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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2017年11月25日
昨晩、伊丹から3時間かけて関空まで飛んだJALがあったのには笑ってしまいました。(お気の毒なので笑っては失礼なんですが) あと、羽田から新千歳まで1往復半したJALもありました。 トワイライトとかカシオペアなどだったら、たくさん乗れてラッキーなんですが、これはさすがに私でも歓迎しませんね。 清水の帰りは旭川空港の除雪で芦別・三笠間上空を4往復半しましたが。 さて、試合の晩は沼津のホテルにしました。 勝ったあとなので気分よく沼津まで45分間乗れました。シャトルバスの混雑・渋滞で疲れていたので半分座って行きましたが、空いていたので楽でした。当初、清水駅近くのホテルを予約していたものの、初めてのホテルだと芳香剤がきつくないか不安もあり、沼津の東横インにしました。東横ならどこも芳香剤はきくつなく安心なんですが、静岡市に東横がないんです。 県庁所在地に東横がないのは津と高知と静岡くらいなんですけどね。 東横が好きなのは安いだけでなく、芳香剤の点で安心ということもあるのです。 ちなみに、今年道外に14泊(知人宅1泊除く)しましたが、そのうち12泊は東横インでした。 鳥栖と鹿屋に東横があれば、全部東横に泊まったでしょう。 試合翌日は羽田15:45発に乗るので、ちょっと時間があります。 小田原から小田急(ロマンスカーでもOK)に乗って海老名から相鉄で横浜に行くことも考えました、JRだけで行くより時間はかかりますが、200円くらい安くなります。ロマンスカーに乗っても300円くらい高いだけ。 でも、往路と同じようなルートでは面白くない、というか、御殿場線は一部区間(国府津・松田間)だけ乗ったことがないので、その区間を乗って小田急・相鉄で横浜を目指すことにしました。 沼津から宇都宮行の上野東京ラインに乗り、小田原から2駅横浜寄りにある国府津で御殿場線に乗り換えます。国府津には平日の湘南ライナーとして使う215系(全車2階建て)が回送されて来ていました。御殿場線に入りました。一見、複線を右側通行しているように見えますが、左は車両基地に行く車庫線。御殿場線は丹那トンネルができるまでは東海道本線だったので、以前は複線だったのですが、戦時中の資材不足のときに線路をはがして単線になってしまっています。 大きな車両基地があるのです。御殿場線の松田駅で下車し、すぐそばにある小田急新松田駅から小田急に乗ります。すぐに新松田と海老名に停車するロマンスカーはないので急行に乗りました。海老名で相鉄に乗り換えです。海老名は横浜で勤務していたとき、定期的に施設訪問をしていたので懐かしいです。 途中の二俣川から支線のいずみ野線に乗り換えて湘南台を目指しますが、ゆめが丘駅はとてもモダンな作りです。開通してまだ18年の新しい路線です。ヨーロッパの駅みたいに感じました。湘南台から二俣川に戻って横浜へ行きました。 喘息が悪化していましたが、朝4時に目が覚め、前日の試合の興奮の影響か、二度寝できなくて睡眠不足もあいまって、体調は絶不調でしたが、海老名駅でカレーそばを食べたら少し元気が出て、予定通り横浜では行きたかった原鉄道模型博物館へ行くことができました。
2017年11月22日
小田原に着いたものの、そこは東京と清水の中間地点で、先はまだまだあります。 小田原から新幹線で静岡まで行くのが楽ですけど、特急料金は東京からの半分では済まず、7割ほどの料金で損した気分になるので、普通列車で行くことにしました。 真っすぐ向かえば普通列車でも開門には間に合うのですが、雨だし体調も良くないので、キックオフぎりぎりに着くことにしました。 時間調整ならおまかせあり! 小田原なら伊豆箱根鉄道大雄山線に乗るのが最適。往復で約1時間の遅延行為時間調整になります。乗り放題のキップを買いました。普通に往復するのと同額なので、普通のキップかSuicaでもよかったんですが。なんで金太郎キップという名称かと言うと、終点の南足柄市は金太郎伝説があるからです。もっとも、金太郎の発祥地と名乗る町は静岡・長野・新潟など各地にありますね。 もともとは参詣鉄道として誕生した路線ですが、この路線沿線には富士フィルムやアサヒビールなどの工場があって、通勤客は小田原方向だけでなく、反対方向も多く、経営的に効率が良いそうです。アサヒビール園まであるそうです。 JR小田原駅に行くと、なんで651がとまっているのかと思ったのですが、伊豆クレイルでした。熱海までこれに乗ることもとっさに考えましたが、40分あとの発車になるし、グリーン料金必要だし、どうせ乗るならせめて伊豆高原くらいまで乗りたいし、スルーしましたが、やっぱり乗るんだったと、後悔の気持ちもありますが、今度アイスタへ行くときに時間が合えば乗ります。 小田原を出ました。景色は良いですが、ちょっと車内は混雑していました。やっぱり新幹線がよかったかとも思いましたが、ロマンスカーに乗れたし、ここは我慢して節約。 沼津で下車してホテルに荷物を預け、再度JRに乗ろうとしましたが、土曜の昼過ぎのせいか、かなり混雑していたので、ランチにして2本遅らせたら、さほど混んでなく、前面展望ゲットできました。JR東海の車両は運転席を無駄に広くしないで客席を広くしようという設計は良いのですが、だからと言って車両数をけちって混雑してしまうのは困ります。熱海から沼津までは3両しかなくて混雑しました。 吉原駅では岳南電車がとまってました。2年前にヤマスタへ行く前に乗りました。富士市は製紙工場が多いですね。富士川を渡ると静岡市清水区です。いよいよ決戦の舞台です。着いた~駅名表示板までエスパルスの色です。 いや、JR東海の色なので、磐田駅でもこれですから。 