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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2018年07月02日
この冬というには時間がたちすぎてしまいましたが、イタリア北西部のリグーリア海岸にあるチンクエ・テッレというところに行ってきました(その後、ルッカ、ペルージャを回りました)。チンクエ・テッレとは5つの土地という意味でその名の通り5つの村が並んでいて、その景観で有名。 上の写真はヴェルナッツァという村ですが、カメラの設定をいじって撮ったものでかなり色が強調されています(SNS映え全盛の現在、この手の色を加工した画像がネット上にはあふれているのでしょうか?) 実際は次の写真のような色あいです。
さて、表題の件です。 チンクエ・テッレの南側の入口というようなところに位置するラ・スペツィア駅にあるバール(コーヒーなどの飲み物やサンドイッチなどの軽食などを売っている売店でそこで食べることもできるような店)で、サンドイッチを買いました。 直径15センチくらいの表面がカリカリの鏡餅型のパンを2つにスライスして、そこにトマトとチーズをはさんだだけのもので、値段は4.2ユーロ。現在のレートだと日本円で530~540円くらいでしょうか。 おそらく日本で同じものを540円で売ったら絶対売れないでしょう。おそらく350円か400円が限度では(それでも売れないか?)。 というくらい、今、日本の物価は先進国の中では安いです(とくに食事)。 昼時、700円くらいでけっこうな内容の定食をとることができますし、ワンコインランチなんていうのも珍しくはないです。ヨーロッパで同じレベルの食事をしようと思うと、安くて1200~1300円。2000円もしくはそれ以上であることもざらです。 毎年冬になると、オーストラリアから大挙してニセコ地方にスキー客がやってきますが、(オーストラリアの物価は知らないのですが)彼らにとって日本は物価の安い国で、飛行機代をかけてやってきても、それほど大きな負担ではないのでしょう。(自国で休暇を過ごすより安いのか?) さて、日本の物価が先進国のなかでこんなに安いの原因は、労働者、特に非正規労働者の低賃金にあるのでしょう。 日本って本当に経済大国なのか? 先進国を旅するたびにこうした感覚が強くなります。 今、たいへん多くの外国人観光客が来日しているが、彼らにとって日本の旅先としての魅力の一つが、「安さ」であることは間違いないでしょう。
2018年05月27日
5月20日・21日は関西遠征。東京から大阪へ飛ぶ時、楽しみにしている上空からの古墳の眺め。 伊丹空港到着後、時間に余裕があったのと、ちょっと興味があったのとで、空港から阪急蛍池駅まで歩いてみました。所要時間は15分ほどでした。 梅田近辺のホテルにチェックインした後(今回は翌日の観光の時間を確保してあります)、神戸へ移動。
試合は0-4で敗戦。ウエリントンにやられたという感じですが、ぶっちぎりで昇格した湘南と対戦して、よいところなく敗れた2014年シーズンのアウェイでの試合をふと思い出しました。(あのときウエリントンにやられたのかどうかの記憶は定かではないのですが) 翌日は、京都の青もみじ観光。紅葉が綺麗なところは、新緑のもみじも美しいのですが、紅葉の時期とは違い、観光客でごった返していないところがけっこうあります。
まず、向かったのは阪急の上桂駅から近い地蔵院(竹の寺)。観光客はほとんどいません。
地蔵院からほど近いところにある浄住寺。境内の散策は自由です。写真に写っている木々はほとんどが楓で、秋の紅葉は素晴らしいのではと思われます(混雑するらしいですが)。 地蔵院、浄住寺ともにちょっとした穴場でしたが、この近くにある鈴虫寺(華厳寺)はプチラッシュでした。 このあとは、ちょっと早目の昼食をとってから、松尾大社を経由して、猫がいる(猫を飼っている)神社として有名な梅宮大社へ(徒歩)。
梅宮大社の猫1。
