、という印象。

試合の方については特にコメントはありません。

個人的には、ゴール裏で大旗をふり、大声をはりあげ、飛び跳ねならば応援していたころに知り合い、最近ご無沙汰していた人たちにお会いできたのが、スタジアムにいた時間における唯一の収穫だったか?

ハーフタイムに被災地の自治体の人たちが、旗など(のぼりもあったか?)場内を一周したのですが、その行列が最後で、「益城町」の文字を見たためか札幌サポの拍手が大きくなりました。

テレビの震災報道では「益城町」の映像・レポートが圧倒的に多く(それと熊本城)、地元の人たち以外の震災に対する印象は、熊本市や益城町とかがひどいことになっているという感じだと思います(断層の上に立っていた古めの家はあちこちでけっこうひどいことになっているようです)。なので、サポのこうした反応もうなずけるものですが、こうした状況を見るにつけ思うのは、マスコミの特にテレビ報道の国民に与える影響の大きさです。熊本の震災被害については象徴的な場所として熊本城や益城町に集中するのは仕方がない面もあるかと思いますが、昨今の報道の偏りは本当にこれでよいのか?という感じです(例えば東京の豊洲市場の問題の詳細って全国の人が知っておくべきこと? もっと他に伝えることがあるのでは?)。

翌日、飛行場で見た熊本のニュースではコンサとの試合のことがとりあげられ、地元の有名人(知識人?)と思われる人がコメントしていました。なんだかんだいって試合結果は悔しいものだったので、ちゃんと見ませんでしたが(器小さいです)、県民に勇気を与える結果とか何とかそんなことを話していたような。。。今回の試合結果が熊本の人たちに力を与え、最終的にはコンサは昇格・J2優勝して、という最高のシナリオになればと思います。


ところで、例によって試合の翌日に歩きました。今年は日曜・月曜という遠征が可能で、あまり観光客が多くない月曜日に観光できるのが好都合ですが、今回行った先は、日曜でも混雑はしていないのではという場所で、熊本市の中心部からバスで1時間以上行ったところにある美里町。

ここには江戸時代後期~末に建造された石橋が沢山残っているのです。昨夏の熊本遠征で通潤橋という石橋を見たのですが、その続編の旅です。


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霊台橋。国の重要文化財です。1846年から47年にかけて建造されたもので、江戸時代の石造単一アーチ橋としては日本一の大きさを誇るとか。橋そのものは地震にも耐えたようです。脇の方で工事をしていましたが。橋のすぐ横に国道は通っており、この橋と並行して現代の橋がかかっています。

さて、ここから歩きです。熊本方面に向かいながら、この辺に点在するいくつかの石橋を見る予定です。


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50分以上歩いて着いた大窪橋。1849年に建造された橋ですが、美里町のホームページによると震災の被害にあい、修復されたようです。やはりここにも並行して現代の橋がかかっています。写真に写っている木は桜の木で春は美しそうです。


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大窪橋から15分くらい歩いたところのバス停を見ると、もうすぐバスが来るようだったのちょっとだけバスを選択して(乗ってみると停留所2つ分だけだった)やってきた馬門橋(まかどばし)。写真は国道の橋から見たところ。


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下まで降りて行った見た馬門橋(1828年建造)。震災の影響で通行禁止になっていました。


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馬門橋から徒歩20分弱で二俣橋(1830年建造)に到着。ここは御覧の通り震災で崩れていました。

二俣橋を最後に石橋の見物は終了。熊本市内に出て熊本城へ。



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城内は入場禁止ですが、外側を一周でき、遠目に眺めることができました。近くにガイドつきの団体がいたので、そのガイドさんの話をちらちら聞いていたのですが、平成に復元・整備された石垣の被害がとくに大きかったらしいです。