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1978年生まれ。 コンサドーレ創立年度から応援を始め、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターン。 またコラムサイト「コンサイズム」では2001年末~2003年末までコラムを掲載。このブログではそのアーカイブと、当時を振り返るアフタートークをお送りします(予定)。

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CONSAISM clasics #8

2008年01月08日

年が明けても淡々と粛々と。おみくじにもそう書いてあったので。
そんなわけでclasics #8です。
今回のテーマは地方出身首都圏在住なら必ず言われる
「いつ田舎に帰るの?」
という質問から始まる話。
地元が必ずその人にとって住みやすい、というわけではないのにねえ。


大学入学と同時に一人暮らしをはじめてから、早いものでもう6年目を迎えようとしています。
最初の頃は地元を離れて、しかも一人で生活するということが嬉しくてたまらなかった反面、不安の方が大きかったと思います。それも今では過去のこと、自由に行動できる一人暮らしの楽しさやおもしろさをしっかりと身につけてしまって暮らしています。
その中で僕は本格的にサッカーにのめり込んでいったのですが、それも一人暮らしだったという要因が大きかったのだろうと思います。おそらく誰かと一緒の部屋だったなら、その人に気兼ねをしてしまって近郊の試合に行くだけになったかもしれません。なので、今こうしてアウェイ中心に応援しているということと今の生活とは大きな関わりがあると思っています。

ですが、特に最近会社の中や学校の同期との会話の中で「いつか地元に帰るの?」という言葉を良く聴くようになってきました。それに影響されてか、最近自分がこれからどこでどう過ごしていくのか、なんて事を思うときがあります。
昔は死ぬまで地元には帰らない、ふるさとは遠きにありて思うものだなんて考えていましたが、最近はあと何年かしてきっかけがあれば札幌に戻っても良いかな、なんて思うときがあります。そうして考えている中でやはりサッカーの事が引っかかることがあります。
首都圏と地方都市ではサッカーを直に見るという機会が格段に違い、こっちにいるとシーズン中には毎週どこかでサッカーの試合があり、そこで様々なボールの動きを追うことができます。いくらテレビがあると入っても、やはり現場でサッカーを見るというあの雰囲気には独特なものがあり、引きつけられてしまうのです。
もうひとつ、今のアウェイの応援の雰囲気が自分にとってはとても大切なものになっているということがあります。初めて行った97年開幕の水戸から、わずかな力ではあるけれども応援する仲間を増やし、どこにも負けないサポーターであるために頭と身体を振り絞ってここまで築きあげ、時にはホームチームのゴール裏を凌駕するほどの人数と応援をできるまでにしてきた仲間や応援は何者にも代え難いものなのです。まだまだ良い応援ができる、まだ変えなければならないものがたくさんあり、それにチームが応えてくれることが今まで僕がアウェイの応援を続けてきた理由です。
しかし、社会人として働いていく上では今までのような応援ができなくなる可能性だってあります。たとえば海外に行ってしまったり、試合の日に休むことのできないような仕事に就くこともあるかもしれないし、現にそういう方がおられるかと思います。そしてう中でも札幌を何らかの形で応援されている方々を素直に尊敬しています。逆に、札幌を応援するために仕事の方を変えられたりされた方もいらっしゃることでしょう。そういう方々もすごい行動力だな、と思っています。
僕自身もそういう可能性がないわけではないのですが、今は後悔しないように自分にできることを、より強い、負けない応援を作り上げて行こうと思っています。そして、このアウェイの雰囲気をより良いものに、サポーターそれぞれが個性を持ちながらも気持ちを一つにできるものを作っていきたいと思っています。今できることはそれだと思っていますし、もし自分がゴール裏に関わることができなくなったとしても何らかの形で札幌を応援していきたいと思っています。どこでも札幌の応援はできるのです。現場でも、TVでも、ネットでも、それは方法が異なりこそすれ応援であることには間違いないのです。
 
