プロフィール
札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2006年06月11日
昨日は久々の勝利でしたが、久々の更新はコンサネタではなく旅ネタです。 ちなみに今回取り上げるマラケシュは今月のJALグループの機内誌でも取り上げられています。ジャマ・エル・フナ(フナ広場)。毎日がお祭りと言われるような賑わいをみせるところ です。が、写真を撮るのは要注意。写真を撮られると金を出せという人たちが沢山いま す(それを商売としている人も多い)。差しさわりのないところから撮ったのであまり面 白みのない写真です。
これはフナ広場で行われていたボクシング(これは見世物で、 右の男が周りの客の希望者を相手にパンチを打たせていま す。その男は、僕が写真を撮った瞬間にファイトを中断し て、僕のほうに歩みよりチップを要求しました。(この写真 は1枚目よりも随分前に訪問したときに撮影したものです。)
夕暮れ時のフナ広場です。
夕方から、こうして沢山の屋台が出ます。
2006年05月31日
フェズの続きです。高いところから見た迷路の切れ目。
革の染色場。写真は土産物屋の屋上からのもの。店の人間は「ノーマネー (お金は要らないよ)」と言って登ることを勧めるが、店の品物を買わない とチップを要求されます。最初から屋上の入場料を決めて客を呼び込めば いいものをと思うのですが、彼らにその発想はないようです。店の売り場 から染色場が眺められるところもあり、そこは入場料を別にとるのは難し そうですが。
染色職人たちは染料にどっぷりつかりながら作業しています。
迷路のなかにあるモスク(カラウィン・モスク)。モロッコでは異教徒のモス ク入場は禁じられているので、外から撮影。
迷路の中にある神学校(現役の学校ではなかったと思います)。
2006年05月30日
フェズは809年にイドリース朝の首都として建設された街で、その後、スペインのアンダルシア地方のゴルドバから亡命してきたイスラム教徒や、聖都カイロアン(チュニジア)からの移住者がそれぞれ居住区を形成し、それぞれが860年ころ、アンダルス・モスク(アンダルシア=アンダルス)とカラウィーン・モスク(カイロアン=カラウィーン)を建設し、さらに神学校も建設され、宗教・文化の中心として繁栄しました。さあ、迷宮に入っていきます。
こういう細い道が続きます。
荷物の運搬手段は馬かロバ。
ちょっとした広場もありますが、本当に狭いものです。
迷路は続くよ、どこまでも♪♪ ここでの最大の楽しみは迷いながら歩くことです。
2006年05月27日
柏から帰ってきました。 週の半ばから風邪で喉がかなり痛い状態が続いており、十分回復させることができず、今日の一戦を迎えてしまいました。コンディショニングの失敗です(反省)。ということで、まともに応援についていけたのは後半開始くらいまで、あとは駄目駄目でした。 でも選手は結構戦えていたと思いますよ。特に前半は。 たらればは言っても仕方がないですが、うちの選手のアクシデンタルなハンドをとるならば、柏のも取って欲しかった。![]()
サポで埋め尽くされたアウェイ・ゴール裏。今日の入場者8594人。メイン・バック両スタンドのアウェイ側にもけっこうな数のコンササポがいたと思われるので、柏の観客動員に相当協力したようです。
2006年05月23日
応援について考えたことの続きです。 今回もまず、今年のサポーターズ集会での平川さんのお話を紹介させていただきます。 「よいプレーに対しては拍手・声援などを送ってくれると選手も乗っていきます。なので、サポーターの皆さんにはサッカーを知ってもらいたいです」というようなことを話していました(正確ではないかもしれません)。 大勢の人の前で話をしたり、パフォーマンスをしたことのある方ならばおわかりになるかもしれませんが、話し手・演じ手てのパフォーマンスは聴衆・観客の反応によってさらに向上することが多いと思います。これはたぶんサッカー選手にもあてはまり、自分たちのよいプレーで観客が盛り上がれば、さらにノリノリになって、より一層よいプレーをできる可能性が広がるのではないでしょうか。むろん観客の反応も応援同様、雰囲気が伝わっているだけなのだと思いますが。 ドームや厚別でコンサの選手がよいプレーをして盛り上がるのは、当然のことながら、コンササポです。相手選手がよいプレーをしても盛り上がりません。自分たちがよいプレーのときにワーッと盛り上がり、それに背中を押されて選手はさらに頑張る。そういう流れを作ることができれば、ゴール裏とは別の席の人たちもチームの勝利に貢献できるのではないでしょうか? そして意外と大きなホームアドバンテージとなるのではないでしょうか? チャンスの時に盛り上がるのは当たり前です。ちょっとしたよいプレーでも盛り上がる。そこがポイントのような気がします。 一方、コンサの選手にマイナスに作用する観客の反応もあると思われます。ため息、野次などがそうでしょうか。たとえば、あるアーティストがコンサートを行ったとしましょう。当然、そこに集まる聴衆の多くはそのアーティストが好きな人たちです。しかし、その聴衆がまったくの無反応だったら(サッカーとは違いため息、野次はありえないでしょう)、そのアーティストのパフォーマンスは最低のものになるでしょう。