プロフィール
札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2007年01月15日
肋骨骨折の疑いの方ですが、結局、医者へはいっていません。 先週はデスクワークが多かったので痛みはだいぶひいてきま した。しかし、やはり仕事で体を動かさざるを得ないので、 そこでまた少し痛めてしまいます。 さて、表題の旗竿ケースです。先日、うちのOSCの団長から天皇杯を転戦したフラッグと 旗竿が送られてきました。それで、半ば完成していたケースに 旗竿をいれてみて唖然。長さが。。。自分のてもとに旗竿がな いときに適当に作ったのがいけませんでした。しかし、短かっ たわけではなく、OSCのロゴの部分にケースをしばる紐(マジ ックテープをつけたバンド)がかかってしまうのです。 それで、むりやりロゴの部分の真ん中をはがして(かなりの難 事業)、そこの下にバンドを通すように作り変えました。 それからロゴは写真ではかなり明るい色ですが、実際はもうちょ っと落ち着いた感じになってます。 あとはストラップだけですが、強度を保てるかどうか不安なの ので、どうすべきか考え中です。 明日あたり、東急ハンズにでも行って部品を物色してみようか なと思ってます。 ちょっと時間があるので、といいつつやることはほかにもある のですが。
<以下、極めて個人的な感慨(独り言)です> 今週はちょっと暇なので、大幅な部屋の模様替えをしようと、 今日は棚の大整理に取り掛かりました。 あちこちに分散していたコンサ系のいろんな物もとりあえず、 ダンボール箱に詰め込んで、新しい棚がやってくるまで他の 本、書類、色々なものとともに部屋の隅に積んでおくことに しました。 かなり大々的な模様替えなので、小さな引越し並みの作業。 整理をしていると、昔レポート用紙に書いた日記のようなものも でてきました。大学を出たちょっとあとくらいのが。なんでこんな ものが残っているのか??? 就職もできず、何となく将来に不安をもっていたときのもの で、自分も色々悩んでいたんだなあ、ちょっと懐かしく、読み ふけってしまいました。 その後、かなりの綱渡り人生を歩み、今に至るわけですが、 最近の最大の悩み(というべきものかどうかはわかりませんが)は、 時間の過ぎるのが早すぎることでしょうか(言い換えると年をすぐと るということ)。年を追うごとに加速度がついてくるのですね。コ ンサができた10年前、自分にとっては本当につい昨日のような感じ なのです。さて、感慨に浸ってばかりもいられません。さして広く はない部屋ですし、この次読むのがいつになるかもしれない、また、 旅先で不慮の事故などにあって他人に読まれることになったらかな り恥ずかしいものなので、きっぱり捨てました(笑) 「捨てる」、北海道弁では「投げる」ですね。僕もいつのまにか 「投げる」ではなく「捨てる」を使う人になってしまいました。
2007年01月10日
今日はコンサネタなし、久しぶりで旅ネタのみです。 本日紹介するのは、ウズベキスタンはヒヴァ。ここは17世紀からホレムズ帝 国の首都が置かれた都市で、二重の城壁で囲まれ、内側の城壁に囲まれた内 城イチャン・カラには、20のモスク、20のメドレセ(神学校)、6基のミナレ ットなどが残され、街全体が博物館都市に指定され、ユネスコの世界遺産に も登録されています。写真は未完成のミナレット、カルタ・ミナル。1852年に着工されたこのミナレットは着 工を命じたアミン・ハーンが亡くなったため、工事が中断されたようで、完成し ていれば70~80mくらいになったであろうといわれている(現在の高さは26m)。
高くそびえ立つのは、イスラーム・フッジャ・メドレセのミナレット。 高さ45mで、ヒヴァに残るミナレットでは一番高い。
イスラーム・フッジャ・メドレセのミナレットの上からの眺め。 8月に訪問したのですが、暑さは半端ではありませんでした。このときは カスピ海を船で渡ろうと思って、中央アジアへ出かけたのですが、さて カスピ海はどうなったか? 続く(かも)。
2007年01月05日
