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息子がサッカーを始めたのでサッカーを観るようになり、1997年のフロンターレ戦でコンサにはまりました。自分自身は全くの素人です。観戦はSB席。ホームゲームの半分はCVSやってます。
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2017年06月06日
学生の頃にお世話になった古書店といえば 四丁目プラザの地下1階にあった 「一誠堂書店」 なのですが、とっくに閉店となり、今は影も形もありません。 最近は ブックオフを利用していますが、新刊書店でも古書店でもない新古書店なので、あの店を舞台にした小説というのは書きにくいでしょうね。 という事で、 引き続き、本屋さんを舞台にした小説を探して読んでいます。![]()
『せどり男爵数奇譚』 梶山季之 故 梶山季之はトップ屋(ルポライター)から作家へ転身し、社会派ミステリーから経済小説、風俗小説、官能小説、歴史小説など、様々なジャンルの作品を量産したベストセラー作家ですが、代表作は? と尋ねられても、これといって思い浮かびません。「と金紳士」 や 「色魔」 など、後にアダルト漫画の原作となった作品が記憶に残るくらいでしょうか。 正直、今更 梶山か? と思ったのですが、ビブリア古書堂シリーズにも登場したからでしょうか、「書店を舞台にした小説」 で検索すると結構な確率でヒットしたので、読んでみました。 この作品は、彼が亡くなる1年前、昭和49年1月から6月まで、「オール読物」 に連載したものです。本や古書にまつわる人間模様、ビブリオマニアと呼ばれる人たちの奇行、狂気を描いているのですが、いかにも古風なおどろおどろしい作品が多く、特に最終話はグロテスクで、決して気持ちの良い読後感ではありません。 文体や言葉遣い、舞台や登場人物、それぞれの短編のタイトルに麻雀の役を冠するところなど、全てに時代を感じました。 『淋しい狩人』 宮部みゆき (再読) さすが 宮部みゆき、ぐいぐい引き込まれるストーリー展開、読みやすい文章で、久しぶりにバスを乗り越してしまいました。 全6話の連作短編集で、扱われている謎は 少々重たかったり 切なかったり 辛かったりするものばかりなのですが、謎解き役の古書店の雇われ店主の爺さんと 店を手伝う孫の高校生の ほのぼのとした関係に救われます。 短編集なので、ミステリーとしては書き込み不足で物足りなさは残るのですが、宮部みゆきらしい人情味のあるミステリーでした。 『天国の本屋』 松久淳+田中渉 (再読) 本屋を舞台にした小説とはいえ、本屋は本屋でも天国の本屋ですから どうしようか迷いましたが、入れてしまいました。 こういうファンタジックな作品は、受け入れられる人と受け付けない人と、評価が大きく分かれますよね。この優しい温かさが、僕は好きです。文章はシンプルで、量も短めですが、それも良いと思います。 子供が小さい頃、寝る時に一緒にベッドに入り、いつも読み聞かせをしていたのが懐かしいです。 『配達あかずきん』 大崎 梢 舞台は駅ビルの6階にある新刊書店、主人公は書店員・杏子さんと、謎解き役のアルバイト店員・多絵ちゃんという2人組なのですが、このコンビが良いですね。 扱われているのは書店や本にまつわる身近な謎が中心かと思いきや、本当の犯罪もあり、人間の悪意と温かさが丁寧に描かれていて、思わず引き込まれます。作者は元書店員というだけあって、新刊書店の日常や裏側、エピソードも面白いです。創元推理文庫に収録されているだけあって、しっかりとしたミステリー、推理小説でした。 まだ第一作のこの本しか読んでいませんが、成風堂書店事件メモ というシリーズだそうで、これから残りも読んでみようと思います。 『森崎書店の日々』 八木沢里志 「続・森崎書店の日々」も一緒に読みました。 失恋と失業で失意のドン底にある主人公が、周囲の人々の温かな優しさに包まれて自分を取り戻していくという どこにでもあるようなストーリーで、軽く読めますが、こういう癒し系の小説はそれで良いのでしょうね。 千代田区が実施している「ちよだ文学賞」への応募作品なので神田神保町の古書店を舞台にしていますが、そうでなければ舞台はどこでも良かったというレベル。ただ、それなりに雰囲気はあるし、古書店街ならではのイベントも登場して、それはそれで面白かったので良しとします。 『すずらん通り ベルサイユ書房』 七尾与史 全体としてはライトなミステリーですが、ちょっとお洒落ないたずらや、妙にインパクトのある重い作品もあり、まぁ面白かったです。 ただ、ベルサイユ書房という店名の由来でもある男装の麗人の店長は必要でしょうか? 表紙の絵も含めて、いない方がスッキリするように思うのですが。他の登場人物のキャラクターも含めて、全てが ちょっと中途半端な印象でした。
