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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。

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トリニダーとかハーシー線とか(キューバ)

2016年10月25日

先日のキューバの記事の続きです。

ハバナに2泊した後、トリニダーという街に移動。

リニダーは近くにサトウキビのプランテーションが開かれ、サトウキビ貿易の中心地として繁栄した街で(プランテーションの経営は奴隷労働力によっていました)、18~19世紀にサトウキビ農園主らによって建てられた美しい建物が並び人気の観光地となっています。

トリニダーへはハバナからのツアーで訪れるのが便利ということでしたが、自力で行きたいのでバスで行くことにしました。所要時間は6時間。本数はそれほど多くはありません。まだまだ経済が未発展の状態で、人々の移動も少ないのだと思います。ただ、キューバを訪れる外国人観光客が増えているらしく、現地に行ってからのバスチケット購入にはリスクがあるので避けたいと思ってVIASUL(ヴィアスール)というバス会社のサイトにアクセスすると、オンラインでチケットが購入できるということがわかったので、事前に購入しておきました。

10時45分のバスで出発し、17時すぎにトリニダーに到着。

バスを降りると、とたんに宿の客引きに囲まれましたが、僕は宿探しに時間をかけず、すぐに街歩きに出るため事前に予約しておいたので、「宿は予約してある」と言って宿へ向かいました。

客引きは基本民泊の客引きだと思いますが、現状トリニダーで宿に困るということはないようで、予約していなくてもそれほど問題はなかったかもしれません。が、予約したにもかかわらずちょっと問題が発生。

予約した宿はすぐに見つかのですが、なんとダブルブッキングで部屋がないというではありませんか。宿の運営をしている奥さんは「自分のところにはネットがなく、ネットが使える場所で予約のチェックをしなければならないのだけれど、チェックするのを忘れていてダブルブッキングになってしまった。もうすでに部屋に先客がいるので、自分の妹の所を紹介するよ」とのこと。

ということで、その妹さんの家に移動。「申し訳ない」ということで、宿泊料は少しだが安くしてくれました。

以下はトリニダーの写真です。陳腐な言い方ですが、スペイン植民地時代で時間が止まっている感じです。道路に敷かれている石は、サトウキビを欧州に運んだ帰り、空になった船のおもりとして積み込んだものだとか。


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野球をする少年たち(トリニダーにて)。ご存知の通りキューバは野球の国。ハバナの博物館の売店では、僕が日本人だとわかると「イチロー」とか「タナカ」とか日本人大リーガーの名前をあげて話してきました。中東とかでは、日本人のサッカー選手の名前をあげて話しかけてくるのですが、さすがキューバです。ただ、キューバでもサッカーは人気スポーツらしく、ハバナの街ではちょっとしたスペースで子供たちがサッカーに興じていました。


トリニダーに2泊した後、ハバナに戻りましたが、さすがにクラシックカー見物と旧市街散策だけでは飽きてしまいます。ということで、20世紀の初頭にアメリカのチョコレートブランドのハーシー社がハバナ郊外に持っていた製糖工場をハバナなどを結ぶために敷設した鉄道にちょっとだけ乗ってきました。

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ハバナ(カサブランカ駅)とマタンサスを結ぶ路線の間にあるハーシー駅(ここからハバナに戻りました)。

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古いです。

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21:24

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クラシックカーとチェ・ゲバラ

2016年10月10日

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だいぶ時間がたってしまいましたが、今年の1月末から2月にかけて、キューバに行ってきましたた。

アメリカとの外交関係が回復し、今後、大きく変化すると思われるので「その前に」ということです。

キューバといえば、クラシックカーが現役で走っていることで有名です。観光用のピカピカに塗装されたものも目に付きましたが(エンジンなども取り替えられている感じ)、庶民の乗り合いタクシーとして利用されており、どちらかというとこちらが主力。経済が発展していくと、乗り合いタクシーは最新の車に替えられていくでしょう。

今現在、キューバの魅力の大きな部分は「人」の良さだと思いますが、今後経済が発展していくと格差が拡大して、人々の心がすさんでしまわないか、若干心配ではあります。

それから、サッカーファンにとってキューバといえば、チェ・ゲバラでしょうか?
スタジアムにゲバラの肖像のダンマクが見られることが多いですから(コンサもあったような?)ただ、自分もそうなのですが、なんでゲバラなんでしょうか? なぞです。

ヨーロッパか南米かわかりませんが、サッカー強国のリーグでサポーターがゲバラの肖像のダンマクがかかげられていて、それをJのサポも真似てという感じでしょうか?

