プロフィール
札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2006年03月18日
さきほど山形から帰ってきました。
例によって応援に専念していたので、詳細をお伝えできないのがつらいところです。
ゲーム開始1時間くらい前。山形・愛媛とアウェイが続くので、さすがの札幌サポも集
まりが悪いと思っていましたが(色々な理由で山形よりも愛媛を優先させるサポが多い
みたいでした)、ゲーム開始直前にはもう少し入りました。さすがです。
ところで、スタンド前の雪に注目。この雪はアウェイ側しかありませんでした(ホーム
側はきれいに除雪されていました)。競技場全体から排雪するのはきつかったかな?
ともあれ、試合に支障のない状態になっており、見た感じ、ピッチ状態もまずまず
といったところでした。除雪の皆さんありがとうございます。お疲れさまでした。
あくまで印象ですが、ゲームは、去年のように山形に振り回されるという場面はあまりなく、その点でうちも成長しているのかな? という感じでした。ラストパス、フィニッシュが今後の課題というのが、試合をご覧になった皆さんに共通する印象でしょうか?
試合後の選手たちです。OSCのメンバーに撮ってもらいました。顔がはっきりわからな
いので肖像権の問題はOK? ホーム側では山形がサポのブーイングを浴びていたよう
です。
さて、今日はそんなに厳しい寒さではなかったのですが、暖かくはなかったので、サルトして温まりました。ふだん走っているせいか、サルトしてもダメージはそれほど多くはないのですが、やはりランニングとは使う筋肉が違うので若干の筋肉痛みがでます。そこで実験。運動直後にアミノ酸を摂取すると壊れた筋肉の細胞をすばやく修復するので、筋肉の痛み、疲れが緩和されるらしいので(7~8キロのジョギングでは筋肉痛が出ない体になってます)、ふだんジョギングの後に飲むアミノバイタルの顆粒を多めに飲んでみました。明日の朝が楽しみです。うまくいけば、次の愛媛戦も全開でいけるのですが。。。
2006年03月16日
今回のインド入国ポイントはムンバイ。以前はボンベイと呼ばれていましたが、近年、イギリス植民地統治時代の地名を昔からの現地語の地名に戻す動きがあり、ボンベイもムンバイに変更されました。しかし、現地人の多くは「ボンベイ」の地名に愛着をもっているようです。
チャトラバティ・シヴァージー・ターミナス。ムンバイの中心的駅のひとつ。ターミナス
とは終着駅の意。英国統治時代からの建物で世界遺産に指定されています。音をお
伝えできないのが残念ですが、クラクションの音であふれています。かの国ではどう
やらクラクションを鳴らすことが運転上の基本(?)らしいです。運転の荒っぽさも、
ものすごく、僕の知っている国でインドほど命知らずのドライバーが多い国を知り
ません。見通しの悪いカーブで追い越しをかけるって信じられます?
左はインド門(英国のジョージ5世夫妻の来印を記念して1911年の建立されたもの)。
こ前はすぐ海で、ここから世界遺産に指定されている石窟寺院のあるエレファンタ
島への船が運航されているのですが、この日はあいにく月曜日で石窟寺院は休館。
開幕の鳥栖戦を優先させたため、どうしても月曜日にムンバイ滞在という日程に
なってしまいました。いずれまた行きなさいという旅の神の思し召しでしょうか?
写真の右の建物は有名なタージ・マハル・ホテル。19世紀末にインドの大富豪、ジ
ャムシェドジー・ターターがヨーロッパ人専用のホテルで入館を断られたことをき
っかけに作ったというホテル(1903年完成)。一泊3万はくだらない超高級ホテルで
す。
2006年03月14日
昨夕、暑い暑い南インドから帰ってきました。
で、今日は朝から仕事。とは言っても、自分の仕事の形態は少し変わっていて、常に職場に出かけるというわけではなく、今日やらなければならなかったのは原稿仕事なので、家にいたんですが。我ながらかなり頑張ったので、土曜日には山形に出かける時間的余裕ができそうです。
ところで、インドでも最近ネットの普及が著しいようで、大きな都市のネットカフェには日本語の使えるPCがあったりして、ホーム開幕戦はしっかりチェックしていました。まあ、何というか、去年からなんですが、自分がネットでチェックする試合の勝率がかなり低いので、かなりドキドキしながらOSCの仲間が集まるサイトにアクセスしたところ、あの結果。旅先で敗戦を知るというのは、なかなかつらいものです。
