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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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2007年12月17日
決勝戦の前にやっていた浦和vsエトワール・サヘル PKになった時、「きっと浦和が勝つな」と思った 浦和レッズ かつては「Jのお荷物」と言われていたチームだったのに 世界3位のチームになるなんて 本当にうらやましい!! Jの中で成功している唯一のチームと言ってもいいのでは? 私はコンサもそうなる可能性があると密かに思っている 今度こそ定着すれば、、、、、 そうならないと、私の鈴が奉納できないし いつの日か、コンサがこのクラブワールドカップに出る日を夢見て できれば早めにお願いします<m(__)m>
2007年12月16日
うむ。 「CNNコンサ隊」としては、 やはり、書いておかねば!www
カズさんが「三浦知良選手」と呼ばれるのに、 ヒデは「中田英寿さん」と呼ばれる。
カズさんはいまだ現役で、ヒデは引退したのだから、当たり前なのだけれど。
今更ながら、そんなことに、引退した事実を感じた。
髪の伸びたヒデは、現役時代の短く刈り上げていた頃に比べると、柔和な感じになって、 韮崎高校卒業頃の、プロ契約が決まってマスコミに取り上げらた当時のヒデを思い起こさせる。 若くというか、幼くなったような。
ヒデがサッカーをすることで背負っていたものを降ろしたことが、 この変化に繋がっているのだとしたら、 背負っていたものの大きさは、どれほどだったのだろうと、改めて思う。
「僕は完全なぷー太郎です」と笑いながら言っていたヒデだが、 とりあえず、心置きなく「身軽さ」を謳歌すれば良いと思う。
それにしても、 サッカーのチャリティー試合を北海道で開催するってのは、 本当なんだろうか?
柔和な顔でサッカーをするヒデが見たいか?と自問すると、
答は微妙なのだ。
2007年12月16日
実家の分の年賀状は、 結局、仕上がりませんでした(;'д`)
宛名印刷までたどり着いて、よし!と思ったのもつかの間、 プリンターが思うように動いてくれません。
あれやこれや、試してみるものの、 上手く行かず、 時間は過ぎていくし。
辛抱強くやっていたものの、信じられないエラーが出た時点で、本日の完成はスッパリ諦めて、
明日出直すことにしました。┐('〜`;)┌
我が家に戻ったら、 ダンナさんはTVに釘付け!
なに?なに?
(‾▽‾;)がーん。
浦和が試合をやっていました!
そ、そうか。 3位決定戦だから、夜じゃなかったんだ!?
でも、最後の15分とPK戦は見れたから、 ま、良いか…。
2007年12月16日
今日は、実家で、年賀状作りのサービスに勤しんでおります。
昨年まで使い慣れたPCが壊れ、新しいPCを使いこなさねばならないのですが。
なんだか微妙に違っていて、上手くいかないわけで。 住所録も、姪がバックアップに入れておいてくれたCDから、出てこないし。 (/_;)/~~
1から出直し。
それなりに、覚悟して来たけれど、 想像以上に時間がかかっております。
まだ、裏面印刷が終わりません。
あと、猶予は2時間。 宛名印刷まで終えることができるのでしょうか?(--;)
2007年12月16日
シーズンチケにつけている『願いの鈴』の話は以前に書きましたが。 いよいよ、大願が成就したので、 お礼の奉納に行かねば!と思っています。 で、その話をコンサ隊の「昇格・優勝祝賀会」のときにしたら、 「奉納」が必要なのは、 私No.1 代表:くーと、No.21わたちゃんだけだったのでしたwww No.7 このり事務局長は 「J1優勝」を、 No.8 ひろみさんは 「J1定着」を、 No.9 こあら支部長は 「J1優勝」を、 それぞれ願ったのだと・・・ あら?みんな望みは高かったのねぇ。。。(爆) しかも、No.21 わたちゃんも 「実は、J1昇格を願ったのじゃなくて、 J2優勝を願ったんで、 優勝してくれて良かったです。。。」 と言い出しまして・・ 非常に地道なお願いをしたのは、私だけだったんだ。。。www 奉納に行くことができれば、 また新しいお願いごとをして、新しい鈴をもらってくることにします。 また地道なお願いになりそうですが。。。 さて。 いつ行けるかな・・・ 来季の日程が発表になったら、考えなくちゃ。。。
2007年12月15日
ダンナさんに、「クリスマスプレゼントは何がほしいの?」と聞かれた。 (ダンナさんには、シャツ+セーターのセットをプレゼント済み)
うーん。 しばし考えて。
「コンサの新ユニ!」(爆) 「良いよ。じゃあ、それで。」
たしか、一昨年も同じ問答があったような。
去年は? そうか。 天皇杯遠征の資金援助をしてもらったんだ!
