カレンダー
プロフィール
1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索
2018年08月02日
名古屋戦の前日の講演会場。名古屋戦が中止になったのを知ったのは、講演が終わって懇談会をやっている最中でした。ラインで娘が教えてくれました。 講演前に中止を知ったら講演は上の空だっただろうし、講演後で良かったです。 懇談会は上の空でしたが。 高岡の隣に砺波市がありますが、ここから北海道へ移住したグループがあり、岩見沢市栗沢町に砺波という地区があります。 そのことが北日本新聞に載っていました。栗沢の砺波と富山の砺波とは交流があるそうです。富山市へ移動し、翌朝、路面電車に乗ります。ホテルでは半額券2回分いただけます。富山駅ビル内まで電車が行くようになりました。ちなみに、富山駅を設計した人は旭川駅も設計しているので旭川駅と似ています。JR改札が近くて便利です。イタイイタイ病で有名になった神通川。富山城。大学前。これで南富山から大学前までの路線を乗りました。環状線やライトレールはすでに乗っているので、めでたく北陸の路面電車は全線乗ったことになります。 豊橋の路面電車も全線乗っているので、中部地方の路面電車は全て乗ったことになります。 ただし、近いうちに駅の南北(北側のライトレールと南側の路面電車)を接続させるため、90メートルほど新しい区間が誕生するので、いずれ乗りに来ないといけません。
2018年08月01日
高岡に来たのは4年ぶり。前回は大仏を見たり、五箇山に泊まったりしました。 高岡出身の有名人には藤子・F・不二雄がいます。JRの車両はハットリくんラッピングです。他に高岡出身の有名な人は、高峰譲吉、風吹ジュンなどがいますが、コンササポ的には荒谷弘樹ですね。 彼は富山第一高校では柳沢の2年先輩なんですね。 高岡には万葉線があり、路線の大半は併用軌道になっています。 最初に乗ろうと思った電車は年代物でした。年代物も良いかと思って乗ったら、エアコンがありません。酷暑の日にこれに50分も乗ったら熱中症になると思って15分後のにしました。 ドラえもんトラムは人気ありますね。高岡駅を出ると大伴家持の銅像があります。かつて高岡は越中の中心地だったので、大伴家持が赴任していたのです。高岡は万葉の里なので、市の花はかたくりです。和寒と同じとは、縁があるものです。富山新港のところが万葉線の終点です。かつてはここからさらに富山市まで路線があったのに、港を掘ったために路線は廃止され、対岸まではフェリーです。対岸の路線は廃止されてしまいました。この風景を見て、柳川を連想したんですが、日本のベニスと呼ばれているそうです。北日本放送の取材です。クルーが乗ってきました。でも、インタビューはされませんでした。 北海道からドラえもんトラムに乗りに来たんだし、こちらから声をかければよかったですね。こんなときに兄がいたら・・ かたくりカラーの電車も走っていますが、これもエアコンないようです。
2018年07月31日
福井市の路面電車(福井鉄道)です。連接車です。福井市内は併用軌道(路面)ですが、郊外は専用軌道でスピード出します。 併用軌道の低いホームにも、専用軌道の高いホームにも対応できるよう、低いホームではステップが出ます。戦災にあったせいか、道が広いです。福井の路面電車は全線制覇しました。 JR福井駅ですが、ようやく自動改札機が導入されます。福井から金沢までサンダーバード1号に乗ります。おっと、写真を間違えた。こちらのサンダーバード1号です。北陸新幹線の金沢以西も工事が進んでいます。金沢からIRいしかわ鉄道に乗り換えます。赤いのは能登の方へ行く観光列車の能登かがり火1号です。高山線が不通でなければ北陸乗り放題のキップが買えたので、これに乗る予定でした。交直切り替えは、いまだに自動でないのですね。富山県に入りました。風景は北海道に似ていますが、小規模な墓があちこちにあるのが富山の特徴です。高岡市にある福岡駅です。 全国に福岡と名の付く駅はいくつかありますが、北福岡駅は東北新幹線が開業して二戸駅になったので、ここと西鉄福岡駅の2つになり、単に「福岡駅」はここだけです。高岡駅で下車。富山らしいですね。
2018年07月30日
