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長きに渡りこのブログを読んでいただきありがとうございました。 累計閲覧数はすごい桁になっていて、皆さんの広い心に支えられて来た事を実感します。 コンサドーレと歩んできた当ブログですが、思うところがありこの度閉鎖することにしました。相互リンクをして頂いた皆様、何より拙い文章を読んでいただいた皆様、今までありがとうございます。ここは変に炎上する事もない居心地のいい場所でした。これからは皆さんのブログを見ることを楽しみにしたいと思います。 ブログは更新しないまま今シーズン終了とともに削除する予定でしたが、長年続けてきた蓄積を捨てるのがもったいなくなりましたので、やっぱりこのままにしておきますw
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2005年12月04日
本名:バーヤック スルジャン(背番号28)
出身地:ユーゴスラビア
イバンチェビッチ監督が連れてきた点取り屋
この年、J1残留が大命題となったコンサドーレがユーゴスラビア(当時)から招聘したイバンチェビッチ監督が連れてきた助っ人。
そこそこの成績を収めてくれました。この年の助っ人FWロブソンと比較すると、ちゃんと試合にも出て点も取っていたので当時は「まぁ、いいか」と思いましたが、実はそれは選手としては当たり前のことでした。
しかし、イバンチェ監督が去ると出場機会が激減。
その年、チームを去っていきました。
・・・あまりインパクトのない選手でした。
2005年12月03日
本名:ジョゼ・ジャディウソン・ドス・サントス(背番号 5)
出身地:ブラジル
巧い選手でした。
ジャディウソンはいい外国人だと思います。
動きも早いし巧い。個人的には「巧いビジュ」という感想をもちました。
(ビジュほどのタフさはないかもしれませんが)
はじめてプレーを見たとき「巧いっ!」と思いました。1対1のプレーも負けていませんでしたし、突破力もあったと思います。
しかし、そんな彼の技術をもってしてもその年のJ2降格は防ぎきることができませんでした。
彼が他のJチームに呼ばれていないのが不思議なくらいです。
2005年12月02日
本名:マクサンドロ・バルボサ・デ・オリベイラ(背番号5)
出身地:ブラジル
柱谷体制のもと、DF強化の柱となるべく獲得したブラジル人DF。
大きな体はどんな攻撃も跳ね返しそうな印象を受け、非常に大きな期待を寄せていました。
が・・・
何が悪かったのでしょう?
決して悪い選手ではなかったはずなのですが、ロブソンと一緒に5月に退団してしまいました。私はまともにその姿を見たことがありません。
マクサンドロは幻の外国人5号です。
この年は4月にビジュが半月版損傷のケガ、5月に2人の外国人が退団と、まさに踏んだりけったりの年になってしまいました。
・・・ちなみに6月には監督も解任と言うオチがつきました。
2005年12月02日
プロフェッショナルである選手は、その実力が所属チームにとって必要か不要かということで、チームを去らなければならないことがあるんですよね。
でも、18歳でも38歳でも同じプロ。
「若い」とか「可能性」という言葉だけでは片付けられない現実がそこにあります。
さて・・・
しまふく寮通信を読み、村野さんの非常につらい気持ちが心に伝わってきました。寝食をともにした我が子同然の選手達とのある日突然のお別れです。
選手はもちろん辛いことでしょう。
ショックもあることでしょう。
彼らにかける言葉なんて私たちサポーターには見つかるわけもありませんが、せめて最終戦に赴き「がんばれ!」と声をかけたいと思っています。
現役を続けようとする場合、すぐに合同トライアウトなどの日程が組まれていますから、ショックを引きずったり感傷に浸っている余裕も彼らには許されないのです。「自分を売り込む」という営業をサッカー選手もしなければなりません。
昔、ジュビロの中山選手が海外チームに移籍した選手とTV番組で対談した時に「オレの履歴書とビデオはいつも用意しているから、身分照会があったらすぐに連絡くれよ」・・・と冗談半分に言っていましたが、当時全盛期だった中山選手でもなりふりかまわず営業活動をしてるんだなァ・・・と感心したものです。
話が横道にそれました。
次に彼らに会うときは、ピッチの反対側で別のユニフォームを身にまとっているか、スーツを着てサッカーの仕事をしているのか、サッカーと関係のないところに自分の可能性を見つけているのか・・・。
どんな場所にいても、彼らの活躍を願わずにはいられません。
「愛すべき彼等なのです」・・・村野さんのひと言が、心から離れません。
最終戦、札幌ドームに足を運ばれる方。
応援しているコンサドーレに1年以上在籍した選手達です。
時にはプレースタイルやプレー態度に賛同できないことがあったかもしれませんが、できることならば最後に大きな声で彼らに激励の、そしてねぎらいの言葉を一緒にかけませんか?