2017年05月26日
東京バンドワゴン、ビブリア古書堂シリーズを読んだら、他の作家による書店を舞台にした作品も読んでみたくなり、とりあえず読んだのは 「大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー」。 異なる作家による作品を集めたものを アンソロジーといいます。音楽で言えば コンピレーションアルバムでしょうか。 大崎梢は 元書店員の作家さんで、この本には 彼女が読みたい作家さんにお願いして書いてもらった、本屋さんを舞台にした作品 という縛りの 10の短編が収録されています。![]()
本と謎の日々 有栖川有栖 国会図書館のボルト 坂木 司 夫のお弁当箱に石をつめた奥さんの話 門井慶喜 モブ君 乾 ルカ ロバのサイン会 吉野万理子 彼女のいたカフェ 誉田哲也 ショップ to ショップ 大崎 梢 7冊で海を越えられる 似鳥 鶏 なつかしいひと 宮下奈都 空の上、空の下 飛鳥井千砂 それぞれに個性が表れていて とても面白かったです。 どれもが素敵な作品で、どれもが好きで、とても優劣は付けられません。 あの作家さんの作品にはあのシリーズのあの人が登場したり、家内が以前に勤めていた書店がモデルであろう作品が登場したり、ニヤニヤしたり、ほのぼのしたり、ドキドキしたり、楽しく読み終えました。 こうしたアンソロジーの良さは まだ読んだ事のない作家さんと出会えること。 そもそも大崎梢も未読でしたし。 今回は短編ばかりで 少々物足りない部分もあったので、今度はそうした作家さんの作品を読んでみようと思います。
2017年05月16日
ビブリア古書堂の事件手帖 〜栞子さんと奇妙な客人たち〜 ビブリア古書堂の事件手帖2 〜栞子さんと謎めく日常〜 ビブリア古書堂の事件手帖3 〜栞子さんと消えない絆〜 ビブリア古書堂の事件手帖4 〜栞子さんと二つの顔〜 ビブリア古書堂の事件手帖5 〜栞子さんと繋がりの時〜 ビブリア古書堂の事件手帖6 〜栞子さんと巡るさだめ〜 ビブリア古書堂の事件手帖7 〜栞子さんと果てない舞台〜 かなり以前に1巻だけを読んだ事がありますが、それっきりになっていました。 今回、CVS仲間から 「面白いよ。7巻で完結して終わってしまったのが、とても残念!」 と薦められ、6巻と7巻をお借りして読みました。 確かに その通り。 スタートは一話完結の連作短編集だったのですが、全巻を通しての大きな流れがあり、後半は そちらのストーリーの方がメインとなった感があります。 結局、途中の展開が気になったので、1巻から5巻を古本屋で買ってきて、もう一度1巻から全部読み直しました。 現在は 家内が読んでおり、〝面白い” と言っています。 舞台は 北鎌倉の古書店 「ビブリア古書堂」。 主人公は 意外と巨乳の美少女店主、篠川栞子と、彼女に恋するアルバイト店員、五浦大輔。 栞子は 客商売なのに 極端な人見知りで、消え入りそうな小さな声で話すのですが、本に関する知識は図抜けていて、本の事になると スイッチが入ったように雄弁になります。 その彼女が 古書にまつわる様々な謎を 鋭い洞察力で 鮮やかに解決するのが 各巻に収録された短編なのですが、その裏で 大きなストーリーが展開しており、古書や古書店に関する雑学的知識と共に 作品に深みを与えています。 以前の短編が伏線となり、後の短編できれいに回収されるというのは 気持ちが良いですね。 基本的には ライトミステリー、ライトノベルなのですが、なかなかどうしてスリルもあり、サスペンスもあり、あの栞子さんが・・・・・ というようなシーンや、ドロドロとした複雑な人間関係もあり、スケールの大きなエンタテインメント作品に仕上がっていると思います。 何よりも 一つ一つの短編で取り上げている古書の事を、手抜きせずに きちんと丁寧に調べているのが良いですね。 7巻で一応ハッピーなラストを迎えた訳ですが、余韻を残すエンディング。 アニメ化や 実写映画化などもされるそうですし、忘れた頃に スピンオフ作品が出そうですね。