今回は旭川空港からセントレアへ飛びました。最初の目的地は富山県高岡市ですが、富山便は時刻が合わないし、セントレアへは旭川からの便もあって便利なので、遠回りですが、名古屋経由北陸行きとなりました。 全日空に乗るのは3年ぶりです。従って、マイルはほとんど消失しています。搭乗直前にチェックイン機で座席を調べたら、非常口座席がほとんど空いていたので変更し、らくちんでした。全日空もJALと同様、無料WiFiが利用できるようになり、パソコンでメールもネットもできて便利です。富山湾が見えました。明日は富山で講演があるのだし、ここで降ろしてくれたら楽なんだけど。御嶽山や富士山も見えました。セントレアに着きました。LCCもボーディングブリッジ使っているんですね。飛行機は15分遅れで飛び立ちましたが、かなり遅れを取り戻し、セントレアに5分遅れで着きました。 11分後の電車に乗れなければ、北陸線の特急が1時間あとのになるけど、11分で名鉄に乗れるかどうか、勝負しました。 電車発車9分前に飛行機のドアが開き、8分前に飛行機を降りました。 幸い、ターミナルの比較的中央の駐機場なので、走らなくても間に合いそうでした。でも、少し走りました。 予定の電車は全席指定なので、できたら券売機か窓口で指定券(360円のミューチケット)を買っておきたい。 名鉄の券売機は行列してなく、指定券を買ってから乗ることにしました。 (Suicaあるから何も買わずに乗り、車掌さんから買ってもOKなんですが) 購入方法は知らなかったけど、あっという間に買えちゃいました。 列車の指定や窓側か通路側かなど、いくつも選択があるのに、たぶん10秒ほどの超早業! 自分でもびっくりしました。 結局、発車3分前に乗ることができました。走らなくてもよかったんだ。モニターで前面展望が見れます。さて、予定通り名古屋駅に着いたものの、もう一つ関門があります。 名鉄から新幹線の乗り継ぎ時間は14分なんですが、その間にみどりの窓口で「北陸観光フリーきっぷ」を買い、さらに往復の指定もするのです。 窓口が行列していたらアウトですが、やっぱり行列していて、1時間あとの電車になることは明白でした。でも、それだけではありません。 窓口の係員から「先日の水害で高山線は不通になってます」 北陸観光フリーきっぷは片道は北陸線、もう片道は高山線を利用する方式なので、販売休止しているのです。 私としたことが高山線が不通だということを知らずにいたとは・・ 高山線はよく不通になるから、ちゃんと調べておかなければいけないんでした。大失敗。スカパーの鉄道チャンネルの「鉄道ニュース」が放送終了になってなければ知っていたんだろうなぁ。 いつもなら頭が真っ白になるところでしょうけど、即座に冷静にプランBを考えつき、まずは本日宿泊予定の福井まで高速バスに乗ることにしました。 名古屋駅前(ミッドランドスクエア)からバスに乗ります。乗客は約20人で、相席にならずにゆったり座れました。賤ヶ岳サービスエリアで休憩。賤ヶ岳は秀吉と柴田勝家の古戦場ですね。福井の某横インにチェックインしたんですが、シングルルームなのに枕やバスタオル、スリッパなどが二人分ありました。それもそのはず、ルームナンバーが良い夫婦。翌朝は6時に一旦ホテルを出て、朝飯前のミッションがあります。 福井駅前。えちぜん鉄道の待合室。えちぜん鉄道に乗って、路面電車の始発駅の田原町を目指します。6:15福井発はがらがら。左の高架はJR。JRの高架とえちぜん鉄道の高架の間は、高架になる前のえちぜん鉄道の敷地のようです。たぶんここに新幹線が走るのでしょう。 あと5年弱で金沢・敦賀間が開通するそうです。
2018年04月26日
西川口の某横インをチェックアウトして京浜東北線に乗ります。来月、王子にも安い料金の某横インがオープンするので、西川口のに泊まるのは今回が最後だと思います。 とにかく安くて重宝しました。 赤羽で上野東京ラインに乗り換え、品川を目指します。車掌さんは窓から顔を出すことができて良いですね。運転士の方がもっと良いか (笑新橋ではゆりかもめが見えます。浜松町・田町間ではモノレールが見えます。20日にモノレールに乗った時は、本物のゆりかもめを見かけました。品川が近づくとサンライズが見えます。羽田空港に着いたら久しぶりにドレミファインバーター音聞きました。ドレミファというより、ファソラシドレミファソーなんですけどね。 