ゲバラについては、フィデロ・カストロとともにキューバ革命を指導したことで有名ですが、サッカーが盛んなアルゼンチン生まれということ、そして彼もサッカーに親しんだようです。

しかし、そのこととサッカーチームのサポが彼の肖像をかかげることはすぐには結びつきません。

彼からフィデル・カストロへの最後の手紙に次のような一節があったということです。「勝利に向かって、常に」 

ゲバラのカリスマ性、カッコよさに加えて、この言葉が、勝利をめざすサポの心をとらえ、スタジアムでその肖像がかかげられるようになったような気がしますが。。。


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クラシックカーねらいで旧市街のあちこちをかなり歩き回りましたが、こんな感じでクラシックカー(ほとんどが乗り合いタクシー)がガンガン走っているシーンは容易に撮影できました。

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ゲバラの第一邸宅だった建物内に展示されている写真。

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同じくゲバラの第一邸宅だった建物内に展示されている写真。

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革命広場に面した内務省のビルの壁にもゲバラの肖像が(もう一つの肖像はカミーロという人物のもので、「いいだろフィデル(カストロのこと)」という文字が書かれている)



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21:45

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ギラヴァンツ戦からの田染荘(世界農業遺産)

2016年10月05日

行ってきましたギラヴァンツ戦。
そして、翌日に観光を入れました。来年は九州というか地方遠征がかなり減少する可能性が濃厚になってきたので(首都圏の試合が多くなりそうなので)、かなり無理やり旅行日程を確保しています。


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北九州空港到着が11時45分の便だったので、14時のキックオフに間に合うかどうかどうか若干不安でしたが、スタジアムのある折尾方面行のバスがあったこともあり(ろくに調べていませんでした)、キックオフ30分前にはスタジアムに到着。

しかし、暑かったです。(けっこう風が強く席に着くとそんなに暑さは感じませんでしたが)。

暑い中、先日の長崎戦よりは選手たちは動けていたという印象です。
しかし、ご存知の通り、シュートをバーにあてるなどして決めきれず。

ところで、前半、内村が何回かすごく良いタイミングで相手のDFの裏へ動き出しましたが、そのタイミングではボールは出て来ず。「(ウッチーは)勝手に視野のなかに入って来る」と話していた相性抜群の砂川みたいな選手がいれば。。。

結局はスコアレス・ドロー。

試合後はまず、中津まで移動(明日の目的地国東半島に少しでも近づいておこうということです)。

翌日の第一の目的地は、宇佐八幡宮の荘園の一つだったところで、湧水、土地の形状をいかした一枚一枚の形がふぞろいな水田など1000年前の姿を今にとどめているとされ、国重要文化的景観や世界農業遺産に指定されている田染荘(たしぶのしょう)。

事前に調べたところによると、中津からJRで宇佐へ、さらにバスで豊後高田へ移動。そこからワゴン車を使った乗り合いタクシー(便数は極少)を利用してアクセスできるようだった。

中津のホテルをちょっと早目に出るとちょうど駅前に大分空港行のバスが。
帰りは田染中村というバス停から大分空港へ行く予定なので、このバスで行けそう。
空港バスは途中下車不可という場合が多いので、運転に尋ねると途中下車OKとのこと。実際乗客のかなりの部分は中津近郊への通勤客でした。


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7時35分ころ中津駅前を出たバスは9時少し前に田染中村到着。

まず向かおうとしたのは田染荘観光の中心「荘園ほたる」という施設。
ここにはレンタサイクルもあるらしく、自転車でこのあたりを回ろうという考え。

しかし、現地に行けば何とかなると思いグーグルマップなどのプリントアウトはせず。
記憶をたよりに写真に写っている道標の「真木大堂」方面に向けて歩き出しました。
途中、地元の人に「荘園ほたる」への生き方を尋ねようと思いましたが、「どのみち真木大堂には行く予定だし」ということで、そのまま真木大堂へ(真木大堂からさらに先の田園地帯も歩いたので、2.5キロくらいはあるいたでしょうか?)