2017年05月13日
東京の下町の古書店 「東京バンドワゴン」 を舞台に、4世代同居の堀田家の大家族が繰り広げる物語。 決めゼリフは 「LOVE だねぇ」。 安定した面白さで、期待を裏切りません。 堀田家を中心に登場人物はとても多く、各々がそれぞれに個性的で、それぞれがなかなか複雑な事情を抱えていますが、家族だけでなく その仲間たちも みな優しく 思いやりがあって 暖かく、どの巻にも ほのぼのとした温もりがあります。 ちょっとした事件を解決しながらお話が進んでいく連作短編集ですが、推理小説とかミステリーというほどではありません。むしろ こんな大家族が 仲良く一緒に生活しているというのは 今の時代には驚きで、そういう意味ではアットホームなファンタジー とでも呼ぶ方が雰囲気に合うと思います。 10年以上にわたって続いているシリーズで、毎年春に発売されているのですが、基本的に 各巻のお話は 四季に対応したものとなっており、サザエさんなどのマンガとは違って、登場人物は 毎年年齢を重ね、成長していきます。 1巻めのタイトルは 「東京バンドワゴン」 ですが、2巻め以降は、 2 「シー・ラブズ・ユー」 3 「スタンド・バイ・ミー」 4 「マイ・ブルー・ヘブン」 5 「オール・マイ・ラビング」 6 「オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ」 7 「レディ・マドンナ」 8 「フロム・ミー・トゥ・ユー」 9 「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」 10 「ヒア・カムズ・ザ・サン」 11 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」 12 「ラブ・ミー・テンダー」 と、楽曲のタイトルが付いています。 ビートルズの曲の中に 「マイ・ブルー・ヘブン」 というジャズのスタンダードナンバーが入っているのには それなりの理由があります。 という事は、「ラブ・ミー・テンダー」 というタイトルの新作も・・・ 期待してしまいますね。 2006年4月発売の第1巻を皮切りに、毎年4月25日前後に 新作が発売されており、単行本は現在、12巻め、文庫化されているのは 10巻めの 「ヒア・カムズ・ザ・サン」 までです。 僕の次に家内がファンになり、家内のお父さんも大ファンになって、新作を心待ちにしています。 今までは文庫になってから買っていたけれど、来月は父の日だし、単行本で買ってあげようかな・・・。
2017年04月03日
2015年の本屋大賞 第1位です。 「精霊の守り人」 シリーズ、「獣の奏者」 シリーズの 上橋菜穂子作品という事で、やっと今頃なのですが 期待して読み始め、一気に読み終えました。 面白かったです。 陰謀が渦巻く国盗り物語と 民族の対立、葛藤、その一方での 人と人の繋がり。 黒狼熱という感染症との戦いと、幕末の漢方医と西洋医学の対立を彷彿とさせるような医療アドベンチャー。 この二つを 二層構造で絡め シンクロさせるストーリーは壮大で、夢があります。 <ヨミダの森> に宿る谺主 (こだまぬし) は言います。 「人の身体ってのは森みたいなもんだ。おれたちの中には無数の小さな命が暮らしているんだ。」 天才的な医術師、ホッサルは言います。 「俺たちの身体は、ひとつの国みたいなものなんだ。この身体の中に、実に様々な、目に見えぬ、ごくごく小さなモノたちが住んでいて、いまも、私の中で休むことなく働いている。」 人間の身体も 国も、実は小さな命の集まりである。 それがこの作品の主題です。 国、人、病、自然、 非常に内容の濃いストーリーで、息をつかせぬ展開に惹き込まれました ただ、 細部にまでこだわっている事がよく分かるのですが、いろいろ詰め込みすぎです。読み進めるのに体力が必要で、ちょっと疲れました。 また、 基本的にファンタジーは どこかにある架空の世界の物語なのですが、ここまで難しい当て字を使用する地名や人名、造語を使う必要はあるのでしょうか? 黒狼熱は ミツツアル、飛鹿は ピュイカ、東乎瑠は ツオル という具合です。 時々 ルビは振ってあるのですが、とても覚えきれないし、途中からは記号だと思うようにして読み進めましたが、時々 読み方が気になって集中が途切れるという事が何度もありました。 という事で、面白かったのですが、ちょっと消化不良気味です。