梅宮大社の猫2。 この日はこれ以外に3匹の猫を見かけました。 この後は真如堂へ移動(バス)。ここも紅葉の名所です(紅葉シーズンはそこそこ混雑しますが、超有名どころほどではありません)。
真如堂。人混みを避けてボーッするには良いところです。
真如堂。 このあとは、発作的にあぶり餅が食べたくなり今宮神社へ。 神社に向かう前に、参道に入るところの北大路通に面したところにある、コーヒー豆を焙煎している店で北大路ブレンドなるこの店オリジナルのブレンド豆を購入。実は京都はコーヒー文化の根強い街で、さがせばこの手の店がけっこうありそうです(カフェというか喫茶店は多いです)。 さてあぶり餅です。神社の東門の門前に向かい合わせて2軒の店があり、今まで、門に向かって右側の店ばかりに行っていましたが、今回は左側の店に。当たり前と言えば当たり前ですが、微妙に味が違うみたいです、たぶん。写真はありません、あしからず。 ということで、ここで時間切れ、空港に向かいました。
2018年05月26日
かなり久々の投稿です。 もう2週間ほどたってしまいましたが、13日アウェイFC東京戦の前、認定NPO法人・難民支援協会主催の皇居外周路チャリティラン(参加費が支援金となる)に参加してきました。 皇居外周は今や市民ランナーの人気練習コースとなっていますが、交通費をかけてわざわざ走りに行く気はせず、いままで3回くらいしか走ったことがありません(3回も行ってるともいう)。しかし、難民支援協会ではボランティアを行ったこともあり、たまたまスケジュールがあいたので参加することにしました。 それで、主催者から「日本にも難民がいて助けを必要としていることを多くの人に認識してもらいたいので、そのきっかけとなるよう、今回参加した皆さんに、このイベントのことを色々な形で発信してもらえるとありがたい」というようなことを言われたので、ちょっと時間がたってしまいましたが、ここに書き記しておきたいと思います。 皇居近くにはランナー向けの施設がいくつかあり、地下鉄日比谷駅に直結したところにあるところでロッカーを借用。そこで着替えてから集合場所の日比谷公園へ。 参加者は200名強。開会式では、ゲストの瀬古利彦さんが挨拶(お忙しいので挨拶のみで走られなかった)。 イベントではランとウォ―キングがあり、ランは5キロと10キロ(皇居一周がちょうど5キロです)。最近、精神的に忙しいこともあり、せいぜい週に1~2回、1回に5~6キロくらいしか走っていないので、5キロコースに参加しました。後で味スタに行かなくてはならないですしね。 その後、桜田門の前の広場(というのだろうか)に移動してスタート。この日は休日ですし、もちろん、貸し切りではありませんから、途中の狭いところでは、他のランナーと譲り合いながら走ります。 30分弱で一周完了。その後もイベントは続きましたが、一度帰宅して、着替えてから味スタに行かねばならないということで、参加賞をもらって帰路につきました。 さて、日本にもかなりの数の難民が来ており、難民支援協会とは文字通りの活動をしているNPOです。 以下、難民支援協会のホームページから、ちょっとだけその活動について引用しておきます。 「JAR(難民支援協会)は、母国を追われた難民が失った権利を回復することを目指し、支援に取り組んでいます。難民は、人として、また難民として、基本的な権利を持っています。たとえば、自由と安全が確保され、命の危険がある母国に送還されず、医食住等が保障され、家族が一緒に暮らせることなど、多岐に渡ります。 難民のように、支援が行き届きづらい人々を支援することは、JARの事業の柱です。しかし同時に、難民は支援されるだけの人ではありません。支援を必要とする人はしっかりと支えられ、一方でそれぞれの持つ強みを活かして社会の一員となる、そのような未来を作ることを目指し、JAR は活動を展開しています。」 以上、難民支援協会から与えられた「発信」というミッション終了。 その後、味スタでの試合はご承知の通りです。 引き分けでしたが、ポジティブな印象を受けてスタジアムを後にしました。
2018年01月21日