キックオフ1時間前に駅に着いたので、さらに遅延行為時間調整するため、お土産屋の下見をしに西口のアーケード街に行きました。どの店に行っても、「試合前に食べて行きませんか?」とか「試合後もやっているからまた寄ってね」など、レプリカ着た私がエスパルス戦を見に行くアウェイサポだとお分かりでした。 さすがサッカー王国です。 国鉄清水港線の廃線跡は見に行きませんでした。これが勝因です。 見に行く・行かない以前に存在すら忘れてしまっていて、試合後に見るのを忘れてしまい悔しいです。まあ、おかげで勝てたから良いか。 シャトルバス乗り場やイベントやっていた東口広場は貨物ヤードだったということもすっかり忘れていました。 鳥栖のように、ヤード跡地にスタジアム作ればよかったのにとも思ったけど、鳥栖ほど広くなくて無理みたいです。 ところで、来年は平塚で試合がありますが、新宿からなら藤沢までロマンスカーに乗り、藤沢からJRという方法もあります。 所用時間はJRの湘南新宿ラインや山手線と東海道線を使うのと同じくらいで、値段は299円高いだけで藤沢までロマンスカーに乗れるのですからお得です。 日産に行く場合、町田までロマンスカーで、町田から小机まで横浜線という方法もあるけど、さすがに費用対効果が悪そうで計算してませんが、マニアならそれも悪くないでしょうね。私なら絶対そうする 追記です 新宿から地下鉄かJR経由で東横線に乗って菊名から小机へ行くと50分前後かかり、540円程度です。 町田までロンスカーで、町田から横浜線だと40~45分で1090円です。 東横線(副都心線)や山手線の混雑を考えると、マニアでなくても町田経由はまんざらでもないかも。 ロマンスカーでなく、急行でも来年3月からスピードアップするし、東横線経由よりも少し早そうです。運賃は680円なので、全然悪くありませんね。 距離は遠くなるけど、乗り換えは1回だし(東横線利用なら2回乗り換え)、意外と早いことがわかりました。 地図を見たら遠回りだし、一般的な選択肢にならないだろうと思い込んでいました。調べてみるもんだ。 ジョルダンとかNAVITIMEではこのルートは出てこないかも。
2017年11月21日
北千住駅の地下鉄千代田線のホームでロマンスカーが来るのを待ちます。普通の列車はこの通り、土曜とは言え、朝の通勤時間帯なので混雑しています。 この普通の地下鉄のホームからロマンスカーに乗ります。やってきました。60000系です。いくつかのデザイン賞を受賞しています。運転台のすぐ後ろの1号車1番D席をゲットできました。最初は空いてなく、4Dを予約したのですが、雨でキャンセルした人がいたのか、1番前の席が空いたのに気づいて乗車2時間前に変更しました。相席になった場合は違う席に変更しようと思って空席状況を確認しただけなのに、まさか1番前が取れるとは思ってなかったです。 それにしても、こんなことができるのはインターネットのおかげです。便利な世の中になったものです。 北千住・大手町・霞ヶ関・表参道に停車し、それ以外の駅は通過し、代々木上原で地上に出て小田急線内を走ります。東北沢・世田谷代田間の複々線化工事はまもなく終わり、3月からは大増発になるとともに、有名な朝の急行のノロノロ運転は解消するようです。多摩川を渡って川崎市。神奈川県西部の名峰、大山です。丹沢山系になります。ロマンスカーと言えばこれですよね。これは1980年に登場した7000系ですが、先代で1963年に登場した3100系とともにロマンスカーの代表ですよね。私が子どものころ、図鑑に良く載っていたのはロマンスカー、けごん、パノラマカー、ビスタカー、こだま(151系)でしたが、ロマンスカーが最高峰だったかな。 それに、連接車というのも良いですよね。 世界初の電車特急だし、これに刺激を受けて、というか、国鉄もこの開発に協力し、そのデータを元に151系こだまを作り、新幹線へと受け継がれていくのですから。 新松田の手前にJR松田駅へ行く連絡線(松田線)があります。御殿場方面へ行くロマンスカー(あさぎり)はここからJR線へ乗り入れます。小田原駅に着いたら、新宿から来たロマンスカー・50000系がいました。これは連接車です。7000系かこれに乗りたかった。今度アイスタで試合があるときは新宿から乗ります。ちなみに、ロマンスカーは値段が高いと思うかも知れませんが、実は安いのです。 小田急は、そもそも運賃が安く、新宿・小田原間は874円(ICカード利用)ですが、JRの1490円よりもかなり安く、特急料金は890円で、新幹線の東京・小田原間の2250円の半分以下です。 合計すると1764円で、JR(新幹線)の3740円の半分以下なんです。 新幹線の自由席なら3220円ですが、それでもまだかなり差があります。 JRの普通列車と比べても、たったの274円高いだけでロマンスカーに乗れるのですから、「節約してJRの普通列車で行こう」という考えは馬鹿馬鹿しいというか、本当に節約するなら特急料金のかからない小田急の急行を使えば良いのです。 羽田発着の場合は小田原・海老名間を小田急、海老名・横浜間を相鉄に乗ればJRより200円くらい安くなりますが、これはお勧めしません。 でも、帰りの私はそうだった (笑
2017年11月20日
