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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。
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2017年02月07日
『イエスの生涯』 と 『キリストの誕生』 は、日本人であり、小説家であり、キリスト者である遠藤周作が、遠藤なりの独自の解釈と、小説家らしい鋭い洞察で、出来るだけ客観的に、と心を砕いて描いた イエス・キリスト伝です。この2冊で ひとつの作品と捉えて良いと思います。 『イエスの生涯』 は、人間イエスが、時にユダヤ教の律法を守りながら、時に律法を無視しながら 神の愛、愛の神を説き、やがて 友や弟子たちの期待に応えられなかったために 裏切られ、見棄てられ、十字架の上で磔刑にされて息絶えるまで、弱き者イエスとしての姿を描いています。 『キリストの誕生』 は、地上にあっては無力だったイエスが、十字架の上でみじめに死んだ後、どうやって 弱き弟子たちを信念の使徒に変え、何故 人々から 〝神の子”、〝キリスト(救い主)” と呼ばれるようになって行ったのか。原始キリスト教団の姿を通して、その過程、残された人々の魂のドラマを描いています。 遠藤は、“事実” と キリスト者にとっての “真実” は異なるといい、イエスの 〝復活” は弟子たちの深い 〝宗教体験” だったと語ります。 一方で、受胎告知や処女懐胎など イエスの誕生のシーンや イエスが起こした 〝奇蹟” など、美しい聖書物語については、後世の作家による創作だとして切って捨て、殆ど触れていません。 残されている史料は 乏しく限られているが、その中から 出来るだけ客観的な材料を掘り起こし、自分が納得できるイエス・キリストの姿を追求したい。この2冊からは そうした遠藤の苦悩と葛藤、誠実に真摯に取り組む姿勢が ヒシヒシと伝わってきます。 11歳で母親に洗礼を受けさせられて信者となった遠藤は、キリスト教信仰を母から着せられた洋服に例え、「この信仰に関して 私はしばしば悩んだが、愛する者が私のためにくれた洋服を脱ぎ捨てる事はできなかった。後になって 私はもう脱ごうとは思うまい、この洋服を自分に合う和服にしよう と思ったのである。」 と語っているそうです。 イエス・キリストを無条件な愛、善とする西洋的なキリスト教観からは遠く離れており、その為に 様々な批判を受けたようですが、日本人であり、非キリスト者である僕にとっては 納得できる部分が多々あります。 少々難解ですが、読み応えのある作品でした。
2017年01月26日
映画を観た後で、40年ぶりに原作を読みました。 「神の存在」 「神の愛」 「神の沈黙」 をモチーフに、「信仰とはなにか」 「生きるとはなにか」 を問うています。 とても重く深い小説です。 映画を先に観ている事もあって、拷問や水磔のシーンがリアルに目に浮かび、読み進めるのが辛い場面もありました。 この小説で遠藤は イエスを 「弱者のための神」 「同伴者」 と規定しますが、「弱き者に寄り添うイエス」 というのは 「同行二人」 (人は常に弘法大師空海と共にある、一人で巡礼していても実はいつも二人なのだというような意味) をイメージさせます。浄土真宗にも 「一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」 という言葉がありますが、如何でしょう。 また、井上筑後守や フェレイラが ロドリゴに棄教を勧める中で、日本人が信仰した神は キリスト教が教える神、デウスではなく、日本の古くからの神、大日 (太陽、大日如来、天照大神も太陽) と混同し、日本流に屈折させ 変化させた神であり キリスト教なのだ という趣旨の部分がありましたが、これは いかにもアレンジの得意な日本らしい、さもありなんという感じで、思わず納得してしまいました。 一方で、一度は切支丹となりながら棄教した 井上筑後守や通辞、彼らの心中はいかばかりか。 彼らは 拷問や厳しい刑の非情な執行者として描かれますが、彼らには彼らなりの悩みや葛藤があり、行間から その苦悩が伝わってくるようです。 遠藤自身も カトリックのクリスチャンなのですが、彼の信仰には 神道や仏教がクロスオーバーしているように 改めて感じました。