新監督が正式に発表されたり、選手の契約更新が進んだり、さらに、 どこからか開幕戦は関西方面かもという情報が流れてきたり、新し いシーズンに向けて着実に進んでいますが、一応、昨年の参戦・観 戦の結果を確認してみました。 1(3月4日) アウェイ 鳥栖 ○ 2(3月18日) アウェイ 山形 ○ 3(3月21日) アウェイ 愛媛 ● 4(3月25日) ホーム 横浜 ● 5(4月5日) ホーム 草津 ○ 6(4月8日) アウェイ 神戸 ○ 7(4月22日) ホーム 柏 ● 8(4月29日) アウェイ 東京 ● 9(5月6日) アウェイ 水戸 ● 10(5月27日) アウェイ 柏 ● 11(6月3日) ホーム 山形 △ 12(6月10日) ホーム 徳島 ○ 13(6月17日) アウェイ 仙台 ○ 14(6月24日) ホーム 東京 ○ 15(7月1日) アウェイ 湘南 ● 16(7月8日) ホーム 愛媛 ○ 17(7月16日) アウェイ 鳥栖 ● 18(7月26日) アウェイ 東京 ○ 19(8月6日) アウェイ 徳島 △ 20(8月19日) ベガルタ 仙台 ○ 21(9月9日) アウェイ 神戸 △ 22(9月23日) アウェイ 湘南 ○ 23(10月14日)ホーム 山形 △ 24(10月21日)ホーム 神戸 ● 25(11月11日)ホーム 愛媛 △ 26(11月18日)アウェイ 水戸 ○ 27(11月23日)ホーム 東京 ○ 28(11月26日)アウェイ 柏 ○ 29(12月2日) ホーム 鳥栖 ● しめて29試合、参戦・観戦 ホーム 6勝4敗3分 アウェイ 8勝6敗2分 合 計 14勝10敗5分 30試合には到達できず、05年よりも大幅に減少。原因の一つは水曜 開催が多かったこと。さて、今年は何試合参戦・観戦できますやら。 しかし、リーグ戦の日程の発表遅すぎです。3月上旬には恒例の旅に 出る予定なのですが、なかなか予定が決まらず困ります。一応アウ ェイゴール裏の住人としては、アウェイ開幕戦は参戦するつもりで いますが。 さて、ヴェトナムはホイアンの写真の続きです。昨日に続き「日本橋」の写真を。
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午後の遅い時間帯に撮ったものです。川はトゥボン川。ホイアンはこの川の三角州に形成 された街。
2007年01月04日
実は12月中旬に肋骨のあたりを痛めました。数年前肋軟骨骨折という のをやっているのですが、その痛みに酷似。最初は深呼吸もできない ほど。しかし、医者にいく暇もなく、仕事柄、腕を動かすことも多い ので(注ーエアロビのインストラクターではありません-笑)、安静 を保てず、それに加えて痛みをこらえて走っていたので、ちょっと よくなっては、悪くなりの繰り返し。 なぜ、走っていたのかというと、コンサの勝利祈願のためです。 そして、試合前一週間のどこかで10キロ走る、勝利、10キロ走る、 勝利、のサイクルができあがってしまい、やめるにやめられなくなり ました。馬鹿です。あまり胸に響かないように走っていたのです が、やはり負担は大きかったようです。 その胸の状態で決勝を迎えていて、旗を振れたかどうか自信はありま せんが、決勝までいっていたらもうどうなってもいい、という気持ち だったでしょうから、大丈夫だったでしょう。 さて、まだかなり痛みが残っているわけですが、週明けにはようやく 少し暇になるので、医者に行ってレントゲンでも撮ってもらおうと思 っています。 さて、最後に、市場の写真しかアップしていなかったヴェトナムはホ イアンの写真の続きです。通称「日本橋」。しかし、完全に中国風の橋です。
橋の入り口。
橋の中。
2007年01月01日
仕事のため天皇杯の参戦はゼロ。 しかし、チームの活躍、そして仲間たちの素晴らしい応援に勇気付け られた2006年の年末でした。 試合後はコンサ系のブログ等を巡回して、「泣いた」「号泣」「涙した」 の文章を見ては、はずかしながら、もらい泣きしていました。 僕も涙しながら「ヤンツー、サッポロ!」と叫びたかった。 さて、新潟に勝った段階で、決勝進出を信じてチケットを購入してい ました。席はもちろんアウェイ自由席。何かの予備ということも考えて 2枚。 そして、今日その決勝だったわけです。明日から仕事なので、寒風のなか 2時間もじっとしているのは避けたかったので、きっといるであろう、 チケット難民にチケットを譲るべく(定価で)、10時前に国立競技場へ行き ました。すでに開場されていて、レッズサポの長~い列がゆっくりと動 いていました。競技場の近くをグルッと回りましたが、チケット難民ら しき人はなく、いるのは「余り券買うよ」というダフ屋だけ。レッズサポの長い列。 ダフ屋に売るのは嫌なので、いったん帰宅して、最近恒例になりつつある 年始のランニング(8キロほど走りました)。 そしてまた国立へ(自宅からそんなに遠くないのです)。 今度も難民はみつけられず。結局は、入場ゲートをくぐることになりまし た。