試合翌朝の静岡新聞です。記事の内容はnakanoさんが紹介してます。今回は旭川空港からJALでした。天気も良く、いつも通り襟裳岬・下北半島・仙台港・ケーズデンキスタジアム・茨城空港・成田空港・印旛沼が見えるコースで羽田C滑走路に着陸。富士山は見えなかったです。 定刻より早く着いたので、今回はモノレールではなく、京急に乗り、西馬込を目指します。 京急蒲田駅は上下2層なので、手前で上下に分かれます。複線のように見えますが、単線が2本なんです。実際、双方向列車が走ります。(横浜方面へ行くのと品川方面へ行くのとでは反対の線路を走るので) 以前は単線1本だけだったので、空港線の列車本数が少なく、混雑しましたよね。 時間があったので、泉岳寺から浅草線の西馬込まで乗りました。 浅草線は泉岳寺から浅草方面は頻繁に乗りますが、反対方向は乗る機会がなく、乗ったことありませんでした。 寄り道のあと、今度は有楽町へ。JR有楽町の東口にある交通会館では、全国各地の名物を売るお店(アンテナショップ)がたくさんあり、お手頃価格の物もたくさんあって、お土産を買うのにとても重宝します。 富山の物産を売っているお店。ますの寿司は売り切れていました。和歌山の物産を売っているお店。徳島のお店で買った鳴門わかめや和歌山のお店のみかんや銀杏など、どれもお手頃価格でしたし、あちらへ旅行した気分になりました。東京から帰る際、羽田に行く前にここに寄ると良いですよ。日曜もやってますから。 どさんこプラザもありますので、北海道土産を買い忘れて東京に着いたときはここで仕入れる手もあります。 有楽町はデパ地下がなくなったので(「有楽町で逢いましょう」のCMは有楽町そごう)不便になりましたが、ここである程度、食品を買うことができます。 ホテルは大手町だったので、丸ノ内線銀座駅から乗りました。古い路線なので、天井が低いですね。戦時中に工事が始まり、まもなく中止され、1956年に工事が再開されて1957年に開業してます。 エスカレーターがなく(エレベーターならありますが)、超大型のキャスター付バッグを階段でガタンガタンと引きずり降ろしている女性がいたので持ってあげましたが、「ヘビー」と言ったので、中国か台湾の人だったようです。私は「エグザクトリー」と答え、お互い笑ってしまいました。 日本人男性は優しいと思ってくれたかな。 18日は長い1日でした。清水へ向かうのですが、始発駅の北千住駅からロマンスカーに乗るため、一旦清水と反対方向へ向かいます。しかも、千代田線なら1本なのに、あえて少し遠回りの半蔵門線で向かいます。 実は半蔵門線は北側最後の1駅区間(錦糸町・押上間)だけ乗ったことなかったからです。 押上から北千住までは東武線になります。押上から曳舟までの、地下鉄線と東武線の連絡線も乗ったことがなかったので、このルートを選びました。 ちなみに、押上駅は、とうきょうスカイツリー駅と同一駅の扱いで(連絡線は東武伊勢崎線の複々線の扱い)なので、地図にはごっちゃになっている感じがあって、慣れないと利用時に混乱しそうなんですよね。 曳舟駅には亀戸線の列車がとまっていましたが、亀戸線はこんな色だったっけ? と思ったら、1編成だけ昭和30年代のリバイバルカラーにしたんですね。知らなかった。北千住まで行ったついでにもう1駅先の綾瀬まで行き、ここから千代田線北綾瀬支線に乗りました。 現在3両編成ですが、10両編成対応工事をやっていました。右はJR常磐線快速(上野東京ライン)。次の北綾瀬には車両基地があり、車庫線を旅客線にして営業しているのです。 車庫線といえば、ひばりヶ丘から車庫まで乗せてくれたら厚別に行くときにすごく便利なんですけどね。 大谷地から歩くときはいつもそう思いながら歩きます。 千代田線と言えば、私が小学4年のときに開業したのですが、当時としては超斬新なデザインの6000系にびっくりしたものです。未来から来た車両のように感じ、すごくあこがれていました。現在は廃車が進み、今回は見かけませんでした。全車廃車になったら博物館で保存してほしいですね。写真はWikipediaより 地下鉄のキップは東京メトロの24時間券を利用しました。600円で24時間乗り放題なので、すごくお得です。 夕方に東京に着いてからの利用なら、翌日も夕方まで使えるわけですから、めちゃくちゃ乗れますよ (笑 ただ、羽田から都心に来ても、泉岳寺も浜松町も都営地下鉄しかないので、すぐに使い始めることができないのですけど、時間制だから早く使い出した方が得ということもないし、問題ありません。 都営地下鉄との共通券もありますが(900円)、こちらは24時間制ではなく、暦日制なので、今回の私には向いていませんでした。 結局1500円分くらい乗りました。 しかも、ドニチカと違って平日でもOKですから、とてもありがたいです。さあ、あとは北千住駅でロマンスカーが来るのを待つだけになりました。 ロマンスカーはどうせ北綾瀬の車庫から来るのだから、車庫のそばの北綾瀬から乗せてくれたら楽だったのに。 昔、札幌市電の始発は車庫内で乗せてくれたそうなんだし。(現在中央区役所になっている場所にあった車庫です)
2017年11月15日
氷川丸を見学したあと、所用のため、五反田を目指します。 みなとみらい線を利用しましたが、山下公園近くに駅(元町中華街駅)ができて便利になりました。4,1㎞の建設に3000億円もの巨費がかかった路線ですけど、たしかに立派な駅です。 全線地下だし、地下鉄と言って良いのですが(法律上、「地下鉄」という鉄道はなく、地下鉄の定義がしばしば問題にはなりますが)、市営地下鉄とは別の3セクです。 東横線と一体運行され、副都心線・東武東上線・西武池袋線(西武有楽町線)と乗り入れています。 3000億もかけるくらいなら、東横線を桜木町から山下公園まで延伸させ、それとは別に横浜駅からみなとみらいへはモノレールかLRTにでもすれば良かったのではないかな。 東京から直通のメリットとの引き換えに、たったの4.1㎞に3000億かけて経営が大変になっているのはどんなものか。 私が横浜市民だったら猛反対しましたね。 ちなみに、東横線の横浜駅を地下に切り替える工事費もかなりかかっているから巨費になったのです。 自由が丘で大井町線に乗り換え。相変わらず混雑してます。旗の台で池上線乗り換え。古い車両を使ってますね。東横線で使っていたのを編成長を短くして運転台を増設したようです。池上線や目黒線・多摩川線(旧目蒲線)は初めて乗りました。 いつでも乗れると思うと、なかなか乗るチャンスがないものです。 