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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。

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『ノルウェイの森』  村上春樹

2010年11月21日

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『ノルウェイの森』というタイトルは ビートルズの「Norwegian Wood (This Bird Has Flown)」 という曲から来ている。
これは直子の好きな曲として何度か作品の中に登場し、効果的に使われている。

「『ノルウェイの森』を弾いて」と直子が言った。
(中略)
「この曲聴くと私ときどきすごく哀しくなることがあるの。どうしてだかはわからないけど、自分が深い森の中で迷っているような気になるの」 (上巻198頁)

ノルウェイの森、寒い北国の針葉樹が密生する深い森の中は 一年中日が射さず、暗く湿っぽく荒涼としている。
村上春樹の作品では こちら側とあちら側、或いは もうひとつの世界がテーマとなる事が多いのだけれど、この作品においては  “森” がもうひとつの世界なのかもしれない。
「一度迷ってしまうと、森というのはどこまでも深くなるんだ。」(『海辺のカフカ』上巻201頁)


僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見まわしてみた。僕は今どこにいるのだ?でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった。いったいここはどこなんだ?僕の目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。僕はどこでもない場所の真ん中から緑を呼びつづけていた。 (下巻258頁)

直子も 僕も 深い森の中で迷ってしまった。
直子はこの森から出る手段として死を選んだ。
僕は直子を求め探し続けたのだけど、結局、直子は僕を愛してはいなかったのだろう。
森の中で迷い混乱する僕は 救いを求めて緑を呼ぶ。
呼ばれた緑に救いはあるのだろうか。


飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの『ノルウェイの森』だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺り動かした。 (上巻5頁)

僕は 迷いながらも生きていく道を選んだ。
しかし、18年経った今も 僕は森の中から抜け出せずに 迷っている。




『ノルウェイの森』に関して書く予定は無かったのだけれど、今朝の新聞の書評欄の中で“学園小説”と紹介されていて、ちょっと違和感を感じたので書いてしまいました。


あとがきに書かれているように、この作品は『蛍』という短篇をベースにして書かれています。
『蛍』はこの作品の第2章と第3章に相当し、屋上から蛍を放すシーンで終わっています。
個人的には『蛍』で充分だったのではないかと思います。





ところで、
ビートルズの Norwegian Wood、ノルウェーの森 というタイトルは誤訳だそうだ。
本来は「ノルウェー産の木材」という意味だそうで、彼女の部屋の壁はノルウェー産の安物の松材だったということらしい。
「ノルウェーの森」と「ノルウェー産の松材」では意味もイメージも全く違う。

僕の手元には 片岡義男訳のビートルズ詩集(角川文庫、昭和48年)があるが、その中でも「ノルウェーの森」と訳されているし(もっとも、その当時はそれ以外に訳しようがなかっただろう)、日本人には「ノルウェーの森」というタイトルで刷り込まれているから 問題は無いのだろうけれど、英語圏の読者に 違和感は無かったのだろうか?

案外と 森と木材を掛けた上手いタイトルだ と思われているかもしれないし、
村上春樹は その辺を判った上で書いたのかもしれないな。


post by aozora

22:09

本の話 コメント(2)

村上春樹 『夢を見るために・・・・』 が 読み終わらない

2010年11月10日

『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』は、1997年(『アンダーグラウンド』)から 2009年(『1Q84』)まで、13年間のインタビュー18編を収めた インタビュー集です。
当然、インタビュー当時の作品の話題が多いわけで、そのインタビューを読んでいると その作品がもう一度読みたくなります。そうそう そうだったと思う事もあれば、そんな内容だったっけ と忘れている事もあり、本を引っ張り出してパラパラとめくっているうちに、結局 最初から読み直してしまっています。

『スプートニクの恋人』(1999)と『国境の南、太陽の西』(1992)を読み終え、今は『ノルウェイの森』(1987)を読み始めたところ。
日本での出版時期は インタビューの時期からは外れているけれど、海外のインタビュー記事もあるし、他の本との関連で これらの本の名前も出てきます。

