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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2015年01月22日
今夕、日程がわかりますね。わくわくしてます。 今年は発表が早く、例年1月末から発売開始になる夏場の航空券の販売前になるので、ゆっくり遠征計画を考えることができますね。 航空券発売開始はJALとANAのカード会員は27日14:00、マイレージ会員は28日11:00、一般販売は29日9:30、SKYは28日15:00、ADOは29日11:00です。 JAL、ANA、ADOは10月24日まで、SKYは8月31日までの航空券の販売になるので、かなり先までの予定を今から考え、安いキップを確保しておきたいですね。 ・追記ですが、一部訂正します スカイマークは7月16日までの分はすでに21日から販売開始していました。 ところで、某ドラマで鉄砲を出して「これで熊や猪を狩る」というセリフがありました。 そのドラマの脚本家は、北海道に猪がいないのを知らないのですね。 これは神戸の猪です。また見に行きたいですね。
2015年01月21日
古い記事に写真を追加したら新着のに載ってしまいました。(新潟交通電車線) 以前はそんなことなかったと思うのですが。 さて、料理の世界では、「小さじ」「大さじ」「カップ」「合」「升」「斗」「石」「匁」「貫」など、メートル法とは違う単位が使われています。(オンスやポンドなどもありますが、それはおいといて) それがダメとは言いませんが、しかし、大さじ1が15mlで、醤油とみりんは大さじ1を重量に換算すると18gというのは疑問に思っていました。 醤油はまだしも、みりんの比重1.2というのは本当かと思っていました。 みりんと似たようなものの酒が15g(比重1.0)というのは信じられませんでした。 科学的検証が好きな私ですから(いや、疑い深い性格だからか)、実際に試してみないと気が済まなくなり、実測してみました。 まずは計量カップで醤油15mlの重量を測ります。 その前に、その計量カップの目盛が正しいか、水で確かめます。たしかに15gです。 みりんを同じ目盛りまで入れると、本当に18gでした。誤差を少なくするためにワインの小瓶で追試しました。 水が210gだと、醤油は248gで、比重が1.18で、大さじ1なら17.7gになります。 同様に みりん 17.4g 酢 15.4g 酒 15.0g ということになりました。 醤油とみりんが大さじ1で18gというのは、醤油はほぼ正しい数字だし、みりんはちょっと誤差がありますが、だいたい正しい数字のようです。 酒とみりんは基本、同じものなのに、本当にこんなに比重が違うのは驚きです。 それだけみりんはうまみ成分などがたっぷり入っているということなのでしょう。 みりんの偉大さを再認識しました。実験してよかったです。 ついでに焼酎も測ったら、やはりアルコールが多いせいか、14.5gでした。鹿児島の芋焼酎、25度です。 40度のウイスキーは14.3gでした。竹鶴さんが晩年、毎日飲んだのはこのハイニッカだったとか。 それにしても、ウイスキーが軽い(比重0.95)ということは、ペットボトルに入れて携帯しておけば、船が難破しても浮になるし、低体温症の防止にも役立つかも。 タイタニックの事故で、2時間も冷たい海水に浸かっていたのにもかかわらず助かった人は酒を飲んでいたからだと言われていますね。 逆に比重の重い調味料は、かえしだと思って測定しました。 醤油とみりんに砂糖を入れ、さらに加熱して、多少煮詰まるので重くなり、大さじ1が18.3gでした。しかし、もっと重い調味料がありました。 ナンプラーは18.5g、オイスターソースは18.7gもありました。 (計測に使った量はナンプラー15ml、オイスターソース60mlなので、特にナンプラーは誤差があるかも) とんかつソースは17.7gでした。
2015年01月15日
