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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。

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早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報4

2014年11月19日

さて、いよいよ試合である。

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入場後、スタジアムから撮った写真。色々な催しものが行われていたが、自分はすぐに観客席に移動。



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6レアル(300円)と、やけに高い水を買ったら、こんなカップに入れてくれた。対戦国が、それぞれの国の文字でも記され、さらにこの日の日付、試合会場も記されている。よい記念品だが、30リットルのバックパックはいっぱいいっぱいだ。どうすべきかと思ったが、カップに下着を詰め込んで、バックパックのなかに押し込んだ。

それから見ての通り、僕の席はピッチに非常に近い席。座席は、価格によって3つのカテゴリーに分かれ、チケットの購入時に選べるのはカテゴリーのみで席はFIFAによって指定される。メインスタンドとバックスタンドが一番高いカテゴリー1、次が各コーナーのカテゴリー2、一番安いのがゴール裏のカテゴリー3。僕はカテゴリー2を選んだが、ゴール裏席のすぐ隣の位置で、ほとんどゴール裏という感じ。 


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1階席の座席の色がまだらになっているが、これはデザインだと思う。屋根はメインスタンド側のものが大きく観客席をほぼ覆っているという感じだが、それ以外の場所は小さいか、ないかで、僕の席は雨が降ったら直撃。ただ、幸い時々小雨が降る程度でほとんど問題はなかった。


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座席はこのように色が塗り分けられていた。こんな手のこんだことをしているからスタジアム建設が遅くなったのか?


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ウォーミング・アップをする日本チーム。



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日本・ギリシャ両チーム整列。


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日本人観客が固まるゴール裏席。チケットには日本協会割り当て分があって、日本人の席はある程度固まって割り振られる。観客が持っている水色のものはゴミ袋(日本のチームカラーが青ということで青いゴミ袋)。ウルトラスが配布。空気をはらませて使用。


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熱心に日本を応援してくれるブラジル人も多かった。写真は撮らなかったが、「日本人のお嫁さんをさがしています」と書いたボードを首からぶら下げているブラジル人も。


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試合後、サポーターに挨拶する日本チーム(ご存知の通り、試合はギリシャが退場者を出し、一人少なくなったが、日本は攻めきれずスコアレス・ドロー。日本国内では日本の戦い方に批判もあったようだが、現地で見た感じでは、一人少なくなったギリシャの守備意識は格段に高くなり、また、一人一人が大きく、ゴール前は木が密集した林という状態。日本にはこれを打ち破る力が備わっていなかったというのが正直な印象。)

ところで、試合を見ていて、今ひとつ感情移入できないでいる自分に気がついた。コンサの試合のときならば、イーブンのボールの競り合い、惜しいパス等々のとき、体か自然と動くのだが、この日は、実に淡々見られた。やはり、自分が感情移入できる唯一のサッカーチームはコンサドーレ札幌なのだ。


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試合後。立派なスタジアムだが、ナタルには有力なチームはなく、大会後は施設の維持が大変らしい。。。

ところで、試合後、前の方にコンサのレプリカを着た日本人が。ちょっと離れていたので声はかけなかったが、追いかけていって話しかければよかったかなとちょっと後悔。


試合の翌日、ナタルからサンパウロに飛んだ。
飛行場や機内は日本国内という状態。

飛行場では岡田武史氏、ルーカス氏とそのファミリーなども見かけ(ルーカスファミリーは同じ便だったよう)、僕の乗った便では通路を隔てて斜め後ろに藤田俊哉氏が。


日が暮れたころサンパウロに到着したが、ドアがあくと機内にひんやりした空気が入ってきた。そのとき、藤田俊哉氏が同行の人にこう語った「この気候でトレーニングして、レシフェ、ナタルじゃ暑いよね」と。

確かにサンパウロは寒く、極力荷物を減らすために、防寒の備えをしていない身にはかなりこたえた。

このあと7~8時間空港で寒さをこらえ、深夜便で次の目的地、ペルーのリマに飛んだ。



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リマで1泊した翌朝、ナスカへ向かった。ナスカは2度目だが、何年か前、別の地上絵が発見されたとかで、それを見るのが目的。

