カレンダー
プロフィール
息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索
2009年12月18日
黄色の表紙が印象的だった『象の消滅』に続く ニュヨーク発の短篇集です。 ピンクの表紙のこの『めくらやなぎと眠る女』には 24篇が納められています。![]()
『蛍・納屋を焼く・その他の短編』から 1篇、 『レキシントンの幽霊』から 4篇、 『中国行きのスロウ・ボート』から 2篇、 『TVピープル』から 2篇、 『カンガルー日和』から 5篇、 『回転木馬のデッド・ヒート』から 2篇、 『東京奇譚集』から 5篇、 村上春樹訳によるアンソロジー『バースディ・ストーリーズ』に書き下ろした 『バースディ・ガール』 全集にしか納められていない 『人喰い猫』 書き下ろしの 『蟹』、 の 計24篇です。 個人的には この3篇を読みたくて購入したようなものです。
結論から言えば どれも村上春樹的世界に遊べる作品で、楽しめました。 そのための短篇集なわけですから 当然なのですけど、過去に読んだ事のある作品でも、その時の環境や体調で 読後感や作品の解釈、意味が違ってくるという事はありますよね。 『バースディ・ガール』は 中学3年生の国語教科書(教育出版)に収められているそうです。 また難しい作品を収載したものですね。教師は この作品をどのように教えるのか とても興味がありますが、半面、紋切り型のつまらない教え方をして 小説嫌いを増やさないように と 切に願います。 作者は何を言いたいのか とか 主人公の願い事を100字以内で書け なんて問題は 正解なんて無いし 本当にナンセンスだと思います。 『人喰い猫』は どこかで読んだ気がするな と思いながら読んでいたのですが、『スプートニクの恋人』ですね。 『蛍』が 『ノルウェイの森』に広がって行ったのと同じパターン(短篇小説から長篇小説へ発展)なのでしょうか。 『蟹』は 『回転木馬のデッド・ヒート』に収められてる『野球場』という短篇の中で、登場人物が書いて“僕”に送ってきた作品と思われます。 『野球場』の中で“僕”はこの作品を 「たしかにうまくまとまってはいるのだけれど、小説としてのめりはりというものがまるでなく、何もかもが均等で平板」 と評していますが、この作品は どうなのでしょう? どう考えても 村上春樹的世界にある作品だと思うのですが。 この3篇を含めた24篇が順不同に収められているわけですが、ラストに『東京奇譚集』からの5篇が並べられています。 『東京奇譚集』には5篇しか収められていないので、『東京奇譚集』の全部が 同じ並び順で ここに収められている事になります。 これって 再編集の短篇集として どうなのかな(?) と やや違和感を感じながら 読みました。 と ここまで書いて、改めてイントロダクションを読み返してみたら、『人喰い猫』のことも 『東京奇譚集』のことも 書かれていました。 選者には選者なりの考えがあっての事 だというわけですね。 『象の消滅』の時には 村上春樹の世界を再認識させてくれるようなインパクトがあった記憶があるのだけど、それに比べると衝撃度合いは薄かった気がします。 『象の消滅』とは違って、『めくらやなぎと眠る女』は 村上春樹の自選だからでしょうか。(『象の消滅』はゲイリー・L・フィスケットジョンが編集) それとも、単に期待度の違いですかね。 今年 『1Q84』を読んで、村上春樹が好きになった人、村上春樹が理解できなかった人、多少でも村上春樹に興味を持った方には、黄色の『象の消滅』も ピンクの『めくらやなぎと眠る女』も、どちらも入門篇として 丁度良い一冊だと思います。
2009年12月07日
結論から言えば面白かったです。 元々ファンタジー小説が好きだという事もあるのだけど、宮部みゆきらしいストーリーテリングでぐいぐい引き込まれ、上下巻を一気に読み終えました。
