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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #40

2008年04月16日

clasics #40をお送りしました。こないだ「何書いてるんだかわからないシリーズ」と名付けたやつの第2回ということですが、まあそんなこと言っても毎回何書いてるんだかわからない内容ではあるんですがね。人生をサッカーに例えたり、その逆だったり、別のもので例えてみたり、そういう考え方を軸にしてここまで書いてきてるわけですが、この回は「考え方」そのものをテーマにして書いてます。「Life is Football」とか「No Football,No Life」っていう言葉がその昔からサッカーを語る巷にはあって自分もそういうのを使ってきたけれど、最近はそうも思えなくなってきた。もっと複雑で深遠な、入り組んでいて怪奇な、そんなものが人生には含まれているんじゃないかと。その思いをじっくり煮詰めていくと、とてもじゃないが人生をサッカーなんぞに例えることなんてのはすっかりできなくなってしまった。90分では収まりきれない、11人でも成り立たない。そんなシンプルなものでもないとずっと思っていたけど、サッカーに例えるとするとあまりにも単純になりすぎる。人生は人生にしか例えられないものだと思うようになった。

それでもサッカーにはあのピッチとスタジアムでしか表現できない、何ものかがある。だからサッカーを見ているし、これからも見ていくんだろう。人生の中にサッカーがあるのでも、サッカーの中に人生があるのでもなく、また同時にそうとも言える。渾然となって存在しているとも言えるし、それぞれ全く別の存在によっているということも言える。それこそ「Life is Football」とか「No Football,No Life」のように、この世の何事をも一言で例えられるような言葉というのは実は存在しないのではないだろうか。存在しないというよりも、「それ以上」の範疇で語ることができない、そういうことかもしれない。人間が発明したスポーツを語るには人間の発明した言葉では足りない、もしくは人間の言葉では足りないほどの存在になってしまった。言葉も人種も住む街も飛び越えてひとつのボールを共通の存在にして、みんなでボールを追いかける、そんな世界というのはなかなかに楽しい。言葉にしなくても、蹴るだけで、もしくはそれを見つめることで気持ちの伝わる世界だなんて、こんなに幸せなことはない。


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22:02

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aftertalk #39

2008年04月13日

clasics #39でした。

幼い頃から一人で何事かをしているのが好きな人間だった。

特に親が共働きだとか、一人っ子だったからとかいう理由ではない。でも引っ込み思案で臆病な、おとなしいタイプの性格だったことは間違いない。そしてそれはいまでもそうだ。自分が覚えている最初の記憶は、本を読んでいるところから始まる。一人で畳の上に腹這いになってページをめくっている自分の姿が、どこかおぼろげな記憶で保存されている。本を読むだけではない。一人でカセットテープを聴いていたり、一人でブロックで何かを黙々と作っていたりしていた。こういうことを書くと自分が暗い性格の人間であるかのように思われるが、実際そうだから仕方がない。それで今では、一人で散歩したり、一人で本を読んだり(これは変わらない)、部活や習い事も一人でできること(武道――剣道とか――なんて孤独なスポーツの極みだと思う)ばかりやってきた。人並みに野球やバスケットなんかのチームスポーツも好きだが、実際やるのは気が引ける。それで一念発起してやってみたり、学校の体育で嫌々ながらやらされたりしてみるとこれがまた案の定できない。球技なんてそもそもパスが回ってこない。下手なのをもう見抜かれてしまっているわけだ。そんなわけで、一番好きだった体育は無難に長距離走だったりする。でもやっぱり遅かったけど。

今でも一人で何かをしている、というか、せざるを得ない。人とふれあうというのがどうにも辛くなってしまって一時期自分の外側に強固な殻を築いて生きていた時期があったけど、今はそれほどでもない(と思う)。一人で本を読む。一人で散歩をする。一人で映画を見る。一人で焼肉をする。一人で生活しているということが当たり前になりすぎて、どこか麻痺してしまっているような気もする。「誰か誘って来ればなあ」と思うこともあるが、だいたい2,3秒すれば「ま、いいや」で済ませてしまう。それが自分の性にあっているんだろうと納得してしまうのが、なんだか寂しい。ここで、それもまた人生とか言ってしまうと何かを悟ったような感じになってしまってこれまた寂しい。なんでこういう性格の自分がサッカーを好きになったのだろうか、と今も昔も不思議に思っている。時々考えすぎることもあるが、それでも私は元気です。