上の写真はバス会社で遭遇した、テレビ東京の番組の撮影隊。ナスカへは彼らと同じバスでの移動となった。


続く。



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20:15

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早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報3

2014年10月29日

さて、いよいよW杯観戦の地、ナタルへ向かう。

6月18日、 8時少し前にチェックアウトして、タクシーで空港へ向かった。(実はブラジル入国地点をレシフェに決めたときは、レシフェ-ナタルの移動はバスで、と考えていた。しかし、バスのチケットは現地購入しか方法がなく、便数も限られており、チケット購入失敗というリスクを恐れて、結局飛行機での移動を選択。わずか45分の飛行時間にもかかわらず、日本円で5万以上とワールドカップ価格だった。)



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ワールドカップ仕様になっていたタム航空の座席のヘッドカバー。


9時45分発、ナタル行きの便は定刻で出発。レシフェでの日本チームの試合からすでに3日がすぎており、かなりの日本人が第2戦が行われる地であるナタルに移動した後ではと思っていたが、けっこう多くの日本人が乗ってきた。

10時半、定刻通りナタル到着。到着口には、日本領事館員らがいて、ナタルでの注意事項や緊急連絡先などについて記したパンフレット、観光地図などを配布していた。

 空港からナタル市内への足はタクシーしかなく、料金前払い制のタクシーで移動(75レアル)。


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正面の建物がナタルで宿泊したホテル。設備は古びており、安いビジネスホテルという感じだが、宿泊料金はワールドカップ価格で、何と1泊日本円で18000円くらい。スタジアムまで徒歩で行けるという絶好のロケーションなので、料金の高さはいたし方ないか。


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ホテルのレストランからスタジアム方向を望む(試合の翌朝撮影)。


レシフェのホテルでも少し感じたことだが、ナタルのホテルでブラジル人の親切さ、フレンドリーさを強く感じた。ちょっとしたことでも笑顔で丁寧に対応してくれるのだが、肩肘張ったサービスではなく、仲のよい友人に接するような雰囲気なのだ。ホテルのスタッフばかりではない。タクシーの運ちゃんも基本的にフレンドリーだし、ショッピングセンターの警備員も、商店の店員も。治安の心配さえなければ最高なのだが。

さて、この日はこの旅行中の数少ない2連泊の1日目ということで洗濯デイとし、洗濯後は部屋でワールドカップの試合観戦。



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ナタルのホテルのレストランでの食事(ちょっと食べてから写真を撮ったので手前の部分が減っています)。このホテルのレストランは近くの工事現場の人たちなども食べに来る庶民的なもので、ビュッフェ方式・ジュース付で料金は10レアル=約500円。料理は日替わり(昼と夜とでも内容が変わる)でけっこういけた。それからさすがにコーヒーの国だけあってポットに入ったコーヒーと小さな紙コップが用意されており、客は食後にその甘~いコーヒーを一杯すすって出て行った。旅に出てから野菜や食物繊維が不足していたので、毎回、煮豆や野菜の入った料理を多めにとった。 


6月19日。

いよいよ、日本戦の観戦日である。しかし、あいにく朝から強めの雨。試合前にちょっと観光でも、と思っていたが、この天気では海岸に行っても全然綺麗ではない。それより、もっと大きな問題は観戦中の雨対策だ。ナタルは雨が少ないことで有名な場所で、観戦中の雨対策はすっかり忘れていた。荷物をなるべく軽くということに集中していたので、ビニールのカッパをバックパックに入れておくなどということは、まったく思いつかなかった。ということで、ホテルのスタッフに相談して(英語は通じないので、googleの翻訳のページを使って、ポルトガル語と英語でコミュニケーション)、ゴミ袋をもらった。ただ。ホテルのスタッフによると、ナタルでは午後から晴れることが多いとのこと。

 昼前、晴れ間が出てきた。ここまでブラジル観光はゼロである。これはどこかに出かけるしかない。ということで、ヘイス・マーゴス要塞へ行くことにした。この要塞は、1598年にポルトガル人によって築かれ、ナタル発展の基礎になったということである。なお、ナタル空港で領事館員からもらったパンフレットには、要塞のあたりではスリや引ったくりに注意とある。危なくない所はないのか? という感じである。