2017年03月23日
第155回 芥川賞受賞作です。
オーロラタウンの紀伊国屋書店で買ってきて、帰り道で数ページ読んだまま自宅のテーブルに置いておいたら 家内が読みだして、面白そうだから先に読みたい というので譲ったら、いつもは読むのが遅い家内が 一日で読み終えました。
短いし、サクサクと読めます。立ち読みだけでも読めそうです。
注意! この後、ネタバレあります。
主人公は 大学に入学して間もなくから18年間、ずっと同じコンビニでアルバイトをしてきた36歳の独身女性。幼い頃から喜怒哀楽に乏しく、他人の感情を理解できない。容姿は凡庸で、食べる事にも 男にも興味が無く、当然ながら男性経験も無し。何をしてもどこかズレており、家族からも浮いてしまっているので、一人でアパート暮らしをしています。
彼女は 自分が所謂普通とはちょっと違っている事を自覚していて、普通ではない事による面倒を避ける為に 必死に周囲の普通人のマネをして努力します。遂には、好きでもない男と一緒に生活をする (曰く、男に餌を与えて飼う) のですが、そのことがきっかけで 実は周囲が自分をどのように見ていたかに気付き、自分の居場所だと思っていたコンビニからも裏切られる。
そのシーンは切なく哀しいです。
ただ、この主人公は 世間の多数派から外れたマイノリティであり、それなりに悩んでいるのですが、自分の人生を否定せず、あまり悲観的に考えていないのが良いですね。
特にラスト、
「身体の中にコンビニの 『声』 が流れてきて止まらないんです。私はこの声を聴くために生まれてきたんです」
「私は人間である以上にコンビニ店員なんです。私の細胞全部が、コンビニのために存在しているんです」
と 開き直るかのように自分の生き方を絶対的に肯定するシーンは 清々しいほどです。
この主人公は たまたまコンビニに自分の居場所を見つける事が出来ましたが、広く周囲に合わせる事が苦手で、狭い世界だけでしか生きていけない人は 多分 大勢います。
そういう人たちにとって、普通である事を押し付けようとする周囲の圧力は 迷惑以外の何物でもないのでしょう。
この主人公のように、自分が自分である事を認め、自分が生きることの出来る世界を見つける事が 最初の一歩なのでしょうけれど、それを見つけられる人は 幸せなのかもしれません。
それにしても 「普通」 とは・・・ 「普通」 というのは とても便利だけれど、実はとても難しい言葉です。 普通の範囲なんて定義できないし、僕にとっての普通と 相手の普通が違う事なんて よくある話。 周囲からみればどうでも良い事でも、自分にとってはそれが一番大事で普通だというのもよくある話で、それが仕事や生活に影響のない範囲であれば 笑い話で済むのですが、度が過ぎると、まして 犯罪に結びつくようだと困りものです。 先日 無期懲役の判決が出た 友人にタリウムを飲ませて観察していた元名大生は、元々 性格は少々変わっていたようですが、名古屋大学に合格したくらいですから 普通以上の学力はあるはず。 女子中学生を2年間監禁していた千葉大生は 卒業後の就職が決まっていたのですから、話してみても 普通だったのでしょう。 近年は 「サイコパス」 という言葉をよく耳にしますが、この2人もそうなのでしょうか。 ただ、サイコパス的な人は 普通の人の中にも少なからずいるそうで、特に非情に徹して合理的な判断を下さなければいけない立場の人には多いそうなので、これも程度問題なのでしょう。 犯罪者の隣人が 「普通の人でしたよ」 とマスコミのインタビューに答える姿もしばしば目にする訳で、普通と異常の境目なんて極めて曖昧で主観的なものであり、誰かが決められるようなものではないですね。 さて、僕は 「普通」 でしょうか?
