2010年11月21日
『ノルウェイの森』 村上春樹
『ノルウェイの森』というタイトルは ビートルズの「Norwegian Wood (This Bird Has Flown)」 という曲から来ている。 これは直子の好きな曲として何度か作品の中に登場し、効果的に使われている。 「『ノルウェイの森』を弾いて」と直子が言った。 (中略) 「この曲聴くと私ときどきすごく哀しくなることがあるの。どうしてだかはわからないけど、自分が深い森の中で迷っているような気になるの」 (上巻198頁) ノルウェイの森、寒い北国の針葉樹が密生する深い森の中は 一年中日が射さず、暗く湿っぽく荒涼としている。 村上春樹の作品では こちら側とあちら側、或いは もうひとつの世界がテーマとなる事が多いのだけれど、この作品においては “森” がもうひとつの世界なのかもしれない。 「一度迷ってしまうと、森というのはどこまでも深くなるんだ。」(『海辺のカフカ』上巻201頁) 僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見まわしてみた。僕は今どこにいるのだ?でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった。いったいここはどこなんだ?僕の目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。僕はどこでもない場所の真ん中から緑を呼びつづけていた。 (下巻258頁) 直子も 僕も 深い森の中で迷ってしまった。 直子はこの森から出る手段として死を選んだ。 僕は直子を求め探し続けたのだけど、結局、直子は僕を愛してはいなかったのだろう。 森の中で迷い混乱する僕は 救いを求めて緑を呼ぶ。 呼ばれた緑に救いはあるのだろうか。 飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの『ノルウェイの森』だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺り動かした。 (上巻5頁) 僕は 迷いながらも生きていく道を選んだ。 しかし、18年経った今も 僕は森の中から抜け出せずに 迷っている。 『ノルウェイの森』に関して書く予定は無かったのだけれど、今朝の新聞の書評欄の中で“学園小説”と紹介されていて、ちょっと違和感を感じたので書いてしまいました。 あとがきに書かれているように、この作品は『蛍』という短篇をベースにして書かれています。 『蛍』はこの作品の第2章と第3章に相当し、屋上から蛍を放すシーンで終わっています。 個人的には『蛍』で充分だったのではないかと思います。
ところで、 ビートルズの Norwegian Wood、ノルウェーの森 というタイトルは誤訳だそうだ。 本来は「ノルウェー産の木材」という意味だそうで、彼女の部屋の壁はノルウェー産の安物の松材だったということらしい。 「ノルウェーの森」と「ノルウェー産の松材」では意味もイメージも全く違う。 僕の手元には 片岡義男訳のビートルズ詩集(角川文庫、昭和48年)があるが、その中でも「ノルウェーの森」と訳されているし(もっとも、その当時はそれ以外に訳しようがなかっただろう)、日本人には「ノルウェーの森」というタイトルで刷り込まれているから 問題は無いのだろうけれど、英語圏の読者に 違和感は無かったのだろうか? 案外と 森と木材を掛けた上手いタイトルだ と思われているかもしれないし、 村上春樹は その辺を判った上で書いたのかもしれないな。
posted by aozora |22:09 | 本の話 | コメント(2) | トラックバック(1)
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ノルウェーの木 【コンサドーレ札幌応援ファンド】
aozoraさんが取り上げているビートルズの「ノルウェイの森」ですが、最近出た赤盤の歌詞カードでは「ノルウェーの家具」になっています。 昔から「森」って事はないだろー流れからして、って思っていました。 ちなみに英検4級の僕の中ではここは「ノルウェーの木」なんですよね。 オトコが女を口説いて(または口説かれて)彼女の部屋を訪問。 「へー、渋いじゃん。この家具、ノルウェーの木なの?」 見たいな感じで捕らえています。 「森」にしちゃったのはラバーソウルのアルバムジャケットのイメージかな、とも思っていたのですが、
この記事に対するコメント一覧
Re:『ノルウェイの森』 村上春樹
今日の道新、11面見ましたか?
posted by 野 風| 2010-11-21 22:34
Re:『ノルウェイの森』 村上春樹
>野風さん
その記事ですよ、僕が読んだのも。
普段はあまり書評は読まないのだけれど、好きな作家のは気になりますから。
感じ方は人それぞれで 正解は無いと思いますが、いろいろな捉え方があるものだと思いました。
>ランダムウォーカーさん
♪かつてぼくには恋人がいた
というよりも
かつて彼女がぼくを恋人にしてくれていた
彼女はぼくに自分の部屋を見せてくれた
素敵じゃないか
ノルウェーの森 ♪ (片岡義男訳)
ノルウェー製の家具という訳もあったようですが、安っぽい木造の部屋だったというのがポール&ジョンの意図だったようですね。
最後の「火を着ける」部分の訳も いろいろあって面白いです。
posted by 青空| 2010-11-22 00:22