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去舟庵海人です。 コンサドーレとヨットを楽しんでいます。 読書もします。 落語も好きです。 コンサドーレがどのように進化をし、変わっていくか 熱い気持ちを前面に出して応援していく所存であります
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2009年10月30日
落語を愛する私はやっぱり円楽さんの逝去を書かなきゃなりませんです。 一般には「笑点」の司会者として顔なじみですが、私の年代は「笑点」の司会者は三波伸介の後を取った感覚です。 この時までは出演者になっていたはずです。 弟子の楽太郎さんが代わりに座っていますが。 噺家としての円楽さんは若手の落語家の位置づけで売れたのはやはりテレビ出演のおかげでしょう。 噺家の基盤である寄席がだんだん閉鎖して、やむなくテレビで糊口をしのぐという世界でした。 前名柳家かゑるはキックボクシングやプロレスのリングアナウンサー(こんな呼称でしたっけ)で生活していた。 もともと前座や二つ目は食えないのが噺家でした。 そんな中で円楽さんは自分のと言うより弟子のためにも寄席を作ったりして、自分の稼ぎで「落語」を支えていました。 食えない噺家を食える稼業にしたのは「笑点」であり、そのとき若手の円楽さん、小金馬さん、志ん朝さんたちでした。 私も馬齢を加えましたが、その年月が円楽さんたちの年齢も加えているのですね。 見知った噺家さんたちが黄泉の国に旅立つのはさびしいでけれど、以前にも書きましたが同じ時代に生きていたとの記憶は喜びとしたいものです。 今はビデオ等の記憶媒体が豊富ですから、また噺を見聞きできます。 安らかなご冥福を祈ります
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