そして、今週の土曜日にそんなアウェイのつながりを感じることのできる、一つのイベントがあります。毎年アウェイのサポーターが集まって新年会(というか決起集会)を、土曜日担当の渡辺さんが中心となって行われます。スタジアムで良く会う人にも、あまり話すことのできなかった人とも会える大切な集まりだと思っているので楽しみにしています。
ついでに楽しみをもう一つ。会の締めに、みんなでコンサドーレコールをするのですが、このとき参加する人みんなが心から楽しそうに、嬉しそうに大きな声で叫ぶのがすごく気持ちいいのです。ひょっとしたら、自分が毎年シーズンの始まりを感じるのはこのときかもしれません。


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23:10

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CONSAISM clasics #7

2008年01月06日

年が明けても通常営業。clasics #7です。
タイミング良く、今回はオフシーズンの話。


社会人になって初めてのオフシーズン、僕は何をしているかというと特に何かにこだわることなく過ごしています。
サッカーだけにこだわらず過ごせるこの時期というのはとても大切なものだと思っていて、あえてサッカーから離れるというのが以前からの過ごし方になっています。
たとえばシーズン中にはお金を回せなかったものにお金を使う(CDとか本とか、その他いろいろなモノ)のも一つですし、サッカーの絡まない旅行なんかをするのも楽しみの一つです。おかげであまり遠征費をためて、というわけにはいきませんが。
そうして昨シーズンが終わってから一月以上が経ちますが、今年はいつもよりも外に出ているなぁ、という感じがします。学生時代は音楽を聴く(というか、金がないので借りるのですが)か本を読むかといったあまり金のかからない、インドア的なことが主流でしたが、今年は休みのたびに外出しては東京やその近辺を歩いて見ています。この前は築地から銀座、有楽町と歩いてみましたし、その前は鎌倉の寺を歩いて見て回ってきました。スタジアムだけではない、いろいろな街を見て歩くことで、シーズン中では目を向けることの出来なかった、というかサッカーでいっぱいだった頭では見ることのできなかったいろいろな風景を見るのが今の楽しみになっています。ちなみに今年は最近デジカメを購入したので(これもサッカーに金を使う時にはできなかったことです)、さらに「デジカメで気に入った風景を撮ってみる」というのが加わりました。

こうして今年僕がよく出歩くようになったのは、社会人になったのと無関係ではないような気がします。「毎日が日曜日」状態の学生から社会人になって基本的に休みが土日になり、「休みにいろいろ動かなければ、せっかくの休みだから損だ」と考えている所もあります。もう一つは、こうやってサッカーや日々の仕事から自分を大きく切り離してみることで、自分を再確認するというか、客観視するような意識を持っているところがあります。特にサッカーとの関わりで言うなら、野球選手がオフの時には一切ボールにさわらない、という話がありますがそんな感じでしょうか。例えすぎかもしれませんが。
 
こんな風にサッカーに出来るだけ触れない日々を過ごしていざシーズンになると、新鮮にサッカーに接することができます。サッカー以外ではないものによって刺激を受けた脳が、サッカーを見ることでさらにまた別の所を活性化させるような、そんなところがあります。そうしてまた新たに「ああ、やっぱりサッカーが好きなんだ」ということを再確認するための時間が現在の日々でもあります。そしてサッカー以外のモノに触れたことでいろいろと充実した状態でサッカーを見ることができると思っています。サッカーが自分にとってとても大切であるからこそ、できるだけ楽しんでいけるように充電する時間が今なのかもしれません。
 
でも、時たまサッカーや札幌のことを考えるときはあります。たとえば今年のスタメンを勝手に予想してみたり(酒井と平間をどのように使うのか、というのが今の自分の最大の関心事です)、札幌だけにとどまらず移籍選手の動向に一喜一憂してみたり、音楽を聴いていて「これ来シーズンの応援に使えないかな」などと思ったりします。そういうことを知らず知らずのうちに考えている自分に気がついて、思わず苦笑してしまうのですが。
 