真木大堂はめんぼしい建物は残っていませんが、重要文化財の仏像が九体も保存されている寺として有名。

仏像を拝観したあと、裏手へ行くと裏手の山の上へ続く石段があり、「頂上まで所要30分、眺望がすばらしい」とあります。行くしかありません。「30分」ありますが、頑張れば15分から20分で行けるはずと思い歩き始めました。


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これは頂上に着く直前。途中からはこんな感じで草ぼうぼう。


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頂上からの眺め。正直微妙です。

下まで降りたあと、寺の人に「荘園ほたる」への行き方を尋ねました。
遊歩道というかトレッキングルートのようなものがあるということでした。途中、分かれ道がいくつかあり、地図がないと「荘園ほたる」への最短ルートを歩くことは難しそうな感じもしましたが、2~3キロくらいなものかということで歩き始めました。

お寺の人の話によると、荘園の眺めの綺麗な展望台に寄りながら行けるという話でしたが、途中で遊歩道から離れ車も通行できるような道を選択。真木大堂から30分余りで「荘園ほたる」到着。

ところが、「荘園ホタル」には期待していたレンタサイクルはなく、というか営業すらしていませんでした(完全な調査不足でした)。

ということで、この先も徒歩による観光決定。


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「荘園ほたる」という施設の近くにある「ほたる銀座」の看板。ホタルの名所らしいです。


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田染荘の景観。後で奥に見える山(間戸岩屋)の展望所に登ります。


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夕日観音の展望所への道。

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夕日観音(岩屋の東西それぞれに仏像がまつられており、東側を朝日観音、西側を夕日観音という)の展望所からの眺め。


この後、田染中村のバス停方面へ移動。

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やっと自販機のあるところにたどりつき、朝7時前にホテルで水分をとって以来、4時間半ぶりの水分にありつきました(真木大堂前で買っておけばよかった-けっこうピンチだったかも)。ところで、写真の注目ポイントはカエル。

さて、この後どうするか。
移動手段は徒歩のみです。

このあたりの見どころの双璧は富貴寺と熊野磨崖仏。自転車があれば余裕で両方とも見られますが、徒歩では無理なので富貴寺を選択。富貴寺の近くには食事をとれる場所もあるようですし。

さて、富貴寺までの距離は4キロ。ゆっくり歩いて1時間弱でしょうか。

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歩き始めるとすぐに磨崖仏があったので写真を。室町時代の制作と推定される元宮磨崖仏。

富貴寺まで2キロの表示を見て少し歩いたところで、親切な地元のおばさんが車に乗せてくれました。ラッキーです。


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富貴寺山門。

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富貴寺大堂。平安末期に建立された阿弥陀堂建築で国宝に指定されています。


富貴寺拝観後、車に乗せてくれたおばさんが、「おいしいですよ」と勧めてくれた蕗薹(ふきのとう)という旅館と食事処を兼ねた店で手打ちそばセットをいただき、やっとひと心地(写真撮ってません)。

しかし、ここからまた4キロのウォ―キングです(途中車に拾われない限り)。

結局、拾ってくれる車は現れず。


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14時半少し前、田染中村に着きましたが、次の空港行のバスまでは1時間あります。というかそのつもりで富貴寺前をスタートしました。というわけで、近くの磨崖仏を見に行くことに。


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鎌倉時代の制作と推定されている大門坊磨崖仏。かなり風化が進んでいます。


さて、まあまあよい時間になったので、空港バス乗り場へ向かいました。
結局、正味4時間以上、歩きました。



旅としては、ある意味面白かった長崎

2016年09月19日

長崎へ行ってきましたが、今回は観光はなし。
いずれ五島列島の旅でもくっつけての遠征をと思っていましたが、今回は計画段階から時間がとれないことがわかっており見送り(台風接近ということで見送って正解だったわけですが)。

ただ、観光はありませんでしたが、旅としてはけっこう楽しめるものでした。
何が楽しめたのか?

今日(19日)は、「どうかしてるぜ」という出来事から一年ということで、それにまつわる行動に参加しようと思っていたので、早朝便で帰京することに決定。ということで空港に近い大村にホテルを確保。

長崎空港には16時半近くすぎに到着。
諫早駅前行のバスに乗りましたが、スタジアム入りはキックオフの直前でいいので、いったん大村で下車してホテルにチェックイン。

諫早へ移動しようと大村駅へ行ってみると、大雨で列車の運行見合わせ中で、いつ運転が再開されるかわからないという。面白くなってきました。変わった奴だと思われるかもしれませんが、こういうちょっとしたアクシデントがあると、当然、あれこれ対応策を考えるわけです。それがちょっと楽しいのです。国内旅行ではそのような場面に遭遇することはめったにないのですが、海外、特に発展途上国へ行くと色々あって、それを解決しながら前へ進んでいくのは、ちょっとゲームのような感じもあって面白いです。