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ガンバが攻めまくっていましたが、心なしか準決勝のときより動きにシャー プさがなかったような。疲れでしょうかねえ。休み明けの播戸はよく走って いましたが。レッズもなんとなく重たい感じ。 結論としては行ってよかったです。元旦の国立への思いを益々強くしまし た。 最後に、本当ならば国立でわがロイテミーニ12の仲間にお披露目する はずたっだ、手製の旗竿ケースの画像を。
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ロゴがやや浮いた感じになってしまいました。この先、デザイン変更が あるかも。 ケースの上部はマジックテープがついています。また、底は革で補強し てあります。しかし、素人縫製なのでへヴィー・デューティーには耐えら れないかもしれません。まだストラップがついていません。一応、ストラ ップをとりつけるようにはなっているのですが、そこが一番弱そうです。
2006年12月25日
23日は仕事でした。 参戦できないことはもどかしかったですが、帰宅して勝利を知り感 激にうちふるえました。 ありがとう、選手の皆さん、ヤンツー、コーチ、そのほかスタッフ の皆さん。 そして、僕のように現場に行けない者の分まで頑張ってくれた サポの皆さん、本当にありがとう。 次も仕事で参戦できませんが、もう一度ありがとうと言わせてく ださいね。元旦は国立で思いっきりはじけたいと思います。 昨日も家の近くを10キロほど走り、フィジカルトレーニングも 十分ですし(笑)、チケットも確保済みです。 さて、準決勝はエコパですね。北海道から参戦される方々にとって はなかなか厳しい立地ですが、「国立」という目標を際立たせるに はかえってよかったのかもしれません。 技術の差は走ることでなんとか埋めてもらいたいです。なんだかんだ いってコンサの選手、今年は走力がついたと思います。 そして、サポの力で、走力を100パーセント発揮させたいものです。 最後は例によって旅の写真を。 ベトナムはホイアンという街の市場です。ここは昔、フェフォといって 17世紀初めには日本町があったところです。
2006年12月09日
今日は、予定通りJAL1000便(7時50分発)で東京に戻り、仕事へでか けました。 飛行機は満席、搭乗待合室はサポであふれ、JALの地上職員もレプ リカ着用。なんとなくスタジアムのスタンド裏という雰囲気。さら にJALの地上職員の方が、「私たちの分も応援お願いします」とかア ナウンスすると、待合室内から拍手が。 知り合いのサポの方にも出会い、「応援、頼みました」と言葉を かけましたが、現地へ行けないということを実感して泣けてきま した。 搭乗が始まり、ボーディングブリッジを通ると、そこにはコンサの 選手の写真やら何やらが。。。本当に不思議な感じの搭乗でした(残 念ながら写真を撮ってませんが)。 帰宅した後、ビデオ観戦しましたが、参戦された皆さんの熱い応援が 画面を通して伝わってきました。 PK戦は予想外でしたが、そのときの選手の表情よかったですね。 こんな緊張を楽しめているのか? とびっくりでした。ひきつった 笑顔ではなく、心からの笑顔のように見えたので(結果を知らずに ビデオを見ていたのですが、勝ったなこれは、感じました)。 さて、あと2つで国立ですが、まず、次の試合をとりに行きましょう、 って、仕事で参戦できないんですが。 最後に、やはり旅の写真を。11月下旬に行った京都の写真です。修学院離宮から曼殊院への道で。
曼殊院。
曼殊院。
2006年12月03日
