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寮メシ作りに関わって、今年で6年目になりました。 毎年、シーズンが終わる頃、課題を発見しています。 昨年は、本になったしまふく寮通信と厚別競技場での売店「しま福」 この2つのお陰で、たくさんの方とお会い出来るチャンスが増えました。 たくさんの方と笑いあう事が出来ました。 寮メシを大事にして、周りの人に感謝して、しまふく寮を愛して。 新しい寮生も加わって、また時間が流れていく。 J1という新しいステージを目の当たりにする。 凹んでも笑っても。 しまふく寮は、しまふく寮で。
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2005年12月29日
今年も終わってしまいますね。 年の瀬というのは、ホッとするよな・・やり残した事があるような。 気持ちばかり先にたってしまうような・・まだまだ・・慌ただしい年末です。 「今年はどんな1年だった?」毎年このやり取りを高校生の頃から変らず親友と交わします。 電話や手紙やメールでやりとりしていても・・ついつい聞いたり、聞かれたりします。 「・・・今年はね。とても、とてもいい年になったけれど・・その分やるせなさや無力さを感じる事が出来た1年になったよ。」いろんな思いは全て宝物。 この先の原動力に変える事が出来る自分になりたい。 去年よりたくさん笑って、泣いたし。大きな声で喋れるようにもなれた。 自分の目でいろんな事をみたし、感じれた。 食料品をカート一杯買い占めて、寮にいて。小さい小さい世界。 でも、自宅で黙々と作業していたより大きな大きな世界になった。 大きな世界になった理由。 それは、寝起きからおやすみなさいまで共にみんなで暮らしたから。 大きなトラブルもなく、和やかに過ぎた1年。 12月27日の夜の便で権ちゃんが東京へと帰った。 夕方・・部屋の片付けを済ませて一人食堂のテレビを見ていたごんちゃんに 干し芋食べないか?と近寄り、取り留めのない話をした。 サッカーの事は解らないけど・・権ちゃんと取り留めのない話がしたかった。 彼はしまふく班長として完璧に寮をまとめてくれた頼もしい人でした。 大学から北海道へやってきて、在学中からコンサドーレにやってきた。 新川食堂で初めて会った。その頃金子君も来たばかりで昔から知り合いだった ようで、よく2人で来てくれた。 品が良くておっとりとした印象の二人でした。 私が作るご飯は、和食が多い。権ちゃんは和食が一番好きです!って言って くれて、体にいいからと「テンペ」を出しても「ここでは食べた事ないものも でて勉強になります!」と励ましてくれました。 だから、試食は権ちゃんに出し易かったのです。 大学から5年間・・札幌で過ごして友達も札幌で沢山できた事でしょう。 きっと高校を卒業して札幌に来たときは、もっとあどけない顔だったでしょう。 いつのまにか、しまふく寮では「アニキ」 納会の時にみんなが権ちゃんの事を「おにいちゃんみたいでした。」 と言っていました。 夏に怪我をした時、ソファーでトレーナーが治療していた時、痛みで汗を 流しながら、翌日も時間より早く待ち治療を施されていました。 ソファーは汗でびっしょりでした。 かなり年下の権ちゃんですが、私も頼りにしていたので彼を玄関で 送り出す時も、グッときてしまいました。 文章にしてよいものだろうか・・とも迷いましたが、素敵な一期生達は 誰一人とっても私の世界を広げてくれた恩人達です。 来年は・・もっと頑張ろうって思います。 ・・だから、年末の今は気ばっかり慌ただしくて脱力してていいかな・・ なんて自分を甘やかしてます。 一見うまくいかない事が実は成功のきっかけに変る事はあるよ。 変えられるのは、権ちゃんなんだよ。 ・・権ちゃんは解ってるんだよねぇ。 自分らしくって難しいよね。
2005年12月27日
・・・ここは2階の廊下です。 がらんとしていてなんだか寂しそうな感じがします。 2階は、ゲストやユース選手やマネージャーや・・今年は後から入寮した 阿部君のお部屋がありました。 ありました・・というのは・・シャッフルするからです。 どこでも「角部屋」が人気ですね。・・という理由だけではないのですが 一旦荷物を全て出すことによって大掃除効果もありますし。 部屋を痛まないように使う心得だと寮監が申しておりました。 本来なら年末に行う予定でしたが、日取りが合わず来年早々にでも プチ引越しを行う予定なのです。 2階には「しまふく風呂」があります。 160㌢の私が先日泳いでみました。10㌢位泳げました。 大きさは・・170㌢×170㌢くらいでしょうか・・。 2階はとてもきれいですね。・・・「は」と申しましたのは3階「は」 フリーマーケット場みたいだからです。 靴屋さん。本屋さん。ハンガー屋さん。 雑誌の上に 30円 とかぺラッと紙を乗っけておいたら誰かが本当に 30円置いていくかなぁ・・といった感じです。 追記・・・昨日の「お前食いすぎだって!!」の体重のメモリを ブログ投稿後、直しに脱衣所を訪れましたら・・振ってもメモリは 微動だせず・・「・・・・おもちゃ・・・??」であることが 判明いたしました。 欲しいかも・・と思って下さった方・・まことに申し訳ございませんでした。 ・・究極に役立たずな代物であることが判明いたしました。 ちっ!誰のだったんだ!・・・
2005年12月26日
いつからあるのか?誰の私物のなか?わからないけれど・・ ふと見つけて楽しい気持ちになった誰かのもの・・。![]()
お風呂場の脱衣所に「おいらココにいるよ。」と存在感が大きいヤツ。 ふと・・乗ってみたくなるけれど・・乗るのがたまらなく怖くなる。 結局乗ってみたことはない・・。 クラブハウスには、性能のいい体脂肪計が置いてあるそうで毎日体脂肪と 体重をチェックしなければならないと聞いた事がある。 だから、この・・なんとも乗るのに勇気が必要な体重計は、メラメラと存在感を かもし出しながらも、体重計としての機能を何度果たしたのかは定かでは ない・・。 今年1年、この「お前食い過ぎだって!!」がどれだけ働いたのかは 知れずところだが、殺風景な脱衣所を更にあおってくれたので・・ ここに・・「ベスト・グッズ賞」なる物を勝手に決めさせて頂く事にしよ。 ・・・だけど・・・誰も乗ってないのに29㌔とは・・。 気がつかなきゃ・・驚くだろな・・戒め体重計なのかな・・。 やっぱり・・誰も乗っていないことが判明した。
2005年12月24日
クリスマス・イブですねぇ。しまふく寮ではささやかなクリスマスを祝いました。 ・・・とはいっても・・寮生は実家や友人と過ごすイブでしょうから ひっそりとごくごく身内の集いでした。 チキンが焼きたての時に、徐君が階段を駆け下りてきたので(今思えば 駆け下りてきたわけですから急いでいたのかと思います。) 食べてけ。と引き止めて食べていってくれました・・。 ごくごく身内のパーティーは500円以内のプレゼント交換会もしました。 ユースの涼クンも用意してくれたので歌を歌いながらグルグルまわして、 それぞれプレゼント交換もしました。 クリスマスケーキのろうそくって・・・一体誰が吹き消す権利があるのでしょう? さて、本日作ったグラタンは、お鍋一つで作れる簡単なグラタンです。 お鍋の一番下に・・スライスしたたまねぎ1個をいれる。 ムキエビをいれて、マカロニ(茹でていないもの)200㌘ 適当に切ったベーコン、塩、コショウ少々(味薄めに)低脂肪乳一箱、牛乳200cc 小麦粉大さじ2杯、バター大さじ1。 蓋をして弱火にかけてコトコトと火にかける。 途中8分くらいしたら、小麦粉がだまにならないように軽く混ぜる。 それから5分更に弱火にかけてマカロニが柔らかくなっていたら とろけるチーズをかけて蓋をして火を止めてしばらく待つ。 出来た! 簡単ですが・・なかなか美味しいです。チーズの塩分があるので 塩コショーは控えめくらいが丁度いいのです。 ・・・出来れば、お鍋は密閉度の高いお鍋なら尚いいです。 今日は、みんないないので“しまふく風呂”に張り紙をして 長風呂したので、石井ちゃんのもぎ取ってきてくれたアクエリアス がやたら美味しいです。