ところで、 イエスズ会のポルトガル人宣教師、クリストヴァン・フェレイラ (1580-1650) は 実在の人物で、棄教して 沢野忠庵を名乗った というのも 史実だそうです。 セバスチャン・ロドリゴにもモデルがいますが、イタリア出身の神父、ジュゼッペ・キアラ (1602-1685) で、彼に関しては かなり脚色されています。 彼は棄教後、ヨーロッパ諸国によるキリスト教布教の真意は 国土征服の準備工作であることや、キリスト教の教義の欺瞞性などを白状したそうで、その為に 幕府は切支丹をより警戒するようになったという説があります。(小説では キリスト教の誤りと不正を暴く 「顕偽録」 を著したのはフェレイラ。) 実際、キリスト教宣教師の陰には 常に商人がおり、布教を名目に 暴利をむさぼる商売をしていました。その次に来るのは 軍隊で、やがて植民地にするというのがパターンでした。 ポルトガル人は日本人を奴隷として売買していた為に、秀吉はバテレン追放令を出したという説もあります。 新教国 (イギリス・オランダ) と 旧教国 (スペイン・ポルトガル) の宗派対立、利害闘争などにも触れられていますが、宗教を隠れ蓑にした蛮行は恐ろしいですね。
2016年12月26日
ナポレオン・ヒル・プログラムという自己啓発プログラムを紹介する自己啓発本です。
ナポレオン・ヒル・プログラムに関しては、ネットで検索すれば 「17の Golden Rules」 をはじめとして多数ヒットします。結構有名なプログラムのようですね。
ある人から薦められて読みましたが、600頁余という厚さ、あまり興味のない分野という事に加え、他の本と並行しながら読んだ事もあり、読み終えるのに 1ヵ月近くかかりました。
アメリカの鉄鋼王で大富豪の アンドリュー・カーネギーに依頼された ナポレオン・ヒルが、ヘンリー・フォードや トーマス・エジソンなど 500人以上の成功者にインタビューをして成功の共通点を見出し、カーネギーの成功ノウハウを基本として 体系的にまとめたものです。
「Think and Grow Rich」 として 1937年に出版されて以来、現在まで絶版になった事がないそうで、この 「思考は現実化する」 は 1999年に日本語訳で出版された改訂版です。
この本のエッセンスは、202頁にある 「私たちを成功させる要素は、アイデアと努力以外にはないのである」 という一文と、「思考は現実化する」 というタイトルに尽きます。
ただ、口で言うのは簡単ですが、実際にアイデアを出し 努力を継続するというのは大変な訳で、それを実行するためにはどうすれば良いのか という事が大事な訳で、大半はそれについて書かれています。
正直、全てが正しいとは思いませんし、時代に合わない部分もありますが、基本的な部分は共感できますし、参考になるものも多数ありました。
結局は いつものように聞く言葉ですが、「勝ちたいという気持ちを強く持って、最後まで諦めずに粘り強く戦った方が 勝つ」という事でしょうか。
いくら 「勝ちたい」 と思っても、心の片隅にでも 「どうせ勝てないさ」 というネガティブな気持ちを持っていては勝てない。心から 「勝ちたい、勝てる、勝つ」 と強く願い、最後まで走り切ってこそ 勝利が掴めるという事ですね。
とは言え、昨日深夜に キングカズと大谷翔平の対談番組があり、その中でカズが 「タイトルが懸かった試合はいつも以上の力が出る。どの試合もそうした気持ちで戦えるともっと良い結果が出るのだろうけれど、シーズンを通して継続するのは難しい」 というような事を言っていました。(言葉や表現は違いますが、大まかな趣旨は合っていると思います。)
人間ですから どうしても弱気が出てしまう事があります。そこで諦めずに もう一度立ち上がる為に ベテランやキャプテンの鼓舞、サポーターの熱い応援が必要な訳ですね。
来年は J1での厳しい戦いが待っています。
僕も 「どうせ勝てない」 というマイナス思考は捨てて、「絶対勝つ!」 という強い気持ちで 2017シーズンに臨もうと思います。
この本を薦めてくれた人は こんなまとめ方は望んでいないと思いますが、仕方ないですよね。
だって サポーターだもの。
