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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2011年06月09日
2~3日前、マンドリンを話題にした人がいらっしゃいましたね。 そのときのタイトルが Boat On The River。 その意味がわかる人は少ないかも知れませんね。 スティックスの1979年のアルバムに入っていた曲で、マンドリンを使った曲なんです。カントリー・ブルーグラスではマンドリンを多用しますが、ロックでは少なく、ロックにおけるマンドリンの名曲なんです。 懐かしくて昨日、久しぶりに聴きました。 You Tubeで見れますよ。 ちなみにこの曲、日本だけでヒットしたんです。 ロシア民謡調の曲なので、日本人の感性に合っているのかも知れません。 それにしても、トミーショウは好きでした。 私が学生時代に良く聴いたのは、バリーマニロウ、フリートウッドマック、スティックスでした。 以前はBGMにスティックスを使っていましたが、診療室のBGMには向かないと思って、今はカントリーばかりです。 (昔はボンジョビとかデフレパードもかけたりしたけど) 最近は Martina McBride を良くかけます。日本ではかなりマイナーだけど、あちらでは凄い人気なんですよ。
2011年06月07日
チェコ戦を見ていて、アナウンサーが「以前、U20でチェコと対戦して敗れた。その試合に出ていていたのが背番号9番。」と言ったので思い出しました。 征也が相手の挑発に乗ってレッドカードをもらったのでしたね。 まだニュースが残ってます。 もう4年たつのですね。 9番が問題の選手かどうかわかりませんが、征也のためにも勝ってほしいです。 大伍がリベンジしてくれたら最高。 そのときのメンバーは、 GK 林彰洋 DF 内田篤人、安田理大、福元洋平、槙野智章 MF 梅崎司→香川真司(延長後半5分)、田中亜土夢→藤田征也(後半33分)、柏木陽介、青山隼 FW 河原和寿→青木孝太(後半25分)、森島康仁
2011年05月17日
鳥取のキーパーの井上選手は、今月で34歳なんですね。8年前はよく(ほとんど?)ベンチ入りしていたのに藤ヶ谷が怪我するとか赤紙もらうことがなかったので、一度もリーグ戦に出場できませんでしたね。 年齢的にはもうそろそろという感じですけど、なんとかJリーグデビューできてよかったですね。(2000年に天皇杯には出ていたんですね) コンサで鍛えられた甲斐があったのでしょう。 8年前のマッチデープログラム、懐かしい顔ばかりですね。郵便局にこんなのがありました。郵便局で堂々と扱うのはどうなんだろうか。
2011年05月09日
学校法人順天堂大学は、1838年に東京で佐藤泰然が開いた和田塾という医学教育機関が始まりですが、和田塾は1843年に佐倉に移転し、名称を順天堂に改名したのです。 意外に思うかも知れませんが、幕末のころ、医学の先進地は長崎と佐倉だったのです。 佐倉に移転して15年後に新しい建物を建設しました。153年後の今も一部が現存していて、記念館になっています。100円の入館料を払って見学しました。ところで、4日のドームですが、寒くてグルメパークは閑古鳥。一番右のお店でかき氷を売っていましたが、売れているのか13時過ぎにお店の人に聞いてみたら、一つも売れてないとのこと。 恐らく最後まで売り上げゼロだったでしょう。 でも、この饅頭はそこそこ売れていたようです。行列があったのは、たじさんのお店とカレー屋だけでした。
2011年05月07日
佐倉には武家屋敷が3棟、保存されています。昭和まで使われていたのを復元したそうですが、完全に江戸時代まで復元はしてないので、電気照明器具があったりします。トタン葺きの屋根もあったりす。2棟は茅葺です。茶店や土産物屋等は皆無で地味なのがもったいないです。 馬籠や妻籠、大内宿などのように徹底的に復元保存したら観光客が増えるのでしょうけど。 ところで、杉並区のゴミ収集は軽トラでした。道路が狭いからなんでしょうけど、効率悪いですよね。
2011年05月04日
旭川は雪がちらついてます。最低気温は0.7度。士別は氷点下の冷え込みです。 これからドームへ向かいます。 7月3日はスカイマークが普通運賃1万円です。 羽田→新千歳も羽田→旭川も同じく1万円です。 2日も割と安いので宇都宮観戦は安く済みそうですから皆さんご検討されてはいかがですか?