正直、『ノルウェイの森』は あまり好きな作品ではないのだけれど、この冬には映画も封切られるし、その前にもう一度読んでおこう という思いもあります。
『国境の南、太陽の西』や『スプートニクの恋人』も 最初に読んだ時は 今一歩という感想で、それ以来読み直す事は無かったのだけれど、インタビューを読んだ後で、今 改めて読んでみると 結構 というか かなり面白い。
『国境の南、太陽の西』は ある種のラブストーリーなのだけど、人生の辛い面、暗い面が描かれ、とても切ない。欠落感を抱えたまま、誰かを傷つけながら 生きていかざるを得ない人生。僕もそうだし、多かれ少なかれ みんなそうだと思う。ドイツやロシアでも人気で 広く読まれているそうだけど、納得しました。島本さん、イズミの人生がとても気になります。
『スプートニクの恋人』は しっかり春樹ワールドだったのだな、と 改めて実感。ミュウとすみれ。こちら側とあちら側。すみれは戻って来れたのだろうか?

次は『海辺のカフカ』を読む予定。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の続編という意識で書かれたということなのだけど、そんな風に考えた事はなかったな。早く読みたい。


という事で、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』は まだ3分の1くらいしか 読めていません。


そういえばスモテンさん、上巻は見つかったのかな?


post by aozora

00:20

本の話 コメント(2)

『中陰の花』  玄侑宗久

2010年10月20日

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中陰(ちゅういん)とは、仏教用語で 人が死んでからの 49日間を指します。
死者は 49日目に 次に六道中のどの世界に生まれ変わるか が決まるそうで、死者が生と死、陰と陽の狭間を彷徨うため 中陰(あるいは 中有)というそうです。

ところで、仏教では 昔から 初七日だとか 四十九日だとか 7日毎に法要があります。
一週間(7日)という区切りは キリスト教圏のもので、仏教には馴染まないのではないか と不思議に思っていたのですが、古代インド文明は 7進法だったので 7日区切りになったのだとか。
何故、七進法? 本当? 古代インド人の指は 7本あった、なんて事はないですよね。

日本にも昔から七福神というのがあるし、七という数字と 満更無縁ではないのではないか という方もいらっしゃるかもしれませんが、七福神は日本独特の神仏習合の賜物で、インドのヒンドゥー教 (大黒・毘沙門・弁才)、中国の仏教 (布袋)、道教 (福禄寿・寿老人)、日本の神道 (恵比寿・大国主)が 入り混じって形成されたものだそうですよ。


閑話休題。
作者は 臨済宗の現役の僧侶だそうです。
この作品の主人公も 禅寺の僧侶ですが、パソコンで檀家の過去帳を管理し、超能力を調べる時にはネットで検索するような現代人です。極楽や地獄、輪廻などを否定しつつも、己の中に 仏教の世界観はまだ確立できていないようで いろいろ迷うことも多いようですが、現代の死生観や宗教観、新興宗教や神秘体験などに 真っすぐ取り組んで行きます。
専門の仏教用語も出てきますが、わかりやすくすっきり纏められ、読みにくさはありません。

こういう本を評価する時でも “面白い”という言葉しか思い浮かばない己の語彙不足が悔しいですが、なかなか面白い作品でした。



作品の中で 主人公の僧侶は 妻から“人は死んだらどうなんの?”と尋ねられ、仏教での考え方を説明するのだけど、この答えが興味深いものでした。
“基本的に 質量不滅の法則で考えてるんだ。コップの水が蒸発すると 水蒸気はしばらくこの辺にあるやろ、それが中陰と呼ばれる状態。それから水蒸気はどんどん広がる。窓から出てって 空いっぱいに広がっていく。それをインドの人はシューニャと呼び、中国では空(くう)という言葉になる。コップの中の水は無くなったけど、この地球上から無くなってはいない。草葉の陰にもあまねくいるわけだ。
その状態は 木端微塵の微塵という大きさで、それが 更に七つに分かれて 極微(ごくみ、仏教でいう物質の最小単位)となるが、それは素粒子とほぼ同じ大きさなんだって。
その極微は 更に分かれるが、それはもう物質ではなくてエネルギーで、空(くう)というものを一種のエネルギーとして捉えると 説得力があるね。”
“人が死ぬと純粋な光になる、という考え方がチベット仏教にあるんだ。
仏教での極楽浄土ってのは 十万億土のかなたにあるんだけど、その距離を四十九日かかって行きつく場合、そのスピードは 秒速30万キロ、つまり光や電気と同じ速さになるんだ。”