自分が生活していく上でも、サッカーファンとしてあるためにも
大事なこの数ヶ月、もう少し楽しんでみるつもりです。
 


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20:34

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CONSAISM clasics #6

2007年12月27日

年の瀬ですが第6回。今回は当時の仕事から「結果と過程」の話。


今ではどこの会社でも珍しくないと思いますが、僕の勤める会社にも能力評価制度があります。一定の期間ごとに個人の目標と部署の目標を定め、達成したかしていないかという判断を元に給与が決まる、というやつです。
僕自身も新入社員ではありますが一応この制度の対象ではあるわけで、個人の目標や売上目標をシートに記入し、評価を行いました。

その評価の席でのこと。
僕と上司の二人で評価を見ているときには、上司は
「おまえの立てた目標は〇〇で、これは達成していないな?」
「はい」
「それじゃ、未達成だな」
でも、と言いかけた僕を制して上司は一言。
「過程がどうあろうと、出来ていないものは出来ていない。おまえがいくら頑張ったとしても、未達成は未達成だ」
企業は利潤を追求する以上、結果をまず第一に求めるのは当たり前の事ですが、この事実を改めて実感した出来事でした。
 
会社から帰ってきて、それではサッカーはどうだろうか、とふと思いました。
結果か過程か、どちらかを重視するのは人それぞれの観戦姿勢によりますが、僕は負けたからと言ってそれだけを理由に怒る事はないし、勝ったからといって内容がひどい場合はすっきりした気持ちで帰れない事もあります。それでもどちらかを選ぶならば、やや「結果」に傾くかもしれません。今年の札幌はまず勝ち点をとって残留する、という至上命題があったということもあるのですが。
それでもサッカーというものは、ゼロか1かというデジタルな割り切り方では決して語ることの出来ないものだと思います。そこにはデジタルでは決して表現できないアナログ的な過程や要素が必ず関わっているし、そもそもサッカーがそういった論理で割り切れるのであればサポートの意味なんて全くの無用なのですから。
 
たとえば選手がパスを出すとします。右に出すか左に蹴るか後ろに戻すかそれとも思い切って前線に放り込むか、といった選択は、ボールを出す方向という意味においてはデジタルで論理的な選択の結果ですし、そのボールの動きは論理の重なりであるからつまりはその最終目的地、すなわちゴールは結果であると言うことも出来ます。しかし、そこに至るまでにはボールの動きという本質の他に芝の長さや風向きや観客の歓声、その時にゴール裏で歌われている歌の種類や諸々のものが入り交じった「雰囲気」によって動くものであると思います。さらに言うならば、先ほど述べた「ボールの動き」だって、トラップの場所と角度やボールを蹴る足の位置、他の選手の動き、パススピードに判断力、すべてが一人の選手の足下から分岐するのであって、非論理である要素も十分併せ持っていると思います。
つまりサッカーは論理と非論理のごちゃ混ぜの世界であり、そこには無限の過程と結果があるということです。そして、その過程と結果のバランスの判断は個人の裁量にまかされていて、それこそがサッカーの魅力なのだと思っています。
 
そして、僕が今結果を求める企業社会の一員として曲がりなりにもいる以上、僕は結果や論理と同じくらい、過程や非論理にもこだわっていたいのです。結果と論理だけの社会の中で生活するのはとても息苦しいでしょうし、つまらないでしょう。けれども、サッカーにはそれをうち破るほどの過程と非論理が存在し、それは再び結果という事実になって自分に帰ってくる。そんな堂々巡りに惑わされることがどうしようもなく楽しくて、僕はこれからもサッカーを見て、札幌を応援して、ほんのわずかでもスタジアムでの一存在としてありたいと、そう思うのです。
 
 


