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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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2008年02月06日
こんばんは。眠気を我慢しつつのclasics #18です。これアップしたら寝よう。 今回はテレビからネタを引っ張ってきてます。この番組、もう一度見たいなあ。
ゴールデンウイークの真っ最中、試合もなく家でテレビを見ていたら偶然にサッカーの特集番組を放送していました。 もともとテレビなんかスポーツ中継とドキュメンタリー、ニュースくらいしか見ないのでテレビ番組表なんてほとんど見ないし、最近ではワールドカップに絡めていろいろなサッカーや日本や韓国の特集番組が放送されているようですが、それらは自分の目にはあまりにも希薄で粗製濫造を感じさせるような、芸能人がにわかサッカーファンになって騒いでいるだけのようなものばかりで、そんな番組を目にすると見てもいられなくなって思わずテレビを切ってしまったりするようなものばかりでした。 しかしその日見入ってしまったその番組はワールドカップに直接関係している訳ではないけれど、サッカーやそれを取り巻く社会のいろいろな姿は自分にサッカーについて改めて考えさせられる機会になりました。 自分が見たのは、5月4日に放送されたNHKスペシャル「サッカー 地球の熱情」の第2回「熱き巨大スタジアム~ブラジル 1億5000万人のサポーター~」という番組です。この特集の舞台はブラジル・リオデジャネイロにある世界最大のスタジアム、マラカナン。そのスタジアムをホームとするチーム・フラメンゴとそこに集うサポーターの姿を、世界初のサポーター集団として結成された応援団「CHARANGA」(シャランガ)のメンバーを通して見たものでした。番組によると、「シャランガ」は現代の応援ではごく当たり前になっている旗、横断幕、楽器を用いて組織的な応援を始めた世界初の応援団で、現在ではその創立者の3代目が応援を続けています。 その創立者、ジャイメ氏がこの応援団を結成した理由は「ばらばらな応援を一つにまとめて、みんなで楽しく応援しよう」「いろいろな人たちが同じスタジアムに集まり、一緒に応援することで人生をより豊かにしよう」というものでした。その信念の下に集まったサポーターは、最盛期には千数百人を数えるまでになったということです。 そのサポーター達が伝統の応援スタイルを守り続け、フーリガンの暴動の目立つようになったスタジアムの雰囲気に心を痛めながらも応援をやめないその姿を見て、どこかのチームを応援するということは、どこにおいても始まりは同じ気持ちなんじゃないだろうかと思いました。どこからか見ず知らずの人たちがゴール裏に集まって、とにかくチームの勝利のために一緒になって声を出し、旗を振る。そのうちに集まる人はもっと多くなって、そんな人たちと言葉を交わすことも楽しくていろんな話をしたりされたりする事がとても楽しく思えるようになる。意見のぶつかり合いがあっても、どういう形にせよその壁を乗り越えてまたスタジアムで応援をする。そういうことって、世界のどこでもあることじゃないだろうか、同じ気持ちを持っている人は結構いるんじゃないだろうかと思います。 自分も初めて札幌のゴール裏に来たときは知らない人たちばかりで、自分が応援なんてできるのだろうかと不安な落ち着かない気持ちだったのを覚えています。けれども、気軽に声をかけてきてくれたゴール裏の人たちのおかげで、最初から精一杯の声で応援することができ、ゴール裏の一人として応援できたこと、そして応援してチームが勝ったことが素直にうれしく思えました。それは大学に入学し、上京してアウェイの応援中心になってからも同じ事で、アウェイのサポーターの人たちに随分とお世話になったものだと思います。サッカー以外でもいろいろな話をして、それは今の自分を形成する一つの大きな要因になっていることは間違いないものになっています。 そういった最初の記憶を持っているから、初めて応援する人たちにもそういった楽しい気持ちをもって欲しいし、それをきっかけにしてまたその人自身の人生が豊かになってくれればいいなと思います。正直に言って、そうして応援していくうちにいろいろな悩みやつらさを感じる事もあるでしょうし、不満を持つこともあるかと思います。それでも、最初にゴール裏に来た時の、最初にみんなと一緒に声を出したあのときの記憶を思い出して、乗り越えていければなと、思っています。 参考リンク「NHKスペシャル」 http://www.nhk.or.jp/special/libraly/02/l0005/l0504.html
2008年02月01日