原文を少々要約していますが、内容は変わっていないと思います。なんだか 妙に納得してしまいました。


妻は、4年前に流産してしまった我が子の事をずっと思い続け、色とりどりの紙縒りを作り貯めています。その溢れんばかりにたくさんの紙縒りを 網状のシートに編んで天井に飾り、死者の霊を弔い、成仏させることで 自分の心の整理を付けていくというのが 後半のストーリーです。
我が子や おがみやの婆が成仏する瞬間を 象徴的に表しているのが その紙縒り製のシートで、それを作者は 中陰の花と名付けています。
死と宗教、人の心という重いテーマを現代的な感覚で捉え、深みと余韻が残るエンディングに仕上げられており、この辺もなかなか良かったです。
                         (2010.10.19 読了)


post by aozora

22:35

本の話 コメント(2)

『エロス ~もう一つの過去』  広瀬 正

2010年10月20日

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“もしあの時、あっちを選んでいたら~” というのは 誰でも一度や二度は考える事。
この作品も「エロス」というタイトルですが、エロとは全く無関係で、「~もう一つの過去」というサブタイトルが示すとおり、パラレルワールドの物語です。



歌手として成功した女性が、ある雑誌の企画で“あの時、もし違う選択をしていたら”というアンケートに答えるところから物語は展開していきますが、ストーリーとしては案外と月並みです。

作者の広瀬正は 大正13年生まれで、日大工学部卒。ジャズサックス奏者で、戦後は 「広瀬正とスカイトーンズ」というジャズバンドを結成していたそうです。
この作品も 前作の「マイナス・ゼロ」も 昭和初期を舞台とし、庶民の生活や大東京市の繁華街の様子などが 生き生きと描写されており、そこが魅力のひとつともなっているのですが、その多くは 作者の実体験に裏打ちされているからこそ リアルに伝わってくるのでしょうね。

この作品には 「ポイント・ゼロ」とリンクする設定や場面があり、作者の遊び心に ニヤッとさせられます。
また、広瀬正というジャズ好きな中学生が登場しますが、まさしく作者本人がモデルなのでしょう。

後半、戦争に向かって突き進む日本の様子が 具体的に細かく描写されますが、内容、量ともに多く、正直、読み通すのに疲れました。
ただ、そこを乗り越えると 意外な結末が待っています。
“おお、そう来たか、やられたな”という感じです。



司馬遼太郎は この作品を直木賞に強く推したそうです。
確かに面白かったですが、直木賞を狙えるほどの作品ではないように感じました。
司馬は この作品のどこに そこまでの魅力を感じたのかな? 

                       (2010.10.18 読了)


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22:10

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『南の島のティオ』  池澤夏樹 

2010年10月18日

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この本を読んだのは 3度目か4度目になると思います。
古本屋の店頭で見かけた時に、本棚にあったはずだけど 無かったら困るなと思い、買ってしまいました。
何年かすると また読みたくなるんですよね。

池澤夏樹が子供向けに書いた 南の島でのお話が 10編収められた短篇集です。
夢のような南の島ではなく、開発が進行中で、古き良き世界が失われつつある島が舞台です。
しかし、月並みなファンタジーや 教訓めいたストーリーではありません。




「絵はがき屋さん」などは、普通に考えれば あり得ないけど、あったらきいな、あって欲しいな と思えるような話。
「草色の空への水路」や「地球に引っぱられた男」などは、シチュエーションは違うものの 数十年前なら日本にもあったような話。
「十字路に埋めた宝物」や「ホセさんの尋ね人」などは、むしろ大人向けの ちょっといい話。

いろいろなストーリーが詰まっていて、南の島の人々が 生活が 生き生きと描かれます。
ティオの口から語られる形で展開しますが、主役は 島で生活する人々であり、自然であり、神々です。

