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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります
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2014年05月14日
なでしこのGK、187センチだって。 女性でもこのぐらいの大きさの選手が出てきたみたい。 なでしこに大きさのハンデがなくなることは良いね。 と書いていたら失点 相手が オーストラリア 強い でわ
2013年01月16日
本日、一月十六日は暦に「薮入り」と書かれています。 薮入りとはググりますと 年に二度の公休日です。 昔はお休みが二日、今は週休二日 何と良くなったのでしょう。 朝早くから晩遅くまでの労働でした。 年少から働きづめ、そして手代、番頭となったのです。 ちなみに我が民法はいまだに「手代・番頭」は法律に載っている? 確かめてみようと思いましたが、我が家の「小六法」あまりにも古くなったので処分してしまった。 話を戻しますが民法の「商事」部にこの語句は残されていたはずです。 今は「会社法」として分離されたので削除されたかと思います。 確かめないまま書き始めてしまいました。 間違いがあればどうぞご指摘を。 私も後で確認しておきます。 またずれた話を戻しますが、 薮入りは落語では「泣ける噺」です。 私も齢になりました。 とても涙腺がゆるくなっています。 私も親。子が年に二度しかない休みの一日にどう対応しようかと身に染みてきます。 そんな「薮入り」の日がもう終えようとします。 でわ
2011年11月24日
凄い雷の光と音の中、しっかりと寝ていられたおっさんのブログは休みの中、番組の途中に死去のテロップが入っていました です。 落語界の風雲児と言っていたかどうかはわかりませんが、やはり才能があった人でした。 ですから彼の落語に好き嫌いがある人は多いです。 私も才能を認めますがあまりにも才が立って、と思っていました。 どうしても古今亭志ん朝さんと比べてしまいます。 落語を才能で演じてしまう談志と落語そのものである志ん朝 こんな比べ方は無理があるでしょうか。 あくまでも私の主観です。 それにしても 私の知っている噺家がだんだん居なくなってしまう 時の移ろいを感じてしまいます
2011年10月06日
「子ほめ」という落語があります。 年寄りには若く見えると言い、50代の人には厄そこそこと言う。 そんなことで赤ちゃんを褒めようと数えで1つを「お若く見える、どう見ても只だろう」との下げです。 てなわけで私も「只」になってしまいました。 今日からは「おっさん」じゃなく「爺ぃぃぃ」です。 そのジジイは膝がまた痛くなり、お医者さんに水抜きをしてもらいました。 赤ちゃんよりも始末が悪い。 赤ちゃんは痛くないのに歩けない。でも道理です。 人間の子だけが生まれてすぐに歩けない。 他の動物は生まれたら自分の脚で歩きます。 これは人間の子がお腹で成長途中で生まれてくるからなんだそうです。 これも理由があります。 象みたいに2年近くお腹で育てているのですが、人間のお母さんは2年もお腹に入れておいたら、お母さんがパンクするからなのだそうです。 受け売りですので正しい知識がある方がいらっしゃいましたら、是非ともご教授をお願いします。 そんなこんなで一つの節目を迎えました。 娘からプレゼントを貰い、嬉しくて涙が出る思いをしています。 あとは今までと同じ普通の生活です。 ただ来シーズンはヨットレースに参加できるでしょうか。 爺さまのヨットが元気なので、その人たちから見たら「若いもんが何を言う」と叱られそうで・・・ まだ「只」 これから ですよね
2011年07月21日
丑の日でも土用が重なると世の中は「う」の字のものを戴くと古来言われているのを今になって気がついたブログは鰻 です。ねねね。
鰻といえば
落語
食材にはなぜか鰻が出てきます。
そして落語の演目として必ず上げられるのは
「鰻の幇間」
いま幇間という職種は絶滅危惧種になっています。
たぶん片手ほどではないかと思います。
これだけ落語のネタにされているのに。ねぇ。
昔は噺家が幇間になったり、幇間から噺家になったこともありましたが、
噺家よりも大変なのでしょうか。
お客と差しの芸ですものね。
そして受けなかったら、おまんまの食い上げですし。
そして先ほどの落語の演目に出てきた鰻ですが、
客に奢ってもらおうとして、その客に騙され食い逃げされ、客は土産に二人前を持って行き、おまけに幇間の下駄まで履いて、客の履き潰した下駄をを置いていかれたという噺です。
鰻に釣られるとあきませんという教訓でしょうか。
結論です
鰻食べたい
今までくだらない事を書いてきたのはすべて枕です。
こんな時間にやっと「土用の丑」の日と気がついた、間抜けなおっさんの話でした。
でわ、また
2010年07月21日
昨日土用は鰻だとの噺を書いたら、次々と繫がっていく社会に思わず、ネタを拾ったと思うブログはおいらが与太郎 です。