JRでの移動はあきらめて、さっき乗った空港-諫早ルートのバスに乗り、諫早へ移動。
道中の諫早までの距離表示にも注意します(スマホ持ちではないので-実は携帯持ちでもありません、グーグルマップを見て距離やルートを確認するということができないのです)。諫早から大村にもどる際、タクシーが使える距離かどうかということを考えるためです。

途中現れた距離表示には諫早まで12キロとあり、諫早-大村は14から15キロはありそう(実際のところは確認していません)。ここで、まあ、最悪タクシーも可かなという結論。

諫早に着くと、まず駅へ行って情報収集。佐世保・大村方面と諫早を結ぶ路線(大村線)の列車はいまだ運転再開の見通しはたっておらず。駅の旅行センターの人に、大村までタクシーで行ったらいくらくらいかかるか尋ねてみました。3000円くらいという回答。もうちょっとかかりそうな気もしますが、高くても4000円くらいか? 許せる金額です。

タクシーがバカ高だった場合も当然考えていましたが、そのパターンにはならず助かりました。(バカ高だった場合、諫早のホテル・宿にあたってみてタクシー代より大幅に安ければ、大村のホテル-すでに宿泊料は支払い済み-にはもどらず、諫早泊という方針でした)。

さて、大村へ戻る際の心配事がなくなったのでスタジアムへ向かいました(まだ、時間に余裕があったので途中食事)。

スタジアムまでは歩いたのですが、気温はそれほど高くはなかったのですが、尋常ではない湿気でけっこう厳しい環境。選手の動きが思いやられます。



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陸上トラックがあるのが残念ですが、よいスタジアムです。

試合結果はご存知の通り。選手の出来も今一つだったと思いますが、かなり研究され、対策が実践されている感じ。。。コンサがチャンスを作るパターンがしっかりとつぶされていたという印象です。

後半(特に小野投入後)、もともと流動的に動く前の3人以外のところも色々と動くようになりチャンスっぽい状況が多く作れるようになったように思います。

いたずらにつっかけていくと対策をたてている相手の思うつぼなので(圧倒的な個の力があるわけではないので)、今後は色々と工夫が必要かもしれません。


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試合後、挨拶に来た選手たちを迎えるサポ。


選手に拍手をおくった後は、速攻で諫早駅行バスの乗り場へ。
列車の運転がどうなっているかわからないので、早目早目の行動が肝要です。


諫早駅に行ってみると、ちょうど佐世保行きが2時間ちょっと遅れで発車するところ。
その後、また運転見合わせ状態になったとかで、運がよかったようです。



比叡山を借景とするスタジアム

2016年09月14日

だいぶ時間がたってしまいましたが、アウェイ京都戦に行ったときに撮った写真を見ていたら、西京極競技場が比叡山を借景としたようなスタジアムであることに気が付きました。


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京都サポ席の後ろにうっすらと見えるのは比叡山。
借景とは文字通り景色を借りることで、京都には比叡山を借景とする庭を持つ有名なお寺があります。
まさか比叡山の借景を意識してスタジアムが作られたわけではないと思いますが、ある意味京都らしいスタジアムだなあ、と思いながら写真を眺めていました。スタジアムにいるときに気が付いていたら、もっと明るい時間帯に写真を撮っておくべきだったと若干後悔。

ちなみに、下の2つのお寺の庭園が比叡山を借景とするものとして有名。いずれもコンサの試合観戦のついでに出かけて撮った写真です。

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円通寺庭園。


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正伝寺庭園。



ベイルートの日本食レストランの女主人から聞いた日本代表選手のこと

2016年08月04日

バールベック

上の写真は、2001年3月、ヨルダン・シリア・レバノンをめぐったときに撮ったバールベック(レバノン)のバッカス神殿(3世紀初めに建造)ですが、この時の旅の写真を眺めていたら、ふと思い出したことがあるので書き留めておきます。

シリアのダマスカスから乗り合いタクシーでベイルート(レバノン)に移動した夜、レストラン東京という日本料理屋に入った。どんな味の日本料理を出すのか興味があった。

それで味だが、味噌汁がきちんとだしをとった本格的な味でびっくりしたことを覚えている。店の主人(けっこうご高齢の御婦人だった)は、味噌だとか鰹節だとかを日本から送ってもらっているが、けっこう大変だというようなこと話していたような。。。
  
さて、記憶はかなり薄れているのだけれど、その方の話で覚えていることがもう一つある。

この店は、前年、AFCアジアカップがレバノンで行われたときに、日本チームに食事の世話をした店で、選手たちも試合の合間に食事に来たそうで、女主人はすっかり選手たちを気に入ったと話していた。選手たちの様子についても具体的に話してくれ、そのなかで今でも覚えているのが中村俊輔の話だ。「試合が近づくと緊張して食欲が落ちる」というのだ。まだ、22歳の若者がおいしい日本食を食べさせてくれるレストランの御主人に甘えて語った言葉かもしれないが、そのころの中村俊輔はまだメンタルが弱かったのかもしれない。(トルシエは中村を2002年ワールドカップのメンバーに選出しなかったが、もしかしてトルシエは中村のメンタル面を評価していなかった?)