某ドラマで、1931年に北海道地図を眺めるシーンがありました。 お断りしておきますが、時代(時代考証)が違っているからといってケチを付けるつもりは全くありません。 単純に、いつの地図なのか興味があって知りたいだけです。 羽幌線が全く開通していないので、1927年10月25日以前になります。 日高線が鵡川付近まで開通しているので、1913年10月1日~1924年9月5日の範囲になります。 室蘭線が東室蘭・長万部間が未開通なので、1923年12月9日以前になります。 留萌線が留萌まで開通していて、増毛方面は未開通なので、1910年11月23日~1921年11月4日の範囲になります。 宗谷線(当時は北見線)が音威子府まで開通していますので1912年11月5日~1914年11月6日の範囲になります。 よって、1913年10月1日から1914年11月6日までになりますので、おそらく1914年に発行された地図なのではないかと思います。 ということは、そのTVは1931年の設定ですから、17年前の、少し古い地図を眺めていたことになりますね。 先日検証した、1936年頃に出版された鉄道地図も再登場しましたね。こちらは5年くらい未来の地図ということになりますね。 以下の地図(高校生のときに買った地図ですよ。新潟や横浜へ引っ越し、また北海道に戻った地図。)は1901年(明治34年)に発行された地図の復刻版です。発行された数か月後に旭川でマイナス41度を記録し、八甲田山での遭難事件が起こった時代ですね。札幌の人口は37,464人、函館は74,080人になっています。 北見は野付牛、帯広は下帯広、富良野は下富良野、稚内は宗谷など、現在の市名と違うのが少なくないですね。 鉄道の宗谷線(当時の北見線)は士別までしか開通していません。 小樽・函館間も全く鉄道ができていないので、この頃の北海道の玄関は主に小樽か室蘭だったのでしょう。 札幌から函館に行くときは、室蘭まで列車に乗り、室蘭・函館間は船だったのでしょう。 1904年まで日本郵船が青森・函館・室蘭間に連絡船を就航させていましたから。 私の父と祖父母は1929年に茂辺地村(現・北斗市)から足寄へ引っ越しましたが、小樽・函館間は1902年から1904年のわずか2年の間に急ピッチで開業し、根室線や池北線も、その後、比較的早くに開通したようですから、鉄道で新天地に行ったのだと思います。
2015年01月11日
昨晩のメインディッシュは納豆茶漬けでした。簡単で質素ですけど、魯山人も絶賛するほど美味しいのです。 お茶ではなく昆布茶の方がより美味しいですよ。 今晩は太平燕(タイピーエン)を作りました。汁春雨なのでスープを作って春雨を入れるだけなので簡単です。普通はキクラゲが入ります。星澤さんのレシピでは、野菜を茹でていますが、ごま油で炒めてから水を入れてスープを作った方が美味しいと思います。 カツオだしでもいいですけど、私は中華だし、あるいはオイスターソースを入れた方が好きです。 また、最後に片栗粉でとろみを付けたいですね。
2015年01月07日
給湯用灯油ボイラーが不調で修理依頼したら、14年前に製造されたものなので部品がないとのこと。 新品に交換すると、22万円の見積りでした。 それなら電気温水器にしたいと思いました。 灯油ボイラーだと、いくら排ガスが屋外に出るとはいえ、どうしてもある程度、屋内も排ガス臭くなり、喘息や化学物質過敏症の私には辛いのです。 しかし、和寒の設備屋さんは電気温水器は扱わないとのこと。 で、自分で温水器をネットで取り寄せ、自分で設置しました。 まずは灯油ボイラーを撤去します。温水器の配管は、水道からの給水と、温水を出す方と、2系統ありますが、加熱すると水が膨張し、そのままではタンクの圧力が上がってしまうので膨張水を逃がす「逃し弁」を温水系(ここでは温水器直上)に取り付けます。また、水道圧が高いと、逃し弁から常時、水が流れ出てしまうので、逃し弁作動圧よりも水圧を低くする減圧弁を給水系に取り付けます。それぞれ、パイプで接続します。手前が温水パイプ、奥が給水パイプ。「フレキ管で良いの?」と思うかもしれませんが、実はこれで大丈夫なんです。 膨張水を逃がすパイプが短いので、とりあえずバケツですが、あとでホースで排水口につなぎます。本当はここを外したかったのですが、溶接していて容易に外れません。もっと手前から外すと大がかりでコストがかかるので、そのまま残してめくら蓋をしました。盲腸線になったので、さびが貯まらないよう、ときどき外して掃除しないとなりませんね。 最後に電気配線を繋いで完了。 上手く湧き上がりました。 温水器本体は9万円ちょっとで買えました。 配管や弁などの分も含めても、総額13万円弱で済んだので、灯油ボイラー外注よりも10万円近く安くできましたし、なにより、排ガスがでないボイラーになってよかったです。 音も出なく静かで最高です。
2015年01月06日