 要塞までタクシーで向かったが、その少し手前にある、ワールドカップのファンフェスタ会場の前までしか行けなかった。ファンフェスタ会場についても、上記のパンフレットには「ファンフェスタは出入り自由なのでスリ・引ったくりに注意」とある。とにかくしつこいくらいの注意喚起である。まあ、ワールドカップのため、普段、あまり海外旅行をしない層が旅していることが想定されるので、ここまで徹底しなければならないということなのだろうが。

とりあえず、ファンフェスタの会場の横を通りぬけ、要塞へ向かった。土産物屋が並んでいるところを通り抜けると、細い道の両側はちょっとした林で見通しが悪く、人通りもなくなった。警官もいない。まずいではないか(笑)。なるほど、引ったくりに出くわしてもおかしくはない状況だ。ただ、見通しの悪い道はすぐに終わり、要塞に向かう歩道に出た。ここは要塞にいる観光客からも良く見える場所で、物取りとかは出にくい環境である。


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売店の店先にて。


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要塞に向かう歩道からナタル市街方面を望む。


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要塞からの帰り道。遠くに見えるのが要塞。はっきり言って観光地としてはたいしたことはない。


さて、ファンフェスタの会場だが、外からも雰囲気がわかり、寄っていくほどのものでもないだろうと判断してホテルへ戻った(実は入場するにはペットボトルの飲料を放棄しなければならなかったので、それを惜しんだのもあるのだが-何か完全に節約旅行者の思考経路だ)。

ホテルまで乗ったタクシーの運転手は若い男性だった。「イングリッシュ?」というので、イエスと言ってうなずくと、スマホに何か入力し始めた。運転しながらやるので危ないことこの上ない。何をやっているのかと思っていると、入力完了後、少し間を置いて、画面を僕の方に向けてきた。どうやら、翻訳のページにアクセスしてポルトガル語を英語に訳したようだ。画面には英語で「ファンフェスタにはまだ人がいたか?」とある。う~む「実はファンフェスタ会場には入っていないのだよ」といいたいところだが、会話形式が英語表示の質問にイエスかノーで答えるという感じなので、ちょっと困った。ということで、さきほど自分の前にファンフェスタ会場に入っていく客を見かけており、沢山いるかどうかは別にして、いることはいるだろうから、自信のなさげに「イエス」と答えておく。彼は僕の情報をもとに、また、ファンフェスタ会場に戻り客を拾うつもりなのだろうから、責任は重大である。

スマホでの質問は、日本の初戦後、マスコミに報道されて話題になったらしい、日本人サポーターのゴミ拾いに移った。「日本人はいつも試合後にスタジアムのゴミを拾うのか?」 これもちょっと答えに窮した。日本人サポーターが自分たちの陣取った場所を綺麗にしてスタジアムを去ったことはネットで確認してはいたが、それは日本人の行為というより、Jリーグのサポーターの習慣というか文化のようなものだからだ。日本人皆が公共心にあふれていて、常にそういう行動をとるわけではないので、はっきりとイエスとは言えなかった。Jリーグの試合でも、一見さんなどのなかには、紙コップやパンフレットの類、コンビニのレジ袋などにいれた紙くずをけっこう座席のところに置きっぱなしにして帰る人が多い。それを常連さん(サポーターといってよいと思う)が、拾って(場合によっては持参のゴミ袋に入れ)、スタンドの出口のゴミ入れに入れたり、ゴミを集めている場所に持っていったりするのは普通に行われ入る行為である(と思う-自分は札幌サポの行動しかしらないので)。ワールドカップにおける日本人サポーターのゴミ拾いという行為も普段の習慣通りの行動といえると思う。ということで、その行動をした彼らにとってはいつもの行為だと思うので、少し間を置いてから、「イエス」と答えておいた。

しかし、日本での報道はどういうものだったのだろうか? 聞くところによると、「日本のサポーターの行為が外国で称賛されている」止まりだったようだが、それでいい気分に浸っているだけという感じだったのならばとても残念だ。Jリーグを支えるサポの普段の行動にまで踏み込んで、一般の人たちにJリーグの良い点というものを認識してもらうきっけけの一つにしてもらいたかったと思うのだが(そういう方向の報道があったのならばすみません)。 