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22:27

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レノファ山口戦と近辺の古寺巡り

2016年08月02日

例によって、試合プラス観光。
J2の醍醐味です。

J1だと大都市圏のチームが多くて「ついでの観光」の楽しみが少ない(都会の街歩きが好きな人にとっては楽しみが多いといえるかもしれないけれど)。そういった意味でJ1チームのサポは「ついでの観光」の楽しみのためにも札幌の昇格を待っている?

さて、山口遠征はけっこう早目に決定して飛行機とホテルは確保。
しかし、観光については何も考えず、先週は少し忙しく調べる余裕もほとんどなし。
土曜の夜遅く帰宅して、チケット買っていなかったことに気づきコンビニに走るも、何とすでに前売り券の発売は停止(普通前日夜まで買えるのでは?)。ちょっとがっかりした状態で、観光について調べました。

昔、萩や秋芳洞や山口県ではないけれど津和野などを訪問しており、どこへ行ったらいいものかと山口市の観光情報サイトを見ると、けっこう趣のある古寺がある。

一つは山口市の瑠璃光寺五重塔。
15世紀半ばに建立され塔で、法隆寺五重塔(奈良県)・醍醐寺五重塔(京都府)と並び日本三名塔の一つに数えられるとか。試合前にちょっとよるには場所的にもちょうどよい感じ。

試合の翌日はどうするか。帰りは19時すぎ便をとってあるので、けっこう時間がある。
上記の観光情報サイトで月輪寺(がちりんじ)薬師堂が目にとまった。平家が滅亡してわりとすぐの時期に建立されたらしく、写真をみるとなかなか趣がある。
ただ、山口市内に位置するものの、とても辺鄙なところにありアクセスがたいへんそう。
さらに調べると徳山からバスで行けるということがわかった。ただ、バスの便がとても少なく、下手をするとここ一箇所だけの観光で終わりそうな感じも。
しかし、この先、月輪寺薬師堂を目的に山口まで行くことはたぶんないだろう。コンサドーレの試合があるからこそ行く気になれる場所ではないかと考え、試合翌日の目的地に設定。

さて、試合当日。
東京から山口宇部空港まで飛び、いったん新山口駅近くにとっておいたホテルに行きチェックインの手続き。

その後、JRで山口へ移動し、「瑠璃光寺五重塔」の道しるべを頼りに歩き出した。最初の道しるべには2キロメートルとあったような気がしたが、10分くらい歩いて現れた道しるべの表示は1.6キロメートル。10分で400メートルしか進んでいないなんてありえない。どうやら最初の道しるべの数字を見誤ったか?

35度くらいはあるんじゃなかろうかという猛暑のなか歩き切り瑠璃光寺五重塔に到着。


瑠璃光寺五重塔
国宝瑠璃光寺五重塔。なるほど美しい塔だ。ちなみに、拝観料とか入場料とかなしで見学できた。


洞春寺
瑠璃光寺五重塔のあとは、近くにある毛利元就の菩提寺である洞春寺(とうしゅんじ)へ。写真は観音堂という建物で15世紀前半の建立とか(重要文化財)。ここも拝観料不要。


猛烈に汗をかき、かなりくたびれたあと、いよいよ維新百年記念公園陸上競技場に移動。

スタジアムへはJRで行けて、最寄りの駅から徒歩10分程度と、けっこうアクセスしやすい。



選手入場時の札幌サポ
選手入場時の札幌サポ。ビックフラッグを持ってきたんだ。気合が入ってる。


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整列した両チームの選手。


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19時半、すっかり日が暮れました。うすぼんやり見える山影がいい感じ。
このころは相手に何もさせず余裕たっぷりで見ていました。

しかし、後半はまったくダメ。
足は止まるし、細かいミスからスタミナをさらに消耗させ、縦パスをどんどん通され、さらに激しくサイドアタックをしかけられ、セットプレーから1点を返され、ホームサポの応援のボルテージは上がり、かなりドキドキするなか試合終了。