「エミリオの出発」の中で ティオの友達のエミリオは言います。
“きみたちだって、つまり この島の人たちだって、昔はいろいろなことができたんだよ。でも、外国から品物が入ってきて、そういうものを相手にしているうちに、みんな忘れてしまったのさ。”

そんな“忘れてしまったもの”が この本の中にいっぱい詰まっていて、それに気付いた人は この南の島の魅力にとりつかれてしまいます。
「帰りたくなかった二人」というお話では、一週間の予定で この島に遊びに来たカップルが、この島の虜になり、仕事を辞め、持ち物を全て売り払ってまでして滞在費を捻出します。いよいよお金が無くなって 2ヵ月ほど後に泣く泣く帰国しますが、このカップルはこの本の魅力を知ってしまった読者そのものです。

いつまでも この南の島にいたいな と思わされるような、癒される一冊です。

                                             (2010.10.15 読了)



post by aozora

18:42

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『Wの悲劇』  夏樹静子

2010年10月09日

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昭和59年12月に公開された映画(薬師丸ひろ子主演)を 友人2人と3人で 狸小路5丁目にあった東宝プラザで観たのだけど、その数ヶ月前に読んだ小説と 全く同じと言って良いトリックを使っている事に気付いた。
その時は 原田知世主演の「天国にいちばん近い島」との2本立てで、僕はこちらの方が観たかったのだけど、盗作の話題が盛り上がってしまい、結局観ないまま出てきてしまった。もったいない話だ。

そもそも 「Wの悲劇」というタイトルからして エラリークイーンの「Xの悲劇」や「Yの悲劇」のマネ というマイナスの印象しかなく、以来、僕の中では “夏樹静子=盗作”というイメージになってしまい、その作品を読む機会は無かった。



時は流れ、先日、田口ランディの「コンセント」「アンテナ」「モザイク」という三部作を単行本(当然古本)で買ってきて読んだのだけど、この本も 一時 盗作問題でずいぶん話題となった作品という事を知り、「Wの悲劇」に関しても 原作を読んで確認してみよう (まだ読んでいなかった) という気になり、読んでみた。

盗作された方は アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」という短編集の 最後に入っている「憂いを含んで、ほのかに甘く」という短編。
今、改めてネットで調べてみると、訳者の常盤新平は “盗作だ”という事で騒いだらしいが、夏樹(というより角川?)vs常盤では 力の差が大きすぎたのか、当時は黙殺されてしまったようだ。今なら ネット上であっという間に話題になるだろうけど、当時は どこの出版社や新聞社も 人気作家を敵に回したくなかったのかもしれない。


今回 改めて原作を読んでみて、原作の小説と映画では 相当ストーリーが違っている事を知った。
夏樹の小説を読んだだけでは、似ているなとは思っても 盗作とまでは思わなかったように思う。
この程度のアイデア拝借は 巷に溢れているもの。

夏樹の小説を 映画では劇中劇という形にしていたのだけど、夏樹作品を劇中劇までに短く削り込む作業の中で、偶然 アーウィン・ショーの作品に似てしまった というには酷似しすぎている。
もともと 夏樹作品の根に ショーの作品があったので そうなったのではないかと思うと、やはり 盗作疑惑は捨てられない。
ただ、映画の脚本を書いたのは 荒井晴彦なので、盗作したのは 荒井という可能性もある。
そこまで言い出したら、というより どちらにしても確認しようが無い話なのだけど。

いずれにしても、今度は 映画の方も見直してみないといけないな。
25年も前に観た映画なので、記憶が間違っているかもしれないし。



今回は光文社文庫版で読んだのだけど、巻末にエラリー・クイーン(フレデリック・ダネイ)の解説が掲載されています。
夏樹静子は当時からEQと懇意にしており、この作品の構想をEQに相談し、ヒントも貰い、タイトルに関しても事前に承諾を貰っていたそうです。
そうなると 話はずいぶんと違ってきますから、今回、この本を読んだことで 夏樹静子に対する評価が大きく変わりました。
今後、他の作品も読むかどうかは まだ判りませんが。

                      (2010.10.08 読了)


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01:11

本の話 コメント(2)

