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2006年03月19日

ハーフナー・ディド

20060319-00.JPG


思い出話も尽きてきましたので、今後はたまに新コンテンツ「思い出の選手」も始めます。思い出とといっても、一方的な片思いですけどね。トレーディングカードのコレクションがある選手はそれも添えて紹介します。

第1回はディドです。私にとっては文字通り「守護神」と思った最初のGKです。コンサにはJFL時代の1997年とJリーグに昇格した98年に所属、98年はリーグ戦全試合出場を果たしています。1957年生まれとほぼ同年代のおじさんとしては、40歳を過ぎてもプレーしている姿にただただ感動していました。ディドといえば、いつも一番後ろから叫んでいるというか、怒鳴っているイメージ。前線の選手たちをいつも叱咤激励、鼓舞していましたね。忘れられないのは97年5月25日の川崎F戦。テレビ観戦でしたが、1点を追う展開で後半44分、コーナーキックで自陣ゴールを空けて相手ゴール前で攻撃に加わり、その気持ちが奇跡の大逆転劇につながったと信じています。生観戦で見たのは2試合しかないのですが、ああいう魂を今後のコンサにも受け継いで行ってほしいと思います。

余談ですが、引退後は岡田監督の下、GKコーチを務めました。宮の沢を初めて訪れた際、練習開始前に一番早く姿を現し、黙々と走っていました。思わず「ディド!」と声をかけ、手を振ると笑顔で手を振ってくれました。「いい人だー」と心に刻みました。でも、岡田監督が去った後もGKコーチを続けましたが、J2降格が決まった2002年限りで退団。翌03年から岡田監督の下、横浜FマリノスのGKコーチになってしまいました。ディドが去るとともに、コンサユースU-15で大活躍した息子のマイクもマリノスユースに移籍してしまい、今季、トップチームに昇格しました。194センチの長身で、かえすがえすもコンサでは過去にいなかった電柱系FWになれたのに、と残念でなりません。

このカードは98年のJカード。前所属の名古屋や磐田時代のカードは結構ありますが、コンサ時代のカードはこの1枚だけのようです。


posted by papa12 |09:53 | 思い出の選手 | コメント(4) |

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この記事に対するコメント一覧
Re:ハーフナー・ディド

ディドにはオーラがありましたね。
コーチとしてはマザロッピもわりと好きでした。

posted by まじっく | 2006-03-19 18:52

Re:ハーフナー・ディド

こんばんわ、です。
ごぶさたしてます。
昨年のドームのホバーリングの雪はねの時への
コメントありがとうございます。

来年はぜひ。お待ちしてます。

posted by えんしゅうりん | 2006-03-20 00:16

Re:ハーフナー・ディド

ディドは、良いムードメーカーでしたね。もちろん良い選手でしたけど。横浜でも頑張って欲しいです。息子さんも。

posted by のっち| 2006-03-20 12:01

Re:ハーフナー・ディド

ディドとか凄い(*^^)v
JFL時代から活躍してるんですもんね。
私は日本代表のW杯の時のトレーディングカードなら持ってましたw

posted by ぁっちゃん| 2006-03-23 12:33

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