これで東急で乗ってない区間はあとわずか。 西川口の某横インは今回もトレインビュー。4月のさいたま遠征のときも利用しました。このホテルはとにかく安いのです。赤羽や大宮などの某横よりもぐっと安いのです。欠点はピンク街に立地し、ピンク街を避けて歩くのは非常に困難なことなんですが(避けるにはとても遠回りになるので)、だから安いのかも知れません。そんなことだけでぐっと安いなら大いに結構です。ただ、晩はタバコ手にして立っている人が多く、煙いのが困ります。 川口は鋳物工場が多いことで有名ですね。映画や舞台の「キューポラのある街」も川口が舞台です。西川口のコンビニで清水戦チケットを買おうとしたけど、朝7時ではまだ販売開始になってなかったです。 この日は神保町で口演発表があり、JRと半蔵門線で向かいます。 渋谷駅での地下鉄同士の乗り換えも、とても遠かったです。渋谷は鬼門か。半蔵門線ですが、東武50050系ですね。9時過ぎに神保町のコンビニで清水戦チケットを買おうとしたけど、やはりまだ販売開始になってなかったです。10時販売開始のようで、15時半には買えました。 羽田へ向かう京急。長旅の疲れもあって座って行きました。座っていても結構景色は見れました。イオンのゴールドカードがあるので羽田のラウンジが無料で利用できます。以前は喫煙席から煙が漏れていて、行くたびに改善のお願いをしていて、このたびの改装で目出度く全席禁煙になりました。例によって非常口座席。30分くらい遅れたけど、長い旅は無事終わりました。
2017年11月14日
氷川丸は30年以上前に見学したことがあり、2度目です。船名は大宮のNACK5の近くにある氷川神社からとったそうです。山下公園のシンボル的存在ですね。 1等室通路。1等キッズルーム。子どもに遊んでもらうのが目的の部屋というより、食事中の託児場所だとか。 1等ダイニング。秩父宮が乗船され、いつも以上に豪華なメニューだったのを再現しています。3等室。相部屋です。そういえば昔はユースホステルとして使っていたけど、ここを使っていたんでしょうね。1等室。1等特別室は風呂もあります。チャップリンや皇族(秩父宮)などが利用したとか。特別室にはリビングルームもあります。チャップリンが乗った時、天ぷらの道具をこの部屋に運んで熱々のエビてんぷらを食べたそうです。2等室がなかったけど、ユースホステルの時代に改装して、その後は復元してないのかなと想像しました。スタッフに聞きたくても受付係しかいませんでした。 あとで調べたら、1959年の宝塚の北米遠征のとき、劇団員は1等と3等だったそうなので、戦後すぐに2等はなかったのかも知れません。 ちなみに、宝塚の某団員が、ある日、大時化でめちゃくちゃ揺れて、とても食堂はやってないだろうと思いながら、這うようにして行ってみたらその日の最初の客で、食堂スタッフ全員に大拍手で迎い入れられ、凄い御馳走が出てきたとか。伝声管です。戦争映画ではよく目にしますね。以前は機関室などへのもあったそうですが、船長室リビングと、同寝室への2本しか残ってません。船長室リビングの伝声管。この形の救命ボートはタイタニック号を連想しますね。巨大なディーゼルエンジンですが、1930年製のがそのまま残ってます。87年も前のデンマーク製エンジンです。本当にでかいです。機関室内の電話ボックス。エンジン音がうるさいのでボックスが必要なんですね。手前が発電機で、奥が発電機用エンジン。停泊中など、メインエンジンを切っても発電できるように専用のエンジンがあるのですね。何ヘルツなんだろう? これも質問したかったけど、受付嬢ではわからないだろうなぁ。 戦時中は病院船として活躍しました。あるとき、高射砲を運んでくれと頼まれ、国際法に違反するからと断ったら依頼した軍人が怒って、刀を抜きそうになり、大本営へ問い合わせて納得してもらったそうです。 でも、実際は重油輸送という国際法違反をしていたそうです。
2017年11月13日
橫浜スタジアムの横を通り、向かったのは日本郵船歴史博物館です。船の速度の単位、「ノット」は、この紐の結び目(ノット)から来ています。一定時間(砂時計の計時)の間、いくつ結び目が巻き出されるかで船の速度を測ったからです。 アインシュタインは日本郵船の常連だったとか。ピンぼけだけど、中央がチャップリンで、日本橋(現在は羽田近く)の花長でエビの天ぷらが気に入り、36尾食べた記録があるそうですが、花長で修行した板前が氷川丸に乗船していると聞き、帰国の船は氷川丸にしたそうです。氷川丸は山下公園に保存されているので行きました。赤レンガのあたりに廃線跡があるのですが、今回は見に行きませんでした。氷川丸が見えてきました。山下公園の向かいにあるホテルニューグランドはマッカーサーが日本に来て最初に泊まったホテルです。厚木に着いて、まっすぐここに入ったそうですが、その8年前の1937年に新婚旅行で泊まったことがあったそうです。チャップリンも泊まったことがあるそうです。 氷川丸内部は明日にでも紹介します。
2017年11月12日
新横浜駅の裏口にあたる篠原口です。高架で屋根がかかっているのは新幹線ホームです。その下に橫浜線が通ってます。ここから徒歩わずか1分のところに、33年半前から31年前までの2年半、住んでいました。 そのころは、こちら側にはビルもコンビニもタクシー乗り場もなく、閑散としていました。今も閑散? 新幹線口も、そのころはまだプリンスホテルもアリーナもなく、静かな駅でした。 新幹線も当時は、ほとんどのひかり号が通過していました。だからとても静かな環境で、気に入ってました。 駅前のこの駐車場から十数歩ほど坂を上ったところにある5階建ての賃貸マンションに住んでいたのですが、マンションが見当たりません。竹藪のすぐ後ろだったんだけど・・違うアパートが建っていました。ショック・・でも、ケヤキの木は残ってます。キャッスルけやきという名前のマンションでした。 