「プロなんだから観客にいいものを見せろよ」という人もいると思います。確かに一理ありますが、演じる側も人間ですから、そうもいきません。 コンサの勝利を願うサポならば、選手のパフォーマンスにマイナスに作用する行動はつつしみ、プラスに作用するような行動に努めるべきではないでしょうか。 よく阪神タイガースの応援は、相手チームに「勝っていても負けているような感じにさせる」と言わせます。しかし、サッカーは野球のように攻守がはっきりと分かれていませんから、常に両チームの応援が入り乱れており、選手に応援がよく聞こえていないとすると、応援にも工夫が必要な気がします。では、どういう工夫が考えられるか。それは、ずばり、ワンパターンの応援です。 実は、アウェイの応援はかなりワンパターンで、たとえば、耐えなければならない状況では、歌を歌っているとき以外は、ほとんど「サッポーロ、ドンドンドン」なのですが、これが意外と効いているような印象です。歌ではないので声量もかなり出ます。 ワンパターンのため、「サッポーロ、ドンドンドン」=「ここはは耐えるところ」という感じで、選手の意識の深いところと結びついているのでは、と思ったりしてます。科学的根拠はまったくないのですが。 ですから、今年から攻勢のときにやるようになった、速いリズムの太鼓も、ずっと繰り返しているうちに効果的なものになっていくのではと思ったりしています。もちろん科学的根拠はまったくないんですが。
2006年05月21日
今年のサポ集会で講演を行った平川さんの話です。「試合中、選手には、少なくても僕には応援は聞こえなかった」というようなことをおっしゃっていました。まあ、まったく聞こえないというのではなく、意識には届いていないということなのでしょうが。 では、選手の意識に少しでも影響を与える応援とはどんな応援なのでしょうか? 第一は音量でしょうねえ。 以下、ホームでメインスタンドなどから聞いている応援の印象です。 1 歌になるとかなり声量がおちる。それは特定に歌において特に顕著である。 2 歌が長くなると声量の低下が著しい。 3 やはりコンサドーレ・コール、サッポロ・コールなどの声量がいちばん大きい。 まず、1ですが、コンサの応援歌のキーと皆さんの通っていた(通っている)高校などの校歌と最高音を比べていただきたい(とはいってもリーダーの第一声で応援歌のキーは変わるので厳密な比較は難しいですが)。おそらくコンサの応援歌は(コンサに限らずJ全体にいえることなのですが)、かなり高音だと思います。校歌は全校生徒が声を出せる音域でなければ校歌としての意味がありませんから、必然的に最大公約数の音域で作曲されていると思われます。最大公約数の音域が理想であることは応援歌についても同じです。 また、特定の歌について声量が落ちるという件ですが、「バモ札幌」がその第一でしょうか? 歌い出しから後半にいくにつれて段々音が高くなっていきますから、高い音で入りすぎると必然的に後半は声が出なくなります。また、イ段やウ段や「ん」は高音が伸びにくく、「みずからのちからしんじ」のもっとも高いところ「しんじ」で極端にパワーが落ちます。 同じく後半にドンドン音が高くなっていく歌に「赤黒の勇者」があります。しかし、幸いにして、最後の方が「さあいこおぜ」と歌いにくい音は「い」の一つしかなく、この部分は音程が下がります。たぶん、それが声量の低下が「バモ札幌」ほどではない理由でしょう。 これに対して「バビロンの河」は割と声の出ている歌なのですが、高いところが「おそれず」「お~さっぽろ」とウ段は「ず」一つのみです。この「ず」にしても一瞬発声されればよい音なので、声量にはあまり影響を与えません。しかし、かといって「バビロンの河」の多様を推奨しているわけではありません。勝っているとき、押しているときに歌う歌詞ではありませんね。自分も勝っているときにあの歌になると一気に気持ちがしぼみます。 次に2ですが、歌が長くなるととても声量がおちます。自分もアウェイではゴール裏で声を出すのが基本ですから、「ああきつそうだな」と思わず同情してしまいます。普通のコールと違って、当たり前のことながら一音一音音の高さを調節しなければなりませんから、声帯の疲労は相当なはずです。「選手に俺らの気持ちを見せてやろうぜ」という気概はかいます。しかし、パワーの衰えは目を覆うばかりで、選手をピリッとさせる力はもやはないと思われます。アウェイはその辺がけっこう上手で、パワーの衰えを敏感に察知して、普通のコールに切り替えてくれることが多いようです。(アウェイもホームのようになったら私の喉の力ではとてももちませんからゴール裏引退ですが、幸い今のところ引退はけっこう先のことになりそうです) 最後に3ですが、ホームでは札幌コールやコンサドーレコールが少ないですね。一番声が出るのに、もったいないです。 長くなりました。 もう一つ、選手の深層心理に働きかけ、選手の動きに影響を与えられる応援があるのではないか、と考えているのですが(なんの科学的根拠もありませんが)、それはいずれまた、ということにします。
2006年05月07日
