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プロフィール
寮メシ作りに関わって、今年で6年目になりました。 毎年、シーズンが終わる頃、課題を発見しています。 昨年は、本になったしまふく寮通信と厚別競技場での売店「しま福」 この2つのお陰で、たくさんの方とお会い出来るチャンスが増えました。 たくさんの方と笑いあう事が出来ました。 寮メシを大事にして、周りの人に感謝して、しまふく寮を愛して。 新しい寮生も加わって、また時間が流れていく。 J1という新しいステージを目の当たりにする。 凹んでも笑っても。 しまふく寮は、しまふく寮で。
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2006年03月12日
試合が終わって、両選手らがフィールドを後にする。コンサの選手と帰り支度をしているサポーター。 その反対側では、水戸の選手がアウェイに応援に来てくれた水戸のサポーターに挨拶している。 水戸の選手が挨拶を終えてロッカールームに戻る。 その時、ひとりの選手が遠慮がちに札幌のサポーターに手を振った。 その選手に小さい拍手とその選手に向かってサポーターが動いた。 「ごんちゃん!」90分走り続けたごんちゃんが手を少し曲げたままサポーターに向かって手を何度も大きく振る。 わずかな時間旅行といった感じだろうか。何故か赤ではなく白いユニフォームにまだ、違和感を感じつつも確かにごんちゃんは、変らずにいる。 寮を去っていくごんちゃんに「自分らしくって?」というごんちゃんとの問いかけをあれから常に頭においている。 そのごんちゃんがサポーターにした遠慮がちの挨拶は、なぜだか私をジンとさせた。 「試合が終わったら寮にいきますから!」という約束。 帰る途中、剛くんからも電話が入った。「今、寮に向かってます。」 私たちが帰って暫くすると、食堂はカズ君、石井ちゃん、セバ、剛くんが 智君のお母様から頂いた美味しいスイートポテトを食べていた。 大きな笑い声とテレビから流れるサッカー中継。 「おれ、つよぽんってよばれてます。」「・・・なんでつよぽん?」 「剛(つよし)って名前だと思われてるんで、面倒くさいからそのまま。」 「つよぽんかい。」 「寮、なつかしいな。ここは本当に住み心地のいい場所でした。」 照れくさくて、「でしょ!」なんて言ってしまったけれど、 朋ちゃんとふたり、何よりの言葉だね。と後でひっそり呟き合った。 そのうちにごんちゃんも到着して、なんだかんだと慌てて話した。 階段から高原君が降りてきた。 「高原君!髪伸びたね~!かっこいいじゃん!」前髪をセンター分けして服もおしゃれだった。 「ちょいワルオヤジ意識してます」・・レオン風らしい。 その横を池ちゃんがkappaのトラックジャケットを着て軽快に階段を上がっていく。 ごんちゃんは、高原くんや金子くんと。 剛くんは、カズ君たちと。 オフ前の札幌での貴重な時間を過ごしてまた、みんながんばるのだろう。 今日は、大吾君の引越が終わり、しまふく寮のメンバーが増えた。 芳賀君と野本君は、新しい新居へと越していった。 セバは、寮監と息子とアウトレットに買い物に行った。 セバのタドタドシイ日本語と私の更にたどたどしすぎるスペイン語とで割りと意思の疎通は出来ている。 全ては笑顔で解決している。これが万国共通なのだ。 話した事も無い他のチームの選手の事を。 気に留めることもない道ですれ違う人の事を。 誰かにとっては、大切な人。 自分にとって波長のあわない人でさえ、誰かにとったら大切な人。 色々な場所で色々な人が誰かの事を気にかけて暮らしている。 昨日の札幌ドームの入場者数は16000人。その16000人の人を気にかけている人は16000人のいったい何倍にもなるのだろう。 それってとても素晴らしい事。 人は自分の事だけ考えて生きていけない。もし自分の事だけ考えていたのだとしたら多分つまらない。 セバは、メールで何処にいても家族や友人と繋がっている。 しまふく寮から巣立った寮生も離れていても繋がっていた。 どこにいても。なにをしてても。頭や心が覚えていれば、別の人生も悪くない。 ・・・そう思わせてくれた水戸戦だった。![]()