それでもまあ、サッカーという存在に出会えたことは感謝している。出会わないままずるずると生きていたらどうなっていたかわからない、と本気で思うこともある。そういう意味で、サッカーというのは人生を救ってくれた存在だとちょっと大げさに言ってみたい。

えー、今日は手抜きをしてしまいました。すんません。


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21:12

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aftertalk #38

2008年04月06日

clasics #38でした。文章の締めにものすごく恥ずかしい思いをしている現在ですが、とうとうこのブログも10000アクセスを突破していました。ひっそりやっていても見ててくれる人たちに感謝。

この文章を書いているときはブログなんていう気軽に書き込めるメディアというのはなくて、何かを書きたければフリーソフトを導入して、Readme!とか(懐かしいなあ)に登録して更新するっていうのが主流だったと思う。2003年だったらブログも萌芽期で、RSSってなにそれ?状態だった時代だったっけ。それが今や文章を書くだけでなくコミュニティメディアとしてブログが重要なツールになり、データを調べたくなればWikipediaで(データの真偽はともかくとして)とりあえず調べられるような時代になった。そんでもって動画共有だとかSNSとかほんとうにネットの世界は何がどう進化するのかわからない。昔は重いデータなんてネットに上げられなかったから、やたらと思いのほとばしる長い文章を書くことが多かった。かくいう自分もテキスト系サイトばっかり見ていた。まあ今もGoogle Readerの中にははてなダイアリーとかいっぱい登録されているんだけどね。ともあれ、語られる場所が増えたというのは嬉しいことだ。願わくばそれがネットという世界にとどまらず、いろんな場所に飛び火して欲しい。いろんな人とサッカーについて言葉を交わす、そしていろいろな影響を受けて自分自身の語るサッカーの言葉も充実していくというのはとても面白いものだ。札幌だけでなく他チームのサポーターとか、他のスポーツを見ている人でもいい。恥ずかしがらずに語ることができれば、それはとても充実したものになるだろうと理想論。

そういう人たちの「思い」みたいなことを本にできたら面白いだろうな、なんて書いていたけど、96年にはそういうのは既に自主制作本という形で出てはいた。だけどもっと分厚くて読み応えのある10周年記念本が出て、これだけ語ってくれる人が増えたんだ!と嬉しくなったそこにブログやSNSといった「気軽に語る場所が増えた」ということがあって、サッカーを巡る言葉の世界というのは確実に広がっている。その世界が充実したものになるかどうかというのは、まだわからない。ネットをはじめとするメディアでの言論の場がどれだけ成長できるのか、ということとも繋がっていると思う。


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22:26

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aftertalk #37

2008年04月04日

clasics #37をお届けしました。前回の#36からは少しばかりの時間が空いた(つまりオフをもらった)ので、前回の正月に#36を書いて、この回を書いたときには既に03年の開幕直前という時期だった。

その間、僕はひとつの決断をしている。
会社を辞めるということ。
札幌に帰るということ。
札幌に帰って一向に良くならないパニック障害の治療に専念するということ。
従って、アウェイゴール裏からも距離を置くということ。

会社を辞めようと思い始めてきたのは02年の秋になってからのことで、いろいろ僕の勤めている会社は売り上げ的な危機に直面していた。そのなかで何もできずにただただ空気が悪くなっていくばかりのこの会社で働くこと、心も体もずたぼろになるまで働くということなんて僕自身には何も良いことをもたらすことはない、ということ。嫌気が差して会社に行くたびにどす黒い思いをしていた中で、片隅で、突き刺さっている思いもあった。

辞めていいの?ここで辞めたら負け犬になるよ?
他にもっと良い方法があるんじゃないの?

そう僕の中の一部分が僕自身に直接語りかけていた。
そしてもう一方で。

もう何もかも終わらせちゃおう。
ゴール裏も引退しよう。会社もおとなしく粛々と辞めていこう。
朝日がベッドを照らすたびに震える身体も、臆病で情けない心も捨ててしまおう。
もう、楽になろう。

そんな言葉が逆サイドから聞こえてくる。僕はどうすればいいのかわからなかったけど、どうにかしたかった、どうにかしたいから、どうにかできるだけの、ゆっくり考えるだけの時間が欲しかった。そこで年末年始の帰省を使って僕は青森を旅しながらゆっくりと考えることにした。2泊3日の行程の中で何らかの答えを見いだして、あとはそれを見いだした自分自身のことを信じてやって、生きていくことにしよう。

