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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。
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2015年11月08日
昭和30年代後半の国境の町、根室を舞台に、地元の有力水産会社の家に生まれた三姉妹の、愛憎渦巻く三者三様の生き方を描いています。 主人公は母親に反発して花街に飛び込み、芸者からヤクザの妻となった次女なのだけれど、お家の事情もあって政治的野心を持った運送会社の長男に嫁いだ長女のキャラクター、変貌ぶりが際立っていて、作品の良いアクセントとなっています。 利権と野心、陰謀が渦巻く中で、三姉妹それぞれが自らの運命を受け止める潔さを持っており、ドロドロしていながら ベタベタしていないのが 作者らしくないと言えばそうなのですが、良いですね。 最後は腹を括った次女が組の二代目、極道の妻となる事を選んだシーンで終わりますが、この後はどうなって行くのか。たぶん続編は出ないでしょうけれど、展開が気になります。![]()
2015年10月31日
読み終えたのは 今朝の4時、久々に徹夜して読みました。 トレーラーの走行中に外れたタイヤが 通りかかった母子を襲い、母親が亡くなった。 タイヤが外れたのは 整備不良が原因なのか。 三菱自動車のリコール隠しを題材に書かれた経済小説です。 帯に書かれた 「小説好き諸君! たまには直球の企業小説、読んでみてくれ。」 というコピーそのままに 読み応えのある作品でした。 トラックの構造的欠陥をひた隠しにする自動車会社との対決を中心に、様々な問題が多層的に描かれます。 中小運送会社の社長である主人公だけではなく、その家族、PTA、被害者家族、巨大企業グループの自動車会社、銀行、警察、週刊誌記者など、様々な人間ドラマがあふれています、 全体の構図としては よくあるパターンかもしれませんし、ステレオタイプの登場人物が出てくるもの確かですが、そんな細かい事はどうでもよい と感じさせるようなリアリティと迫力があります。 第136回直木賞にノミネートされながら受賞できなかった作品ですが、個人的には 「下町ロケット」 より こちらの方がずっと良かったです。 半沢直樹や下町ロケットはTVドラマ化されましたが、さすがにこれは地上波では難しいでしょうね。
2015年10月29日
『ロスジェネの逆襲』 ご存知半沢直樹シリーズの第三弾、野風さんからお借りして読みました。 面白いです。 冒頭から勢いがあり、すぐに半沢直樹の痛快活劇の世界に取り込まれ、1日ほどで読み終えました。 ただ、相変わらず 対立軸を単純化した構図で判りやすく、スラスラ読めるのですが、それだけに現実感に乏しく、深みに欠ける印象です。 まぁ、水戸黄門と同じで、リアリティが無いからこそ、余計な事を気にせずにシンプルに楽しめるのでしょうけれど。 『銀翼のイカロス』 半沢直樹シリーズの第四弾、ロスジェネを読んだ後で古本屋に行ったら安く出ていたので思わず買ってしまったのですが、読み始めてすぐに後悔。1年前に読んで、あまり面白くなかった事を思い出しました。 一応最後まで読みましたが、感想は変わらず。安かったとは言え、お金と時間を無駄にしてしまいました。 『下町ロケット』 平成23年上半期の直木賞受賞作で、TVドラマ化されて現在進行形ですが、テレビは観ていません。 この作品は面白かったです。 前半はライバル会社からの理不尽な特許権侵害訴訟、後半はロケットエンジンの部品納入を巡る中小企業のプライドを中心に展開されます。それにメインバンクとの関係、降ってわいたような多額の補償金に振り回される従業員間の対立、社内の出世争い、別れた妻や手元に残された娘との関係、などのエピソードが絡められ、忘れかけていた研究者としての夢を追うストーリーに リアリティと面白さを加えています。 ただ、登場人物はステレオタイプなキャラクターが多く、善人と悪人の設定が判りやすい半面、深みには欠けます。ストーリーにももう一ひねりあっても良いのではないかと思いました。 それでも、文章はシンプルで、読みやすく、スピード感を持って読み進められます。ハッピーエンドという事もあって、実生活ではなかなか味わえない爽快な読後感があり、あまり細かい部分を気にせず読めば、ストレス解消にはもってこいかもしれません。
