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関東の田舎暮らしも長くなりました。 でも「住めば都」でアナログ人間の私にとってはちょうどいいのかもしれません。 正午と夕暮れの音楽が町中に流れる田舎から札幌を追いかけます。
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2006年08月17日
今日は朝から雨が降ったり止んだり。 そのおかげで外の仕事は中止。 エアコンの効く部屋のソファーにどっかりと座り、駒大苫小牧の試合をテレビ観戦してました。 職場にいる職員の数は相変わらず少ない。 まだまだ夏休みを取っている人が多いですね。 今年のチームの試合を見るのは初めてなんですよ。 香田監督は本当に痩せましたね。春のことで14キロ体重が減ったと聞いてはいましたが… あと4番を打っている本間選手。彼も昨年より痩せましたね。 昨年は確か一塁を守っていたんじゃなかったですか。 センターを守っていたので「あれっ」と思いました。 1回裏に牽制でアウトになった時は「あんにゃろ(これ禁句?)」と喉まで出かかりました。 結果が出て何時間も経っているので、試合内容に言及するのはやめます。 一つ感じるのは「田中のチーム」には見えないということかな。 それが青森山田戦と同様に監督の理想なんでしょうけど。 昨日のエントリーで19・20日の葬式のことに触れた時に、駒苫の試合にかぶると思わず言いました。 でも、何の根拠はないです。 昨日は気持ちがムシャクシャしていたので、気が付いたらそんなことを書いていました。 それが現実になるとは… (やっぱり自分は何かパワーを持っているのかな?) こうなったら20日まで試合やってください。 19日はお通夜なのでテレビ観戦が可能です。 20日は朝からいろいろあって、テレビ観戦は無理でしょう。 ビデオに録画してあとから見ます。 残念なのは2年連続で地元紙の「号外」を手に入れたのですが、今回はそれがかなわないということ。 ネット配信のものをプリントアウトしようかな。
2006年08月15日
札幌も暑さが続いているようですね。 駒大苫小牧高校がああいう勝ち方をするとすごく盛り上がり「何でコンサは」みたいなエントリーが多いですね。 でも、はっきり言いますが、プロスポーツと高校運動部を同じレベルで見てはいけませんよ。 話は変わりますが、私が入っているテニスグループの主宰者の息子さんが里帰りしてきました。 年齢は32歳。学生時代はテニススクールのインストラクターをやっていたのでテニスは上手いです。 実は、その彼は北海道に関係が深い仕事をしているのです。 その仕事とは「ストーブ売り」。ダイニチという1部上場企業にいて、仙台を根城に販売の仕事をしています。 そのため、北海道への出張が多く、9月も仙台から2回行くと言ってました。 ちなみにオヤジの仕事は「宝石売り」です。 脱サラして一人でやってます。 先日私が泊まった宿にもダイニチのファンヒーターがありました。 なんでも北海道でずいぶん売れているとか。 そのおかげで夏のボーナスはたくさんもらったようです。 私のボーナスより多かったみたいです。 ダイニチの暖房器具は「ホーマック」で扱っているそうです。 私のこのブログのことを言ったら、「是非コマーシャルして」と言ってました。 「何人の人が読むかは知らないよ」と返しておきましたが… 「だけど、次の仙台戦でコンサが負けたら、これを知った人がホーマックを襲うかもよ」 と言うのは忘れました。 間違いないのは、ホーマックでダイニチの暖房器具を買うと、彼のボーナスにつながるということ。 「万が一不良品や故障があったら連絡ちょうだい」ということで… これは彼の話。 ちなみにダイニチは仙台のスポンサーではありませんのであしからず。 ちょっと危険なエントリーかな(笑) ダイニチさん、許してね!