2017年03月23日
今朝起きたら窓の外は一面の銀世界。 今日は宮の沢で練習の予定でしたが、さすがに外では無理だったようですね。 まだしばらくは寒い日が続くようですから 怪我には十分気を付けて欲しいものです。 さて、![]()
43年前、昭和49年に発表された小説で、城山三郎の代表作のひとつです。 第二次世界大戦のA級戦犯として処刑された広田弘毅 (ひろた こうき、1878年2月14日-1948年12月23日) の生涯を、激動の昭和史と重ねながら、広田の性格同様に淡々と抑制した筆致で描いています。 なんで今頃この本? と言われそうですが、初めて読んだ時から強く心に残っている作品で、これまでにも何度か読み返しています。 今回は たまたま古本屋で目に留まって、自宅の本棚にある事は判っていたのですが、買ってしまいました。 第二次世界大戦のA級戦犯とは、極東国際軍事裁判所条例第5条に定義された3つの戦争犯罪、a.平和に対する罪、b.通例の戦争犯罪、c.人道に対する罪 のうち、項目a の 平和に対する罪で訴追された者をいい、項目b、項目c で訴追された者を それぞれB級戦犯、C級戦犯と呼びます。 A級戦犯として逮捕、訴追された者は 100名以上に及びますが、東條英機や近衛文麿のように 早々に自決(自殺)した者もおり、最終的に 東京裁判で絞首刑を宣告されたA級戦犯は7人でした。そのうち 6人は軍人でしたが、ただ1人、広田弘毅だけは文官で、外務官僚、総理大臣、外務大臣を経て、終戦時は重臣という立場にありました。 広田は、総理大臣として、外務大臣として、重臣として、それぞれの立場で戦争を防ぐために必死に和平への道を模索しますが、その度にその努力を水泡に帰すような邪魔が入って叶わず、結局、日中戦争、第二次世界大戦が勃発し、敗戦を迎えます。 しかし、広田は 「高位の官職にあった期間に起こった事件に対しては喜んで全責任を負うつもりである」 として潔く自分の責任を認め、東京裁判において一切の弁解をせず、それを黙って受け入れたそうです。 もちろん この作品は広田の立場にたってその生涯を描いた小説ですから、これが全て真実だとは思いません。実際、優柔不断で弱腰な人物と評する声もあるようですし、次世代の平和の為に話すべき事はきちんと話し、事実を明らかにする責任の取り方もあったのではないかとも思います。 しかし、自ら計らわず、常に広く情報を集めて次に備え、与えられた立場を静かに受け入れ、その責任をしっかり果たそうとした姿勢。その一方で、妻や家族を思い遣る深い愛情。この作品で描かれる広田の姿には 心を打たれます。 第二次世界大戦を描いた本は 本当にたくさんありますが、その多くは将校や兵士、一般市民の視点から描かれたもので、政治家の視点から描いたものは少ないように感じます。その意味でも とても面白い作品だと思いました。 広田の同期として 吉田茂も登場しますが、対照的な性格の彼との対比も面白いです。 最近も右だ、左だ、教育勅語だ と喧しい(かまびすしい)訳ですが、様々なイデオロギーや利害関係、思惑を超越した中で 事実を明らかにするのは 難しいですね。 何事も関わった人の数だけ異なる視点と真実があり、目の前にある森友学園の問題さえ真相解明は難しいのですから、歴史上の問題となると不可能と言わざるを得ないのかもしれません。
ところで、 僕の本棚に残してあったのは、昭和61年11月発行の新潮文庫で、今回買ったのは平成24年8月発行のものです。 好きな本、古本屋で手に入りにくい本は本棚に残してあるのですが、古くなると紙は変色し、文字が小さくて読みにくいものも少なくなく、結局 新しいものを買って読むことになります。本も 新聞も 以前から比べると字は大きく、読みやすくなっていますものね。勿体ないですが、仕方ないです。 因みに、 昭和61年のは たぶん8ptで、一頁41字×18行、本文の最終頁は 378頁、定価 440円。 平成24年のは たぶん9pt、一頁38字×16行、同 446頁、同 670円、古本屋で 108円でした。