2006年03月07日
寮の掃除も着々と片付き、いつ帰ってきてもいい。 ・・いや・・まだ買い物が山積みだった。冷蔵庫は彼ら対応にはまったくなっていないのだから。 今回の買い物は、カゴ10個はいくだろう。二手に手分けしてヨロヨロウロウロ。 「調味料行くから、あっこちゃんは生鮮攻めて!」『うす!』何処かで合流すれば、 「んじゃ、次は、乳製品と豆腐攻めるからレジで合流ね!」『うす!』 『うす!』は私で仕切りは朋ちゃんが相場だったりもする。 “きちんとしまう”ワタシコレ苦手・・。 朋ちゃんは“きちんとしまう”コレ得意。 車の荷台からガンガン買い物を降ろす。コレ得意。乳製品、肉、魚、野菜冷凍するか否か・・古いものを上にしたり出しやすいように整理したりする。コレ朋の得意。 オフィシャル本のしまふく寮の紹介で載っていた、石井ちゃんの“初ゴール”の新聞! これも、大事に朋ちゃんが張る。 ごはんを食べに来てる選手の活躍する新聞をきちんと折っていろんな所に張る朋ちゃん。 食納庫とか、隠れたところに張ったりもする。 不自然に釣り下がっていたりする彼等の載った新聞紙。ピラピラと。 食品棚に頭を突っ込むと新聞紙がピラピラ当たる。だけど、これは彼女の“優しい気持ち”だから彼女の気が済むまでピラピラしてる。 彼等の載っている新聞をベンチイスに正座してくまなくチェックする朋ちゃん。 テレビや新聞を余り感心がない私に秘書のようにコンサネタから芸能ネタまで日課のように教えてくれる朋ちゃん。 白髪ネギとか千切りとか切らせたらメチャメチャ綺麗に切る几帳面な朋ちゃん。 だけど、テーブルに載っている箸置きの箸は揃ってなくても全然OK! 私は、わりと適当だけど、箸入れの箸は、気がつけば揃える。 抜けてるところと出てるところ。重なったとき平らになればいい。 私が苦手なところをフォローしてもらって、彼女の苦手をフォロー出来たら一番いいだろう。 コンビを組んで2年目になる今年は、女2人。一体どんなドラマになるだろう。 彼女の今年のテーマは“彩りと一手間”と言っていた。 私は、“精進” ど根性で進む私とそれをフォローしてくれる朋ちゃんという図柄が一番適切のような気もする。 「明日は、徐くんの誕生日だよ。」って昨日朋ちゃんが教えてくれた。 徐くんには“しまふく寮恒例のお祝いつんぱ”、プレゼントできなかったなぁ・・。 最果てからキミの誕生日を祝っているよ! 12日は元マネージャーの竹の誕生日。13日はカズ君の誕生日。今年は、何にしようかな・・。 は!まだ“つんぱ”でいいんだ・・。 4月生まれの石井ちゃんから新しいプレゼントになるんだった。 先日、野田君が用があって寮によってくれた。髪にパーマネントをあてていた。やわらかいウエーブでかっこよくなってた。 寮監にあがってけ!と言われ食堂で新聞読んでた。 寮監は、あてもなくテレビのチャンネルをいじってた。 私は、何年かぶりに風邪をひいていたので、ボーっとしていて的外れなインタビューも出来なくて、離れた席にポツンポツンとソレゾレ座ってみた。 サッカーの練習も始めたそうだ。スノボも時々いってるそうだ。 精一杯騒いで笑えばいい。大学生なのだから。
2006年03月01日