某TVドラマで、1929年に北海道に営業に行ってウヰスキーを売るという話がありました。 汽車の中で北海道の鉄道地図を眺めて、「小樽に行こう!」とのシーンがありました。 (実際に行った先は小樽ではなく、札幌の開拓の村ですね) で、その鉄道地図ですが、本当に1929年のものなのか疑問になって調べました。 (昭和初期に、そんなに鉄道が開通していたのだろうか、違和感あったのです) その地図で深名線は深川・朱鞠内間が開通していましたが、朱鞠内まで開通したのは1932年10月25日です。 名寄・初茶志内間が開通したのは1937年11月10日なので、その地図は1932年10月~1937年11月の間のものということになります。 また、瀬棚線が全通しているので、1932年11月1日以降ということになります。 標津線は厚床・中標津間だけが開通しているので、1934年10月1日以降、1936年10月29日以前ということになります。 日高線は浦河までだけが開通しているので、1935年10月24日以降、1937年8月10日以前ということになります。 羽幌線は留萌・羽幌間と天塩・幌延間だけが開通しているので、1935年6月30日以降、1936年10月23日以前ということになります。 よって、その地図は1935年10月24日から1936年10月22日までのものということになります。 少し古い地図を買った(持っていた)ということで、過去の地図が登場するのならありえることですが、6~7年の未来の地図を見ていたということになりますね。 ちなみに、ドラマで登場した汽車を牽引していた機関車(C-10)は、1930年から製造されましたので、乗った列車も未来の列車です。
2015年01月02日
元日だけは打たなかったけど、ほとんど毎日打っています。出雲そばなら鰹節が必ず付いてくるけど、忘れていました。 割子そばは2011年に鳥取で試合を見た翌日に出雲空港で食べて以来です。 そばつゆはかえしとダシを自作しています。 次はソバの栽培かな。
2014年12月25日
半身揚げをしました。黒いのはハーブで、焦げではありません。以前揚げたときは、塩や香辛料が浸透してない部分があって鶏の臭みがあったのと、なかなか火が通らず、分解して揚げ直しを余儀なくされたので、今回はフォークで穴を開けたり包丁で骨に沿って切れ目を入れたりしたので、上手くできました。 表面はクリスピー、中はジューシーで美味しかったです。 ところで、開幕カードは1月14日、それ以降のは1月22日に発表されることになりました。こちら。 天皇杯が早く終わったせいでしょうけど、例年よりも早く日程が発表になるのはありがたいですね。 4月以降の航空券(たぶん6月30日まで)の発売は1月25日くらいになるはずですが、その前に日程がわかるのは助かりますね。
2014年12月21日
てっきり今日が冬至だと思って、いとこ煮(かぼちゃぜんざい)を作って食べました。初めて作ったけど、簡単に美味しくできました。 かぼちゃを切って下茹で(塩茹で)し、引き揚げて小豆の缶詰と少しの水と塩で煮るだけです。 醤油を入れるとか、味噌を入れるとかのレシピもありますが、シンプルに塩だけ(もちろん缶詰には砂糖とデンプンも入っています)で良いと思います。 ちなみに、今年の冬至は日本時間12月22日8:03です。 西洋では以前は日没で日付が変わったのだから(かつての日本は日の出だったそうですが)、21日の晩にはもう冬至のようなものです。 実際、キリストの誕生祝は24:00で日付が変わる現在においても24:00を待たずに24日の夕方の日没以降にするくらいですからね。 ところで、蕎麦・うどんの次はきしめんを打ちました。(うどんとほとんど同じで、扁平にするだけですが)で、このきしめんを使って、大分名物だんご汁を作りました。 野菜スープを作ります。そこに生麺を直接入れます。(かぼちゃも入れたら甲州名物ほうとうですね)本来だんご汁は包丁を使わなくていいように、親指大の小麦粉団子をつぶして扁平にして用いるのですが、市販のものとか、手作りでない場合などは、今回作ったのと同様、きしめん状の形態をしています。 16年前に別府で食べただんご汁が凄く美味しかったので、道内で九州物産展があってだんご汁用の麺とスープが売っていて買ったことがありますが、2回買って、2回ともがっかりしました。 打ちたてでない麺だから美味しくないのでしょうか。 今回のは凄く美味しかったです。 でも、うどんもきしめんも、打つのは重労働でした。 グルテンがきつくて、こねるのも伸ばすのも力が要ります。 伸ばしてもゴムみたいに元に戻ってしまって、なかなか薄くならないのです。 うどんはソバよりも簡単に打てると思っていたけど、ソバ打ちの方が楽でした。
2014年12月19日
今度はうどんを打ってみました。 こねてビニール袋にいれ、普通は足で踏みますが、量が少ないので手や肘で打ちました。ちょっと太く切ってしまったけど、美味しくできました。エムボマもバルバリッチさんもうどんが好きなんですよね。 そば、うどんときたら次はラーメンか。
2014年12月18日