しかし、読後感は かなり消化不良。 物語をテーマに紡がれる物語、壮大なストーリーを予感させたのだが......全てが中途半端なまま終わったような気分。 細かい事はネタバレになるので書かないけれど、主人公の少女が旅立って以降のストーリーは ちょっとお粗末ではないか。 ファンタジー小説が これだけ出ているのだから 仕方ないのかもしれないが、どこかで読んだような、観たことがあるようなシーンの連続。 ストーリー的にも 拡がりが全然足りず、本当は もっと長い物語を考えていたのに、途中で全体の量が決められてしまった為に、止む無くこれで終わらせてしまった とでもいうような印象。 せめて、主人公には ひとつの領域(リージョン)だけでなく、いくつかの領域を旅し、いろいろな狼の協力を得ながら 答えを見つけ出して欲しかったと思う。 『鷺と雪』 のエントリーでも書いたけれど、深い闇があってこその 輝くような光明、深い谷があってこそ 聳え立つ山々。 主人公が陥る危機や苦難、苦悩が まだまだ甘いから、勝利感、達成感も不充分なのではないか。 それは 小5の少女という主人公の設定に無理があったのか、元々が新聞連載という事で様々な制約があった為なのだろうか。 宮部みゆきに対する期待が大きかっただけに、その分 残念な想いも大きく、物足りなさが 強く残った。
2009年12月04日
良家の令嬢 花村英子と、その女性運転手 ベッキーの二人が紡ぐ 軽いミステリー。 『街の灯』 『玻璃の天』 『鷺と雪』 の3部作だけど、それぞれが短編集で、今年上半期の直木賞を受賞したのは その中の最終話、『鷺と雪』の中の表題作となる短編です。
『街の灯』で 英子とベッキーさんが出会い、『玻璃の天』で ベッキーさんの正体が判明し、『鷺と雪』で 歴史の大きなうねりに飲み込まれ、英子の少女時代が終わりを告げる。 僕としては 『玻璃の天』が 一番面白かった。 この『鷺と雪』も決して悪くはないけれど、戦争に向かって突き進む 昭和初期の暗い流れを扱っている割には 全体に印象が軽い。 輝くような明るさがあってこその深い闇、深い谷があってこそ聳え立つ山々、明と暗、白と黒、そのような対比が今一歩明確ではないというか、曖昧な淡さの中で 話しが進んでいくような雰囲気で、少々物足りなさが残った。 それが 北村薫らしさ といえばそうなのだけど。 この直木賞、他に圧倒的な作品が無かった事もあり、幾度となく候補に挙がりながら受賞を逃してきた北村薫に対しての ご褒美、或いは、シリーズ3作を総合しての受賞だったのではないかな。 『鷺と雪』、最後は 2・26事件で終わります。 2・26事件をモチーフに扱った作品といえば 宮部みゆき『蒲生邸事件』、恩田陸『ネジの回転』。 それぞれの作家の 作風、傾向が表れているなぁ と改めて感じます。
2009年11月23日
「されど~」が出たなら 次は「赤頭巾ちゃん~」だろう と予想したあなた、あなたは鋭い。鋭いけど、結構いい年令のおじさん(おばさん)です。 もう一度 読みたくなって 読み直しました。 昭和44年の芥川賞受賞作です。![]()
「赤頭巾ちゃん気を付けて」 「白鳥の歌なんか聞こえない」 「さよなら怪傑黒頭巾」 「ぼくの大好きな青髭」は 薫くんシリーズ4部作、或いは 色シリーズ4部作と呼ばれ、これが その第1作です。 高校生の頃に 赤、白、黒を文庫本で読んだのだけど、その後で 青の連載が始まり、文庫化されるのが待ちきれなくて 乏しい小遣いから 単行本を買った記憶があります。 従って、先の3冊は文庫で、青だけ単行本で並んでいます。
1968年に発生した東大紛争、あの安田講堂事件は1969年1月。その影響で1969年の東大入試は中止となった。 この小説は国立大学の入試願書受付の締め切りを翌日に控えた1969年2月の日曜日、灘高と並ぶ日本有数の進学校だった都立日比谷高校3年生、庄司薫くんの一日の物語です。 口語調の軽い文体で、薫くんの周囲で起こった様々な出来事、それらに対する思い、それらから連想した出来事や想い 等々が語られます。 幼馴染みの由美ちゃんのこと、兄貴の友人だった女医さんとのこと、日比谷高校の嫌ったらしい校風のこと、小林君を始めとする多くの友人達のこと、人生や社会のこと。 