2005年12月23日
しまふく寮通信が始まって・・かれこれ・・1ヶ月と20日・・。 昨日、パソコンが食堂に入りました。 今までのパソコンより仕事も恐ろしく速いつわものです。 これで、彼らが自由にコンサブログを自由に閲覧出来るので嬉しいです。 ・・とは言っても今はオフでしまふく寮も閑古鳥が鳴いているかのようですのでがっちりと機能的に仕事を果たすのは来年でしょうか・・・。 筆不精で書き込みをたくさんするのかとは難しいかもしれないけれど・・ 皆さんからのメッセージは伝わりやすくなると思います。 明日はクリスマスイブですねぇ。 しまふく寮のサンタクロースが一足早く・・ 食堂にパソコンを置いていってくれました。みんないい子だし。
2005年12月21日
こんにちは!!蛯沢です!!今日は、寮の掃除をするために、実家からきました。掃除をたけしと、つねと一緒にしようと思ったけどあいつらは、遊びに行って帰って来なかったです。だから、村野さん(奥さん)とふたりで食堂と厨房を一生懸命そうじしました。村野さんは台所、オレは食堂の掃除とゴミ捨てをしました。少し休憩をして下水の掃除をしました。下水の掃除はふたりで協力してやったけど、あれはヤバイ!!においが今も残ってる感じがします。でも1年間、お世話になった寮だから文句はいえません。この寮や寮の人たちには本当に感謝しています。村野さんの奥さんやともさんには毎日おいしいごはんを作ってもらって感謝の気持ちでいっぱいです。ふたりには、いろいろ相談にものってもらいました。第二のママです。笑 サポーターの人たちにもこの場をかりてお礼をいいたいと思います。2年間いつも暖かいご声援ありがとうございました!!この先まだどうなるかわかりませんけど、サッカーが好きなのでサッカーを続けていくので、どこかで会ったら気軽にはなしかけてください。本当に2年間ありがとうございました!!! 自宅でちんたらしていた私に男気「蛯沢匠吾」が厨房の掃除をしに里帰り?してくれました。 ご好意を有難く受け止める事にし、HIPHOP(ユースの子の私物無断借用)をセレクトして蛯くんとの厨房大掃除第2弾!が始まりました。 3時間くらい黙々と作業に集中して本格的に厨房の清掃が完了致しました。 午前中は来年度のOFFCIAL BOOKの撮影があり厨房の撮影もあったので あ~もっと前にやっとくべき事だったのだな・・と遠い目をしながらの 大掃除でした。 クライマックスは下水の掃除・・。蛯くんは2回目の作業となりました。 大事なものを下水の藻屑へと落としてしまいました。 柄杓ですくっても手の短い私では届きません。 「村野さん、大丈夫っすよ!俺に任せて下さい!」 と未だ誰も素手で戦った事ない下水にゴールキーパーの長い長い手で・・ 「手・・溶けたりしませんよね・・?」と不安と戦いながらすくいあげてくれたのです。 ・・・おとこぎだなぁ・・! 清掃が終わった6時頃、常君と剛君が帰ってきて帰る前に「スキーやってみたい!」 と言って盛り上がり、オーンズなら11時までやっていると言う事になり 寮監を誘ったのですが「若者ではないから体力がもたないから行ってきなさい。」 と言って送り出してくれました。 若者でもない私の運転で一行はゲレンデへといきました。 常君は寮監のウエアを着用(ズボン丈短かっ!)剛君は私のウエアを 蛯君はマネージャーのウエアでした。 それぞれに“ももひき”をはかせました・・。 常君と剛君はスキーを選び、蛯君はスノボを選びました。 常君は2回目のスキー。自称俺うまいよ!という剛君の滑りのフォームは へっぴり腰でのスタート。蛯君は転びながら大爆笑していました。 でも、さすが!サッカー選手! のみ込みが早くてびっくりしました。(いろんな意味含む) 蛯くんは硬い雪に顔面から転んで、後ろを滑っていた私の足にも 振動が伝わり心配になり私も転んでしまいました。 慌てて近寄ると歯にまで雪がついて笑っていました。 笑いながら転び、転んだまま笑っていた模様です。 「めっちゃたのし~~♪」「おもしれ~~♪」を連発しながら滑っていました。 1時間くらい滑って休憩しましたが、「ね!滑りいこ!」と早々と切り上げて また滑りました。 オーンズが終わる時間まで笑って、滑ってしまふく寮に帰ってきました。 みんなおなかペコペコです。 12時近くから夕飯のスタートです。すきやきを食べました(鍋の一種か・・)美味しかった~。 みんな高ぶったままのテンションでもりもり食べて「また、いこね!」 といつかを心から期待する「また。」の約束をしました。 蛯君、剛君、常君、それぞれ実家へと今朝帰りました。 暫く会えなくなるけれど、たくさんの事を教えてくれて本当に有難う。 そして、たくさん笑わせてくれてありがとう。![]()
2005年12月20日
調理の時、食堂の手洗いの場所にある・・手を拭く紙。 それが、時として便箋に変る。 彼等への伝言として・・ちょっとした事を走り書きしたりしている。 雪の中、外へ歩いてランチを食べに行くのは大変だろうとランチを用意 してカウンターに置いておいている。 厨房の火は、使わせてあげられないのでレンジで温められるもの限定なのだ。 昨日・・トラックバックが帰ってきた。![]()
・・・・おもしろかった・・・。 ・・・こんな面白いならもっと筆ペンで心を“無”にして丁寧に書けば よかったなぁ・・と悔やむ。 トライアウトへ向かう彼等の応援メッセージにも常君と野田君が使った便箋も “手拭きの紙” ティッシュの箱も時々彼等の伝言メッセージに変ることがある。 見落としそうな時もあるが、最近はこの“手拭きにもなる便箋”が温かい。 しかも!見つけ易いので嬉しい。 寮生も、ぼちぼちと実家に帰ったりしていっているので、閑散としているのかな・・と思うけれど・・ 夕飯の頃になると結構降りてきて一緒にテレビを見ながらご飯を食べていると “大家族の食卓”風を満喫している。 夕飯の後に見慣れぬ箱を見つけた。![]()
・・・・石井ちゃんの逆転ゴールでもぎ取った大切なMVPのアクエリアスを“フキ”してくれた~! (12月6日・・懐かしい顔 参照して頂けたら・・。) オフ明けまでとっておくからね~♪
2005年12月19日
調理実習の時間となりました! しまふく寮のランチメニューにある「オムライス」は大人気。 以前から「どーやって作るのか?」との質問が常君から聞かれる事があり、 簡単に説明していたのですが言葉では不十分だったので「・・やってみるか?」と聞いたところ 「はい!」との返事を確認し調理実習となりました。 私は何の手出しもしていません。(えらそーに)言葉で説明(指図)しました。 玉ねぎを切って、お肉を切って、全て二人で作りました。 寒い厨房で、T-シャツで頑張りました。途中玉ねぎを炒めてる段階で卵が ないことに気づき2人で武装してコンビニに卵のおつかいにいきました。 真剣に取り組みました。![]()
じゃ~~ん!最後のトマトソースも自分流でトッピングしました!美味しそうでしょう?!非常に美味しかったです! 2人ともご満悦で美味しそうに食べていました! 向かって右が常君作 左が石井ちゃん作です!