2006年07月31日
土曜日のエントリーで、子供が通うバレエ教室の発表会に行ったことを触れた。 日曜日も同じ演技で出たので、2日続けてということになる。 「くるみ割り人形」のひとコマではあるが、週に3回通い、半年ぐらいは練習している。 それでも土曜日と日曜日では演技の出来は違った。 子供が出た場面の振り付けに、フラフープが使われていた。 20人ぐらいが一同に演技したが、土曜日のほうの出来が良かった。 日曜日はというと、フラフープを途中で落とした人が2人ぐらいいた。 土曜日はそんなことはなく、全員がうまくいっていたと思う。 あとから子供に聞いたら「土曜日のほうが緊張した」との返事。 全員がそうだったらしい。 札幌でいえば、教育文化会館の大ホールでやっていると想像してほしい。 じゃあ日曜日はと聞くと「なんか土曜日に緊張した分、力が抜けてしまった」らしい。 週3回の練習を半年というと半端ではない。 ちなみに、舞台に出ている時間は7~8分といったところか。 本人が好きで始めたことだけど、親の立場から見てよくやっていると思う。 夜帰るのが遅く、駅まで迎えに行ったり、食事も親子別々なんてことも当たり前である。 それでも本人からの弱音を聞いたことがない。 リハーサルを含めて、この3日間は朝9時から夜7時までの拘束である。 それで、本番は5時から。 当日の撮影や録音は一切禁止である。 そういう、年に一度の発表会に2日間付き合った。 それで、8月中旬まではお休み。 下旬から新たな挑戦が始まる。 クラスが変わって、練習時間が遅くなるし。 子供の世界ではあるけれど、それを通して今のコンサに対して感じることはあります。
2006年07月30日
子供の夏休みの恒例行事がこれでしたよね。 学校だかどこだかからカードをもらって、紐を通して朝早く出かけて行き、終わるとスタンプをもらって帰宅。 私も子供の時はもれなく参加してました。 スタンプの数で最後にもらう景品に差がついていたのが懐かしい。 夏休み中は日曜も関係なく地域でやっていました。 あれから随分時間が経ちますが、地域のやり方にもいろいろあるみたいですね。 私が住んでいる関東の田舎では、ラジオ体操は地域の子ども会がやっています。 子ども会は母親集団ですので、準備からすべて母親たちがやります。 では、関東の長い夏休み中にどのぐらいの期間やるのか? 私の地域は8月終わりの平日の5日間のみ。 あとはやりません。 別の地域では一切やらない所もあります。 理由はいろいろなんでしょうが思い当たる所で… 1、少子化で子ども会の母親の数が少ない 2、その母親も共稼ぎが多いので、関われる人が限られる 3、関東の夏は暑く、この期間に太陽が昇るとすぐに30度になる 4、3のことから、かえって不健康である(熱中症の騒ぎもある) 5、いつもより子供が早く起きる分、大人も付き合わなければならない 北海道ではどうでしょうか? 私のころは町内会の役員の人が活躍してくれました。 当然、仕事をしながらです。 本当にお世話になりましたが、今住んでいる所でここまでのお願いはとてもできませんね。 それよりも、健康を崩すことのほうが心配です。 私も頼まれたらいい返事はしないと思います。 お金を出されてもいやですね。 ちょうど、今年の日程の回覧板がまわってきたので、取り上げてみました。 話は変わりますが、昨日取り上げた「聖地」について。 少し考えてみたいことが出てきましたので、そのうち再び取り上げるつもりです。
2006年07月24日
先日、義弟が勤める会社が社員旅行ということで北海道に行った。 もちろん関東からですよ! その数日前に彼から私に電話があり、札幌の美味いラーメン店か寿司屋を紹介してくれとのこと。 私は彼の行動範囲がわからないので、とりあえず札幌駅付近の場所がわかりやすい店を紹介した。 とある有名店ですけど。 駅前あたりでしか行動できないのであれば、他に紹介できる所はないです。 札幌中どこでもいいんなら話は別ですけど。 それで、昨日の夜、妻の両親が来て、又聞きで行ったかどうか確認した。 そしたら「ラーメン屋に行ったけど、美味しくなかった」との返事。 だったら俺に聞かないで、自分で調べろって。(怒) これは前からずっと思っていることだけど、ラーメンはむずかしい。 スープの変化が激しいし、あと、自分の好みも変化する。 