2015年10月22日
5年前に亡くなった佐野洋子さんの代表作、『100万回生きたねこ』のトりリビュート短編集で、同作を愛する13人の作家が、同作をモチーフにした、同作にインスパイアされた作品を提供しています。 順に ・江國香織 生きる気まんまんだった女の子の話 ・岩瀬成子 竹 ・くどうなおこ インタビューあんたねこ ・井上荒野 ある古本屋の妻の話 ・角田光代 おかあさんのところにやってきた猫 ・町田 康 百万円もらった男 ・今江祥智 三月十三日の夜 ・唯野未歩子 あにいもうと ・山田詠美 100万回殺したいハニー、スウィートダーリン ・綿谷りさ 黒ねこ ・川上弘美 幕間 ・広瀬 弦 博士とねこ ・谷川俊太郎 虎白カップル譚 こうしてタイトルを並べてみるだけで 読みたくなりませんか? 作風もバラバラな小説家、児童文学者、詩人、ミュージシャンなど、本当に様々な人たちが集まっています。 ストレートに 猫が主人公の作品もあれば、どこに猫がいるのだ? という作品もありますが、今江祥智は 今江祥智らしく、山田詠美は どこまでも山田詠美で、それぞれに作家の個性がよく表れていて、なかなか面白い。 どれか1編を選べ と言われると本当に困ってしまいますが、くどうなおこ かな。詩なのですが、そのまま絵本にしたくなるような作品です。
2015年10月06日
今年も ノーベル賞の季節です。 昨日の医学生理学賞の大村教授に続いて、今日は物理学賞を梶田教授が受賞。 地道な研究を続けてきた方々に光が当たるのは、本当に喜ばしい事です。 文学賞の発表は木曜日なのかな。 今年も ファンや マスコミは 村上春樹の受賞を期待して また大騒ぎをするのでしょうか? 近年のノーベル文学賞は 政治的な思惑がずいぶんと入っているようですし、ご本人は さして欲しがってはいないと思うのですが・・・。 ただ、仮に受賞したとして、授賞式で どのようなスピーチをするのかは 大いに興味があります。「壁と卵」(エルサレム賞受賞スピーチ)のようなものにはならないと思いますが、どうでしょう?![]()
さて、「職業としての小説家」 この本は村上春樹が、職業的小説家になった経緯や、自分の小説や文壇に対する思い、小説家にとしての生き方などを語った自伝的エッセイです。率直な語り口で、全体に自分がとってきた行動や姿勢を肯定する内容となっています。過去にどこかで書いていた事と重複する部分も多く、目新しい部分は限られていますが、村上春樹ファンにとっては面白いでしょう。 村上春樹は 初期の頃からいろいろと批判されてきました。それをサラッと受け流して 自分を貫いている姿が格好良かったと思うのですが、この本の中では、僕も普通の人間で、あんなに批判されると傷つくんだ、それでも頑張ってきたんだ と本音を漏らしています。彼は 結果として成功しているので、どうしても自慢話のように読めてしまうのが 残念。そうした本音を聞いて、ちょっとガッカリするのか、同じ人間だったんだ と親近感を持つのかで この本の評価は 大きく変わると思います。 僕は基本的に、音楽も 小説も 発表された作品を、どう受け止め どう解釈するのかは 聞き手や読み手の勝手で、作者は 自分の事や作品の事を語るべきではない と思っています。作者の人物像にも あまり興味はないのですが、そうした事を知りたいファンは多いのでしょうね。 僕としては あえて出さなくても良い本だったのではないかと思います。 アラーキーが撮影したというカバーのポートレイトは格好良いです。 どこか超然とした村上春樹の雰囲気を よく捉えていると思います。