前回と話の内容がちょっと繋がってるclasics #17です。 苦しんでるなあ、俺。
早いもので、社会人になってからあっさりと一年が過ぎてしまいました。最初に「やるぞ!」と意気込んでいた自分の気持ちも、いい意味でやっと落ち着いてきたのかなと、ともすれば気合が空回りしてしまいそうなほど目を輝かせている新入社員の姿を見て思います。 同時に、自分がアウェイのゴール裏に足を踏み入れて丸5年、チームができたときからゴール裏にいたので合計丸6年という歳月が過ぎてしまっていました。この年月をを指折り数えてみたらちょっと衝撃でした。こんなに長い間なのに、あっという間のことだったなぁと思います。 昔のアウェイゴール裏は本当に人がいなくて、選手の数よりも少ない人数で応援していたなんてことは当たり前でした。それが今ではアウェイだけでも数百人のサポーターが集まるようになって、シーズンの開幕戦や大一番の試合にはホームからのサポーターも併せて1,000人規模に手が届こうかというところまでに大きくなっていました。よくここまで増えたなぁ、というのが率直な感想です。 アウェイのサポーターがまだ少なかった頃は、行ける試合に行くことはもちろん「札幌のサポーターを増やしたい」という思いも大きく、一人で来ていた人に声をかけて一緒に応援したり、フリーペーパーなどでアウェイをアピールしたりしてきました。そうした結果、価値観の違ういろんな人たちが集まって、一つの目的のために応援する、札幌ならではのゴール裏のスタイルが出来上がってきたと思います。そしてそういうゴール裏は、当時の自分にとっては一つの理想であり、また夢でもありました。 そうして現在、今のアウェイのゴール裏もそういった良いところを残したまま存在しているし、昔よりももっと力になれる応援をできていると思います。今までよりも、選手の、チームのためになれる応援をすること。試合に勝つための応援をすること。それもまた一つの現在進行形の夢なのですし、いままで自分たちはその信念を第一に考えて、ここまでやってきたのだと思っています。時折古くからのサポーター仲間と飲みながら、昔のアウェイのゴール裏の話で盛り上がることがあります。初めて会ったときのこと、ゴール裏で昼寝ができたほどのどかだったスタジアム、寝坊してタクシーを飛ばしてえらい目にあった試合、良かった応援、悔しかった応援、いろいろな思い出。 でもそれらは決して懐古主義ではないのです。「昔は良かった」なんて本気で思うことはないし、思うところがあってもそれはまた別の次元での話です。昔のことは昔のこと、今の自分たちの応援が最良の形だという信念をみんな持っています。そうなるように努力してきたのですから。 最近はチームの成績がまったくもってさっぱりなせいか、今までの応援のスタイルよりも即物的、瞬間的な楽しさに走っていくような感じがあるのも確かです。でも、それだけで自己満足こそ得られるのでしょうが、考えてみるとそれは試合に勝つために応援するという本来の目的から離れてしまっているような、地に足がついていないような感じがして なりません。当意即妙な応援がゴール裏の雰囲気を柔らかくする、という効果もあるにはあります。しかし、それはタイミングを違えるとただの野次になって、かえって雰囲気を悪くしてしまったりもするのです。だからこそ周囲の雰囲気や試合の流れを感じ取って、自分のとった行動に責任を持って、応援を起こしていかなければならないと考えたりしています。楽しく応援したい気持ちも分かりますが、現在はまず勝利を優先するべきであるし、そのためのゴール裏の存在なのではないだろうか、なんて思っているこの頃です。 カップ戦であれ、リーグ戦であれ、何よりも一番のことは勝つこと。そのためにまず声を出すのが大事なんじゃないかな、と思います。
2008年01月30日
clasics #16、今回はヒマネタ第2弾。 音楽とサッカーにまつわる話です。
たいてい通勤の時はヘッドホンステレオで音楽を聴いています。本を読んでいるときもあるのですが、そのときも耳にはヘッドホンが刺さったままです。それにラッシュの混雑の時には本なんて読めないので、約一時間電車の中の手持ちぶさたを解消するにはちょうどよいのです。 聴いているジャンルは広く浅く様々に。洋楽邦楽ポップスにロック、クラシックからテクノまで。ちなみに今日はとあるブラジル歌手のボサノバを聴きながらの行き帰りでした。 最近CDショップに行くと、やはりワールドカップというイベントが浸透しているのかいろいろとサッカーに関係した曲を見つけます。有名どころではChemistryが日韓歌手のコラボレーションに参加し、ワールドカップ公式ソングを歌います。ゴスペラーズは「エスコート」という朝日新聞FIFAワールドカップキャンペーンソングをリリースしましたし、タイトルだけで言うならDragon Ashの新曲は「Fantasista」ですし、マイナーなところでいうとカジヒデキも「Footballing Weekenders」なんて曲をリリースしました(ちなみにこのときは、カジヒデキを買ったのですが)。