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23:59

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CONSAISM clasics #5

2007年12月25日

クリスマスも気にしない(ように必死で目をそらせつつ)、「classics」第5回です。


室蘭で神戸に破れ、いよいよ降格の危機が目の前に立ちはだかってきました。それから博多の森へ行くまでの僕は今まで経験したことのない緊張と不安にとりつかれていました。
たかがサッカーじゃないか。おまえはついこの間、室蘭に行かないでひたすら図書館にこもっていたじゃないか。今まで通りに生活しろよ、「割り切って」。
そういう考え方で今までやってきたんだろう?
そう自分をいさめようとしましたが、感情の流れはとどまるところを知らず、何か自分に大きな重圧がかかっているようなそんな気持ちでした。「降格は悪」「降格は屈辱」「負けることが怖い」と、初めて強く思いました。
そして僕は横断幕を作るための一枚の長い布とスプレー缶を買い、博多へ向かいました。
 
あの日の自分は狂気がとりついていた、と思うことがあります。
福岡サポーターを片っ端から睨み、必要もなく仲間と応援で口論し、試合が始まったらただひたすらに歌い、跳び、叫び、吠え、どんなことが起こったのかも具体的に覚えていないくらい。
そしてあの日生まれて初めて作った横断幕の言葉は
 
「残留できるなら死んでもいい」。
 
あの日の自分の気持ちを思い起こしてみて、本当に自分はあの恐怖や屈辱と真っ正面から戦っていたのだろうかと思うことがあります。あんな感情になったのは、そんな恐怖の気持ちを無理にでも薄め、狂気に身を投じた自分に酔い、目の前の現実から必死で目を逸らすために、ただ自分が不安や恐怖を味わわずにとった行為ではないだろうかと。
そしてそれは正しいのだと思うのです。
なぜなら、僕は「12.8」に、室蘭にいなかった。
 
何をしていたかというと、神戸戦の時と同じように大学にいて、同じように図書館にこもっていました。そして携帯電話で結果を知り、結果を知ったあとすぐに勉強に戻っていました。これもまた一つの「逃げ」の行為であったと思うのです。
行ける範囲で試合は応援に行った。残留を信じて声を上げた。神戸にも、博多にも行った。横断幕も作った。しかしそれは室蘭に行かなかったという事実の前には何も意味を持たないものになりました。一つの「終わり」を、その義務がありながら最後まで見届けなかった、見届けることに耐えられず最後に逃げ出したのですから。 あとになってこの日々を思い返したとき、あのときの自分の気持ちに初めて気がついたときに僕は激しく後悔しました。最後の最後まで見届けなかった自分を嫌いました。いっそのことサポーターなんてやめてしまおうかとも思いました。
それでも僕がこうしてゴール裏に立っているのは、それでもこのチームが好きで、札幌が好きで、もう二度と裏切るようなことをしたくないという思いと、サポーターであることをやめることで自分自身にも負けてしまうような気持ちがしているからです。
あのときのような危機が訪れたときには、今度こそは何があっても最後まで見届けたい。そして自分の声で少しでも危機を乗り越える助けになりたい。そうすることが、今まで自分を支えてきた札幌というチームに自分が出来ることだと思うのです。
だからといって自分のスタンスの根底である「生活とサッカーの割り切り」というものを変えることはないと思っています。学生から社会人になった今、このスタンスはより重要になったと思っていますし、もしあのときのような危機が訪れても、両立させることが出来ると思っています。
そしてあのときのような悲しみや絶望が訪れないように、ゴール裏に行ったときには出来る限りのサポートをするのです。自分の内にある弱さや怯えの心に勝つように、そして札幌が勝つように。


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00:13

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CONSAISM clasics #4

2007年12月20日

続いて第4回。
今でも悔やんでいる、とあるお話の始まりです。


ここまで3回、僕は「サッカーと生活の割り切り」について書いてきました。それはつまり、勉強や仕事といった日常生活に出来るだけ負担をかけず、どんなふうに札幌を応援してきたのか、そして試合の時にはひたすらに応援をしていく、そういうことを書いてきたつもりです。
しかし、今回書く話はそういったテーマではなく、むしろ相反する話です。
多くの人が記憶に残しているであろう「1998・12・5」にまつわる僕自身の心の動きと、そこで得たものを書いていきたいと思います。
 