タイトルにある通り、以前ユーラシア大陸陸路横断の旅をしました。 とは言っても、1回に旅できる日数に限りがあるので、今回はこの区間、今回はこの区間という感じで旅しているうちに、結果としユーラシア大陸の陸路横断を達成したということなのですが。 また、最初から陸路横断をめざしていたわけではなく、旅を重ねるうちに、こことこことここと、そしてここをつなげれば、という感じになって、旅の目的は陸路横断達成になったのですが。 さて、2010年、イタリアのミラノからポルトガルのロカ岬まで移動して、陸路横断を達成したのですが、例によって限られた旅行期間で移動したので、その道すがらにある魅力的な場所を飛ばして移動せざるを得ませんでした。 それで、最近は、そのとき寄ることが出来なかった場所へ行くというのが旅の一つのテーマとなってます。(本当はパキスタンとかイランとかで飛ばしてしまった場所へ行きたいのですが、現在は治安状況に問題があり、困難という感じです) そうした旅として、2015年にはポルトガル国境に近いスペインのメリダ、カセレス、サフラなどを訪れました。 <メリダ> ここは紀元前25年にローマ帝国の属州ルシタニアの州都として建設された都市で、ローマ時代の遺跡が数多く残ってます。紀元前25年に造られた橋(全体が創建当初のものというわけではありませんが)。全長は792mもあります。現在は歩行者専用の橋として使われています。
水道橋。 <カセレス> レコンキスタの時代の名残をとどめる中世の街で、「エストレマドゥーラの宝石」と呼ばれています。こじんまりとした街で、街歩きが楽しいです。
マヨール広場
<サフラ> サフラは、カルタゴ人、ローマ人、アラビア人等がスペインを南北に移動する際の幹線ルートだった「銀の道」の道の中継点として栄えたとか。とても小さな街です。白壁が続く街並みはアンダルシアが近いことを感じさせます。
花で飾られた家が多い。
2017年はそうした落穂拾いの旅の続きとしてポルトガルへ行きました。 一番の落穂拾いは、スペイン国境から12kmのところにあるポルトガルのエルヴァスという町。17世紀に築かれた塁壁に囲まれた古い街並みが残っています。 <エルヴァス>
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<マルヴァオン> 落穂拾いというテーマではエルヴァスだったのですが、この旅一番の目的地となったのはマルヴァオンです。 マルヴァオンはサン・マメーデ山脈にある860m余りの岩山の上に築かれた城壁の中に形成された街で、山のてっぺんの部分にちょこんと載ったような形なので、「鷲の巣」と呼ばれています。が、中に入ってしまうと「鷲の巣」感はありません。
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エルヴァスは要塞都市、マルヴァオンも城壁を持ち、長くなるのでここには載せませんが、この後訪れたポルタレグレも城壁に囲まれていますし、このあたりは城塞だらけです。スペインとの国境が近いという立地によるものなのでしょうか(このあたりの詳しい歴史は知らないのであしからず)。
2017年11月30日
ときどき前を通り気になっていた、東京駅近くの立ち食いそば屋です(店名が店名なだけに)。 で、今日近くに行った際、寄ってみました。 ネットで調べてみると、東京では割と有名な店のようでいくつか店舗があるようです。 蕎麦屋なのにインドカレーが売りらしく、お客さんのうち、かなりの人がカレーセットを食べていました。 しかし、本格インドカレーということは、ビーフカレーでもポークカレーでもないのだろうなあ(※)と思って、隣の人の皿を見ると、鶏肉の骨が(食べ終わったあとでした)。つまりきちんとインドカレーだったということ。 自分はカレーという気分ではなかったので、ごぼう天そばを注文。 麺はふにゃふにゃではなく、つゆはカツオだしが効いていて、立ち食いそばとしては十分おいしいと思いました。