運転手の質問は、さらに日本の経済に及んだが、そうこうしているうちにホテルに到着した。


15時を過ぎる頃から、スタジアムへ向かう人が現れ始めた。ホテルの目の前の道がスタジアムに続く道なので、よく見えるのである。

キックオフ2時間前の17時くらいにスタジアムに入ろうと考えていたが、外のざわめきに促されるように、16時15分ころホテルを出発。16時半にはスタジアムの入り口に着いた。チケットには、転売防止のため、購入者の名前が印字されており、入場の際、パスポートなどのIDチェックがあるとされていたが、結局はノーチェック、手荷物のエックス線検査のみで入場。


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スタジアムへの道すがら撮った写真。街中は驚くほどワールドカップ・ムードというものがなく、出場国の国旗が街中のあちこちに飾られていた日韓共催のワールドカップ時とは随分違う雰囲気。この歩道橋の国旗はブラジルとナタルでグループリーグの試合をする国のものか?


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スタジアムへの道すがら撮った写真。サッカーボールをかぶったような格好のサポーターが見えるが、この程度は序の口。仮想大会か? という感じだった。


続く。



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19:57

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早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報2

2014年10月22日

前回の投稿で、いっきにスペインのアンダルシアまで行ってしまったが、経路はそんなに単純ではなかった。

最初の目的地はサントリーニだが、もちろん日本からの直行便はない。そこで、成田-フランクフルト-ウイーン(泊)-サントリーニという経路をとった。サントリーニからスペインへは、サントリーニ-ウイーン-マドリッド(泊)と飛び、さらにアンダルシアのセヴィージャに飛んだ。

ヒマワリ畑を観光する拠点としたのはカルモナという街。この日はスペイン代表の開幕戦だったが、スペインの惨敗のせいか街の盛り上がりはもう一つ。


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カルモナ旧市街の中心。

カルモナ-コルドバ-セヴィージャとバスで移動し、車窓から広大なヒマワリ畑を眺めたが、カルモナの気温が38度くらい、セヴィージャは何と40度超え。6月というのに、アンダルシアは酷暑である(湿気がないので日陰は比較的すごしやすいが)。

セヴィージャからマドリッドへは、AVEという高速鉄道で移動。マドリッド1泊後はいよいよブラジルへ向けての移動。


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AVEの一等車の車内。スペイン国鉄は早期に予約すると安い料金で乗ることができ、日本で買うと若干の手数料を取られるものの、かなり安くチケットが買える(今回は9000円くらいで買えたか?)。2等の料金と大差がなかったので1等を選択。


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マドリッドの中心部ソルのあたり。日よけの布が張られていた。


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マヨール広場を囲む建物の柱の陰でフラメンコの歌を唄う青年。駆け足のこの旅で感じられた数少ない”スペイン” 



さて、ブラジルへの移動である。マドリッドからブラジルへは、サンパウロ行きの直行便があるのだが、この旅ではマイアミ乗り継ぎという、かなりの遠回りルートとした。その理由は、ブラジルの国内線の高さだった。

2013年12月、ワールドカップでの日本チームの試合日程が決まると、すぐにホテル・航空券の手配に入ったのだが、自分が観戦しようと思ったナタルへは、サンパウロから日本円で5万以上したのだ。普段はもっと安い航空券があるようなのだが、ワールドカップの影響か、すでに安い航空券は売り切れていた。ということで、アメリカン航空にマイアミ-レシフェ便があったので、それに乗るため、まずマイアミまで飛ぶことにしたのである。(2014年4月からブラジルの航空会社であるタム航空がワンワールドに加盟したが、世界一周航空券を手配した段階で加盟していたならば、迷わず、マドリッド-サンパウロ-ナタルというルートを選択していただろう)。

ほぼ定刻の16時半にマドリッドを出発したイベリア航空便は、20時、ほぼ定刻でマイアミに到着。23時15分発のレシフェ行きアメリカン航空便に乗り継いだ。

翌朝の8時20分、定刻通りレシフェ到着。入国審査はスムーズ済み、税関はノーチェックで通過。白タクの客引きが言い寄ってくることもなく、とりあえず100ユーロを両替して、定額の空港タクシーでボア・ビアジェン地区にある予約しておいたホテルへ向かった。