5月頃から、村上春樹の作品を 初期のものから読み直しています。 間に他の本も挟むので なかなか進みませんが、鼠三部作に始まり、「ダンス・ダンス・ダンス」、「中国行きのスロウ・ボート」などの初期短編集、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」、「ノルウェイの森」、「ねじまき鳥クロニクル」、「海辺のカフカ」、「職業としての小説家」と進み、今は「1Q84」を読んでいます。 こうして続けて読んでいると、村上春樹の世界は やはり深くて 複雑で 暗くて 面白いです。 1冊1冊の感想は書きませんが、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は やはり圧巻。2つの世界を交錯させながら物語が展開していく村上春樹のスタイルの 最初の完成型がここにあります。 「ノルウェイの森」は、今までは好きになれなかったのですが、今回はすんなりと入ってきて、とても良く思えました。何故でしょう? 「ねじまき鳥クロニクル」は、今を時めく芥川賞作家、又吉が村上春樹のベストに推しています。 いろいろ書きましたが、僕は村上春樹の作品が好きですし、これからも何度も読み返すと思います。
2015年09月26日
どちらも 知人から「面白いよ」と薦められて読みました。 しかし・・・・ 『大放言』は エッセイで、「現代の若きバカものたちへ」、「暴言の中にも真実あり」、「これはいったい何だ?」、「我が炎上史」 の4章立て。 こちらは面白かったですよ。一日で一気に読み終えました。 ここで内容について触れると、百田氏の意図が正確に伝わらずに誤解される可能性があるので書きません。 様々なマスコミから問題発言や歴史認識などで叩かれ、ツイッターは 度々炎上している百田氏ですが、少々乱暴な物言いは どうかと思うものの、発言の内容自体は そう大きくは間違っていないと思いますし、同感できる部分が 多々あります。 マスコミの報道は ごく限られた一面だけしか伝えていませんし、右から左まで マスコミによって その姿勢は大きく異なります。 百田氏の言い分も読んだ上で、いろいろな事を、自分で判断して欲しいと思います。 一方の 『幸福な生活』は 短編集なのだけれど、あまりのつまらなさ、下らなさに 読んでいて腹が立ってきて、基本的に 面白くなくても 本は最後まで読み切る主義なのですが、久しぶりに 途中で読むのをやめてしまいました。 百田氏の小説は 出来不出来の波が大きいです。
2015年07月22日
第152回(平成26年度下半期)の直木賞受賞作品です。 上巻の途中までは なかなかこの作品の世界に入って行けなかったのですが、 そこから先は一気に読み進めました。 上巻に5~6日、下巻は1日半でした。
世の中には 何をしても、どんなに頑張っても 上手く行かない奴がいる一方で、特に苦労しなくても 何でもそこそこ上手くできてしまう奴がいて、本当に不公平だと思う。 この作品の主人公は後者で、顔もスタイルも良くて、勉強もスポーツも人並み以上に出来てしまうタイプ。ただ、周囲から注目されたいがばかりに 奇行に走って孤立してしまう変わり者の姉がおり、結果として 自分は 幼い頃から 良い子でいて 目立たない事を心がけ、やがて 嫌な事や面倒な事から 逃げてしまう事が癖になる。そうして周囲に流されてしまい、頑張らなければいけない時に頑張らなかったが為に、大人になって一転、転落の人生を歩む事になる。 そこから立ち直るきっかけを掴み、自分の人生を振り返る形で描いたのが この作品なのだけれど、周囲の空気を読んで 自己主張はせず、何事も程々に要領よく片付けるのを良しとするのが 今時の若者の主流だとするなら、それを象徴するのが この主人公で、それに対するメッセージに溢れています。 一番のメッセージは 自分が信じられるもの = 自分の人生における価値観 を見つけることの大切さ。そして、自分が信じるものは 自分で見つけないとならず、誰かに決めさせてはいけない ということ。 後半のスピード感溢れる展開は 意外性もあり、なかなか読みごたえがありました。 タイトルの「サラバ!」は 主人公の一家が一番輝いていた時代の 異国の親友との合言葉。 終盤、奇跡的に再会した親友から 再びこの言葉を聞いた事が 主人公が立ち直るきっかけともなっています。 作者は イランのテヘランで生まれ、小学4年生までエジプトで育ったそうで、設定された時代背景を含めて この小説と重なる部分が多々あります。 自伝的な要素があるのかどうかは判らないけれど、カイロ市街の描写などは生き生きとしており、リアリティを感じました。 一方、阪神淡路大震災や東日本大震災、エジプト革命なども大事なポイントとなっていて、この小説の世界をリアルに感じさせています。
