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長きに渡りこのブログを読んでいただきありがとうございました。 累計閲覧数はすごい桁になっていて、皆さんの広い心に支えられて来た事を実感します。 コンサドーレと歩んできた当ブログですが、思うところがありこの度閉鎖することにしました。相互リンクをして頂いた皆様、何より拙い文章を読んでいただいた皆様、今までありがとうございます。ここは変に炎上する事もない居心地のいい場所でした。これからは皆さんのブログを見ることを楽しみにしたいと思います。 ブログは更新しないまま今シーズン終了とともに削除する予定でしたが、長年続けてきた蓄積を捨てるのがもったいなくなりましたので、やっぱりこのままにしておきますw

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サッカーの応援

2006年02月04日

 実際、サッカーの試合を見に行く理由として様々な目的がある。
「ひいきのチームを応援するため」
「ひいきの選手のプレーを見るため」
「純粋にその競技が好きだから」
「家族友人に誘われて」などなど

 スタジアムは様々な方向性を持った人たちが同じ空間を共有する場となる。全く同じ目的・全く同じ条件で人々が集まらない、不特定多数の大人数が集まるという時点で、その空間は「公共の場」という形を成す。
 公共の場となった空間では、個人や特定の集団のエゴを押し通すのはモラルに反する行為であり、日本ではそうした行動は古くから行動派忌み嫌われてきた。

 と、普通ならここで終わる話なのだが、ここからが少し違う。

「サッカー」という競技は、サポーターという応援者を含めて1つの文化を形成している。それは、ピッチ上の試合以外にもスタンドの応援が試合を盛り上げるひとつの重要な要素となっているからだ。いうなれば、サポーターはゲームを盛り上げるための舞台装置の1つとも言えるわけだ。

 それは、スタジアムの中のサポーターというのは公共の場の中であっても試合を盛り上げるためにはある程度の試合を盛り上げるための行為は容認されていることになる。サッカーという競技は、そうしたサポーターの行動・行為をひとつの「文化」として社会に認めさせ、容認させてきた。・・・という話。

 しかし、この文化はヨーロッパや南米を中心に発生・確立した文化であり、日本に入ってきたのはJリーグができた頃の話ではないだろうか?
 だとすれば、ほんの10年ちょっとの話であり日本の国内ではまだまだ歴史の浅い文化ともいえ、「未熟な文化」としての位置しか与えられないはずだったが、W杯やJリーグの成功などの追い風もあり、この文化は極めて急速に発展し、広がっていくことになる。

 話を戻そう。
 サッカーでは「スタジアムの雰囲気」というのが魅力的なゲームを形成する1つの大きな要素となっていることは間違いない。しかし、多くの場合、その雰囲気づくりをするのはチームではなく「サポーター」である。
 色んな目的を持って観戦に来る観客たちをサポーターが自発的にまとめあげ、サポーター同士で魅力的な雰囲気作りをする。・・・こういうことは日本の文化の中では他に類を見ないのではないか?

 日本の社会の中に急速に発展した「異文化」ともいえるこのサッカーの応援が老若男女を問わず日本に浸透するためには、まだしばらく時間を要することになると思う。
 「サッカーの応援はこういうもの」「サッカースタジアムに行くというのはこういうもの」という認識が、国内に十分浸透した時、日本のサッカー文化として確立するものであろう。

 今は様々な方向性がぶつかり合っている。
それこそ十人十色。色んな観戦のしかた、応援の仕方・・・皆が理想とするサポーター・応援の姿がそこには現れてくる。
 今が日本のサポーターにとって、1つの大きな試練の時なのかも知れない。

 さて、私個人的な話としては・・・
 サッカーの応援では「日本人としてのマナーやルールをきちんと守り、他を認める努力をし、なにより一生懸命好きなチームの応援をしたい!」ということを思っています。