前年、圧倒的な力でJFLに優勝し、僕自身は「残留できるだろう」という漠然とした安心感を持っていました。ウーゴ・マラドーナとバルデス、吉原を軸とした攻撃陣は抜群の破壊力を誇り、片やペレイラ・ディドの守備も安定していた前年を見る限り大崩れをすることは、普通に試合をすればまずないだろうと思っていました。しかし、その甘い考えは開幕戦の日本平で簡単に砕かれました。バルデスの先制点に驚喜した以降、札幌が得点することはなく逆に失点を繰り返し、1対4の敗退。トップリーグのチームの力という物を目の当たりにさせられました。
ただ、それでも「残留ぐらい大丈夫だ」という考えは捨てませんでした。横浜マリノス、磐田といった上位チームに大敗はしましたが、中位、下位チームとはしぶとい勝負が出来ていると思っていたからです。それでも試合では勝利する事が出来ず、歯がゆい思いをしました。Vゴール取り消しの柏戦、延長負けの名古屋戦、前半2点リードながら後半4失点の京都戦・・・。「何で勝てないんだ!」と憤りながらも自分の気持ちというか、前述の「漠然とした安心感」は変わりませんでした。
「まだ大丈夫、これだけの内容なら残留は出来る」と。

そうして迎えたセカンドステージ、札幌はカウンター戦術がはまり勝ち星を挙げるようになっていきました。いくら攻められても守り抜いて決定力のあるカウンター一発。この戦術で勝ってゆくにつれ、「安心感」は増していきました。特に後半の対ヴェルディ、対市原戦での勝利はアウェイを中心として応援してきた僕にはたまらない勝利でした。そのころには参入決定戦に回ることが確定的になっていたにもかかわらず。
いま考えると、気持ちの中では目先の勝利ばかりを求めることに夢中で、そうやって参入決定戦のことを考える冷静さや、不安感からあえて目をそらす「逃げ」の気持ちがあったんじゃないかと思います。2部に落ちるという恐怖感を克服することよりも、目先の勝利を求めることで漠然とした安心感を手に入れる気持ちが勝っていた、そんな気がします。
 
そんな気持ちの中迎えた神戸との参入決定戦。僕の中ではまだ「安心感」が支配していました。相手は神戸で、2戦2勝で、終盤には調子が上がってきている。だから大丈夫だろう、と。
けれども、試合が始まるとその気持ちにいつもと違う雰囲気が混ざっていることに気がつきました。いくら応援していても何か届かないような、声が萎縮してしまうようなそんな気持ち。実際、あれだけのサポーターがきていたはずなのに、人数ほどには声が出ていない気がしました。結局神戸での試合は敗れ、室蘭での試合に逆転を託すこととなった訳ですが、僕自身は室蘭には行きませんでした。まだどこかに「何とかなるだろう」という安心感にすがって、現実を見切れていなかったのです。
そうして室蘭には行かない事を決め、僕は大学での勉強に戻る事にしました。つまり今までと同じように「割り切った」わけです。 しかし、そうして生活していくうちに何かがいつもと違う感じを覚えました。割り切ることだけではない何か。衝動のような不安のような混乱した感情が僕の中にわき出しました。そうした気持ちを抱えながら僕は学生生活を送りました。
 
そして、ようやくその感情に気がついて、恐怖し、後悔し、僕が今こうして応援していることの礎となる気持ちを経験するのは、室蘭で神戸に破れ、博多での福岡戦を迎える時になります。


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23:43

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CONSAISM classics #3

2007年12月18日

日付変わっちゃった。
第3回目の「classics」、今回は金銭感覚の話です。
すでにこのあたりからフットボールとかけ離れた話をし出してる気が……。


学生さんは金がない、というのはコンサのスポンサーのライバル会社のキャッチコピーですが、ご多分に漏れず僕自身もそれなりな貧乏学生生活を送っていました。ただ原因のほとんどはおそらく「遠征貧乏」だったのですが。