2005年12月18日
本日は、ドームにて「みんなが好きです!」サザンオールスターズの ライブに行って来ます!(一人で・・!) 30歳を少し過ぎた頃から時々お願い事をする癖がついた。 桑田圭祐のライブに行きたかったけれど、子供達が小さくて外出は困難。 そんな「白い恋人たち」が発売された時クリスマスに札幌ドームにてライブをやると 聞いて「札幌に行きたい!」と願った。 それから、2年経って札幌に引っ越してきた・・・。 願い事は細かく解り易くしようと思った。 願い事から5年経ち、札幌で大好きなサザンオールスターズの歌声に酔いしれてこれるんだ・・。 (大勢で行きたいと願うのも忘れていた・・。) そういえば、カラオケでの彼等は・・一人も“音痴”はいなかった。 音痴どころか、ファン感謝デーでどれも通用する逸材だと思う。 ・・試合よりも緊張させてしまうだろうから可哀相だけれど。 みんなお酒等必要なく歌う事を楽しめる名人だった。 子供の頃からきっと家族や友人とこうやってカラオケへ行っていたの だろう。 何を歌ったかを詳しく伝えたかったが・・ジェネレーションギャップでミスチルや エグザイルくらいしか私が知っていた曲は無かった・・。 (お役に立てずホントすみません!) 常に7曲くらいの選曲は入っていて、それぞれが楽しんでいてよかった。 最後に義理と人情の男、権ちゃんが「世界で一つだけの花」をいれて 皆でく口づさみ・・まったくだ・・。まったくだ・・と歌詞に酔いしれた。 徐君が行かなかったのは、未成年の石井ちゃんや野田君を思っての 事だったのだろうと思う。 1次会の乗りで薄着でタクシーに乗った彼等はカラオケからでて 人気の無い道と道路を眺め呆然としていた。 薄着のまま歩いて変えれる距離でもなくて、腕を組み寒さをしのいで いた。常君は暖かいムートンを脱いで誰かに「着れ!コレ着れ!」と 言っていた。 そうこうしているうちに2台のタクシーのランプが見えてタクシーに 乗って無事に「我がしまふく寮」に着いた。 一次会の残骸を片付けに食堂に入ったら徐君と部屋で話をしていた石井ちゃん が片付けの手伝いに入ってくれた。 ・・・・みんな魅力的な人間ばかりだ!
2005年12月16日
「村野さん、これ・・葬式いくみたいですか??」 ・・・・ううぅん・・・。ぴちっとしたスタイリッシュなスーツ に身を包んだ石井ちゃんが私に問うのは“黒いネクタイ・・” {黒いスーツに黒い細身のネクタイ} ・・見えなくもない・・。見えなくもないが・・・石井ちゃんがそれを選んだのなら それは、間違いない・・と思う・・。 最後の語尾の「思ぅ。」はかき消されてしまう程小声になってしまった。 普段ジャージ生活を見慣れている私は、試合前等の大事な時に時折見せる スーツ姿に見とれてしまう。 フレッシャーズならこんな感じで通勤するのか。とかカッコいいサラリーマンだな。 別の人生を歩んでいたかもしれない彼等を勝手に妄想してしまう。 しかし、彼等が着るスーツは私が知っているスーツでは、もはやない訳で。 ピタッとしたスーツでも・・下衆やばお(やばおってどう書く?) みたいでもないわけで。 高校を卒業したての彼等が23歳くらいになると急激にかわる。 大人びるというか、骨格が変るというか・・。 カズ君あたりも、最近変ってきたなぁと思う。エビ君も体のラインが締まって きたように思う。色眼鏡で見ているように思われてしまうかもしれないけれど、 データに繋がるので気を付けて見るようにしている。 昨日は、子供とオフになったら「カレーを作ろう!」と約束していたので 夕飯の支度は子供2人を従えて大きく切ったチキンでカレーを作った。 しまふく寮のカレーは、JAようていさんから沢山頂くトマトジュースと たくさんの玉ねぎで煮込むのでお水は使わない。 血液サラサラカレーをもっとーにしている。 お鍋で残っていたシメジや舞茸をくわえて美味しかった。 カレーといえば、今日の日刊スポーツの相川君が 「来季も西谷さんとやりたい」 という欄の下に『カリー屋 桔兆』という(カリーの変換解らず・・)西区のカレー屋さんが紹介されている。 村田氏は私の料理の先生で困った時などにレシピを教えてもらったり 「しまふく寮」のお披露目の時の(私が苦手な)オードブル作りも手伝って貰った。 近所にオープンしたというので行ってみたらカレーも非常に美味しかったので、 「選手やスタッフに行ってみて食べてみて。」とお触書をまわしたら 美味しいのでハマってくれたようだ。 白黒の新聞では見た目の鮮やかさも解りにくいけれど見事としかいいようがない程鮮やか。 しかも値段もリーズナブルなのだ。しかもナンも焼きたてで出してくれる。青汁カレー以外は 殆ど食べたけれどどれも絶品だと思う。 どのカレーもパスタソースみたいな感じでまさにプロが作るカレーなのです。 カレーというのは、(昨日も食べたと言うのに)思い出しただけで 食べたくなる魅力的な食べ物であると言う事は間違いない。
2005年12月15日
「い~~~~っす!!!」 加賀君がやってきた。彼は玄関のスリッパを履かずに靴下で滑り込む ように食堂に入ってくる。 ・・・・慣れた。最初は驚いた。 一番奥の厨房のカウンターまで4㍍くらいの距離を靴下で滑って 挨拶しに来てくれるのだ。 昨夜はユースの涼君が夕飯を食べていたので私も手前のソファーに座って テレビを見ていたら「い~~~~っす!!!」だった。 ・・・アタシ。慣れた。この登場にも。確信した。 ちなみに昨日の夕飯は『私たち』だけは・・お鍋ではなかった。 冷凍庫に入っていたカツやら春巻きやら鮭フライ等の余っていた 食材を揚げて、お浸しとスープで手短に支度をして、帰って来た 常君や剛くんと家族で食べたのです。 でも、涼君は少し体重が増えてきたので『お鍋』がいいとリクエスト があったので(お言葉に甘えて)お鍋を(また)用意していた。 さて、食べな。・・と言った頃・・加賀君がソックス滑りで 登場したので「食べてきな!」という事になった。 対して面識のない二人がお鍋をつついていたにも関わらず対して加賀君 と面識もない私も、その場所を後にした。 一体何を話していたかは定かではない。 暫くして片付けに食堂に戻ったら既に涼君の姿はなく・・ そこはプチ社交場となっていて、剛君と常君と加賀君と3人で お鍋を食べていた。 「やはり・・鍋はいいだろう。」と一人感慨に耽り自宅へと戻った。 今朝、食堂に入ったら、食器など洗って伏せておいてくれてた・・。 どなたかは存じませんがお心遣い感謝します。