先日、息子のサッカー少年団で卒団式のお手伝いをしました。 卒団式の〆の挨拶でコーチが6年生のはなむけの言葉。 「本気の一生懸命は、必ず結果がついてくる。一生懸命のフリじゃだめなんだ!勉強もサッカーも本気の一生懸命で頑張ってください!」 少し耳が痛いような・・かゆいような・・耳に残る言葉でした。 自分しか知らない“本気の一生懸命” 今年のコンサドーレのスローガンは『闘』 ・・・年始に抱負を考える事を忘れた私は、彼らが帰ってくる今を一年の始まりとして考えてみた。 「精進」きっともっとうまい言葉はあるんだろうけれど、思いつかない。 ごはんつくりに携わって丸3年が過ぎて、1年目より2年目、2年目より3年目と充実感と達成感は大きくなっている。 だけれど、今年は味わった事がないくらいの達成感を味わってみたい! 「やりきったぜぇ~!」と両の手のコブシを握り叫びたくなるようなこの熱いセリフがほとばしるってどんな感じなんだろ。 その・・自分だけが知る“本気の一生懸命”を1年続けられたらオフを迎える日に一体どんな気持ちなんだろうかと好奇心から味わってみたい。 と言う事で、「精進」 オトボケキャラなりの達成感ってのがあるはず。 ・・・・抱負って抱えて負けるってなんで書くのか珍しく 調べてみました。5年間ほど知りたかったのです・・。
負けるとではありません、負う(おう)です。 背負うとかいう負うで、持っている(外的に)という意味です。責任を負うなどと使いますよね? 抱くは、やはり持っているという意味ですが内面的に、心の奥底でという感じです。 だから、抱負は、心に持っているものという事になるわけです。
そうだったのか・・。心に持つ。
2006年02月15日
以前、6年間の勤務を結婚という理由で退職した際に初めてもらった“寄せ書き” 一枚の色紙に所狭しと、頂いた言葉たち。 ・・それから・・14年経って・・。 去年の納会の日にしまふく寮一期生から頂いた写真付きの“寄せ書き”。 また、素晴らしい寄せ書きを頂きました。 「ブログ大賞・主婦ブロガー部門エントリー」 その存在をブログの中で教えて頂いた時。そしてそのページを開いてみた時。 脈拍は完全に上がりきってしまいました。 身に余るお言葉の数々。 どなたかが、「ブログ大賞・主婦部門エントリー」を見てしまふく寮通信を思い出して推薦してくださった事。 その推薦文をみて私に温かい言葉と共に1票投じて下さった事。 赤黒式さんがブログに乗せてくださった事。 それを見た方が労力を惜しむことなく『1票を』と呼びかけてくださった事。 コンサドーレブログが始まる事は昨年の11月の始めの新聞をとおして知りました。 10月の終わり頃に「しまふく寮ってどんなところ?って感じの文章を送ってと言われました。 2年ぶりに触ったキーボード・・。 ウェブ上とは知らず改行もメタメタのまま・・。 何の為に書いているのかも知らないまま。 ブログ始まりますという新聞を見たとき・・ま・・、まさか。 当初の私のプロフィールは再就職を目的にしたようなプロフィールで・・。 ・・・・それが一回目の「しまふく寮通信始まります」でした。 構想も何も無く、何を求められて、規制もわからず、何を書けばよいのやら。 毎度の思いつくままの文章は「コレはあり?これで大丈夫?」と 時限爆弾のスイッチを押す勢いで“投稿”を押しています。 こんなにも沢山の方からの寄せ書きは、生まれて初めてでした。 ブログ大賞の推薦文を毎日毎日、全て読み直しました。 皆さんがそうであるように、何位かというより頂く言葉がたまらなく嬉しかったのです。 お忙しい中、お時間を割いて読んで下さってる方。そして投票して下さった方。 本当に有難うございました。 何度もブログを通じて御礼を申しあげなくては・・と思いましたが今日になってしまった事をお詫びいたします。 現在は選手等が不在で思うままに自己の事などを綴らせて頂いていておりますが、新しく入寮するしまふく寮生の事など、たわいもない文章で身近に感じて頂けるようにご紹介させて頂ければ・・と思っております。 本当は、彼等の書き込みが1番なのは承知しておりますが、様子を伺いながらになってしまうと思います。 ご要望に添える様に“様子”のチャンスを探します。 新しく始まろうとしている『しまふく寮2期生』のしまふく寮通信がまた新たに始まります。 これからも、つたない文章と共に彼等が安心して暮らせる環境を作る為に寮監と共に微力ですが、寮母として頑張りたいと思っています。 最後になりましたが、これからもどうか宜しくお願いいたします。 そして、私の毎日の生活に彩りを与えて下さって本当に感謝しております。 村野 明子。