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午前中の早い時間帯だったが、部屋に入ることができた。通された部屋は居間と寝室が分かれた部屋だった。この部屋で日本円で7000円弱。軒並みワールドカップ価格のブラジルにあって、少々くたびれた感じのホテルではあるが、こんな値段で、こんな部屋に泊れるとはビックリだ。直前にキャンセルが出たからなのかもしれない。 


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部屋からの眺め。レシフェはビーチリゾートとして有名らしい。が、なぜかビーチには人がいない。ワールドカップの試合の狭間で客がいないのか? それともこの日は夕方からブラジルの試合があったからか? しかし、ブラジルの試合は夕方で、この写真を撮ったは午前中なので、そうではないと思うが。



さて、マドリッドから合計で18時間余りのフライトで疲れきっていたが、まずはワールドカップの観戦チケットを受け取りに行かねばならない。レシフェにおける発券所は、ショッピング・レシフェというショッピングセンターに設けられていた。チケット発行の際の混雑を見越して、FIFAのサイトで優先的にチケットを受け取ることのできる時間帯を指定できるようになっていて、僕は12時~13時の時間帯を指定していた。しかし、おそらく、もうチケット発券の混雑はないだろうと思い、10時半ころ、タクシーでショッピング・レシフェに向かった。

ショッピング・レシフェにあるチケット発券所に着いてみると、予想通りまったく混雑はしておらず、というか、誰も並んでおらず、あっさり発券終了。

ホテルからショッピング・レシフェがかなり離れており、また、ショッピング・レシフェでのタクシーの待機時間(実際には運転手がチケット発券所まで案内してくれた)もあったため、往復で3000円強もかかってしまった。チケットは日本に郵送してもらうことも可能で、こちらは40ドル(約4000円)だったので、若干安くあがったのだが。

ホテルに戻り、昼食をとった後、この後、どうするか考えた。レシフェ近郊の有名な観光地といえばオリンダという街で、そこまでタクシーを飛ばして観光してくるか。しかし、16時からブラジルの試合があり、午後には街は人通りがなくなるだろう。そういう状況では治安の悪さに拍車がかかる恐れがある。もちろん僕の大好きな路地裏探訪などは無理であろう。さらに、昼食後、猛烈な睡魔が襲ってきた。ということで、オリンダ観光という選択肢はあっさりと捨て去り、部屋でブラジル-メキシコ戦を見ることにした(結局は眠くてほとんど見られなかったが)。

ちなみに、レシフェ旧市街で日本人サポーターが強盗にあったというニュースを目にした。日曜日は極端に人通りが少なくなり強盗などが多発するので、日本戦があった翌日の日曜日に観光に出かけていて、強盗にあったのではないのか?


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無事手に入れることができたチケット。


続く(と思う)



post by オフ

19:16

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早周り世界一周(含w杯観戦)…超遅報

2014年10月18日

 長い間海外旅行を繰り返しているが、絶好の旅行シーズンである6月の旅行は初めて。というのは、仕事の都合上、6月には絶対に休めなかったからである。しかし、考えるところあって、2014年の春で長年務めた仕事を辞めた(実際にはいきがかり上、自宅でできる若干の仕事を引き受けたのですが)。それで、6月の旅が急浮上してきた。

 仕事を辞めることを決断したのは2013年の夏。その時、まず思ったのが、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会の試合を見に行けるなということだった。ただ、日本代表チームにそれほど強い思い入れがあるわけではないので(やはり普段応援している札幌が一番)、何試合も見なくてもよい。また、6月、ブラジル以外に是非行きたいところがあった。それはスペインのアンダルシア地方である。6月はアンダルシアでは広大な畑にひろがるヒマワリの花が見られるのである。

 一度の旅行でスペインとブラジルに行くということを決めたため、購入する航空券は世界一周航空券の一択となった(普段利用している日本航空も参加しているワン・ワールドの世界一周航空券を使うこととした)。

 12月には組み合わせ抽選が行われ、日本チームの日程も決まった。第1戦が6月13日、場所はレシフェ。第2戦が19日、場所はナタル、第3戦は23日、場所はクイアパ。一方、若干の仕事を引き受けていたため、自分が日本を空けられるのは6月の10日前後から6月いっぱいくらいまで。