2005年12月14日
12月に入って、気忙しい。毎日考えさせられる事や寮にいても自宅のソファー に座っていても何やら落ち着かない。 オフになったらやろうと・・やらなければならない事を横目で見つつ。 オフに入って5日。夕飯の献立が全く思いつかない。 初日は家族と涼君と外食。2日目はお鍋。3日目は鉄板焼き。4日目、5日目 共にお鍋。寮にいる子に「ご飯食べるか?」と誘い出して・・お鍋を つついて食べる。毎日「お鍋っておいしいね~!」と心底思うので言って 見るが子供達は「・・・。」ノーリアクションです。 常君と涼君は「毎日でもいいすね!」と言ってくれる・・・。 でも、どう考えても「お鍋」は日本の最高の食事だと思う。 余計な油は削除できるし、野菜は沢山食べれるし、何しろ皆で同じ味を 共有出来てとてもいい。 出産後、なかなか体重が戻らなくて焦っていた。そして、そのうち増えた 体重にも慣れてきた。好きなものを作り、食べる。 親友の結婚式に出席する時にスピーチの事ばかり気に係りドレスの後ろの チャックが半分までしか上がらない事になかなか気が付かなかった。 その時お鍋を食べ初めた。毎日毎日開けても暮れてもお鍋を食べた。 さすがに家族に迷惑がかかるので私だけ毎日お鍋を食べた。 炭水化物を減らして、とにかく野菜を沢山!お腹一杯食べるのです。 寝しなではなく寝る5時間前に食べ終われば凄くいいんですが。 “とんかつ”のように高カロリーで尚且つ目が食べたがる食べ物は お鍋を食べ終わって満腹を感じた状態で真ん中の一番おいしい所を 食べるので食べた気になれる。ストレスを貯めないようにするのだ。 選手の中でも脂肪が付き易い人はいるので、体脂肪が上がって問題になる 前に申告してもらえれば、別メニューになる。 まず、野菜が一杯入ったお味噌汁を沢山食べさせて、煮物。魚。ノンオイルサラダと メインの胸肉や赤身の肉を半分位だします。 ご飯も必要以上に取り過ぎないです。 食べる順番を注意するだけで、カロリーは大幅に減らせられて栄養バランス も摂れていればリバウンドもしないのです。 スポーツ選手でなければ、豆腐や温野菜を沢山とるようにして夜の炭水化物を 減らせばダイエットになるのです。 肌や髪も乾かずに体重だけ落とせるなんて女性には有難いですよね。 偏った栄養では、ストレスやリバウンドと戦わなくてはならないし。 お肉や魚も摂るけれど意識的には色々なお野菜を沢山摂るのです。 今の季節にはピッタリのお鍋。私は生姜を薄切りにしてガリガリかじります。 体は温まるし、風邪がひきにくくなります。 選手は2人しましたが2人とも体重、体脂肪ともに落ちました。 一人の子は確か4㌔位。一人の子は7㌔。 私の場合・・体重を10㌔近く落としました。女性は慌てて落とすと よくないので5ヶ月位かけてですが・・。 リバウンドはしませんでしたよ。 水炊きした残り汁にカレールーを入れてカレー雑炊にチーズトッピング。選手が好きな雑炊です。 (ダイエッッターはお味見程度に)お試し下さい。 ・・で・・今日の夕飯は・・・お鍋しか思いつかない・・!
2005年12月13日
「じゃ!またね!いつでも遊びにきてね!」 薄暗い住宅街の一角。雪明りが頼り。 野田君の真っ白い歯が相変わらず爽やかでホッとする。 昨日は野田君のお引越。しまふく寮の玄関はダンボールの箱が並んでいた。 べっぴんさんのおねーちゃんが車で迎えに来てくれた。 入寮したころからグッと増えた荷物。 どうやら乗り切らないようで「だったら、送ってくか!」と言う事になり、 寮監と常君とまだ雪道のコツをつかみきれていない私の運転で野田君と残り の荷物を乗せて10万キロを突破したセレナは走りだした。 40分位車で走った頃、野田君が育った街へとたどり着いた。 近所には割りと大きい公園があり札幌では珍しくない雪山が出来ていた。 「きっと・・この公園で暗くなるまで遊んでいたんだろうな。しかも そんなに前じゃない筈だろな。」 荷物を降ろしているとこれまた爽やかなお父さんとこれまたべっぴんさんのお母さんが いらしてくれた。お二人共とてもにこやかに対応して下さった。 荷物を降ろし終わり雪明りの下で「じゃ!またね、いつでも遊びに来てね!」 「親孝行しろよ!また連絡するからな。」と寮監。 常君は柔らかな顔で笑っていた。 来た道を辿りしまふく寮まで無口に帰った。 昨日の昼は、クラブハウスから帰る権ちゃんと徐君を待っていた。 最初に徐くんが走って階段を2段とびで駆け上がっていった。 「ご飯は?時間あるの?」「いや!もう出ないと!」 「わかった!頑張って!!」皆さんがおっしゃるように月並みな言葉だった かもしれないけれど多分それが一番適切だったと思う。 暫くすると権ちゃんが慌てた顔で帰って来た。自宅から慌てて出て行くと 急いでいるのにも関わらず私に手を差し伸べてくれた。 握手をしながら「いっちょ!かましてきてね!」 ・・・適切だったのだろうか・・。 すっきりとした顔で「ハイ!」と笑って自室へと走って行った。 トライアウトなんて、誰でも受けれるものではないし、続けて行く上で また経験する事になるのかもしれないのだから挑戦する事は無駄な訳 があるわけない。そうだ、無駄なんてあり得ない。 一番最初に京都でのトライアウトを終えたエビ君も帰って来た。 夕べの残りのトントロ定食を作って急いで食べさせて慌てて彼も寮を飛び出していった。 常君と野田君が残したメッセージが3人の靴箱に集合写真と共に挟まっていた。 みんなの顔が確実に切り替わってます! 分岐点は門出なんですね。札幌は柔らかな陽射しです。 彼等が未来に向かって足を踏み出した大阪がどうか柔らかな陽射しで 彼等を包んでくれたらいいと願っています。 春から大学生になる事を選んだ野田君が大学生になりプロの世界と大学生 の二つを経験する事が財産に繋がりますように。 みんなの門出なので深夜ではなく朝に書き込みたくて。 彼等は誰一人とってもみんな素晴らしい! 勇気を持って不安に勝って札幌にきてよかった!会えてよかった! 寮が出来てホントによかった!