学生時代の毎月の生活といえば、奨学金と仕送りとバイト代で入るお金は公共料金やら専門書代やらを払ってしまえば結構吹き飛んでしまうので、それから残った金を二つに割って片方は生活費、もう片方はサッカーを見るための交通費やチケット代というふうにに充てていました。もし「サッカーファン版エンゲル係数」があれば、4年間毎月半分以上はサッカーの為につぎ込んでいたわけで、学生としては結構いいセンいっていたんじゃないかと思う事もあります。
そうして毎月暮らしていく中では、かなり遠くのアウェーを見に行くこともあり、そんな月はもっとエンゲル係数が上昇してしまい生活費にサッカー関連費が大きく食い込んでしまう事がかなりありました。あまりにお金がかかって「今回見に行くと、あと一週間は一日一食の生活」なんていう状況が見えるときはさすがに行きませんでしたが。
でも、それでもなんとかやりくりすれば行けるかな、という感じの時は迷わず節約モードに移行し、一日500円とか300円とか予算を決めてやりくりをしていました。もちろんこの予算は「一日で使うすべての金額」で、一日の食費、煙草や酒の嗜好品、図書館で使うコピー代まで含まれています。ゼミの発表とこの緊縮財政が重なると、このコピー代だけで一日の予算を食いつぶしてしまうこともあったりして結構きつかったのを思い出します。

そんな生活を4年間ほぼずっと続けてきて、いざ自分の頭と身体で生活すべての金を稼ぐ社会人生活に入り初めてもらった給料というのは僕にとってはかなり大きい額で、正直使い道に戸惑ったりしました。さらにそのお金で遠征に行くと、学生時代全く乗らなかった新幹線のチケットを買う事もあって、ああ自分も新幹線に乗るくらいの給料をもらっているんだと大げさに思ったりしました。
実際社会に出るようになって自分の自由になる金額というのはかなり広がりました。遠くの試合も行けるようになったし、見に行くサッカーの試合も増えました。時には「日曜日だけど、近場で試合がなくて暇だから」という理由で新幹線に乗ってJ2を見に行くなんて言う突飛な行動もしたりしました。

ただ、それで札幌につぎ込む金額は増えたかというと実はそれほど増えていません。交通費などの間接的な費用は確かに増えましたが、直接的に何かグッズを買ったり、というような事はあまりないような気がします。僕自身が昔からグッズをあまり買わない性分だった、というのもありますが、根底には「金を出すより声を出す方がずっと大事」という思いがあります。お金がなかった学生時代、とにかく行ける限り試合に行って声を出して応援するという気持ちがそのまま今でも自分の応援につながっているのかもしれません。また、普通列車や夜行バスといったかなり体力を使う移動手段で遠征するのに比べて、今はそれなりに余裕の持てる移動が出来るのだからその分もっと応援そのものに力をそそぎ込めるはずだ、という思いもあります。ただ、他の人のようにお金も声も出す人をみるとその気持ちがぐらつくこともあるのですが。
 
たしかに社会人になってお金が増えて、サッカーも見る機会が増えたのは事実ですが、変わったのはそういうお金の使い方だけなんじゃないかと思います。根底に流れているのはやはり「現場第一」の気持ちですし、それはこれからも変わらないんじゃないかと思います。さらに、社会人になってより「(サッカー以外の)日常生活」に置く比重というのは増えているわけで、そういう社会の複雑さというか猥雑さのようなものが大きくなったからこそ、割り切るときは割り切って、試合の時はシンプルに自らの声だけで勝負すると言うことはすごく大事なことなんじゃないのか、と考えています。
 
さて、ここまでは僕が「どのように生活とサッカーを考えているか」という事について話を進めさせていただきましたが、次回はそういう「割り切り」では自分の中で語ることの出来ない、ある一つの過去の話をしていきたいと思います。