ところで、小野はレノファサポにも大人気。試合前の選手紹介でも大きな拍手をもらっていたし、ゲーム途中にアップのためコンサのサブの選手たちがスタンドの下に来ると、一部のレノファサポは試合そっちのけで小野の写真を撮る・撮る・撮る。それだけの選手が札幌にいてくれているということにはやはり感謝。


ホテルに帰った後、ネットで月輪寺へのアクセスの詳細を確認。
11時35分に徳山駅前発のバスに乗ると12時15分くらいに最寄りの上村(かんむら、バスの車内放送ではかむらと言っていた)に到着予定。お寺はそこから徒歩15分くらいの所にあり、12時50分の徳山駅行に乗るのはかなりたいへんそうで、14時45分までバスを待たねばならない感じ。

翌朝、ネット情報は今一信用ならないので、早目に徳山へ移動。山陽本線は本線だけれど、いい感じでローカル線色を出していた。

9時半ころ徳山に着いたが、上村へ行くバスは11時30分までなし(ネットで見た時刻より5分早かった)。

商店街をちょっとブラブラした後はバスターミナルみたいなところのベンチでボーッとする。

11時半のバスに乗り上村へ移動。上村のバス停に着いたのは12時7~8分くらいで、月輪寺との往復に30分をかけても12時50分のバスには何とか乗れそうだ。


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月輪寺への道。上村はちょっとした集落だった。


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月輪寺(がちりんじ)薬師堂に到着。趣のあるお寺だが、石段にあるピカピカの手すりが残念な感じ。


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薬師堂。とても趣のあるお堂だ。源平合戦の際、平家によって焼かれた東大寺再建のため、その再建事業に尽力した僧侶重源が資材を求めて周防国に来た際に建てた(再興した)寺だとか。


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門前に広がる田園風景。


さて、首尾よく12時50分の徳山駅行のバスに乗れた。来るときに福川駅(徳山より新山口に近い)前を通ることがわかったので、福川駅前で下車。

まだ少し観光に時間が取れる。で、どこに行くかだが、上に書いたこと以上のことは何にも調べてきていないし、スマホ持ちではないので(ちなみに携帯なしの生活をしています)、列車待ちの時間とかに調べることはできない。が、防府に行けば何かありそう。防府=周防国の国府というくらいだから、何か歴史的なものがあるはず。

防府駅を出て、駅前の観光案内図を見ると徒歩圏内に周防国分寺があるではないか。
駅の観光案内所でもらったパンフレットを見ると、奈良時代の聖武天皇の時代、全国に国分寺が建てられたが、周防国のそれは、創建当初の境内に伽藍を残す(後世の建築物だが)珍しい例だとある。ということで、またしても炎天下を歩く。


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周防国分寺。奥に見えるのが金堂で、平安時代の仏像などが安置されているようだが、残念ながら月曜日の拝観は休みだった。

防府にはまだまだ見どころが多くあるようだが、以上で観光終了。東京への帰途につくことに。



信貴山縁起絵巻のちピカスタ

2016年05月23日

かなり久々の投稿ですが、以前と変わらずホームのみならずアウェイ各地へも出かけています。

さて、丸亀は、2003年と2004年の天皇杯で訪れて以来ご無沙汰。
ということで、今年は何とか行こうと思っていた。
行くからには試合観戦とあわせてどこかへ、というのが自分の基本的スタンス。

で、4月初め知ったのが、奈良国立博物館で開催される「特別展 国宝『信貴山縁起絵巻』」(もっと早く情報を得よという感じですが)。

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「信貴山縁起絵巻」は平安時代末に成立した、大和国信貴山に住む僧命蓮(みょうれん)にまつわるストーリーを描いた絵巻物。一番有名と思われるのが「山崎長者巻」で、命蓮は鉢(僧侶が托鉢で使う鉢)を自在に飛ばすことができるのだが、托鉢のため山崎の長者(長者=富裕者といった感じ)のもとに鉢を飛ばしたが(自分の足で托鉢に行けというつっこみはなしということで-笑)、放っておかれたので、鉢の上に長者の倉を載せて信貴山まで運んでしまったという話(写真は今回の展覧会のチケット=倉の一番下の部分しか見えないが、倉が飛んでいくのを長者らが追っていく場面)。この話は、その後長者と命蓮の交渉の結果、倉に入っていた米俵のみ返却する(返却も鉢を使って行う)というところで終わる。