2006年01月27日
嬉しいニュースが飛び込んできましたね。 徐くんのニュースは石井ちゃんの所に連絡が入って教えてもらいました。 野田君の大学からのお手紙はしまふく寮に届いたので、スノボの帰りにお手紙を 取りに来てもらいました。心なしか日に焼けた様子。相変わらず真っ白い歯と 爽やかな笑顔をみれて、嬉しかったです。 もともとスノボはやっていたけれども、怪我が怖いからお休みしてるって聞いた事があります。 先日もお友達と日が暮れるまでスノボ。楽しかったのではないでしょうか。 ・・・トリッキーな事しちゃうのかな・・。 カッコいいでしょうね。 男蛯沢には、先日「どーすんだ?」と電話してみました。 近いうちに遊びに行きますと言っていたので待つ事にします。 札幌という場所に縁があって、生まれたり、暮らしたり、仕事で来たり、 しまふく寮で同じ釜の飯を食べて笑ったり、泣いたり、ふくれたり。 時々、私何故?今、札幌?とふと思ったりします。 (車のタイヤが雪に食い込んで身動き取れなくて、しかも一人で寮目前だった一昨日とか・・) ココで育った蛯くんは、きっと「俺?今?本場のうどん食ってる?」 って思ったりするかもしれません。 オフを心待ちにして札幌を夢みるかもしれません。 でも、徐くんが「札幌ダイスキッス!」って言ってくれたみたいに 「香川いいとこっす!」って聞けたら嬉しいな。 そこに常君が「スインガポ~ルは、マーライオンがBERRY NICE!」くらい 言ってくれて、水戸のイントネーションで剛君が「納豆は100回ネバネバさせね~と」言いながらお箸でグリグリしながら権ちゃんが「全くだ!」と加わってくれて、 野田君がボードにワックスかけながら真っ白い歯で笑ってる。 ・・・・・完璧だ・・・・。 それぞれの新しい春。 新しい道が色んな教訓を教えてくれて、これからの人生にヘコタレナイ強さを少しづつ身に付けて自分のしたたかさを知って欲しいです。
2006年01月23日
寮生は、今朝6時過ぎに札幌駅に向かう為に寮を出ました。 雪の状況が判断できかねると言う事でエアポートで新千歳空港へと向かったようです。 怪我をしないで風邪をひかないで元気にパワーアップしてもらいたいですね。 しまふく寮には2人のスタッフが住んでいました。二人ともマネージャーです。 昨年の夏過ぎ頃にチームサブマネージャーが入寮してきました。 名前は「竹」 竹は、しまふく寮での戦力の一人です。・・というより一番の戦力です。 「作りすぎちゃった・・これ・・竹のお皿にのっけちゃお!」なんて事は 極々当たり前の事でしたし、好き嫌いなど全くなく、もの凄い筋肉の持ち主らしく基礎代謝能力(横になっているだけでも消費するカロリー。筋肉がおおいと消費が多いとされている)が高くちっとも太らないのをよい事に作ったものが残る事はなかったのは竹のお陰だったと思っています。 味見担当としても活躍。 更には私のブログの辛口のコメンテーターでもあり、ブログが始まった当初から温かく見守ってくれていた一人だったといえます。 「朋ちゃんというなら、あっこちゃんと呼んでみろ。」という私のセクハラとも言える要望にも 応じてくれた時もありました。 呼ばれたものの背中がこそばゆくて辺りの目も厳しくなるだろうと懸念を払拭できなかったので、後に「ね~さん。」と呼んでくれと言いってみたらそれも受け入れてくれた懐の深い人間です。 ギャグのセンスのある、あんな大食いな弟がいたらさぞ楽しいでしょう。 そんな竹は、本日を持ってマネージャー家業から育成普及部にジュニアサッカースクールコーチとして行く事になりました。 子供の扱いはしまふくで一番!子供と対等に話す、笑う、怒る姿は圧巻です。 竹もしまふく寮から卒業しちゃうんだな・・と思うとほんのり寂しくなりますが、知り合えたし、笑い合えた言う事が宝物だと思うし、これからの彼の時間やこれから広がる縁を応援しなきゃなと思います。 竹にも幸あれ!