帰りはモノレールではなく京急にして良かった。 淡路さんのブログで、阪急コンサドーレ号を紹介してましたが、そういえば浅草線に5300系があるから、もしかしたら品川から浅草線コンサドーレ号が見れるかと期待したけど見かけませんでした。いずれ見かけるでしょう。 羽田第1の14番ゲート付近がリニューアルされ、寿司バーができていました。 普通の回転すしの倍くらいの値段のようです。旭川行きなので当然、選手は乗り合わせていませんし、他のエリアでも見かけなかったけど、試合の日のうちに札幌に戻ったでしょうか。急げば最終便の20:30にぎりぎり間に合うでしょう。日曜の午前中に羽田を出る便なので空いてました。空いているのは良いのですが、もともとボーイング767は離陸時にかかるGが大きくて辛いのに、空いていて軽いから、よけいGが強くかかって失神しそうになりました。 旭川便だと貨物が少ないということもあるのでしょうね。帰りも珍しく右舷側にしました。したがって、富士山や東京都内が見えず、千葉が見えます。右舷側は富士山などが見えない欠点の他、右手にカメラを持つと撮影しにくいということもあるんですよ。 富良野が見えました。手前右の山のあちらがわ斜面は富良野スキー場です。旭川に着きました。良い旅でした。ところで次女のスタジアム観戦は18試合負けなしです。 先日の浦和戦で、また記録を伸ばしました。 最後に負けたのは2015年11月のヤマハスタジアムで、2016年3月13日のドーム愛媛戦以来、14勝4分0敗です。 2016年はJ2だったから勝率が良いのはわかるとして、昨年はJ1なのに5勝1分0敗とは凄いです。どんどんスタジアムに行ってもらわないと。
2018年04月23日
娘と10時に待ち合わせしていたのですが、私はいつも通り朝5時に起きたので、6時半にホテルを出て約3時間、鉄道の旅を楽しみます。 西川口から京浜東北で南浦和へ行き、武蔵野線に乗り換え。このところよく武蔵野線に乗りますが、相変わらず武蔵野線は混雑してます。もともと、貨物主体の路線として開業したので、ホームは8両分しかないし、貨物列車も多いので、10分おきにしか運転していないのです。 武蔵野線は京浜東北線と十文字にクロスしています。乗客は乗り換えができますが、貨物は載せ替えなどやってられませんから、約90度カーブして武蔵野線から大宮へ行く支線があるのですが、旅客列車も朝夕の数本だけ運転があり、支線の旅を楽しみました。しもうさ号(武蔵浦和から西浦和支線で大宮へ)と、むさしの号(西浦和から大宮支線で大宮へ)の2つとも乗りました。 まずは南浦和で、しもうさ号に乗り、武蔵浦和からの西浦和支線を目指します。これで大宮へ行き、大宮から京浜東北で再び南浦和へ行き、武蔵野線の府中本町行に乗り、北朝霞で、むさしの号に乗り換え、大宮支線に行きます。(西浦和は停車しないので、もう1つ西の北朝霞から乗車)朝は1本ずつしかないのに、絶妙なタイミングで両方乗れちゃうんです。 で、また大宮へ行き、短絡線2ルートを制覇しました。 そのあと、川越経由でまたも大宮に行ったので、同じ日に3回も大宮に行ったことになります。 武蔵野線はあと少しで全線制覇できますが、定期旅客列車の走っていない府中本町・鶴見間は、いつになったら乗れるかな。 大宮ではこれを見かけました。 日光に行く253系きぬがわでしょうか。成田エクスプレスで使っていた車両をリニューアルしたはず。まだ時間があったので、大宮から上野東京ラインで東京駅まで行きました。尾久ではいろいろ見れます。カシオペアですね。北斗星で使っていた車両。これほしい!東京駅。東京駅でUターンし、東十条駅に着きました。左のコンクリートの柱は新幹線の橋脚です。かつては東十条行きの京浜東北線の列車がちょこちょこあったのですが、最近はほとんどありません。区間運転はほとんどは南浦和行きです。 そうでないと赤羽や川口、西川口あたりまで混雑がひどくなるでしょうからね。 昔、横浜に住んでいたときは東十条行きによく乗ったので、東十条は馴染んでいるんですよね。 新宿から日光・鬼怒川に行く列車です。車両は東武スペーシアで、湘南新宿ラインを走り、久喜からは東武線を走ります。東十条から川越へ行く場合、普通は大宮経由で行きますが、天邪鬼面白い選択をして池袋から東上線にしました。 