2005年12月12日
オフを待ってくれてたかのように一面雪景色。 今も窓の外には、チラチラと雪が舞っています。 昨日夕飯の時に常君と剛くんとスキーの話になり剛君いわく 「オレ、スキーめっちゃ上手だよ!」と自信満々だった。 常くんは、コンサドーレ札幌スポーツスクール fut's で去年子供達と 一緒にスキー教室に参加してくれた時が初めてでおもしろかったと言っていた。 剛くんが「めっちゃ、上手!」と言い切ったからには証明せい!という話に なった。 食事が終わって、トヨタカップが終わって私のところへやってきた彼等。 「村野さん!ソリ貸して下さい!」「・・・・そりかいっ!」 2台のそりを貸してあげたら引きずって二人で何処かへ出掛けていった・・・ ・・・20分もしないうちに帰ってきた・・・。 騒がないように遊んだからなのか、ジャージだったからなのか、 ソリだったからなのか。 昨日の昼ごろ・・常君が近所の子供と共に雪かきをしていた・・。 3階の窓から見つけたその光景はなんだか面白かった。 野田君はさすが北海道出身スノボはやっていたらしい。想像したら・・ 似合うなぁ。 野田君って、喜怒哀楽を余りださないんだけれど、真っ直ぐ目を見て話て くれて、時々真っ白い歯を見せて笑ってくれると・・・得したな・・。 と思う。 しまふく寮生がスキー場で転んでいたり笑っていたり、持ち前の腿の 筋肉ですぐ滑れるようになって競争してる所を見てみたいな。 昨日の夜、家族を起こさないように小さい音で音楽を聴きながらブログを 書いていた。今電源を入れたら余りに小さい音だった。 たいして環境は変っていない筈なのに。 夜というのは、耳や気持ちが研ぎ澄まされてしまうからなのだろうか。 今夜は、ジョカトーレだ。今まで、次の日のことを考えてタイムリーに 見れなかったけれど、今夜は膝を抱えて体育座りで自宅のテレビの前に陣取って みよう。始まる前に食堂に行って誰か座っていたらレンジでチンして作る アツアツのポップコーンとホットココアでも出してやろう。 食堂にコタツを置いてやりたいなぁ。
2005年12月11日
彼等の歌声が聴こえてくるようではありませんか? 彼等の歌は上手でした。“しまふくライブ”だけにしておくのは非常に もったいないです。 ファン感謝イベント等でお披露目しても十分だったと思います。 急遽、部長の一声で始まった即興ライブ。 彼等2人は、わずか5分たらずでユニットを組みました。 楽譜を用意して、古いギターのチューニングをして、 「たけし,これにしよっか。」でサヨナラバス 私は、幸運にも、たまたま一番前の席に座っていました。 カメラマンの娘が「ママ。ないてるの?」覗き込み・・。 静かに誰にも見られず泣いていたいなって思いながら指で拭きながら 後方を見ると・・顔を真っ赤にして歯を食いしばって・・ 一心不乱に泣いている子。 いつからか・・そんな風に泣けなくなっている事を寂しく感じました。 そして・・そんな風に泣いている彼をとても羨ましくおもいました。 寮生が泣いているのは一つの思いだけではなかったでしょう。 寂しさ、悔しさ、不安、憤りのない思いが彼等の心を痛くしている。 封筒を開けた瞬間は固まってしまったでしょう。 でも、今は笑ってる。相手を気遣える。モチベーションをあげる努力。 こんな事で負けてしまう彼等では無いと思っています。 体にはプログラムが組み込まれていて、小学校で始めた サッカーがどんどん上達していって、色んな試合で負けて、試合に 出れない屈辱を味わいながら、いつの間にか悔しさを隠す事が 上達していって・・ でも、悔しいから頑張って。時々流されて弱い自分に気が付き。 また頑張ろうと思う。 頑張ろうと思う気持ちを育てれば育てるほど大きくなる。 その為には、残念ながらきっと痛みが不可欠。 私には親友と言える友人が2人います。 一人は、幼稚園の頃からの幼なじみ。 もう一人は高校の同級生。何があっても、どこにいても存在を感じる。 そんな風に感じれるのは、まだ私が子供と言える年齢で知り合ったから なんじゃなかと思っています。傷つき易く純粋な頃。 そんな年齢で毎日、一緒に練習して、笑って怒って話して、歌って遊んで。 そんな素敵な時間に無駄などなかったんじゃない? 新しい場所は、最初は居心地は良くないかもしれない。 でも、適応出来る。気が付けば笑ってる。『住めば都』を作るのも 自分。 自分の可能性を作るのも自分。(エビ君に日々復唱させてる言葉です) また笑って話せる時がくるさ。僕が僕らしくいるから♪ってね。 神様は出来る人にしか試練は与えないって・・やっぱり以前読んだ 自己啓発本に書いてあったし。(また自己啓発本か・・) 今の不安が甘っちょろいっていつか思うこともあるかもしれない。 その時乗り越えるために今があるなら受けてたってやればいい。 私も神様も・・勝手な事言っちゃって・・って思うけれど、私もこれから先 きっと色んな事が起きて・・でも、両足で踏ん張って家族と自分が なんとか踏ん張って乗り切れるようにちょっとづつでもいいから 強くなりたい。 その時アタシも頑張るから!キミ等も頑張れ!!! ・・・・また書きたかった本題から横道にそれてしまったようです。 しかも、ブログではなくて手紙に摩り替わってしまいました。 廊下のダンボールが少しづつ積み上がってきたのが原因なのか。 私の性格だからなのか。 今日書こうと思っていた事は・・また改めて。
2005年12月10日
「うたいびと はね」“4人”という歌をご存知ですか? 私は、初めて聴きました。 “納会”が終わって権ちゃんが「村野さんも一緒にカラオケいきませ んか?」 と誘ってくれたのでホイホイとついて行きました。 タクシー2台に別れていきました。 近所のカラオケボックスです。 私とスタッフは遅れて行きました。もう先に権ちゃん、智君、剛君、 常君、は先に行って歌っていました。 部屋に入って割と直ぐにこの・・「うたいびとはね」“4人”が流れ ました。剛君と常君の選曲で2人で。 すごく、すごく歌詞が心に染み渡りました。 なんだか、歌詞をきいていると同期5人(智君、剛君、常君 エビ君、カズ君)の関係にダブって聴こえて切なくなりました。 新川からご飯を食べに来てくれるようになって知り合った5人。 まだ、あどけなさが残る5人でした。 いたずらが、すぐばれてしまう詰めの甘かった5人。 (もうちょっと、うまくやればいいのにぃ!)と思っていました。 性格は、様々。マイペースな子、心配に為る程優しい子、純朴な子、 お調子者な子。人懐っこい子。 レトリバーの子犬のようにじゃれあい、それがこぜりあいになり 最後は笑ってる。 ・・そんな事の繰り返しをたくさん見ていたので、いつの間にか こぜりあいでさえも私もなんとも思わなくなってきました。 札幌に来て最初の1年は、彼等との接し方が全く掴めず、自信もなく 必要以上の言葉はうまく交わせないまま過ぎていきました。 2年目に彼等5人が加わった事によって大きく変れた切っ掛けを作って くれた5人でした。 普通に話してもいいんだ。って。 彼等には、多分そんな意識等全く無かったでしょう。 だけれど、私には大きな大きな力を分けてくれた5人です。 去年の最後の夕食の話は私の以前のブログにも書いたように 去らなければならない彼等に切なさを感じていた日に いつもなら直ぐにテレビをつける5人が「今日は音楽がいいっす。」 と言って、私がばかみたいに繰り返し流していた平井賢の 「思いが重なるその前に・・」でいいです。と言ってくれて。 (恥ずかしかったな・・) 5人並んで1年間ありがとうと言って黄色い紙袋に入った茶色い手袋をくれました。 お出かけの時に時々使いましたが、お茶を飲んだ時とかはずすと 無性に心配になって何度もバックの中を探します。 高校を卒業したばかりの彼等が私に元気とエネルギーをくれました。 お婆さんになってもバックの中を探すと思います。 エビくんは、カラオケにはいなかったけれど、剛くんと常君が2人で 歌ってくれた「うたいびとはね」は“5人”でした。 もう一度聴きたいので、近日中に買ってこようと思っています。