いつの間にかいろんな音楽ににサッカーが入り込んでいるなぁ、とCDショップで考えました。 応援にも音楽性がないとしまりがない、というかリズムを作れない感じがしてもどかしいしつまらないのですが、他のチームの試合や応援を見ているとなかなか独自のスタイルを感じさせるものがあって、いろいろと勉強になったりします。仙台はパンクっぽさを感じさせるし、東京は「東京」にまつわるいろいろな歌謡曲を織り交ぜていたりします。清水は言わずとしれたサンバのリズム。その原曲をしり、そこからまた自分の音楽の趣味の幅が広がっていったりもして楽しいものです。 かといって特徴ある応援だけが耳に残るかと言えばそうでもないもので、たとえば声の勢いで押される浦和や鹿島なんかも、実際アウェーで体感したときは想像以上に気圧されたものでした。そんなものに影響を受けつつも、札幌のゴール裏は「札幌」の応援を築き上げてきたし、これからも築き上げていくでしょう。 昔の札幌のゴール裏も当初はいろいろな歌を歌ってきましたが、98年あたりからは独自性が強く出てきたように思います。それまではフレーズの短い、繰り返す感じのものが多かったのですがこの時以降から長いフレーズで、長めの歌が出てきました。また、ホームの利である観客の多さを活用してわかりやすい、シンプルさを重視するスタイルができてきたと思います。それ以降もいろいろな歌が出ては消え、消えては出てと繰り返しつつ、あの「俺達の誇り 赤黒の勇者・・・」の歌が出てきました。自分はこの曲がすごく好きなんですが、室蘭での道内開幕戦、さらに自分の魂を揺さぶられるような歌がテレビから聞こえてきました。「何も恐れず 胸を張り戦え」という、あの歌です。本当にまっすぐに戦う気持ちを出して、真っ直ぐに歌う声に一瞬試合を忘れて音に集中してしまうほどでした。 応援歌の世界にもはやりすたりがあっていろいろな歌が出ては消えていき、自分で考えたものでも札幌のゴール裏には合わずに泣く泣く使うのをやめたものも多くあります。 自分で考えてまともに使ったのは2000年の「VIVA!エメルソン!」のコールくらいじゃないでしょうか。だからこそ、そういう時代の流れを乗り越えて歌い継がれる歌というのはとても強い歌なんだと思います。 どこのチームが同じ歌を歌っている、とかセリエAの中継で同じ歌を聴いた、とか言う声も聞こえる事がありますが、けれどもそれはメロディーこそ同じであれ、札幌のサポーターが札幌のために考え出した歌。札幌の勝利のために歌う歌。一番大事なのは勝利を信じて歌うことなのだと思います。いろんなサッカーの中で歌われる中から吸収してきたリズムやメロディーであっても、それが札幌のゴール裏で歌われる時には間違いなく札幌の歌なのです。まだまだ札幌のスタイルとして築き上げなければならないものがたくさんあるからこそ、いろんなものを吸収することも大事なんだと思います。 さて、実は室蘭で歌われた新曲を自分はまだ歌っていません。次に自分が向かうは柏の葉、ここで思いっきり歌って、チームのために力になれればと思います。
2008年01月27日
大雪が降ってもclasics #15です。 今回の話はaftertalk #13でも触れた「パラグアイ」の話が元ネタ。
「パラグアイ」という言葉をご存じの方はいらっしゃるでしょうか? 国としてのパラグアイの事なら結構知っている人たちも多いかと思います。南アメリカ大陸の中心部にあり、南をアルゼンチン、東ブラジル、北ボリビアに囲まれた内陸国で、人口は約500万人、面積は40万6752平方キロ。もちろん南米なのでサッカーは盛んで、今年行われるワールドカップにも出場が決定していて、有名な選手といえば一も二もなくGKチラベルト。ちょっとさかのぼると、日本でプレーした選手としてはJリーグ発足当初横浜フリューゲルスで活躍したアマリージャ、2000年に川崎に所属していたアルバレンガ。最近では日本からも広山望がセロ・ポルテーニョへ、武田修宏がスポルティーボ・ルケーニョへ移籍しています。 でも今日の話は国としての「パラグアイ」ではなくて、行為としての「パラグアイ」。 1999年、日本はコパ・アメリカ(南米選手権)に初出場し(予選敗退でしたが)、札幌サポーターとしては当時所属していた吉原宏太が途中召集され、出場された事を記憶している方も多いと思います。その吉原が途中出場した地元パラグアイでの試合、日本は0-4と惨敗を喫しました。今となってはどんな試合だったか記憶もおぼろげですが、一つだけ覚えているのがスタンドの様子でした。 テレビで見るとゴール裏にはあまり人がいません、というかみんなスタンド上方に固まって試合を見ているのです。