2016年12月13日
12月11日(日)夜9時からの NHKスペシャル 「自閉症の君が教えてくれたこと」 は とても衝撃的で 感動な番組でした。 自閉症でありながら作家として活動する 東田直樹さんを追ったドキュメンタリーで、2014年8月に放送された 「君が僕の息子について教えてくれたこと」 の続編だそうです。 僕は前作を見ておらず、何の予備知識も持たないまま、真田丸からの流れで見ただけだったのですが、自分のつまらない先入観、思い込みをぶち壊すような内容で、思わず食い入るように観てしまいました。![]()
番組の翌日に買ってきたのが この2冊、東田直樹さんが書いた 「自閉症の僕が跳びはねる理由」と「自閉症の僕が跳びはねる理由2」です。 1作目は東田さんが 13歳、中学生の時に書いたもの(2007年2月刊行)。2作目は通信制高校の3年生の時に書いたもの(2010年10月刊行)です。 いずれも 自閉症に関する質問に東田さんが答える形で書かれているのですが、正直、1作目は自閉症の中学生が こんな文章を書けるのだろうか、こんな言葉を知っているのだろうか、こんなに筋道立てて考えられるのだろうか と疑問に感じる点がありました。先にあのドキュメンタリーを観ていなかったら、親か ゴーストライターが書いたものだろうと想像したでしょう。しかし、あの映像を見た後では、少なくとも2作目は自分の言葉で一生懸命書いたのだろうなと信じることができます。 もちろん、東田さんも中に書いていますが、全ての自閉症の方に当てはまるものではないのでしょう。いわゆる健常者にも多様な個性や能力の差があるように、自閉症者にも個性があるのでしょうから。 それでも自閉症の方を理解する一助にはなりますし、認知症など、自閉症以外の障がいに対する見方も変わってくると思います。 全ての人に一読の価値があると思いますし、出来れば 読む前に東田さんの映像を見て欲しい。読んだ時の感じ方、捉え方が大きく変わると思います。 自閉症とは、社会性の障害や他者とのコミュニケーション能力に障害・困難が生じたり、こだわりが強くなる先天性の脳機能障害で、1000人に1~2人が自閉症を持ち、現時点で根本的な治療法はないそうです。(Wikipedia) 僕の自閉症に対する認識は あまりに漠然としたもので、コミュニケーション障害に 知的障害や精神疾患を伴っているものだと思っていたのですが、知的レベルに問題があるのではなく、感情や衝動、行動や言葉を自分の意志ではコントロールできない障がいなのですね。 自分がやりたい事ができない、やろうと思っている事と違う事をしてしまう、言いたい事と違う事を言ってしまう。毎日がその繰り返しだとすると その辛さはいかばかりか。 人は コミュニケーションが取れず、何を考えているのか判らない相手と対すると恐怖を感じます。 次に 自閉症の方と対した時に、これまでとは違った接し方ができるようになるのでしょうか。 なりたい、と 心から思いました。
2016年08月20日
リオ五輪、男子400mリレーの銀メダル、素晴らしいですね。 100mの決勝に一人も残れなかった日本が、4人のチームワークで銀メダル。他の国もバトンの技術を真似してくるでしょうから、束の間かもしれませんが、アジア新記録での銀メダル。素直に喜びたいと思います。 素晴らしいと言えば 高校野球、北海の決勝進出。 試合中はガッツポーズをせず、冷静なプレーを心がけるという北海高校。今日は大チョンボがありましたが、安定した守備が勝因でしょうか。 ただ、一人で投げ抜いてきている大西投手は そろそろ疲労の限界のようにも見えます。ここまで来たら 無理をするなとは言えませんが、身体を、肩を壊さないように気を付けて欲しいものです。 さて、今回も続けて本のこと。![]()
CVSのYさんからお借りして読みました。 舞台は ススキノ、主人公は 怪我をして一線から退いた 元ストリッパーのダンサー、作者は 桜木紫乃とくれば 読みたくなりますよね。 主人公が出発の地、ススキノに戻ってダンスシアターを開業し、再起を図るという物語なのですが、読みやすく面白かったです。ただ、桜木紫乃にしては ストーリーが淡白できれいすぎるかな。ちょっと物足りなさが残りました。 ススキノには 歌手やダンサーを目指している人が 大勢いて、しかし 歌手やダンサーとして飛び出していける人は ほんの一握りで、それでも 夢をあきらめられずに もがき続けている人たちが 大半。そういう人たちの顔が浮かんできて、そんなに上手くは行かないよ、と思ってしまった事も一因かもしれません。![]()