2005年12月09日
今日のランチをもって2005年『寮メシ』は暫くお休みになります。 と・・いっても、食堂へ行って「目」があったら作りますけど。 オフといっても、彼等はトライアウトを受ける選手やリハビリ等で宮の沢の クラブハウスへは行く事になるのではないでしょうか。 ・・冷めないうちに慌てて撮ったので・・(いいわけ・・) しかもスプーン置き忘れてる。 しかもソース散ってるし。 スペアリブを乗っけたサラダ。 鶏胸肉のトマトソースパスタ。 ようていメロンのフローズン。 デス。 タバちゃんと池ちゃんとダイゴ君も来てくれました。 タバちゃんと握手出来ました。 もっとごっつい手かと思ったら、私の手の方が肉厚?と思うほど 温かくてしなやかな手でした。 雑誌やテレビで見るよりずっとひとなっつこい笑顔が素敵な人ですね。 ランチが終わって片付けてから〔しまふく食堂大掃除大会〕です。 9ヶ月の間に厨房卵を割った数・・多分4500個? お米は・・・1600㌔?? レタスの数・・・不明 作った食事の数・・3500食? 私の計算があっていれば・・ですが。 献立のノートは三冊になりました。 去年よりもずっと私を楽にしてくれたこの厨房に感謝を込めて。 厨房はピカピカになりました。 そして、厨房よりも更に私を助けてくれたのは相方のトモちゃん です。 たくさんのフォローをしてくれてホントにありがとう! 来年もあーしよーこーしよーいいながら頑張っていこね! そして、しまふく寮にたくさんの美味しいお野菜やお米を定期的に 送って下さったJAようてい様。 新川で始めた頃から応援して下さって有難うございます。 お蔭様で彼等の負担を大幅に削る事が出来ました。 何も無駄にすることなく胃袋に納まりました。ご馳走様でした。 アクアクララ様もたくさんの美味しいお水を有難うございました。 夜中に彼等がこっそり食べるラーメン等にもお湯が出て大変役にたちました。 札幌市水道局様の“札幌の水”は練習に行く際や部屋で彼等が飲むのに とても便利でした。暑い夏には半冷凍して練習中も冷たい水を 飲めたので彼等も喜んでいました。 最後になりましたが、サポーターの皆様より美味しい季節の果物や お漬物や彼等の写真やレシピやお手紙等本当に有難うございました。 これからも選手がより身近に感じて頂けるような“しまふく寮”での 彼等を紹介出来ればと思っています。 『納会』のミニライブの写真をアップさせたかったのですが アーティストに確認するのを忘れてしまったので許可を頂けたら ご紹介したいと思っています。
2005年12月08日
『ウイ~~~~っス!!』カチンとグラスがぶつかる音と共に しまふく寮の納会が始まった。 テーブルにはお鮨やピザや彼等の好きなものをたくさん並べた。 しまふく寮のファミリー総勢20名がしまふく食堂に集まった。 生ビールのサーバーをお借りしてきたのに余ったらどうしよう・・。 なんもなんも・・一時間もしないうちにお店で使われるタンクは 空になって、缶ビールやらいろんな種類のアルコールがグラスに 注がれていきました。 しまふく寮で、みんなで集まってこうやって飲む事。 まったく初めての経験。 1年に1度のいろんな思いを込めた納会。 権ちゃんの顔が少し赤くなり、常君の目の周りが赤くなり・・ 少しずつアルコールが回ってきた頃。 サポーターの方が試合の時に歌ってくれる歌を常君が歌い始めと共に 皆のお酒が加速。 いろんな声が飛び交いいろんなテーブルで大きな笑い声。 うちにあった古いギターを持ってくると徐くんが弾き語り。 剛君がハモリ♪だした。 いつの間にかそこはステージになりミニライブが始まった。 一番最初に歌ってくれたのは 「ゆず」さよならバス 隠していたけれど誰もの気持ちの中にあるおもっ苦しい何かが 徐くんと剛くんの歌で前向きな素直な自分になっていいように 思えた。 歌を聴きながらオイオイと泣いているもの、笑っている者、様々。 そのうち・・大合唱♪ ミスチルや19をみんなで歌った。 ショートコントの時間もやってきた。 野田君と石井ちゃん、常くん。 石井ちゃんが手にネタ紙を握っていながらコントが始まりまって。 どれもこれもしまふく寮であった事件を小ばかにしたネタだったので お腹がよじれるほど・・というか、イスから転がり落ちてしまいました。 思い出したら今でも笑えます。 それからスピーチの特訓の為石井ちゃんが代表して私とトモちゃんに 素敵な写真の寄せ書きをもらいました。 すぐ「えっとぉ。」とか言っちゃったりするので5回程やり直しコール 入りましたがスピーチの成果は上がりました。 ヒーローインタビューで堂々と誰よりも上手に喋れるようになるはず。 (皆さん!いつか驚かないでくださいね。) 権ちゃんが選んでくれた素敵なエプロンも頂きました。 彼等と過ごした9ヶ月共に素敵な宝物がまた増えました。 しまふく班長の権ちゃんが最初に挨拶をしてくれました。 このしまふく寮での出来事や想いを一人一人が立って話しました。 聞きながら、話しながら誰もが泣いています。 トレーナーの首の部分を伸ばして、顔を隠す人、袖は涙で濡れて しまっています。 送る人も送られる人も心を素直に開放したようです。 20歳くらいの不安定な気持ち、忘れたくなくても忘れてしまっている いろんな気持ち。 少しだけ、近づけたような感じでした。 これから、別々の道を歩いていくけれど、しまふく寮の一期生であったこと プロとしてコンサドーレの選手であったことこれは事実なのだから何も 悲観する必要等ない!と。 今日は『送別会』ではなく『納会』なのだ。プロサッカー選手として いつか必ず終わりが来る、だけれど関わっていたいと願うなら諦めるな。 そして、プロじゃなくなった時のその先の人生のが長いのだ。 これからも自分を大切にして欲しい。 と・・村野寮監の締め括りの言葉でした。 まだまだ・・何時間かの出来事のほんのひとコマです。 歳をとっても忘れたくないから今の気持ちを残しておきたいので また・・改めて。 エビ君は、トライアウトの為に昨夜実家に一度帰りました。 きっと今頃は、京都です。 頑張れ!エビ!恥はかいて何ぼ。だよ。 行動を起こせた事がかっこいいよ。
2005年12月07日