そしてパラグアイが得点すると、そのたびにファンが一斉にゴール裏最前列に雪崩れ込み、それだけで満足しない人はそこからさらにゴール裏の金網をそろって上りだし、それはもう暴れているのか喜んでいるのかわからないくらいの驚喜っぷりを爆発させていたのです。パラグアイが4得点したので都合4回、きっちりと得点の度にゴール裏最前列へ一斉に駆け下り、驚喜し、ひとしきり喜ぶとまたぞろぞろと上へ戻っていってまた応援する。そんな光景が自分にはとても衝撃的でした。その後、同じ試合を見た人たちとひとしきりその話で盛り上がり、「札幌のゴール裏でもやってみたいねぇ」なんて言いつつ応援していました。しかし実際ゴール裏の上方に陣取って「狙って」みてもそううまくいかないのがサッカー、盛り上がるような同点ゴールや逆転ゴールなんて決めてくれないことの方が多かったと思います。つまり「仕込み」をしてはことごとく失敗していたわけです。他のチームのサポーターも同じ事を思っていたのかは知りませんが、得点すると圧死するんじゃないかと思うくらい一斉にゴール裏の最前列に押し寄せる光景をいくつか目にしてきました。そういうことがあって、「得点したらゴール裏最前列に一斉に押し寄せて喜ぶ」という行為を、「パラグアイ」と仲間内で称するようになったのです。 そして先日の名古屋戦。久々にその「パラグアイ」をやりました。それも「仕込み」で、そして4回も。 前半をどうにかしのいだ札幌が速攻から和波の低いクロス、小島の飛び込みがオウンゴールでの先制点を呼び込みます。その瞬間自分は全速力でスタンドを駆け下り、ゴール裏の柵に上って思いっきりガッツポーズ。でもこのときはまだその場で喜ぶの人の数の方が多くて、駆け下りたのは十数人くらいでしょうか。 そして小倉のポストから山瀬の強烈なシュート、2点目。さらに勢いを増して駆け下りる自分。自分たちが「パラグアイ」をしていたのがわかった人たちがそれに続いて、先制の時よりもさらに多くの人が雪崩れ込み、拳を突き上げるその向こうにあまり感情を露わにしない山瀬が思いっきり吠えています。 さらに同じく小倉と山瀬のコンビネーションからキャプテン森下が抜け出して3点目。さっきよりもまたさらに人数も速度も増して雪崩を打って駆け下りるゴール裏サポーター。それに呼応するように警告が出るとわかっていながらもゴール裏に駆けてくる森下。こうなるともう止まりません。続々と最前列に駆け下りて森下と喜びを分かち合います。そしてぞろぞろと元の場所に戻りながら歌い出す「Yellow Submarine」。気分は最高。 完璧に「勝ちモード」に入って、最後は余裕も少し入った、マフラーを掲げながらの「GO WEST」。その間にもじりじりと最前列へと下がり出すゴール裏。審判の笛が3度響いて、マフラーを回すなんてもどかしいと言わんばかりにみんな最前列へと駆け出して、選手を迎え、一緒に喜ぶ。今期初勝利という事もあって訳の分からないうれしさがこみ上げます。そんな瑞穂のアウェイゴール裏でした。 さて、今年は何度「パラグアイ」ができるのか・・・。 その前に、何度もできるように、チームが勝つために応援しないと行けませんが、もしも気持ちのわき上がるようなゴールを決めてくれたら、自分はもうたまらなくなって駆けて行くんでしょう。 あ、くれぐれも怪我しないでくださいね。
2008年01月23日
clasics #14です。 このあたりから自分の人生がいろいろとせっぱ詰まってきたような気がする。
ちょっと仕事でトラブルを起こしてしまって、自分に腹が立ったり頭を下げるのが悔しかったり、まぁ原因の一端は自分にあるのだけど、そんな気分を抱えたまま柏へ向かった土曜日。 先週の勢いもあって、勝てると思って応援していたものの柏の強さ、というか札幌の弱さにつけ込まれてセットプレーから失点を繰り返し結局また負けてしまった。試合後のゴール裏の様子はそれぞれで、紙コップが投げ込まれたり、次の室蘭での巻き返しを期待して懸命に拍手していたり、ちょっとだけブーイングが聞こえたり。僕はといえばなにも言えずに、かといって怒りに身を震わす程の気持ちはなくてそれよりも虚脱感の方が強い感じで、じっと力無く手を挙げて降ろす選手を見ていた。 個人的な話をすると、柏に行く前はいろいろな出来事があってうれしくなったりとまどったりして僕の気持ちが左右に大きく振れてしまっているような感じでちょっと不安定で、そのままそんな気持ちが応援に出てしまったようなそんな気もした。 でもそれらの出来事はおそらくは人生を変えるほどの大きな出来事ではなくて、いずれは受け入れられて忘れてしまう運命にあって、それが仕事だったり応援だったりそういったものを根本から覆してしまうような影響力はないんだと思う。そういった小さな出来事がたくさん蓄積されているからこそ、今の自分があるわけで。 サッカーについてもそんな事が言えるんじゃないんだろうか。一本のパス、一つのトラップ、それが90分蓄積されて結果となるのが一試合、それが30試合続いて一つの年のリーグ戦。