さて、インドですが。詳細はいずれ気が向いたらということで、例によって写真でお茶を濁したいと思います(笑)
ケララ州というところにあるコーチン(昔からスパイスの貿易で有名なところ)のチャイニ
ーズ・フィッシング・ネットに沈む夕日。網を海に沈めて、それを引き上げて魚をとる施
設なのですが、なぜ、インドでチャイニーズなのか、と思いますよね。しかし、行って
おきながら知らないので(笑-ほとんど下調べせずに旅に出ることが多いので)、今度
調べてみたいと思います。
これはコーチン近くにあるバック・ウォーターと呼ばれる水郷地帯。椰子の木に囲まれた
運河を手漕ぎの船でゆっくり進んでいきました。もちろん船の漕ぎ手(ガイド兼任)がいる
のですが、櫂が余っているのを見つけた僕は、いてもたってもいられなくなり途中から
一緒に漕ぎました。エンジン付きの船も当然あるのですが、ケチって手漕ぎの船に乗っ
たことが結果として思わぬ経験となり、よかったです。
2006年03月04日
何とか勝ったという感じでしょうか?
明日、早朝、家を出て、インドへ向かうので、すぐ寝ようと思いますので、あれやこれやとは書けませんので、あしからず。
試合前、選手がスタジアム入りする際、多数のサポがお出迎え
しました。サッポロコールでお出迎え、さらに「俺たちの街の誇り♪♪」
と歌ってスタジアムへ送り込みました。
お出迎えのサポたち。僕もいったん下に降りましたが、「そうだ写真」と思い、スタジ
アムへもどりました。
かなり入りました。
サッポロサポ。試合開始直前にはもう少し赤黒くなりました。
試合開始後は応援に専念していましたので、写真はありません。あしからず。われながら、味も素っ気もないエントリーになってきました(笑)
勝利の挨拶に来た選手たちの顔もお見せしたいのですが、旗を振りながらのお出迎えでしたので、それもありません(笑)
サルトしすぎて疲れました。早く風呂入って寝て、明日の出発に備えます。
2006年03月01日
今日突然、「コンサドーレ札幌の○×ですが、、、」という電話が来ました。いったい何かと思って話を聞くと、「昨年はシーズンチケットを購入していただきましたが、今年はいかがでしょうか?」ということでした。
昨年はSA席のドームシーズンチケットを購入しました。東京に住んでいるのでかなり無駄になるのではと思われるかもしれませんが、実はシーズン中の大半は仕事の関係で木・金と札幌に行くことが多く、その流れで土曜のゲームを見られたので、そんなに無駄にはならなかったんです。(なんでそんなに都合よく札幌に行けるのか?と思われるかもしれないですね)
では、なぜドームのSA席のシーズンチケットだったのかといいますと、厚別の時はSS席を奮発して、HFCの入場料増収に少しでも貢献しようと考えたからなのです。
それで、今年なのですが、去年同様、週の後ろに札幌へ行くということが多くなるのですが、水曜開催が多くなってシーズンチケットは無駄になることが多そうということで、購入を見送りました。その分、行けるときはSS席とかS席のチケットを購入してHFCの入場料増収に貢献しようと思ってます。
というようなことをHFCの職員の方にお話しました。納得していただけたらうれしいのですが。
こうして昨年のシーチケ購入者で、今年はまだの人に電話をかけているのですね。最初、頑張っているなあと思いました。
しかし、次にもしかして資金がショート気味なのかと若干心配になってしまいました。何せ現在の経営状態では金融機関からの融資は受けられず(サポーターズ集会でそのような話を聞いたような。。。)、当面の運転資金を得るため、シーチケの販売はとっても重要らしいですから。
ああいう風に熱心に営業をかけられると弱いんです、自分。けっこうぐらつきました。しかし、すでにパーソナルスポンサーになっているし、弟にサポートシップスポンサーになってもらうため、半分負担しているし、やはり、難しいかな。。。
2006年02月28日
前々回のエントリーで「王家の谷」への道しるべの写真をアップしましたので、とりあえず王家の谷まで行かなくては、一連のエントリーを終われませんね。