2005年12月29日
今年も終わってしまいますね。 年の瀬というのは、ホッとするよな・・やり残した事があるような。 気持ちばかり先にたってしまうような・・まだまだ・・慌ただしい年末です。 「今年はどんな1年だった?」毎年このやり取りを高校生の頃から変らず親友と交わします。 電話や手紙やメールでやりとりしていても・・ついつい聞いたり、聞かれたりします。 「・・・今年はね。とても、とてもいい年になったけれど・・その分やるせなさや無力さを感じる事が出来た1年になったよ。」いろんな思いは全て宝物。 この先の原動力に変える事が出来る自分になりたい。 去年よりたくさん笑って、泣いたし。大きな声で喋れるようにもなれた。 自分の目でいろんな事をみたし、感じれた。 食料品をカート一杯買い占めて、寮にいて。小さい小さい世界。 でも、自宅で黙々と作業していたより大きな大きな世界になった。 大きな世界になった理由。 それは、寝起きからおやすみなさいまで共にみんなで暮らしたから。 大きなトラブルもなく、和やかに過ぎた1年。 12月27日の夜の便で権ちゃんが東京へと帰った。 夕方・・部屋の片付けを済ませて一人食堂のテレビを見ていたごんちゃんに 干し芋食べないか?と近寄り、取り留めのない話をした。 サッカーの事は解らないけど・・権ちゃんと取り留めのない話がしたかった。 彼はしまふく班長として完璧に寮をまとめてくれた頼もしい人でした。 大学から北海道へやってきて、在学中からコンサドーレにやってきた。 新川食堂で初めて会った。その頃金子君も来たばかりで昔から知り合いだった ようで、よく2人で来てくれた。 品が良くておっとりとした印象の二人でした。 私が作るご飯は、和食が多い。権ちゃんは和食が一番好きです!って言って くれて、体にいいからと「テンペ」を出しても「ここでは食べた事ないものも でて勉強になります!」と励ましてくれました。 だから、試食は権ちゃんに出し易かったのです。 大学から5年間・・札幌で過ごして友達も札幌で沢山できた事でしょう。 きっと高校を卒業して札幌に来たときは、もっとあどけない顔だったでしょう。 いつのまにか、しまふく寮では「アニキ」 納会の時にみんなが権ちゃんの事を「おにいちゃんみたいでした。」 と言っていました。 夏に怪我をした時、ソファーでトレーナーが治療していた時、痛みで汗を 流しながら、翌日も時間より早く待ち治療を施されていました。 ソファーは汗でびっしょりでした。 かなり年下の権ちゃんですが、私も頼りにしていたので彼を玄関で 送り出す時も、グッときてしまいました。 文章にしてよいものだろうか・・とも迷いましたが、素敵な一期生達は 誰一人とっても私の世界を広げてくれた恩人達です。 来年は・・もっと頑張ろうって思います。 ・・だから、年末の今は気ばっかり慌ただしくて脱力してていいかな・・ なんて自分を甘やかしてます。 一見うまくいかない事が実は成功のきっかけに変る事はあるよ。 変えられるのは、権ちゃんなんだよ。 ・・権ちゃんは解ってるんだよねぇ。 自分らしくって難しいよね。
2005年12月13日
「じゃ!またね!いつでも遊びにきてね!」 薄暗い住宅街の一角。雪明りが頼り。 野田君の真っ白い歯が相変わらず爽やかでホッとする。 昨日は野田君のお引越。しまふく寮の玄関はダンボールの箱が並んでいた。 べっぴんさんのおねーちゃんが車で迎えに来てくれた。 入寮したころからグッと増えた荷物。 どうやら乗り切らないようで「だったら、送ってくか!」と言う事になり、 寮監と常君とまだ雪道のコツをつかみきれていない私の運転で野田君と残り の荷物を乗せて10万キロを突破したセレナは走りだした。 40分位車で走った頃、野田君が育った街へとたどり着いた。 近所には割りと大きい公園があり札幌では珍しくない雪山が出来ていた。 「きっと・・この公園で暗くなるまで遊んでいたんだろうな。しかも そんなに前じゃない筈だろな。」 荷物を降ろしているとこれまた爽やかなお父さんとこれまたべっぴんさんのお母さんが いらしてくれた。お二人共とてもにこやかに対応して下さった。 荷物を降ろし終わり雪明りの下で「じゃ!またね、いつでも遊びに来てね!」 「親孝行しろよ!また連絡するからな。」と寮監。 常君は柔らかな顔で笑っていた。 