現状がどうであれ、今ここにあるサッカーは「今をどうにかしよう」「もっと向上しよう」という気持ちを持つ様々な人たちの思いや行動が渦巻く中で、全体の流れの中で最良の方向として築いたのが今の札幌。だから現状を憂えるのならば声を挙げ、手を挙げていくのが最良にして唯一の選択肢なのだと思う。小さな声でも挙げなければ届かない。けれどもそれが届いているのかいないのか、変わっているのかいないのかをはっきりと確かめる事は大きな出来事でない限りわからなくて、それにとまどってしまうのも事実。 それでも僕らはサッカーを見に行く。時には楽しく、時には必死で手をたたき、歌い、叫び、チームの勝利を願う。そして2時間後には歓喜のまっただ中にいるか敗北に打ちひしがれるかのどちらにいる(かなりおおざっぱな分け方だけど)。それは圧倒的な事実としてそこにある。サッカーがあるという事実。勝ちと負けと少しの引き分けの事実。 その中から僕らは勇気をもらう。現実を受け止めて、そこから声を挙げる勇気。一本のパスも出さずに試合には勝てない。一つ一つ、小さなプレーを重ねて行かなければ勝利も敗北もないし、試合という勝敗の決まる現実からは逃れられない。そうした積み重ねがあるから今がある。現実を認識しなければ過去も未来もない。それはどこでも同じだろう。サッカーでも、人生でも。だからこそサッカーは人生に例えられ、人生はサッカーに例えられる。 身の舞い上がるような大きな歓喜に包まれても、すべてが嫌になってしまうほどの絶望に覆われても、人生は続く。だからこそ僕はサッカーを見る。人生の凝縮されたピッチの上に目を凝らす。そこから僕は現実を見る勇気と、現実を変えようとする勇気をもらう。そうして現実に押しつぶされずに、小さな意志を積み重ねるということが僕にとっての人生なのだろう、と考えてみる。だから僕はサッカーが好きで、札幌が好きなのだろう。あの泥臭いディフェンス、労を惜しまないチェイシングが僕に少しばかりの勇気をくれる。自分の人生を生きる勇気を。
2008年01月19日
clasics #13、今回は健康に気をつけましょうねというお話でした。
しばらくこちらへの寄稿ををお休みさせていただいていましたが、今日はその話から始めていきたいと思います。 事のきっかけは高知遠征。元々風邪気味であったところに、金曜日休みを取るために少し無理をしたのがたたったのか本格的に風邪を引いてしまいました。まあ、次の日にはとりあえず体調が回復して無事に応援できたのでよかったのですが。そうして東京に帰ってきて仕事をしていると、今度は仕事中に時々めまいが起こってモニターがぐるぐると回転し、まるで超高速のメリーゴーランドに乗っているかのような気分になり、耐えられずに会社を早退させてもらって病院へ行って来ました。診察の結果は「過労によるめまい」。いろいろと重圧や忙しさもあってたまっていたのであろうストレスが、めまいという形で出てしまったのでしょう、という事になりました。 そうして薬をもらってめまいは治まった、というか抑える事ができたのですが、その後原因不明の頭痛が襲ってきました。こめかみから頬骨、頭の後ろまでずんと響くような重さがあって、今度はこっちの症状がひどくなったのでもう一度病気に行くと、鼻の病気だと言われてしまいました。 どうやら、高知でひいた風邪が響いていたようです。まあそれも薬で治るということなので、さらに薬をもらって治していく事になりました。だから一気に二つの病気を抱えてしまって、少しこちらの原稿をお休みさせていただいた、という事なのです。ちなみに現在は投薬の効果もあるので症状はそれなりに治まっていますが。 そうした出来事があったのが、ちょうど磐田戦の2日前。すぐに一緒に応援している人に連絡をとり、拡声器をとりにきてもらって今回は家で寝て静養することになりました。 そうして一日、試合を気にしながらおとなしく横になっていると、今この場にいるという事が悔しいことのように思えてきました。声の届かない悔しさやもどかしさや、応援している人たちに迷惑をかけて済まないと思う気持ち。そんな気持ちで携帯の画面の「0-4」というスコアを眺めていました。 そんな気持ちを抱えながら日曜日、名古屋へ向かいました。体調は万全とは言えないけれども、行ける試合なのに応援できず歯がゆい想いをするのは嫌だったのもあるし、チームが勝つところを見て自分も元気になりたい、とも思ったのです。 果たして試合は前半こそ試合を支配され、危ない場面が多くあったものの後半は見違えるように3点を連取して、札幌らしい札幌の試合が久々に見られました。そうしてゴールが決まるたびにゴール裏の最前列まで駆け下りて拳を突き上げたり、3点目を決めて看板を飛び越えてまでゴール裏に駆け寄り手を伸ばす森下と一緒に吠えていたり、「好きです札幌」をみんなで歌ったりしている時だけは、病気の自分はどこかに影を潜めていました。負け続けていると「勝つことが最良の薬」だというような言い方をすることがありますが、それがまさに自分に当てはまっているような感じでした。ただ、こうならないように体調管理をしっかりとすることも社会人として大事だし、そうしないとまた試合を見に行けなくなるからきっちり治さないと、とは思いましたが。 僕が社会人として働き始めてからちょうど一年。仕事だけでなく、いろんなところでいろんな事を学んできましたが、今回は体が健康であることがいかに大事か、ストレスをうまく逃がしていくことがいかに大事かということを身をもって思い知らされました。なんたって、体調がよくないとゴール裏ではじけられませんから・・・。