値段は60円高く(JRの定期を持っている娘はもっと高いが)、時間は10分くらい多くかかるけど、東上線は乗ったことがないし、娘が湘南新宿ラインの赤羽・池袋間ががノンストップなのに埼京線よりも時間がかかるのを不思議に思っていたので、それの説明ができることもあって池袋経由にしました。 謎は以前、こちらで説明しましたが、大宮駅での線路配線や車両編成長などの制約から、湘南新宿ラインの車両は埼京線を走ることができず、赤羽・池袋間は東北貨物線と山手貨物線を走るので遠回りになるからです。池袋で猫展やってました。東上線の池袋駅です。90度回転させるとクロスシートになり、指定席(TJライナーなど)として運行できる車両です。ロングシートにしていても、アームレストがあるから楽です。 ロングシートが疲れるのは、加減速のときに上半身が左右に振られ、それに抵抗するために筋肉を使うからですが、アームレストがあれば、かなり筋肉の使用が少なくなり、疲れません。
2018年03月25日
今日は旭山動物園号の運行最終日です。旭川行のこの便の折り返しを持って最期になります。近文駅で撮りましたが、10人以上同じ穴の狢仲間がいて、あまり良い場所取れなかったですけど、どうにか撮れました。 廃線ではないので敗戦の心配ありません (笑 この車両はスクラップにするのだろうか。動物園で保存できないかな。 東旭川駅から線路敷設して動物園まで運行できたら最高だけど無理でしょうね。
2018年02月12日
昨日、何年かぶりに旭川冬まつりに行ってきました。 車は無料で駐車できる近文駅に置いてJRで旭川駅まで行きました。買物公園に氷像が展示されています。沖縄の人の作品で、琉球色がありますね。こちらは大雪像のある常盤公園。自衛隊が作りました。市民雪像のコーナー。ドーレくんの雪像がないかと思ったのですが、フクロウの雪像を発見!しかも、「北海道コ・・」です!でも、ドーレくんに似てませんね。北海道コカコーラは広告で、制作は旭川実業高校なのかな。清宮選手とか、そっち系のは見かけませんでしたね。 モスクはインドネシア人らしき人で賑わっていました。タイ人ではないかと思いますが、半袖の人(白い服の人)がいてびっくり。
2017年12月21日
今日はJALの以前のトラブルが報じられていますが、それはおいといて・・ 今年のアウェイ遠征は過去最多の5回で、それ以外の出張などで合計7回道外に行き、14回、飛行機に乗りました。 かつて旭川・羽田の航空便はエアシステムだったため、昨年まではエアシステム(TDAを含む)に乗った回数が一番多かったのですが、今年でJALが一番になりました。 JAL 57回 JAS 54回 ANA 51回 ADO 27回 SKY 19回 HAC 3回 BA 3回 SQ 3回 このほか、南西航空と中央航空が2回あります。LCCはまだ一度も乗ってないです。 機種別にまとめてみました。こちらもかつて旭川・羽田の主力機がA300だったのでしばらくトップだったのですが、現在は737ですね。 737 56 A300 49 767 36 747 27 727 13 777 5 A320 5 DC9 9 DC10 4 YS11 4 DC8 3 SAAB 3 787 2 アイランダー 2 トライスター 1 CRJ1 1 DHC8-400 1
2017年12月11日
今年はもう試合がないので封印していた廃線跡探訪は解禁しました。手宮線跡ですが、外国人に人気があるみたいです。レールはまだ残されているそうです。 なお、わざわざここに足を運んだのではなく、目的地が廃線跡に隣接していたのです。 来年は「廃線跡を見ると敗戦」のジンクスは消滅させたいですね。 似鳥美術館です。1階のギャラリーだけウインドウショッピングしました。以前の拓銀小樽支店で、小林多喜二はここに勤務していたそうです。 かつては北のウォール街と呼ばれていたので、銀行跡が多いですね。それにしても、ニューヨークの北ではないのに北のウォール街というのは、どうも釈然としないのですよね。 同様に、オホーツク海の南端にあるのに北オホーツクと名乗ったり(浜頓別と枝幸などが合併協議をしたときに「北オホーツク町」が候補でしたが、オホーツク市の1600kmも南なんですよね)、アルプスの北ではないのに北アルプスとか、南でもないのに南アルプス市というのもおかしなものです。 