と、長々と書いたが、ストーリーのみならず絵も当時の人々の生活の様子などがわかる興味深いもので、全3巻が同時に公開されるのは初めてとのことで、何としても見に行きたいと思った。

展覧会は5月22日(日)まで。ということで、21日に奈良国立博物館に行って、翌日丸亀へ行くことにした。(最終日前日、かつ土曜ということで相当な混雑が予想されるが仕方がない)

大阪までの足はJAL様に囲い込まれてしまっていることもあり、当然のことながらJAL便を利用。席は左側の窓側を確保した。晴れていると前方後円墳や大阪城が見られから。


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飛行ルートがよくわからなかったが、いつもならば見える奈良県の古墳は見られず、大阪府上空に入ったあたりで遠くに大型の前方後円墳が見えてきた。後からグーグルマップで確認した感じだと、手前の川が大和川、奥の一番大きな緑の部分が誉田御廟山古墳(応神天皇陵と伝えられる)と思われる。


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大阪城。


大阪空港(伊丹空港)からは、リムジンバスで梅田に出て(新大阪行きでもよかったが梅田行きの便がすぐあったので)。

ところで奈良へ行くには、①空港からバスでダイレクトで行く、②モノレール、阪急、地下鉄、近鉄を乗り継いでいくなどの選択肢もあるが、なぜまず梅田までのバスを選択したのかというと、大阪都心まで行くならバスが早いということ、それから大阪市営地下鉄・エリア内の近鉄線と奈良交通のバスが乗り放題となる奈良・斑鳩1dayきっぷを購入したかったから。

信貴山縁起絵巻の展覧会を予想以上に早く見終えることができたら、薬師寺や唐招提寺あたりまで足を延ばせるかもしれないし、それから、新幹線で本日の宿泊地岡山まで移動することになっているので、大阪市営地下鉄乗り放題というのも、奈良・斑鳩1dayきっぷを使う大きなメリットだ。

結果からいうと、(あまり朝早い便に乗らなかったことと)展覧会がとても混雑しており、奈良国立博物館を出たのが15時ころ。薬師寺などに行く時間はあるものの、そんなにゆっくりはできない。ということで、東大寺の境内をブラブラすることに切り替えたので、奈良・斑鳩1dayきっぷを利用したメリットはほとんどなかった(奈良でバスを利用したり、大阪で地下鉄を3区間利用したりしたので若干得したが)。


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東大寺南大門への参道。修学旅行生も多く大混雑。


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大仏殿は素通りして、やってきたのが法華堂(三月堂)・二月堂(奥の建物)。ここまでは団体客はあまりやって来ないよう。


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二月堂と鹿。


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二月堂の前から道なりに下ってずっと行くと、大仏殿の裏手に出る。写真は東大寺講堂跡の礎石と大仏殿。大仏殿正面とは大違いの静かさ。




東大寺を出たあとは、近鉄で大阪に戻り、梅田で夕食を食べたあと、予定通り新大阪から新幹線でで岡山へ移動。


22日。岡山から、まず琴平へ移動。2004年の天皇杯の時訪れたような記憶がある。

あまり早朝から行動するガッツはないので、9時過ぎの電車で琴平へ。

10時40分ころ琴平着。琴平からは12時13分発の電車でピカスタ最寄りの駅金蔵寺まで行くことにしている。残り時間はわずか1時間半である。

金刀比羅宮への登り口に着いたのが10時50分すぎ、どれぐらいの時間で本宮まで登ることができるか、記憶が定かではないが、できれば11時半すぎには登り口まで戻って来て、うどんでも食べて行きたい。ということは上り下り合計35分くらい、上で5分休憩という感じか。

ということで、石段を猛然と上った。結果、15分強で本宮到着。かなりよいタイムでは?(笑

コンサの必勝を祈願して、展望台からの眺望を楽しんだあと、大急ぎで下る。


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金刀比羅宮の本宮。


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眺望。


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本宮手前の石段(一応ここは上り専用)。かなり急です。


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左に見える虎屋という店でうどんをいただく。


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JR琴平駅前の道。喫茶駅前という店がノスタルジックなムードを醸し出していました。


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金蔵寺駅で乗ってきた電車を見送り、いざピカスタへ。と思って少し歩くと、四国八十八か所の七十六番札所「金倉寺」という道しるべがあり、弘法さんへの敬意を表して立ち寄ることに。


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「金倉寺」と書くが「こんぞうじ」と読む。ここでもコンサの必勝祈願。