2008年01月17日
classics #12です。 史上最悪の開幕(個人的に)を迎えた後、すごく怒りながら書いた記憶があります。
一週お休みをいただいて「次回も気持ちのいい文章が書けるな」と思っていたら、とんでもないことになってしまっていました。 とりあえず札幌は広島、仙台と連敗し、自分の心の中では最悪のスタートを切ってしまいました。もっともここで選手や戦術をどうこう言うつもりはないですし、それにはもっとふさわしい執筆陣の方々がいらっしゃるのですが。 そうこうして今週も月曜日になり、おみやげを抱えかすれ声で出勤すると「なんだよ、また負けたのか」と上司や先輩から容赦なく突っ込まれ、僕はそれに対して「いやあ負けちゃいましたよ」なんて自虐的な笑いを浮かべて答えたりしています。そんな自分を客観的に見た瞬間、自分で自分のことを思いっきり憎みました。本当は悔しくて情けなくてどうしようもないはずの自分がいるのに、それを平気な顔で押さえ込む自分に。世の中で感情を表に出し続けて行くことなどできないとわかってはいるのですが、それをひたすらに堪えるのがとても苦しくなる時があります。感情を表に出すと言うことは、時と場所によっては悪になるということはわかっているのですがそれでも顔に出てしまうあたり、まだまだ子供だなと思う所があります。 しかし、ゴール裏での自分は感情を露わにすることが多いです。それは自分も感情を出して応援していかないと、選手に何かを伝えることなどできないと思っているからなのですが、それでこの二試合、何かを伝えることができたろうかと思っています。少なくとも結果を見る限りできていない、と思っています。怖がるラインに勇気を与えられなかった広島戦。リズムに乗せて攻撃を作れなかった仙台戦。ともに課題というには大きすぎるものだと思っています。そうして一つ気付いたのは一つの慢心とも言うべき感情、去年の札幌に逃避していた気持ちでした。去年とは監督も選手も替わり、相当に厳しいシーズンになる事を自分でしっかり自覚できていなくて、それができていなかったからこそ現実を目の当たりにさせられたのでしょう。 だからこそこれからは今の現実から目をそらさないで、しっかり向き合って行くことが大切なのではないでしょうか。チームが勝てる為に、自分たちでできること、とれる行動をとるということをもう一度基本に立ち返って考えていくことが大切なのかもしれない、と自戒も込めて考えています。 どうしてもこの2試合を考えると、初めてトップリーグに上がったあの年のことを思い出してしまいます。あのときのような経験を二度と繰り返さないためにも、僕は何ができるかを冷静に考えて、現実を見据えて行くことが大切だし、それは単純に応援という一つのことだけにとどまらずいろいろな方法で示していくことが必要なんじゃないかと思います。どうせ最悪からのスタートなのですから、怖がることもないのですから。 そうして最後には「札幌強くなったな、また勝ったな」なんて 上司に言われて、誇らしげに答えたいです。 「当たり前じゃないですか、そのために応援に行ったんですから!」
2008年01月14日
classics #11をお送りします。 02年開幕直前の心境というか意気込み、のような回。
札幌のアウェーでリードをとる、という大役を仰せつかって早4年。来週からは5年目になります。 こういう役目になった時は、1,2年位で自分のような役目というのはどんどん変わっていくものなのかな、と思っていましたが(実際そういう他チームサポーターの話を聞いたことがあります)、気がついてみれば自分でも驚くくらい続けています。 でもこういう役目になってからいろいろと勉強させてもらったのも事実です。たとえば人ののせ方、周囲の熱を高める話し方、応援のリードの取り方、動き方。そのために人の気持ちを考えること、プレーや応援の状況を素早く判断して応援を切り替えたり盛り上げたりしていくこと。そういったことは学生時代、学校では決して学ぶことのできないことで、今の自分にサッカーや応援が与えた影響というのは本当に計り知れないものです。 そんな学生時代から社会人になって、こういう経験が生かされているか、というと今のところ「そうではない」としか答えられません。