繁華街を舞台にした人情小説といって 真っ先に思い出すのは 半村良の『雨やどり』。 昭和49年度下半期の直木賞受賞作なので もう40年以上前の本なのですが、これはもう傑作で、忘れられない作品。学生時代に読んだのですが、それからしばらくは 酒場の人情話ばかりを探して読んでいた事を思い出します。 最近読んだ人情小説では 浅田次郎の『月島慕情』が良かったかな。 大正時代の吉原を舞台にした表題作をはじめとする7つの短編からなります。夫の暴力から逃げる為に子供を捨てざるを得なかった母親の悲哀、亡くなってから初めて知る祖母の生き様、育ての親になんとか報いようと必死で働くワンマン社長など、男と女、親と子、戦友など、様々な人間模様が やさしい視点で描かれます。 誰かの幸福の陰で、不幸に泣く人がいます。自分が幸福になるのか、他人の幸福を願うのか。各編が余韻を残した中できちんと締められていて、読後感も良いです。 浅田次郎は読ませますね。![]()
これもYさんからお借りしました。 正直、百田の小説で良かったのは 『永遠の0』 と 『海賊と呼ばれた男』 くらいで、他にも何冊か読んだけれど、どれもいま一つ、二つ、三つ。 これもそれらと一緒です。元々は放送作家だっただけあって 平易な表現で読みやすいし、そこここに伏線が散りばめられたストーリーは 飽きさせないけれど、テレビドラマの原作としてはともかく、小説としては全然浅いですし、ラストがひどすぎます。![]()
これは ススキノのスナックのママから借りました。 東野圭吾は、以前は好きな作家の一人だったのですが、ある時期から 作品の出来不出来が大きくなったように感じ、手に取る機会がグッと減ってしまいました。 この作品もいま一つかな。 「作家デビュー30周年記念作品」「小説の常識をくつがえして挑んだ、空想科学ミステリ」 帯のコピーが大げさすぎます。
2016年08月20日
リオ五輪、日本選手が期待以上の大活躍している事もあって 目が離せませんね。 実力以上の結果を残せた選手、思うような活躍が出来なかった選手、オリンピックには 本当にいろいろなドラマがあります。 女子サッカーは ドイツが スウェーデンを破って優勝。男子サッカーは 明日の朝、5時半から ドイツ対ブラジルの決勝があります。これも見逃せません。 そして、韓国は 準々決勝でホンジュラスに負けた為、リオ五輪で活躍したソンユンが 札幌に帰って来ました。明日のJ2リーグ、京都戦、これも楽しみ。 今日は 午後から高校野球の準決勝、北海高校の試合があるし、プロ野球の日本ハム対ソフトバンクの首位決戦もあるし、幸か不幸か今日も明日も雨模様という事もあり、テレビでスポーツ観戦三昧の週末ですね。 さて、久しぶりに 本の話題。 春に読んだ 『精霊の守り人』 に続く 上橋菜穂子の長編ファンタジー、『獣の奏者』です。![]()
Ⅰ 闘蛇編と Ⅱ 王獣編、 2006年11月に刊行された2冊。本来はこの2冊で完結する予定だったそう。![]()
Ⅲ 探求編と Ⅳ 完結編 続編を期待する声に押されて 2009年8月に刊行された続編。王獣編の11年後が描かれる。![]()
外伝 刹那、 2010年9月に刊行された スピンオフ。文庫化に当たって「綿毛」という掌編が追加されている。 とても面白いファンタジー小説です。 Ⅰ、Ⅱは古本屋で購入して 一気に読み終え、Ⅲ、Ⅳ、外伝は古本屋で探す時間が惜しくて 新刊で購入し、これまた一気に読みました。 舞台は 金色の瞳を持つ真王(ヨジェ)が治める リョザ神王国。タイトルにある”獣”は無敵の ”王獣” を指し、真王の権威の象徴です。 リョザ神王国の戦闘部門を引き受けるのは 大公(アルハン)率いる 大公領で、”闘蛇” は戦う大公の象徴。 主人公は ”魔が差した子” と言われ、悲劇的な生い立ちを背負う少女、エリン。エリンは王獣を ”奏でる” 事を願い、様々な困難や試練に立ち向かいます。基本的には エリンの成長の物語とも言えます。 エリンの周囲には 行き倒れたエリンを介抱し育てる謎の蜂飼い、ジョウン。