2017年03月03日
第1部 顕れるイデア編 は 出張先の仙台空港で購入し、第2部 遷ろうメタファー編 は 札幌に帰ってから紀伊国屋書店で購入し、昨日 読み終えました。![]()
僕はハルキストではありませんが、昔から村上春樹が好きで、新作が出れば すぐに買って読んでいるので、この作品も 楽しく面白く読み終えました。 巷では この作品は ハルキ的世界の集大成、大いなるマンネリなどと言われているようですし、作中の 「風の音に耳を澄ませて」 というコミのセリフからは 原点回帰なのかとも思うし、どのように表現すれば適切なのか判りませんが、いつもと変わらない安定的な村上春樹の世界、大人向けのファンタジーです。 一方、いつもの定番アイテムが いつものように登場し、またか! と思ったのも 正直なところ。 村上春樹は、自分の中に 「物語のたまり」 があって、小説を書くときはそこから物語を拾いながら無意識のうちに書いているそうです。そこには 様々なストーリーやアイデア、ヒント、素材が たくさん集められているのでしょうね。 村上春樹に限らず、誰でも物を書く時は そうした素材を集めてから書き始めると思うのですが、その質や 量が 違うのでしょう。僕の 「物語のたまり」 が 我が家の物置だとすると、村上春樹のは amazon の物流センターといったところでしょうか。 そこに集まるものは どうしても自分の好みや趣味に合うものが多くなるでしょうから、そこから拾い集めると 同じような素材が多くなるのも仕方のないところ。この作品も、そういう事なのかもしれません。 また、主人公の 「私」 は画家なのですが、 「どれだけ長くキャンパスの前に立って、その真っ白なスペースを睨んでいても、そこに描かれるべきもののアイデアがひとかけらも湧いてこなかった。どこから始めればいいのか、きっかけというものが掴めないのだ。私は言葉を失った小説家のように、楽器をなくした演奏家のように、その飾りのない真四角なスタジオの中でただ途方に暮れることになった」 と語ります。 しかし、一度何かに触発され きっかけを掴めると 「それは私自身が描いたものでありながら、同時に私の論理や理解の範囲を超えたものになっていた。どうやって自分にそんなものが描けたのか、私にはもう思い出せなくなっていた。それは、じっと見ているうちに自分にひどく近いものになり、また自分からひどく遠いものになった。しかしそこに描かれているのは疑いの余地なく、正しい色と正しい形を持った」 作品が出来上がるのだといいます。 これは 作者自身の執筆の姿と重なるのでしょうか。 アーティストは誰でも これが自分の代表作になると信じて新作を発表する、過去の作品が代表作と言われ続けるのは心外だ と聞いたことがあります。 残念ながら、僕にとっての村上春樹の代表作は、今作を読み終えた今も 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」、或いは 「ねじまき鳥クロニクル」 です。 ところで、 村上春樹の作品に登場する音楽、車、酒、服などで 具体的な名前で書かれるものは、その殆どが 村上春樹の眼鏡にかなったハイセンスなものばかりなのですが、この作品の中で主人公がスーパーマーケットで選んだビールは 「サッポロ」 でした。
2017年02月18日
恩田 陸は 結構好きで、『常野物語』 を中心に 一時期ずいぶんとハマって読んだのですが、ある時期から 途中までは面白いのに ラストでモヤモヤという作品が続き、しばらく離れていました。 という事で、これは今回の直木賞を受賞した作品なのですが、読むか どうしようか迷った末、あまり期待せずに読みました。![]()