今度帰省した時に会う予定の友人にテレビ塔の地下のラーメン屋に連れて行ってもらった時はショックだった。 「これが最近の札幌ラーメンだよ」とは友人の話。 要は豚骨スープの店が増えたとのこと。 それまでは昔の有名店の味しか知らなかったからね。 あれを食べてから、ラーメンも自分の感覚にあった店を探す必要があるなと感じた。 帰省してもそんなに食べる機会はないんだけど、それでも自分なりには数軒見つけている。 でも、その感覚が他人の感覚に合うかどうかは別問題。 だから、ラーメンといっても簡単ではないことがわかった。 今回のことで、他人に紹介する自信をなくした。 これからは「自分で調べてくれ」路線でいこう! ちなみに今度の帰省の時はスープカレーの店を数軒まわるつもりです。 ある人のAランク以上の評価をしている店を研究中です。 一応、私の味覚は少々の辛めならいけるクチです。 私はヘタな本よりは「口コミ」と思っています。
2006年07月19日
日本の入学式・入社式は4月である。 実は学校の入学式を4月に行う国は、日本とあとアジアの数カ国ぐらいしかないという。 桜の花が咲く季節にというのが日本の考え方らしい。 でも、それは日本でも東京での話であって、沖縄の桜は1~2月だし、北海道は5月であ る。 それどころか、北海道ではまだ雪の中だったりする。 日本という国は小さい国ではあるけれど、南北で見ると気候には大きな差がある。 このような1つの国における気候の差は、ヨーロッパの国にはほとんどあり得ない。 前置きが長くなったが、オシム氏が秋開幕のシーズンの希望を提言したらしい。 私個人としては、気候の差はあったとしても賛成である。 ただし、すぐに来年からできるかというとそうはいかないことも承知している。 日本は今回のW杯後のFIFAランキングが49位に大きく後退した。 だからこそ、世界と戦えるためにできる事は大いにやってほしいと思う。 とりあえず考えてみたこと 1、J1・J2のチーム数の見直し 2つのカテゴリーとも16チームずつではどうだろうか 現状では1チーム足りないのですが それで2回戦制のリーグ戦30試合をやり、昇格降格はすべて自動で 2、サッカー専用スタジアムの充実 大体Jリーグのホームスタジアムでサッカー専用のものはまだ少ない 寒冷地や豪雪地帯には観客席の屋根は絶対必要だし、芝生ヒーティングも当然必要です やはり、陸上競技場との併用はダメ! 3、冬期の中断期間の設定 ここでは3つの国の例を出します ①ドイツ・ブンデスリーガ(1部18チームの2回戦制で34試合) 2005~2006シーズン 8月5日~12月17日(17試合) 1月27日~5月13日(17試合) ②オーストリア・ブンデスリーガ(1部10チームの4回戦制で36試合) 2006~2007シーズン 7月19日~12月9日(21試合) 2月24日~5月20日(15試合) ※オシム氏はこの国のチームの監督経験があります ③チェコ・ガンブリヌス・リーガ(1部16チームの2回戦制で30試合) 2006~2007シーズン 7月29日~12月2日(17試合) 3月10日~6月15日(13試合) 私は1の考え方を持っているので、③の日程がベースです。 あと、ホームとアウェー交互に日程が組まれるべきであると思います 川淵氏のホーム集中日程には反対です 4、天皇杯とナビスコカップの位置づけの再考 特に天皇杯はJリーガーにとっては来期の契約などでモチベーションが低い アジア・チャンピオンズ・リーグの出場枠と絡めて再考してほしい 場合によっては天皇杯とナビスコカップを発展合体させてもいいと思います 思いつくままにあげてみましたが、札幌のことを考えると厳しくなるんでしょうか。 8月開幕も蒸し暑いですが、7月に試合がないことを考えれば1ヶ月減るので止むなしか もしれません。 また、冬場の練習場所のことを考えなければなりませんよね。 天然芝でやれる所があればベストなんですけどね。 その点については、ヨーロッパの寒い国などから知恵をもらう必要がありますね。 オシム氏の提言が本当に動き出せば、いろいろな変化が出てくると思います。 ただ、物事は長い目で見ることも必要だと思います。 世界に追いつくことを本気で考えるのであれば、新たな協力も必要だと考えますがどうで しょうか。
2006年07月11日