エリンが入学した学校の教導師長、エサル。命を賭して真王を守る堅き楯(セ‣ザン)、イアルなど、魅力的なキャラクターが大勢登場。 真王と大公、王獣と闘蛇、国と国、民と民の対立、その陰に蠢く謀略、陰謀。語り継がれる伝説と 途切れてしまった秘密。何故それはタブーなのか。人と人、人と獣、自然との暖かい交流、愛情。差別、不条理、裏切りや離別などなど、様々なものが複雑に絡み合いながらも 精緻に紡がれる物語は 骨太です。世界観や設定が緻密でしっかりしている為、読み応えがあり、大人向けのファンタジーに仕上がっています。 闘蛇編・王獣編と、探求編・完結編では かなり趣が変わりますが、外伝も含めて 一読の価値がある作品だと思います。 『精霊の守り人』 や 小野不由美の 『十二国記』 などの冒険小説的なファンタジーを期待して読むと ちょっと裏切られるかも。 しかし、自分に嘘をつかず 真っ直ぐに生きようとするエリンの姿は、守り人シリーズの主人公、バルサに通じるところがあるようにも思います。 NHKで子供向けにアニメ化されたそうですが、子供向けには残酷だったり、扱いが難しい部分が多々あり、この世界観を そのままアニメ化するのは非常に困難でしょうね。どんな風にアニメ化したのかな? ガッカリしそうだから見ようとは思いませんが。
2016年05月11日
住野よるの 『君の膵臓をたべたい』、 今年の本屋大賞の2位です。 膵臓と言えば ランゲルハンス島。 ランゲルハンス島と言えば 『ランゲルハンス島の午後』。 村上春樹(文)と 安西水丸(絵)による エッセイ集です。 絵本のような大判の単行本を持っていたはずなのに、家中探しても見つからず、 新刊で買い直そうと思ったのに 紀伊国屋書店にも在庫が無く、 古本屋でも見つからなかったので 仕方なく 文庫本を買って来ました。 ほのぼのとした ハートウォーミングな作品集です。 すぐにでも読みたいのですが、急いで読むのはもったいないので、 明後日の出張の飛行機の中で ゆっくり読もうと思います。![]()
で、『君の膵臓をたべたい』。 表紙の絵そのまま、中高生向けのライトノベルでしょうか。 ありふれた舞台設定と ありふれた会話の連続、 悪くないと思いますが、読む人を選ぶ作品でしょう。 心が真っ直ぐな人は 泣けると思います。 僕? 僕は・・・・・
2016年04月20日
『何者』 朝井リョウ 第148回直木賞受賞作で、今年秋に佐藤健や有村架純らの主演で映画化されます。 巷は 就職活動シーズンの真っ盛りです。 この本に出てくるのは 本当にどこにでもいるような就職活動中の若者で、SNSを小道具に 彼らの日常を等身大に描くことによって、誰もが持っている 心の闇と醜さ、本音と建前、二面性、アイデンティティの確立に悩む姿 を上手く表現できていると思います。 「何者」 というタイトルも、なかなか含むものがあって 良いですね。 ただ、そこら中に溢れているストーリーで、エンターテインメント性はありません。 最終的には そこそこ面白かったけれど、文章の読みにくさもあって なかなか面白さが伝わって来ず、読み終えるのに いつもの倍以上の時間がかかりました。 SNS の代表のように Twitterが登場しますが、既に古びてきた印象は否めません。この辺は難しいところです。 さて、そうやって苦労して苦労して、やっと就職した会社がブラック企業だったとしたら・・・。![]()
『ちょっと今から仕事やめてくる』 北川恵海 第21回電撃小説大賞 “メディアワークス文庫賞” 受賞作。 簡単に読めるライトノベルです。 やっと就職した会社は 典型的なブラック企業。心身共に衰弱しきった僕は、無意識に線路に飛び込もうしたところを 同級生を名乗る男に助けられた。彼はいったい何者で、何故助けてくれたのか? 実は 僕も最初に就職した会社は、一部上場企業の北海道販社だったのですが、殆どブラック企業でした。それでも 結婚を考えていた時期だった事もあって 辞めるに辞められなかったのですが、一緒に生活するようになり 激務の実態を知った家内も退職を勧めてくれて、早々に退職する事にしました。転職して給与は下がりましたが、身体を壊したり 事故を起こしては 元も子も無い訳で、今思えば 本当に良かったと思います。 ブラック企業でこき使われて メンタルを病んだり 自殺したり というニュースを見る度に、何故 そうなる前にサッサと辞めないのだろう と思いますが、当の本人は 周囲に対する見栄だったり 期待に応えなきゃというプレッシャーもあって、ある種のマインドコントロールに罹っているのではないでしょうか。 この本は、ささやかながら そうした状況から抜け出すお手伝い、後押しをしてくれるかもしれません。