本格的に社会や仕事というものに真正面から取り組んできて、人をまとめて、考えを整理して引っ張っていくと言うことは並大抵の努力ではないと言うことを実感しました。よくよく考えてみれば自分がそう思うのも当然のことで、サポーターの世界というのはみんなが一つの目的のために自然に一致団結している中で行動していたわけで、社会の中ではいろんな考え方、いろんな動き方の人がそれぞれにいるのだから、自分の動き方も細かくなければいけないし、それをまとめる力も大きなものでなければうまく全体が目的の為に動かないわけです。そういった意味で、最初の頃(今もですが)はそんなゴール裏と実際の仕事の世界とのギャップというか、一方的な自分の認識の甘さに衝撃を受けていました。そういう意味で、学生時代の経験というのをうまく仕事にフィードバックさせていないし、仕事の中で得たものを生かせていないのかな、と思っています。 そういうことを考えて、少し悩んだりしている内に開幕まであと1週間を切っていました。 どんな日常を送っていても、嬉しい気持ちの時でも沈んだ気持ちの時でも、開幕のことを考えると、これから多くの歓喜とわずかな絶望に心を狂わされるであろう1年が楽しみで、広島の地で「サッポロ!」と力に限りに叫ぶ日を思って少しばかり緊張してみたりします。そして自分がこの一年、このオフシーズンで得たものをありったけつぎ込んで応援していきたい、そして勝っていきたいと強く思います。90分のボールの動きに惑わされ、喜び、悲しみ、時には怒りを露わにする週末の日々をこの上なく渇望しています。サッカーに人生を見いだし、人生をサッカーになぞらえるような毎日を。 早く選手の姿が見たい。去年からの選手、新しく赤黒のユニフォームに袖を通した選手、彼らが監督やコーチや、そしてサポーターと一体となってひたすらに一つのゴール、一つの勝利のために進む姿を見たい、そして自分もその中にいたい。そんなことを考えながらしばらくの間、過ごしていきます。 広島でお会いしましょう。 ともに勝利を、ともに歓喜を。
2008年01月12日
本日も更新、clasics #10です。 そろそろシーズンに入るという時に見に行ったちばぎんカップの話。
天皇杯から生でサッカーを見るということを特にせず、他のいろいろなことで週末を過ごしてきた僕ですが、日曜日に今年初めてのサッカーを見に行きました。見に行ったのは柏サッカー場での「第8回ちばぎんカップ 柏対市原」。 サッカーを見に行くのは今年初めてで、プレシーズンマッチということなので、試合の結果よりも「お互いのチームが意図するサッカーがどこまで見えるか」ということを中心に見てきました。この時期に結果がどうこうという事にはあまり意味がないし、それよりも選手個人の動き、移籍選手のチームへのなじみ具合、戦術の浸透の度合いを見ることが大事なんじゃないかと思っています。そしてこの日はもう一つのテーマがあり、それは「サッカーに慣れる」ということであり、それも意識しながら試合を見ていました。 毎週どこかへサッカーを見に出かけていたオンシーズンから一転して、3ヶ月サッカーを見ていないと自分の目がサッカーの動きについていけなかったりします(札幌在住の皆さんはうらやましい、と思うかもしれませんが)。動きについていけないと、いざシーズンが始まって札幌の応援をしているときに応援のタイミングを失ったり、雰囲気を作っていくことができなくなるので、そういうことがなるべくないようにサッカーを見て、自分の中のスイッチを入れて、感覚を徐々に暖めていく、というのを続けています。 そのなかで自分がオフシーズンの中に経験したものとを照らし合わせながら、自分のサッカーを見る目がどのように変わったのか、ということを客観的にみて「自分はこんな風にサッカーを見るようになったのか」と、新しい発見をする事もあったりします。 そうして試合を見てきて去年の今頃の自分を思い出すときに、社会人になってから明らかにサッカーを見る目が変わってきたな、と思うことがあります。華麗なプレーの連続よりも泥臭くボールを追う姿を、個人技よりもチーム全体で機能するプレッシングの美しさを、サイドをえぐるようなドリブルよりも正確なセンタリングを、いつの間にか好むようになっていました。それはおそらく、本格的に社会の中に入って働いていることと少しは関係があるんじゃないか、と思います。自分があって、関わる社会があって、好きなサッカーがあって、それらは互いに結びつきながらも少しずつ姿を変えて存在し続けるような感覚があります。 そんなことを考えながら日曜は試合を見ていたのですが、内容が荒れたものになったのを除けばおおむね面白い試合でしたし(柏の大野の存在感、市原の明確な戦術とウイングバック坂本の突破力が印象的でした)、それに久しぶりに直に触れるサッカーは新鮮な感じがしました。 そして何よりも自分の中の気持ちを突き動かしたのが、ゴール裏の声でした。 