すぐ後ろはこんな土地があり、とても新横浜駅から徒歩2分とは信じられないようなロケーションであるのは変わっていなくて、少しホッとした気持ちになりました。その後ろは篠原中学校。かつてのマンションのすぐ下にはクズの法面があって、JR横浜線が走っていて、その向こうには新幹線が走っています。ここに引っ越してきて最初の1か月は朝4時半の横浜線始発列車で目が覚めたものです。 晩は新幹線のパンタグラフのスパークが花火のように綺麗に見えたものです。ああ、懐かしい。 マンションはグーグルのストリートビューでもなくなっていました。残念だけど40年はもたないか。 ちなみに、横浜線は横浜駅の隣駅の東神奈川から八王子までの路線ですが、東神奈川から大口・菊名・新横浜・小机の順ですが、新横浜駅は新幹線の開業まではなかったので、大口・菊名・小机の順だったので、「大口聞くな小突くえ」という文章になっていました。 次に、横浜で勤務していた場所へ行きました。 横浜駅と三ッ沢の中間ぐらいの場所で、この9階建てのビルです。現在は売却してトランクルームになっていますが、当時は8フロアに診療室があり、30人以上ドクターがいる大規模診療所でした。 現在は斜め向かいの場所に、さらに大きなビルになって、半分が立体駐車場で、残りも大半はテナントで各科診療所が入っています。これほどの設備投資ができる資金がどこから出たのか不思議です。 横浜駅近くに付属の衛生士学校があったのですが、なくなっていました。この建物がそうだったんですが、別の所有になっていました。ここで講師も務めていました。調べたら、みなとみらいに立派な新校舎ができていました。 私がいたときは経営状態が悪くて薄給だったんだけど、どこからお金が出てきたのか? 同僚は全員退職しているし、挨拶も内部見学もせず、今度は地下鉄ブルーラインで湘南台へ向かいました。 ブルーラインは戸塚から先が、まだ乗っていなかったのですが、これで横浜の地下鉄は全線完乗できました。 福岡・神戸・横浜・埼玉・札幌の地下鉄は全線乗ったことになります。 ブルーラインの関内駅で下車するとこんな光景に。横浜スタジアムの最寄り駅ですから。 横浜スタジアムです。並んでいる人がいるので、今日、クライマックスか日本シリーズでもあるのかと思ったのですが、どうもその日、ベイスターズはソフトバンクの方のスタジアムで試合があったようでした。 パブリックビューイングでもやったのでしょうか。 横浜スタジアムにはよく大洋ホエールズの試合を見に行きました。 シュウマイ弁当をよく食べましたね。
2017年11月09日
4日は14時まで時間があるので、私が2年半暮らした場所を再訪することにしました。 西川口から横浜を目指しますが、まずは西川口から京浜東北線で赤羽へ行き、湘南新宿ラインに乗り換えます。実は湘南新宿ラインに乗るのは初めてです。 大宮方面から池袋・新宿・渋谷を経て横浜方面へ行く列車ですから、赤羽・池袋間は埼京線(赤羽線)を通ると思いますよね? 北海道に住んでいたら、マニアでもない限り、なかなかわからないと思いますが(実は私もしばらく知りませんでした)、実は埼京線は通らず、赤羽以南も東北貨物線を走って田端の方へ向かい、田端の手前で連絡線(中里トンネル)に入り、山手貨物線に入って駒込・巣鴨・大塚の順に池袋へ向かいます。従って、三角形の2辺を通る形になり、赤羽線を通るよりも4㎞長くなります。下の地図では赤線がそうですが、本当は上中里を通るので、少し短く描いてますね。遠回りなのを知られたくない?赤羽を出たところ。埼京線(赤羽線)は右にカーブしていきます。京浜東北線をくぐると同時に中里トンネルに入ります。トンネルを出ると山手線と並走。まもなく駒込駅。なんで赤羽線を走らないのか不思議に思うでしょうけど、それは大宮駅の構造上、東北線への接続が困難なのです。実現させるとしたら莫大な用地取得費と工事費がかかってしまいます。埼京線だけ地下だからです。 それに、4㎞長くなるとは言っても、もしも赤羽線を走らせるとなると、板橋駅と十条駅は保安上、停車が必要なので、時間差は1分しかないことになります。 また、埼京線のホームは10両しか対応してなく、15両の運用はできません。 だから永遠に遠回りは続きます。 池袋からは埼京線の列車と線路を共有しますが、うっかりそのことを忘れて渋谷で東横線に乗り換える予定をしていました。 忘れてなければ池袋で副都心線(東横線直通)に乗り換えたはずです。 なんでかというと、現在の埼京線渋谷駅ホームは山手線ホームよりも遥か南にあるのです。何年か後には北にずらす計画ですけど。 しかも先頭車に乗ったので、出口まで450メートルあります。450メートルなら日暮里・西日暮里間などと同じくらいの距離ですよ。 で、予定していた東横線の接続時間は8分。これは厳しいと思い、渋谷で下車しないで恵比寿で日比谷線(中目黒で東横線)乗り換えに変更しようと一瞬思ったのですが、時間に余裕があるので、乗り継に何分かかるか実測してみようとの結論に。 まだまだ先だぁ~一旦外に出されます。かつてはここ(2階)に東横線のホームがあったのですが、副都心線ができてからは地下深いホームになりました。頑張って早足でしたが、12分もかかってしまいました。 普通に歩くと17分くらいかな。ゆっくり歩くと22分以上かかるでしょう。 乗り換えに20分以上みないとならないなんて飛行機並みでしょう。貴重な体験できました。 東横線日吉駅で下車しました。 日吉から横浜市営地下鉄グリーンラインに乗ります。 なお、港の方へ行く路線がブルーラインで、田園地区の方の路線がグリーンラインと覚えると良いですね。 土曜とはいえ、日吉に着く列車は沢山の通勤通学客が降りてきますね。皆さん、東横線で東京へ行かれるのでしょう。特等席をゲット、と思いきや、乗り込んできた運転士にブラインドを下ろされてしまいました。ブルーラインと接続するあたりは地上です。このあたりから懐かしい風景になります。中山駅でJR横浜線に乗り換えます。目的地の新横浜に行くにはちょっと遠回りですけど、グリーンラインは乗ったことがなかったので、この経路にしました。私が住んでいたころは103系で、まだエアコンのない車両も少しありました。33年前ですからね。 2つ先の小机駅から日産スタジアムが見えます。来年こそ行ってみたいですね。小机の次の駅が、かつて私が住んでた新横浜です。明日にでも紹介します。