午前中仕事で役所に用事がありまして、呼び出されるまで待っている所に置いてあった絵本、
「まんじゅうこわい」
落語の噺二連荘ですか
絵本になっているとは思いませんでした。
噺の骨子はみんなが怖いものはあぁだこうだといっている中、「饅頭」怖いと抜かすへそ曲がりがおりまして、それなら仲間が怖がらしてやろうといろいろな饅頭を買ってきて回りにおいてやるとの意地悪をたくらんだ。
しかし「饅頭」が怖いと言いながら、饅頭をたらふく食べつくすとの噺です。
そして下げは「お茶が怖い」
そんな噺をかいつまみながら、見事に一冊にして絵本になっていました。
もし奇特なお方がおられましたら、場所は手稲区役所、戸籍や住民票を申請する待合スペースです。
是非お読みください。
そして午後にお客様に伺った際、お隣さんが鰻屋さんで換気扇から鰻の焼いている匂いを頂きました。
はい、これで今年の土用の鰻は充分頂きました。
2010年07月20日
しょうもない駄洒落ですみませんとはなから謝っているブログは今日から土用です。
土用といえば鰻、落語にはよく出てくる食事です。
有名なものは幇間に出会った旦那が食事を奢るみたいな話で鰻屋に置いてけぼりにする話があります。おまけにおみやまで持っていった。
「鰻の幇間」
この噺はいろいろな人が話していますがそれぞれに持ち味があり、いつも笑わせてもらっています。
先程旦那と書きましたが演者によっていろいろと味付けされていますので、本当に旦那かどうかも分かりません。
このようなこの暑さの中、夏負けしないように精のつく鰻が食しようと言われています。
普通ならこんなこってりとした食事はどうしても遠慮してしまいそうですが、ほらメタボなおじさんは特にですが、「夏に負けるな」と言う掛け声に弱いものです。
美味いものですしねぇ
2010年03月23日
本日の夕刊に載っていた記事にどう対処しようかと悩むブログは要するに録音の仕方が分からないです。 4月4日文化放送が開局58周年の記念番組の一つとして「蔵出し落語特選」を放送するとの記事がありました。 それは聞きたい。是非とも聞きたい、がしかし道内で放送されるのか。 これから調査を始めたいと思います。 古今亭志ん生「元犬」 三遊亭 円生「火事息子」 桂 文楽 「厩火事」 聞き逃せない演目と噺家です。 でも、そんな番組は・・・ 好き者しか聞かないのかねぇ。 ええ、あたしゃ物好きだから好いんですけど・・・ 何回でも聞けますとも。好きですから・・・ それにしても「文化放送」ですから・・・ 東京エリアの放送局ですので、道内の放送局で流してくれるのでしょうか。 べ○○ボ○○ ですかねぇ。
2010年03月15日
確定申告もまだ終わっていませんが、今日中ならまだオッケーですよのブログはまだ郵便で今日の日付なら間に合います です。 そんなあわただしい日にふと役所のHPを見ていたら、なじみのある言葉が広報されていました。 鰍沢町が合併しまして、富士川町になった。 鰍沢と言えば落語、三遊亭円朝が創作した噺です。 結構落語の噺の中では珍しいスリラー仕立てのストーリーです。 いろんな名人が高座にかけていました。 そんな由緒のある地名がまた消えました。 落語に残っているから好しということですか。 ただねぇ、日本地図から見えなくなると、この噺はこのあたりがシチュエーションですと思えなくなるのが寂しい。 しかし、円朝がこの場所を知っていて噺を作ったのかと言うとこれまた定かではないのです。 三題噺で作り上げたという説なのでたまたまなのかもしれません。 しかしたくさんの噺家が練り上げてきたおかげで立派な大ネタになりました。 しかし、どうして山の中で鰍? あっ目黒も秋刀魚か
2009年10月30日
落語を愛する私はやっぱり円楽さんの逝去を書かなきゃなりませんです。 一般には「笑点」の司会者として顔なじみですが、私の年代は「笑点」の司会者は三波伸介の後を取った感覚です。 この時までは出演者になっていたはずです。 弟子の楽太郎さんが代わりに座っていますが。 噺家としての円楽さんは若手の落語家の位置づけで売れたのはやはりテレビ出演のおかげでしょう。 噺家の基盤である寄席がだんだん閉鎖して、やむなくテレビで糊口をしのぐという世界でした。 前名柳家かゑるはキックボクシングやプロレスのリングアナウンサー(こんな呼称でしたっけ)で生活していた。 もともと前座や二つ目は食えないのが噺家でした。 そんな中で円楽さんは自分のと言うより弟子のためにも寄席を作ったりして、自分の稼ぎで「落語」を支えていました。 食えない噺家を食える稼業にしたのは「笑点」であり、そのとき若手の円楽さん、小金馬さん、志ん朝さんたちでした。 私も馬齢を加えましたが、その年月が円楽さんたちの年齢も加えているのですね。 見知った噺家さんたちが黄泉の国に旅立つのはさびしいでけれど、以前にも書きましたが同じ時代に生きていたとの記憶は喜びとしたいものです。 今はビデオ等の記憶媒体が豊富ですから、また噺を見聞きできます。 安らかなご冥福を祈ります
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