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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。
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2008年01月27日
大雪が降ってもclasics #15です。 今回の話はaftertalk #13でも触れた「パラグアイ」の話が元ネタ。
「パラグアイ」という言葉をご存じの方はいらっしゃるでしょうか? 国としてのパラグアイの事なら結構知っている人たちも多いかと思います。南アメリカ大陸の中心部にあり、南をアルゼンチン、東ブラジル、北ボリビアに囲まれた内陸国で、人口は約500万人、面積は40万6752平方キロ。もちろん南米なのでサッカーは盛んで、今年行われるワールドカップにも出場が決定していて、有名な選手といえば一も二もなくGKチラベルト。ちょっとさかのぼると、日本でプレーした選手としてはJリーグ発足当初横浜フリューゲルスで活躍したアマリージャ、2000年に川崎に所属していたアルバレンガ。最近では日本からも広山望がセロ・ポルテーニョへ、武田修宏がスポルティーボ・ルケーニョへ移籍しています。 でも今日の話は国としての「パラグアイ」ではなくて、行為としての「パラグアイ」。 1999年、日本はコパ・アメリカ(南米選手権)に初出場し(予選敗退でしたが)、札幌サポーターとしては当時所属していた吉原宏太が途中召集され、出場された事を記憶している方も多いと思います。その吉原が途中出場した地元パラグアイでの試合、日本は0-4と惨敗を喫しました。今となってはどんな試合だったか記憶もおぼろげですが、一つだけ覚えているのがスタンドの様子でした。 テレビで見るとゴール裏にはあまり人がいません、というかみんなスタンド上方に固まって試合を見ているのです。そしてパラグアイが得点すると、そのたびにファンが一斉にゴール裏最前列に雪崩れ込み、それだけで満足しない人はそこからさらにゴール裏の金網をそろって上りだし、それはもう暴れているのか喜んでいるのかわからないくらいの驚喜っぷりを爆発させていたのです。パラグアイが4得点したので都合4回、きっちりと得点の度にゴール裏最前列へ一斉に駆け下り、驚喜し、ひとしきり喜ぶとまたぞろぞろと上へ戻っていってまた応援する。そんな光景が自分にはとても衝撃的でした。その後、同じ試合を見た人たちとひとしきりその話で盛り上がり、「札幌のゴール裏でもやってみたいねぇ」なんて言いつつ応援していました。しかし実際ゴール裏の上方に陣取って「狙って」みてもそううまくいかないのがサッカー、盛り上がるような同点ゴールや逆転ゴールなんて決めてくれないことの方が多かったと思います。つまり「仕込み」をしてはことごとく失敗していたわけです。他のチームのサポーターも同じ事を思っていたのかは知りませんが、得点すると圧死するんじゃないかと思うくらい一斉にゴール裏の最前列に押し寄せる光景をいくつか目にしてきました。そういうことがあって、「得点したらゴール裏最前列に一斉に押し寄せて喜ぶ」という行為を、「パラグアイ」と仲間内で称するようになったのです。 そして先日の名古屋戦。久々にその「パラグアイ」をやりました。それも「仕込み」で、そして4回も。 前半をどうにかしのいだ札幌が速攻から和波の低いクロス、小島の飛び込みがオウンゴールでの先制点を呼び込みます。その瞬間自分は全速力でスタンドを駆け下り、ゴール裏の柵に上って思いっきりガッツポーズ。でもこのときはまだその場で喜ぶの人の数の方が多くて、駆け下りたのは十数人くらいでしょうか。 そして小倉のポストから山瀬の強烈なシュート、2点目。さらに勢いを増して駆け下りる自分。自分たちが「パラグアイ」をしていたのがわかった人たちがそれに続いて、先制の時よりもさらに多くの人が雪崩れ込み、拳を突き上げるその向こうにあまり感情を露わにしない山瀬が思いっきり吠えています。 さらに同じく小倉と山瀬のコンビネーションからキャプテン森下が抜け出して3点目。さっきよりもまたさらに人数も速度も増して雪崩を打って駆け下りるゴール裏サポーター。それに呼応するように警告が出るとわかっていながらもゴール裏に駆けてくる森下。こうなるともう止まりません。続々と最前列に駆け下りて森下と喜びを分かち合います。そしてぞろぞろと元の場所に戻りながら歌い出す「Yellow Submarine」。気分は最高。 完璧に「勝ちモード」に入って、最後は余裕も少し入った、マフラーを掲げながらの「GO WEST」。その間にもじりじりと最前列へと下がり出すゴール裏。審判の笛が3度響いて、マフラーを回すなんてもどかしいと言わんばかりにみんな最前列へと駆け出して、選手を迎え、一緒に喜ぶ。今期初勝利という事もあって訳の分からないうれしさがこみ上げます。そんな瑞穂のアウェイゴール裏でした。 さて、今年は何度「パラグアイ」ができるのか・・・。 その前に、何度もできるように、チームが勝つために応援しないと行けませんが、もしも気持ちのわき上がるようなゴールを決めてくれたら、自分はもうたまらなくなって駆けて行くんでしょう。 あ、くれぐれも怪我しないでくださいね。
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