2017年11月08日
奥多摩から拝島へ戻り、今度は八高線に乗りますが、拝島駅ホームにはこんなホーム柵がありました。先にホームバーが上がり、あとから列車のドアが開きます。川越行きの電車に乗りました。八高線の途中の高麗川から川越線に入る経路です。実はいつもは綿密に乗り換える列車・時刻を事前に調べるのですが、この日はうっかり立川駅で乗り継ぎにミスってしまい、計画が破綻してしまいました。 まあ、もともとの計画でもちょっとよくばって無理があり、青梅鉄道公園では見学時間が不足だったので、これで良かったのです。 なんで立川でミスったかと言うと、青梅方面は1番線と6番線から出るのですが、5・6番線ホームに降りる階段のところに5・6番線の案内の他に1番線の案内もあり、「ここのホームだ」と思い込んでしまったのです。私としたことが・・・ ちょうど特急あずさが入線するところで、それに気を取られたということもあるんですが・・ で、考えていたランチを諦めれば、やはり当初の予定通りに行けるはずで、奥多摩まで行って拝島まで戻り、この列車に乗ったのですが、八高線の終点まで行くには途中の高麗川で乗り換えないといけません。 でも、八高線は日中、1時間半に1本しかありません。 時刻表もスマホもありません。もう行き当たりばったりでいくしかないと、腹をくくりました。 拝島駅を出ると米軍横田基地の横を通りました。一昨日、トランプさんが韓国へ向けて旅立ったのもこの基地です。この風景を見て、学生時代に八高線に乗ったのを思い出し、じゃあ高崎まで乗らなくても良いかなと考えました。 横田を過ぎるとこんな風景に。これじゃあ1時間半に1本でも仕方ないか。よく電化しているものだ。乗換駅の高麗川で、これが高崎行き気動車。ここからは高崎方面は非電化。着く前の車内放送で発車時間を案内してくれたのですが、案の定、30分以上あり、これで完全に八高線は諦めて、そのまま川越へ行くことにしました。 これで逆に時間があまりました。 東京近辺のJRに1日乗り放題のキップを買ってあるので、じゃあ、今度はどこへ行こうか、完全にノープランの旅になりました。私にしては珍事です。 川越・大宮からそんなに遠くない場所で、まだ乗ったことのない線区はもうないし、いや、少しあるけど、どうせ明日乗るから・・ 鉄道博物館は今日は混んでいるだろうし・・ と、いろいろ考えたのですが、とりあえず、どうせ川越から乗るのは埼京線直通なんだし、埼京線と並行している新幹線でも見るかという結論に。 でも、それでも時間が余るし・・ といろいろ考えているうちに、新京成の、ふなっしートレインがあることを思い出しました。 ちょっと遠いけど、乗った列車の終点は新木場で、津田沼はそう遠くないし、ふなっしーを見に行くことにしました。 でも、ふなっしートレインは1編成だけだし、夕方遅い時間にあるかどうかわかりません。それでもチャレンジしてみました。 川越で新木場行に乗り換え、列車は大宮から東北新幹線と並走し、赤羽から赤羽線・山手貨物線を走り、大崎からりんかい線に入り、天王洲アイルを通って東京湾岸を走ります。舞浜駅。モノレールが見えました。そういえばこのモノレールにはまだ乗っていなかったなぁ。最後にディズニーランドに行ったときはまだできてなかったので。 日本にあるモノレール10か所のうち、4か所は全線完乗し、2か所は一部区間だけ乗ったけど、ここは最後まで残る? ここまで来てから、大崎で山手線に乗り換え、品川から横須賀・総武線快速に乗り換えれば、ずっと早かったのにと気が付きました。 実はそれで結果オーライだったのですけど、そのときは「今日はこういう日なんだ」と、がっかりしたものです。 乗っている時間だけで約20分長く、乗り継ぎの悪さもあって、最終的に約40分遅い経路で津田沼に着きました。 それにしても、始発の川越から終点の新木場まで、1時間半かけて全部乗る人なんか、ちょっといないでしょうね。 もしも本当に川越から新木場まで行くという人がいても、池袋で有楽町線に乗り換えた方が20分くらい早いし安いのですから。 さて、ふなっしーに会えるか? 新津田沼駅の駅員さんに時刻を聞いてびっくり! あと5分で来るとか。 人気TV番組の、路線バス乗り継ぎの旅で、超タイミングよく、乗り継げるバスがあったときのような喜びようでした。 終わりよければ全てよし! 奥多摩から東京湾まで東京大横断ができました。今日は最高の1日でした。 きましたきました。車内は普通です。普通の列車でもかわいいですけどね。三咲駅にはふなっしー部屋があるのですが、もともと行く予定がなかったので、この情報は知らなくて下車しませんでした。オフシャルの写真です
2017年11月08日