この日は市原寄りのメインスタンドで見ていたのですが、試合前に互いのゴール裏から聞こえてくる応援の声、歌、一つ一つが競技場の雰囲気となって、サッカーを見ている、という実感をわかせると同時に「札幌の試合が見たい、応援がしたい」という気持が自分の中で一気に盛り上がっていくのを強く感じました。自分の好きなチームのために声を上げ、歌い、跳び、ともに戦うことの幸せ、一体感、そういった高揚感にも似た気持ちがどっと自分の中に押し寄せて、まさにその瞬間に自分の「サッカーのスイッチ」が入った、90分に心を躍らせ、喜び、怒り、時には悲しみ、ボールの動きに興奮し心を躍らせる、あの期待と歓喜に満ちた一年がこれから始まるのだという気持ちが自分の中に満たされていくのを感じたのです。 今年も札幌に心を狂わされる、そう思うと2週間後の開幕が楽しみで仕方なくなってくる、そんなこの頃です。
2008年01月10日
眠くなっても更新。classics #9です。 はじめてだろう、他チームの話。
とある日ネットでいろいろとサッカー関係のサイトを見ていたときに、横浜Fマリノスのオフィシャルサイトにたどり着きました。 そこには「サッカーDNA」という欄があって、言うならば今までの横浜のサッカーと、これからすサッカーへの姿勢を示すような、そんなひとつの決意ととれるものでした。 それを見ながら、「じゃあ札幌のDNAって、何なんだろう」と僕は考えていました。 Jリーグ創設からのチームに比べれば歴史は浅いものの、今年7年目を迎えようとする札幌というチームがどんな遺伝子を持っているのか。僕が思ったのは「暖かさ」と「諦めない強さ」でした。 暖かさというのはこれまでいろんな人を受け入れて、サッカーの楽しさやともに応援するチームがある事の喜びを共有してきて、サポーターの数もそれにつれて年を追うごとに増えてきたという一つの事実から考えたものです。そしてそこには、札幌というサポーターの一つの良さである「人の暖かさ」というのがあるのではないでしょうか。多くの人を受け入れて、異論をむやみに排除せず議論して解決していく、そういう暖かさや、応援でも「甘い」のではなく、選手にとってホームでもアウェイでも選手を後押しできるような「暖かさ」を持った応援ができてきているのではないか思います。それはおそらく札幌の、北海道の人間性というものとは無関係ではないと思うので、これはこれで良いんじゃないかと思います。 ただ、「甘さ」と「暖かさ」とはイコールではないのです。僕らはやはり勝つところを見に競技場まで来ているわけですし、選手達も勝ちたいと思っているでしょう。その気持ちを応援だったり、時には叱咤だったりというやり方で後押ししていきたいと思います。 もう一つ、「諦めない強さ」ですが、これは先ほどの「暖かさ」が住民性を考えたときに札幌の歴史の中である程度早くからあったのに比べて、チームとして、サポーターとして経験を積んでいく中で生まれたものだと思います。それは優勝、降格、解任といった一言では言い表せないくらいの様々な経験、その中で苦しい状況を乗り越えようとする動きが今につながっていると思います。 チーム創設の96年、昇格と存続危機の97年、苦しい戦いの末の2部降格の98年、理想と現実の歯車がかみ合わなかった99年、再浮上の2000年、残留という第一目標を果たした2001年。このすべての戦いにおいて、苦しんだあのシーンで、自分の力で何とかしようと一人一人が声をあげた、その一つ一つが今につながっているのだと思います。いくら劣勢であっても、何点離されても試合終了のホイッスルまで決して勝利を諦めない、そういうサポートをしてきたつもりだし、これからもより追求していくつもりです。 そして僕自身、こうして自分の中に築き上げられた「DNA」は、応援している時だけではなく、それ以外の、たとえば仕事がうまくいかないとき、人間関係に悩んでいるとき、そんなときにゴール裏で必死になって叫んでいた、あのときの苦しさや経験を思い出すことで、目の前の現実を乗り越えるきっかけになったことがありました。 これを読んでくださっている皆さんは、そういうことがありませんでしたか? こうして醸成され、一人一人に備わったDNAはこれから良くも悪くもなる可能性を秘めています。それはこれからの行動の結果であり、良いところをこれから来るであろう新しいサポーターに託し、悪い部分はつくりかえてゆく、生き物が種の保存の本能に従って子孫を増やすように、自分のなかのDNAを変化させ、これから伝えていかなければならないのだと思います。
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プロフィール
1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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