『ハナミズキ』  吉田紀子

2010年10月06日

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映画の原作ではなく、脚本をもとにしたノベライズ版でした。
映画は観ておらず、この本も読む気は無かったのだけれど、家内が買ってきたので読んでみました。家内とは好きな本の傾向が違いますが、たまには同じ本を読まないと共通の話題がどんどん少なくなってしまいますから。

内容はありきたりのラブストーリーで、さらっと読めます。が、映画は観ていなくても予告編は何度も観ているので、読んでいると新垣結衣の顔が浮かんできて、イメージを切り離す事が出来ませんでした。結局、良くも悪くもそういう小説なのでしょう。




高校生の紗枝と康平が出会って恋に落ち、紗枝が東京の大学に進んで遠距離恋愛となり。。。。。という前半は比較的丁寧に描かれていますが、後半はいささか都合の良い展開が続き どんどん話しが進んで行きます。そんなに焦って飛ばさなくてもいいんじゃない、と思ったほどです。
映画の方もそうなのでしょうか。


気になったのは 東京での紗枝と康平の クリスマスデートのシーン。康平がクーラーボックスに氷を入れてカニやホタテを持って行くというのは、今時いくらなんでもありえない。
黒板五郎じゃあるまいし。

もうひとつは ラストのハナミズキが満開のシーン。
本州ではポピュラーな樹木のようですが、北海道では見かけませんよね。
植物図鑑によると 植栽地域は本州以南 とありますので、北限は東北でしょうか。
いずれにしても、北海道でも寒い地方の釧路ではハナミズキは育たないだろうし、花は咲かないだろうな、などと下衆な親父は思ってしまうのでした。


映画は 一青窈の「ハナミズキ」をモチーフにして脚本を書いたという事ですが、確かに “君と好きな人が百年続きますように” というフレーズは インパクトがあって印象深いですよね。

ところで、歌として聴いていると 透明感のある とても素敵な歌詞なのですが、改めて文字にして読んでみると どうもよくわからなくなります。
サビの部分から 片思いの人が自分は身を引いて好きな相手の幸せを祈る切ない歌なのだと思っていたのですが、実は 9.11アメリカ同時多発テロの時にニューヨークにいた友達からのメールに触発されて書いた歌なのだそうです。この作品の中にも 9.11が出てきますが、やはり 何らかの形で触れたかったのでしょう。
とすると、僕と恋人かもしれませんし、父親と娘なのかもしれません。事故現場で死を間近にした父親が 最後に娘の健やかな成長と幸せを祈る、いずれにしても切ない歌ですね。
解釈が全く間違っているかもしれませんが。。。。。

                      (2010.10.05 読了)


post by aozora

17:55

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『アナザーワールド 王国その4』  よしもとばなな

2010年10月03日

ブラコンさんが 図書館から「よしもとばなな」を借りてきた事とは 何の関係もありません。
単なる偶然です。

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『キッチン』は今でも好きで、ずっと本棚に残してありますが、その後に読んだ作品は 全て処分してしまいました。
彼女の作品には 愛する人、大切な人を失ってしまう喪失からの再生をテーマにしたものが多いように思いますが、再生の手段が いつの頃からかずいぶんとスピリチュアルになってきていませんか?
初めの頃は 食事だったり、普通の生活の中にあったと思うのですが、あまりスピリチュアルになると付いて行けなくなります。
それでも 時々思い出したように読みたくなるのが ばななワールドなのでしょうか。
この作品も なかなか面白かったですよ。




今回は 書店の店頭で 『アナザーワールド』 というタイトルに惹かれたのですが、王国シリーズの4という事なので、読んでいなかった1~3も買ってきて、4冊 一気に読み終えました。
もともと「王国」は 3部作なのですね。今回の4は 20年後の後日譚、それこそアナザーワールドです。装丁も4だけ違っています。
しかし、「王国」は この4を含めて「王国」なのだと思います。3部作でとりあえず完結していたのかもしれませんが、この4で見えていなかった部分が明らかとなります。

1~3のメインの登場人物は 楓と片岡というゲイのカップル、楓に恋する雫石という女性の3人ですが、例によって 楓と雫石はある種の才能を有しています。
時が流れ、4は雫石の娘、ノニが主人公ですが、彼女は比較的普通の女の子です。