プロ野球の来期日程が発表になりましたね。これから来期日程予想をしてみますが、とりあえず交流戦のころはワールドカップの直前なので、ルヴァンカップが開催になるでしょうか。(2014年もそうでした) だとしたら6月2日(土)アウェイ・6月9日(土)ドームか、6月2日(土)アウェイ・6月6日(水)ドーム・6月10日(日)ドームだろうか。 青梅鉄道公園は青梅駅から徒歩15分。案内標識に従っていくと、こんな急坂。普通、鉄道展示は線路際にあるのもで、こんなに丘を上がるなんて、登山鉄道じゃあるまいし変だと思いました。 案内地図が間違っているのかと、一旦引き返して確認したほどです。 丘を登りきった所にありました。E10は初めて見ました。10両製造され、残りの9両は解体されてしまったので、ここでしか見れません。バック運転が基本なので右側に運転台があります。各操作機器も、当初は炭水車向きに付いていたそうです。右側に運転台がある国産SLは、函館駅で青函連絡船に貨物車を出し入れするSL(埠頭は右カーブだったので)や、岩見沢の機関区で入れ替えに使用したSLなど、極めて少数です。 急カーブでも走れるように第3動輪(写真右)と第4動輪にはフランジがありません。第2動輪(写真左)のフランジ(銀色に光って見える部分)は薄いです。フランジレスにするということは、カーブでは車輪とレールとずれが大きく、接地面積が小さくなるせいか、牽引力がなかったそうです。 空転しやすくて使いにくく、14年しか使われなかった失敗作です。 SLの失敗作と言えば、C-54が有名だし(こちらも空転が問題)、C-53も失敗作と言えなくもありませんけど、E-10もそうですね。 D-50という優秀なSLがあるから、それでよかったのに。 なお、D-50は軸重が重く、使用できない線区も多く、軸重を軽くしたD-51が多く製造されることになったのですが、牽引力はD-50の方があります。 フランジレスと言えば、鉄道ファンでも意外と知られていないのですが、ほとんどのケーブルカーは片側の車輪にフランジがないのです。 かわりに反対側の車輪は両側にフランジが付いているのです。 これだと対向列車とすれ違う個所のポイントは可動部が不要というメリットがあるのです。 日本で初めてSLが新橋・横浜間に走った時、導入された機関車10台のうちの1台があります。貴重なSLをカットしてしまうのはどうよ?左の火室で石炭をもやし、右のボイラー内を通る無数の煙管中に高温の燃焼ガスが通って水を沸かします。燃焼ガスはここに集められ、上部の煙突から排出されます。蒸気は蒸気溜ドームに溜まり、加減弁(車のアクセルに相当するレギュレーター)を操作すると上の方にあるバルブが開いて右のパイプに蒸気が送られ、右の方の銀色のパイプを通ってシリンダーへ送られます。8600や9600以降の近代的なSLでは蒸気溜から過熱管を通って再加熱されてからシリンダーへ行くので効率が上がってますが、これは旧型の飽和式です。 明治後期の輸入機。園長さん、いなかったなぁ。東京でもここは雪の多いところです。雪ニモマケズ、デモ、雨ニハ負ケマシタ。細い道路しかないのに丘の上までこれを運ぶのは大変だったのでは。
2017年11月07日
清水戦のチケットは5日に神保町のコンビニで買いました、売り切れてなくてよかった。 東京から清水駅へは新幹線を使うのが普通だと思いますが、自由席特急券だけで2480円するし、静岡駅から戻るロスもあって、合計5830円もするから、のんびり3時間かけて普通列車という人もいるでしょうか。それだと3020円です。 780円追加して熱海までグリーン車というのも一法ですね。 三島まで踊り子号というのもありでしょうけど、1410円高くなるので、それだったらもう1400円足して新幹線でしょうか。 鉄ちゃんなら、それ(踊り子号)もありなんですけど。 私は大手町のホテルに前泊なので大手町からメトロはこね(小田急ロマンスカー)で小田原に出て、あとはJR普通列車にします。これも3時間かかるのでJR普通列車とほぼ同じ所要時間ですが(新宿からなら少し早いですが)、小田原まで豪華列車なのに587円高いだけ(大手町・清水間3607円)で済みますし、地下鉄千代田線内を走るロマンスカーに乗ってみたいと思っていたんです。新宿から乗るよりも特急料金は210円高いので、210円で地下鉄線内をロマンスカーに乗れることになります。 どうせだから始発の北千住からの特急券をネットで買いました。臨時のメトロもみじ号が空いているし、早く着きます。 特急券はネットで買って、これをプリントすれば駅で交換する必要なく、乗車券はSuicaでOK。以前は新宿から沼津まで特急あさぎりが走っていたんですけどね。10年前に乗りました。 東京駅から静岡駅まで急行も走っていたけど、ひかり号がたくさん静岡県内に停車するようになって廃止されてしまいました。 清水まで行くには便利だったので残念です。 さて、11月3日は東京では特に予定がなく、まる1日観光しました。 再び武蔵野線に乗りました。高架は新幹線と埼京線。左の線路は大宮への連絡線。旅客列車はほとんどありませんが、貨物がよく走ります。旅客は乗り換えてもらえば済みますからね。次の駅では大混雑。皆さん、私とは反対方向でしたが。やっぱり武蔵野線は混むんですね。貨物列車はよく見かけます。このおかげ(都心部の貨物列車迂回)で、山手貨物線に空きができて埼京線や湘南新宿ラインを走らせることができたわけです。中央線・青梅線・五日市線を乗り継ぎ、武蔵五日市まで来ました。すぐさま引き返し、今度は青梅へ。ここも秩父と同様、石灰石が採れるので工場もあるし、鉄道の開通は1894年と、早いです。 石灰岩が多いため、日原鍾乳洞という、非常に大規模な鍾乳洞も近くにあり、学生時代に見に行ったことあります。 東京も、ここまで来ると、自然豊かになります。クマも出ます。紅葉の時期を迎えたし、天気がよかったのでハイキング客が多かったです。奥多摩へ行ったのは、青梅鉄道公園に行くのが主目的で、次回紹介します。
2017年11月06日