上野から寝台特急で秋田まで、そこから五能線で五所川原へ。そして当時僕が傾倒していた、太宰治の愛していた岩木山の麓にある岩木山神社へ。カーテンで仕切られた寝台車の中、ビールを飲み続けながら考えた。五能線の海岸沿いを走る風景を見ながら、津軽三味線の音とともに考えた。雪がしんしんと、しかし圧倒的に降り積もる岩木山神社のバス停で、缶コーヒーだけを暖房代わりにして、待合室の中でじっとしながら考えていた。青函トンネルを越えて乗り継ぎ、札幌へ到着する頃には既に悩みに決着がついていた。
アウェイの地を離れ、はずかしながらこの地に戻る。蝕まれているこの心と身体とを、どうにか自分で調節できるレベルにまで持っていく。そして、しばらくの間は何もせずにいる。(でも、そんなもんで回復できるほどの病気ではなかったと僕は改めて知ることになる)

僕があのとき、東京を離れるまえ、最後に見た試合はA3チャンピオンシップだ。あの記事を書いているころ、僕は引っ越しのために荷造りをしている最中だった。でも、その作業が終わっていようといまいと、「とりあえず最後の」東京での試合は見に行きたかった。そして韓国や中国のチームの試合を見ながら、ああ、これでとりあえず最後の国立だなあ、と寒さに震えながら思っていた。何泊したかわからないフランスW杯最終予選の青山門前、灼熱地獄の浦和戦、東京戦のあと担ぎ込まれた国立の医務室。それらすべてと、僕がサッカーに捧げてきた記憶の一部分と、これでお別れだ。そう思いながら、まばらな観客の中、ひとり試合を見ていた。
そうして、今でも病気は完治せず、ふらふらと人生をさまよい、国立には行けぬまま5年が過ぎた。

つまりは、まだ死ねないのだ。


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00:33

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aftertalk #36

2008年04月01日

clasics #36でした。連載史上もっとも観念的で抽象的な回ですねこれ。

人生の面白さとサッカーの面白さ、というのをリンクさせて語ろうと思っていたんだろうけど、何でだろうというかやっぱりというか、最後の方ではそこはかとない悲しさと無情さが漂うような方向になってしまっている。もはや性分。サッカーには喜怒哀楽のすべてが入っているとも言っているけど、どうやらそうでもないらしいということがようやくこの歳になってわかってきたような気もする。確かにサッカーには喜怒哀楽がある。しかしそれはスポーツというカテゴリで展開される喜怒哀楽であって、人生とか生活とかそういうところと比べるとダウンサイジングされていることは否めない。人が生きることのすべてをサッカーで語ることは不可能だ。でもその不可能を何とかして可能に近づけたいと思うこと、語ることを止められないのもまた自分にとってのサッカーという存在。喜怒哀楽が90分に凝縮されている、というところもそういう気持ちを抑えられないひとつの理由だと思う。

とはいってもサッカーが面白くなくなったという意味ではない。サッカーに対する興味は昔も今もそれほど変わらっていないし、この回を書いているときから沈黙する時間が長かったからそう思えてしまうんだろう。実際、ここ数年で僕自身がサッカーを語ることのできる言葉というのはかなり少なくなってしまった。サッカーがつまらなくなったのではなく、サッカー以外で語りたいことがあったり、サッカーを言葉にすることから離れてしまっていたのが原因だ。何かを言葉にできるだけの語彙というのは確実に僕の頭の中から減ってしまった。だからともあれリハビリにこうやって書いているというのもあるけれど、語る内容はサッカーから離れているという不思議。いやべつに不思議じゃないか、自覚的に書いてるんだし。サッカーを見ること、応援するということが自分にどんな影響を及ぼして自分がどんな風に思ったり考えるのかということに興味を持ち続けている、あるいはそれを形にできる方法を探り続けているといったほうが正しいのかもしれない。そして今も昔も、形にできる方法でいちばんどうにかなりそうなのがこうやって何事かを書き連ねていくことなんだというところは変わっていない。もっと語り、もっと考える。そしてもっとその産物をどこかにまき散らしていく。恥ずかしげもなく、悪びれもせずに。そんなことが今必要なんだろうと思う。

ああ、ちょっと思ってしまった。ひょっとして自分は「サッカーに興味がある」のではなく、「サッカーに興味がある自分自身に興味がある」という場所から抜け出せていないのではないか。悪い癖だとは思うけれど、ひょっとしたら僕は「自分」というフィルターを通さないとすべてのものごとを把握できない人間なんじゃないかとも思う。それはそれで問題だろうけど、抜け出す方法も知らないままここまで来てしまっているのでどうやっていいのかもわからないというのが今の正直な心境だ。


