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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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aftertalk #13

2008年01月20日

clasics #13でした。
高知で観光という名の現実逃避にはっちゃけたせいか、直前に引いた風邪が悪化してしまってしばらく寝込んでいた時期のお話。
普通に風邪なんだろうなー、だけどなんかめまいが止まらないわ吐き気がするわ偏頭痛が治まらないわ、となんとか会社に出ていたんだけどとうとうダウンして「これは風邪じゃない!」と思って調べたら、この症状にぴたり合致するのはメニエール病。さすがに難治性の病気に当てはまってるとわかったときは青くなった。慌てて耳鼻科に駆け込んだら「あー、蓄膿症」と言われほっとするやら落ち込むやら。レントゲンを撮ってみたら鼻梁の片方の影がもやもやしていて、ここに膿がたまっているのかーとはっきりしない頭で思っていた。ちなみに本編で「鼻の病気」と濁したのは、蓄膿症というのがかっこ悪かったから……。
子どもの頃から耳鼻科にはお世話になっていて中耳炎とアレルギー性鼻炎で何年も通院していたけど、まさか蓄膿になるなんて思わなかった。たっぷりと抗生物質をもらって、有給もちょっともらって2,3日家でずっと寝ていた(というかそれしかできなかった)。ちょうどそれが磐田戦に重なっていた時期で、近辺の人に「すいません休みますごめんなさい」と電話をして、携帯電話から送られてくる速報メールを頼りにぼんやりしてた。晴れた日に外にも出られず、ただ寝ながら試合結果を待つというのはなんとも心細いものだ。いまでも風邪を引くと、こめかみから鼻筋のあたりがぞわぞわして気持ち悪かったりする。

その症状が何とか治まって行けたのが瑞穂での名古屋戦。これは思い出深い。
内容の全くない3連敗をストップさせたというのと、俗に言う「パラグアイ」発祥の地ということで。
「パラグアイ」って何?というと、一言で言うとゴール裏最前列へのなだれ込みのことです(当然ピッチには入らない)。国際試合の映像(ワールドカップ予選だったかコパアメリカだったか)で、ゴールが決まったときにパラグアイのファンが一斉にゴール裏最前列へなだれ込んで大騒ぎしていたのを見ていた自分を含む数名が「ああいうのやりたいよねえ」と言い合っていたのでいつのまにかそういう俗称になった。そんなふうに構想はあれどもタイミング的にできなかったのを実現できた、という意味で思い出深い。
瑞穂はピッチレベルが比較的低い競技場でゴール裏の前のほうまで行くと見にくいので、上段部分に集まって応援するように呼びかけて「あわよくば」と考えていたけれどあんなにうまくいくとは思わなかった。3-5-2にシステムを戻してもパッとしなかった前半はさすがに絶望しかけたけど。ところが後半は見違えるように動きが変わり、まずはグラウンダーのクロスからオウンゴールを誘う。うそー、っていう感じで最前列になだれ込む数名。で、また戻って応援しているとすぐに山瀬のゴール。今度は1点目の数倍の人間がなだれ込む。きょうは何とかなるんじゃないか、と思っているととどめの3点目、こんどは大部分のサポが最前列へどわーっと。あの様子を横から見ていたら楽しいシーンだっただろうなあ。みんなものすごい速さで駆け下りて、ゴールを決めた森下も思わず看板を超えてゴール裏まで来てしまってイエローカードにみんなで苦笑いしながらイエローサブマリンを歌い、非常に気持ちよくマフラーを掲げてGO WEST。ちなみに試合終了後、森下はもう一度ゴール裏まできてくれました。日曜夕方の名古屋ということであんまりゴール裏の人数はいなかったけど、一体感はものすごく感じたゲーム。
まあ、03年前半戦の思い出でいい思い出というのはこれくらいしかないんだけどね……。


post by retreat

21:09

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