しまふく寮って名前・・改めていい名前ですねぇ。 寮の名前を公募したと小耳にはさんで決まったと聞き・・で・・ 「しまふく寮」最終的には何個かの名前が残って選手等の希望で 「しまふく寮」になったと聞いたような気がします。 先程改めてネットで確認してみたら2人の方が同じ名前を思いついたのですね。 住所を書くことって本当に多いのですが、 「しまふく寮管理室」って書くとき「あ~寮の管理人さんなのだな。」と職業も併せて明かす事になります。 選手のDMによく「ほふく寮」と書かれて届く事があります。 そんな時・・「あ~~しまふく寮でよかったなぁ。」と思います。 自分でも住所を書くときは気をつけて“し” “ま”を間を取って書くように気をつけています。 だって、いい名前ですものね。 今年のしまふく寮は、名前にピッタリのメンバーでした。 寮が出来た時、どこかの方に竹刀を頂きました・・・・。 一体・・どうなっちゃうのだろう ・・・??と思いましたが竹刀は 管理室に立てかけてありますが、何の役にも立たなくてホントによかった。 12時には、自室に入るという決まりまで原則としてあるのですが、夏頃だった と記憶していますが窓を開けて大騒ぎしていた選手がいて・・ 寮監が怒鳴って乱入!正確には・・・静に近寄って扉を思いっきり蹴上げて 怒鳴り散らぁす!(彼等よかよっぽど大声かと・・) その時、5人くらい部屋にいたらしいのですが・・とんでもないカッコを していたらしく・・。とんでもないカッコをしていた選手は、そのままの 状態での説教・・・。 寮監は、休みの日には行き届かない所を掃除してくれます。 なるべく節約出来る所は節約の心で・・。 下水だったり、あんなとこや・・こんなとこ・・。 下水掃除に至っては、窓を開けながら作業しても本当に臭いんですが、 きっちりした人なので、プロのような手仕上げでピカピカにしてくれます。 ・・そんな時・・常君は「手伝いましょか?」と優しいので「おう!」と 寮監と下水のアナに頭を下げて手伝ってくれた事もありました。 エビ君は、下水掃除の刑に処せられた事もありました。 任務を終えた二人の青年は、「出されたものは、残すまい!と心に誓いました!」・・・と言っていました。 手前味噌ですが寮監は顔も態度も怖いですが、時折見せる優しさや 長年のマネージャーで鍛えた配慮は1級品です。 まだまだ・・村野寮監の熱のこもったエピソードはあるのですが今回はこの辺で・・。
2005年12月06日
昨日は凄く嬉しかった事がありました! 1年振りに「吉瀬君」に会う事が出来たからです。 「いやいや~~!1年なんかじゃ、全く変らないねぇ~!」と言ったら 「変りたくないっす!」とはにかみスマイルが返ってきました。 余り口数の多い人ではないけれど、彼のつっこみはおもしろいのです。 もっぱら阿部君につっこみが入る光景を目の当りしていたのですが。 昨日は久しぶりに会った仲間と楽しい時間を過ごせたのではないでしょうか。 昨日ちょっと面白い話を聞いちゃいました。 石井ちゃんの「MVPアクエリアス1年分」をどうすんだよ!と言う話になった そうで、どうしようか・・と迷う石井ちゃんに常君が 「お前、迷う必要などないだろ!!そんなのは、しまふく寮に“フキ”だよ。“フキ”!!」 ふきって・・・。 昨日夕飯の支度の時に私が手を滑らせてお皿を割ってしまいました。 ご飯を食べてる常君がカウンターを覗き込み「大丈夫ですか?! 手切っちゃうからお皿自分片付けましょか?」 ご飯を食べながら剛くんが「村野さん!村野さん!大丈夫ですか?」 モグモグしながら声だけレスキューさながらの緊迫した小芝居で私を和ましてくれました。 ・・・・・。 しまふく寮生は、前がどこにあるかを真剣に模索しています。 一日毎に行動を起こしたり起こそうとしています。 誰もがより良い明日を迎える為に頑張っています。 たくさんのご心配やご配慮は彼等に伝わっていると思います。
2005年12月05日
私が北海道の言葉で一番好きな言葉です。 新川に住んでいた頃、お向かいのおばさんにいつも助けられた。 そのおばさんは、お漬物を作る達人です。 スポンサーであるJAようていさんからたくさん頂く大根をいっぺんに 食べきれないのでおばさん漬物の作り方を教えて頂いた。 寒いガレージで皮むきとまな板で二人で作業した。 寒い中手伝ってくれるおばさんにごめんね。というといつも 「なぁんも、なぁんも!いっしょやぁ!」と言ってくれた。 絹さやがたくさん届くとおばさんの家に遊びに行って白菜漬けやお菓子を 頂きながらポチポチと端っこを切りながら色んな話を聞かせてもらった。 北海道は寒いがゆえにお漬物が美味しい。 横浜に住んでいた時も冷蔵庫に糠漬けを作ってみたりしたけれど 小さいタッパで作るにもかき混ぜるのを忘れる事は毎度の事。 おばさんは、大根の醤油漬けや赤カブの漬物やたくさん樽で作る。 同じ時期に漬けると「ママ、塩漬けしたカブそろそろあげて!」と 必ず声をかけてくれるので忘れっぽい私には大変助かった。 おばさんには、「ありがとう。」「ごめんね。」と言う機会が たくさんあったのにいっつも「なぁんもなぁんもいっしょや~」 私もこんな風にいつも言えるようになりたいです。 今朝も眠そうな眼で彼等は起きてきました。 何も変らないいつもの朝です。 変った事といえば、今日の早起きさんはカズくんでした。 朝食を食べに来る順番は割りと決まっていて、最初は岡田君か剛くん。 この二人のどちらかで今日みたいに変る事は珍しいです。 朝食はご飯でもパンでもいいようなメニューです。 以前は炊いたご飯が沢山余ってトーストばかり売れてしまいましたが、 夏頃からトーストの動きがピタ!と止ってしまいました。 阿部君は、夜食用にトーストにメロンパンペーストを塗って焼いて自室に 持っていっていたのに。(何時間後の夜食かは不明・・。) カズくんは、おにぎりが好き。アウェイで試合があって食べれない日は 前の晩に「おにぎり何個?」と聞く。 すると・・カズ君「7個!」最初は冗談かとおもったのでけれど、どうやら 冗談ではないらしい。彼のおにぎり好きはチーム内でも有名らしい。 ご飯だとおかわりしても1回くらいだけれど、おにぎりなら7個・・・。 別腹のようです。 カズ君はご飯のとき水分を全くとらない。 食べ終わると牛乳を一気に飲む! 色んな習慣。おもしろいですね。 そういえば、新川の時にカズ君が立っていた足元のキャビネットからお皿を出したくて カズ君の足をちょっとよける為に手の甲で軽く押した時、壁のような 感触で驚いた。これが鍛えると言う事なのだな・・と悟られないように心でうなずいた。 時を同じくして、相川君の親指の爪が紫色に変色していて、これも精進すると言う事なのだな・・。 と心でうなずいた。
2005年12月04日
昨日、最終戦を終えた彼等は今日はオフです。 思い思いのオフを過ごしたのではないでしょうか。 先程食堂に行ったら常君と剛君がサッカーを観ていました。 アイス食べるか?チョコ食べるか?と食べ物で釣るような私の問いかけに 「大丈夫です!」ときっぱりされてすごすごと自宅へ戻りました。 私もお腹一杯です。今夜はユースの諒くんと近所のおそばやさんに行って てんぷらとうどんのセットなる物を注文してご飯も一膳食べて・・ 高校生の男の子と同じだけ食べてしまいました。 明日は5日・・・9日で練習が終わると聞いているので私のご飯作りも もう残りわずかです。なんだかんだとやる事はあるでしょうが。 デジカメを握り締めて寮内を探検するかな。 私が歩ける場所も限りはあるでしょうが、ひとけのない風呂場を潜入ルポしなければ いけないような使命感にかられているのは何故なのでしょう・・。 ・・・玄関から音が聞こえてきます。時刻はpm11時. 門限間近かになるとラッシュです。 しまふく寮ではオフの前になると「外泊届」なる紙が玄関におかれます。 自分の携帯番号と所在や何しに行くかを記入します。 みんな{食事}と当たり前の様に書いてあります。 誰か面白い事かいてないのかなぁと思いめくってみますが、面白い事は 書いてくれません。・・当たり前か・・。 昨日のブログの講座で「タイトルに興味を持たせる」 と教えてもらいましたが・・タイトルって難しいですね。 いつも手が止まってしまいます。 特に今日のように取り留めのない文章ですとつかみ所もなく・・。