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23:33

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CONSAISM clasics #36

2008年03月31日

clasics #36をお届けします。どんどんと観念的、抽象的、人生論に傾いていくこの連載。コンサドーレのネットマガジンにのせていたのにねえ……。


もうかれこれ一年と三ヶ月くらいになるだろうか。ここに自分の文章を掲載させてもらってからそのくらいの年月が経とうとしている。「自分の思ったことを、そのときの生活に根ざした文章」という主題のもとで、いささかも脱線しながら書かせていただいている。そうして今まで自分がずっと書いていきたかったのは「フットボールには人生におけるあらゆる感情のすべてが入っている」ということだったりする。自分の年齢にしては老成した(つまりジジ臭い)文章のなかでどれだけそのことを伝えられてきただろうか、またこれから伝えられるだろうかという不安もあるが、まずは読者の方々毎回読んでくださってありがとうございます。そんなわけで今回もそういうジジ臭い話。
「フットボールには人生におけるあらゆる感情が入っている」という考え方は先にも書いたけど、考えてみればそれは当然のことだという気がしてくる。人間が生きている以上、そこに表現されるあらゆる行動や思想には人間の感情が介在されて当たり前のものだろう。そうして一人一人がそれぞれ他人とは異なった感情や行動をもって表現し、そういう大量の表現によって社会という存在がつくられている。それはモザイク模様のタペストリーにも似て、一つとして同じ色はない。それゆえに人間の中で生活するということはその折り重なりがあるからこそ面白いのだし、複雑すぎるからこそ時には厄介になる。そうして構成されている社会という奴をどうとらえるのかという感情もまた人それぞれ。じゃあ自分はどう考えているのかと言われれば、ちょっと嫌な事は(ちょっとどころでもなく)あるけれども、それはそれと割り切って咀嚼して自分の生活の中に取り入れています。以上。
そんなわけでフットボールは怒りも歓喜も悲哀も楽しさも、強さも弱さも辛さも嬉しさも、それぞれの判断する善悪良否の価値観も、すべてが入っているものであって、その感情が伝わりやすいものの一つではないかと思っている。それはルールやジャッジメントの明快さ(他のスポーツと比較して)から来るものであり、ボールという「道具」を媒体とするものだからであり(道具が存在することで「偶然」の確率が増えることになる)、または観客とプレイヤーという構図(社会的構造の縮図ともとれる)からくるものでもある。そしてそこにはさっき書いたようないわゆる西洋的な二元論的思想だけではなく、東洋的な死生観や倫理観も含まれているのではないか、というのが最近考えていること。一言で言うと、「フットボールとは、はかないものである」。
「はかない」という言葉を辞書で探していくと、「まよう」「たよりにならない」「無常」という意味ということになる。一言で言ってしまうとこうだろうか。「世の中の常に移り変わる様子をみて感じるかなしさ」。確かにフットボールにはまさにただ一つとして同じものはない。場所は巨大なスタジアムでも、寂れた路地裏でもできる。プレイヤーが違えばプレーも違う。それが22人集まればその違いは数学的な確率を超えた無限がある。それを見る人の動きや感情表現もそれに加わる。けれどもその中にもう一歩深く考えてみると「はかなさ」を感じることはできないだろうか。二度と同じプレーはないこと。同じ時間はないこと。同じ瞬間、同じ感情を分かち合う人がまた違うこと。その感覚をどこか深いところでおぼえているからこそ、同じ場所で同じ瞬間、同じ感情を共有できるのではないだろうか。フットボールという舞台の上で抽出された感情を共有できる。けれども逆に人間それぞれの感情が異なっていることを理解し許容できる。だからこそ感情の共有が成り立つ。そこには入れ子構造的な(もしくはスパイラル的な)連鎖が成り立っている。
たとえば試合の帰り道、夕暮れ色に染まる空の向こうにスタジアムが影になって、それを振り返り仰ぎながらそれぞれの場所へと戻っていく、そのときの何とも言えないかなしさ、さみしさ、静けさ、そんなとき「はかないものだ」と自分は感じる。そしてそれを一番自分に知らしめてくれるのがフットボールなのではないかと思う。自分にとってのフットボールの存在理由は、その一瞬にあるかもしれない。 