2011年04月30日
今、荻窪にいます。これから味スタへ行きます。 チケットは昨日、佐倉のコンビニで買いました。JR佐倉駅のキオスクで見かけました。義妹のところの猫です。もう1匹いるけど、ひきこもっています。
2011年04月28日
今晩の旭川発羽田行きで東京へ行きます。 明日は佐倉観光しますが、明後日は味スタです。 味スタは初めてです。 2年前に調布(深大寺の蕎麦屋街)に行ったときの写真。そのときはここまで(調布飛行場)でした。いよいよ明後日はこの中に入ります。
2011年04月15日
延期された試合の日程が発表になりましたね。 ホームゲームは3試合ともドーム。 暑い時期の過密日程のときコンサは涼しいドームで少し救われるかな。 (厚別でも夜なら涼しいか) 水戸での試合は土曜日だから見に行ける可能性がありますね。 キックオフ時刻はまだ発表されていませんが、当日の新千歳発茨城行きの飛行機で間に合うかも。 10月は19日京都・22日鳥取・26日徳島だから、関西あたりでミニキャンプなんでしょうか。
2011年04月14日
東海村で臨界事故があったあと、週刊金曜日では20回くらいの連載で「原発亡国ニッポン」が書かれていました。 バックナンバーはもう売ってないので、図書館で読んでほしいです。 1999年10月頃から2000年3月頃までです。 井田徹治さんが書いたのを一つ紹介しておきます。 1970年に定められた核燃料施設の安全審査指針には「誤操作などにより 臨界事故の発生するおそれのある核燃料施設においては万一の臨界 事故時に対する適切な対策が講じられていること」とある。 誤操作かどうかはともかく、臨界事故を起こしたJCO東海事業所の施設は 明らかにこれに違反する。 ところが、科学技術庁も原子力安全委員会もこれを見逃した。 事故が起こった沈殿行程では「行程に入れる前に前行程で得られた 硝酸ウラニル液の濃度と液量を測定することで安全質量以下であることを 確認するので安全上問題はない」とする業者の説明を鵜呑みにして設置を許可。 原子力安全委員会もこれを追認したのだ。 <簡単な質疑と書面審査だけで操業を許可> 日本の原子力安全規制は、まず通産省や科学技術庁など行政が審査を行い、 原子力安全委員会がその妥当性をチェックする二重審査が建前だ。 だが、行政庁の役人にも、原子力安全委員会にも、それだけの能力を備えた人材はいない。 企業の説明を行政が鵜呑みにし、その結論を安全委員会が書類の審査だけで 追認することになっている。 原子力安全委員会は一応、独立の機関である。しかし、委員はほとんどが大学の 名誉教授クラスで、最新の知識とはほど遠い人々だ。 しかも現地調査はしない。企業から直接事情を聴取しない。重大な問題が簡単な 質疑と書面審査だけで決められている。 つまり独立機関というのも名ばかりだ。 委員会室も事務局を務める科学技術庁のなかにある。 1995年の旧動燃(現・核燃料サイクル機構)のもんじゅ事故後、原子力安全委員会の 独立性を問う声が上がったのに対し、科学技術庁が、原子力局と同じ階にあった 委員会室を、別のフロアーに引っ越しさせ「独立性を高めた」と言って、世間の失笑をかったことすらある。 もんじゅ事故を受けて、中川秀直科学技術庁長官(当時)が「安全委員会を 公正取引委員会のような強力な独立機関にする」との案をぶちあげたことがある。 長官の頭にあったのは、米国の原子力規制委員会(NRC)だ。 3000人以上のスタッフを抱え、立ち入り検査や告発などの強力な権限を持つ。 だが、当時の科学技術庁は消極的。通産省と業界の反発も強く、実現しなかっった。 ある業界関係者は「NRCの権力が強すぎたことが米国の原子力開発をストップさせた一因。 強力な第三者機関より、企業と日常的に付き合いのある行政庁の方がはるかにやりやすい」と語った。 97年、原子力産業が開いたシンポジウムでNRCのジャクソン長官は「創設当時は 抵抗が強かったが、企業との緊張関係が生まれ、市民への情報公開も進み、 米国の原子力安全のレベルは向上した」と語った。 