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プロフィール
札幌生まれの50男。前身である東芝の札幌誘致、コンサドーレ誕生とともにサポーターになる。 初観戦は1996年7月7日のブランメル仙台戦(4月21日のコンサドーレとしての歴史的初戦の福島FC戦はテレビ観戦)。 97年5月25日の川崎戦の延長Vゴール勝ちの奇跡にも立ち会う幸運に恵まれる。 ホーム&アウエーの観戦数はつたない記憶をたどり確認中。 いまや立派なJGC会員
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2007年10月20日
石井が前半35分で退場し、一人少なくなったにもかかわらず、1-0でしのぎきった。 数的不利になってから押されっぱなしで、同点にされていたら精神的に切れてしまい負けていたであろう。 岡本賢明が初得点を挙げて、将来の可能性を感じさせた試合でもあった。![]()
2007年09月30日
1-5で憎きヴェルディに大敗! 大雨の中観戦しましたが、セットプレーで試合開始早々にリードされ、前がかりになったところをカウンターで次々と失点。コンサドーレ、いやサッカーの試合観戦で、生まれて初めて試合終了前に席を立ちました。 その後に池内のゴールが決まったようですが、負けて腹くそ悪いうえに雨の中をとぼとぼと歩き、大込みの電車には乗りたくなかったんです。 さっさと羽田空港に到着し、新千歳に戻りましたよ。
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2007年09月22日
3-0で完敗しました。 終盤戦にさしかかるなか、前節のホームでの仙台戦に0-1で負けてしまった札幌。アウエーとはいえ、昇格のためには連敗は許されないはずだったのです、下位の湘南にまさかの大敗。試合開始早々に、相手セットプレーからの逆襲で、藤田が相手陣にボールを持ち込み、追いかけてきた西谷との2人で、2対1の数的有利をつくり、絶好の先制機を得たのだが、藤田のシュートが外れてしまった。追走の西谷の怒ること、怒ること… 当初は余裕かなと思っていたのだが、高木と曽田と西嶋がクリアボール崩れをお見合いしているうちに、前半16分に原竜太に先制ゴールを決められてしまって、その後は怒涛の攻めを受けるばかり。結果論ですが、藤田が先制機を決めていれば、まったく違った試合展開になっていたでしょう。 それにしても9月下旬というのに、屋根のない平塚競技場は真夏の太陽に焦がされた。試合に勝っていれば、我慢もできたであろうに、まさかの大敗に怒りがこみ上げてきた。
2007年05月27日
福岡に2-1で逆転勝利。 ロスタイムに石井ちゃんが逆転弾を決めてくれ、気持ちよく福岡を後にできた。 それにしても5月だというのに福岡は暑く、屋根のないアウエー席の直射日光は厳しく熱中症になるかと思いましたよ…![]()
2006年05月06日
リーグ11位に沈む水戸にまさかの3-1敗戦!上位進出のための踏み台にしなければならない相手に負けるとは。上位に白星を重ねながらも、下位に容易に足をすくわれる2006年シーズン。石井が何度も決定機を外していたなぁ…
2006年04月08日
神戸ウイングスタジアムは雰囲気のとても素晴らしいサッカー専用球場だった。
おまけに2-1で逆転勝ちを収めて、大満足だった。
相川が、後半から途中出場した西谷のスルーパスを受けて、まず同点ゴール。さらにオウンゴールで突き放した。
2003年10月22日
マドリードで仕事があったのだが、ホテルのコンシェルジュに頼んで、チャンピオンズリーグのパルチザン・ベオグラード戦のチケットを入手した。グループFの第3レグだった。いくらだったか忘れてしまったが、当時の1ユーロ=130円程度の為替レートで計算しても1万円はしなかったのではないか。札幌ドームでいえば、SS席に当たるゾーンであろう。
まわりの観客は落花生?を食べて殻を座席の下に落としてしまうので足下はなんだか汚いし、臭い葉巻をくゆらせたりしているので落ち着いた環境ではない。ただ、サンチアゴ・ベルナベウは長年のファンが多いせいか、いわゆるフーリガンは見当たらず、危険は感じなかった。
レアル・マドリードが1-0でパルチザンを順当に?下したのだが、試合内容は詳しく覚えてはいない。ジダンも、ベッカムも、ロベカルも試合に出ていた(と思う)。正直言って、レアルのゴールラッシュを期待していたが、パルチザンもしっかり守ってカウンター攻撃をかけていたので、勝負の行方が最後まで分からなかった。
試合終了は23時過ぎ。タクシーは見つからないは、地下鉄の駅も分からないは、でホテルに戻ったのは1時過ぎになってしまった。それはそれで、良い思い出だ。
その後、仕事を終えたにもかかわらず滞在を延長して、リーガ・エスパニョーラの試合を見るため、またもやサンチアゴ・ベルナベウに足を伸ばした。ジダンのすばらしいボレーシュートを見る機会に恵まれたが、それについてはまたの機会に。