 私は楽しくサッカーが見たい。

 他の人の言動でストレスを溜めては、せっかくの楽しいサッカーの時間が台無しになってしまいます。スタジアムには色んな応援があっていいと思うのです。声を出そうが出すまいが、まず自分なりの楽しい時間を味わいたいと思いませんか?
 私はやかましいくらい声を出し、手を叩いてストレス解消もしています。いつも座る席は決めていませんし、基本的にB自由席ですが、ホーム側とアウェー側のこだわりはありません。その日の混雑具合・その日の自分のテンションなどで座る席を決めています。そして、なるべくその席の雰囲気に合った観戦方法で試合を楽しんでいるつもりです。(立ち席の後ろの席に座ったときなどは、試合が見づらくなって当然という認識で座っていますし、立ち席ではもちろん立ちます。)

 応援することも大切ですが、まずはじめにスタジアムにいて純粋に自分が楽めていますか?
 ルールとマナーをわきまえて、楽しいサッカー観戦をしたいものです。



post by ykk-i

12:08

雑記 コメント(4)

関浩二選手の巻

2006年02月02日

 コンサドーレの熱血漢といえば、まさにこの人。
関浩二さんです。
 関さんは1998年のシーズン途中で、J1残留の補強選手として東京ガスからレンタルで加入しました。

 彼の熱いプレーはサポーターから広く愛され、寒くても半袖のユニでピッチに駆け出してくる様は、コンサドーレの1つの象徴ともなりました。

 「気合」

 彼の体にはまさにそれが充満していました。
戦う意思を体全体で表現し、時にはチームを、サポーターをも鼓舞してしまうその姿に、ゴール裏には「セッキー教」なる教団(笑)が誕生しました。当時は私もその教団に入り「せ~き~」というコールとともにお辞儀をしまくっていたことを昨日のことのように覚えています。

 そんな風に頑張った彼も1999年のシーズンを最後にチームを去ります。
戦力外通告が出された直後、HFCに対しサポーターの有志が残留嘆願の運動まで起こしました。それほどまでにサポーターの心をつかんだ選手でした。

 熱いハートを持ち、それを体全体で表現できる選手。
そしてサポーターをいろんな意味で沸かせてくれた関選手は、私のとても好きな選手の1人です。

 その後・・・
 彼はコンサドーレにスタッフとして戻ってきました。
彼の熱い魂は、今もコンサドーレの若者の心を焦がし続けている。



アウェーユニ公式発表!

2006年02月01日

 今日、アウェー用ユニフォームが公式サイトで発表されました。

 うーん、白赤ですな。
 私は1stユニの方が好きです。



post by ykk-i

20:48

雑記 コメント(2)

アイディア企画に便乗しちゃいます

2006年01月31日

 「コンサへ要望」さんの企画を私も1つ提案してみたいと思います。

 私はサポートシップスポンサーの関連です。
 公式サイトによると、サポートシップスポンサーは2004年度で170店舗もあるそうです。
 しかし、実際にサポートシップスポンサーになったからと言って営業的なメリットがあまりあるようには感じられません。

 そこで、道の駅のようにサポートシップスポンサーのお店にスタンプを設置してスタンプラリーをするというのはいかがでしょう?スタンプ帳は格安(100~300円くらい)でサポーターが購入して、シーズン中にお店を回る。
 中にはスタンプを設置することが迷惑なお店もあるでしょうから、希望するお店に限り設置することにして、スタンプは各お店の独自デザインで作って(スタンプ自体は、素材にこだわらなければ安く作れますよね)サポーターがお店を回るようにしてはどうでしょうか?

 で、最終節までにスタジアムにスタンプ帳を持ってきて、スタンプ○個以上で選手のサイン入りのボールか何かをプレゼントするなどの景品を渡す。
 こうすることによって、サポートシップのお店にもお客さんがたくさん行くことになり、営業面で少しはプラスになることがあると思うのですが。

 で、そういうことをすることでサポーターがスポンサー拡大に貢献できれば、それはそれで一石二鳥だと思うのです。

 こんなアイディア、いかがでしょうか?



post by ykk-i

18:01

雑記 コメント(0)

情報媒体

2006年01月30日

 北海道に初めてプロスポーツチームの誕生というニュースが流れて10年の月日が流れた。
 赤と黒のシンボルカラーをまとったそのチームはJ1昇格とJ2降格を味わい、今なおJ2という戦場で炭火のように情熱を絶やさずにいる。

