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札幌出身、東京在住。05年の秋からはアウェイで大旗を振っていたが、2011年末にOSCが解散したこともあり、同年限りで旗振りは引退。
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2023年01月23日
2019年4月、ルヴァン・カップのグループステージのVファーレン長崎戦の応援というか観戦のため、長崎へ行った。周知の通り、この年のルヴァン・カップではコンサドーレは決勝まで駒を進めたのだが、実は全試合を現地で見ることができた。 全試合を現地で見て最後に優勝を目撃するというストーリーは残念ながら完成しなかったが、この年の終盤以降、実家への張り付きが常態化したので、自分のコンサ応援生活史という観点からは、とても貴重な年となった。 全試合現地観戦するなかで、試合会場・日程的に最も観戦ハードルが高かったのが、この諫早のトランス・コスモス・スタジアム(長崎県立総合運動公園陸上競技場)で行われたVファーレン戦だった。しかし、長崎には以前から行きたいと思っていた場所があり、試合日程が決まると、すぐに遠征計画を立てた。いつもはアウェイ席に陣取るのだが、この日は普段リーグ戦に出場しない選手が見られる可能性もあるということで、メインスタンドのチケットを購入。陸上トラックはあるが割りと見やすかった。
さすがに平日の夜に諫早まで遠征してくるサポーターは少ない。
試合は、6-3でコンサドーレの勝利。 この試合で強く印象に残ったのは福森のミドルシュート。えげつない威力だった。 この試合以降、コンサの試合を見る際、福森がスルスルっと上がってペナルティエリア近くまで行くと、いつも彼のミドルシュートを期待してしまう。 今年の福森は体づくりが上手くいっているという話も聞こえてくる。あの時のようなミドルシュートを期待して試合を見たいと思う。 この日は諫早駅近くのホテルに宿泊。翌朝、長崎に出て駅前からバスに乗って外海(そとめ)へ向かった。 目的地は大野教会。 この教会堂は、以前、NHKのBSだったろうか、ド・ロ神父(フランス出身、1879年出津に着任))が「ド・ロ壁」と呼ばれる石組みを用いて建設したことが紹介されていて、いずれ行きたいと思っていた。ただ、ここをメインの目的地にするほどでもなく、なかなか訪れることができずにいた。 ちなみに、2018年、長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産が世界遺産に登録され、大野教会がある大野集落もその中に含まれている。
バスを降りて坂道をしばらく登って行く。
大野教会堂(1893年完成、2008年国指定重要文化財指定))が見えてきた。石組みの感じがヨーロッパの田舎にある建物という雰囲気を醸し出しているが、屋根の瓦は東アジアという感じ。石組みは赤土を水に溶かし、そこに石灰と砂を投入したものを接着剤として、大野岳の玄武岩を積み上げて作られている。なお、教会内部は撮影禁止なので、外観の写真しかありません。 ちなみに、内部は、板張りの床、平らな天井、木の枠組みがある白い塗り壁という日本風の建築で、ステンドグラスはない。
この教会は目立つところに十字架が立てられていないが、屋根瓦にさりげなく十字架の装飾がほどこされているのが、なかなか格好良い。
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外海の海。 大野教会堂を見学して、一応目的は達したが、長崎市内へ戻る途中に、ド・ロ神父が日本にやってきて、まず建てた出津(しつ)教会に寄った。
出津教会。こちらも内部の写真撮影は禁止。
出津教会。
出津教会(奥)と旧出津救護院(手前)。 出津救護院は、ド・ロ神父がフランスで学んださまざまな分野の知識をもとに、外海地区の女性の自立のために作った授産施設。編み物、素麺、マカロニなどの加工器具、農具などが展示されている。いつもそうなのだと思うが、シスターが丁寧に説明してくれた。
出津集落前の海。 長崎市内に戻った後、帰りの飛行機までには若干時間があったので、寺町へ行き、興福寺を訪れた。
興福寺。江戸時代初期に明から渡来した僧によって開かれた黄檗宗の寺。ちなみに、17世紀半ばこの寺の住職を務めた明僧隠元は後に京都宇治に万福寺を開いた。写真は大雄宝殿(本堂)
大雄宝殿の前から庫裏の方向を見る。正面に見える魚の形をしたもの(魚板)は僧侶に食事時を告げるために叩いた木彫の魚。 そろそろ時間切れとなり、寺町にある他の寺には寄らず帰途につく。
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