2015年07月09日
「ダンス・ダンス・ダンス」 の 野風さんのコメントに返事を書いていたら、 長くなってしまったので、ひとつのエントリーにしてしまいました。 「いるかホテル」(ドルフィン・ホテル)は、僕とガールフレンドが 札幌に着いて 入った映画館から 西へ3本、南へ1本の所にあります。(羊をめぐる冒険、1978年が舞台) 一方、数年後には 疑惑の都市再開発で大きなホテルに建て替えられ、周辺にも新しいビルが建ち始めています。(ダンス・ダンス・ダンス、1983年が舞台) 1978年頃と言うと、札幌駅地下のテアトルポーをはじめ、東宝日劇、帝国座・スカラ座、札幌劇場、松竹遊楽館、東宝プラザ、東宝公楽などの映画館がありましたが、どの映画館なのかは特定しようもありません。(札幌日活劇場や有楽シネマというのもありましたが、成人映画専門ですから違いますよね。) いずれにしても 札幌の中心部に近いのは間違いないと思います。 僕のイメージとしては、あの頃はまだ札幌駅前よりも大通周辺が中心だったので、映画館は狸小路、いるかホテルは 南3条通の資生館小学校辺りでしょうか。 豊平橋を渡ると・・・という事は 野風さんはルネッサンスサッポロホテルをイメージしているのでしょうか? 残念ながら あのホテルは 1991年開業なのでハズレ。 過去には ホテルアーサー札幌(1988年開業)がモデルという説もありましたが、これも年代的に合わないし、場所的にも ちょっと賛成できないかな。 やはり架空のホテルなのでしょうね。 “僕” は 1948年12月24日生まれですから、現在 満66歳。 きっと ユミヨシさんと一緒になって、子供も出来て、 (多分、双子の女の子。そう、どこかで 繋がっているんだ・・・) フリーペーパーを発行し、シティジャズフェスティバルなどにも関わりながら、時々 翻訳もして、 札幌の郊外で 平穏な生活を送っている思います。 きっと ジンギスカンは苦手でしょうね。 いやいや、 背中に星の斑紋のある羊・・・ 星のマークがある羊・・・ 星のマークと羊・・・ サッポロビール園の 支配人をしているかもしれない・・・・ なんてね。
2015年07月07日
踊るんだ。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。
何故踊るかなんて、意味なんてことは考えちゃいけない。
意味なんてもともとないんだ。
あんたは疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。
何もかもが間違っているように感じられるんだ。
でも、踊るしかないんだよ。
それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。
だから踊るんだよ。音楽の続く限り。
オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。
(「ダンス・ダンス・ダンス」より 一部抜粋)