しかし、 この時期。
欲しいものが、 コレな私って、 どうなんだ?!(自爆)
2007年12月15日
今日も新聞ネタ。。。(^_^;) 別な話を書こうと思っていたのにな・・・(^_^;) 今朝の『スポニチ』道内版に レラカムイのヘッド:東野智弥氏のインタビュー記事が載っている。 チームは今季ワーストの5連敗中で、ヘッドの悩みは深いのだと、 それは、もちろん理解している。 が・・・ 「今年は日ハムがリーグ連覇、コンサがJ2優勝と、プロチームがいずれも栄冠を手にしたが?」 との質問に 「自分たちはJBL8チーム中唯一、体育館を持っていない、日によって練習場が変わる。 ロッカールームすらない。 ユニフォームの洗濯も選手がやっている。 ウチは厳しい環境でやっている。」 厳しい環境でのスタートなことは、最初からわかっていたはず。 コンサドーレだって、最初から、今のような立派な自前の練習場を持っていたわけではない。 栗山まで通って練習していた時期だって、札幌の中で練習場をあちこちに求めていた時期だってあるのだ。 自分たちだけが恵まれていない、厳しいというのは、 言い訳にしか聞こえない。 「道民から、レラカムイに対して、失望の声を聞かれるが」と続けられると(この聞き方もないと思うが) 「私は実費で喫茶店へ行き戦略を練っている。そんな監督がどこのチームにいますか? ニトリさんはコンサドーレに3億円も援助した。なぜ苦しんでいる私たちではないのか? ただ、環境は自分たちで変えるもの。そのためには、自らネクタイを締めて営業に出る覚悟だってある。」 上に同じ。 特に、ニトリさんがコンサドーレに云々に関しては、 これを内輪の愚痴話として言う分にはかまわないが、 こうして、インタビュー記事で話す内容としては、軽率すぎる。 東野ヘッドは、どれだけの期間、苦しんでいるのか? たかが、数ヶ月であろう。 コンサドーレが過ごして来た10年の月日をしっかり考えなさいと、言いたい。 自分で営業にでも行って、環境を変えたいと、 そういう前向きな発言をしているのに、 その前段の話が、前向き発言の印象を非常に薄くしてしまっている。 東野ヘッド、 新規参入のクラブで、1からチームを作るという覚悟の上に、 レラカムイにいらしたのでしょう? この程度の覚悟だったのか?と思われてしまうような発言は、 いかがと思いますよ。 第3のプロチーム、レラカムイが、 今の苦しい状況を乗り越えて、 大きく羽ばたいていくことを祈っています。。。
2007年12月14日
「ブエノスアイレスでは生まれた瞬間に親が赤ちゃんをサポータークラブに入れてしまう。 市民の大半は生まれたときから、ボカ・ジュニアーズかリバープレートのサポーターだ。 そして生涯ひいきのチームは変わらない」
今朝のスポニチのこのコラムを読んで、 わたぴん家のお嬢ちゃんのことを思いました。
ぴんちゃんのお腹の中にいるときから、 コンサ隊ナンバー22番を与えられ、 みんなから「にーにー」と呼ばれていたお嬢ちゃん。 ブエノスアイレスの赤ちゃんに負けないね!