やっと、ピカスタに向けて歩き出したが、スタジアム入り口の向きを間違って覚えており、ちょっと遠回りしてしまった。

キックオフ3分後くらいに着席。

結果はご存知の通り。

素人の感想だけれど、最近はゲームをコントロールできるようになっている感じがする。

上手く表現できないけれど、持っている攻撃力・守備力の合計を10とすると、さあちょっと点をとるか、というときは攻撃に割く力を6とか6.5とかに引き上げて行って、それでもだめなら7だ、という感じ。

点が入ると、守備に入れる力をあげていく。ただ、その調整がまだ発展途上で、得点後は守備の方がいきなり7とか8になっちゃう(攻撃が3とか2になっちゃう)ので、点を取った後は攻撃が極端に貧弱になってしまうというイメージ(後半小野やヘイスを入れたのは攻撃もちょっとはということか)。現在のやり方を続けていき、完成度を上げいけばよいのではと思ったりします。


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トルコ人にとっての日本人サッカー選手はイナモト

2015年10月12日

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10日、サフランボルという街からアンカラへ移動した。

長距離バスのテレビモニターはそのニュースをずっと流していた。

アンカラ到着後、めざすアナトリア文明博物館へ。

冒頭の写真は博物館前で撮ったもの。たまたま通りがかった猫が写り込んだが、というか、ネコが通ったので、慌ててカメラを取り出した。トルコは猫だらけの国である。

さて、博物館を出たあと、トルコ人青年から、すれ違いざまに「どこから?」と聞かれたので「日本」と答えると「イナモトー!」と言われた。トルコ人にとっての、日本人サッカー選手といえば、イスタンブールのガラタサライでプレーしていたイナモトなのだろう。

「イナモト」が現在、我が札幌に在籍していることを話そうかとも思ったが、札幌という街自体知らないだろうなあと思い、そにまま分かれてしまった。

ところで、稲本のイスタンブールでの生活、トルコ各地への遠征のこと、とても興味がある。

しかし、テロ事件であるが、クルド労働者党とトルコ政府との停戦が崩壊したことが原因とも言われているようだが、爆発事件のあったアンカラ駅前で開かれていた集会は、両者の和解を目指すというような集会だったとか。であるならば、なぜ標的になるのか?  よくわからない面のある事件だ(旅行中であまり情報がないということもあるが)。

ちなみに、この記事はカッパドキアで書いています。



J2、観戦旅行もまた楽しからずや(熊本)

2015年08月26日

ロアッソ戦観戦のため、熊本に遠征してきた。

札幌は、もう数えるのも面倒なくらいの試合で勝てておらず、無得点試合も何試合か続いているが、不思議と勝てないから見に行かないという感情は沸き起こってこない。


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飛行機から見た「うまスタ」


阿蘇熊本空港には15時前に到着。空港からスタジアムへは意外と近いので、タクシーでもそれほどの金額にはならないと思われるが、急いでいないのであれば、JR肥後大津駅まで空港ライナー(何と無料)で行き、JRで光の森まで移動、そこからシャトルバスというのが普通の行き方か。

しかし、この日は熊本市街で所要があったので、いったん熊本の中心部へ。


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熊本城。

1時間ちょっと市街地にいて、17時過ぎのバスでうまスタへ向かい、キックオフ直前にアウェイ席に到着。


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向こうに見えるユニークな建築物はパークドーム熊本(屋内運動場)で、なんでも浮雲をイメージしたデザインだそう。

さて、試合の方は、ご存知の通り、実に久々の得点シーンを見ることができたが、あっさり失点して、その後は両チーム得点なし。またまた、引き分けに終わった。

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選手を迎えるゴール裏は荒れた感じはなく、温かな雰囲気だった。


翌日は台風が接近するなか、天気がもつかどうか心配だったが、予定通り、山都町というところにある、通潤橋(つうじゅんきょう)を見に行った。(途中から小雨が降ってきたが、台風の大きな影響は受けずに観光することができた)

通潤橋は幕末に建造された水道橋で、これによる灌漑で広範囲で多くの水田が営まれているということだ。

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通潤橋の近くには、こんな滝も。



通潤橋へのアクセスは車がないとけっこう不便で、熊本市内からは路線バスで1時間半くらいかかり、本数もそれほど多くはない。しかし、路線バスの旅というのも、なかなか楽しいもので、タレントが路線バスで日本各地を旅するという類のテレビ番組が人気なのもわかるような気がする。