王家の谷です。エジプトの新王国時代の王たちは、それまでのピラミッド形式の墓の
造営をやめ、谷あいの岩壁に穴を掘って、そこを墓所としました。それら王たちの墓
が営まれたのが、この王家の谷です。各墳墓とも内部の壁画やヒエログリフ(象形文
字)がなかなか美しいのですが、残念ながら写真撮影は禁止でした。壁画やヒエログ
リフの何か不思議な雰囲気をお伝えできないのが残念です。

これは有名なツタンカーメンの墓の入り口。この墓は珍しく盗掘にあっておらず、そ
の豪華な副葬品はあまりにも有名です。
カイロ考古学博物館が所蔵しているツタンカーメンの黄金の
マスク。
カイロ考古学博物館。ご覧の通り、きわめて貴重な古代エジ
プトの遺物が無造作に並べられています。どうやら現在、博
物館内は写真撮影禁止になってしまったようです。
2006年02月23日
先日ちょっとだけ書いたアウェイ班の旗の一部分です。この旗のデビューまで1週
間ちょっととなりましたが、そろそろ天気も気になりだしました。
ついでに、エジプトはルクソールの写真を少し。

カルナック神殿。

ルクソール神殿。
2006年02月21日
テンプレートを変えましたが、エントリーの内容とあいまってますますコンサ色が薄れてしまいました(笑)。
が、一応続きものを意図して画像のスキャンをしてあるので、エジプトはルクソールの画像をアップすることにします。
ルクソールはかつてテーベといい、紀元前16世紀から紀元前11世紀くらいまで続いた新王国の首都として栄えた所です。

カルナック神殿:国家の最高神であるアモン・ラーに捧げるためのアモン神殿を中心と
する神殿。

134本もの柱が16列に並ぶカルナック神殿の大列柱室。

ルクソール神殿:これも巨大です。しかし、これでもカルナック神殿に付属する神殿で
にすぎません。写真の中央左に石の塔のようなもの=オベリスク(アモン・ラー信仰の
シンボル)が見えます。もともと二本あったのですが、右側の一本が1836年、フランス
に寄贈され、現在はパリのコンコルド広場に立っています。

こちらはルクソールのナイル西岸。道しるべに注目。左に行くと有名な王家の谷です。
今日はここまでということにしておきますが、ルクソールの写真はもう少しストックがあるので、またアップする予定です。
コンサネタが追記というのも何ですが、我々ロイテミーニ12ではアウェイ班(というのがあるのです)専用のフラッグを作りました。旗に「アウェイ班」と明記されています(笑)
2006年02月13日
昨日サポーターズ集会の様子を書きましたが、メモが自分でも読めないほどの汚さで(苦笑)、解読してまとめるのに時間が随分かかりました。
実はホームページももっており(コンサとはまったく関係ないページです。このブログもコンサ色は極めて薄いんですが-笑)、サポーターズ集会の詳細をまとめている時間をそちらの更新に使いたいので、要点のようなものを、我々のOSCがよりどころとしているホームページ(コンサドーレ・ワンツー・コム)の掲示板に書き込んでいくことにしました(既に書き込んでいます)。
さて、今日はエジプトの写真の続きです。