出張先で時間があったので、近くの野球場でやっていた高校野球を見てきました。 ずいぶん久しぶりですね。 行った時、ちょうど前の試合がコールドゲームで終わった。 10点差ぐらいついたんじゃないかな。 地方の小さい球場なものだから、次の試合の選手と入れ替えで、前の試合の選手は外に出された。 負けたほうのチーム。 キャッチャーが涙を流して出てきたと思ったら、着けていたプロテクターを地面にたたき付けていた。 これで彼は3年生で引退なんだなと思った。 次の試合の両チーム(まだ1回戦です)。 公立校同士なんだけど、片方はパワーがありそうな感じでもう片方は明らかに非力に見えた。 こりゃあ、パワーチームのコールド勝ちかなと思った。 でも、意外にもと言っては失礼かもしれないが、9回まで試合は続いた。 1回表に非力チームが相手のエラーがらみで先制した。 これが9回まで試合ができたポイントかもしれない。 その裏のパワーチームは3塁打やタイムリーヒットで逆転したが、走塁ミスや相手の好守があって2点止まり。 そこから試合はこう着状態になった。 その間、非力チームがチャンスを作るものの、走塁ミスや盗塁失敗で点が取れない。 そして、パワーチームのサードゴロをエラーし、次のバッターが長打で追加点。 さらに別の回にもパワーチームが長打攻勢で3点取った。 非力チームはシングルヒットのみ。2点返すのがやっとだった。 それでも、サードゴロエラーまではよく押さえていたんだけどね。 いくつかあったミスの中で一番悔やまれると思った。 あれがなければ、試合の流れは非力チームにあったから、ひょっとするとという期待が持てた。 一見勝負にならないかなと思うような試合でも、何が起こるかわからないですね。 シートノックを見ている限り、非力チームはぎこちなかったもの。ボールが手につかないし… だけど、あの試合展開ならば、非力チームにも勝つチャンスは十分にあった。 サッカーを何度も見ていて感じているはずだけど、一つのミスで流れが大きく変わってしまう。 明日は第3クール初戦の柏戦になるけど、つまらないミスをしないように試合してほしい。 ホームなので、試合時間中は念を送ります。
2006年07月09日
まだ10代のころに見た映画のタイトルである。 バート・ランカスターやソフィア・ローレンが出ていた「カサンドラクロス」との2本立 ての裏番である。 帝国座? スカラ座? 東宝日劇? どこで見たのかは忘れた。 同じころ、ジェシカ・ラング主演の「キングコング」が流行っていた。 さて、本題の「ラストコンサート」のことである。 先週のBS放送でやるのをたまたま新聞で見つけ、ビデオに録画して、昨日30年ぶりに 見た。 ストーリーは単純明快。 白血病で余命3ヶ月の孤児の少女が、落ちぶれた中年のピアニストと出会う。 そして、自分の命と引き替えに、そのピアニストの再起を見届けてこの世を去るというも の。 別に大作というわけではない。すごく地味な映画である。 でも、一度聴いたら忘れられない音楽が好きだし、サントラのドーナツ盤を持っていた。 その2人が出会った場所は、フランスのモンサンミッシェル。 世界遺産に登録されているノルマンディー地方の修道院で、かつては要塞や刑務所にも使 われた。 実は私のフランス好きのきっかけはこの映画からである。 日本では見られない風景に心を動かされたからだと思う。 いつかは行ってみたいと思っていたこの場所。 その願いは10年ほど前に実現した。 上まで登る途中の階段のきついこと。 あと、ちょうど行った時は、まわりは海のはずなんだけど、潮が沖合まで引いていた。 30度ぐらいの暑さも効いた。あの場所では珍しいらしいが… 仲間の者がめまいを起こしていたから。 ここの名物のオムレツもしっかり食べました。 この映画の日本語吹き替え版のDVDが今売っているし、脚本本も出版されている。 興味のある方はぜひどうぞ! 最後に「ラスト」といえば、W杯もいよいよ決勝戦ですね。 私はフランスびいきなので当然応援しますが、ジダンをはじめ多くの選手が代表最後の試 合なのかな… これが終わったら、本当の意味でコンサ一本の生活の戻れそうです。 私はあまりW杯を見ませんでしたが。
2006年07月04日