来た道を辿りしまふく寮まで無口に帰った。 昨日の昼は、クラブハウスから帰る権ちゃんと徐君を待っていた。 最初に徐くんが走って階段を2段とびで駆け上がっていった。 「ご飯は?時間あるの?」「いや!もう出ないと!」 「わかった!頑張って!!」皆さんがおっしゃるように月並みな言葉だった かもしれないけれど多分それが一番適切だったと思う。 暫くすると権ちゃんが慌てた顔で帰って来た。自宅から慌てて出て行くと 急いでいるのにも関わらず私に手を差し伸べてくれた。 握手をしながら「いっちょ!かましてきてね!」 ・・・適切だったのだろうか・・。 すっきりとした顔で「ハイ!」と笑って自室へと走って行った。 トライアウトなんて、誰でも受けれるものではないし、続けて行く上で また経験する事になるのかもしれないのだから挑戦する事は無駄な訳 があるわけない。そうだ、無駄なんてあり得ない。 一番最初に京都でのトライアウトを終えたエビ君も帰って来た。 夕べの残りのトントロ定食を作って急いで食べさせて慌てて彼も寮を飛び出していった。 常君と野田君が残したメッセージが3人の靴箱に集合写真と共に挟まっていた。 みんなの顔が確実に切り替わってます! 分岐点は門出なんですね。札幌は柔らかな陽射しです。 彼等が未来に向かって足を踏み出した大阪がどうか柔らかな陽射しで 彼等を包んでくれたらいいと願っています。 春から大学生になる事を選んだ野田君が大学生になりプロの世界と大学生 の二つを経験する事が財産に繋がりますように。 みんなの門出なので深夜ではなく朝に書き込みたくて。 彼等は誰一人とってもみんな素晴らしい! 勇気を持って不安に勝って札幌にきてよかった!会えてよかった! 寮が出来てホントによかった!
2005年12月11日
彼等の歌声が聴こえてくるようではありませんか? 彼等の歌は上手でした。“しまふくライブ”だけにしておくのは非常に もったいないです。 ファン感謝イベント等でお披露目しても十分だったと思います。 急遽、部長の一声で始まった即興ライブ。 彼等2人は、わずか5分たらずでユニットを組みました。 楽譜を用意して、古いギターのチューニングをして、 「たけし,これにしよっか。」でサヨナラバス 私は、幸運にも、たまたま一番前の席に座っていました。 カメラマンの娘が「ママ。ないてるの?」覗き込み・・。 静かに誰にも見られず泣いていたいなって思いながら指で拭きながら 後方を見ると・・顔を真っ赤にして歯を食いしばって・・ 一心不乱に泣いている子。 いつからか・・そんな風に泣けなくなっている事を寂しく感じました。 そして・・そんな風に泣いている彼をとても羨ましくおもいました。 寮生が泣いているのは一つの思いだけではなかったでしょう。 寂しさ、悔しさ、不安、憤りのない思いが彼等の心を痛くしている。 封筒を開けた瞬間は固まってしまったでしょう。 でも、今は笑ってる。相手を気遣える。モチベーションをあげる努力。 こんな事で負けてしまう彼等では無いと思っています。 体にはプログラムが組み込まれていて、小学校で始めた サッカーがどんどん上達していって、色んな試合で負けて、試合に 出れない屈辱を味わいながら、いつの間にか悔しさを隠す事が 上達していって・・ でも、悔しいから頑張って。時々流されて弱い自分に気が付き。 また頑張ろうと思う。 頑張ろうと思う気持ちを育てれば育てるほど大きくなる。 その為には、残念ながらきっと痛みが不可欠。 私には親友と言える友人が2人います。 一人は、幼稚園の頃からの幼なじみ。 もう一人は高校の同級生。何があっても、どこにいても存在を感じる。 そんな風に感じれるのは、まだ私が子供と言える年齢で知り合ったから なんじゃなかと思っています。傷つき易く純粋な頃。 そんな年齢で毎日、一緒に練習して、笑って怒って話して、歌って遊んで。 そんな素敵な時間に無駄などなかったんじゃない? 新しい場所は、最初は居心地は良くないかもしれない。 でも、適応出来る。気が付けば笑ってる。『住めば都』を作るのも 自分。 自分の可能性を作るのも自分。(エビ君に日々復唱させてる言葉です) また笑って話せる時がくるさ。僕が僕らしくいるから♪ってね。 神様は出来る人にしか試練は与えないって・・やっぱり以前読んだ 自己啓発本に書いてあったし。