もちろん、チームに残って来年のJ昇格をともに目指す選手への激励・期待の言葉とともにです。
2005年12月01日
いよいよホーム最終戦が間近になりました。
去年の最終戦、私の家には小さな子ども(当時1歳・4歳)がいるのでホーム側ゴール裏には行くことができず、アウェー側B自由席の最前列でサンクスウオークを見守りました。
ここからはちょっと苦言になりますが・・・
去年のサンクスウオークは、少なくともアウェー側の前に選手が来た時、子どもと一緒に大きな声で声援を送っても、大きく手を振っても、それに応えてくれる選手はごくわずかでした。・・・曽田選手だけが笑顔で手を振ってくれたのがせめてもの救いでした。
選手は、選手同士の会話に終始しスタンドの方をあまり見ることもなく「ただ歩いていただけ」だったことを今でも覚えています。
一試合終えて疲れているのはわかります。アウェー側だから手を抜きたくなる気持ちがあるのかもしれません。
でも、去年もずっと声援を送ってきた選手に、最後の最後でそっぽを向かれた気がして非常に寂しかった・・・(泣)
こう思っているのは私だけなのかもしれませんが、少なくともここに1人、去年の「サンクスウオーク」が「ウオーク」になってると感じてしまった人間がいます。
ことしも小さな子ども連れで最終戦に行くので、恐らくアウェー側に座ることになると思いますが、今年はなんとか子どもと一緒に大きな声で声を出すので、そのとき誰でもいいから手を振りかえしてもらえないもんかな~?と、ちょびっと期待しています。
2005年12月01日
本名:アダウト・バチスタ・ダ・シルバ(背番号28)
出身地:ブラジル
2001年シーズン、アウミールを解雇し獲得したブラジル人MF選手。
その左足から放たれる「キャノン砲」とも言われたシュート力は圧巻。決定力・突破力を持った選手です。
このシーズンの働きから、来シーズンも継続して契約するものと思っていたら翌年の柱谷体制であっさり解雇。逃がした魚は大きいんじゃないのか・・・と思う私です。
2005年11月29日
コンサドーレには1985年~1986年生まれの選手が7人もいます。
リーグ戦に出場し実力の片鱗を見せた者、実力を発揮しきれないままリーグ戦出場が叶わなかった者など様々です。
しかし、彼らはまだ20歳そこそこ。
「可能性」はまだまだ広がっています。
今、来季戦力を見定める時期にあって、もう一度彼らについて考えてみました。彼らはまだ燃え尽きてはいません。もっともっとやってくれるはずです。
来季も赤黒のユニフォームの彼らに会えますように。
石井謙伍選手(25番)・・・1986年生まれ
すでにリーグ戦出場を果たし、はつらつとした「元気のいいルーキー」という活躍で、私たちサポーターにも非常に期待感を持たせてくれました。体の線が細いのは今後の課題となることでしょうけれども、その動き・その積極性は非常に非凡なものを感じます。・・・来季も更なる成長を期待しています。
野田達郎選手(24番)・・・1986年生まれ
第43節時点でリーグ戦出場はありませんが、ユース出身選手として非常に期待しています。ベンチ入りができていない今季ですが、来季・そして将来に向けて発展を期待!
鈴木智樹選手(16番)・・・1985年生まれ
昨年の開幕スタメンの活躍は記憶に新しいところ。
2年目の今年は若さが出て、多少出遅れたところもありますが後半は挽回し始めました。金子・田畑というボランチの先発争いにちょくちょく顔を出しているのも才能の現れと見ています。
来季は不動のボランチ定着・・・期待しています。
桑原剛選手(18番)・・・1985年生まれ
筑陽学園高校で怪物平山相太のいる国見高校との死闘を見て
「こんなすごいヤツが来るんだ~」
と感動したことを覚えています。
精度の高いFKと卓越したセンスのゲームメイクは非常に大きな期待を抱かせています。三原のFK技術を盗み、近い将来厚別の青空に、ドームの天井に芸術的な弾道を描いてくれることを期待しています。
「伸び悩み」なんていう人もいるかもしれませんが、間違いなく輝きを持った選手です。来季はピッチ上の勇姿を期待しています。
上田常幸選手(22番)・・・1985年生まれ
2年目の今年もリーグ戦不出場。
実力がないのか?・・・なんて思っちゃいけません。
実は私は上田には相当期待しています。
サテライトで彼の光るプレーを見たことがある人はほんの一握りでしょう。
選手には早熟型と晩成型があると思いますが、彼の場合まだ20歳。
十分伸びしろもあります。
3年目。来年は柳下監督とともにいよいよ勝負の年です!