中田英寿選手の引退の話題で今日は持ち切りですね。 日本代表としてW杯に3回出たことも大変なことですが、スクデッドを経験したことも大きなキャリアでしょう。 シーズン途中にペルージャからASローマに移籍しての彼の出場機会はグンと減ったわけです。 彼のポジションには「ローマの王子様」ことトッティ選手がいたし、カペッロ監督とのウマも今一つでした。 それでも、試合に出るためにボランチで活路を開こうとしたし、それが日本代表でも生かされました。 ペルージャの一員として、ユベントス相手の開幕戦で2ゴールあげたことも大きいです。 でも、ローマに移籍して一番輝いたのは、優勝争いをした時のユベントス戦ではないでしょうか。 後半途中まで0-2の劣勢の中、「王子様」トッティと交代した彼の活躍は忘れられません。 約15分ぐらいのプレー時間だったでしょうか。 中田のゴールで1点差、さらに彼のシュートをGKがはじいた所にモンテッラが押し込んで同点。 その瞬間、背番号8のNAKATAは「ローマの王様」の称号を得たのでした。 ちなみに当時のユベントスのGKは、オランダ代表のファン・デル・サールです。 その後のキャリアでは、ケガとの戦いが多く、どのチームでも満足なプレーができたとは言えません。 しかし、サッカーの対する真摯な姿勢は、素人の私も学ぶことが多かったです。 彼はインテリジェンスのある人物なので、新しい分野での活躍を期待したいです。 きっと彼なら何をやっても成功を手にするでしょう! その辺にゴロゴロいるスポーツを取ったら何も残らない人とは違う。 彼は我が国では数少ない、真のアスリートだと思います。
2006年06月27日
ジーコ監督のことについては、近いうちにそれを題材にした本が何冊も出るだろう。 ひょっとするとジーコ本人も出すかもしれない。 はっきりしていることは、これで彼が日本に本格的に関わる時が終わったということだと思う。 彼の前途に対する幸運を祈りたい。 最後の1次敗退でジーコに対する評価が下がったことは否めない。 しかし、それは彼を日本代表の監督に就任した時点で予想がついたことではないだろうか。 4年前、韓国がベスト4で、日本がベスト16止まりだったのは、監督の経験の差だったと言われた。 つまり、韓国のヒディンクと日本のトルシエが比較されたのである。 だから、トルシエ以上の成績を上げるためには、経験豊富な監督を呼ぶべきという雰囲気があった。 しかし、いざふたを開けてみたら、監督経験がないジーコだった。 一説では、川淵キャプテンが報道陣との飲み会の席で、あるライターがジーコの名前を挙げたと言われる。 これをそのまま鵜呑みにするわけにはいかないが、日本協会が彼に決めたのである。 当時の私はがっかりした一人だった。 日本協会がジーコを監督としての経験を積む場にしてしまったと思ったからである。 これからも日本協会についてまわる問題だと思われるが、日本はサッカーの世界では弱小国である。 監督人事や国際Aマッチの対戦相手など、まだまだ思うようにいかないのではないだろうか。 アジアの中では韓国よりその点でも下だと考えるべきである。 だけど、今回の結果だけでジーコを評価してはならないとも思う。 彼の記者会見の中に「プロ意識の足りなさ」というのがあった。 日本代表に対してはどういうことをしたかはわからない。 しかし、15年前に当時の日本リーグ2部の住友金属の選手に対して注いだもの。 それがまさに「プロ意識」ではなかったか。 Jリーグ10番目のチームとして「鹿島アントラーズ」が生まれたのは彼の努力が大きい。 もちろん、地元自治体も協力して、あの「カシマスタジアム」ができた。 さらに、Jリーグ開幕年でいきなりステージ優勝している。 当時のアントラーズの選手の間には「ジーコの言う通りやれば勝てる」との共通理解があった。 それをジーコイズムと呼んでいる。 Uー18の賀谷コーチや池内選手はジーコイズムをよく知っているはずである。 「カシマ」と言えば、アントラーズであり、カシマスタジアムである。 現在のJチームやJを目指すチームのモデルになっているではないか! だから、ジーコを評する時にこの部分を落としてはいけないと思う。 日本はまだまだサッカー文化が根付いていない。 でも、その種をまいた人物のひとりは間違いなくジーコであることを覚えておきたい。 日本が今後どういう道を歩むか、まずは代表監督人事を見守りたい。
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