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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。

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『されど われらが日々-』  柴田 翔 

2009年11月16日

20091116-00.jpg


昭和39年上半期の芥川賞作品で、全共闘世代のバイブルとも呼ばれたそうだ。

僕はその2世代くらい後で、巷ではしらけ世代と呼ばれる世代になるのだけど、まだ 学生運動の残滓があちこちに残っており、全共闘世代が持っていた熱に懐かしさや憧れを持つ奴も少なからずいた世代。

2年前に新装版で文庫が再発売された時に思わず手にとって買ってしまったのだけど、何となくそのままになっていて、先日 やっと読んだ。
実に30年ぶり。 (30年前の文庫本も 本棚にある)



1945年8月、太平洋戦争の敗戦により、日本人はそれまで信じてきたものを否定され、価値観の大幅な変更を余儀なくされた。
その10年後の1955年7月、第6回全国協議会(六全協)で日本共産党はその方針を大幅に変更し、全共闘世代は自らが信じるものを 再び失ってしまった。

六全協後の虚無感漂う全共闘世代を描いているため、学生運動関連の本と勘違いされるけど、実は恋愛小説であり、人生に悩む青春文学。
30年を経て改めて読み返してみると、若さゆえの苦悩、どうしようもない甘さ、非情なまでの冷たさ、独善、身勝手などと共に、デビュー作ゆえの作者の力み、文章や構成の拙さを感じるけど、30年前にはずいぶんと共感し、何度も読み返したものだった。

人生に対する真摯な態度など、青臭いと言われるかもしれないけれど 今読み返しても 共感できる部分は少なからずあって、この本が扱っているのは 普遍的なテーマなのだろうと思う。

ただ、登場人物がエリートばかりなので、それだけで共感できないという人も多いだろう とも思う。







共産党が かつて暴力革命を企て、山村工作隊という学生武装組織などによるテロ行為を行なっていた なんて事、知らない若者が殆どだろう。
今となっては とても信じられないような行いをしていたのが、東大を始めとする 一流大学の学生たちだった。
彼らは何故 そのような武装方針を信じ それに埋没していったのか。
どこかオウム真理教の武装組織に通ずるところがあるようにも思えるし、それ以外のカルトと呼ばれる宗教にも通じるところがあるのだろう。


併載されている「ロクタル管の話」も面白いです。


このエントリーを書きながら ジャガーズの『君に会いたい』を思い出した。
♪若さゆえ苦しみ 若さゆえ悩み 
心の痛みに 今宵もひとり泣く♪


post by aozora

21:19

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