ピアノコンクールに臨む若者たちの青春群像なのですが、とても良かったです。 勢いがあり、面白くて、一気に読み終えました。 ストーリー展開は予想を超えるものではないけれど、ピアノコンクールの厳しさ、天才の才能が開花していく瞬間が、短めの文章でテンポよく、上手く表現されていて、ワクワクしながら読み進められました。 久々に素晴らしい恩田陸に出会えました。 ただ、主人公の一人、風間塵がスーパー過ぎます(笑) 音楽を習っていなくても絶対音感を持っていたり、音楽に対する理解が深かったり、耳が異常に良かったりするというのは まぁ あり得なくもないですが、ピアノを弾くテクニックは別、センスや才能により上達のスピードに差はあっても、それなりに練習を積まないと身に付かないものだと思います。 もう一つ、 「心の奥の柔らかい部分」と聞いたら 「夜空ノムコウ」を思い出しませんか? 「世界はこんなにも音楽に満ちている―――」という類のフレーズも何度となく登場するし、今回の恩田陸は比喩が安易な気がします。 本筋とは関係ありませんが、 You Tube は便利ですね。 鑑賞には物足りないですが、知らない曲を探すのが楽で助かります。
2017年02月17日
戦時下の弾圧の中で一度は棄教しようとした小説家の私が、エルサレムや死海のほとりにイエスの足跡を辿る旅を描く 『巡礼』。 イエスに関係した人々を通して イエスの真実の姿を描く 『群衆の一人』。 この2つが交互に配置される2部構成で進んでいきます。
『巡礼』 では、私は大学時代の友人で聖書学者である戸田と共に旅します。 聖書に書かれている事に疑問を感じ、心の整理がつかないままの私と、“イエスが歩いたエルサレムなど最早無い。ローマ軍に、イスラム軍に、十字軍に破壊された街の上に街ができ、廃墟の上に廃墟が積み重なって丘となり、現在のエルサレムはそんな丘の上にある。最後の晩餐の家や油絞り場の園(ゲッセマネ)の遺跡はあるが、そんなものは巡礼者用、観光用のにせもの。聖書に記されたイエスの姿や言葉も後世が作り上げた創作だ” と語る戸田との会話は、遠藤が長い間、心の中で自問自答してきたものなのでしょう。 二人は大学時代に出会ったノサック神父や 「ねずみ」 と呼ばれた修道士コバルスキについて語り、ユダヤ人収容所で死んだコバルスキの最後を尋ねるために生存者を探し キブツを尋ねますが、ノサック神父やコバルスキ修道士の姿が いつかイエスの姿に重なります。 『群衆の一人』 では、病気の我が子を助けるためにイエスに奇蹟を求める男、病床でイエスに看病されたことで弟子になった アルパヨ、無実のイエスを陥れようとした 大祭司アナス、イエスに死刑を言い渡した 知事ピラト、イエスと共に十字架を担がされた 蓬売りの男、イエスの磔刑を実行した 百卒長 など、イエスと同じ時代に生き、イエスがその人生を横切った人々を通してイエスの姿を描いています。 遠藤はイエスを、聖書によって聖人化された偉大なキリストではなく、奇蹟を起こすことなど出来ず、救世主としての期待に応えられない敗北者だとし、人々の不幸を共に苦しみ悲しみ耐えてくれる存在なのだとします。 そんな惨めな姿のイエスが人々の心を打つのはなぜか。その理由が語られるのですが、「百卒長」 の章にあるシリア人の奴隷兵から聞いた言葉、 「あれは愛の人だ。力もなく、みじめそのものだったが、優しさが体にあふれていた。どんな人間にもなつかしそうに話しかけ、子供たちを可愛がり、みなが見棄てたライ病人や熱病患者の住む谷ばかりにでかけていた」 が端的に象徴していると思います。 「もっとも遠藤らしい」 と言われる作品だそうですが、遠藤のイエス観がよく伝わって来る とても興味深い作品でした。