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00:26

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CONSAISM classics #2

2007年12月13日

引き続いて第2回目の「classics」。
自己紹介というか「学生と社会人の違い」な話が続きます。


さて、この春に大学を卒業し、晴れて社会人となった僕がぶつかったのはその流れの激しさでした。
いままではたまに授業に出て、ゆっくりレポートを書いて、卒論を書いて、サッカーについて考える時間なんて本当に余るほどあったのですがそんな時間はどこかへ吹き飛んでしまったような生活の激変を感じました。
一つの仕事を成し遂げるためには何より早く正確に物事を決断し、処理を行うことが肝要なのですが、最初の頃はそれについていく事が出来ずにひどく苦労しましたし、うまく覚えて仕事を自分の物とする事の出来ない自分に腹が立ってしょうがないこともありました。そしてそれはおそらく応援することにも影響を及ぼしていました。先制されたり、不利になったりすると気が焦ってしまってその結果応援は激しくはなるものの空回りという事態に陥り、それでも流れを変えたりすることは出来なくて空回りしていることを自覚できずに悪循環にはまりこむということが何回がありました。一言で言うと「いっぱいいっぱい」というやつです。仕事においても応援においても、自分自身に余裕のない状態がしばらくの間続いていました。
そんな状況が続いていると、さすがに自分のリズム、というか生活の所々でリラックスするすべを感じ取ることが出来るようになってきました。というか、生活のリズムを自分の状況に応じて変えることが出来るようになった、という方が正しいのかもしれませんが。
その方法の一つとして、今まで線を引いてきた仕事(勉強)とサッカーの割り切りをもっと強くする、ということがあります。つまり、札幌の試合を見に行けない時は割り切って自分の身体を休め、リフレッシュする事に専念するということです。
たとえば厚別でのホームゲームが行われて、自分が行けない時なんかは普通に買い物に行ったりしています。もともとじっとしていて「念」を送ったりということは出来ない性分なので、それくらいならきちんと休んで来るべき仕事に備えよう、と思うわけです。そして時折携帯で途中経過を見ておお勝ってる、とかああ負けてるよ、とか思うくらいです。そうした気持ちがあるから、試合を見に行くときには誰よりも声を出して勝ちにいく激しさを持っていたいと思っています。
ここまでは休日の話をしてきましたが、では平日に試合があるときはどうするかというと今はどこで試合が行われていようとも行かないことにしています。「平日=仕事をする日」という観念をもっているというのと、新入社員とはいえ自分がいないとうまく進まないものもあります。そうしたときに、自分がサッカーに気を取られていたりするとおそらく仕事の上で周囲に迷惑をかける、と思っているからです。だから、仕事中には仕事のことしか考えないようにしていますし、そうしていないと気を取られてしまう自分の弱さに対する戒めも兼ねているのです。ですから仕事に集中していて試合があることなど忘れてしまって、気付いたのは帰りの電車の中だったりする事もあります。
まあ、ここまで書いてきたことを一言で言ってしまうと「仕事の速さに苦労した」という事になるのですが、その中で自分がどんなことを考えていたのか、という事をすこしでもわかっていただければ幸いですし、そんな風に生活が変わってもやはりサッカーと札幌に対する気持ちだけは変わっていないというか、むしろ濃縮されているような気さえしているこの頃です。
 さて、今回の「時間」の話につづいて、次回はもう一つ学生と社会人とで決定的に異なっている点、「お金」について書いてみたいと思います。
 


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23:47

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CONSAISM classics #1

2007年12月11日

ということで、2000年12月に掲載された第1回目のコラム。
明日はこのコラムを読み返しながら「aftertalk」を更新する予定です。


このたび、永井さんよりのお誘いを受けてこのコラムを書かせていただくこととなりました。よろしくお願いします。
 
まずは自己紹介を。
僕は高校卒業後横浜の大学に進学し、現在は社会人一年目の生活を送りつつ、主にアウェイの試合に通い、札幌の応援をしています。そんな僕が応援と仕事(=仕事とサッカーのバランスのとりかた)をどんな風に考え、どんな風に生活しているのか、という事を中心に書いていきたいと思っています。そして、今回は学生時代と現在での僕とサッカーの関わりについて思うことを書いていきたいと思います。
 