もんじゅや旧動燃再処理工場の爆発事故など、大きな事故のたびに同じ問題が 指摘されてきたにも関わらず、原子力推進側と、規制側が同じ省庁に属する状況は変わらない。 これでは泥棒に十手を持たせるようなものだ。 市民の信頼など得られるはずもなく、実効ある安全規制など望むべくもない。 事故直後から科学技術庁の関係部局の部屋には「関係者以外立ち入り禁止」の 張り紙がされ、クラブ詰めの記者さえ部屋に入れなかったという。 企業の話には耳を傾けても、市民の側を向こうとしない役者。 実体のない原子力安全委員会。 そこに日本の原子力開発が抱える最大の不幸と事故が続出する原因がある。
2011年04月05日
先週のFoot!はフランス紀行シリーズで、レンヌを取り上げてました。 監督は以前ガンバで指揮とったアントネッティさんです。 ガンバを去るときに稲本を連れて行こうとしてダメだったけど、10年後に獲得したから、いまでも日本でも知名度ありますよね。 稲本はレンヌではあまり活躍できませんでしたが。 日本の思い出は、「食べ物が美味しい」とか (笑 ブルターニュ名物のガレットを紹介してました。美味しそうでした。 レンヌのサポーターも紹介されていました。 練習場で選手を取り囲むサポーターは皆、男性のご老人でした。 以前、オオドサとボルドーの安宿に泊まったら、そこのカフェがボルドーのサポーターのたまり場だったのですが、皆、男性の老人だったのとダブりました。 ところで、10年以上前に週刊金曜日で原発労働者の実態が紹介されていたのですが、同じようなのを見つけました。 これは最初、私はなかなか信じることができませんでした。
2011年04月02日
プルトニウムをガブ飲みしても大丈夫、という内容が国際的批判を浴び、すぐに回収された動燃のビデオをYouTubeで見ました。 こんなひどいのを作っていたなんて、本当に驚きました。 原発推進の人たちにプルトニウムを飲んで下さいと言いたいです。
2011年03月26日
今週のFoot!はヨーロッパ紀行・ボルドーでした。 ボルドーの駅は懐かしかったし、復活した路面電車も紹介されていました。 ちなみに、ここの路面電車は、面白い第3軌条方式ですが、最初はトラブルが多かったようです。 いずれ乗りに行きたいものです。 選手の談話では、以前レイソルにいたジュシエや、Uー19に所属している古山君もいたし、なかなか見所がありました。 再放送は308chで明日9時などがありますので、見れる方は是非見てほしいです。
2011年03月14日
また一人、知っている人の無事が確認できました。 仙台の人ですが、海外にいることがわかりました。 海外のメディアは、略奪も起きないし、避難所にはゴミ一つ落ちてないし、日本人の資質は素晴らしいと絶賛してますね。 今月の試合が延期になったのは当然のことでしょう。仕方ないですね。 こんな状況でやっても、あまり楽しく見れないだろうし、不謹慎かも知れないし、中止になってホッとしました。 代替日は平日になったりして大変でしょうけど、怪我人が多いコンサには良かったかも。
2011年03月13日
まだ全員ではないけど、友人の無事の報が、次々と届いています。 でも、犠牲者がどんどん増えていくのは、本当に心が痛みます。 郡山の友人は、スーパーに食料がなく、備蓄分でしのいでいるそうですが、何も手助けできないのは歯がゆいものです。 自宅に常備しているラジオライト。ハンドルを回して発電します。携帯の充電用プラグもありますが、私の携帯(PHS)と合うのか確認してません。あとで確認してみます。
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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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