ツタンカーメン墓などのある王家の谷、カルナック神殿、ルクソール神殿などで有名
なルクソールの街です。

カメラを持って街中を歩いていると、「撮ってくれ」と言われて撮ったものです。

こちらも「撮ってくれ」と頼まれて撮ったものですが、このあと表題のバクシーシを要
求されることに。
バクシーシはチップと考えてもいいですが、いわゆるチップとは少し違います。もともとはイスラムの教えにある「喜捨」からきているもので、これは金持ちが貧しい人へお金や物を与えるべきであるという考えからきています。しかし、この考え方がちょっと形を変えて、持たぬ者が富める者に積極的に要求するようになったものが、エジプトを旅している旅行者が面食らうバクシーシです。
写真の彼らにしたら、写真のモデルになったわけですから、バクシーシを要求するのは当然の権利と考えているのでしょう。
このバクシーシ的ものを別の思わぬところでも体験しました。それはエジプト航空のオフィスでのことです。向こうが間違った料金でチケットを発券したことがわかったので、返金を要求したのですが、クレジットカードで買ったため手続きが面倒なせいもあったのか、窓口氏が突然、「お前はこの○×ポンドをエジプト航空にくれる気はないか?」と言い出したのです。「日本人はお金があるから貧しいエジプトにそれくらいのお金をくれてもいいではないか」というのです。まさしくイスラムのバクシーシの論理です。それで、僕はどうしたのかといいますと、しっかり返金の手続きをしてもらいました(笑)。ただし、1日では済まずに、足掛け2日かかりました。15年前のことです。今はどんな感じになっているのか、ちょっと気になるところです。
2006年02月13日
仕事が暇な季節なので、この時期は毎年帰省しており、3年前からサポーターズ集会に出るようになりました。
あちこちのブログ等ですでに、サポ集の情報は載せられていますが、参加したものとして一応、ちょっとは書いておこうかと思います。
以下、当方の聞き違い、メモの取り違い等々があるかと思います。したがって以下の記事に責任はもてません。それをご理解の上お読みください。
<社長の挨拶>
・日本代表の米国戦の放送があるにもかかわらず、好天・雪祭りにもかかわら
ずお集まりいただきありがとうございます。
・Jリーグコミッショナーの採点でコンササポが一番の評価(ここのところの
メモがかなり曖昧です。いずれ社長御自身がブログに書かれるそうですか
ら期待して待ちたいと思います)
・2005年は5段階計画の2段階をほぼクリア。06年は第3段階に入り、やや
スピードアップして、第4段階に少し手をかけていきたい。監督は3位以上
J1昇格を明言しており、フロントも全面的にバックアップしたい。
・キャンプのついて若干の報告。
・昨年は観客動員目標(25万人)を若干下回った(249000人)。
・05年後半には、将来のサポとなるであろうサッカー少年団の子供たちを3000
人規模で招待した。
・05年の興行収入は4億、06年は4億9000万(30万人動員)をクリアしたい。
・スポンサーについて。札幌セミナーからハウスメイトへ、アディダスからカ
ッパへとスムーズに引き継ぐことができた。また、全体的にスポンサー料は
今年は1~2割くらいアップしていただいている。広告収入も増える目途が
ついている。
・債務超過額は、確定ではないが、9700万から6000万ほど減らし、残り3700万
ほどとなり、これを今年は解消までもっていきたい。
・ユースは好成績を収めているが、今年も充実をめざす。
・北海道・札幌市の補助金がなくなる2008年問題。→これに備えて、後援会
の建て直しを模索している(2001年には8000万の寄付があったが、2005年
には600万まで減少)。2006年には堀前知事を会長に迎え、道内大手企業か
らの支援を得る第一歩を築けるかと思う。
・ファンクラブ、後援会、パーソナルスポンサーの関係の再構築も考えつつ
応援しやすい環境をつくっていきたい。
・10周年にあたり、道民から受けてきた支援に対し、コンサというブランド
力を使って北海道のために何かやりたい。具体的には、青少年育成、サッ
カースクール。その中で食育・ドーピング問題などにもとりくんでいきた
い(子供たちの食の問題に取り組みたいという文脈だったと思います)。
5月には函館でサッカースクールをたちあげ、総合スポーツクラブのだ一歩
としたい(このあたりメモ極めて不正確につきかなり不確かかもしれませ
ん)
・環境問題についても引き続き発信していきたい。ドームでもレジ袋廃止。
ごみの分別回収。
・様々な社会貢献をしたい。昨年の色々な募金などのように。
・コンサの森計画
・北海道を元気づける事業をどんどんやっていきたいということで、社長の
話は締めくくられました。
次に、事前に募った質問への回答にうつって行きましたが、その前の
会場にいらしていたKappaの高瀬さまの紹介がありました。
う~む、ちょっとどころか長くなってしまいました。
明日以降、時間があったら続きを書きたいと思います。
もしくは、いずれ僕らのOSCの拠点になっているホームページに詳細を
掲載してもらうかもしれません(未定です)
プロフィール
札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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