よもだそばのごぼう天そば。 (※)インド人の多くが信仰するヒンドゥー教では、牛は聖なる動物なので牛肉は絶対食べません。また、豚は残飯とかを食べる汚れた動物ということで食べないということです(インドにはけっこうイスラム教徒もおり、イスラム教では豚は穢れた動物ということで豚肉は食べません)。ということで、インドで主に食べられている肉は鶏肉と羊肉。 ところで、話は変わります。インドにもマクドナルドがあるのですが、そのハンバーガーに牛肉が使われているわけがありません。以前、インドでカレー味(もちろん色々な味があります)に飽きたので、試しにマクドナルドのハンバーガーを食べてみたところ、肉は鶏肉で、味はなんとカレー味。結局、カレー味からは逃れられませんでした。ちなみに、インドにはベジタリアンが多いので、野菜だけで作ったハンバーガーもあるようです。
2017年11月27日
久々の更新です。スタジアムには頻繁に行っているのですが、「旅」の要素がないといま一つ更新の意欲というか気力というか何というか、そういうものが湧いてきません。試合だけだと、「よっしゃー」だとか「やったー」だとか「悔しー」だとか、基本そんなことしか書くことがないので(苦笑) アウェイ、ガンバ大阪戦は0-1で勝利。選手も監督もモチベーションの低下はないということを強調していたようですが、ミッション(mission)・オールモスト(almost)・インポッシブル(impossible)を達成した後だけに絶対ホッとしているに違いなく、モチベーションの低下がないことをチーム自身、自分自身に言い聞かせなければならないという意識が少しはあったのでは。。。 (随分前のことですが、ネパールのカトマンズからヒマラヤを越えてチベットのラサに到達したとき、達成感から、そのあとの旅はどうでもよくなり、もったいないことにチベット旅行を早々に切り上げて帰国の途に着いちゃったことがあります。はっきりいって後悔してます-その後、チベットは自由に旅行できなくなりましたから) さて、今回の試合の試合終了は3時少し前と早く、日は短くなりましたが、けっこう観光ができそうです。 ということで、試合終了後は、知り合いの方々へのご挨拶もそこそこに、京都へ向かいました。 ラッシュは覚悟してました。しかし、モノレール→阪急の乗り継ぎ、烏丸から地下鉄に乗ったところ、半端ではないラッシュ状態。日没前の観光はあきらめました。 ということで、一息ついて紅葉のライトアップを見に行くことに。 この季節、京都ではあちこちで紅葉のライトアップを行っているのですが、選んだのはJR東海のキャンペーンで使われている東寺。混雑は必至です。池に写った紅葉が見られるのですが、ただ人が池に入ることはないので、人の多さはあまり気にならないだろうということで。 行ってみると開門前から大行列でしたが、思ったほど時間がかからず、中に入ることができ、なかなか綺麗な紅葉をみることができました。 昼間だと、意外と色がくすんでいたりしてがっかりなことも多いのですが、ライトの色味も手伝って3~4割増しの美しさ。
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ところで、紅葉のライトアップも素晴らしかったですが、国宝の仏像の数々も「すごい」の一言(ボキャブラリー貧困です-苦笑)。 それから、ついでと言ってはなんですが、残留を決定したアイスタでの写真も一枚。
その場では、自分は爆発するような喜びはなく、選手・スタッフの喜ぶ姿が見られたことがとてもうれしかったです。そして、自分自身の喜びは、その後時間の経過とともにジワジワと湧いてきました。何か不思議な感じです。
2017年10月03日
飛行機の出発が遅いので、まだ相当時間がある。 ということで、福山城を出た後、尾道へ向かいました。 尾道は一度ゆっくり歩いたことがあるので、どこを見るとはなしに、短い時間散歩でもしようということで。尾道駅の裏手あたりから、寺巡りの散策ルートがあるので、道しるべにしたがって歩いていくと、とあるお寺に花が。コンデジではなく、一眼を持って来きて寺を写し込んだ、色々な風景を撮りたかったなあと思い歩いていくと猫登場。