しかし、それは明るく健康的な 自己讃美・自己愛であったり、熱く暗い狂気のような 自己蔑視・自己嫌悪であったり、そういう風に大きくぶれる自分を 自己弁護してみたり、そうした自分を冷静に見つめ 自己分析してみたりします。 この日、薫くんが考えたことは、誰もが一度は考えた事があるんじゃないかと思える事ばかりです。 青臭いと言えば確かにそう、裕福な家庭のお坊ちゃんの妄想と言えば それも確かにそう。 でも、若い頃だけでなく 50歳を過ぎた今でも、決して楽な生活はしていないけれど、時々は考える事です。 この作品が発表された頃と時代は大きく変わったけれど、一人一人が考える事は それほど大きく変わっていないと思います。 そして、主人公の薫くんが 最後に抱いた想いは 多分 いつの時代でも変わらない想いだろうと思います。
2009年11月16日
昭和39年上半期の芥川賞作品で、全共闘世代のバイブルとも呼ばれたそうだ。 僕はその2世代くらい後で、巷ではしらけ世代と呼ばれる世代になるのだけど、まだ 学生運動の残滓があちこちに残っており、全共闘世代が持っていた熱に懐かしさや憧れを持つ奴も少なからずいた世代。 2年前に新装版で文庫が再発売された時に思わず手にとって買ってしまったのだけど、何となくそのままになっていて、先日 やっと読んだ。 実に30年ぶり。 (30年前の文庫本も 本棚にある) 1945年8月、太平洋戦争の敗戦により、日本人はそれまで信じてきたものを否定され、価値観の大幅な変更を余儀なくされた。 その10年後の1955年7月、第6回全国協議会(六全協)で日本共産党はその方針を大幅に変更し、全共闘世代は自らが信じるものを 再び失ってしまった。 六全協後の虚無感漂う全共闘世代を描いているため、学生運動関連の本と勘違いされるけど、実は恋愛小説であり、人生に悩む青春文学。 30年を経て改めて読み返してみると、若さゆえの苦悩、どうしようもない甘さ、非情なまでの冷たさ、独善、身勝手などと共に、デビュー作ゆえの作者の力み、文章や構成の拙さを感じるけど、30年前にはずいぶんと共感し、何度も読み返したものだった。 人生に対する真摯な態度など、青臭いと言われるかもしれないけれど 今読み返しても 共感できる部分は少なからずあって、この本が扱っているのは 普遍的なテーマなのだろうと思う。 ただ、登場人物がエリートばかりなので、それだけで共感できないという人も多いだろう とも思う。
共産党が かつて暴力革命を企て、山村工作隊という学生武装組織などによるテロ行為を行なっていた なんて事、知らない若者が殆どだろう。 今となっては とても信じられないような行いをしていたのが、東大を始めとする 一流大学の学生たちだった。 彼らは何故 そのような武装方針を信じ それに埋没していったのか。 どこかオウム真理教の武装組織に通ずるところがあるようにも思えるし、それ以外のカルトと呼ばれる宗教にも通じるところがあるのだろう。 併載されている「ロクタル管の話」も面白いです。 このエントリーを書きながら ジャガーズの『君に会いたい』を思い出した。 ♪若さゆえ苦しみ 若さゆえ悩み 心の痛みに 今宵もひとり泣く♪
2009年10月30日
ストーリーに起伏が無いのに 文章が難解で冗長。 なかなか読み進まず、3分の2を読み終えるのに 2週間以上かかってしまった。 京極作品は どれも大長編な訳だが、こんなにかかったのは 初めて。 正直、途中で読むのを止めようか とさえ思った。 京極だから きっと最後は楽しませてくれるだろうと思って読み続け、それでも最後は結構一気に読み進んだのだけど、今回のラストは 残念ながら満足できる出来ではなかった。 シリーズも8作目を迎え、新しい試みにチャレンジしたのかもしれないけど、う~んだな。 こんなに長い作品にする必要があったのだろうか? 他の作品とのバランスを取る為に 無理に長くしている訳ではないよね。 半分くらいの量に纏めたなら 探偵榎木津礼二郎の なかなか面白いサイドストーリー (榎木津礼二郎外伝) になった と思うのだが......
