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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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2015年03月19日
昨年のドールズの曲は良かったけど、今年のはなじめるかどうか・・・ こちら(You tube)に動画を入れました。 最初なのでアウェイドールズの皆さんはまだぎこちないですが、だんだん上手くなるでしょう。
2015年03月16日
いつもの80通路で観戦しました。 すぐ後ろの男女二名のヤジで気持ち良く観戦できませんでした。 ネガティブな意識で観戦したって楽しくないと思うのですけどね。 文句を言うのが趣味なんでしょうかね。 新しいビジョンは以前より大きいだけでなく、くっきり綺麗な映像ですね。時計がないとおもったら、もう一つの方にありましたが、ホーム側からでは見にくいので、両方に時計表示をしてほしいですね。というか、絵を左右反対にして出してほしいですね。試合中、セットプレーやリプレーの映像を流していました。(ホーム側のみ) だからやっぱり左右反対にすべきですね。現状ではアウェイ側の客を優遇してますよ。と、明日にでもHFCに電話しようと思います。アウェイ側天井吊り広告はビジョンを納品した会社になりました。足取り重く・・・審判の判定には大いに不満でしたが、気持ちを切り替えて次の試合に期待しましょう。
2015年03月13日
ほくほく庵は何度も行ってるけど、ねこ店長がいるとは知りませんでした。こんな大物は初めてです。お店の人に聞いたら、推定7歳で体重は10kg近いとか。開店の11時ちょうどに行ったら、すでに満席で少し待ったけど、おかげで退屈しませんでした。 釜揚げうどん。肉うどん。きつねうどん。
2015年03月11日
旅番組でよく見かけますが、台湾の駅弁はご飯の上に、どど~んと肉が乗って、見た目はあまり綺麗ではないんですよね。魚介の駅弁はないのだろうか。右にある丸いのはウズラの煮卵でしょうか。価格は60元・80元・100元で、日本円にしたら約230円・300円・380円ですから、物価は日本の半分以下で、1/3に近いくらいでしょうか。 2年くらい前までのレートだと1/4くらいだったんですけど、このところの円安の影響で、日本人には損ですけど、台湾の人は日本に旅行しやすくなったでしょうね。 こちらはエバー航空の機内食。千歳で調製したものだと思うけど、台湾の駅弁に似てますね。こちらは台湾でポピュラーな焼きビーフン。
2015年03月09日
次女が台湾で買ったお土産です。 台湾ビールと台湾の落花生。渋皮が黒いです。干しシイタケとウズラの卵の燻製。燻製の添加物は甘草と第一類焦糖色素(カラメル?)ですね。左がパイナップルケーキです。右は棗泥松子酥と書いてあるけど、ナツメと松の実だから、月餅ですね。パイナップルは鳳梨なんですね。「蛋」は卵のことですね。そういえば蛋白質という言葉があるから「蛋」が卵なのは納得ですね。添加物は使ってないようです。奶油って、なんの油かと思ったら、どうもバターのようですね。 中国や台湾は漢字だから意味は結構わかると言いますが、わからないのも結構ありますね。 英語の方が楽のようです。
2015年03月05日
昨日(3月4日)は雛ソバの日でした。 自宅にある天然素材で着色したので、赤以外は鮮やかではないですが、さすがにビーツの煮汁は綺麗な赤になりました。ソバ湯です。ところで、江戸っ子は「ひ」の発音が「し」になるので、ある人が「○○庵で、ひなソバを食べてきた」と言った話が伝播するうちに「ひなソバ」が「しなソバ」になり、「○○庵はラーメンも始めたのか」という誤解が生じたとか。
2015年03月04日
40年くらい前のヒット曲で、ポールモーリアとレイモンルフェーブルのカバーが有名ですが、オリジナルは1969年のユーロヴィジョンコンテストで優勝した曲でフリーダ・ボッカラという人が歌ったシャンソンですね。 最近ではセリーヌ・ディオンがカバーしてますね。 ともかく、美しいチーム名になってホッとしました。 私も考えたのですが、良い名前を思いつかず、応募しませんでした。 ピリカとかメノコなどのアイヌ語が良いかとも思ったけど、道内的には良くても、道外ではあまり知られていないし、悩んでいるうちに締切になってしまいました。 リラだと海外でも親しみを持たれそうで素晴らしいと思います。
2015年03月03日
今日は桃の節句。 うちの庭の桃の木です。当然、まだまだ花は咲きません。 昨年咲いたのは5月25日でした。旧暦では今日は1月13日ですから、北海道はともかく、本州だってまだまだですね。 (旧暦は多少、年によって季節とのずれがありますけど) 旧暦3月3日に相当する日は今年は4月21日なので、まだ1ヶ月半も先のことです。 (旧暦では4か月前に閏月をやったばかりなので、今は余計に新暦とのずれが大きいですけど) それにしても、新暦なのに1月1日に「新春」とか、あまりに季節とかけ離れている習慣は、どうにかならないものですかね。
2015年02月19日