 この10年の間に、札幌ドームが完成した。
この競技場は日本で唯一のサッカーのドームスタジアムだ。ドームの外に芝が動くという発想は他県には不要かもしれないが、北海道には救世主とも言うべきアイディアだ。選手はもちろん観客・サポーターも10月~11月の寒風に凍えることなく試合を堪能することができる。
 こんな画期的なスタジアムであるにも関わらず
「客席とピッチとの距離が遠い」とか
「収容人員が4万人というのはは国立より入らない」という
マイナスイメージが先行するためなのか、どうもメジャーな報道には取り上げられない。

 そして、それはコンサドーレも同じだ。

 このことは、北海道という土地が「マイナー」ということだろうか。
チームがJ1にいた頃、Jリーグの情報番組ではコンサドーレの取り上げられかたというのは、明らかに他球団よりも1段下にいた。関東・関西のチームに比べるとそれはさらに格段に落ちた。
 私たちサポーターは多くの情報源をTV・雑誌・新聞・インターネットなどから取り入れるわけだが、私はそこで何度悔しい思いをしたかわからない。

 例えばチームがスカッと快勝した日、その夜の情報番組では負けたチームの有名選手が○日ぶりに怪我から復帰したという特集を組んでいたりする。コンサドーレは「その他の会場の結果です」とひとくくりにされて終わってしまうことも多い。(そういう意味ではNHK・BS1の速報Jリーグは公平であった)
 民放はスポンサーや視聴率に配慮した番組作りが命題となっている以上、札幌は取り上げるに値しないチームであるようにも感じた。

 しかし、今。コンサドーレにはこのブログができた。

 中央のマスメディアに頼らなくても、自チームの情報を社長や社員、選手寮や選手本人をはじめ、スポンサーの方々やサポーターが中心となって自分たちで1つの情報媒体を作り上げた。

 他に頼れないのなら自分達で作ろう!

 しまふく寮や選手ブログ、社長日記や水沢さんをはじめとする社員の方々のブログ、コンサドールズのブロクなどは私たちが身近にチームを感じることができるようになった。
 なにより日本各地にちらばる多くのサポーターがたくさんの情報を伝えてくれる。その中には百鬼夜行さんなどの名うてのコラムニストも産まれている。これは非常に嬉しい。

 様々なかたちでこのブログが活性化されることを願ってやまない。

 間もなくシーズンが開幕する。もっともっと賑やかなブログを見て、そして私も文才のない自分の文章を恥じながらも、こうやって参加し続けていきたい。



RUN

2006年01月29日

 サッカーは「走る」スポーツだ。

 柳下監督は、昨年の最終戦後来季は「90分走れるヤツを使う」と公言した。
監督の掲げる「アクション&ムービング」サッカーの根底にはまさに「走る」ことにある。
 「できるだけ高い位置でボールを取りに行く」
 「ボールを奪ったら獲られないようにキープできるようにする」
 「次のプレーの予測をし、相手より1歩・2歩先に動く」
などなど・・・。

 全ては選手自身、そしてチーム全体の動きがあってこそ可能なものだ。
 とはいえ、闇雲に走ればいいというものではない。
仮にそうだとするのであれば、すべてのサッカー選手はマラソン選手に負けてしまう。
 「技術力」「予測力」「発想力」「精神力」「走力」
この5つの能力が高く、うまくかみ合っているプレーヤーこそが優秀なプレーヤーになれるのではないか?
 しかし、走力という部分は全てのプレーの原点となる部分には違いない。
 
 先日、あるコラムを読んだ。

「W杯で、アルゼンチンの選手は試合前の練習で黙々と走り続けていた。日本ならば試合前は軽いランニング程度にするであろうところを彼らは走りに走っていた。」

「今話題の名将オシム監督率いるジェフ千葉も、走るという面では他のJチームの群を抜いているのは有名な話だ。日本代表チームががトレーニングマッチでジェフの選手が代表を圧倒する場面が見られた。代表は調整の意味があったので一概に比較はできないが、圧倒的な運動量は、不足する技術力を時として補うことがある。」

 うーむ、なるほど。
やっぱり一番地味だが一番基本的な部分こそが「走ること」ではないだろうか?