2009年10月05日
BOOK3? 出ても不思議ではない。 上下巻ではなく BOOK1、BOOK2だった点から 当初から BOOK3以降に続くのだろう という予想はあった。 先日も どこかのサイトで執筆中という記事を読んだし、 BOOK3も 発売までは BOOK1&2の時と同じような 徹底した情報管理戦略で行くだろうから、 新潮社のコメントには余計に現実味を感じる。 期待してしまいます。
2009年10月03日
昼下がりの連続ドラマを観ているような、岩井志麻子らしくない小説。 初出は 婦人公論での連載という事を知って、半分納得。 それにしても 岩井志麻子なのだから、もう少し違った語り口はなかったものか。
大正ロマン漂う東京、一皮剥けば まだまだ旧い時代の東京を舞台に、陰と陽、外見と頭脳、妻と妾、対照的な2人の女性の生き方を、旧い世界にしばられる親や舅、姑と、新しい価値観で生きていこうとする若者の対比を交えながら、鮮やかに描いている。 優柔不断なマザコン男を巡り 対決する2人の女。天真爛漫で美しい明子の転落、優秀ながら屈折した性格の清子の開き直りと変身。ストーリーとしては有りがちなパターンではあるけれど、2つの対立軸が微妙な毒や皮肉を含んで様々に絡み合い、存外に面白い。この辺は岩井志麻子らしいか。結末はさっぱりと潔く、後味も悪くない。 外見にコンプレックスを持っているがゆえに勉学に励んだ清子。 しかし、実は目鼻立ちは整っていて、化粧をして着飾れば結構な美人だった、という設定は女性向きのシンデレラストーリー。 2人の主人公が女学生だった頃にあこがれた“自由恋愛”。気が付けば自由恋愛という言葉は古くなり、若い女性たちは“イージー恋愛”に憧れるようになっている。 時代が変わる早さは、案外と昔も今もそれほど変わらないのかもしれないな。
2009年09月28日
人気作家ゆえ、なかなか古本屋にも出てこなかったのですが、ここにきて結構出回るようになったので、まとめて購入して 読みました。 どれも面白い。ストーリー展開がスピーディで 意外性に富んでおり、明らかにフィクションという作品もあるけれど、結構リアルに感じられる作品もあったりして、楽しめます。 「オーデュポンの祈り」を読んだ時は一瞬村上春樹が頭をよぎったけれど、それ以外の作品は村上春樹とは異質です。誰に似ているという訳でもなく、独特の世界を持っている作家だと感じました。 伊坂幸太郎と音楽 (多分、昔 カカシが言った。) 「ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから誰もがからっぽだ。」 (オーデュポンの祈り) デビュー作である「オーデュポンの祈り」には具体的な音楽は出てこない。 舞台となる島には 大事なものが欠けているという設定だから。 しかし、その後の作品には 様々な音楽が登場し、それぞれの作品に 印象的な小道具、アクセントとして 彩りを与えている。 代表的なところでは 「チルドレン」の ヘイ・ジュード/ビートルズ 「ラッシュライフ」では ヒア・カムズ・ザ・サン/ビートルズ 「グラスホッパー」には 風に吹かれて/ボブ・ディラン 「ゴールデンスランバー」に至っては曲の題名がそのまま本のタイトルになっている。(ゴールデン・スランバー/ビートルズ) その他にも、様々なロックやジャズ、クラシックの楽曲が登場してくる。 伊坂幸太郎は 1971年生まれの満38歳で、僕よりも 一回り以上若いのだけど、出てくる音楽は 僕の年代か、もう少し上の年代の楽曲が多い。 特に ビートルズと ボブ・ディラン。 彼と同世代にも良い楽曲がたくさんあると思うのだけど、何故なのだろう。世代を問わずに愛され、これからも長く残るであろう楽曲にこだわったのだろうか。 でも、クラッシュやラモーンズなんかも出てくるところを見ると、そうでもないのかな。 音楽を聴くと、その音楽を よく聴いていた頃を 思い出すというけれど、これらの曲を聴くと、作中で それが登場した場面を 思い出す。 ♪ It's All Right....... なんて効果的なのだろう、と 改めて感心してしまう。 死神はこう言う。 「人間が作ったもので一番素晴らしいのはミュージックで、もっとも醜いのは、渋滞だ。」 (死神の精度) 伊坂幸太郎と映画 伊坂作品と映画の関係もよく言われる。 