旅先で、とくにトルコなどイスラム圏(イスラム圏ではムハンマドが猫好きだったとかで、猫がとても可愛がられており街のそこかしこで見られる)で何となく撮っているうちに猫を撮るのが好きになってしまいました。ということで、お寺より猫ということに。(この写真はまだ「お寺」の雰囲気をいかそうと撮ってます)。
とても体格のよいお方。「観光客、ウゼー」と言っているかのよう。
次々に現れます。
爪を研ぐ猫と、その音を聞きつけてのぞきに来た黒猫。
駆けていく猫。
何を見ているのか。
静かにたたずむ猫。
気配を感じて見上げてみると、そこにも。 1時間くらい歩いただけですが、かなりの数の猫が見られました。 以前、尾道を訪れたときは、こんなにいなかったような(それとも、そのころは猫に興味がなかったため気が付かなかったのか?)。
2017年10月02日
初、広島遠征でしたが、結果はご存知の通り、1-1の引き分け。 広島に勝ち点3を与えなかったのは収穫だと思ってます。 しかし、最後の最後の方で次のようなイメージをふくらませてもいました。 ベンチ脇では稲本が「俺を出せ」という感じで、アップを続けていました。これを見て、ここで守備要員としてではなく攻撃要員として稲本投入。相手は勝ち点3をねらって攻めてくるだろうからカウンターが効く場面になる可能性がある。そこで、稲本が前線に駆け上がり決勝点という、去年のホームセレッソ戦のようなイメージをふくらませました。カウンター返しも怖いですが。 ただ、リスクを冒してまで勝ち点3を取りに行くのは、もうちょっと先ですかね。 さて、今回の遠征ですが、例によって観光も。 東京からの飛行機は翼の上ではない窓側を確保。 離陸してしばらくは雲が多かったのですが、大阪上空に差し掛かったあたりから晴れに。 そんななか、広島が近づいたときに撮れた写真が下の写真。
ハート型のため池がありました。いいとしをこいたおっさんがアップするのは、とちょっと躊躇しましたが、珍しい風景なので、やはり上げておくことにしました。 広島空港からは、バスでJR白市(しらいち)駅へ移動。JRで横川(よこがわ)へ。 横川駅前には長蛇の列が。 横川駅からのシャトルバスは、地元サポのエディオンスタジアムへの主要なアクセス方法になっているみたいです。 列は長いのですが、バスは次から次へとやってきますし、係の人も客のさばきにはなれており、ストレスを感じることなくバスに乗車。 しかし、やはりバスです。運行は道路事情に左右されます。途中でノロノロになりました。 一応順調ならば20分で到着ということらしいですが、35分を要しました。(札幌サポは恵まれています。ドームはアクセスが楽ですし、雨の心配もいりませんから)。 試合後も横川駅までシャトルバスで移動し、そこから福山へ向かいました(福山泊)。 今回の第一の目的地は鞆(とも)の浦(「崖の上のポニョ」の舞台になったところらしいです)。江戸時代に港町として栄えたところで、古い街並みも残っています(去年から古い街並み探訪が遠征のついでの観光のテーマみたいになってます)。 翌朝、バスで鞆の浦へ。
対潮楼(福禅寺本堂に隣接する客殿)からの眺めで、鞆の浦で最も有名な眺めといえるでしょう。1711年に来日した朝鮮通信使が「日東第一景勝」と称賛し、1748年に来日した朝鮮通信使がこの客殿を対潮楼と命名。
古い街並み(ただ、こんな街並みがずっと続いているわけではありません)。
お土産屋の店先に置いてあった猫を描いた石。
港。 このあと、福山市内にもどり国宝の本堂・五重塔が残る明王院というお寺へ。
明王院。
国宝五重塔とこのあたりのゆるキャラ「くさどん(このあたりの地名、草戸にちなんだものと思われます)」。しかし、こういう場所にこういうものを置くセンスは。。。 明王院を後にし、30分ほど歩いて福山駅へ。 駅のすぐ裏に福山城があります。 1945年の空襲で、天守閣をはじめ、かなりの建物が焼失していますが、下の写真は創建時から残る建物。
伏見櫓(国重要文化財)。福山城創建時に京都の伏見城から移築された建物。
筋鉄御門(国重要文化財)。この建物も創建時に伏見城から移築されたと言われている。