2016年04月14日
元北海道警察の警察官、稲葉圭昭、 様々な悪事を働いた挙句、覚醒剤の使用がバレて御用。 実刑判決を受けて 9年間服役し、2011年9月に出所。 出所直後の同年10月に出版されたのが この本です。 「日本で一番悪い奴ら」 というタイトル、綾野剛主演で 映画化 (2016年6月公開) される関係で、今は表紙カバーが 二重になっています。 警察官時代に 自らが どのようか経緯で犯罪に手を染めて行ったのか、北海道警察という組織の犯罪を 赤裸々に語っています。 ロシア人船員への違法なおとり捜査が明らかとなっている現在、書かれている内容は それなりに信用しても良いのでしょう。 ただ、稲葉という警察官の人物像を含め、個人的に 何人かの関係者から聞いた話とは ずいぶんと違っている部分も多く、自らの犯罪の全てを正直に語っているとは とても思えません。 少なからず自己弁護に終始しているという印象は否めず、物足りないというか、シラケるというか、中途半端な読後感でした。 それでも、警察という組織の一端を窺えるのは間違いない訳で、北海道民として一読の価値はあると思います。 一生懸命に真面目に勤務している大半の警察官の皆さんには やりきれない本でしょうね。
2016年04月08日
『炎路を行く者』 は 守り人シリーズの番外編、 タルシュ王国のラウル王子の密偵を務めるヒュウゴの若き日を描く中編 「炎路の旅人」 と、 若き日の未熟なバルサを描く短編 「十五の我には」 の 2編が収録されています。 「炎路の旅人」 あとがきによると、「炎路の旅人」 は 「蒼路の旅人」 の前に書かれたものの、この作品によって 「蒼路の旅人」 から 「天と地の守り人」 へと繋がる大河ファンタジーの構想が生まれた為に お蔵入りとなり、シリーズ完結後に 長編から中編に書き換えられて発表されたそうです。 確かに、「精霊の守り人」 から 「神の守り人」までと、「蒼路の旅人」 以降では 雰囲気が大きく変わりましたよね。 守り人シリーズ後半のキーパーソンで、どこか影のある謎の密偵ヒュウゴの誕生秘話が描かれ、番外編ではありますが、本編をより深く理解するためには必読。バルサと どこか重なるヒュウゴ、その真の姿が 明らかとなります。 ヒュウゴに限らず、守り人シリーズの登場人物には それぞれに物語があり、それは本編からも伝わってくるのですが、改めて こうした番外編を読むと、ここまで作り込んでいたんだと その緻密さに驚かされ、そうした物語の積み重ねが 作品に深さと重みを与えているのだと 再認識しました。 「十五の我には」 36歳となったバルサが、17歳のチャグムと 15歳の頃の自分の姿を重ね合わせて振り返る、ジグロに 厳しくも優しく鍛えられた日々。 十五の我には 見えざりし、弓のゆがみと 矢のゆがみ、 二十の我の この目には、なんなく見える ふしぎさよ・・・ 歯噛みし、迷い、うちふるえ、暗い夜道を歩きおる、あの日の我に会えるなら、 五年の月日のふしぎさを、十五の我に 語りたや・・・・ ジグロが口ずさむカンバルの詩人 ロルアの詩が、印象的です。
「春の光」 これは 『守り人のすべて』 という 守り人シリーズの完全ガイドブックの巻末に収録された掌編です。ゴメンナサイ、立ち読みで済ませてしまいました。 シリーズ完結後の バルサとタンダの ある一日が描かれ、穏やかに過ごす二人の幸せそうな姿に ホッとします。 そんな日々が末永く続いてくれると良いな、と 願わずにはいられません。 『流れ行く者』 も 番外編の短編集です。 11歳の 心優しいタンダが主人公の 「浮き籾」、 バルサに ススットという賭け事の神髄を教えた老女が主人公の 「ラフラ(賭事師)」、 バルサが初めて人を殺めた日、10代のバルサと ジグロを描いた 「流れ行く者」、 幼いタンダの 淡い恋心を描いた 「寒のふるまい」、 サイドストーリーも深いです。