蛯沢匠吾選手(27番)・・・1985年生まれ
石井・野田とともに今シーズン、ユースから昇格したGK。
GKはポジションは1つだけですが、コンサドーレはその1つのポジションに4人のGKを所属させており、4人の中で最年少の彼がもっともプロのスタートが遅かったわけです。
超えなければならない壁は高く・厚いですが、藤ヶ谷はそんな壁もものともせずに正GKにのし上がり、今ではJ1優勝争いをしているチームの正GKに君臨しています。
彼も腐らず精進を続ければ、絶対にチャンスが来るはずです。
上里一将選手(19番)・・・1986年生まれ
最初は「石垣島初のJリーガー」というフレーズしか聞こえませんでしたが、今では押しも押されぬコンサドーレのエースです。
山瀬・今野がJ1に移籍し、次のスーパールーキーを望むチームとサポーターの期待を一身に背負ってくれています。
彼がケガで離脱した時は、一体何人のサポータが嘆いたことでしょう。
彼のケガがなければ、今シーズンの昇格があったかもしれません。
早くケガをなおして、ピッチに戻ってきて欲しいと思います。
2005年11月29日
本名:ロブソン・ルイス・ペレイラ・ダ・シルバ(背番号9)
出身地:ブラジル
柱谷体制の中、ウィルの後釜として期待がかかったロシアリーグ得点王
という、鳴り物入りの肩書きを引っさげてコンサドーレに入団。
サポーターも
「ロシアリーグってどんなところだ?」
とわからないまま
「とにかく得点王は凄いんだろう」
というイメージで期待しました。
が、何がダメだったのか
・・・彼は目立った活躍のないまま退団してしまいます。
そう、彼は私にとって観たことがない
「幻の外国人4号」を襲名してしまいます。
2005年11月23日
本名:アウミール・モライス・アンドラーデ(背番号9)
出身地:ブラジル
コンサドーレ史上最強の暴れん坊FW
という、いい意味にも悪い意味にも取れる肩書きが似合いそうなウィルですが、この選手実はコンサドーレでは初めての出戻りをした(2001年札幌→2002年横浜M→2003年札幌)外国人選手です。
2001年シーズンにJ1で大暴れした結果、24点をたたき出してそのシーズンの得点王に輝く実績を残しました。
しかし、暴れたのは得点だけではなく実際にもピッチでは大暴れでした。
もらった紙は数知れず、サラブレットならば気性難という言葉がピッタリくる選手です。2002年のJ屈指の実力派チームであるマリノスに在籍した時は、ボールだけでなく奥選手まで蹴ってしまい、チームからもマリノスサポからも、そして当然、奥ギャルからも総スカンを喰らってしまい、帰って来ました。
しかし、帰って来た札幌には気性難の彼を乗りこなしてくれた岡田監督は既に去り、気性難のジョッキー、ジョアン・カルロス監督がその位置にいました。
気性難同士ですから、当然お互いの存在を相容れるわけもなく彼はトラブルを起こし、チームを去ってしまいます。
ピッチ上では頼れる存在で、鬼のような顔で大暴れする彼も、試合を離れると非常に可愛いキャラクターを発揮してくれるので「憎めない」キャラクターでもあり、サポーターからは「俺王様」という呼び名で親しまれました。
もっとたくさんエピソードもあるハズと思いますが、私はその一端しか知りません。きっとこのコンサのブログに今後、そういう話は多く出てくることでしょうから、そういう時はその記事にTBさせてもらおうと思っています。
・・・しかし、ウィルって本名じゃないんだ。(知らなかった)
アウミールが去って、アウミールがやって来たことになるんですね。
2005年11月22日
本名:マルシオ・エメルソン・パッソス(背番号9)
出身地:ブラジル
コンサドーレ史上最強のFW
と言っていいくらいの抜きん出た実力を持った若手FW。
プレースタイルはとにかく早いスピードと、圧倒的な決定力を支える卓越したゴール感覚と技術でした。
バルデスも凄かったですが、エメルソンは圧巻。何しろ1人で攻めてゴールを奪ってくるんですから。
相手チームも来るのがわかっていても止められない・・・そういう選手でした。
しかし、若干19歳で来日した彼の行動はしばしばチームに迷惑を掛けることも多く、岡田監督はそうとう頭を悩ませていたように聞こえてきました。
私としては最初リカルジーニョの二の舞にならないことを祈っていたものです。
ちなみに、この年の岡田監督の後日談では、エメルソン補強のときに同時に補強リストに名前が挙がっていたのは、当時代理人となっていた元コンサドーレ10番アシスの弟。そう、若き日のブラジル代表10番ロナウジーニョだったらしいのですが、彼は高くて手が出なかったため比較的安い方のエメルソンを選んだらしい・・・というのは結構有名な話。
妄想としては9番エメルソン、10番ロナウジーニョなんていうチームがJリーグに存在したら、間違いなく無敵だったことでしょう。
もしかしたら当時の常勝ジュビロ磐田にも勝てるかもしれない。
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