「優れた技術を持つ精度の高いプレーができる選手」(技術力)
「的確な読みで試合をコントロールできる選手」(予測力)
「意表をついたプレーで相手を翻弄するファンタジスタ」(発想力)
「最後まで試合を投げないタフな選手」(精神力)
「90分走りきれる選手」(走力)

こう書いてみると、やはり走力が一番地味だ・・・。

 我々サポーターがピッチの外から試合を見ていると、「走れる選手」・「声だし、パス出しばかりで走れない選手」というのは一目でわかる。自然と走れない選手に野次が飛び始めるのは、我々サポーター自身が「走力」という部分の物足りなさを感じるからではないだろうか?
 
 走力という部分は最も地味だが、我々サポーターの眼には一番わかりやすく、はっきりと映し出される部分だ。
 当然、選手もそのことはわかっているだろう。
 プレーの内容についてサポーターからの批判も多いが、多くのゲームに出場しているキャプテン和波などは、しっかりとした「走力」が監督から評価されているのではないか?と感じる。

 2006年の「走れるコンサドーレ」に期待したい。 



徐暁飛 の巻

2006年01月28日

本名:徐 暁飛(ジョ・ギョウヒ)(背番号23)
出身地:中国

 「THE ジンギスカン大使」

 彼は助っ人というよりも新加入のルーキー選手がたまたま中国の国籍だったという意味の方が強い人です。(そういう意味では1996年の吉成くんと似ている境遇のように思えます)
 最初、背番号は西谷選手が付けている29番になっていたのですが、FW斉川選手の電撃退団の影響で、急遽23番に上がりました。

 ちなみに、2005年9月19日にジンギスカン大使に任命されています。
 ジンギスカン大使とは・・・
「全国的なブームになりつつあるジンギスカン。そのジンギスカンを“北海道の食”の顔として本州への食文化のアピールを行っていく大使です。
今回、任命された大使は高橋はるみ北海道知事、上田文雄札幌市長をはじめとする32名。コンサドーレ札幌からは弊社社長 児玉芳明と徐暁飛選手が任命されています。」
 と、チーム公式サイトでも紹介されています。

 プレーの方も岡田と右サイドの定位置争いをしていましたが、あまりピッチにその姿をみることはありませんでした。
 2006年シーズンから、彼は高松FCへ移籍します。
コンサドーレで発揮し切れなかった才能を、新天地で爆発させてほしいと思います。



気になる選手の動向

2006年01月28日

 Jリーグもいよいよ各チームともキャンプインし、本格始動となった。
コンサドーレは宮崎県に入り、ボールを使ったトレーニングからミニゲームへと順調に来ているようだ。

 しかし、風邪などの体調不良の者が出たりケガをする選手も増えているそうで22人でまともにミニゲームができない状況という。フッキも練習に合流していないし、なかなか思い通りには行かないものだ。特に西谷は深刻なようで「2~3週間様子を見ることになる」との報道がされた。激しい練習に怪我は付き物で、それを否定する気はないが、開幕にベストメンバーが組めるよう選手の無事を祈っている。

 さて、タイトルの「気になる選手」だが、ベガルタに所属していた北海道出身の財前宣之選手が電撃的に同じ東北のライバルチームのモンテディオ山形に移籍したとのコト。

 http://www.sanspo.com/tohoku/top/th200601/th2006012701.html

 記事には「(J2)札幌という話も周囲ではあったんですが、兄貴がコーチでいるんで、あまり行きたくないな…とは思っていました。」と本人のコメントも掲載されており、兄弟で同じチームにいるというのはやりにくいものなだろうか?。・・・この辺は人それぞれなのでしょう。
 何はともあれ、今年のJ2もいろんな意味で盛り上がりを期待している。

ちなみにもう1つの気になる記事が。
「横浜FM グラウ退団」
 この話は以前から噂されていましたが、この時期に退団発表というのはなにかあったのか勘ぐってしまう。
 いずれにしても28歳の日本の環境を知った実績のあるFW。コンサドーレにほしいのは山々だが、金銭面で話にならないだろうし、他のFWのコマ不足のチームが食指を伸ばしてくるに違いない。それがJ2のチームでなければいいのだが。