昨日の最終戦で、今年の僕のサッカーのある週末が終わりました。 アウェイでは声の限りに声援をおくり、ホームではまったり、 そして手に汗を握りながらの観戦。見るのも応援するのも好き ですから、こんなサポ生活があっています。 まだ、週末に試合があるのですが、その日はあいにく仕事が入って しまいました。仕事の打診のとき、「他の人でもいいのではないで すか? 冬だから飛行機が飛ばない危険性もありますし。。。」と か言って、「じゃあリスクを避けるため、今回は他の方に依頼しま す」という回答を期待したんですが。。。駄目でした(泣)。 金曜の夜まで札幌で仕事をして、今のところ、沢山のサポが乗るで あろう、JALの朝一の便で東京に戻り、仕事場へ向かう予定です。 2番目の便でも仕事には間に合うのですが、知り合いのサポの方々 がけっこう同じ便にいそうなので、「応援頼みました」の一言を伝え るため、あえて朝一の便で帰京しようかと思ってます。 天皇杯は勝ち進んでもずっと仕事。行けるのは元旦だけです。 元旦に国立で応援できたら、うれしずぎてどうにかなってしまいそう ですが、どうにかなりたいです(笑) さて、恒例の旅の写真です。中国が続きます。四川省の省都成都の南164kmのところに位置する楽山大仏。ご覧の通り、とにかく大 きいです。像高71m、唐代の713年から90年の歳月をかけて完成した巨大磨崖仏です。
2006年11月26日
興奮しました。 得点はすべて目の前でしたが、何がなんだか分からない状態で よく覚えていません。 柏サポの勢いに押されまいと、サポはいつも以上にハイテンション でしたが、相川のゴールのあと、さらにスイッチが入りました。 そんな状態とシンクロするように選手の動きもよくなり、柏の動き が落ち、あれよあれよという間に同点、逆転、という感じでした(あ くまで印象ですが)。 アウェイの醍醐味を堪能できた試合でした。試合前からかなりのハイテンション(通常アウェイはキックオフ前は比較的まったりし ているのですが)
こんな感じの超アウェイ。
試合終了後。で、撤収は速やかに行われました。
2006年11月22日
大変残念ですが、退任は仕方がなかったかもしれない。それがヤン ツーさんの意思ならば。。。 ところで、 「活躍したら怒られる」 ???ですね。この記事。 前後の脈絡がまったく不明。あまり使われていない選手に対する 何等かの質問に対する回答だと憶測しますが。。。 出られなくて悩んでいる選手が嫌な質問をされて、それで、冗談っ ぽく、(出ても)「活躍したら怒られるから。。。」と適当に答えた としか思えません。「力がないからもっと頑張ります」という回答 ができないものかとも思いますが。 コンスタントに出ている選手は、プロスポーツの常として、不満 はあまりないと思いますし(選手にとって使ってくれる監督がよい 監督で、使ってくれない監督が悪い監督っていうじゃないですか)。 普段出ている選手の言葉ならば、ますますこの記事、わけがわかり ません。 それから社長の「選手を家族とみなす」云々のコメント。 ヤンツーさんの厳しさは「家族」のそれではないのですかね? 駄目なものはだめという厳しさは身内だからこそいえるのでは ないか? 適当に選手のご機嫌をとってうまくやってくれないか? なんて 思ってませんよね?>hfc まさかですよね(と思いたい)。これも記事だけではわからない。 普段、若い人たちと接していますが、自分に厳しくない人は伸びません。 「ま、いっか」という人は、やはり「ま、いっか」というところで終わ っています。 一流選手は基本的に自分に厳しいのだと思います。自分に厳しく努力 できるのも一つの才能だと思いますが、そうした才能をもった選手はやは りコンサにいない、もしくは少ないのでしょう。そして、選手が「ま、い っか」と思ってしまう環境がコンサには多いのでしょうかねえ。 その辺の改革、指導を本気で考えなければ、自分に厳しい選手(つまり一流 選手)を集められる状況にないチームですから、今後も厳しい状況が続く のではと思います。 と珍しく、コンサについて色々書いてしまいましたが、最後はやはり旅の写 真で締めたいと思います。中国は蘭新線の車窓。遠くに思えるのは明代の長城の最西端の砦、嘉峪関です。
嘉峪関からみた祁連(きれん)山脈。
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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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