で、旅程である。航空機での移動に時差ボケはつきものだが、西回りでの移動の方がずっと時差ボケが少ない(なぜだかはわからないが)。とすると、第1戦を観戦するとするとヨーロッパにほとんど日程を割けない。一方、第3戦を観戦するならば、ヨーロッパをゆっくり周遊でき、場合によってはモロッコあたりにも寄れそうだが、どうもクイアパという街のホテルが極端に少なく、部屋の確保が難しそうである。ということで、観戦は日本チームの第2戦ということにして、すぐにナタルのホテルを押さえた(何回か予約とキャンセルを繰り返し最終的にはスタジアムまで徒歩10分くらいという好立地のホテルを押さえることができた)。もちろん、この時点でチケットは確保できておらず、抽選という関門を通過しなければならないのだが。

 日本出発日は6月9日、6月17日にブラジル入りという予定をたてた。ヨーロッパには約1週間滞在できるので、アンダルシア以外にもう1~2箇所見られる。そこで、浮上してきたのが、ギリシャのサントリーニ島。エーゲ海に浮かぶ島で、白い家が並ぶギリシャの典型的な観光地である。ちょっとメジャーすぎだが、ギリシャを初めて訪れた頃から気になっていた島である。ただ、今までよく海外へ行っていた3月は完全にシーズンオフで天候も安定せず、一方8月だとバカンスシーズンでどれだけ混雑するか想像もつかない。6月ならば観光客の数も夏休み時期よりは少なく、天気も安定しているのでよいだろうという判断である。

ということで、日本をたった後、ギリシャのサントリーニ島に行き、その後スペインに飛んで、アンダルシアのヒマワリを見て、その後、ブラジルへ飛ぶという旅程が決まった。


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サントリーニ島。かなり有名な場所だと思います。


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サントリーニ島の夕日。


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スペインはアンダルシアのヒマワリ。コルドバからセヴィージャへ向かうバスから見たもの。
電線がちょっと邪魔。


続く(と思う)



post by オフ

19:21

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ポルトのフッキを見てきた(超遅報)

2012年06月02日

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2012年2月、ポルトのフッキを見てきたが。。。

今回は珍しくデジタル一眼のみで出かけたのが失敗。フッキの雄姿をバッチリとカメラにおさめることができなかった。
  
いつもだとコンパクト・デジカメも持っていくのだが、家を出る直前に機内で読むための文庫本を一冊デイパックへ(24リットルほどのデイパック一個で出かけました)。その分の重さを減らすため、デジカメを家に置いていったというわけ。
 
それで、スタジアムに行ってみると、入り口の荷物検査のところで、一眼レフは持ち込めないと言われてしまった。一眼レフはプロフェッショナル用とみなし、持込は許可できないということだった。
 
しかたなく、スタジアムのクロークみたいなところでカメラを預かってもらい、スタンドに入っていった。
 
しかし、このカメラ持込をめぐって英語を話せるスタッフが現れて、「ポルトが好きなのか?」「フッキを見に来た。彼、日本でプレイしていたし」「そのためにわざわざ来たのか。楽しんでいって」という感じで話ができたので、良かったというべきか。
 
しかし、iPod touch を持っていたので、そのカメラで撮影したのが、上の写真。
 
やはり、かなり画質が悪い(一応修正は施しています)。まあ、個人的には雰囲気は撮れたのでよかったと思うが。
 
 上の写真はキックオフ1時間くらい前のものだったか?(キックオフは20時15分) ご覧のようにガラガラ。こんなに早く来る客はいないのである。



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試合開始直前のスタジアム。

バック・スタンドの1階席はわりと埋まっている(メイン側も同じような感じ)。ちなみに僕の席は30ユーロの席(料金はソシオがかなり割安に設定されているが、一般客は50、40、30、その下にさらに2種類くらいあったか?)