さてさて、昨日は笠松競技場へ行っておりました。東京から行くとそれほどの距離は感じないのですが、さすがに札幌から行くと遠いですね。5日は札幌で夜まで仕事だったので当日の移動となったのですが、飛行機を降りて、上野へ移動、常磐線特急に乗って、水戸から競技場までのシャトルバスに乗って、結局、千歳空港を出発してから5時間を要しました。 そうまでして行ったのにも関わらず、あの結果です。疲れました。締め切り間近の仕事があったので、帰宅してから机に向かい、さらに疲れが増幅。行かなきゃ良かったと一瞬思いましたが、ほんの一瞬だけでした(笑 もう、ついていくしかないのですから、あのチームに。仕方がないです。もともと阪神ファンですから、チームに裏切られることにも慣れっこですしね。 ということで、今日はすっかり気持ちも切り替わっております。切り替わりついでに、予告しておりましたモロッコ旅行の写真のアップを開始することにしました。とっても不思議な面白い国です。機会があったら是非、という国です。僕は物好きにも3度も訪問しています。 第1弾は世界遺産にも登録されているアイト・ベン・ハッドゥという村。オート・アトラス山脈を越えて内陸に入っていったところにあるワルザザートという街から30キロ余りのところにあります。川のほとりにある丘の斜面を利用して作られたアイト・ベン・ハッドゥ村。クサルと呼ば れる要塞化された村です。
村の中の一般公開されている家からの眺め。家々は日干しレンガで作られています。
たぶんアーモンドの花です。
2006年04月29日
昨日は夜まで札幌で仕事。そして朝一番の飛行機で東京に戻ってきました。それでちょっと時間があったので、巣鴨のとげ抜き地蔵に行ってきました。おばあちゃんの原宿といわれる「巣鴨地蔵通り商店街」の入り口。
「とげぬき地蔵尊」の名で親しまれる曹洞宗萬頂山高岩寺。連 休の初日ではあったものの、あいにくの天気でそれほどの人出 ではありませんでした。 それはそうと、今日は巣鴨から地下鉄で少しのところにある、小さいサッカー場で、赤黒いチームの試合があるというので、そちらへも行ってきました。
赤黒い人たちがたくさん集まりました。
入りきれなかった人たちはメインスタンドのアウェイ側に陣取りました(バックスタンド にも)
そういえば今日は「緑の日」ということで、向かい側に陣取った人たちは緑色の服をきて 緑色の布を沢山用意していました。 さて、向こうはかなりモチベーションが高かかったようです。サポも選手も。札幌の大応援団が向こう側のモチベーションの向上に一役かってしまったかもしれません。それを打ち破るような頑張りが我々に(選手にもサポにも)必要だったのかもしれません。 「たられば」は語りだしたらきりがありませんが、後半のうちの時間帯にFWがきっちり決めていたら、結果が逆になっていたかもしれません。ただ、最近の試合とは違い、札幌の時間帯はかなり少なかったですが。 印象的だったこと。 試合後、応援中心部の前での挨拶を終えた後、池内(だったと思う)が、引き返そうとした選手たちに向かって(スタッフに対してもか?)、広~く左右に広がったゴール裏のメインスタンド側にも挨拶しようと促して、選手たちがきてくれたこと。 挨拶後(だったか?)、西谷が相川に向かって、実際に体を動かして(かなり大きな動き)「こうではなくで、こう動くんだ」みたいに話していたこと。次節に活かされることを期待したいです。 ところで、とげ抜き地蔵に行ったのは、午後4時すぎです。
2006年04月23日
この春の旅行の最終滞在地はチェンナイ(マドラス)。南インドの経済の中心であり、イスラムの影響を受けていないドラヴィダ文化の中心地タミルナードゥ州の州都です。チェンナイ中央駅。 チェンナイから日帰りでマハーバリプラムというところへ行きました。ここは7世紀後半に作られた通称海岸寺院という石造りの寺院があり、世界遺産に指定されています。その名の通り海岸にありますが、今は波や風による浸食を防ぐため海岸に防風林が施されています。
小さな遺跡です。遺跡の背後には海が広がっています。
海岸寺院から海とは逆の方向へ行くと、有名なクリシュナのバターボールがあります。巨 大な丸い石が坂の途中で止まっているように見えるこの光景はテレビ・写真などでご覧に なったことのある方もいらっしゃると思います。
海岸寺院から少し離れたところににある、7世紀半ばに作られた石造りの寺院。ここに は5つの寺院があるのですが、現在南インドで見られる様々な寺院は、これら5つのタイ プの寺院のいずれかがもとになっているとのことです。
遺跡で出会った少年たち。
2006年04月20日
今、仕事で札幌に来ています。 今週から7月中旬までと9月から12月初めは、基本的に木・金 と札幌で仕事です。毎週・毎週の移動はけっこう疲れますが、 仕事が終わったあと、コンサの試合が待っています。恵まれ ています。以前持っいた仕事への不満も今はなくなりました。 まったく現金なものです(笑)。 ところで、旅行の画像のファイルを持ってきていないので、 春のインド旅行の報告の完結編のアップはもう少し先になり そうです。インドのあとは、モロッコ当たりで攻めてみたいと 思います。
プロフィール
札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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