コンサのサポートシップのお店を見つけたので入ろうかと思ったけど、花屋さんではちょっと場違いだし、喘息に影響しそうでスルー。市立博物館で展示してましたが、雪まつりは1935年の小樽尋常小学校が発祥だとか。1940年の写真ですから、戦車や戦艦などが幅をきかせてますね。ちなみに、世界で最初と言われる雪まつりはケベックシティーのウインターカーニバルで、こちらは1894年ですから、小樽のは、正しくは日本発祥、あるいは日本初ということになりますが、日本初が道内で良かったです。 スキーの日本発祥は北海道ではなく新潟にとられましたからね。 もっとも、それ以前に札幌でスキーが紹介された事実はあるので、新潟が日本初を名乗ったときに異議を唱えたらよかったのに。 今ではこの名称(クロンボストーブ)は使うことができませんね。
2017年12月10日
土曜日は小樽へ行って来ました。 旭川10:00発の特急に乗れば所用に間に合いますが、せっかく小樽へ行くのだからと、早いのに乗ったので、まだ薄暗いです。札幌で乗り換え。721系なのでクロスシートで良かったです。昔は旭川から急行かむいに乗ったら終点は小樽だったんですけどね。 小樽が見えて来ました。銭函付近ではサーファーがたくさんいてびっくりしました。 なにもこんなに寒い時期にしなくても、と思いました。 我慢比べか罰ゲームなの? と思ってしまいます。 小樽に着きました。私が子どもの頃(1960年代)、小樽駅に着いたらホームから階段で地下へ下がり、そのまま駅舎に入る(そこが駅舎の1階)立体構造に驚いたものです。(田舎に住んでいたので)小樽はどこも中国人・韓国人・タイ人などでいっぱいで、聞えてくるのは外国語ばかりでした。バスはチェーンを巻いてました。坂の町ですからね。小樽市立総合博物館(旧、手宮鉄道記念館)へ行きました。しずか号です。ゲージは蒸気圧のしかありません。普通、最も重要なゲージはブレーキの空気圧なんですが(速度計ではありません。スピードは体感で、だいたいわかりますから。)、このころはまだ空気圧ブレーキではなく、蒸気圧で機関車のブレーキをかけていたのです。 客車のブレーキはどうしていたのかという疑問がありますが、真空ブレーキで機関車から客車の制動をかけるシステムになっていたのではと思いますが(SLは簡単に真空を作れるので)、それらしき機器が見当たらなかったので、復元化のときに再現しなかったのか、あるいは導入初期は車掌がハンドブレーキで制動かけたのか? あるいは鎖で機関車から制動かけたのか? 今度行ったときに質問してみます。 屋外展示は完全に閉鎖でした。これでは行った甲斐がないというもの。入場料は夏は400円で、冬は300円ですが、夏は600円、冬は200円が適切ではないかな。暖房料?8年前、兄と一緒に行ったときの写真です。
2017年12月08日
北海道は難読地名が多いと良く言われますが、道外でも意外とあるんですよね。 東京だって日暮里とか御徒町などは本当は難読なのに、知名度が高くて読めない人はほとんどいないだけの話なんですよね。 東雲(しののめ)はまだ知られている方ですが、舎人(とねり)なんか、地元の人以外はほとんど読めないでしょう。 舎人ライナーができて、少し知られるようになりましたが。 青梅線にある難読駅。これ(こり駅)も青梅線ですが、難読というより誤読されやすいですね。福生は有名だからたいがい読めるでしょうけど、知らないと読めないですよね。国立や大成は、全然難読っぽくないけど、知らないと正しく読めませんね。 国立は有名ですから答えを書く必要はないでしょうけど、大成は埼玉の人か鉄道マニアでないと正しく「おおなり」とは読めないでしょう。 大成はニューシャトルの駅名になって少し知名度上がったかと思いますが、「鉄道博物館」に駅名変更されてしまいました。 千葉は意外と難読駅名が多くて、酒々井(しすい)、八街(やちまた)、巌根(いわね)、誉田(ほんだ)、行川(なめがわ)、安食(あじき)、東浪見(とらみ)などがありますね。 大阪で有名な難読地名は放出(はなてん)で、普通は絶対読めないけど、放出中古車センターのTVCMの影響で、関西の人なら誰でも読めるんですよね。 四方田は難読ですよね。私は読めなかったです。四方山話があるから、「よもだ」と聞いて、ああ、そうだとは思いましたが。 財前は白い巨塔で有名になったから、読める人が多いと思います。 四方田は名前ランキングで4559位、全国に約2500人、いらっしゃるそうです。 四方に広がる良い田んぼが語源だそうです。 埼玉県に多い名前で(多いと言っても約1200人)、本庄市に四方田の地名がありますが、「しほうだ」の読みですね。 四方田さんが生まれた横浜市には約60人、神奈川県全体でも180人ほど四方田さんがいらっしゃるようです。 コンサの選手では、阿波加や鳥居塚など、珍しい名前の選手もちらほらいますが、たいがいは普通に読むと正解ですが、村主と埜下はちょっと読みが難しいですよね。