この作品も 喪失からの再生がテーマで、スピリチュアルな面も相当ありますが、この程度は 個人的には充分に許容範囲です。
一面では 人間や人生の本質的な部分を言い当てていると思いますし、素直に共感したり 納得できる部分も 多々あります。
特に 人間も自然の一部であり、自然が全ての基本にあって、自然を大切にする事が人生を豊かにする事にも繋がる という姿勢、思想は とても共感できます。 


文章は 相変わらず上手いとは言えないような。。。。。。(人の事を言えるような立場ではありませんが)
ただ、ところどころに出てくる言葉や文章にドキッとさせられ、思わず読み返してしまうところも たくさんあります。
独特のばななワールドが全開で、やっぱり好きな人ははまるだろうな と改めて感じた作品でした。

                       (2010.10.02 読了)


post by aozora

10:18

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『マイナス・ゼロ』  広瀬 正

2010年09月30日

先日、『義経』を読み終えた後で 司馬遼太郎の事をアレコレ見ていたら、司馬は 広瀬正をずいぶん高く評価していて、この作品も 直木賞に強く推薦していたという事を知り、読んでみました。
いつも行く古本屋には無かったので、オーロラタウンの紀伊国屋で購入です。

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タイムマシンによるタイムトラベルの物語ですが、主人公たちは 初めて触るタイムマシンを上手く使いこなせず、自ら 苦境に陥ってしまいます。
31年昔にさかのぼった男は、元の時代に帰るのに 31年を要します。
36年昔にさかのぼった女は、元の時代に帰るのに 36年を要します。
その時間が 物語を生み出します。


一般的にタイムトラベル小説では 過去を変えてはいけないというような タイムパラドックスの問題が いろいろありますが、そうした様々なタイムパラドックスを どこまで厳密に考えるかというのは 作品により大きく差があります。
この作品では その辺はかなり緩く、それが物語に なかなか深い味わいを与えています。

昭和7年から 昭和38年という 第二次世界大戦を挟んだ昭和初期の時代を舞台に設定している事も 何となくノスタルジーを感じさせ、登場人物もやさしく気の良い人たちばかりで、ほのぼのとした暖かい作品となっています。

SFとして考えた場合、タイムパラドックスに対する考え方の差で この作品に対する評価も ずいぶんと違ってきそうな気がしますが、小説としては ストーリーもよく出来ていて、一気に読ませるだけの面白さがあります。


以前から 熱烈なファンが多い作家らしいですが、それだけの事はある と感じました。

                     (2010.09.27読了)


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23:46

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『義経』  司馬遼太郎

2010年09月28日

先日、ランダムウォーカーさんが 司馬遼太郎の事を書いていたのを思い出し、久しぶりに司馬作品が読みたくなって 買ってきました。
司馬作品は大作が多いのですが、今回は 上下巻2冊で終わる 『義経』にしました。

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司馬遼太郎が 新旧様々な多くの資料を読み込み、彼なりに矛盾の無い物語や人間像をイメージした結果が この『義経』という作品なのでしょうが、紅顔の美少年・牛若丸から成長した 悲劇のヒーロー 義経という、一般的なイメージからは程遠い 義経です。

京の五条の橋の上~♪ と童謡にも歌われる 弁慶との丁々発止は無く、一の谷や 屋島、壇ノ浦の合戦の描き方も 予想を大きく裏切るもので、頼朝の追討により 都落ちして以降、奥州で果てるまでの経緯に関しては 全くといって良いほど 描かれていません。

静御前との恋愛のイメージも かなり違っていました。


司馬遼太郎は 頼朝と義経という異母兄弟の愛憎と確執、悲劇。平家から源氏、更に北条氏と権力が移っていく背景。伝統と雅を愛する公卿と 苦労して開墾した土地を守りたい武士の関係、価値観の相違など、義経ではなく この時代を描きたかったのでしょう。


この本で描かれているのは 軍事的には天才だが 政治的な感覚は全く欠けている 義経。
決して英雄伝ではありませんが、なかなか 面白かったです。

                      (2010.09.24 読了)


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23:13

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