連休は学会参加・口演発表のため、東京へ行っていました。 今回は旭川空港からこれ。パイロット不足で運休便が出ると聞いたときは心配しましたが、旭川便は対象外でした。出発が15分遅れ、到着は20分遅れでしたが、想定内。 同じ時間帯のJALは50分遅れのため、搭乗者全員に1000円の金券(空港売店やレストランで使用可)を配っていました。JALにするんだった。 水戸市が見えたので(千波湖があるからわかります)、一生懸命ケーズデンキスタジアムを探したら、それらしいスタジアムが見えました。もうここでコンサの試合はないだろうけど。 天皇杯ならあり得るかな? 今回、Suicaを持って行くのを忘れたので、羽田のモノレール駅で買いました。ペンギン付いてないんだ。3回続けてモノレールの特等席をゲット。浜松町の手前でJRの列車が1本も見かけないなんて、いったいどうしたのか、ストライキやっているのかと心配になりました。でも、間もなく列車がやってき安心しました。西川口のホテルにチェックインし、さいたまで勤務している次女と食事するため京浜東北線で南浦和へ。平日の17時半ですけど、大宮行は川口と西川口でかなり下車する人がいるので、それほどは混雑しません。南浦和から武蔵野線で武蔵浦和まで乗りましたが、結構混雑し、私が降りた武蔵浦和では埼京線からの乗り換え客で超満員でした。武蔵野線は8両しかないですからね。 もともと武蔵野線は貨物列車を都心迂回させる目的で建設し、旅客はおまけのようなつもりだったから、キャパシティーが足りないんですよね。先見の明がありませんでしたが、50年前に、こんなに客が増える予想はできなかったでしょう。 武蔵浦和から埼京線に乗り換えて十条まで行きました。西川口からなら赤羽経由の方がはるかに早いけど、そこは鉄ちゃんだし、北与野から次女が埼京線に乗るから、早い段階で合流しようということもありました。 飛行機が遅れなければ北与野まで行ったんですが。 埼京線の車内で次女に、「埼京線は東北・上越新幹線を建設する際、地元住民サービスのため、新幹線に沿って在来線もということで作ったから、開通は新幹線とほぼ同時期。」「埼京線というのは運行形態を示す名称で、本当の線名は赤羽以北は東北本線で、赤羽・池袋間は赤羽線なんだよ。」などと講釈をしました。 十条駅で下車したあと、踏切に「赤羽線」と書いてあり、証拠を見せることができてよかった (笑さらに、「池袋・田端間よりも池袋・赤羽間の方が先にできたから、ここも以前は山手線だったんだよ」とも説明しました。ちなみに、1972年までは池袋・赤羽間が山手線の本線で、池袋・田端間は山手線の支線だったのですが(1925年の環状運転時からすでに実質的に田端の方が本線ではありましたが)、それまでの通称の赤羽線を正式な路線名にしたのです。 昔は「やまのてせん」ではなく「やまてせん」だったんだよとまでは言いませんでした。
2017年10月25日
土日は士別・下川出張でした。 土曜に士別での所用が終わったのは、FC東京戦キックオフ10分前。 和寒に着いたら前半9分。 荒野のシュートなど、コンサが良い試合展開なのを確認し、前半35分に、今度は旭川へ移動。滅多に高速は使わないのにこのときは高速に乗って旭川へ。 旭川の家に入ったのは後半6分。 「入った?」 「入った!」(声の調子でどちらに入ったのかは簡単に理解) 日曜は早朝から下川へ向かいましたが、勝った翌朝ですから気持ちよく行けました。ありがたい。 まずは下川駅跡。車内は宿泊もできるそうです。今日の会場は下川町公民館。1階は投票所になってました。内部はこのようなポスターがあちらこちらにありました。会場からジャンプ台が見えます。この日は手作り昼食もありました。かぼちゃ団子汁。塩こうじだけの浅漬けキャベツ。すべて地元産の野菜で、とても美味しかったです。下川では昔からあって、葛西選手が帰郷すると必ずナポリタンを食べるという有名な喫茶店・アポロ。 外壁にペンキ塗ってあげたくなりました (笑最近、禁煙になったそうです。
2017年10月12日
広島から千歳まではJALのマイレージ航空券を利用しました。だから今回、往復の航空券は\10,700だけで済んだのです。 陸路の分(千歳まで駐車場代を含めて6000円と新幹線8200円)の方が高くつきました。 私はエアドゥやスカイマークなどにも良く乗るので、なかなかJALのマイレージはたまらなく、初めての利用でした。 エアドゥだと有効期限が最後に利用したときから2年なので、2年に1回乗っていれば、永遠に期限切れにはなりませんので、1回だけ利用したことがあります。それに、以前エアドゥは8回の搭乗で1回無料で乗れたので、ハードルが低かったです。 JALとANAは搭乗後3年の期限なので、どんどん期限切れになり、いつまでたってもたまらなかったのですが、JALはイオンとの提携キャンペーンによって5年の期限になり、どうにか1回乗れる分だけたまりました。 ANAは永遠にたまりません。 マーレージ航空券に交換する際、必要マイルは千歳・羽田も、千歳・福岡も同じなんですよね。下表の赤字が通常期で、黒字左は閑散期(4・5・12~2月)、黒字右はカード会員閑散期、かっこ内は片道利用のです。だから、なるべく遠い区間を選択するのがお得です。 旭川・羽田も同じなので、それよりは千歳から福岡や広島の方がお得です。 ただ、千歳・福岡はスカイマークやピーチが参入しているせいか、運賃が安いので、ここで使うよりは広島線の方がお得ということになるので、今回、広島線で利用したのは、非常に効率が良かったということになります。 福岡だと事前購入割引で1万円くらいからありますが(ピーチは7000円くらいから)、広島線だと1万6千円くらいからということになりますので。 エアドゥも同じような感じで、やはり広島線がお得なので、次に広島へ遠征するときに利用したいと思います。JALとエアドゥを比較すると、JALは連休を除く4月・5月は冬場と同じく必要マイルが少ないのでお得ですから、4月5月に遠征するときはJALのマイレージが良いですけど、たまるまであと何年かかるかな?
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プロフィール
1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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