伊坂幸太郎は映画が好きで、ジャン=リュック・ゴダールを尊敬しているらしい。作品の中で登場人物に映画や監督を語らせたり、映画がモチーフとして取り上げられる事も少なくない。 逆に、伊坂作品が 映画化されることも 多い。 現在まで 単行本として発表された16作品のうち 7作品が映画化(公開予定含む)され、1作品が wowowでテレビドラマ化されているけど、これは 相当の確率じゃないのかな。 もちろん 第一の理由は 伊坂作品が連続してヒットしている という事だろうけど、作品のテーマが現代的で 一般に受け入れられやすい事、映像が目に浮かぶような文章、作品の持つスピード感というかドライブ感が 映像化を刺激するという事もあるだろう。 しかし、 残念ながら 映画化されてヒットした作品は 今のところ無い。少なくとも 僕は予告編以外は まだ一作品も観ていない。 独特の雰囲気を持った世界観や 様々な仕掛けを、2時間前後の映像の中に詰め込むのは 難しいのだろう。小説では可能なトリックも 映像では不可能なケースもあるし。いずれにしても ストーリー展開を映像化することは出来ても、そこに漂う味わいを映像化する事は至難の業なのだろうと思う。 ところで、 伊坂作品では 別の作品のキャラクターが脇役で登場したり、別の作品の事件がエピソードとして使われたりする事が 度々あり、多くの作品が 微妙にリンクしている。 映画化される時も この辺の遊び心を踏襲してくれると嬉しいのだけど、なかなかそうは行かないのだろうな。 同じ配役で登場させてくれないと、直ぐにはピンと来ないだろうし、そうなると 著作権だとか何だとか いろいろ面倒な事が たくさん発生するのだろうな。
【作品一覧】 ※オーデュポンの祈り (2000/12) ※ラッシュライフ (2002/7)(2009/6公開) 陽気なギャングが地球を回す (2003/1)(2006/5公開) ※重力ピエロ (2003/4)(2009/5公開) ※アヒルと鴨のコインロッカー (2003/11)(2007/6公開) ※チルドレン (2004/5)(2006/6wowow) ※グラスホッパー (2004/7) ※死神の精度 (2005/6)(2008/3公開) ※魔王 (2005/10) 砂漠 (2005/12) ※週末のフール (2006/3) 陽気なギャングの日常と襲撃 (2006/5) フィッシュストーリー (2007/1)(2009/3公開) ※ゴールデンスランバー (2007/11)(2010公開予定) モダンタイムス(2008/10) あるキング(2009/8) ※は読んだ作品、1つ目のカッコ内は発行日、2つ目は映画公開日
2009年09月25日
最近、マンガは殆ど読んでいないので、このマンガの存在すら知らなかったのだけれど、後輩から「青空さんはこまわり君、リアルタイムですか?」と尋ねられて、知った。 「がきデカ」は僕が高校生の頃の連載なので、年代としては少しずれているけど、リアルタイムで知っている。ただ、死刑!、八丈島のキョン! など、一連のギャクは知っているけど、正直、あまり好きなマンガではなかった。![]()
で、この「中春こまわり君」。 なんと、あのこまわり君が 42歳(2008年現在)の会社員になっていて、きれいな奥さんと結婚して 優秀な子供も 1人いる。 ちゃんとしたサラリーマンだぞ、信じられるかい? 最終回は覚えていないけど、あれから やおら 30年。 さすがにあのこまわり君も大人になっている。あの数々の奇行は若かりし頃の出来事として 本人も距離を置き、今や 案外と常識人。 しかし、周囲はあの頃を忘れていないし、本人自身、引きずっている。 その中で サラリーマンの悲哀、嫁姑の対立、老人介護、成人病などなど、なかなかリアル(?)な問題が描かれる。 この辺の感覚が 何とも言えず 面白い。 破天荒な子供向けのギャグマンガから 大人のマンガになっている。 人生の悲哀を背負ったこまわり君、ジュンちゃん、モモちゃん、西城君。 共感したくないけれど、共感してしまう自分がいる。 リアルタイムのがきデカを知らない世代には 面白くも何ともないマンガだろうな。
サザエさん一家の将来は CMで描かれた。 クレヨンしんちゃんが成長した姿は もう描かれる事はないのかな。