2017年11月30日
すべてのミッションが終了し、横浜駅から京急で羽田へ向かいます。横浜方面から羽田へは10分おきに直通の急行があって便利ですけど、直通でないのでも早く着くので京急蒲田乗り換えのにしました。 従って、京急に乗り入れている都営地下鉄や京成、北総などの車両も来ます。これは北総7300系のようですが、あまり見かけない形式ですね。というか、北総のオリジナル車両自体、少ないですね。羽田のラウンジで休憩。最悪だった体調もかなり回復してきました。往復ともJALのB-767。最も好きな機体です。座席幅が737などよりもほんの少し広いし、2人掛けの座席があるのが良いのです。737やA-320などは狭い上に3人掛けしかないので嫌いです。(クラスJなら良いけど)離陸前にこれの表示を見たのは初めてです。高度は0メートルではなく9メートルです。センサーの位置がそうだからでしょうけど、じゃあ、着陸のとき、パイロットが高度を見るとき、その分を差し引いて「あと何メートルで接地」と考えているのだろうか、いや、そんな細かいことは計器をみるまでもなく、目視でわかるか。珍しく手を振ってくれません。A滑走路横の誘導路の北の方から南端を目指します。A滑走路から離陸かと思ったらC滑走路へ移動になりました。ここから北に向かって離陸なので、羽田空港1周の旅ができました。東京遊覧もできました。スカイツリーだったら並んでお金払ってですからお得な気分になります。函館付近を通過し、あと30分で旭川到着と思ったら、旭川空港が雪のため除雪中で、30分くらい到着が遅れますとのアナウンスがありました。 芦別と三笠の間を4往復半して除雪が終わるのを待ちました。でも、千歳に降りるとか羽田に引き返すのではなかったのでホッとしました。上空で旋回して待機というのは初めての経験です。 晴れていれば良い遊覧飛行だったのですが、見えるのは雲ばかり。雲の研究をしている人なら飽きないのかも知れないけど・・高度7000メートルでした。結局50分遅れでしたが、旭川に降りることができて良かったです。 今まで200回以上飛行機に乗ったけど、欠航は2回で、1時間以上遅れたのは6時間遅れ(千歳→神戸)が1回と3時間遅れ(パリ→シンガポール)が1回あっただけで、たいがい1時間以内の遅れで済んでますね。 乗り継ぎできなかったのはシンガポールの1回だけでした。 欠航2回のうち、1回は1時間後の便(千歳・羽田ANA)に乗れたので、大した影響はなかったけど、もう1回は1日に1便しかなかった長崎・鹿児島で、陸路に変更し、枕崎の友人に会えなかったですね。 幸い、吹雪や台風で空港が閉鎖になり、空港カウンターの長蛇の列に並んだり、急遽、自分で宿を探すような経験はありません。 きわどいのは何回かあったけど。 シンガポールでは航空会社がホテルを世話してくれ、代金も出してくれました。 長いこと海外旅行していないけど、今度行くとしたらコンサのACLの試合のときでしょうね。 その前にクラブワールドカップがあったりして。
2017年11月27日
当然のことながら、原鉄道模型博物館にはジオラマがあります。鉄道模型は通常、レールから集電するのですが、(従って左右2本でプラスマイナス分けてある)ここでは架線も張ってあり、架線から集電も可能となっています。さらに、実際の鉄道と同様に惰性での走行を可能にするため、通常の鉄道模型とは違うギアを使っています。また、発電ブレーキがかからないよう、モーターや電気回路に工夫をしているそうです。また、普通は柔らかくて加工しやすい真鍮や洋銀のレールを用いるところ、本物にこだわって鉄のレールをつかっているので、走行音が本物に近いのです。 日本で最も傑出したSLは何かと言われたら、C-51でしょう。