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1959年北海道生まれで新潟の大学を出て、横浜勤務ののち、1986年から道北に住んでいます。最初は旭川で、次に1991年から2008年まで浜頓別町に住み、2年ほど旭川へ戻ったのち、士別経由で現在は和寒に住んでいます。 コンサ観戦に行ったことがあるスタジアムは、ドーム・厚別・室蘭・函館・アウスタ・ホムスタ・鴨池・味スタ・とりスタ・平塚・カシマ・うまスタ・富山・レベスタ・ヤマスタ・キンチョウ・フクアリ・埼スタ・べアスタ・Eスタ・昭和電ド・瑞穂・トヨスタ。(サテライトでは宮の沢・士別天塩川) コンサ以外では長居(セレッソ対ロアッソ)、ユアスタ(ベガルタ対アルビレックス)、ミクスタ(北九州対ザスパ)で観戦したことがあります。

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旧千歳線続き(国鉄東札幌駅・月寒駅)

2008年01月16日

まず、昨日の訂正です。国鉄大谷地駅は、今の大谷地バスターミナルのあたりだと書きましたが、
実際はもう少し西にあったらしいです。昔の札幌の地図を見たらわかるので、今度調べておきます。

1973年9月、大谷地駅の他、東札幌駅と月寒駅も廃止になりました。(貨物駅として、しばらく残ってはいましたが)
札幌から千歳へ向かうとき、駅順は、札幌・苗穂・東札幌・月寒・大谷地・上野幌でした。
(道外の人は上野幌を「うえのほろ」と読みそうですね)

20080116-00.JPG
月寒駅は、アサヒビールの工場裏あたりです。白石区(白石村)に位置しますが、白石の中心部から 遠く、豊平町月寒の中心部に近かったので、「月寒駅」の名称になったのでしょう。大谷地駅よりも近代的ですね。
20080116-01.JPG
東札幌駅は、跡地はコンベンションセンターになってます。 こんな歴史的経緯があるので、コンベンションセンターと駐車場の広大な土地があったのです。 貨物ヤードもあったので、結構広いのです。(鳥栖スタジアムも国鉄貨物ヤード跡地ですね) 東札幌駅で定山渓鉄道と連絡されるために、わざわざ急カーブして遠回りするルートになったと いうことなんですが、結局、のちにルート変更する手間が生じてしまいました。 私鉄の北海道鉄道が敷設したから、そうなったのでしょう。 国鉄(鉄道省)が敷設していたら、こんなルートにはならなかったと思います。 ついでですが、1974年頃はまだ市電に連接車が走ってました。
20080116-02.JPG
車掌も乗務していて、人件費は倍かかっていましたが、 海外みたいに、自分で乗車券に刻印する方式なら、何両編成でも ワンマン可能ですが、もうそんなに多くの乗客は期待できないですよね。 私が中学生のときは、朝夕のラッシュはひどく、あまり市電に乗らずに歩きました。 連接車で思い出したのですが、地下鉄南北線電車も、旧型車両(緑色の)は連接車ですね。 あと数年で全廃される予定です。



post by かもめ

12:55

コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

むっしゅえるも

Re:旧千歳線続き(国鉄東札幌駅・月寒駅)

2010/05/23 22:43

大谷地駅は、現在の南郷18丁目のケンタッキーフライドチキン裏手でした。

かもめ

Re:旧千歳線続き(国鉄東札幌駅・月寒駅)

2010/05/26 19:30

むっしゅえるもさん、ありがとうございました。 ブロードバンド環境になくてお礼を言うのが遅くなりました。

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