 最後に2006年シーズンの開幕戦の相手がサガン鳥栖と発表された。
 鳥栖は昨年コンサドーレに近い順位にいたチームであり、監督も変わっておらず、ユニフォームが変わったという変なところでコンサドーレと似ているチームだ。
 しかし、この開幕戦でどちらがより進化を遂げているかということを見ながら2006シーズンのJ1昇格を占うことができると言えよう。

 コンサドーレ札幌は、3月4日の鳥栖スタジアムのピッチの上から、J1への長い48段の階段を上り始める。



デルリスの巻

2006年01月22日

本 名:デルリス ハヴィエル フロレンティン ノゲラ(背番号 9)
出身地:パラグアイ

 シーズン途中で同じリーグの水戸ホーリーホックからやってきた若武者

 2005年シーズンもコンサドーレは決定力不足に苦しんでいました。
ましてや昇格争いに加わったリーグ戦の中で、決定力がないのはかなりの弱点といえます。(この時、DFの池内がチーム得点王に並ぶ勢いでした)
 そんなわけで「チャンスがあればJ1昇格を目指す」と公言していたコンサドーレが打った手がこのデルリス選手の補強でした。

 彼は水戸で得点を重ね、J2得点ランキングでも上位の方に名を連ねる若干21歳の若者でした。その「得点感覚」が是が非でもほしかったのがコンサドーレだったのです。

 しかし、彼は最後までチーム戦術になじむことができなかったのか、わずかな得点しか挙げることができず、2005年のシーズンを持って戦力外通告を受けてしまいました。水戸はカウンターサッカーのチーム、札幌はパスでつなぐチームです。この2チームではFWに求められるものが全く違っていたのです。

 「惜しい素質」と、私は思います。
 もう1年、柳下塾で学べば・・・という気もしましたが、そんなことを言っていてはレンタルで放出された桑原選手や戦力外通告を受けた田畑選手らに失礼に当たるものかもしれません。

 実力や潜在能力・将来性など総合的に判断してコンサドーレは戦力外と判断したのでしょう。しかし、コンサドーレで開かなかった素質が他チームで開花するチャンスはいくらでもあるのです。

 まだ若く、才能のある選手の将来が明るいことを願ってやみません。



夢を現実に

2006年01月22日

 2006年の陣容が固まった。
柳下監督は「ほしい選手は全員獲れた」という。

 新加入選手のことはもちろん大切だが、残留した選手にも注目したい。
私は年末から年始にかけての移籍時期に、2006年のシーズンにコンサドーレが必要とする選手が他チームに引き抜かれるか?・・・ということに注目していた。
 しかし、その結果は杞憂となった。

その理由はなんだろう?
「選手のレベル的に他チームに必要とされる選手がいなかった」
「J1昇格という確固たる目標を掲げ指揮3年目の監督のもと、選手も他チームからのオファーを蹴ってでも札幌に残留したかった」

 大まかに言って、その理由はこの2つのどちらかだと思う。
大塚や関など、昨年J2他チームの主力であった選手がやってきても、札幌からは主力選手の流出がいない。(レギュラー選手の戦力外通告はありましたが)

 ・・・この結果に今の札幌のサッカーが、在籍している選手にとって、いかに魅力的なものかということを推測した。いや、そうあってほしいという私の願望がその中の大部分を占めている。

 主力が流出せずに他チームの主力を補強でき、かつ、ユースから将来性のある有力な選手が昇格した。外国人選手の来シーズン以降の動向は気がかりだが、日本人選手の強化という面は着実に進んでいるのではないだろうか?
(そういう意味では、外国人枠1人しか埋まっていないコンサドーレの選手枠にデルリスを残しても良かったのではないかと・・・)

 サッカーのクラブには、指導者を固定した長期政権に時として弊害もあるが、いまのところは弊害よりも有効な成果が大きく現れているものと感じる。

 今年のJ1昇格。

 夢を現実に。