大正9年に登場しましたが、1750㎜の動輪直径はC-62などと同じで日本最大です。 それまで東京・神戸間は11時間40分かかっていたのが9時間に大幅短縮ができ、「超特急」の言葉が誕生したのはこのときだったくらい、C-51は画期的な機関車でした。 狭軌でもこれだけ優れたSLを作れたのなら、標準軌に改軌する必要はないと考えられ、それまでの改軌論が完全になくなったそうです。 C-51の後継がC-55、C-57で、ほとんど同じ性能です。 ちなみに線路(路盤)が弱い地方路線でも走れるように軸重を軽くしたC-54は空転しやすく失敗作でした。 難燃化対策で客車を鋼鉄製にした重量増加に対応するため、よりパワーのあるC-53やC-59、C-62が登場して東海道線の特急はこれらが牽引するようになって、C-51やC-55、C-57は亜幹線で活躍することになりました。 原信太郎は子どものときから鉄道開通の何日か前から並んで1番キップを買う趣味がありました。新幹線のときもそうでした。銀座線が銀座まで延伸するときも並んで入手したそうです。鉄道模型では脱線しにくくするため、車輪のフランジを大きくするのが普通ですが、SLの動輪は、隣の車輪との隙間が少なく、フランジを大きくするのが困難なため、動輪だけを車体よりもより縮小させるか、あるいは動輪間の距離を長くします。だから実物とは微妙に変わってくるのですが、ここの模型はフランジを大きくすることなく、忠実に再現しています。
2017年11月25日
横浜駅近くに原鉄道模型博物館があります。 鉄道模型というと、おもちゃではないものの、しょせん、ただの模型だと思う人も少なくないかもしれません。 でも、原鉄道模型博物館に展示されているのは非常に精巧に作られ、忠実に実物を再現されているし、実物の鉄道写真や動画もたくさん見ることができるので、鉄道模型マニアでなくても楽しめる鉄道博物館なんです。 横浜駅東口から歩いて行き、日産本社ビルの隣なんですが、日産ビル裏手から表通りに出る道がわからず、仕方なく日産本社ロビー内を通ることになってしまいました。ただ通り過ぎるのもばつが悪くて受付のお姉さんに「写真撮っても良いですか」と言って撮影し、見学客を装ってから隣のビルへ行きました。バレバレだったとしても迷惑な客ということはないと思いますが。 特に今は不祥事の渦中にありますし。 そうそう、荷物は横浜そごうで預かってもらいました。 東京の百貨店だとたいがい有料ですが(1個500円とかするのでコインロッカーより高い!)、ここは札幌大丸などと同じく無料で助かります。冷蔵ロッカーも100円入れて返却されます。 帰りにそごうで中華菓子を買いましたので、ちゃっかり預けたわけではありません。 でも、原鉄道模型博物館にも無料ロッカーはあったんですが。元祖、或る列車。現在版、或る列車。戦前にステンレスカーとは凄いです。さすがアメリカです。キハ80系はパワー不足だったのだから、ステンレスにして軽量化を図ったらたらよかったのに。ステンレスだと加工が大変だと思います。模型作りは苦労しただろうと思います。そう思って見たら関係者は喜ぶと思うけど、そう思う人はほとんどいないかな。オーストラリアで活躍したガラット式SLの仕組みが良くわからなかったけど、これで良くわかりました。下の写真、上の段のです。水や石炭を消費すると動輪の軸重が変動する欠点もあります。従って、軸重制限が厳しく空転とぎりぎりの線をいっている日本ではとうてい無理な形式です。 世界最大のSL、ビッグボーイ。下の写真中段です。機関車(炭水車を除く)だけで345トンもあります。(農試公園には1256トンのSLがありますが)日本最強のSLでも2000馬力弱なので、その4倍くらいのパワーですね。アメリカで静態保存しているビッグボーイを整備して再来年には走らせるそうで、見に行きたいですね。 こちらの方がさらにパワーがあるとか。下の写真中段のです。シェイ式(ギヤ式)SL。シェイギヤードはかつて台湾の山岳鉄道で活躍したのが有名です。たまたまですが、ロマンスカー展やっていました。一世を風靡した3100系。来春デビューする70000系。連接台車の芯皿。これは実物です。}
カレンダー
プロフィール
1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索