先日から 村上春樹の作品を読み返しています。 「風の歌を聴け」(1979年)は、20代最後の年を迎えた“僕”が、1970年、21歳の夏を振り返って語る、“港のある街”に帰省した大学生の“僕”と“鼠”の18日間の物語。 「1973年のピンボール」(1980年)は、1973年の秋、大学を卒業して東京で友人と翻訳事務所を経営する“僕”と、大学を中退したまま“港のある街”でくすぶる“鼠”の物語が並行して描かれる。 「羊をめぐる冒険」(1982年)は、1978年の夏、妻と離婚し 素敵な耳のガールフレンドと付き合っている“僕”に 突然降りかかってきた、“背中に星の斑紋のある羊”をめぐる、北海道を舞台にした冒険談。 この小説で いるかホテル、羊男、羊博士が初めて登場し、独特の村上春樹ワールドが始まる。 この3冊が鼠三部作と言われるもので、「ダンス・ダンス・ダンス」は その続編であり、完結編ともいえる作品です。 「ダンス・ダンス・ダンス」(1988年)は “冒険”の4年半後、1983年の東京、札幌、ホノルルが舞台。 時空のゆがみや 死者の影という、村上春樹作品から切り離せないモチーフが この作品には色濃く出てきます。 ただ、ミステリー的な側面もあって 面白く読み進められますが、基本的には “僕”の 自分探しの物語のように思います。 鼠三部作は “僕”と “鼠”の 青春時代の物語。この作品は 青春時代を過ぎ、現実世界に向き合わないといけない時期に差し掛かった “僕”が、様々な事と折り合いをつけて行く物語なのではないでしょうか。 羊男の 「どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、きちんとステップを踏んで踊り続けるんだ。ベストを尽くすんだよ」という言葉は 象徴的です。理不尽な大人の世界で生きて行く事を言っているような気がしてなりません。 闇の世界から羊男が消えて、ユミヨシさんの許へ帰って来た“僕”。一回りして大人になって現実世界へ戻って来たと捉えるのは 解釈が浅すぎますか? ところで、 この作品にも多くのアーティストや楽曲が登場します。 村上春樹の個人的な趣味の表現、特に音楽に対する評価は辛辣であり、ここに反感を覚える人も少なくないように思います。 少なくとも 僕は共感半分、反感半分でした。
2015年06月18日
本の買い置きを切らしてしまったのを機に、先日から 村上春樹を読み返しています。 最初は デビュー作である 『風の歌を聴け』、 次は 僕と鼠のシリーズ第2作 『1973年のピンボール』、 そのままシリーズ第3作の 『羊をめぐる冒険』 へ行こうかと思ったのですが、 村上春樹の 代表作は? 初心者向けに薦めるなら どの本? という話題となり、 僕は 代表作は 『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』、 初心者向けとして 『ノルウェーの森』か 『風の歌を聴け』を 選んだのですが、 『中国行きのスロウ・ボート』も捨て難い、というご意見をいただき、 確かにそうだな と思って、3冊目は これを読みました。 書かれた時期的にもぴったりですしね。![]()
1983年に出版された村上春樹の最初の短編集で、 ・中国行きのスロウ・ボート ・貧乏な叔母さんの話 ・ニューヨーク炭鉱の悲劇 ・カンガルー通信 ・午後の最後の芝生 ・土の中の彼女の小さな犬 ・シドニーのグリーン・ストリート の7編が収録されています。 前の4編が『羊をめぐる冒険』の前に、後の3編が後に書かれました。 最後に読んだのは 10年前? それとも20年前だったでしょうか。 ただ、細かなストーリーは覚えていなくても、少し読み進めただけで 蘇ってくる記憶があり、前には気付かなかった 新しい発見があり、本当に面白かった。 どの作品にも 村上春樹らしい 独特の世界観と 距離感、雰囲気があり、曖昧さと 几帳面さ、文体や 比喩なども 彼らしく、とても良かったです。 この7編の中から1編を選ぶとしたなら、 ちょっと迷いながらも 「午後の最後の芝生」を選びます。 以前に読んだ時は 晴れた夏の日に丁寧に時間を掛けて芝を刈るシーンがとても印象的で 忘れられない作品だったのですが、今回 読み返すと ガールフレンドに別れを告げられたばかりの“僕”と、娘を失って酒浸りの毎日を送る大きな女が、雨戸を閉め切って真っ暗な娘の部屋に入って行くシーンも 象徴的ですね。 雨戸を開けると溢れる 光と風、その中で娘の事を語る二人。その対比が 哀しくて 切なかったです。 この作品の影響で 今の家を建てた時、庭は迷わずに芝生にしました。 僕は “僕”のように 上手く芝を刈れているでしょうか?![]()