生涯変わらず、コンササポでいてくれたら、 嬉しいなぁ。
。
2007年12月14日
こんにちは! 明日のCVS交流会を、とーーーっても楽しみに 心待ちにしていたのに、体調悪く断念することに なってしまいました。 お世話になった方々にご挨拶させていただきたかったのに 残念です。 今年は新人として、厚別2試合+ドーム2試合の担務を させていただきましたが、色々と勉強になり充実した ひとときでした。 総括は(笑)あらためて綴りたいと思います。 皆さま、どうもありがとうございました。 そして一年間お疲れさまでした。 明日は、いーーっぱい弾けてお祝いの宴を楽しんで 下さいね。
2007年12月14日
今日も新聞ネタで恐縮ながら。。。 昨日の道新の夕刊。 『木村和司のフリーキック自由自在』 ~京都は教訓生かせ~ 「京都は過去の教訓を生かして、J1でしっかり戦うための準備をせよ。 選手補強はもちろん、チームとしての地力強化を図れ。」 「広島は、降格を、強いチームを作るためのチャンスととらえ、目先の勝利ばかりにとらわれず、J1復帰、さらにはJ1で勝ち続けるために、1からチームの基礎を築いてほしい。」 といった内容のことが書いてある。 「言うのは易し、だが、成すのは難し」、なのだということを、 木村氏はどこまでわかって書いているのだろうか? これは、以前、二宮氏と金子氏のコラムを読んだときにも、感じたことであるが、 ここでも、また、中央の視点はこの程度なのか。。という失望を感じる。 <J1で戦うための補強> それには資金が必要であり、潤沢な資金を持っていないチームの苦悩は、計り知れない。 潤沢な資金力のあるチームが果たして、Jリーグの中のチームのどれだけを占めているというのだろう。。 「お金がない分、知恵を絞る」とは、 今シーズン半ば、有力チームが補強に走っていたときに、 三浦監督が言ったとされる言葉であるが、 名言だとしみじみ思う。 <1からチームの基礎を築く> それがどれだけの時間と、忍耐とを必要とすることであるか。 選手は、それを待たずに、流出していくではないか。 それを支え続けるサポーターがどれだけいるか。 どこまでチームの体力が持つか。 何もわかっていないままに、 こういう表面的なことがらを、さももっともらしく書かないで欲しいと、思う。 こういうコラムを読むと、いつも思い出すことがある。 2004年の山形遠征のことだ。 春の遠征は、航空券のバーゲン期間で、今まで行ったことがない場所で。。。 ということで、早くに「5月22日の山形戦に行こう!」と決めてあったのだが。 「1からチームを作る」とヤンツー監督のもとでスタートしたこの年。 初戦こそ、「お!」というスタートで引き分けだったが、 その後は、3月27日の勝利以降、勝ち星に見放され、 10戦勝ちなしで、迎えた山形での試合。 試合前にTVクルーに捕まった。 「ここまで応援にきたんですか?」と、 勝てないチームの応援になぜ遠くから来るんだ?とばかりの質問をされ、 ムッとして。 「最後にチームに一言どうぞ。」と言われて、 思わず「たまには勝ってください!」なんて言ってしまって、 もう少し言いようがあったよなぁ。。と自己嫌悪に陥り。 この試合も2-0で負けて。。。 でも、「めげず!凹まず!諦めず!!」だった私たち。 今となっては、けなげだったなあ。。と思うwww。 そしてもうひとつ浮かぶ光景は。。 今年の最終戦。 相手チームは「昇格か?」なんて大騒ぎの状況で、 自分たちは下から2番目で、 でも、自分のチームを応援したくて、遠くからやって来た水戸のサポーターたちの懸命な応援の姿。 尊いと思う。 自分のチームを愛して、支えて、いつか強くなるぞ!と思って、 負け続けても諦めず、選手たちが出て行っても変わらぬ気持ちで。 そういうサポーターが、 今の日本のサッカーを実は支えているんだと、 最近、やけに、叫びたい気持ちになる。
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OSC:「CNNコンサ隊 F」 2001年3月,某有名選手のオフ会で顔を合わせたメンバーが,その後,我が街のサッカーチーム「コンサドーレ」の応援にも集まるようになり,知人・友人・家族を巻き込んで,いつしか「コンサ隊」と名乗るようになった。 活動の開始は2001年5月12日。 厚別で鹿島アントラーズに勝利したその日だ!! 2002年2月OSC登録。 性別・年齢・居住地・職業,さまざまなメンバーで構成されており,その応援のスタンスも様々だが,思いはただ1つ。 「我が街のサッカーチームの成長を見守り,自らが関われることには積極的にかかわり育て,いつの日にかきっとJ1を制する!!」 初期メンバーに友人、親族などが加わり、大きなクラブになったため、名称に「F(ファミリー)」を加え、現在に至る。 ☆「発言は責任を持って!」というスタンスから、ステハンによるコメントは、内容のいかんに関わらず、削除させていただきますので、ご了承ください。 ☆ふさわしくないと管理者が判断したコメント&トラバは、管理者の権限でお断りすることなく削除しますので何とぞご了承ください。
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