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23:46

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aftertalk #35

2008年03月30日

clasics #35でした。
武蔵丸とか貴乃花とかえらい懐かしいなこれまた。

相撲は今もほとんど見ない(何も見るものがないときに適当に流す程度)んだけど、このときは何か思うところがあったのか、それともなにもきっかけとなるネタがなかったからなのか、相撲から話が始まった。「心技体」という言葉はどのスポーツでもあてはまるし、それを高いレベルで実現できている選手というのはどの世界でもトップレベルのアスリートになるのは事実だ。例外的に才能だけが突出している人も中にはいるけど、それはとんでもないレベルで突出しているごく少数のことだと思うので。もしかすると自分がいわゆる「人格者」っていうタイプを好んでいるだけかもしれないけど。いろいろなスポーツの中で見ることのできる「心技体」はそんな風に面白い。

この文章を読み返していて、やっぱり堅い感じがするけれども、その反面落ち着いて冷静にかけているなとも思う。年末年始で落ち着いた気持ちになっていた時間に書いたからだろうか。他人を鼓舞するようでいてその実自分を鼓舞しているような、いつもの余計な熱を持つこともなく淡々と書き進めている。スポーツ選手のことから自分たちの生活のところへ話を引っ張っていく無理矢理さ加減は相変わらずなんだけどね。自分の周りにある「日常」の「生活」というものをどうにかして少しでも楽しいものにしたいと考えていたけれど、これを書いた時期はそういうものがおおよそ不可能なものであると諦めの境地に至っているようなところもあった。仕事というのは楽しくないものだと結論を出してしまって、それ以外に逃げ道を求めるようになっていった。会社からの帰りはとにかく音楽を集中して聞いていたり、本の世界にわざと耽溺していくようにしていたところがある。下手をすると一日一冊読んで、帰り道で三冊買うみたいな感じだったから(そして家には未読の山が積み重なっていく)、ある意味わざと依存させるような方向に自分を持っていっていた。本とか音楽とかだけじゃなく、あの頃はとにかく自分の手の届く範囲で溺れられるものなら何でも良かったんじゃないだろうか。ひたすら歩くこと、ひたすら考えること、何かを書き付けること、聞くこと、読むこと、そしてサッカーを見ることもそこに含まれていた。贔屓目に言っても、よくこの時期に死ななかったと思う。それが良かったのか悪かったのかはもうちょっと時間が経ってみないとわからないけど、それほどにひどい状態だった。とりあえず、あれからの6年間は自分の心は喪われていたも当然の状況だった。それをぎりぎりのところで支えてくれたものが、サッカーだった。サッカーを見て、応援できていたからこそ生きていけた。だから、サッカーは今のところ自分にとっては「命の恩人」のんだと思っている。人じゃないけど。


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23:32

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aftertalk #34

2008年03月28日

ということで、clasics #34でした。もうこのDVD持ってないや。どうしたんだっけ。
サッカーをメインテーマにした映画は考えてみるとあまりなくて、この回で触れた『リトル・ストライカー』以外だと、ブータン代表とモントセラト代表の「もうひとつのワールドカップ」のドキュメント映画である『アザー・ファイナル』や、インドの少女が戒律や親の反対に遭いながらも女子サッカーを続ける『ベッカムに恋して』あたりがこの頃公開されていたものだろうか。その後の映画になると『レアル・ザ・ムービー』や『GOAL!』もあるんだけど、そのあたりは個人的にサッカー映画として認めたくないというか……。最近ではグァテマラの娼婦達の結成したサッカーチームを追う『線路と娼婦とサッカーボール』という映画もあって、見てみたいんだけど札幌では上映される予定がないらしい。あと、純粋にサッカーを題材にしたアクション映画として『少林サッカー』もあるか。サッカーの映画がそれなりに公開されだしたのって、やっぱり日韓ワールドカップ後だよなあ。確か『リトル・ストライカー』も、日本での劇場公開はされずにDVDになってやっと日本に来たんだったかなあと思う。

もうひとつ思うことは、自分自身を奮い立たせるような言葉ばっかり書いているなあ、ということだ。こういうことばかり書いているということは、裏返せば自分自身がいろいろなものに怖がっているということに過ぎない。この文章を書いているとき、僕は確かにしんどい時期だった。体調は一向に回復しないままで、むしろ悪化しつつもあった。現実の中を生きていかなければ、なんて決意じみたものを書いているけど裏を返せばそれだけ現実が厳しかったということで、背けそうになる顔を必死になって前を向かせようとしていた。今でもしている。目を背けても背けなくても怖いものは怖いんだけど。
怖いものなんてない人間だと昔は思われていたフシがあるけど、実際は怖いものだらけで応援していた。それをずっと隠し続けていただけのことだ。降格が怖い、負けるのが怖い、認められなくなるのが怖い、仕事ができないのが怖い、何もかも怖い。そして今でも怖がりながら生きている。サッカーはそれを和らげてくれた(こともあった)けど、勝ったのは自分の臆病な心だ。だからこそ、怖がらずに戦う選手達には敬意を払いたいと思っている。