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フリーキックを蹴るフッキ。

ところで、フッキのポジションは3トップ?の右。
試合の前々日に見た、ヨーロッパのテレビ番組で、あるキーパーが自分の前に並べたい10人の選手、みたいなのをやっていて、そこには、メッシやクリスティアーノ・ロナウドなどのほか、フッキの名前も。で、ポジションは右MF。今は必ずしもセンターフォワードというわけでもないようだった。
  
出っ張った尻が特徴的なあの体つき、走り方、札幌時代と変わらず懐かしい。しかし、フレーぶりは随分大人になり、なんと腕にはキャプテン・マーク。札幌時代を知る自分には信じられない。



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FCポルトのサポーター席。

対戦相手が最下位争いをしているチームだったので、試合全体を通しての熱さは本来のものとは程遠かったのかもしれないが、得点時は大盛り上がり。スタンド全体が総立ちとなった。(4-0でポルトの勝利)。
 
 
 
22時15分ころ、ホームの勝利で幸せな空気が漂うなか、カメラを受け取り、ホテルへの帰途についたが、気温はおそらく2~3度までは下がっており、体は冷え切っていた。
 
寒さに備えて、使い捨てカイロ3つと、ナサの技術を取り入れたという保温シートも持っていってはいたのだが。。。


さて、フッキ、チェルシーですか。
プレミアの人気チームはチケットを手に入れにくいらしいし、自分にとって、イギリスは旅先として今ひとつ魅力的ではないので、欧州の生フッキは今回が最後になるかも。




ものすごい棚田

2010年03月30日

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この3月、中国は雲南省元陽のあたりにある棚田を見てきました。
米を作ろうという人々の執念を感じる光景です。1000年もかけて、この風
景が作られてきたとか。

干ばつのため、水田に水が引かれているのかどうか心配でしたが、写真を撮
ったあたりはこんな感じ。

観光の目玉なので、優先的に水の供給を受けているのではないだろうか?

しかし、干ばつは深刻らしく、水が引かれていない田も多く、棚田観光の拠
点である元陽新街鎮というところのホテルは、給水がほぼストップ。ホテル
の掃除のおばちゃんも水がないと嘆いていた。



post by glwalker

20:11

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災い(J2残留)転じて福となすか?

2010年01月08日

随分と放置してしまいました。

年末年始はほぼびっしり仕事で、今日はようやく休み。ただ、明日・あさってと仕事に出なければならず、しばらく身動きがとれません。

さて、ゴンの札幌加入ですが、個人的にはすごく嬉しいですし、期待もしています。世間には年齢が年齢なだけに動けるのかという心配もあるようですが、きちんとトレーニングしているとそれなりに維持できるものです。(経験上)
もちろん、全盛期の動きは期待できませんが。

中山の加入で、札幌は大きなビジネスチャンスを得ました。うまくいくかどうかはわかりませんが、普段サッカーに興味を示さなかった層をスタジアムに呼ぶチャンスを得ました。中山が来なければ不可能だったことです。そうした人たちをリピーターの変えるための努力をしなければならいのは言を待ちませんが。

しかし、中山のジュビロでの戦力外通告と札幌のチーム状況改善のタイミングが本当にうまい具合に合致しました。去年J2で戦って、しかもピッチ上で若い選手をリードできる選手がいないことを痛感して、かつ、今季もJ2で戦うことになったからこその中山へのオファーだったのではないでしょうか。そして戦力外になってくれたことで、札幌でも手の届く選手になった。札幌がJ1にいた場合は、もう少し若い、バリバリ働ける選手をねらったでしょうし、去年、ベテランがそれなりにいて頑張って昇格までもう少しという状況でも、中山に触手を伸ばしていたかどうか? そうした場合、おそらく、サッカーに関心のない層をスタジアムへ呼び込めるわけでもなく、今のような「もしかしたらチャンスか?」という状態は期待できなかったでしょう。

今は今年J2で戦うことになってよかったと思ってます。そして、とにかく、このチャンスはいかさなくては、ともも思ってます。
ということで、しばらくご無沙汰していた高校時代の同級生(サッカーに関心なし)にも「ゴンが来たけど、みんなでどう?」と声をかけてみました。そうしたら反応は良好。あとは、中山に頑張ってもらって、なんとか試合に出られるコンディションを整えてもらうだけです(これが一番見通しにくいのですが)。