(また自己啓発本か・・) 今の不安が甘っちょろいっていつか思うこともあるかもしれない。 その時乗り越えるために今があるなら受けてたってやればいい。 私も神様も・・勝手な事言っちゃって・・って思うけれど、私もこれから先 きっと色んな事が起きて・・でも、両足で踏ん張って家族と自分が なんとか踏ん張って乗り切れるようにちょっとづつでもいいから 強くなりたい。 その時アタシも頑張るから!キミ等も頑張れ!!! ・・・・また書きたかった本題から横道にそれてしまったようです。 しかも、ブログではなくて手紙に摩り替わってしまいました。 廊下のダンボールが少しづつ積み上がってきたのが原因なのか。 私の性格だからなのか。 今日書こうと思っていた事は・・また改めて。
2005年12月10日
「うたいびと はね」“4人”という歌をご存知ですか? 私は、初めて聴きました。 “納会”が終わって権ちゃんが「村野さんも一緒にカラオケいきませ んか?」 と誘ってくれたのでホイホイとついて行きました。 タクシー2台に別れていきました。 近所のカラオケボックスです。 私とスタッフは遅れて行きました。もう先に権ちゃん、智君、剛君、 常君、は先に行って歌っていました。 部屋に入って割と直ぐにこの・・「うたいびとはね」“4人”が流れ ました。剛君と常君の選曲で2人で。 すごく、すごく歌詞が心に染み渡りました。 なんだか、歌詞をきいていると同期5人(智君、剛君、常君 エビ君、カズ君)の関係にダブって聴こえて切なくなりました。 新川からご飯を食べに来てくれるようになって知り合った5人。 まだ、あどけなさが残る5人でした。 いたずらが、すぐばれてしまう詰めの甘かった5人。 (もうちょっと、うまくやればいいのにぃ!)と思っていました。 性格は、様々。マイペースな子、心配に為る程優しい子、純朴な子、 お調子者な子。人懐っこい子。 レトリバーの子犬のようにじゃれあい、それがこぜりあいになり 最後は笑ってる。 ・・そんな事の繰り返しをたくさん見ていたので、いつの間にか こぜりあいでさえも私もなんとも思わなくなってきました。 札幌に来て最初の1年は、彼等との接し方が全く掴めず、自信もなく 必要以上の言葉はうまく交わせないまま過ぎていきました。 2年目に彼等5人が加わった事によって大きく変れた切っ掛けを作って くれた5人でした。 普通に話してもいいんだ。って。 彼等には、多分そんな意識等全く無かったでしょう。 だけれど、私には大きな大きな力を分けてくれた5人です。 去年の最後の夕食の話は私の以前のブログにも書いたように 去らなければならない彼等に切なさを感じていた日に いつもなら直ぐにテレビをつける5人が「今日は音楽がいいっす。」 と言って、私がばかみたいに繰り返し流していた平井賢の 「思いが重なるその前に・・」でいいです。と言ってくれて。 (恥ずかしかったな・・) 5人並んで1年間ありがとうと言って黄色い紙袋に入った茶色い手袋をくれました。 お出かけの時に時々使いましたが、お茶を飲んだ時とかはずすと 無性に心配になって何度もバックの中を探します。 高校を卒業したばかりの彼等が私に元気とエネルギーをくれました。 お婆さんになってもバックの中を探すと思います。 エビくんは、カラオケにはいなかったけれど、剛くんと常君が2人で 歌ってくれた「うたいびとはね」は“5人”でした。 もう一度聴きたいので、近日中に買ってこようと思っています。
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寮メシ作りに関わって、今年で6年目になりました。 毎年、シーズンが終わる頃、課題を発見しています。 昨年は、本になったしまふく寮通信と厚別競技場での売店「しま福」 この2つのお陰で、たくさんの方とお会い出来るチャンスが増えました。 たくさんの方と笑いあう事が出来ました。 寮メシを大事にして、周りの人に感謝して、しまふく寮を愛して。 新しい寮生も加わって、また時間が流れていく。 J1という新しいステージを目の当たりにする。 凹んでも笑っても。 しまふく寮は、しまふく寮で。
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