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22:12

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aftertalk #33

2008年03月25日

clasics #33でした。
なんかいろいろ感情が噴出した後なので、もう文章自体も無表情というかなんというか。降格した直後はもう何もする気力がなくなってしまって、暇な休日だったらどこかにサッカーでも見に行こうか、となるのだけどそれもなく。
この試合のあともなにも言うこともなく、ただ立ちつくしていた。正直何も言うことはない、というか言うべきことは鹿島までの間に全部出尽くしてしまったというところはあって、正直なところ惰性と言ってしまうとアレなんだけど、「思い出づくり」みたいなところがあったと思う。まあ、思い出づくりで行ったのが何回も通っている仙台じゃあ思い出もなにもあったもんじゃないけど。
そういう気持ちをドームでの最終戦、広島戦でのダンマクがたたき起こしてくれた。「2003 J2 第0節」とゴール裏に掲げられたダンマクは、来期へ繋がるための今、という意識を植え付けてくれた。それが翌シーズンへのモチベーションのひとつにもなった。いったい何ができて何ができなかったのかを冷静に考えることに努めようとした。サポーターとしても、サッカーの戦術や補強といったところからも。

でもそれを考えられるようになったのは最終戦の終わった後からで、それまでは絶望と脱力に溢れていた。体調面もおもわしくなく、イライラを表に出してしまうようになったりして、そんなことをしてしまう自分が嫌になってたまらなかった。個人的には最悪のタイミングで自身の病気と降格というのが重なってしまったわけだけど、それを今更どこにもっていって責めるわけでも無念を晴らすこともできるわけじゃない。今の自分にできるのはあの頃の自分の歴史を「運命だった」と諦めること、割り切っていくこと、なんともできない思いを文章にしていくことくらいだ。それがいいことなのか悪いことなのかもわからないし、良いのか悪いのか白黒つけることでもないんだろうけど、まあとにかく何らかの形で区切りをつけたくてこうして書いてる。


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21:57

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aftertalk #32

2008年03月20日

clasics #32でした。
あの時のことは、悲しかったんだが悲しくなかったんだかもわからない思い出だった。泣いてるから悲しかったんだろうけど。なんだかあの日は悲壮な人もいたし開き直っている人もいたし、なんだかわけわかんない雰囲気だった。でもやっぱり負けたときは悔しくて、悲壮な決意も開き直ることもなく中立の気持ちでいた自分も泣けてきた。降格の瞬間に立ち会ったことに動揺したのか鹿島のサポーターがエールを出してきて、思わず「必ず戻る!」とコールをしたことは忘れられない。そして「戻ってきた!」と今年の開幕戦で叫ぶこともできなかったことは残念だった。あのコールを先導した人間として、開幕戦の鹿島には行っていなければならなかったと思う。

試合後のゴール裏で思いと涙を吐き出したせいなのか、帰りの車中ではわりとさばさばした気持ちになっていた。このとき聴いた音楽は、今でも忘れられない一曲として僕の心の中に刻まれている。「歌謡スカ」と呼ばれる独自の作風で知られるWhat's Love?というバンドがカバーした和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」は、原曲とは180度違っているのに曲自体の持つ明るさや希望といった面をい全く損なっていない名カバーだと思っている。ゲストボーカルに小島麻由美を迎えているバージョンもあるのだけど、そちらも絶品というほかはない。最近ではサンボマスターもカバーした。
このとき僕らが散々リピートしていたのはたしか小島麻由美のほうだったか、もうひとつの横山剣が参加している方だったかは忘れてしまったけど、家に帰るまでずっとこれを聴き続けていたのは忘れていない。車の中でずっと歌い続けて、応援しにいった帰りで声もろくに出ないのに歌って、そうしてちょっとだけ救われた。
今、その曲を聴きながらこの文章を書いているのだけど、聴くたびにあの鹿島からの帰りの光景を思い出す。「あなたに逢えてよかった」と口ずさみながら、本当に札幌に出会って良かったと思っている。今度三角山のラジオに出ることがあったとしたら、この曲をかけよう、あの日の話をしようと思っている。


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22:26

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