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2005年12月03日
有意義なブログの講座でした。これでしまふく寮の・・あんなところや・・ こんなところ・・をお見せしたり出来ます! まず、ドームから帰って慌てて撮ったのが「しまふく食堂」です。 ここで彼等はご飯を食べたり、アイスを食べたり笑っていたり、エビ君が誰かに擦り寄っていたり、常君が誰かを癒していたり、カズ君がテレビを見ながら声高らかに笑っていたり、徐君が紳士だったり、岡田君がご飯が出来るのを待ちながら携帯をいじっていたり、剛くんが寝起きにゴルゴ13の眼でヤブにらみしていたり、権ちゃんがかっこよかったり、野田君がひょろっとしながら爽やかな白い歯ビームだったり智君が寝坊してきたり、石井ちゃんがソファーでうたた寝していたり、ユースの涼君が試験前に遅くまで勉強したり阿部君が苦手なネギをお箸で丁寧によけていたりする「しまふく食堂」です! ブログ講座の後に最終戦を観る事も出来てとても有意義な1日になりました。試合中は、ドキドキしてハラハラしっぱなしでした。 ゴール裏は真っ赤に染まり、サポーターの心強い歌声と小さい子達と手を繋いで入場してきた選手達を見た時はジーンとしてしまいました。 ドーレ君がコンサドールズと共に踊り、ドールズと同じだけ足が上がった舞いを見せてくれた時は何者なんだろう? とびっくりしました。鍛錬されているのですね。 清野君に続いて2点目の石井ちゃんのゴール!! よかったですねぇ。思わず「よくやったぞ~~!石井ちゃん!」と 知らない間に叫んでいました。 試合前のスクリーンの写真(今年の1月頃に撮った写真)とヒーローインタビューの石井ちゃんの顔が変わってましたね。 サンクスウォークに出るためファミリー席から選手が降りていきました。いっちょいっといで!と心の中でぼやきました。 エビ君が2番目に。スクリーンに映る彼等をぼーっと眺めていました。 しまふく寮が出来て彼等が入寮したのが3月19日。 今日は12月3日。わずか9ヶ月に生まれた数々のエピソード。 ひとつひとつ紐解きながら書いていけたらいいなと思っています。 追伸・・講座終了にも関わらず写真のアップを丁寧にレクチャーして下さったWEBOSSの素敵なお兄さん(お名前も存じ上げずすみません。) 心より感謝申しあげます。並びに受講された皆様、舞い上がってしまってご挨拶もままならず失礼いたしました。 短い時間でしたが同じ時間を過ごす事が出来て大変嬉しく思いました。
2005年12月02日
最終戦を控えて、しまふく食堂で出来る事。それはご飯を作る事です。
ず~~っと作りたかった、「モツ煮込み」
実際・・どうなんだろう??とも思いますが栄養満点で試合前のメニュー
にはピッタリなのではないでしょうか?と自分に強く言い聞かせ昨日から
煮こぼししたり、生姜やにんにくをいれてコトコトと煮込んでいます。
モツ煮込み 秋刀魚 怪力納豆! あとも一つ考え中です。
怪力納豆というのは、納豆とサイコロ状の長芋とタクワン(黄色)ゴマ
シソ 数の子(たまたまあったので)を納豆のたれや
麺つゆを入れてグリグリとかき回しで海苔で巻いて
食べます。(ホントはオクラやネバネバする食材
モロヘイヤ等なんでも入れます。)
今日はデルリスも高原君も食べに来てくれるそう。
池ちゃんはお泊りです。
デルリス・・果たして日本のモツ煮込みと戦えるのか?
モツと闘うまでの価値はあるのか?
しまふく寮生は、モツ食べれるのですが・・。いや!デルリスは
昨日のコテコテの和食も食べてくれた。
・・・・モツ煮込みしまふく・・・・閉店。
大鍋のモツは汁まで無くなって本当によかった!
デルリスはモツ煮込み食べてもらえた。
でも、おかずらしくなかった・・・というか・・・
若者の食卓でなかった・・というか・・。
なのでご飯をガーリックライスにしたりしました。
たばちゃんも来てくれたし、張り切った割りに地味なメニューだった
けれど、外には雪が降ってきて煮込みにはピッタリ。
しきりに高原君が大雪だと騒いでいたら道産子のせいや君等に鼻で
あしらわれていました。
明日が最終戦!私も応援に行ける。
手のひらが痛く成る程、思いっきり拍手しに行こう!
2005年12月01日
右か左か・・・日々の中にある小さな選択。
ある日訪れる大きな壁となって立ちはだかる分岐点。
そんな日がしまふく寮にも訪れています。ブログが始まってこんな日
の事を綴る日は遠くないのだな・・。と思っていました。
去年も同じ時期です。私にとってはある日突然訪れた日でした。
「気をつけて帰ってね。お疲れ様。」といつものように玄関へと送り出して
来年の契約を打ち切られた選手は通告と同時にもう食べにはこなくなってしまいました。
また会えると思っていたのに別れたままの友人達。大人になっていく過程の
中のひとコマが、またここでも繰り返されていくわけです。
オフ前日に何人かのもう会えないと思っていた選手が挨拶をしに立ち寄ってくれました。
最初の1人は、眼をみて別れ際に挨拶をするのが精一杯でした。
帰ってしまった後は、何故握手をしなかったのかと後悔しました。
伝えたい事はたくさんあったのに。
私には、ずっと学生時代から遊びを犠牲にしてサッカーだけに集中していた彼等の気持ちなど
到底理解など出来るはずもないと思ったからです。
皆が帰り10時頃にもう1人の子が挨拶をしに立ち寄ってくれた時は
「挫折から始まるチャンスだってある筈だよ。」と言いました。
サッカーの事は確かに何も解らないけれど挫折から始まった
自分だけの奇跡を感じた経験はあるからです。
あれがあったからこそ今がある。って思えるようになれたら。
“気”から生まれる可能性をどうか信じて頑張ってもらいたいです。
彼等の壮大な人生の中で起こる数限りない出来事。
その中の一つの出来事。
〔経験〕とか〔分岐点〕とか、そんな風に自分の財産にするには時間が
若すぎてしまうし振り返って眺めるにも近すぎて大きすぎて
全体像がつかめない。
しまふく寮から巣立って、思い出を誰かに話す事があった時に今の
不安が取っ払われて笑っていますように・・と心から願っています。
愛すべき彼等なのです。
この分岐点が彼らにとって+の発想と作用が働きますようにと
今はただただ願うばかりです。
今日は1日中パソコンを開いたり消したり・・。
今年はこんな近くにいるのに、私は彼等に面と向かって
聞いてあげる事もアドバイスも出来ないでいます。
仲のいいチームメイトの言葉や態度が一番の道しるべのようです。
まだまだ知らない事だらけの私が心と頭で精一杯考えて
彼らに伝えたい言葉をブログを借りて綴る事にしました。
「人生は1度きり。だけれどとっても長いんです。」
親友のお婆ちゃんから教えて貰った言葉です。
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プロフィール
寮メシ作りに関わって、今年で6年目になりました。 毎年、シーズンが終わる頃、課題を発見しています。 昨年は、本になったしまふく寮通信と厚別競技場での売店「しま福」 この2つのお陰で、たくさんの方とお会い出来るチャンスが増えました。 たくさんの方と笑いあう事が出来ました。 寮メシを大事にして、周りの人に感謝して、しまふく寮を愛して。 新しい寮生も加わって、また時間が流れていく。 J1という新しいステージを目の当たりにする。 凹んでも笑っても。 しまふく寮は、しまふく寮で。
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