僕が札幌を応援しはじめたのは高3の時、厚別での日本電装(現:デンソー)戦からでした(ちなみに、本HPで連載されておられる笹田さんと知り合ったのもこのときです)。それまではTVで見ているだけだったのですが、それだけでは我慢ができなくなった、というのがスタジアムに通い始めた正直な気持ちでしょうか。それ以降厚別には何回か足を運び、自分の住む町にプロサッカーチームがあり、それを応援できるということの幸せを感じ始めていました。しかし室蘭での大塚戦に行ってからはスタジアムに見に行くのをやめました。受験に専念するため、ということで。
当時僕は受験生まっ盛り。サッカーを見に行くことより、それを我慢して勉強するほうが今の自分にとっては大事だと考えたのです。大学に行けば自由な時間も増えて、もっとサッカーを見に行けるとも思っていました。
ちなみに札幌を応援するようになってから志望大学を道内にするということは全く考えまず、第一志望は道外の大学のままでした。アウェイでも応援はできるし、札幌にとどまっているよりも多くの刺激を受けるだろうと思っていたからです。言い切ってしまえば、僕は札幌を応援するためだけに生まれてきたのではなく、それだけの人生なんてつまらない、だから内地に出ていろいろなものを見てこよう、という気持ちがありました。
サッカーと生活にきっちり線引きをするという僕の今のスタイルは、おそらくこのときから確立されていたのでしょう。
 
我慢も実って無事に大学に合格し、横浜へ引っ越してからは、札幌の試合(特にアウェイ)に行くようになりました。どこにあるかもわからなかった試合会場を調べ、そこへいくための交通手段を調べ、97年JFL開幕戦の行われた水戸・笠松へとたどり着いたとき、そこで僕が見たのはホームよりも圧倒的に数の少ない、けれども持つ熱だけはホームに負けない札幌のサポーターでした。
それを見て僕は「ここでは自分が一生懸命声を出さなければ、選手たちを鼓舞できない。そしていずれは、アウェイでも多くのサポーターを集めたい」と思い、本格的にアウェイの試合での応援にのめりこむようになりました。
そうして全国を歩いて行きながら、僕はいろいろなものを見ることができました。知らない町の雰囲気、景色、人のつながり。僕は高校時代に思っていた「サッカーだけではないこと」を、サッカーというきっかけによって得ながら遠征を続けました。
また、当時は学生の特権として時間だけは有り余る生活で、遠征費を安くあげるために鈍行を乗り継いだり夜行バスで往復したりしていましたが、その分応援というものについて深く考える時間がありました。「もっとサポーターを集めるには」「なぜ応援するのか」という問題から応援の方法論、新コール・・・などなど。チームの調子が悪いときには自分も思い詰めすぎて本当に飯が食えなくなったり、応援という物を突き詰めて考えすぎたりしてましたが。
でも今思うと、あのころ考えたことはきちんと自分の応援のスタンスとして生かされているわけで、それはそれで良かったかなと思っています。
 
そうしてサッカーを見、応援し、人と会う事を繰り返して今の僕があるわけですが、それで僕が感じているのは
「自分の生活を支えている物は、サッカーや札幌なんだ」
ということです。
ピッチに漂う雰囲気。選手のプレーとそれに起こる歓声。嬉しかったり、流れを変えたかったりしたくて叫ぶチームの、選手の名前。
別に何かに救われるとか癒されるとかそういうのではなく、言うならばともに前へ進んでいけるものが自分のそばにある喜び、それによって得られる強い気持ち。
それによって僕は日々の生活での心の糧を得て、僕自身前に進めるんじゃないだろうか。(別にサッカーと仕事以外に何もない、というわけではないけど)
そんなことを考えながら、学生時代は試合を見ていましたし、今もその気持ちは変わりません。
 
ただ、今年の春に晴れて会社員となり、自分の生活そのものが劇的に変化しました。その変化に戸惑いながらも僕の支えの一つとなったのは、やはりサッカーであり札幌でした。そんな社会人としての今と学生時代との、サッカーへの関わり方の変化を次回は書いていきたいと思います。 


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22:47

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