ところで、以前、ここに書いた自分の旅のサイトを紹介したいと思います。なかなか更新できないので、紹介をためらっていたのですが、ここよりはましなので。
サイト名はSonosakino(「その先の日本へ」とか何とかいう、昔のCМか何かのコピーをいただいた安易なネーミングです-笑)。


post by glwalker

19:36

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旅に出ていました

2009年09月01日

8月19日から29日まで旅に出ていました。

どこへ行ってきたか、ですが、なぜかヘルシンキ・イン、そこからロシアのサンクトペテルブルクへ移動、されにペトロザヴォーツクというところへ移動、そこでキジ島観光(移築された木造建築群で有名)。
その後は再びサンクトペテルブルクへ移動し、さらに陸路、エストニアの首都タリンへ移動、最後はタリンから船でヘルシンキに移動して、帰国とあいなりました。

下の写真はキジ島。古い木造建築群を移築して保存しているのだが、島だけあって物理的に観光客がどかどかと押し寄せることがなく、文化財の保存にはよい方法だと思う。

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さて、帰国翌日は草津戦に参戦。久ぶりの雨中戦でしたが、あのような試合展開であれば、雨もまたよし。
しかし、帰宅後も興奮が覚めずなかなか眠れず。昨日も休みでしたが、台風であまり活動的にはなれず、時差ボケ解消まで、もう少しかかりそうです。



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20:23

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冷やし飴

2009年08月07日

この前の日曜、セレッソ戦に参戦するため大阪へ行ってきた。
で、試合前、夏の京都の風物、冷やし飴を飲みに行った。

冷やし飴は水飴をベースにした飲み物で、ほのかに生姜風味が効いており、ただ甘いだけの飲み物ではない。東京ではあまり見かけないようだ。
通販で濃縮冷やし飴なるものも手に入るようだが、やはり、京都独特の蒸し暑さのなかで飲みたい。

冷やし飴は、お寺などのそばにある、観光客向けの茶店などで出していることが多く、自分の知っている範囲で確実にあるのは清水寺(他にも探せばたくさんあると思います)。そこで、大阪長居での試合前、清水寺へ向かった。

一応、清水寺に敬意を払って拝観料を払い、清水の舞台に上がり、その後茶店へいくことに。

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冷やし飴です。結局、今回はこれがメインに。

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キックオフ直前の長居スタジアム。本当はこちらがメインになるはずでしたが、あえなく
敗戦。冷やし飴にメインを譲ることになりました。

試合後、挨拶に来た選手たちを、その姿が見えなくなるまで、サッポロコールで見送ったが、そのなかで、上里が振り返って礼をしてくれた。
ちなみに、試合後のゴール裏での挨拶も形ばかりの礼をして控え室に戻るのではなく、しばしゴール裏の声を受け止めてから戻って行った。久々の参戦だったが、サポの選手の間の距離が縮まっているのかなと思えた試合後だった。

その後大急ぎで撤収して、長居から関空へ移動。関空発22時10分発のJal便で帰京。
しかし、使用機材の到着遅れとチェックインシステムの混乱から出発が30分以上遅れ、羽田に着いたのが23時45分すぎだったか。終電(山の手線を除く)を乗りついで綱渡りで帰宅。



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23:31

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開平再訪

2009年07月30日

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開平一と評される瑞石楼のある錦江里の入り口。

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瑞石楼(1925年建設)を見上げる。

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瑞石楼の内部。

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瑞石楼の内部。

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瑞石楼からの眺め。

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瑞石楼からの眺め。

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錦江里の路地で出会った鶏とひよこ。ここいらの村では必ず(と
いってよいほど?)鶏を飼っている。

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牛も飼っている。しかし、これがけっこう気性が荒いよう。
僕が歩いているの「なんだこのよそ者は」という感じでじっとにらんでいる。首がま
わるところまで目線で追いかけてくる(体をうごかしてまでこちらをみつつけることはな
かった)。
そんな牛が錦江里を出てすぐの道端にもいて、その横を通ろうとしたらにらみつけられ
た。そして最接近した瞬間、その牛、何を考えたか、角を下げた。まずい、これは攻撃
の姿勢だ。スペインの闘牛で見た姿勢とおんなじだ。そう感じた次の瞬間、僕は、猛ダ
ッシュしてその場をのがれた。牛は綱でつながれており、一定の範囲でしか動けな
いのでこれで何とか難を逃れることができた(あの時、牛が僕を攻撃しようとおもってい
たのかどうかは定かではないが)。

(続く予定)



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21:32

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