こちらは大荒れというほどではなく、小学校は普段通りです。雪の量は少し多く、今朝と昼の2回、除雪機使いました。 気象台が作成したグラフをプリントして待合室に貼っています。昨年はこのように自分で書いていました。
2014年12月16日
8000円くらいのソバ打ちセットを買い、この10日間ほど、ほとんど毎日打っています。 普通、水回しは手でやりますが、木べらを使う人もいます。それだと手が汚れません。 私はこんな道具を作りました。ペットボトルの蓋に小さな穴を開けて、少しずつ水が落ちるようにしました。ソバ打ちセットには赤黒のコネ鉢も付いていますが、1人前なら普通のボウルで十分の大きさです。ぼそぼそでばらばらな無数の小団子を押して塊にします。まだぼそぼそしていますが、こねていると滑らかな塊になります。打ち立ては美味しいです。 ちなみに、二八そばですが、8対2ではなく、いわゆる外二の10対2なので、8.3割ソバです。 意外と簡単です。もっと難しいかと思っていました。 こんなに簡単なら、もっと早く始めればよかった。 追記です。 日ハムのオープン戦の日程が発表になりました。 ということは、コンサは開幕からアウェイ・ホーム・ホーム・アウェイということになるのかな。 まさか、3月のうちから月曜ナイターとかないでしょうね。
2014年12月09日
某ドラマで、1920年にスコットランドから帰国し、広島の実家に行くときと、広島から勤め先の大阪へ行くときに乗った列車の機関車が、製造初年1930年のC-10でした。 ロケをした大井川鉄道の主力機関車であるからそうなったのでしょうけど、違和感ありました。 でも、しょせんドラマで、ドキュメントではないのだから、10年くらいのずれに目くじら立てるつもりはありません。 ただ、水と石炭の搭載容量が少なく、短距離線区でしか使用しないタンク型機関車を山陽本線の長距離列車に使用するわけがないから、非常に違和感ありました。 7年前にオオドサと乗った大井川鐡道のC-10で、今回のドラマに登場しました。そのドラマで、大阪から広島の実家に帰省する際、今度は列車風景がありませんでした。 鉄道マニアが指摘したのかも知れませんね。 次に、山崎(大阪府と京都府の府境付近)の蒸留所の前(東海道線)を走るSLが登場し、1924年の時代設定ですが、どの時代にも実在しない型のSLなので、模型なんだと思います。 そのSL、ボイラーとボイラー上の給水加熱器・砂箱・蒸気だめの形は1919年に登場したC-51にそっくりですが、走り装置は戦後、C-61とC-62で日本で初めて生まれた2-C-2というハドソン型。(1996年のコンサのスポンサーもSLマニアなのでハドソン) そんな取り合わせのSLに笑ってしまいました。 あの細いボイラーでハドソン型だと軸重が軽く、やたら空転するでしょう。 C-10はおかしいと抗議されたことで頭にきて、抗議した鉄道マニアに逆襲してやろうと、わざとおかしなSLの模型を作った、というのは考え過ぎかな。 ハドソンが人気があるのか。
2014年12月08日
昨日の石崎さんのコメントが面白かったですね。 「来年が怖い」「2年前、札幌でそうだったから」 3年連続でJ1最下位は前年、J2で3位かプレーオフだったチーム。 しかもいずれも34試合で最低勝ち点記録の14。 来年、山形はどうなるでしょうか。 それにしても昨日の試合は6年前の磐田と仙台の入れ替え戦と同じくらいの激闘という印象を受けました。 山形のサポーターは多く、約1万人だったとか。 山形駅から東京駅まで新幹線で2時間45分くらいで行けるし、在京の山形県人もいるでしょうけど、凄い数です。 逆に長野サポは私が予想したほどは多くなかったですね。 たしかに長野から丸亀までは遠くて時間も電車賃もかかるけど、日帰りはできます。 長野駅を6:09発の列車に乗り、名古屋と岡山で乗り換えれば丸亀に11:47に着きます。 帰りは16:03発に乗って岡山と名古屋で乗り換えれば長野駅には21:33に着くのですが、長野北部の人口は限られているし、この程度で仕方ないのかな。 松本山雅の盛り上がりと比べると、ちょっとさみしい気がしました。 せっかく昨年、長野はJFLで優勝したのにスタジアムが整ってなくて昇格できず、今年はスタジアムはめどがついたのに成績が届かなかったわけで、残念ですね。 来年、墓参りに富山に行ったついでに北陸新幹線で長野に行ってコンサの試合を見ることも、日程によっては選択肢になると期待していたんですが。 でも、昨日の試合で終盤の古田の1対1は決めてほしかったですね。
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