福山駅からすぐです。
一応、天守閣も(再建されたものです)。
2017年08月07日
5日土曜日はキンチョウスタジアムへ。結果はご存知の通り。何となく勝ち点をとれそうな予感もあったのですが、そうは問屋はおろしてくれませんでした。 立ち上がりの失点がすべてだったような気がします。 先制したセレッソは、コンサがボールを持つとサッと引いて守備陣形を整え、ボールを奪うとFWめがけてボールを蹴り、そこからチャンスにつなげるという戦い方をしてきました(先日のルヴァンカップも同じような戦いかただったような)。 向こうの意図通りゲームが進んでしまい(菅の1点は本当に救いでした)、かなり悔しい思いをしてスタジアムを後にしました。 翌日は例によって観光を入れました。 京都などは殺人的な暑さの予報だったので、目的地はちょっとは涼しいと思われる比叡山に決定。 淀屋橋駅から「比叡山延暦寺巡拝チケット(3300円)」で出発。(いつのまにかスルット関西2日券・3日券が廃止されてしまったのは痛い-このチケットで比叡山のケーブルに乗れたのかどうかはわかりませんが)
まず、淀屋橋-三条-浜大津と移動。 延暦寺に行くためにまず滋賀県に出たのは、延暦寺の表玄関が滋賀県(近江国)の坂本だからなのですが、比叡山にのぼるのは急がず、天台寺門宗(天台宗寺門派)の総本山園城寺(三井寺)に敬意を表して、浜大津駅から三井寺駅へ移動します。写真は園城寺山門。
有名な三井の晩鐘。日本の残したい音風景百選にも選ばれているとか。
境内をずっと歩いて行ったところにある観音堂(西国三十三箇所の十四番札所)。
弁慶が三井寺の鐘を比叡山に引きずり上げたという伝説にちなんだ「弁慶力餅(三井寺力餅)」で一服。(1本140円、お茶つき)
金堂。
三井寺から坂本へ移動し、まず日吉大社へ。この神社には東本宮と西本宮とがあり、写真は東本宮へと向かう道。
東本宮。
西本宮。
坂本ケーブルで延暦寺へ。
坂本ケーブルの終点地点から琵琶湖を望む。やはり下よりはちょっと涼しい感じ。 比叡山は大きく東塔地域、西塔地域、横川地域に分けられ、これらを総称して比叡山延暦寺というそう。かなり広い範囲に分布していてシャトルバスが結んでいます。
延暦寺根本中堂。東塔にある延暦寺の中心(坂本ケーブルの終点から徒歩7~8分)。残念ながら修復工事中。例によって堂内の写真撮影は不可なのですが、内部は神秘的な雰囲気。
横川(よかわ)中堂。
西塔地域の釈迦堂。内陣の特別拝観中でここもとても神秘的な雰囲気。 これで比叡山観光は終了。このあとはロープウェイ・ケーブルを乗り継いて京都の八瀬に下り帰途につきましたしたが、試合結果の悔しさを十分埋め合わせることができる観光でした。
2017年06月23日
在札中、夜の予定はない。 と来れば、行かない選択肢はない。ということで、雨の厚別に行って来ました。 SA席のアウェイ側に陣取りましたが、途中から、いわきサポ・ファンがたくさんいることに気が付きました。 さて、表題の件です。 ヘイスに注目してみていました。 前半はトラップ、パス、キープなどすべてにおいて本調子には程遠い感じ。 パスには意図は感じられるのですが、精度や強さが、そして連携が。。。 後半、しばらく自分の眼にはヘイスは入って来ません。 う~ん、まだ90分は無理なのか? と思いながら、一応主導権は握ってはいるものの、単調な攻めを繰り返すコンサをボーッ見ていました。 そんななか、失点。 そこからのヘイスが去年感じていたヘイスとはちょっと違う感じに。 ピッチ上では、いつも淡々と仕事をこなしているという印象を持っていたのだけれど、劣勢になってから俄然熱さを見せ始めた(と自分には見えました)。 ゴールしたからではなく、動きが激しくなり(まだ動けるじゃないか! 相当セーブしていた?)、厳しい表情も見せながらのチームメイトとのコミュニケーションを見て。 ということで、ヘイスにはリーグ戦でも期待したいと思います。
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