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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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2008年01月10日
眠くなっても更新。classics #9です。 はじめてだろう、他チームの話。
とある日ネットでいろいろとサッカー関係のサイトを見ていたときに、横浜Fマリノスのオフィシャルサイトにたどり着きました。 そこには「サッカーDNA」という欄があって、言うならば今までの横浜のサッカーと、これからすサッカーへの姿勢を示すような、そんなひとつの決意ととれるものでした。 それを見ながら、「じゃあ札幌のDNAって、何なんだろう」と僕は考えていました。 Jリーグ創設からのチームに比べれば歴史は浅いものの、今年7年目を迎えようとする札幌というチームがどんな遺伝子を持っているのか。僕が思ったのは「暖かさ」と「諦めない強さ」でした。 暖かさというのはこれまでいろんな人を受け入れて、サッカーの楽しさやともに応援するチームがある事の喜びを共有してきて、サポーターの数もそれにつれて年を追うごとに増えてきたという一つの事実から考えたものです。そしてそこには、札幌というサポーターの一つの良さである「人の暖かさ」というのがあるのではないでしょうか。多くの人を受け入れて、異論をむやみに排除せず議論して解決していく、そういう暖かさや、応援でも「甘い」のではなく、選手にとってホームでもアウェイでも選手を後押しできるような「暖かさ」を持った応援ができてきているのではないか思います。それはおそらく札幌の、北海道の人間性というものとは無関係ではないと思うので、これはこれで良いんじゃないかと思います。 ただ、「甘さ」と「暖かさ」とはイコールではないのです。僕らはやはり勝つところを見に競技場まで来ているわけですし、選手達も勝ちたいと思っているでしょう。その気持ちを応援だったり、時には叱咤だったりというやり方で後押ししていきたいと思います。 もう一つ、「諦めない強さ」ですが、これは先ほどの「暖かさ」が住民性を考えたときに札幌の歴史の中である程度早くからあったのに比べて、チームとして、サポーターとして経験を積んでいく中で生まれたものだと思います。それは優勝、降格、解任といった一言では言い表せないくらいの様々な経験、その中で苦しい状況を乗り越えようとする動きが今につながっていると思います。 チーム創設の96年、昇格と存続危機の97年、苦しい戦いの末の2部降格の98年、理想と現実の歯車がかみ合わなかった99年、再浮上の2000年、残留という第一目標を果たした2001年。このすべての戦いにおいて、苦しんだあのシーンで、自分の力で何とかしようと一人一人が声をあげた、その一つ一つが今につながっているのだと思います。いくら劣勢であっても、何点離されても試合終了のホイッスルまで決して勝利を諦めない、そういうサポートをしてきたつもりだし、これからもより追求していくつもりです。 そして僕自身、こうして自分の中に築き上げられた「DNA」は、応援している時だけではなく、それ以外の、たとえば仕事がうまくいかないとき、人間関係に悩んでいるとき、そんなときにゴール裏で必死になって叫んでいた、あのときの苦しさや経験を思い出すことで、目の前の現実を乗り越えるきっかけになったことがありました。 これを読んでくださっている皆さんは、そういうことがありませんでしたか? こうして醸成され、一人一人に備わったDNAはこれから良くも悪くもなる可能性を秘めています。それはこれからの行動の結果であり、良いところをこれから来るであろう新しいサポーターに託し、悪い部分はつくりかえてゆく、生き物が種の保存の本能に従って子孫を増やすように、自分のなかのDNAを変化させ、これから伝えていかなければならないのだと思います。
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