津軽ソバのような例外を除くと、ソバは茹でたてが一番に決まっていると思っていましたが、面白い話を読みました。 21年前に閉店した有楽町更科の四代目、藤村和夫さんの著書「蕎麦屋のしきたり」では、「更科蕎麦の茹でタテは、全く美味しくありません」「水が切れるまで待っていなくてはなりません」「早くメシャガりたければ種物(温かい汁もの)が無難です」「箸でほぐし、ときどきつまんでゆっくり一杯やるのが最高です」と書かれています。 更科蕎麦は、1番粉(中心部分のデンプン質が多い粉)で、しかも小麦粉をつなぎを使うので、伸びにくいソバだそうですから、こういうことが言えるようです。 事実、藪は出前をしないけど、更科は(現在は違うと思いますが)出前が主体のお店ということで、伸びにくいソバだというのは納得です。 もっとも、具体的に何分後が良いのかはっきり書いてないし、著書にも「ご自分の好みまで・・・」と書かれています。 たぶん、5分とか10分とかいうレベルでしょうし、何時間たっても美味しというはずはないし、いずれにしても、伸びてしまったソバは美味しいわけではないですから、その程度の待ち時間でしたら「茹でタテ」の範疇に入ると言えなくもないと思います。 使う粉によって、伸びるのが早い・遅いがあるのを知った点では、この本はとても勉強になりました。 わざわざ待つこともないと思いますし、「白いソバはゆっくり食べても良い」くらいに考えて良いのではないでしょうか。 1番粉+つなぎに小麦粉を2割入れた白いソバです。やっぱり私は黒いソバの方が好きですね。
2015年02月17日
新ソバが美味しいとされていますが、本当に新ソバは美味しいのでしょうか? 私は新ソバが美味しいと感じたことがありません。 それなのに、新ソバがもてはやされているので、自分は味覚音痴なのだろうかとも悩みました。 ソバに詳しい片山虎之助さんの本には「冷蔵庫のない時代は夏場はソバの風味が落ち、新ソバが出ると大変喜ばれたはずだが、保存性がよくなった現在は夏になっても新ソバに負けないソバを味わうことができる」と書いてあります。 こちらでも同じようなことが書かれています。 また、実は新ソバよりも2~3か月たったソバの方が美味しいと、多くのソバ職人が認めているそうです。 たしかにカボチャやサツマイモなど、2~3か月たった方が甘みが増して美味しくなるものもありますよね。 夏の方が美味いとか、2年たったソバが美味いという意見もあるようです。 しかし、そばもんの「新そば」の巻では、新ソバは肯定的に描かれていますね。 ただし、「乾燥機で熱風乾燥させたら香りが飛び、新ソバの意味がなくなる」と書いてあります。 美味しんぼも新ソバは肯定的で「真夏のそば」の題名だったと思いますが、ソバが美味しくない時期の夏なのに美味しいソバがあって、不思議に思ったら、そのソバは日本と季節が反対のタスマニア産のソバ粉なので新ソバだったという話でしたが、30年くらい前の話ですから、その頃はまだ夏場は味が落ちていたかも知れませんね。 そういえば、お米も、昔は新米と新米が出る前のお米の味の差は大きかったけど、最近は昔ほどの差がないように感じます。 保存技術が向上したせいでしょうか。
2015年02月12日
竹鶴さんは1935年末に余市の工場に蒸留器を設置し、ウイスキー製造の準備を始めました。 札幌税務監督署に日参し、よくやく1936年夏に酒造免許が下り、秋に大麦を買い入れ、ウイスキー製造を開始しました。 リンゴジュース製造より2年遅れで始めたことになりますね。 1937年にはアップルゼリーとグズベリーゼリー、1938年にはアップルワインを発売したそうです。 当時のゼリーは余市のニッカの工場資料室で展示しています。 ブログで紹介している人がいます。こちらです。 ゼリーの容器はガラス瓶にブリキの蓋でしょうか。 このブログには、ウイスキー製造初年の1936年に仕込んだ樽(中身が入っているようです)の写真や、販売初年のウヰスキーやブランデーの写真もありますから、是非ご覧ください。 工場では毎朝7時に竹鶴さんが始業の鐘を鳴らしたそうです。 ドラマでは8時になっています。 当時は朝7時くらいから仕事を始めるのが世の常識でした。 だから、私はドラマに違和感を覚えたのですけど、もしもドラマで7時始業にしたのなら、当時の常識を知らない視聴者が不思議に思ったり、とんでもない会社だと誤解しかねないから8時の設定にしたのでしょうか。 ドラマで1940年の設定になると思うのですが、「国産ウイスキーは鴨井商店のだけ」というセリフがありましたが、当時は寿屋のサントリーウイスキーの他、東京醸造のトミーウイスキーが1937年に発売されています。 1940年10月に、ニッカウヰスキーの販売が始まりました。ドラマでも同じく昭和15年10月に初出荷になっていますね。 ドラマではウイスキーが売れないことになっていますが、実際はすぐに良く売れました。 まず、海軍が沢山購入しました。 また、1940年は、すでに物資の統制が始まっていて、清酒などの酒の生産量が減っていたため、酒であれば何でも売れたそうで、サントリーウイスキーや東京醸造のトミーウイスキーは、飛ぶように売れたそうです。 さらに配給制度もこの年に始まり、4月に清酒、6月にはビールが配給品目になっています。 ウイスキーが配給品に指定された正確な時期はわかりませんが、ニッカがウイスキーを販売開始した10月頃は配給品目になっていたようです。 配給品ということは配給組合が全量買い上げてくれるわけです。 だから営業も宣伝もせずに売れ残らずに全量販売できるのです。 もっとも、配給は一般に供出価格を低く設定されることが多いという問題はあるのですが。 そんなわけで、ウイスキーを出荷してからはどんどん経営状態がよくなり、すぐに赤字解消のめどがついたそうです。 まあ、それではドラマのストーリーとしては面白くないのでしょうけど、事実と正反対の筋書きはどんなものかな。
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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。
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