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太平洋沿いのとある町に生息 コンサドーレには発足から注目していたが、生観戦デビューは、2000年のチェアマン天覧試合となった鳥栖戦と遅い 2001年からチマチマと通い始め、気がつくとシーチケ保持者になっていた。 最近は都合により平日ナイター観戦が出来なくなったのが寂しい。 周りに野球信奉者が多く、変わり者扱いされて憤慨する毎日である。

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平穏が一番なんだな、って思いますね。

2011年03月15日

前回の投稿時、まさか2時間後にあんな事が起こるなんて想像もしていませんでした。

あの日は、3回目の大きな揺れが来た後に上層部から“帰宅命令”が出ました。
前にも書きましたが、我が社の社屋、古くて危ないのです。
いつもは冗談めかして話してましたが、今回ばかりは「しゃれにならない」事になりかねないので全員退避・・・帰宅命令となりました。

帰ってテレビを見ると日本はとんでもない事になっていました。

我が町も太平洋沿岸ですし、お世辞にも「津波に強い」とは言えない立地なので、一応避難準備をしました。
夜は居間に布団を敷き、地震に備えてストーブを消し、テレビは点けっぱなし、服も着たまま寝ました。
「ストーブなんて揺れたら消えるじゃん」って思われそうですが、大きくゆっくりとした揺れだと意外と消えないと言うのが分かりまして消しました。
さすがに娘だけはパジャマを着せましたが、何かあったらジャンパー等でくるんで逃げようと思ってました。

今となっては笑って話せますが、その時は色んな事を考えてしまい、寝たのか寝てないのか分からない一夜でした。

東北地方の被害状況は分かるにつれて甚大さが増していきますね。
更に追い打ちをかけるように“原発不安”ですからね。
早いところ収まる事を祈っています。

我が町でも昨日あたりから、食料品や電池等が売れ出し、品薄状態だそうです。
それを聞くと一昨年の新型インフルの時の“マスク”“消毒グッズ”が品薄になった事を思い出しました。
ただでさえ流通や製造が怪しい状況なのに、これで余計値上がりしたりしそうで参っちゃいますね。
我が家は幸いな事に事前に用意してあり、今騒がなくても良さそうですが・・・


試合も3月中は中止になりました。

仙台や鹿島は、かなり被害を受けているようですね。
特に仙台はクラブハウスがやられてしまったとか。

自分もできる事、考えないとなりませんね。


post by けーくん

12:37

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